ファイル6

輸送部隊の一件で獲物を逃した俺たちは、偵察機を出したり敵の配置想定図等を取り寄せて珍しく真剣に作戦を立てている。メインベースがノース・ポイントにあるのは分かっているが、そこまで行くのは自殺行為以外の何物でもない。だとすれば、こっちの基地でも叩きに来たところを狙うのがベターであった。現に軍司令部からは「何故前回の戦闘で奴らを追わなかったのか?」と憤慨しているお偉方がいる、次回こそは仕留めるように、というありがたいお達しが来ていたが、言われる間でもない。奴らは俺たちの獲物だ。誰にも渡すものか。

偵察に出ていた12番から通信が入ったのは、その日も暮れてきた頃だった。4番が要点をまとめたメモに目を通す。どうやら、奴らの狙いはエイギル艦隊の補給線となっているコンビナート群のようだった。そして、12番の報告によれば、ノース・ポイントから20機ほどの敵戦闘機が離陸したとのことであった。他にも、周辺の飛行場から攻撃機の編隊が接近しているようだ。
「12番、直ちに帰投しろ。目的地が分かった以上、深追いの必要は無い。」
「12番、了解。」
偵察機に指示を出し、俺は後ろに振りかえった。出撃を心待ちにしている部下たちが、出撃命令を今か今かと待っていた。……性分とはいえ、救えねぇ性分だな、これは。
「黄色中隊はこれより敵エース部隊を攻撃する。奴らは大半が地上攻撃用の装備とは思うが、甘く見るな!各員の奮闘に期待する。行くぞ!!」
俺は、部隊を俺の指揮下とディオン准尉の指揮する別働隊とに分け、出撃命令を発した。歓声が上がり、男たちは自分の機体へと走り出す。整備員たちも出撃準備の為に、それぞれの持ち場へと走り出す。
「隊長、今回は何だか楽しそうな顔をされてますよ」
「ん?そうだな、奴らが楽しませてくれることに期待しようか、4番」
俺もまた、救いようのない性分を持つ戦闘機乗りの一人だった。

サンサルバシオンのベースから離陸した俺らは、別働隊と二手に分かれコンビナート群を目指した。既に敵先発隊の攻撃が始まっているようで、海上採掘基地群からは救援を求める通信が相次いで入ってくる。あのコンビナートには確か対空砲やらSAMがかなり配備されていたはずだか……。ふと正面を見ると、彼方の空が赤く染まっている。コンビナートの上げる炎だった。
「黄色中隊より、AWACS。戦況はどうなっているんだ?」
上空35000フィートを飛行するAWACSは馴染みの連中が多い。俺たちのこれまで挙げてきた戦果も、彼らの協力があってこそだった。
「お、黄色中隊、出てきているのか。戦況だよな、……はっきりいって悪い。敵さんの機体は旧型ばかりだが、恐ろしく腕が良い。中でもA−10に乗っている奴は半端じゃねェ。信じられるか?防空隊の戦闘機が2機、そいつに墜とされたんだ。」
A−10で?新鮮な驚きだ。同時に、笑いがこみ上げてくる。そうでなくっては!
「隊長、石油備蓄基地にも敵機来襲の報告が届いています。戦闘機多数の攻撃で、既に基地の機能は停止、タンクは炎上中だそうです。」
「かぁーっ、敵さんもやってくれるぜ。これで無敵艦隊は海上のハリボテってことかい?」
言葉とは裏腹に18番の声は嬉しそうだ。
「ディオン、聞こえるか。敵の攻撃機部隊はおまえに任せる。だが、エース隊は俺の獲物だ。手は出すなよ」
「ディオン隊、了解。先に戻って夕飯の支度でもしときますぜ」
「よし、俺たちは奴らと一戦交える。油断するなよ!!」
機体から燃料タンクを切り離す。俺はスロットルをMAXに叩きこんだ。身軽になった機体は、心地よいジェットサウンドを響かせながら大空を切り裂く。

