パターソン攻防戦
スタンドキャニオンから脱出したディビス隊はパターソン港を目指して進んでいる。彼らに先行して補給のためにプナ・ベースを目指した僕らは幸いにもレサス軍の迎撃部隊に遭遇することも無く、プナの滑走路へと降り立った。パターソンに留まって戦闘指揮を執っているバーグマン少佐の指示もあって、到着した僕らが驚いたことに居残りの整備兵たちが総出で僕らを待っていたのだった。機体の点検や修理を行っている余裕は無く、到着するなり燃料補給や弾薬の補充が急ピッチで進められていく。愛機を降りた僕らは、再出撃までの僅かな休憩時間を、格納庫脇のベンチに座って過ごしていた。ギリギリの戦闘を続けた身には、清涼飲料水の冷たさが何とも心地よい。少し前までXR-45Sの整備をフォルド二曹たちとやっていた整備兵が留まってくれていたおかげで、僕の機体の補給も滞りなく進んでいた。唯一の例外は、黒い戦闘機部隊の隊長機――他の隊員のF-22やYF-23の改良型だけでも驚きなのに、僕の機体以上の異形と呼ぶに相応しい新型機について整備兵たちが何の知識も無く、燃料補給しようにもどうすれば良いのか分からず、業を煮やした大柄の隊長自身が整備兵たちをどやし付けていることだろうか。最初は男だと思ったのだが、聞こえてくる声のトーンを聞いていると、どうやら女性であるらしかった。明らかにマクレーン中尉よりも大きい。
「なあジャス、こんなごっつい機体扱うとる部隊を、うちの空軍持ってたんかいな?」
「さあ……でも、もしかしたらあれって……?」
確かにオーレリアの中では見たことが無い。でもかつて、そのカラーリングを身にまとって、各国のエースたちを導いたトップエースたちがいた。――ラーズグリーズ。彼らの機体は、黒をベースとしたカラーリングで彩られ、その尾翼にはシンボルたる戦乙女の姿が描かれていたと聞く。今目前にある機体にそのエンブレムはないけれども、そのカラーリングを継承した部隊が存在する。ベルカ事変終結後、当時のハーリング・オーシア大統領とニカノール・ユークトバニア首相とが創設に関わった「レイヴン艦隊」が、それだ。だけど、仮に彼らがその一員だとして、彼らから見れば辺境と言って良い南オーシアの紛争に何故姿を現したのだろう?それが、僕の頭の中で少しだけ引っかかっていた。異形の隊長機には、数千年前の古代文明で信仰されていた古代神をイメージさせる目が大きく描かれている。まるで、その瞳で敵を見据えているかのような迫力がある。いずれの機体にもそれぞれのエンブレムが描かれているのだが、1機だけ、垂直尾翼に何も無い機体があった。へぇ、と思って眺めていると、どうやらその機体のパイロットが整備兵たちと何事か話し込んでいた。プナの平原を抜けていく風に、ポニーテールにした金髪がなびいて、太陽の光を反射している。遠目にその顔まではよく見えないが、多分そんなに歳は離れていないんじゃないか、というイメージを受けた。何よりも、きびきびとした身のこなしというか、歩き方が強く印象に残った。
「……へぇ、甲斐性無しやと思てたのに、やっぱヌシも男やなぁ、ジャス」
「君とは違うよ、スコット。どうせ、"ナイスバディ"とか呟いていたんだろ?それなら、あっちの隊長さんだっていいじゃないか」
「嫌や、誰があんな筋肉ダルマ……」
こちらの声が聞こえたわけではないだろうが、例の大柄な女性パイロットがこちらに視線を飛ばしていた。慌てて口を手で抑えるスコット。視線だけだというのに、大した迫力だ。うちの隊長とは随分と違って、"隊長らしい"風格を全身から発している。それに引き換え……首を巡らせて視線を転じた僕は、少し離れたベンチから、僕らと同じように黒い戦闘機部隊"カイト隊"を、鋭い視線で睨み付けているマクレーン中尉の姿に気が付いた。傍らにあるファクト少尉の姿に気分を害したスコットが露骨に嫌な顔をしているが、当のマクレーン中尉は無言で立ち尽くしていて、珍しくファクト少尉が困った表情を浮かべていた。
「――珍しいこともあるもんだ、教官殿がえらい剣幕で立ってるよ」
「あん?大方指揮権取られるのが悔しゅうて腹立ててるとか……或いは、探られとない腹探られて逆ギレしてるとか」
それはないだろう、と思いつつ、僕はスコットと隊長との間で視線を行ったり来たりさせた。そんな僕らの様子に気が付いていないはずはないのだが、マクレーン中尉の表情は険しいまま、そして羽を休める黒い鋼鉄の翼たちの群れに向けられたままだった。

――何であいつらがいやがる?
