暗雲
暑いところは嫌いだ。
口やかましい教官たち、そして雰囲気だけ軍人ごっこをしている先輩たちから散々怒鳴られながら、意地でも切らずに伸ばしてしまった髪がそろそろ重くなってきた。長く伸びた前髪を少し手でかきわけて、僕はどこまでも広がっていそうな青い大空を見上げていた。僕の故郷、オーレリア。北の谷の軍事国家や超大国オーシア、ユークトバニアのような戦争とは無縁な、平和な国。政治の難しい話はさっぱりだけど、そんな僕でも分かることがある。こういうのんびりした風土で育つ人間は、やっぱりマイペースでのんびりした奴が多いということだ。豊かな資源と海洋貿易のおかげで、自給自足で経済が成立し、余剰資金を内戦が延々と続いているレサス民主共和国に「義援金」として仕送りして、なお余裕があるのだから、やっぱりこの国は栄えているに違いない。だから、この繁栄は未来永劫続くことが当然――そう思っていたのはきっと僕だけじゃなかっただろう。恐らくは、この国に生きる人々の大半がそう確信していたに違いない。それが重大な勘違いであったことを思い知らされて初めて、僕たちは気が付いたんだ。平和というものは、与えられるものではなく、自分で守っていかなければならないものなのだ、と。それは戦争というものを久しく忘れていた僕らの母国にとって、最も苦い薬だった。

そんな平和な母国でも、軍隊は存在する。背景としては隣国レサスの一勢力が母国への侵入を試みたりしたことがあったので、この数年で多少ではあるものの増強が為されたというわけだ。でも、僕が軍属の立場にあるのは、オーレリアを守るという使命感からでもなく、軍人への憧憬でもなく、手っ取り早く空を飛びたかったからだ。オーレリア空軍に属する航空専門学校は、空軍を支える整備士や通信士、ナビゲーターに、パイロットを養成するために設立された機関だ。ここのパイロット過程を修了できれば、晴れて戦闘機乗りへの道が開ける。だから僕は、オーレリアの片田舎と呼ぶに相応しい、そして何よりも僕が嫌いな湿度の高い、そして暑いオーブリー岬の航空基地にいる。そんな土地でも、空の上は別だ。どこまでも広がっていく青空に浮かんでいると、どこまでも飛んでいけそうな気分になってきて、操縦桿を握ることがとても楽しくなる。空を飛ぶために必要な様々な資格を取るための勉強も、ハードな授業も、空を飛ぶことを思えば何でもない――。昔ながらのレシプロの単発機から始まった訓練は、いよいよ最終段階へと入り、僕らの練習機もより実践的なホーク練習機へと変わった。初めてジェット機を自らの手で操ったときの興奮は忘れられない。調子に乗ってバレルロールをやらかして教官の拳骨とグランド30週を漏れなくプレゼントされてさすがに反省したが、破顔した教官殿は言ったものだ。"実戦ではそういう奴が強いんだ"――。

このオーブリーには、二人の「エース」がいる。一人は、僕らの教官殿、ブルース・マクレーン中尉。でも、昼間からアルコールの香りをさせていたり、練習機の後部座席で居眠りをしていたり、一体全体この人の何を以って「エース」と呼ぶのかさっぱり分からない。案外、ずぼらのエースという意味なのかもしれない。そんなわけで彼は、上の人たちからは「昼行灯」と、そして僕らからは「居眠りブルース」と陰口を叩かれる。もっとも、本人は全く気にならないようだが。むしろ、もう一方こそエースと呼ぶに相応しいだろう。オーブリー基地所属の航空部隊「グリフィス」隊――F-16Cの6機編隊で構成された部隊を率いるのは、アイルトン・ホラント中尉だ。基地のトーナメントでも優勝し、僕ら航空学校生にも気さくに対応してくれる頼れる兄貴分。何しろ教官殿があんななので、ホラント中尉を頼る同期は多い。すると彼は必ず言うのだ。"マクレーン中尉を馬鹿にしない方がいいぞ。実戦になったらあの人にかなう奴はいないんだから"――。彼ほどのエースがそう言うのなら少しは信じる気に……
「ならへんわい!!」
人の台詞を奪って叫んだ相方が、顔を高潮させて怒っている。もっとも女癖のあまり良くないこいつが腹を立てる筋合いもないとは思うのだが。僕の相方――ラファエーレ・スコットは苦笑する僕をじろりと睨み付け、そしてオーバーに首を振って嘆いてみせた。
