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シェズナのレーダー基地が破壊されたことで、我が軍のノース・ポイント侵攻作戦は大幅な修正を強いられることになっている。本来であれば捕捉出来たはずの敵陸軍部隊がまんまと撤退に成功したことで、連合国軍はこっちの想定より大規模な部隊編成に着手を始めているらしい。航空兵力についても同様で、ISAFの生き残りのパイロットの中から腕利きの連中を集めた部隊が編成されていることが分かった。つまり、我が軍の爆撃隊やシェズナのレーダーを破壊したのもそいつらの仕業というわけだ。強力なレーダーを失ったことで、軍司令部は俺たちの部隊にもノース・ポイント攻略作戦に参加するよう指示を出してきていた。

俺たちのベースには、珍しくお客さんたちが来ていた。目前に迫ったエイギル艦隊と大規模な陸軍揚陸部隊からなるノース・ポイント侵攻部隊への補給物資を運ぶ輸送機を護衛する連中だ。ファーバンティ方面隊に所属する、インターセプター隊のパイロット中心に編成されているのはいいが、わざわざ本国の部隊を辺境まで派遣たぁ、いくらなんでもやり過ぎだ。正直、ノリが合わないので俺はいい加減「さっさと出ていってくれ」という気分になっていた。
「おーい、隊長。外でお客さんたちの部隊長殿が、話があるって言って待ってるぜ」
ノックも無く、18番がずかずかと入ってきた。これが本国の部隊だったら、それだけで始末書もんだが。
「要件は分かっているんだけどな、本国の連中といると体中に規律って奴が染み込んできそうで嫌なんだよ。」
「そいつは同感ですな!」
18番は外に聞こえるような大声で笑った。こいつのことだ。わざわざ外に聞こえるようにしているのだろうが。
「それで隊長、何と伝えてお引取りいただきますか?」
「おまえに任せるよ。失礼の無いように、な」
18番はにやりと笑うと、こう言った。
「俺たちを連れていって、その戦果だけを持って帰ろうとするような連中に言う言葉は一つですな。では、適当にあしらっておきます!」
彼は嬉しそうに部屋を出ていった。やがて外から、彼の嬉しそうな毒舌が聞こえてきた。

それからちょうど2時間後、俺たちのベースに、緊急通信が入った。発信したのは、さっき俺たちが追い出した連中が護衛していた、あの輸送部隊だった。やれやれ、でかい口叩いてお守りも出来ないのか。
「黄色中隊、出撃するぞ!規律が信条の士官殿たちが敵さんに襲われているそうだ!」
「了解了解。やっぱりもっと悪口言っておくんだったな。」
隊員たちも「恩を売っておくか」という雰囲気で出撃準備を整える。中でも18番は異様に嬉しそうだ。
ベースを離陸した俺らは、最大戦速で交戦ポイントに向かった。それにしても、わざわざE767が電子戦まで仕掛けているってのにそれに食らいつくとは……どうやら出てきているのは、噂の腕利き達らしい。通信妨害の影響で状況はまだわからないが、明らかにこっち側の方が苦戦を強いられているようだ。
「!?交戦ポイント、レーダークリアです!隊長、これは一体……?」
7番が突然クリアになったレーダーを見て驚きの声を上げる。敵さんもなかなか……。どうやら、ECMをかけていたE767が2機とも撃墜されたようだ。同時に通信もクリアになり、輸送部隊の慌て様が聞こえてくる。
「くそっ!話が違うじゃないか。これじゃあ撃墜されちまう!」
「レッド8、敵を振り切れない!誰か何とかしてくれ!!」
レーダーから、次々と友軍の光点が消えて行く。残酷な話かもしれないが、今から行っても輸送部隊を助けるのは時間的に無理のようだった。
「遅かったか。」
味方を救えなかったことじゃあない。敵さんのエースパイロットと戦い合う機会を今回は逸したことが悔しかった。そうこうしているうちに、鈍い輸送機は全機撃墜され、かろうじて生き残った1機が追い回されていた。
「ISAFにも、かなりの腕利きがいるようですわね。」
4番が感心したように呟く。同時に、彼女は暗にこう言っているのだ。今から行っても何も得るものはない。撤退が最善の策だ、と。4番の言う通りだろう。敵の航空隊がここまで出撃してきている以上、いずれまた出会う機会もあるだろうさ。
「黄色中隊全機、帰投するぞ。」
次は逃さない。俺はそう、心に誓っていた。