傍らに座っているヴァネッサが困った表情を浮かべているのは分かっていたが、それでもマクレーンはこの焦りの根源たる黒い戦闘機の群れを見て、表情を厳しくする以外の選択肢を持たなかった。IFFをオーレリアのものに偽装し、極力部隊章などを隠していても、戦闘機の形まで変えられるわけではない。あの隊長機――ADF-01Sを操るパイロットはごく少数なのだ。一見男と見間違えるほどの大柄なあの女傑は、サピン出身のフェリス・グランディスに違いない。よりにもよって、レイヴン艦隊の尖兵が増援だって?彼らは無論ボランティア精神旺盛な宗教教団ではないから、主要国から見れば辺境の南オーシアで勃発した戦争に介入する相応の理由があるに違いない。表向きの建前は"大義名分に疑義のあるレサス軍による侵略からオーレリアを解放するため"とすれば、国際社会での反発も有効に抑えられる。だが連中の真の目的はそんなことではないだろう。特にオーシアなどは、ノース・オーシア・グランダー・インダストリーから続く大規模多国籍企業たちによる様々な介入行為について、神経を尖らせている。現在の大統領など、ぱっと見は随分と穏やかな男ではあるが、なかなか侮れないほどの嗅覚の持ち主なので介入行為の大半は頓挫を余儀なくされている一方で、ユージア大陸の掌握は確実に進み、この調子で行けば「国境」という概念が消滅する日がそう遠くないうちに実現するかもしれない。それは新しい時代の国家形態になるだろうが、それは旧来の制度を持つ国々には全く受け入れられないものかもしれない。……恐らく、レイヴン艦隊の首脳部は、南オーシアで繰り広げられている戦争の真実の姿を見抜いているのだろう。周到な準備を進めた上で、手を差し伸べてきたはずだ。ということは、自分のことも調査済、か――?そう考えると、胃の辺りが痛くなり、冷や汗が吹き出して来るのだ。
「やりにくくなったな……」
「え?何が……マクレーン中尉、似合わないわ、そんなきつい顔」
「あ、いや……レサスの奴らがこれでやりにくくなったってことさ」
ヴァネッサが全く納得していないのは明らかだったが、そう答えざるを得ないマクレーンだった。軽くため息を吐きながら、彼は再び忌々しげにレイヴンの翼たちを睨み付けた。――世の中、本当に思い通りにはいかないものだ。
プナ・ベースを慌しく飛びたった僕らは、一路激戦の続くパターソンを目指す。これまでは、僕たちしかいなかった空には、新たにカイト隊の5機が加わり、随分と賑やかになった。それにしても、不正規部隊に得体の知れない部隊が主力とは、残党軍に相応しい実態ではなかろうか?
「クラックスより、グリフィス隊、カイト隊へ。パターソン市内の戦闘は未だ続いています。ただ、レサス軍の狙いはコンビナート地区にあったようです。彼らは、言わばライフラインたる石油タンクの類を人質にとって、増援部隊到着までの時間を稼ごうとしているようです。市街地中心部及びパターソン航空基地周辺部は、バーグマン隊の奮戦もあって持ち堪えています。……早く、助け出してあげないと!」
「カイト・リーダー了解だ。さあ、オーレリアの凄腕たちの腕前、じっくり見せてもらうよ!」
「……グリフィス1、了解」
「隊長、一人で何落ち込んでるの?ジャスティンやスコットが心配するわよ?」
「あいやヴァネッサさん、それだけは絶対にあらへん」
「こちらカイト4。……なかなかひどい扱いのようだな。残党軍の隊長を務めるのも大変らしい」
「……同情されるともっと哀しくなる」