「大体、何であんな昼行灯がヴァネッサさんと仲ええんや!?世の中何か間違うとる。真面目に訓練に明け暮れてるワイらが何でこんな思いせなあかんのや!!」
「……落ち着けよ、スコット」
「落ち着いてられっかっちゅーの!!ジャスティン、そんなんやからお前、彼女も出来んと寂しい毎日送っとるんやで。ちっとは悔しい思わへんのか!?」
グリフィス隊の6番機はこの基地でも数少ない女性パイロット。ヴァネッサ・ファクト少尉だ。ちょっとクセのある長髪が良く似合った素敵な年上の女性は、基地の若者たちの憧れの的だ。なのに……どういうわけか、彼女は教官殿と仲が良い。一方的に教官殿がからかわれているか怒られているかのどちらかなのだが、そんな光景を見かけると同期たちは皆不愉快になるようだ。確かに鼻の下を伸ばしているように見えるマクレーン中尉はみっともないが。その向こう側の滑走路を、独特と言うべきか、異形と呼ぶべきか、青い戦闘機が疾走して大空へと舞い上がっていく。
「かー、やっぱエースの乗る機体は違ってるなぁ。あんなんに乗って飛んでみたいもんや」
「新兵に試作機乗らせてくれるほど気前は良くないよ、きっと」
「そやなぁ……」
僕らが見上げる青空に、白い飛行機雲を刻んで試作戦闘機が上昇していく。オーレリア空軍の次期支援戦闘機プロジェクトで、この基地に配備されてきたのがあの機体だ。グリフィス隊のハンガーから少し離れたところにある練習機用のハンガーの隣に保管されている新型を、僕らは何度も覗きに行った。複数のディスプレイで構成された視界の極めて広いコクピット。高Gでの戦闘機動におけるパイロットの負担を軽減するように設計されたシートレイアウト。コンピュータの制御によってより激しい機動にも対応できるように設計された機体。どれもが目新しく、こんな機体を操ることの出来るホラント中尉が羨ましくもあり、いつかは自分も……という気になるのだ。出来ればあの「昼行灯」にはなりたくないものであるし。

実のところ、オーレリア空軍は新型の戦闘機を売りつけたくて仕方がない企業から見れば上顧客であったらしい。潤沢な資金を豊富に持ち、腕の良いパイロットを幾人も輩出している空軍が存在することが、民間から見れば魅力的だったようだ。もっとも実戦データと言う点では平和すぎるこの国で得る物はないのだったが、それでもここオーブリーだけでなく、このオーレリアの最大の空軍基地であるサチャナ基地、首都グリスウォール近郊の航空基地において、いくつかのメーカーが運び込んだ実験機が運用されていた。その中には、ユージア大陸戦争で使用されたエルジア空軍の新型機X-02まであったから、僕ら新兵たちには何とも嬉しい素材が転がっていたことになる。ネットの中の映像で見るのとは異なる、本物の戦闘機たちの姿はやはりいい。そんな機体の姿を眺めながら、僕らは伝説のエースたちの姿に自分を重ねてみるのだ。1995年に勃発したベルカ戦争において活躍したという「円卓の鬼神」、2004年から2005年にかけてのユージア大陸1年戦争でエルジアを退けた「メビウス1」、その好敵手であり、エルジア最強の航空部隊を率いていた「黄色の13番」、2010年のベルカ事変に姿を現し、超大国同士の戦争にピリオドを打つだけでなく、戦争の裏にいたベルカ残党軍との決着を付けた噂の「ラーズグリーズ」……たった四半世紀の間だというのに、世界には英雄たちが満ち満ちている。手っ取り早く戦闘機に乗るなら、空の傭兵という道もあったが、さすがにそこに踏み出すだけの度胸は無かった。いつか、僕もエースと呼ばれるようになれるのだろうか――?その思いは、きっと空を目指す僕らの世代の共通の思いだったかもしれない。僕らは伝記やテレビ番組などで彼らの翼跡を追うことしか出来ない。でもそれは、僕にとって何よりも楽しい時間の一つだった。

