不正規部隊、進撃す
プナ平原のレサス軍補給基地は、まさに食糧難に陥ったオーブリー基地の面々にとっては宝の山だった。ユジーンのチョコレートで僕たちが虫歯に悩む必要は無くなり、サバティーニ班長たち整備班の面々は、格納庫や倉庫の中に残されていた航空機の部品やエンジンの山を見て大喜びだった。そして補給基地だけあって食料も大量に保管されていたことは、僕らにとって望外の喜びだったのである。その備蓄量と来たら、基地制圧に合流した陸軍部隊の分を補って余りあるほどだったのだから。レサス軍の攻撃でボロボロだった基地設備から解放されて、急ごしらえの野戦飛行場ながら滑走路も設備もしっかりと整備されているプナ基地は、名実共に僕らの、そしてオーレリア軍反抗の拠点へと姿を変えたのである。僕らが蜂の巣にした戦闘機は使い物にならなかったけれど、被害の無かった格納庫からは新品同然のF-16Cが見つかり、F-1での戦いを覚悟していたスコットとファクト少尉を大喜びさせ、自分だけ機体が変わらないことにマクレーン中尉はがっかり。かといって、XR-45Sにだけは乗りたくないらしい。どうしてそこまで嫌っているんだろう、と不思議に思っていたら、あっさりとフォルド二曹――整備班の再編で、僕の機体の主任整備士となった――が教えてくれた。
「つまりね、初フライトでゲロっちゃったのがトラウマになっているというわけさ」
「あれは悲劇よ。真新しいシートを汚された私の気持ちにもなって欲しいものだわ」
フォルド二曹を中心とした整備クルーには、XR-45Sの開発スタッフであるフレデリカ・デル・モナコ女史も加わっていた。多国籍企業「ゼネラル・リソース」のツナギを着た彼女の姿は、オーレリア軍の整備士たちの中に混じると一際目立つのだが、メカニックとしての技量の高さとその人柄が「整備班のアイドル」としての彼女の地位を確実なものにしている。彼女からかなり難しい説明を聞いて、8割方は右から左へと抜けていってしまったが、少なくともこの機体にかける彼女の愛情と、その愛しの機体をどうやら乗りこなしているらしい僕への期待だけは何となく理解出来た。マクレーン中尉の後に搭乗したホラント中尉ですら、初フライト後機体から飛び降りるなりトイレへと直行したらしい。それに比べて、彼らほどの訓練を受けていないはずの僕は、2度の出撃、それも実戦での戦闘機動をこなして吐きもせずに降りてきた。それは整備班とデル・モナコ女史にしてみれば驚き以外の何物でも無かったのである。
「確かに身体が小さい方が耐G特性に優れるというデータもあるけれど、実際に分析してみて驚くのは、もう少しでパイロットの限界を超えるギリギリの線でXR-45Sを操っている点ね。多分無意識だと思うけど、ジャスティンの操縦はホラント中尉の時のデータと比べても適切だわ」
「そんなことありませんって。この機体に振り回されて、冷や汗かきながら乗っているんですから」
「ふーむ。案外ジャスティンは他の機体に乗り慣れていないから、XR-45Sにぴたりとはまったんじゃないかな。実際、マクレーン中尉もホラント中尉も、それぞれの機体での戦闘機動は見事なんだよ。なのに、XR-45Sに乗ると苦しんでいる。その辺りの微妙な差が出ているのかもしれない。ま、他に乗る奴もいないんだ。じっくりとのりこなしてやったらいいさ」
「そんな気楽にはいきませんよ。――次はパターソンの奪還作戦なんですから。それを考えると、何となく気が気じゃなくて、もっとこの機体を乗りこなさないと、という気分になってくるんです」