俄か混成軍の行く先に、見慣れたパターソンの街が広がっている。市街地からは黒煙がもくもくと上がり、時折砲撃を示す光が煌く。着弾と共に真っ赤な炎と黒い煙とが膨れ上がり、応射の光が再び煌くループを繰り返している。思ったほど、レサス軍の兵力は多くないらしい。ただ、クラックスの言うことが本当だとすると、ちょっと厄介なことになる。これが何でもない平地での戦闘なら、敵が集結しているポイントに爆弾を放ることで何台かをまとめて料理出来るが、石油タンクを背にした相手にこの戦法は使えない。となれば、至近距離からのガンアタックか、或いは真上からのミサイル攻撃か――そのくらいしか選択肢が無いのだ。やれやれ、渓谷での熾烈な戦闘に続き、僕らはまたも過酷な条件での戦闘を強いられる羽目となりそうだ。クラックスから送られてきたデータに素早く目を通し、レーダーに映し出された敵の姿を頭に叩き込む。コンビナート地帯を占拠したレサス軍は、情報とおり石油タンクの真っ只中に展開していた。それも、戦車と対空戦闘車がセットになって、僕らを待ち受けている。明らかに僕らが反撃に来ることを前提にしたシフトと言えるだろう。
「――敵はミラー第3自走兵団の連中だ。厄介な連中だが、まさかここで逃げるわけにもいかない。慎重に行ってくれよ」
マクレーン中尉が散開の指示を出し、僕らは編隊を解いて戦闘真っ最中のパターソン市外上空へと侵入した。高度を下げていくスコットとファクト少尉、それに黒い戦闘機たちが何機か。地上攻撃はとりあえず彼らに任せ、僕は頭上の迎撃部隊を先に狙う。上空でホバリングしていたAH-64がこちらの接近を察知して機首をこちらへと向けていく。それよりも早くこちらを補足した機関砲が火を吹き、襲い掛かってきた。当たるものか――!素早く機体をローリングさせて回避、逆に細いヘリの胴体を照準に捉えて、反撃を叩き込む。20ミリの機関砲弾がヘリの胴体を貫き、そして引き千切る。真ん中からへし折れたAH-64は、炎と煙を引きながら地上へと墜落する。そのさらに前方にいたヘリには、僕の後ろに付いたF-22から放たれたミサイルが命中し、爆炎と共に木っ端微塵になって砕け散る。だが本命はこれからだ。僕らのやや上方から、戦闘機の機影が複数、包み込むように接近してきていた。
「どうだ、これでオーレリアの南十字星も手が出せまい!」
「コンビナートを焼け野原にするなら別だがな。ここを奴らの墓場にしてやれ」
勝手なことを――!いい加減僕は頭に来ていた。彼らが盾にしているのは、もちろん軍需にも転用されるものの、パターソンや周辺の民需用が大半を占める代物だ。戦争が総力戦の時代となって久しいとはいえ、積極的に人々の生活に甚大な影響を与えるべく部隊を展開するような連中は卑怯以外の何物でもない。勝てばいい――そんなことを考えているから、戦争なんてものが起きるんだ!
「こんなチンケなタンク背負って盾のつもりかい?」
突然、僕の足元が赤い光で覆われた。機体を傾けて下を見ると、超低空まで降下したカイト隊の隊長機から、赤い光の柱が放たれていたのだ。石油タンク同士の間を一瞬にして貫いた光芒は、その射線上にあった戦闘車両の装甲を高熱で溶かして焼き切り、そして残骸に変えていった。戦術レーザー!実際にこの目で見るのは勿論初めてだったが、恐るべき破壊力だ。爆発した敵車輌の破片がタンクを打ったが、幸い引火爆発するものは無く、異形の機体が悠然とその真上を通り過ぎていく。次いでスコットとファクト少尉のF-16Cがそれぞれの攻撃目標目掛けてこちらは上空から捻りこんでの垂直降下攻撃。対空砲の射程内に入るより早くミサイルを放った彼らの機体が、機首を起こしてタンク群の上空を通過していく。戦車の弱点――真上から突き刺さったミサイルは攻撃目標を内から粉砕し、装甲を引き裂いた。紅蓮の炎に包まれた戦闘車両から黒煙が吹き上がり、敵の火線がまた一つ減る。僕も負けてはいられない。どうやら今日の僕の相方らしいF-22はぴたりと左後ろに付いて、僕をサポートしてくれている。スプリットSで低空まで降下して反転した僕らは、港南東側のタンク群を盾に取った敵部隊と相対した。反転した位置が微妙にずれたためにミサイル攻撃のタイミングを逃し、舌打ちしながらガンモードを選択しようとした瞬間だった。
「前方車輌群にSAM戦闘車!かわして!!」
