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俺たちが基地完成までのささやかなバカンスを楽しんでいる間に、ちょっとした異変が起こっていた。無敵艦隊の異名を持つエイギル艦隊と陸軍の協力作戦でとうとうノース・ポイントまで追い詰めたはずの連合国軍。そこにトドメを刺しに行った爆撃隊が全滅、さらにノース・ポイントに壊滅的な損害を与えるべくリグリー航空基地に集結していた爆撃隊・輸送隊とその護衛機部隊が、ノース・ポイントから飛来した敵戦闘機部隊により壊滅。軍司令部も航空兵力による制圧作戦を撤回せざるを得なくなったのだ。近接空域で偵察を行っていたAWACSのデータによれば、今回現れた敵戦闘機はわずか5機。つまり俺たちと同じ数でしかないのだが、そのうちの1機の動きがとにかく目を引いた。対空対地攻撃に相当の技量を持つパイロットの動きだった。無事に生き残って俺の前に現れてみろ。戦ってみようじゃないか。そんなことを俺は心の中で考えていた。
一方、サンサルバシオンの野戦基地はようやく完成していた。補給物資に若干の不安はあるものの、即席の基地にしてはなかなかの出来映えだ。付近にある誰も済んでいない民家群をおれたちの宿舎代わりに使えるというのも……不法侵入に違いないが……利点の一つと言えるだろう。物資調達やら環境整備といった面倒な仕事はディオン准尉にまかせるとして、俺の当面の仕事は航空隊の戦闘スキル向上であった。前回の戦闘でも、5番と7番のスキル不足は明らかになっていたからだ。まだまだ機体性能に頼りすぎている。その証拠に、性能という点では歴然とした差があるF−16Cのベテランに対し、完全に手玉に取られていたからだ。
俺は5番と7番を引き連れ、空に上がった。透き通るような青い空に、秋の雲が浮いている。戦争が続いているとは思えないようなのどかな空を、先鋭的なシルエットの戦闘機が3機、駆ける。
「これより演習を開始する。5番・7番、貴様らが俺を一度でもロックすれば演習は終了だ。ただし、燃料切れにならない限り、演習の中断はないものと思え。」
「りょ、了解!」
緊張した声がヘッドホン越しに伝わってくる。ちなみに4番は、18番や他のメンバーと一緒に、待機命令を与えてある。本人はかなり不服そうであったが。
「演習開始。」
俺はそう宣言すると、ルーキー2人に対し戦闘行動を開始した。2機は散開し、俺の追撃から逃れるべく急制動を始める。ループ、シザース、ロール。考えられ得る様々な動きを7番は駆使するが、まだ不十分な水準だった。俺は容赦無くロックをかけ……レーダーロック完了。
「駄目かぁっ!」
7番が叫ぶ。俺は後ろを振り返った。5番がロールから機体を立て直し、真後ろにくっつこうとしていた。スロットルを下げ、エア・ブレーキを全開にして操縦桿を引く。いきなり目前にせまった俺の機体をすれすれで5番は回避したが、完全なパニックに陥っていた。
「まだまだだ!そんなんじゃおしめも取れていないぞ!2本目だ!!」
真剣勝負の演習が、続いた。
二人が俺から1本も取れないまま、5本目が始まろうとしていた。そんな俺たちに、野戦基地から緊急通信が入った。
「何があった、4番。」
「情報が錯綜しているので要点だけお伝えします。シェズナのレーダー基地が、ISAFの攻撃を受け破壊されました。その2時間後、大陸北部に残っていたと思われるほかのISAF軍機がストーン・ヘンジを攻略すべく、サンサルバシオンに接近しています。戦闘機が10機ほどのようです。」
「侵入コースは?」
「隊長たちのいる空域から、035の方角・高度25000フィートをかなりの速度で飛行中です。」
俺は自分の機体の残燃料をチェックした。まだ半分は残っている。
「5番、7番、燃料をチェックしろ。半分あるんならお出迎えに行く。どうだ?」
「5番、問題ありません。」
「自分も大丈夫です、行けます!」
「4番、おまえたちも念の為に上がれ。俺たちは先に歓迎に行っている。」
俺は通信を切ると、スロットルを全開にした。心地よいGがからだにかかり、シートに体が叩きつけられる。一気に高度を上げた俺たちは、真正面から敵部隊に向かっていった。やがて、レーダーに敵の光点が出現した。
「5番、7番、やってみろ。おまえたちが危険だと思ったら加勢する。演習の成果を見せてみろ!」
返答があるのと彼らが戦闘に入るのはほぼ同時だった。爆装しているF−4編隊に、彼らは容赦無く襲いかかった。必死で逃げ回る敵機を、確実に1機ずつ仕留めていく。どうやら、おむつは取れたみたいだな。彼らの動きを見ながら俺は少し満足していた。即席でも何でもいい、先のことを考えると準エースクラスのパイロットがいないことには苦しいからだ。
……この日、5番と7番は増援が到着するまでの短時間で敵航空隊を全滅させることに成功した。両名とも仲良く5機ずつ。エースを取り逃がした18番が一人本気で悔しがっていた。
すっかりと愛用の店となった酒場「スカイ・キッド」で、俺は今日もグラスを傾けていた。珍しく髪を上げている4番は、スクリュードライバーを注文していた。部下たちが撃墜数を互いに競い合い騒いでいるのを横目に見ながら、ギターを弾く。このとき、俺はこの間の少年が、階段に隠れて立っていることに気が付いていた。4番が微笑を浮かべつつ少年をにらみつけているのを見て、苦笑いしてしまった。俺はリズムを取り直すと、この間少年と合奏したあの曲を奏で始めた。
ナイフは持った。拳銃も……弾丸もOKだ。この至近距離なら、空の英雄も逃げられない。「両親の仇だ!」叫ぶべき言葉も決めたのに、その一歩が出ない。前に出て、引金を引く。それだけなのに、足が動かないのだった。人の視線を感じて目を上げると、4番の黒い瞳がこちらに向いていることに気がついた。彼女は微笑を浮かべたまま、軽く首を振った。「そんなことは止めなさい」と言われたような気がして、少年は拳銃をコートの内ポケットにしまった。ため息をついて、階段から離れる。
「今日はハーモニカを吹かないのかい?」
陽気な航空隊の連中に、愛想笑いを浮かべながら答えて酒場の外に出ると、酒場の娘が立っていた。彼女は私の手をつかむと、路地裏に引きずっていった。
「何でそんなもの持っているの!」
振り返るなり、彼女の怒声が少年を襲った。答えるべき言葉を見失い、彼は狼狽する。
「事情は聞かないけど、あんたそんなに死にたいの?馬鹿な真似は止めなさい。どうしてもやりたいんだったら、他の所でやりなさい!!」
彼女の剣幕に押された少年は、べそをかき始めてしまった。ちょっといいすぎたかしら、とでも言うようにため息をつくと、酒場の娘は少年の頭に手を置いた。
「持っててもいいけど、ここに来るときには絶対二度と持ってこないこと。いい、約束よ。」
少年はかぶりを振った。彼女は、酒場の片づけがあるから、と言って裏口から店に戻っていった。
部屋に戻った少年は、懐に入れていたナイフと拳銃を取り出し、そしてベットの下にしまい込んだ。仇を討つ機会を失った、という喪失感より、安堵する気持ちが上回っていた。今度行くときは、こんなものじゃなくて、ハーモニカを持っていこう。そう心に決めて、少年は毛布に潜り込んだ。