こうしている間にも、大人たちは次の戦いの準備を進めている。普段ならいつもの姿で機体の周りを歩いているサバティーニ班長の姿が無いのも、パターソン奪還に向けた作戦会議に出席しているためだ。何しろ目下、指揮官無き不正規部隊なのだ。プナ・ベースを確保した僕らと合流した陸上部隊指揮官のフィリッポ・バーグマン少佐が最も階級としては上なのだ。ところが少佐は「あくまで自分は陸戦の式しか出来ない。空のことは専門家に任せるよ」というスタンスを崩さず、そのせいであの頼りない昼行灯が航空部隊の指揮官として会議に参加しているという始末だった。ま、マクレーン中尉がだらしなくても、ファクト少尉とサバティーニ班長が出席している限り問題はないと思うが。とりあえず、そこに僕の出番は無い。僕に出来ることは、一日も早くこの機体をもっと上手く飛ばせるようにすること、そして生き残るために出来ることをしておくことだ。スコットに言わせると、「充分に睡眠を取る」ということになるけれど、僕はそこまで神経が太くは無い。もっとも、僕同様初陣を経験したスコットですら、自らの手で敵兵を殺したという現実の前には随分と戸惑っていたようだ。でもこれからも続く。いつしか、そんなことすら気にならなくなる日が来るのだろうか。ちょっとだけ、以前よりもスコットの口数が減ったのは、僕がXR-45Sを乗りこなそうとしているのと同様、生き残るためにアイツはアイツなりに決意を固めたのかもしれない。
「さて、と。じゃあ出撃に向けてこの子をじっくりとメンテナンスしてあげないとね」
「そうですね……って、昨日もやったばかりじゃないですか!!」
「エンジンのトルクバランスをもう少しシビアにしてもジャスティンなら耐えられそうなのよ。そうなったら、この子は恐ろしいほどの機動性を手にするわ」
「その前にジャスティンが死んじまいますってば!!……ああ、何てこったい」
……何てことだ、は僕の台詞だ。やっぱり僕の周りにはまともな大人はほとんどいないらしい。パターソン港への侵攻作戦開始が、何だかとても不安になってきた。
「クラックスよりグリフィス隊へ。地上部隊の展開は完了しました。バーグマン少佐より伝言を預かっています。――"勝利を手にして、祝杯といこう"、以上です。健闘を祈ります」
「俺らも頑張らんと。やっぱF-16Cはええなぁ、乗りやすうて踊りとうなるわ」
プナ・ベースを飛び立った僕らは、オーレリアにとってもレサスにとっても重要拠点と言えるパターソン港を目指している。あらゆる意味で不便だった(設備はもともとは立派だった)オーブリー基地のときと比べれば格段に改善された情報収集部門が掴んできた敵の情報によれば、プナ平原を奪われたことによって陸上輸送経路の確立を断念したレサス軍は、海上輸送による物資の供給ルートを確保しようとしているらしい。既にパターソンにはオーブリー基地制圧任務を帯びたレサス軍艦隊の一部が入港していて、これに基地制圧の本隊となる揚陸部隊が合流すべくレサス本国を出発、間もなくパターソン海域に到着する見込となっている。そこで、僕らの出番だ。レサス軍の電撃侵攻作戦はグレイプニルを用いての奇襲攻撃が主体であったため、オーブリーを含む首都から離れた地域への部隊展開が不十分になっている。だからこそ、彼らは海上輸送路を確保し、さらには揚陸艦まで持ち出しての兵員増強を狙っているのだ。その隙を突く。まだ手薄な状態にあるパターソンを陸上部隊が強襲し、僕らは僕らで、港に入る前に敵増援部隊を殲滅する――敵の合流を許せば、僕らの勝機は限りなく小さくなってしまう以上、選択肢はほとんど無かったのだが。
「バーグマン隊からグリフィス隊へ。兵力はそれほど多くないかもしれないが、我々は死力を尽くして奪還作戦に当たるつもりだ。今のところ敵に表立った動きは見られない。――健闘を祈る」
「グリフィス3よりバーグマン少佐、どうか無理をなさらず」
「なぁに、そっちには腕利きとはいえ坊やたちも混じっているのだろう?我々大人の勝手に付き合わされている彼らのためにも、多少の無理はするさ。なぁ、マクレーン中尉?」
「私が無理しなくても彼らが無理しますからなぁ……」
「おいおい、君は"オーレリアの南十字星"たちを率いる指揮官だろ?もう少ししっかりとしたまえ。大体、君はかつて多国籍企業連合の新型機開発計画にも派遣されていたクチじゃないか。その才能と技量に見合った活躍に期待したいものだな」
