決戦、空覆う怪鳥・前編
ターミナス島をレサスの手から取り戻し、さらにグレイプニルに関する貴重な情報を得たオーレリア不正規軍は、首都グリスウォールへ至るために必ず取り戻さねばならないサンタエルバ奪還戦に向けた準備を進めている。兵士たちの士気も否応が無く上昇し、少し前、絶望の淵を覗き込んでいた頃と比べれば大違い。情報管制を掻い潜って届けられる地下情報に、市民たちの間にも希望が広がりつつあるらしい。各地に潜伏している諜報部員からも、水面下での市民の協力が求められるようになったと報告が挙げられているくらいである。今頃、レサス本国は大変なことになっているに違いない、とマクレーンは確信していた。楽観的な見通しが暗転、戦争は長期化の様相を呈し、さらに自分たち"オーレリアの残党"によって、開戦後10日間では考えられなかったような戦死者が出ているのだ。何故勝っているのに、オーレリアを征服出来ないのか、戦死者が出るのか――国民の間にそんな疑問が広がるのは道理である。だが、結局それはオーレリアとレサスの間の溝を深めるだけ。国家と民族同士の対立を深めるだけに過ぎない。それではいけない、と彼は思う。だから、マクレーンはルシエンテスの誘いを断り切れないのだ。
"結局四半世紀前のベルカ事変から何も世界は変わっていない。だから、俺たちが国境に縛られる国家から人々と世界を解放し、新たな秩序を作り上げる必要があるのだ。協力してくれ、マクレーン。戦友よ"
――まるで、安酒にやられた後の二日酔いみたいだ。ターミナス島陥落の報をまんまとパターソンで受け取ったルシエンテスは、この街を去るにあたって改めてマクレーンに意志を確認していったのである。それはマクレーンが心の奥底に仕舞い込んだかつての熱を、巧みに引き出す魅力に満ちた呼びかけであった。本来あるべき大義の為に、国境を越えて思いを共にする同志たちと歩む未来。祖国に絶望した人間にとって、それは抗い難い、まるで麻薬のような囁きを吹きかける。数日来の出口の見えない思考の内に再びはまり込んだマクレーンは、パターソンの軍港が一望に出来る埠頭に腰を下ろし、腕組みをした。港では、ターミナス島での激闘を繰り広げた友軍艦艇たちの補修作業が急ピッチで進められ、時折工具の放つ火花が爆ぜている。彼らは、知っているのだろうか。オーレリアに対して仕掛けられたこの戦い、そしてオーレリアによる反攻による国土の奪還すら茶番でしかないという真実に。全てはシナリオ通り。細部に修正が必要だとしても、全体としてはまさに思惑とおりなのだ。それと気付かせないために、無論暗躍する者たちがいる。そうでもしない限り、この世界はいつまで経っても争いを続けるに違いない。だが――。
「隊長、何やってるんです?」
背中から投げかけられた言葉に、マクレーンの反応は数秒遅れた。振り向かなくても声の主がヴァネッサであることは分かる。振り返るのが少し怖かったのだ。恐る恐る振り返ったマクレーンは、そこに普段あまり見たことの無い表情を見た。今までなら、蹴りでも飛んでくると同時に吊り上った目にやられる、それが常だった。でも今日のヴァネッサの顔には、寂しそうな、切なそうな感情が浮かんでいる。自らに向けられた視線を正視することが出来ず、作り笑いを浮かべながらマクレーンは港を指差した。
決戦、空舞う怪鳥 「ここで英雄たちの姿を眺めていたのさ。ほんと、心強い仲間たちが増えたもんだなぁ、と」
「嘘」
暗い表情のまま、マクレーンの隣にヴァネッサが座り込んだ。
「隊長は、何か隠してる。いつからなんですか?私でさえ、気が付いたのは最近。何を迷って、何を考えているの?私たちグリフィス隊の隊長として、オーレリア解放のため、この空を飛ぶ。それ以外に、何が必要なの?」
――俺には、その資格も無いんだよ、ヴァネッサ。マクレーンは、この数年、胸の中に抱き続けてきた絶望を、そして開戦から今日まで果たしてきた役割を、いっそ全て彼女に話してやろうかという衝動に駆られた。レサスとの戦争開始後の日々は、確かにマクレーンの飢えを癒してはくれている。だがそれだけでは足らないほどの年月と絶望を秘め続けた心の叫びを。だが、結局彼にそれは出来ない。目を瞑り、ため息を吐き出しながらマクレーンは沈黙を続けた。自分の絶望にヴァネッサを染めたくは無い。何より、真実を聞いたヴァネッサが、自分から離れていくのも怖かったのだ。