得るものもなく帰投した俺たちは、いつものように酒場「スカイ・キッド」を占領していた。敵の餌食になった輸送隊のパイロットたちにグラスを捧げながらの飲みは、どこか憂鬱であった。普段は陽気な部下たちも、今日は珍しく黙々と酒を飲んでいるもんだから、酒場の親父が拍子抜けした顔でつまみを作っている。今日もあの少年がカウンター席にちょこんと座って、じゃがいものスープをすすっている。
「坊や、今日も合奏するかい?」
俺は少年を呼んで、そしてギターを奏で始めた。たまには陽気な曲を弾くのもいい。少年もギターの音色に合わせてハーモニカのメロディを奏でる。ようやく調子を取り戻したのか、18番と整備班長がぶざまなタンゴを踊り出した。隊員たちの笑いとブーイングが酒場の中に響き渡る。
最後にまたいつもの曲を弾いて、俺はギターを置いた。
「坊や、もう今日は遅いからそろそろお帰り。」
ところが、少年はまた下を向いてしまった。……何か悪いことを言ったかな?
「おじさんがいなくなっちゃったんだ……。」
しばらくしてから少年はそうぽつりと言った。占領下の街だ。本国の秘密警察の連中もでしゃばっていやがるから、ちょっとしたことを叫んでも連行される可能性は十分ある。俺は、少年の頭をがしがしと撫でてやった。
「仕方ないな。おい、ディオン!子供一人分食わすくらいの余裕、うちの物資にはあるよな?」
副官の一人であるディオン中尉は、好物のペンネアラビアータを食べる手を休めて考え込んでいる。
「それでは隊長のお食事分を少し減らさせて頂きましょう。よろしいですか?」
「分かった。18番の分から引いておいてくれ。」
「隊長、そりゃひどいっすよ!!」
再び笑いが酒場を包み込む。少年は、状況が飲みこめなかったのか、きょとんとした顔をしていた。
「坊や、明日からは俺たちの基地に遊びに来てもいいってことさ。まぁ、一緒に出撃しろとは言わんさ。」
ようやく状況が飲みこめたのか、少年は驚きながらも嬉しそうな顔をしていた。何度も「ありがとう」と言うと、少年は家に帰るのだろう、夜の町へと駆け出していった。

「おい、メビウス1、ちょっといいか?」
エルジア空軍との戦闘を終えて帰投したレイピア09は、戦友の一人を呼びとめた。
「なんだ?レイピア09、今日の分の酒を勘弁してくれって話ならお断りだぜ。」
「馬鹿野郎!そんなこと……少しは考えていたけどよ、それとは別件だ。さっきスカイアイからきいたんだがな……。」
レイピア09の話を、メビウス1は黙って聞いていた。今日の戦闘時、戦闘空域に接近しながらも撤退した敵戦闘機部隊がいた、ということだった。
「スカイアイの方で照合しようとしたらしいが、データがなかったらしい。敵の新手だと思うか?」
「難しいところだな……一応、頭に入れておく必要はありそうだ。案外、噂の「黄色中隊」かもしれないしな。一度戦っているんだろ、レイピア09?」
「その話とグラス2杯、引き換えにしないか?」
「内容次第だな。」
誰が交換するもんか、とメビウス1は腹の中でペロを出していた。結局、レイピア09はその晩も20年物のウイスキーをグラス4杯、おごる羽目になったのだった。

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