同感である。それにしても、「オーレリアの南十字星」はちょっとこそばゆい。先のオーブリーでの戦い、そしてプナ・ベース襲撃作戦での戦いにおいて、僕の乗っているXR-45Sの姿は相当レサスの兵士たちにとっては強烈だったらしい。もっとも、背の低い僕の姿が周りからだとほとんど見えないので、「幽霊船」という有り難くない陰口も叩かれているらしいが……いずれにしても、乗っている本人の技量と経験は完全に無視されて、そのイメージだけが独り歩きしているようだ。ちなみにこの作戦から、スコットたちの機体にもエンブレムが描かれている。スコットの機体には首をもたげたマムシ――"ヴァイパー"の絵が描かれているが、デザインはスコット自身の手によるものだというからちょっと驚きだ。アイツそんなに器用だったのか、と。そしてファクト少尉の機体には、旧グリフィス隊6番機当時からのエンブレムである戦乙女が描かれていた。何故かマクレーン中尉だけは何も描いていない。ま、色々と「大人の事情」があるらしいが、どうせろくな理由じゃあるまい。――それにしても、新型機開発計画だって?多国籍企業連合「ゼネラル・リソース」は、ユージア大陸を中心に世界中にその影響力を伸ばしている大企業でもあり、各国の軍事開発に様々な形で関っている軍需産業でもある。その開発計画にオーレリアから派遣されたとするなら、相当の実力が無いと不可能な話なのだが……。
「――その話は勘弁してください、少佐。もう昔の話ですよ。さて……間もなく戦闘空域だ。ジャスティン、スコット、街が恋しいからとビルにキス、するなよ?」
「中尉こそ、ぼんやりしてて地面とキスせんよーに」
僕らの前方に、太陽の光を反射して広がる海面と、パターソン港から続く都市の姿がゆっくりと迫ってくる。さすがにそろそろ僕らも探知される頃だ。レサスにとっても重要な拠点、この間のように簡単にはやらせてくれはしないだろう。増槽を切り離した僕たちは、身軽になった機体を一気に加速させて占領された街の上空へと突入した。
「――!レーダーに敵影確認。オーレリア軍の戦闘機だ!!」
「この間の連中か。ここを連中の墓場にしてやれ。オープンファイア!!」
主に港湾地区に設置された対空砲が火を吹き始め、空に対空砲弾の炸裂する煙が次々と生み出されていく。張り巡らされる弾幕を回避して低空へと飛び込んだ僕は、港内に停泊しているレサス軍艦艇を最初の獲物に定めた。僕の右翼にスコットが付いて来る。マクレーン中尉とファクト少尉もペアを組んで、こちらは陸上部隊の脅威となりそうな砲台群へと向かっていく。こちらの姿に気が付いたフリゲート艦のCIWSが反応して動き出す。向こうの反撃を待ってやる義理は無い。スコットのF-16C、僕に先行して対艦ミサイルを発射。僕の積んできたのは対艦ミサイルではないが、命中させれば艦艇にはかなりの損害となる。こちらの射程に入るなりトリガーを引く。敵艦との距離がみるみる間に近づき、対空砲火の火線が機体スレスレをかすめて飛んでいく。コクピットの中にまで響いてきそうな轟音が響き渡り、真っ赤な炎と真っ黒な煙とが敵艦から膨れ上がる。もともと停泊している船だ。回避のしようも無い。直撃を被った敵艦から兵員たちが次々と海へと飛び込んでいく。そのまま敵艦の頭上スレスレを通過した僕らは、さらにその先に停泊している敵艦へと襲い掛かった。今度の敵は巡洋艦。コクピットにミサイルアラートが鳴り響く。だが来ると分かっていれば手の打ちようがある。フットペダルを蹴飛ばして機体を横へとスライドさせ、高度をぐっと海面へと下げていく。スコットはこちらが惚れ惚れするように機体をバレルロールさせて低空へと飛び込んで水平に戻すと、反撃のミサイルを放った。僕らの姿を見失ったミサイルが白い排気煙の筋を空に刻んで、後方へと流れていく。スロットルを押し込んで機体を加速させた僕は、回頭して僕らを狙おうとしている対空砲に肉迫し、機関砲弾の雨を降らせて離脱する。直後、対艦ミサイルが巡洋艦を直撃し、膨れ上がった破壊のエネルギーが甲板上の構造物と敵艦内部に嵐のように荒れ狂う。当たり所が悪かったのか、先ほどのフリゲート艦とは比べ物にならないほどの爆炎が上空へと吹き上がり、僕らは危うく巻き込まれるところを回避した。細かい破片が機体を何度か叩き、爆発の大きさを伝えてくる。