白い煙を吐き出したミサイルが2発、僕の鼻先に撃ち放たれる。色々と迷っている時間など無い。ミサイルとの距離を確認しつつ、操縦桿をしっかりと握ったまま、僕は機体を右方向へと"跳ばした"。一瞬身体の血液が左側に寄るかのような感覚。偏向ノズルとXR-45Sの機動性の恩恵というしかない。僕はほんの一瞬前までいた位置から水平に跳んでいた。数瞬後、ミサイルの白煙が高速で通り過ぎ、そして後方へと流れていった。間一髪!逆に照準レティクルの中に敵の姿を捉えた僕は、復讐の牙をその身体に突き立てた。高速で放たれる機関砲弾が装甲を貫き、いくつもの穴を穿たれた敵車輌が炎と黒煙とに包まれていく。高速でタンクとタンクの間の狭間へと飛び込んで、一気に抜ける。敵の一隊を壊滅せしめた僕らは、そのままのルートを維持してさらに前方の敵へと襲い掛かった。飛び交う火線と火線とが交錯し、直撃を被った対空戦闘車が一瞬にして炎に包まれ、轟音と共に爆発した。巻き込まれた隣の車輌はその衝撃で真っ逆さまになり、新たな爆炎を吹き上げる。炎に巻かれた兵士が地面を転がっている光景が一瞬目に飛び込んで、言い様の無い嘔吐感を催す。だが吐くわけにはいない。仮に吐いたとしても、今はマスクの中を書き出している時間も余裕も無い。ぐっと歯を食いしばって堪え、反撃の止んだ区画から離脱して、上空へと舞い上がる。
「馬鹿な……!?奴らには盾が通用しないぞ!!」
「あんなのはやせ我慢の偶然だ。鼻先に弾丸のシャワーを浴びせてやれ!!」
やせ我慢はどっちだったろう?タンクを人質に取った彼らの戦法は確かに間違いではなかったかもしれない。だけど、それは同時に彼らの足を奪う側面もあったのだ。こちらが懐に飛び込んでしまえば、彼らとしては足を止めている以上固定目標以外の何物でもない。攻撃方法を掴んだ僕ら混成部隊によって、彼らは確実に潰されていった。
「――踏ん張った甲斐があったというものだな。バーグマン・リーダーよりグリフィス隊、それにカイト隊。支援に感謝する!ついでに情報だ。ミラー隊の主力がそちらに向けて移動を開始している。やれるか!?」
「グリフィス4、ジャスティンよりバーグマン・リーダー。ご無事ですか?」
「クラックスより各隊へ、地上部隊は無論損害を受けてはいますが健在です。それよりも、敵の増援部隊がコンビナート区域に向けて進軍中。彼らを進ませるわけにはいきません。食い止めてください!!」
「こちらグリフィス1。今日はあっちこっち、本当に忙しい日だぜ、本当によ!」
低空からインメルマルターンで上昇しつつ反転したマクレーン中尉に続いて、スコットとファクト少尉がその両翼を固める。さらにカイト隊の隊長機たちが続く。少し高度を稼いだ僕は、その後方から彼らを追う。敵の戦闘機部隊が別方向から戦域に侵入し、接近しつつあったのだ。
「グリフィス4より、ええと……」
「カイト3です。何か?」
「いえ、敵迎撃機部隊の排除に向かいます。支援をよろしくお願いします」
「了解です。こちらこそ、お願いします」
今更ながら、僕の後ろに付いているのが、あの凛とした声の持ち主であったことに気が付く。そう、絶望しかけた僕らを救ってくれた、あの女性だ。そんな相手に背中を任せていることが何だか嬉しいような申し訳の無いような。だけど、心強いことはもちろん言うまでもない。無駄の無い飛び方で敵を葬っていくその姿は美しくもある。まだまだ、無駄だらけの僕には到底出来ないやり方だ。敵の針路に合わせて微妙に機首を傾けて旋回。対地攻撃体勢を取って高度を下げていく隊長たちの姿を斜め下に見下ろしながら、僕は接近する敵機へと相対した。先程のAH-64Sとは異なる、今度は明らかに戦闘機の光点が、僕らの正面から高速で突っ込んでくる。ヘッドトゥヘッド。何回経験しても慣れることが無い。胃袋をぐっと鷲掴みされるような気分で、僕はHUDを睨み付ける。既に対地攻撃隊は敵増援部隊との戦闘を開始している。新たに始まった戦闘。そして飛び交う敵味方の交信。縮まる敵との彼我距離――!肉眼では捉えられない敵の姿を火器管制コンピュータがしっかりと捕捉し、「さあ、撃って」とでも言うようにロックオンを告げる電子音をコクピットの中に鳴り響かせる。