「スカイアイより各機へ。未確認の航空機が5機そっちへ急速に接近中!」 敵の緊迫した声がヘッドホン越しに聞こえてくる。作戦成功に湧き返っていたようだが、ここの通行料はかなり高くつくぜ。 「全機、攻撃開始!!」
俺たちはトライアングル編隊から散開して、それぞれの獲物を追い回す。天国から地獄へ突き落とされた敵部隊は、必死の回避行動を始める。そうだ、それでいい、俺をもっと熱くさせてみろ!俺はバルカン砲のトリガーを引いた。目前のF−4Eが衝撃にのたうち、爆炎をあげながら墜落していく。旧型とはいえ、なかなかいい腕だ。
「くっそぅ、黄色中隊だ!!」
敵パイロットの絶叫だ。部下たちはこれまでの鬱憤を晴らすかのように、敵機を追いまわしている。18番に至っては下手な鼻歌なんぞ歌っていやがる。
「これでもくらえ!」
18番機の発射したミサイルが、彼の獲物となったF−4Eの背中を貫き、爆発する。
「隊長ォォォォォ!!」
断末魔の悲鳴が、爆発と同時にかき消されていく。状況は明らかに俺たちの優位だったが、敵のF−16、そしてA−10が友軍を撤退させるべく奮戦していた。間違い無くエース級のパイロット。A−10には5番が食いついているが、その機動性に完全に翻弄されている。4番は、と言えばF−5Eのケツを追い回していた。F−5Eもなかなかいい動きをしているが、性能の差は歴然としている。やがて、4番の射程内に捉えられる。
「させるかよォ!」
4番がトリガーを引くが早いか、例のA−10が射線上に強引に割り込んだ。砲弾はA−10に何発も命中し、風穴を開ける。煙が噴出し、4番の視界を覆う。その隙をついてF−5Eは戦線離脱を図る。4番はA−10を撃墜しようとしたが、それは相手のF−16の無謀とも言える突撃で阻まれた。……そろそろこっちも引き時か。
「全機、ミッションオーバー。サンサルバシオンに帰投する!」
俺たちは遭遇した敵部隊半分以上、12機を撃墜することに成功していた。今回は、エースを達成した奴も多いだろう。
「してやられましたわ」
獲物を取り逃がした4番がどこか悔しそうに呟く。それにしても、あのA−10。リボン付のパイロットは並じゃない。奴が俺と同じ性能の戦闘機に乗ってきたらどうなるのか。望外の喜びを得た感じがしていた。

酒場の椅子ですっかり寝ついてしまったことに、少年は気がついた。店は既に片付けられ、照明も落とされている。酒場の娘がかけてくれたのか、暖かい毛布が少年を包んでいた。
人の気配を感じて、少年は階段を上がった。店の主人が起きているのか、少し開いたドアからカタカタと音が聞こえてくる。少年は何気なく、中を覗き込んだ。その瞬間、彼は口を押さえられ右手を逆手に取られ、床に倒された。店の主人も、これまで見たことの無い険しい顔で自分を見ていた。レジスタンス。少年の頭に、その言葉が思い浮かんだ。
「子供になんてことするの!」
ドアの裏に隠れていた酒場の娘が、小声でそう叫び、少年を抱き寄せた。すっかり怯えていた少年は、ようやく落ち着きを取り戻した。
「しかしお嬢さん、一体どうするんでさぁ。」
店員の男が困った顔で呟いている。
「いい、このこと、誰にも言っちゃダメよ。私との約束!分かった?」
酒場の娘は笑顔でそう、少年に念押しした。もちろん、少年も誰にも言う気は無かった。

店を出た少年は、深刻な葛藤に囚われている。実は英雄的であった酒場の人たち。レジスタンスとして占領軍と戦っていた、街の英雄。それに比べて自分は何なのだろう。敵の飛行中隊の中に自分の居場所を見出している自分。日を経る毎に、その思いは強くなっている。少年にとって、黄色中隊は新たな家であり、そして家族となりつつあった。
……もう僕は、彼らの間を離れられない……。

masamune01 戦闘日誌へ戻る

トップページに戻る