「一丁上がりっと!!」
「敵艦隊のパターソン接近を確認。行くぞ、スコット!」
操縦桿を引き、僕らは高度を上げつつ敵艦隊の方角へと機首を向けた。パターソンの市街地へと侵入を開始した地上部隊と敵部隊との間で交戦が始まり、砲撃と銃撃の応酬で無数の火花が爆ぜる。地上を行くバーグマン隊を守るためにも、敵艦隊を阻止しなければならない。いくつかの砲台群を瓦礫へと変えたマクレーン中尉たちが、僕らに先行して敵艦隊へと向かう。パターソン湾の先っぽは非常に狭く、船舶の通行が無い場合には跳ね橋が下ろされている。それが仇となって湾内のオーレリア艦隊はレサス軍戦闘機部隊の餌食となったのだが、今度はその屈辱をレサスが味わう番だ!パターソン湾向けて進む敵艦隊の姿が、レーダーに映し出される。当然その中には戦闘艦艇も含まれているし、湾内で僕らが仕留めた敵艦のように止まっているわけではない。僕が積んできたのは、あくまで対空攻撃中心のものだ。今のところ周辺基地からの増援部隊は到達していないが、パターソンの重要性はレサスとて充分にわきまえている。必ずやってくる。その時は、僕とマクレーン中尉が立ち向かうしかないのだ。
「くそっ、オーレリアの連中め、まだ生き残っていたのか!!」
「このまま湾内へ突入する。防衛部隊、橋を上げてくれ!」
「市街地Aブロックの制圧完了しました。引き続きB隊の援護に向かいます」
「港湾施設地区の敵が多い。こっちはいいからそっちに回ってくれ!」
両軍の戦闘は熾烈さを増していく。どうやらバーグマン隊は奮闘しているらしく、通信から聞こえてくる友軍の声には勢いが、そして押されているレサスの兵士たちの声には焦りを感じることが出来た。HUDの向こう側、海面の上に見える黒い影が僕らの目標だ。フリゲート艦を戦闘にして、複数の艦艇がゆっくりとパターソン目指して進んでくる。彼らを行かせるわけには行かない。手持ちの弾薬は限られているから、仮に侵入させてもあまり支障の無い艦艇は放っておいても良かった。僕らの接近を察知したフリゲート艦から対空砲火の火線が空へと打ち上げられるが、その雨を潜り抜けるようにして通過したスコットとファクト少尉が、それぞれの目標めがけて対艦ミサイルを発射し、低空を加速して離脱していく。フリゲート艦の後ろにいた揚陸艦の横っ腹にミサイルが突き刺さり、轟音と爆発の猛烈なエネルギーが海面を揺さぶり、艦体を引き裂く。ヘリ空母のようにただっ広い甲板の上まで炎が吹き上がり、慌てて逃げ惑う兵士たちの姿がわらわらと動いているのが見える。スコットはさらに艦体後方にいた輸送艦にも攻撃を浴びせ、新たな火柱が空へと吹き上がっていく。ミサイルによって巨大な穴を穿たれた敵艦はその姿勢を維持出来ず、ゆっくりと艦体を沈めながら傾いていく。生き残った兵員たちが次々と海へ飛び込んでいく光景も同じだ。揚陸艦の脇を固めていた駆逐艦が救助へと回る。「俺たちは人命救助に専念するんだ。攻撃するんじゃない」とでも言いたげに、わざと横っ腹を僕らに晒しながら。
「先発隊の損害甚大!!」
「こちら第5揚陸隊、陣形を崩すな!!オーレリアの戦闘機の数は僅かだ。動揺するなよ!」
味方の損害を知ってなおレサスの戦意は高い。レーダーには新たな艦隊の姿が映し出されている。こっちが本隊のようだ。艦艇数自体も多いが、その上空には別の光点――航空戦力の敵影が映し出されている。こいつらはむしろ僕の担当すべき敵勢力だ。
「――隊長機よりグリフィス4、敵航空戦力出現だ。任せたぞ」