そんな平和な時間が、これからも続いていくと思っていた。だがその時間は、朝に鳴り響いた聞きなれない耳障りなサイレンの音で霧消することになる。それは緊急事態を告げるものだった。何でこんなものが?当惑して為す術の無い僕らを置き去りにして、オーブリー航空基地は唐突に第一級戦闘配置という、漫画や映画でしか聞いたことのない得体の知れない状況へと移行し、正式な軍人未満の僕らは基地内での移動が大幅に制限され、基地の宿舎の狭い部屋で、同室の連中と互いに不安な表情を浮かべて時間が過ぎていくのを見守るだけになった。そんな僕らの耳に残ったドラ声――レサス民主共和国のディエゴ・ナバロ将軍の演説が今でも頭の中でリプレイ出来る。"長年の不当な搾取に対する報復"――僕らの平和な時間に終幕を強制したのは、隣国レサスによるオーレリア領土侵攻という事態だったのだ。過去の資料でしか見たことのなかった戦争――10年近く前のベルカ事変、そこからさらに15年前のベルカ戦争、ユージア大陸の1年戦争。確かに僕らの周りでは戦争が何度も起こっていた。でも決して母国はそんな事態に巻き込まれないものだと信じていた。何の確証も無しに。レサスは教えてくれた。オーレリアの幻想はかくも脆いものであったのだ、と。

長い年月に渡った内戦がようやく終息し、国家としての形態を取り戻し始めた隣国レサスの最初の外交辞令は、最大の支援国であったはずのオーレリアに対する宣戦布告だった。オーレリア政府がレサスからの公式な宣戦布告を受け取ったときには、既に国境を越えてレサス軍部隊が侵攻を開始していたのである。スクランブル待機中だったサチャナ空軍基地の航空部隊が飛び立とうとしたが、彼らはサチャナの空から出ることが無かった。レサスは開戦に向けて、とんでもない兵器を作り上げることに成功していたのである。――空中要塞「グレイプニル」。光学迷彩を装備した、レーダーだけでなくその姿すら見えない究極兵器。サチャナ基地の航空部隊は離陸した直後、「グレイプニル」の放ったミサイルによって完膚なきまでに撃破されてしまった。程なく基地はレサスの手に落ち、開戦直後にオーレリアは重要な航空基地を奪い取られてしまったのである。これを皮切りに、「グレイプニル」は同様の手段でオーレリアの重要拠点を次々と陥落させていった。そして拠点との連絡も連携も断たれた首都グリスウォールが、レサスの目標となった。オーレリアの平和の象徴たるガイアスタワー。政治の拠点たるこの超高層ビルの周囲には、オーレリアの数少ない防衛兵器「メソン・カノン」が展開され、レサスといえども迂闊には近寄れない……はずであった。だが彼らには「グレイプニル」がある。街の入り口に陸上部隊をずらりと並べ、敢えてグレイプニルをガイアスタワーの上空に展開し、レサス軍司令官ディエゴ・ナバロはオーレリア政府を恫喝したのだ。市民の虐殺による勝利か、冷静な判断による人道的敗北か――。

オーレリア政府の選ぶべき選択肢は一つしかなかった。もともと戦争という事態には無縁の国家だ。政府はグリスウォールの市民たちの命を最優先とした。レサス軍に連行されていく彼らが、ただ一つだけ、ディエゴ・ナバロに対して「一般市民への軍人による攻撃」の禁止を確約させたのは、平和な国の政治家の気概を最後に示したとも言える。だが、軍人は違う。首都が陥落したことは、兵士たちの士気を極限まで低下させた。頼るべき援軍も無く、物資も枯渇したオーレリア残党軍に出来ることは僅かだった。散発的な抵抗は、今やオーレリアを併呑したレサス軍によって一つ一つ鎮圧されていく。追い詰められた部隊は降伏するか、難所へと立て篭もるか、全滅するか――その三択の中から道を選ぶことを余儀なくされた。オーブリーから飛び立っていくグリフィス隊の抵抗も続いていたが、次第に被弾する機が増え、そしてついに帰らぬ機体が出始めると、僕らの目から見ても明らかに分かるほどに大人たちは動揺し始め、そして二つの勢力へと分かれ始めた。無駄な抵抗を止めて生き長らえる道を選ぶ者たちと、オーレリア空軍の誇りを示してレサスへの強襲を仕掛けるべきと主張する者たちとに。僕らに選択肢は無く、基地の向く方向をただ眺めているしかない。だが、少なくともこの時点では、オーブリー基地の上層部は多分に血の気が多く、そして愚かだった。この基地の唯一の実戦部隊となったグリフィス隊に対し、彼らが下した命令はただ一つ。レサスに対してオーレリア空軍の意地を示すこと。そこに戦術も戦略もない。ただレサスの1部隊を殲滅して来いという命令に、さすがのホラント中尉の顔も渋かった。あの昼行灯ですら、気の毒そうな顔でグリフィス隊の面々に気を使っている次第だ。そして誰よりも痛恨の表情を浮かべていたのは、ヴァネッサ・ファクト女史だ。先の戦闘で尾翼を1枚吹き飛ばされてしまった彼女には、乗るべき機体が無かったのである。