ミサイルシーカーが捉えた獲物の姿を信じて、トリガーを引きつつ操縦桿をやや引いて緩やかに上昇へと転じる。放たれたミサイルが白煙を吹き出しながらあっという間に姿を消す。その代わりに敵の放ったミサイルが、僕らの腹の下を高速で通過していく。僕らの光点と敵の光点とが重なり、機体を接触させそうな至近距離で数機の機体がすれ違った。僕の放ったミサイルがこのうちの1機をまともに捉え、鼻先から突入した弾頭によって引き裂かれたその胴体に、トドメの一撃を与える。大空に真っ赤な火の玉が膨れ上がり、そして中から弾けるように黒煙が吹き出す。攻撃を回避した敵機が僕らの後方で旋回体勢。敵はF-14Dをこの戦域へと飛ばしてきていた。明らかに、僕ら航空部隊による反撃を前提にした布陣。でもここで踏ん張って、レサスを追い返すことが出来ればしばらくの間は手出しも出来なくなるに違いない。それに、強力な敵戦力を少しでもいいから殺いでおくことは戦術レベルでも重要な話に違いない。
「スコットよりジャス、敵迎撃機部隊、こっちを狙ってやがる。支援よろしゅう!」
「分かってる、地上は任せた!」
「グリフィス1より4、お前に言われなくても、しっかりやってやるさ。そっちも気を付けろよ」
高度を下げつつ地上攻撃部隊を狙おうとした一隊に側面から攻撃を仕掛ける。牽制のための攻撃だから、命中する必要は無い。編隊を解いて散開する敵機。そのうちの2機はなおも執拗に追撃を継続する。上昇して離脱した連中も、体勢を立て直せば再び襲ってくるに違いない。僕はそう直感した。
「グリフィス4より、カイト3。僕……いえ自分は前方の敵を狙います。あなたはもう一隊を!」
「ネガティブ。それでは前方の味方機に損害が出る。私の任務は、あなたの背中を守ること」
「もっと広い目で戦場を見ることだ、坊や。カイト3の戦況を見極める目は誰よりも正確なんだ。今日戦場にいるのは、君らの部隊だけじゃない。お前さんはまだまだ未熟!」
もう1機のF-22が低空からスナップアップ、垂直上昇。僕らの目前を横切って高空へと舞い上がる。痛烈な一言。そう、僕は何を誤解していたのだろう。幾度かの戦いを生き延びたことで、僕は一端の戦士のつもりになっていた。だけど、ほんの数日前まで、目前に迫った戦争に怯えていたひよこ未満が僕らだったはずだ。そもそも空を舞うこと自体、おぼつかなかったのが僕らの正体だ。何を勘違いしていたのだろう?上昇したF-22は、ループから体勢を立て直そうとした敵戦闘機を完全に捕捉し、血祭りにあげていた。1機がミサイルの洗礼を浴びて爆発四散し、もう1機は後背に喰らい付かれて逃げ惑う。無論僕らの後背を取るような余裕も余力も無い。マクレーン中尉たちの一隊、湾岸区域に架けられている橋を越えてコンビナート地区へと突入しようとした敵増援部隊に対して攻撃開始。機銃掃射の土煙が大地を打ち、次いでリリースされた爆弾が放物線を描くようにして獲物の頭上へと舞い降りる。身軽になった隊長たちの機体がトライアングルを組んだまま上昇し、追いすがるように火線が空へと筋を刻む。その後方、可変翼を後退させて加速するF-14Dの後姿をようやく捕捉し、レーダーロック。これだけの加速が付いている以上、なかなか急激な機動を取ることは難しい。それほどの時間をかけずに、ロックオン。ミサイルシーカーが明滅し、コクピットの中に心地良い電子音が鳴り響くのを確認して、僕はトリガーを引いた。軽い振動を残して放たれたミサイルが、白い排気煙を吹き出しながら敵機へと襲い掛かる。少し遅れて、カイト3がミサイル発射。右側面ウェポン・ベイのドアが開かれ、投下されたミサイルのエンジンに火が入って轟然と加速する。背後からの脅威を認識した敵部隊が追撃を諦めて回避機動を取ろうとするが、もう遅い。僕の放った一撃は敵の至近距離で炸裂して可変翼の名機の翼と尾翼をズタズタに引き裂き、その機動力を奪い取った。カイト3の放った攻撃は、敵にしてみれば運悪くその胴体の真ん中に突き刺さり、膨れ上がった爆炎がその身体を真ん中から引き裂いていった。脱出したパイロットたちの白いパラシュートが空を漂い、黒煙の残滓が漂う空を僕らが舞う。万全の体制を崩された敵部隊に対し、さらにカイト隊の攻撃が殺到する。反則技と言っても良いカイト・リーダーの戦術レーザー攻撃によって破壊された敵車両はかなりの数になるだろうが、それ以上に視覚的効果が敵部隊の戦意を奪っていったに違いない。だが、レサス軍にとっての不運はそれだけではなかった。