「グリフィス2より隊長機、対空装備の1番機は艦隊攻撃に無用です。敵航空戦力を殲滅してください」
「っちゅーか隊長、ファクト少尉にやらせっ放しでアンタ何してますのん!?ちったぁ働けや!!」
部下にこき下ろされて、まさに渋々といったように隊長のF-16Cが高度を上げてくる。全く、教官殿の腹の底は読めない。今となっては、僕らも教官殿の「腕」に関しては疑問を持っていない。ホラント中尉の言うとおり、実戦における教官殿の腕前は相当なものだ――かなり手は抜いているようにも見えるが。敵の数は毎度の事ながら僕らよりも多い。いかに多く相手を先に撃墜できるかが肝心だ。充分な高度を確保した僕は、前方真正面、針路を変更せずに接近する敵部隊の先頭部隊を狙う。本数は少ないが、射程距離の長い誘導タイプ。プナ・ベースでレサスからせしめた機体の中にAWACSがあったのは幸いだ。おかげで、僕らはこれらAWACSの支援無しには活用出来ない武装を使用出来るようになったのだから。兵装のセーフティを全解除し、武装選択を長射程ミサイルへ。AWACSとのデータリンクを確認し、レーダー上の敵に対してミサイルシーカーが動き出す。肉眼ではまだ捕捉出来ない位置にいる敵影を、コンピュータの眼が正確に追尾していく。もともと在来機よりも強力かつ高性能なレーダーを搭載しているXR-45Sではあるが、AWACSの支援を受けられることは気分的にもありがたかった。程なく、先発隊の4機全機に対してロックオン。心地よい電子音がコクピットに鳴り響いた。一呼吸おいてトリガーを引く。機体から切り離されたミサイルがそのまま自由落下、2秒後エンジンに点火して一斉に加速を開始する。あっという間に僕の腹の下を通過していったミサイルは、それぞれの目に記憶された獲物めがけて針路を微調整しながら進んでいく。相対距離は既に数十キロ以内。双方が対向しているから、実際の着弾まではそれほど時間はない。スロットルを押し込んで少し機体を加速させつつ、高度を微修正。兵装選択モードをガンモードへと切り替えて前方を睨み付ける。こちらの姿を探知して艦隊戦力から先行して加速する敵の先発隊の機影が、唐突に3つ消滅する。程なく、大空に真っ赤な火球が前方に3つ出現し、あっという間に後方へと通り過ぎていった。よし、3機撃墜!自分の戦果を確認しつつ操縦桿を手繰って敵部隊の中へと踊りこむ。
「畜生、南十字星がいやがる。プナの奴だ!!」
「取り囲め!袋の鼠にして撃墜するんだ!!」
敵の航空部隊はF-4Eなどの旧式機中心。なかにJA37が混じっているのは厄介だったが、XR-45Sの機動性なら十二分に渡り合えるはずだった。それに、完全に安心して背中を任せられるわけではないものの、もう1機の味方が僕にはいる。攻撃をそちらに任せて、僕は囮になるべく機体を振り回していく。上昇、下降、旋回、そして意図的に機体を失速させての方向転換。直線運動を極力減らし、敵機によるレーダーロックから逃れるように飛ぶ。デル・モナコさんとフォルド二曹によるエンジンの改修効果も効いている。身体の負担もいくらか増えたような感じもするが。僕の後方にいた敵機が2機、ミサイルの直撃を被って爆発、機体の残骸を虚空に散らす。今更ながらの別働機の存在に気が付いた敵編隊が回避機動。さらにもう1機が爆発炎上し、キャノピーを弾き飛ばしてパイロットが宙に打ち上げられている。僕は僕で、頭上をオーバーシュートした敵機のガンキルに成功し、総撃墜数を4に伸ばしていた。
「……ったく、人使いの荒い奴だ。もう少しのんびり飛んでくれ」
「くそっ、航空部隊は何をやっているんだ!?その程度の敵に何をてこずっている!!」
「――人のこと言うてる暇あらへんで。グリフィス3、フォックス3!!」
