ファイル7
すっかり馴染みとなった酒場「スカイ・キッド」で、敵エース部隊掃討成功の祝杯を挙げたのもつかの間。窮鼠猫を噛むってわけじゃないだろうが、エルジア軍にとっては信じがたい事態が発生した。今回の大戦でも、連合国軍艦隊を完膚なきまでに叩きのめしてきた我が軍の精鋭、エイギル艦隊が壊滅したのだ。これに先立って燃料の補給ラインを断たれて多くの艦隊が燃料補給を受けられずにいたのは事実だろうが、まさか主要艦艇は全滅とは……。迎撃に当たった地上部隊・航空部隊にもかなりの損害が出ているようだった。
俺は滅多に座っていないオフィスの椅子にもたれ、司令本部から送られてきた資料類に目を通していた。しばらくしてから入ってきた4番が驚いた顔で俺を見る。
「珍しいですわね……また大変なことが起きなければいいんですけど。」
「俺だってたまには仕事もしたくなるさ。」
憎まれ口を叩いて、手元の資料を4番に渡す。さっと目を通す4番の顔が真剣なものに変わる。
「A−10、ですか……。」
報告書に記されていたのは、エイギル艦隊に致命的な損害を与えた航空隊の存在であった。特に、その隊長機と思われるA−10の攻撃によって、艦艇だけでなく地上施設も数多く破壊され、さらに今回も数機の戦闘機が撃墜されていた。間違い無い、あのときのリボン付の奴だ。
「あのときに撃ち落しておくべきだったな、我が軍にとっては。」
「本心でそう思われています?」
俺は降参、という素振りで肩をすくめた。
「いや、俺たちの部隊にとってはグッドニュースさ。少なくとも楽しみが一つ増えたからな。」
これだから私は大変なのに、と4番はため息をついた。
今日も少年は黄色中隊の基地に遊びに来ている、というよりは基地が生活の場となりつつある。整備班の連中のテントに泊まっていってしまうこともしばしばであった。18番からもらった、大きすぎる皮ジャンをコート替わりにして基地をうろつく。今日もSu−37が並べられているので出撃なのかと少年は考えたが、傍らにいた整備班長がこれから訓練飛行と模擬戦をやるのだと教えてくれた。やがて、黄色中隊のパイロットたちがぞろぞろと歩いてくる。いつも通り、沈着冷静な13番とその後ろを歩く4番。18番は少年に気が付くと近寄ってきて、頭をわしゃわしゃとかきまわす。力が強すぎて、少年にはちょっと痛かったが。
「坊主見てろよ。今日買ったら、酒場でステーキをおごってやるからな!」
「負けたらどうするの?」
「あぁん、坊主、そのときは決まってるだろ。隊長にツケるんだよ。」
元々声の大きい18番なので、当然話は筒抜けだ。もしかしたら、この男はそれを楽しんでいるのかもしれない。13番は意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「坊や、良かったな。勝手も負けても18番がステーキをおごってくれるそうだ。おい、ディオン、18番の給料からステーキ代抜いとけ!」
隊員たちが爆笑する。この陽気な雰囲気が、少年にはたまらなく心地よいのだった。
模擬戦の効果は満足の行くものであった。ルーキーたちもだいぶ腕を上げて来ているようで、前回のエース隊との交戦で少しはタフになったというところか。18番と4番の模擬戦は今回も4番の勝ちに終わり、管制塔から「15連敗!!」と告げられ隊員たちの爆笑を買ったものである。一体いつまでこの笑い声の絶えない、ある意味高いモティベーションが保てるのかは分からなかったが。
「よし、全機訓練終了。地上の連中にサービスでもするか?」
「隊長!俺はサービスするような気分ではありません!」
4番に負けたことをかなり根に持っているようだ、18番は。
「18番、坊やに格好の悪いとこ、見られたいなら先に行っても構わないわよ。」
「そういうこった。ま、自業自得ってやつだな。行くぞ。」
俺たちは編隊を組むと、基地の上空をグライドパスした。5機揃って、いつも通りのターンを切る。俺の機体の左翼が、細いジェット雲を引いた。
訓練を終えた俺たちは、「スカイ・キッド」に直行した。18番は店特製のステーキを1枚注文し、少年がうまそうに食べているのを見て自分にも2枚注文して、仲間たちにからかわれている。ディオン准尉は今日もペンネアラビアータを食べながら電卓を叩いている。いつも通りの光景を眺めながら、俺もまたギターを弾く。
「隊長、変なことを聞くかもしれませんが……。」
今日も珍しく髪を上げている4番が口を開く。
「この戦いが終わったら、どうされるおつもりですか?」
テーブルの上のグラスで氷が音を立てる。
「今は何も考えていない。というよりは、全て終わったらゆっくり考えるさ。」
「そう、ですか。」
少し不満げな4番の顔を見て苦笑しつつ、俺は別の曲を弾き出した。昔流行った恋愛映画のラストシーンで使われた歌だ。それに合わせて、少年がハーモニカを奏でる。いつしか隊員たちは、このときだけは静まり返って曲を聞きつつ、グラスを傾けるようになっていた。あの18番でさえ、そうだから笑ってしまう。
ところが、この日は思いがけないイベントを迎えようとしていた。基地待機メンバーの一人が、慌てて酒場に駆け込んできたからだ。何事かと色めき立つ隊員たち。俺は席を立ち、酒場の外に出た。無害な民間人とはいえ、さすがに機密に関わる話は聞かせたくないからな。
「司令本部からの緊急連絡です。本日、フェイスバーグの発電基地がISAFの空爆により壊滅しました。」
何だって?フェイスバーグといえば大陸中央の施設じゃないか。奴ら、とうとうそんなところまで来られるようになったのか。
「それからもう一つは、出撃要請です。連合国軍はコモナにあるロケット発射基地から軍事衛生の打ち上げを計画しているようです。これを断固阻止せよ、とのことです。」
「海軍の方は?」
「エイギル艦隊残存隊から揚陸部隊が編成され、既に出撃したそうです。」
どうやら戦況はターニングポイントを迎えたようだ。考えてもみれば、そろそろ連合国軍の部隊再編も完了する頃だ。エルジアが昼寝をしている間に、虎視眈々と隙を狙われていた、ということか。
「わかった。おまえは基地に戻って連絡を待て。俺たちもほどほどにして切り上げる。」
「了解しました!」
待機メンバーの曹長殿は基地のバイクに飛び乗ると、猛スピードで走り出した。……そんなに急がなくても今日は出撃はないさ。
「隊長……。」
4番がいつの間にか傍らに立っていた。
「どうやら敵さん、本腰入れてきたみたいだな。これからしばらくは忙しくなりそうだ。」
「そうですわね……」
「不安か?」
俺の問いにしばらく彼女は俯いていたが、小さく縦に首を振った。
「隊長……。」
「ん?」
「隊長、私は必ず隊長をお守りしますからね。」
俺は頭をかきながら、そっと彼女の肩を抱き寄せた。彼女は唐突の行動に驚いていたが、やがて俺の腕に体を預けてきた。