開戦から10日が過ぎ去り、ついにオーレリアの国土の95%がレサスの手に落ちた。重要拠点の全てが陥落し、僅かに残されたのはこのオーブリー岬の片田舎の一帯のみ。各地に潜伏した友軍と連絡を取る術も無く、極限まで低下した情報収集能力を最大限に発揮した基地司令部が掴んだのは、ついにオーブリーにも制圧部隊がやって来るという情報だった。好機来る――むしろその事態に、基地は湧き立った。ようやく手にした「反撃の舞台」である。残り少なくなってきた燃料と兵装を積み込んだ「グリフィス」隊のF-16Cが基地の滑走路から離陸していくとき、整備兵たちに混ざって僕らも総出でエースたちを見送った。僕らにできることなんてそんなものだ。僕らの知らないところで勝手に進んでいく戦争。大人たちの決める道。もちろん気に食わないが、じゃあ僕らに何が出来る?こんな事態では授業も訓練もしようが無く、僕らは一種の軟禁状態にあった。することはないから、好きなだけゲームでもしていたらどうだ、とは昼行灯の教官殿の言葉だ。事実、現実逃避するように部屋にこもったりする仲間たちも増えていた。毎日基地の展望台から空を眺めているのは、僕とスコットくらいのものだったのだ。ホラント中尉たちは、滑走路から飛び立つとまるで名残を惜しむように編隊を組んで基地上空をフライパス、そして敵部隊の迫る方角へと加速していった。
「行ってもうた……」
「行っちゃったね……」
飛行機雲だけが残る空を、僕らは飽きずに見守っている。何人かの仲間たちも残っていたが、他の面々は足早に滑走路から姿を消していく。もう結果の見えた戦争。程なくこの基地にもレサスの兵士たちがやって来て、僕らは捕虜の身となる。もう逃げる場所などどこにも残っていないのだから。
暗雲 「悔しいわ。ホント、私ツイてない」
「犬死することが勇気とは限らないさ、ファクト少尉」
声のする方向に振り返ってみると、スコットが瞬時に眉に皺を寄せた。機体を損傷させて出撃出来ないヴァネッサさんを、昼行灯――もとい、マクレーン中尉がなだめている最中だった。スコットの厳しい視線はこう言っている。"出撃する勇気も度胸も腕も無いくせに、いい役ばかりとりやがって"、と。でもこの状況において、全く動じずに事態を見極めている教官殿の姿は、僕にとって少し意外だった。軍人の心得に、いかなる事態においても冷静さを失わないこと、というのがあったと思う。それを実践している数少ない大人がいるとしたら、教官殿――マクレーン中尉だ。スコットの言う、「基地で最も不釣合いな組み合わせ」を見ているのに嫌気が差したのか、相棒は小声で通信室を見に行こう、と言った。通信室にでは今頃、新米通信士のユジーン・ソラーノが四苦八苦しているだろう。年上の彼に対し、僕らは常にタメ口だ。僕ら同様に航空学校出身だが、入校直後にパイロットの道から墜落してしまった先輩であるが、それもそのはず。彼の身体ではコクピットがたぶん窮屈で仕方ない。何しろ穏やかなソラーノ先輩は、基地の男たちの玩具である。彼のポケットには、男たちから突っ込まれたチョコレートの包みがいつも入っている。休憩時間に空を見上げながら、珈琲とチョコレートで一服入れる彼の姿は本当に幸せそうだ。およそ戦場とか戦争という言葉が似つかわしくない彼のはずだか、僕らが通信室に入ったときの彼の姿は別人のようであった。
「――プナ平原方面に、巨大な機影を察知!……くそっ、グレイプニルです!!グレイプニル、ミサイル発射!!」
"リックよりユジーン、冗談だろ!?ミサイルはどっちの方角だ!!"