敵航空部隊が僕らに足止めされている間に、低空からスコットとファクト少尉が敵艦隊に襲いかかる。新たな火柱が海面から吹き上がり、対空砲火の火線が空に曳光弾の筋を刻んでいく。その合間を縫うように2機のF-16Cが飛び回り、敵艦隊の陣列をかき回す。どうやら下は二人に任せておけば良さそうだ。だいぶミサイルの残りも少なくなってきているが、敵の残り戦力も少ない。パターソンへの増援部隊が壊滅的打撃を受ければ、彼らは撤退する――それまでの辛抱だ、と自分に言い聞かせて僕は次の目標を定めて追撃を開始する。僕の前を飛ぶF-5E、追撃を察知して180°ロール。海面目指して真っ直ぐに落ちていく。こちらも天地を逆さまにして急降下。身体に圧し掛かるGと、海面があっという間に迫ってくる恐怖とに胃袋が締め付けられるかのようだ。敵パイロットの腕も決して悪くない。軽量ながら高い機動性を持つ機体を充分に乗りこなし、超低空で水平に戻して加速していく。排気によって吹き飛ばされた海水が飛沫を上げる。あそこまで鮮やかに飛ぶ自信はなく、もう少し高い位置で機体を水平に戻し、少し距離を縮めながら後方に付く。ん、待てよ、距離を縮めながら!?なるほどね――!敵の意図を察知した僕は、すかさずスロットルを戻し、エアブレーキON。急減速で推力を失った機体が失速して、ふらりと機首を下へと向ける。反対に機首を跳ね上げつつ舞い上がった敵機の姿が一瞬視界を掠める。さあ、我慢比べだ。スロットルを押し込みつつ、操縦桿を思い切り手前へと引いて機首をこちらも跳ね上げる。海面の青が大空の青に変わり、身体が猛烈な勢いで振り回される。アフターバーナーの炎が海面の水を叩き、吹き飛ばす。上空でスロットルをカットし、テールスライドからの反撃を試みようとした敵機の後姿がHUDの照準レティクルの中に捉えられる。間一髪、一つ間違えれば追い回される立場になっていたのは僕だった。推力を絞ってしまっている以上、自由に身動きの取れない敵を狙うのは簡単だった。追い抜きざまに機関砲弾を撃ち込んで、僕はそのまま上空へと駆け上がった。背後を振り返ると、尾翼と主翼を撃ち抜かれた敵機のキャノピーが跳び、敵パイロットがベイルアウトして空に打ち上げられていた。敵の追撃が無いことを確認しつつ、僕は素早くレーダーレンジを広域情報に切り替える。今や敵航空部隊の数は激減し、海上の敵艦隊も黒煙と炎を吹き出しながら漂流している船ばかりとなっていた。まだやるつもりなのか――!?ミサイル射程外で旋回から水平に戻した敵機が2機、僕めがけてヘッドオン。加速しながら接近してくる。すかさずこちらもレーダーロック。そのうちの一方を狙って攻撃態勢を取る。彼我距離が縮まり、敵の姿が肉眼で捉えられるかどうか、という距離で敵機が突然降下しながら180°ターン。僕にその後姿を晒しながら戦域から離脱していく。
「クラックスより、グリフィス隊へ。レサス軍艦隊が降伏勧告を受け入れました。残存部隊にも撤退命令が出されているようです。――やりましたね、パターソンは我々の手に戻りました!!オーレリアの記念すべき大勝利ですよ!!」
陸上部隊の制圧作戦もうまくいったらしく、オーレリア軍兵士たちの歓喜の叫びが木霊のように無線に響き渡り、耳が痛い。
「――大勝利、か。ここまでうまくいくとレサスの切り札がやってきそうな気もするが……ま、いいか。グリフィス隊、損害はなさそうだな。俺たちも引き上げるとしよう。今夜はうまい酒と食事にありつけそうだな」
「隊長のローテーションですと明日はスクランブル待機ですからお酒はお預けですね」
「……隊長命令、スコット、ジャスティン、代わってくれ」
「断固として拒否します」
マクレーン中尉のこればかりは本気らしい嘆きの叫びを笑い飛ばしながら、僕らは再び合流し、そしてパターソンの町の傍らにある航空基地へと進路を向けた。既に陸上部隊が制圧を完了したという連絡も受け取っている。この勝利は、きっとオーレリアの各地で抵抗を続けている友軍兵士たちにとっても良いニュースになるだろう。生き残ったこと、そして勝利を得たことに胸を撫で下ろし、僕はほっ、とため息を吐き出した。