「司令部より緊急入電!我が隊の後方から、敵地上戦力多数接近!!このままでは退路が断たれます!!」
「まさか、冗談だろ!?敵にそんな別働隊を編成する戦力があったとでも言うのか!!」
――ディビス隊だ。僕らのこれまでの戦力にそんな余力は勿論無い。このパターソンに展開していたバーグマン隊がその全てと言って良かった。だけど、今日は違う。スタンドキャニオンを脱したディビス隊の面々は、敢えてその姿を晒してみせたのだ。サンタエルバに本拠地を移しているレサス軍にしてみれば、後退するルートの遮断は何よりも恐れている事態なのだ。その心理を巧みに彼らは突いてくれたに違いない。そうか――僕らだけが戦っているのではなかった。パターソンの街をレサスに奪われまいと奮戦しているバーグマン隊長たち、素性はともかく、僕らと共にこの危険な空を飛んでいるカイト隊のエースたち、そして間接的に強力な後方支援をしてくれたディビス隊の人たち……それぞれがそれぞれの役割を果たした先に、僕らが手にする勝利があるんだ――そんな基本的なことに、僕は今更気が付いた。今日だって、カイト隊の3番機がいなければこの空に散っていたのは僕なのかもしれない。まだまだ未熟。そう、そのとおり。僕はまだ、この大空に上がったばかりのヒヨッコでしかないのだ。今は、それでいい。幸い、僕には次の戦いのために学ぶ時間を手に入れたのだから。甚大な損害を出したレサス軍に、ついに撤退命令が出される。コンビナート地区へと侵入しようとしていた増援隊が踵を返して、パターソンから去っていく。クラックスも含めて、味方の通信士たちが何度も何度も繰り返して、その事実を叫びながら伝える。そして、仲間たちの歓声が交信を満たしていく。レサス軍は、全方面において、パターソン市街からの撤退を開始したのだった。
「イヤッホー!!やった、やったで!!」
「ギリギリの勝利って奴か。ま、素直に喜んどくか」
「嫌味叩いてないで、素直に大喜びしたらどうですか、隊長?」
スコットたちも健在だ。ただ、スコットの機体だけは対空攻撃を少しだけ浴びたようで、薄い煙を引いている。幸い、飛行には全く支障が無いようなので、僕はほっと胸を撫で下ろした。傍らに視線を転ずれば、僕の後背をしっかりと守り通してくれたF-22の姿があった。
「――今日はありがとうございました。おかげで、今日も生き延びることが出来ました。それと……すみませんでした」
それが、僕の本音だった。全く、格上の相手に指示を飛ばすなど、本来なら軍法会議にかけられてもおかしくないような話なのかもしれない。その場で怒鳴りつけられていても仕方の無いことを僕はやらかしたのだ。自己嫌悪で、胸の辺りが何だか苦しい。雷の到着に備えていた僕。
「大丈夫、あなたはもっと強く飛べるようになるわ。だから、自信を持って」
それが、相手の返答だった。凛とした声の向こうに、優しいそよ風の存在を僕は感じて、気が緩むと共に目の辺りが熱くなった。バイザーを跳ね上げて、グローブで僕は強引に目を拭った。

17時30分――レサス軍はパターソンに対する侵攻作戦の中止を宣言し、全部隊の撤退を完了する。
それは同時に、烏合の衆とばかり言われてきた僕らオーレリア残党軍が、初めて正面からレサス正規軍を迎え撃った戦いにおいて、目に見える形での勝利を収めた、記念すべき瞬間でもあった。
そして僕にとっては、きっと生涯忘れることがないであろう出会いを経験した、個人的に記念すべき一日となった。
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