「ミサイル、高速でグリフィス隊に接近。回避、大至急回避してください!!」
"あのな、回避ったって上も下も横も後ろもあるんだ!!どっちに逃げればいい!?答えろ、このユジーン!!"
通信の声の主は、陽気なグリフィス隊の2番機、"リック"少尉だ。だがその声は緊迫している。プナ平原とグリフィス隊との距離を考えれば、今飛んでいるミサイルは対空ミサイルのような生易しいものではない。――SWBMだ。オーレリアの部隊を撃ち砕いていった、最強最悪の兵器。あのミサイルの炸裂するときに放つ衝撃波の範囲内にいた者は、容赦なく粉砕される。逃げて――!そう叫ぼうとした僕らを突き飛ばすようにして室内に入ってきた男が、ソラーノの手からヘッドセットをもぎ取った。驚いたことに、それは昼行灯、マクレーン中尉の後姿だった。
「あの攻撃は低空なら威力が弱まる。山脈の下に飛び込むんだ、ホラント!!」
"マクレーン中尉!?……了解した!全機急降下、あの山の間に飛び込むんだ!!"
レーダーに表示されている5機編隊の高度値が低下していく。その頭上に向かって、一つの光点が猛烈な速度で接近していく。モニターを睨み付けるマクレーン中尉の双眸は別人のようだった。
"良し!何とか間に合――"
通信が途絶して耳障りなノイズが鳴り響くのと、レーダーから5つの光点が消滅するのは多分同時だった。誰もが言葉を失っていた。実際のそのシーンを僕は見たわけではない。だが、グレイプニルの攻撃で粉々に砕け散るグリフィス隊の姿が、僕の頭の中ではっきりと描かれていた。
「全滅……グリフィス隊、全滅です……」
「呆けている場合ではなさそうだ。広域レーダーを見ろ。……レサスの連中、本気でここを潰したくなったみたいだな。さぁて、どこへ逃げたもんだかなぁ……」
マクレーン中尉が指差すモニターには、敵であることを示す光点が多数。音も無く、ゆっくりと迫ってくるのは、この基地への攻撃を行うために出撃した航空部隊だった。素人の僕らですら腰が引けているのが見えるようなマクレーン中尉の姿に、ホラント中尉はきっとだまされていたに違いないという思いが確信に変わる。
「おいおい、そんな怖い顔をしてくれるなよ。分かった、分かったよ。……基地司令に掛け合ってこよう。お前たちはサバティーニの親父さんたちの指示に従って避難しろ。上からじゃ兵隊だか学生だか分からないからな。死にたくなければ言うことを聞け」
「りょ、了解……」
この人はこんな顔を出来るのか、というくらいに険しい表情を浮かべて、マクレーン中尉は部屋から出て行く。僕はスコットと顔を見合わせて、目の前で起こった厳しい現実の前にうろたえるしかなかった。ほんの少し前まで声を交わしていたはずのホラント中尉たち、グリフィス隊の面々がもう二度と戻らない。呆気ないほどの現実。だがその攻撃で、僕らの知る人たちが5人、命を奪われたのだ。戦争。全く縁の無いはずの物騒な代物は、もう僕らの目の前まで迫りつつあった。僕は弾かれたように走り出した。ここにいては危ない。マクレーン中尉の言ったとおり、仲間たちと共に少なくとも基地から離れた方が懸命だ。
「お、おい、ジャスティン!どこいくねん!?」
「サバティーニ班長の所だよ!とにかくここから離れよう!!」
ようやく僕らの姿に気が付いたらしいソラーノに見送られて、僕らは通信室を飛び出した。廊下を全力疾走していく僕らの背中に、今にも敵戦闘機の攻撃が突き刺さるような気がして怖かった。逃げるにしても少しでも早い方がいい。爆弾なんかに焼き殺されるようなことだけは御免だから。

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