既に戦いは終わっていたが、まだ港の一帯には焦げ臭い香りが漂っている。パターソン港奪還は、兵士たちだけでなく、その街に生活する一般人たちにとっても朗報だった。お祭り騒ぎが街中に広がっていったのは無理もない。そんな中、いつもなら浮かれた連中の先頭を独走状態で突っ走っているはずの相棒の姿が見えないことに気が付いて、僕は人混みを掻き分けるようにしてお祭り騒ぎの喧騒から逃れた。港の埠頭で、まだ黒い煙が空へと伸びる光景を眺めながら、スコットが座り込んでいた。
「――どうしたんだよ、らしくない」
「なぁ、見てみぃ。湾の外じゃ、まだ救助活動が続いとるらしいで。……多分、俺らは今日一番、人をぎょうさん殺したんやろな……」
そう呟いたきり、スコットは押し黙ってしまう。そう、確かにスコットの言うとおりだ。プナ・ベース攻略時にも、僕らは当然のように敵兵を殺している。だが今日とは比べ物にならないはずだ。僕自身、空で戦ってパイロットの命を奪い取っているし、スコットたちはスコットたちで、対艦ミサイルを命中させた敵艦の乗組員の命を奪い取っているのだから。結局、正義だ解放だと言ったところで、人の命の奪い合いは避けられないということなのか?ならば、家族や恋人を失った人たちはいったい誰を憎むのだろう。その答えは簡単だ。敵の兵士。レサスから見れば、僕らが少年であろうとなかろうと大した差はない。味方にとっての英雄とは、敵から見たときの仇でもある。僕らが戦果を挙げれば挙げるほど、僕らは敵に執拗に狙われる立場になるに違いない。それは僕らが戦場で散るときまで続くのだろう。世界にその名を残したエースパイロットたちもきっと同じ悩みを抱いていたのだろうと思うけれど、彼らはどうやって飛び続けていたのだろう?
「こんなところにいたのか、二人とも」
背後からかけられた声に振り返ると、そこには戦闘服姿の男たちが数人、笑いながら立っていた。戦闘の疲労が顔にも現れていたけれど、この街を解放した喜びが彼らの顔に笑顔を運んできていた。今日の戦いの立役者の一人、陸上部隊指揮官のバーグマン少佐の姿が僕らの側にあることに気が付き、僕らは慌てて立ち上がって敬礼を施した。"そんな必要は無い"とばかりに手を振って、少佐が苦笑を浮かべる。
「立ち聞きするつもりはなかったんだがな……それでいいのさ。この光景、自分がやったこと、その一つ一つを忘れずに焼き付けておけ。人殺しに慣れるもんじゃない。そうなったら、我々は人間ではなく戦闘機械のようなものになってしまう」
「この光景を……忘れないこと……」
「それともう一つ、この街の人々の笑顔だ。レサスから解放された人々が、君たちを待っているんだ。彼らに応えてやってくれ、オーレリアの南十字星にヴァイパー。大人の始めた戦争に巻き込んでしまったことは申し訳ないと思うが、今のオーレリアには君たちが必要なんだ。分かって欲しい」
階級から考えれば雲上人と言っても良いバーグマン少佐だが、そんな素振りも見せず、ちょっと筋肉質なおっちゃんは僕らにそう諭すのだった。スコットの顔に少しだけれども明るさが戻ったようだ。それは正当化の思考なのかもしれない。だが、思考停止の迷宮に陥りかけた僕らには効果てきめんの特効薬だった。そう、僕らが奪う命がある一方で、救われる命と人生もまた存在するのだ。まだ整理が付いたわけではない。だも僕はこのとき、僕が僕として戦わなくてはならない理由を見つけた――そんな風に後日思い出すことになる。
パターソンのお祭り騒ぎは、占領下におかれているオーレリアの人々に喜びと希望を、レサスの兵士たちに憎しみと屈辱を与えた。レサス軍司令官ディエゴ・ナバロの言うことばかりを書き立てていたメディアも、オーレリアの予想外の反攻に対して興味を持ち出している。少しずつではあるけれども、実現し始めたオーレリアの解放。僕は、その無謀な夢が実現する瞬間を見てみたいと思い始めていた。
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