「……話したくないのなら、話さなくてもいいわ。私は"バトルアクス"がオーレリアの空に戻る姿を、この目で見たい。だから、アンタに付いていく。でも、ジャスティンやスコット、それに多くの仲間たちを悲しませるようなことだけはしないで……」
マクレーンの左腕に寄りかかり、そして抱きつきながらヴァネッサが呟く。その温もりは心地良く、出来ればその身体を抱き締めてやりたい。そうすれば、もう少し俺は変われるのかもしれない。つまらないしがらみや過去の束縛から解放されて。こんな俺を信じてくれようとしている人間を目の前にして、一体俺は何をやっているんだ!?俺は何がやりたいのだ!?ヴァネッサの身体を抱き締めてやることも出来ず、握り締めた拳を震わせながら、マクレーンは心の中で慟哭した。声にならない叫びは、いつもと変わらぬ海から吹き寄せるそよ風に乗って、青い大空へと吸い込まれていった。
ついに、首都グリスウォール侵攻に絶対不可欠な橋頭堡サンタエルバ奪還作戦が発動される。動員される戦力も、これまでに無い大規模なものだ。洋上からはノヴォトニー少尉たちの母艦シルメリィを含むレイヴン艦隊とハイレディン提督率いるオーレリア第1艦隊が、陸上からはバーグマン・ディビス両部隊に各地から集結した残存部隊を再編した混成師団が、それぞれサンタエルバへと進撃する。そして、僕ら航空部隊は、本作戦において最も重要局面を担うことになる。シルメリィ所属の傭兵団部隊やオーレリア空軍の生き残り「ファルコ」隊も含めた航空戦力で、僕らはレサスの誇る究極兵器、空を覆う怪鳥グレイプニルを撃破しなければならないのだ。先のオーレリア第2・第3艦隊の壊滅は、戦力的に見れば少ない戦力の浪費でしかなかったのだが、その犠牲の結果、グレイプニルのもう一つの隠された攻撃兵器の存在と対策が明るみに出たわけだ。要は、「真下に入らないこと」。サンタエルバ攻略のために既に出発した陸上部隊は、わざわざスタンドキャニオンの難所を越えて、サンタエルバ北西区域から市内に侵入するルートを取っていた。僕らは、彼らの安全のためにも、市街地の南側で決着を付けねばならなかった。では、悪いニュースばかりかと言えばそうでもない。ターミナスに監禁されていた研究者たちは、グレイプニル探知の至極簡単な方法を知らせてくれた。それは、"音"。ステルス迷彩によってその姿を隠せる巨鳥を以ってしても、その巨大なエンジンが奏でる轟音だけは遮断出来なかったのだ。クラックスの乗り込むAWACSと、カイト・リーダーのADF-01Sに搭載された音感センサーは、目標を発見するもう一つの目として、僕らをサポートしてくれるはずだ。
「XR-45S、出撃準備は完了だ。異常なし。各種兵装もOK。デル・モナコさんの改良箇所のことは良く分からん。飛んで確かめてくれ」
「それが一番不安なんですけどね……」
「ま、そう言うなよジャス坊。最近はサバティーニ班長も一緒になって色々悪巧みしているらしいからな。きっと前よりも渋みが聞いているに違いないさ」
似た者同士と言うべきか、作戦会議ばかりに嫌気が差したのか、班長は最近デル・モナコ女史と開発室にいることが増えたのである。とはいえ、それは却って不安が増大するような気にもなる。確かに、彼らの「改良」が問題を引き起こしたことは一度も無いのではあるが。フォルド二曹を中心とした整備班の仕事には心から感謝している。僕が安心して空に上がれるのは、彼らがきっちりとこの機体を仕上げてくれているおかげなのだから。僕は今は大きく開かれているキャノピーの向こう側に並んでいる、レイヴン隊の黒い機体に視線を移動させた。空を睨む古代神の目が彩られたADF-01Sの後ろに、エンブレムをまだ付けていないF-22Sの姿がある。開かれたコクピットの上に見えるすらりとした肢体は、無論ノヴォトニー少尉のものである。今日の戦いは、カイト隊も含めた航空戦力総動員による合同作戦だ。所属も部隊も階級も全く異なる相手に期待することではないが、彼女に背中を守ってもらえると僕は確かに安心する。グレイプニル攻略に当たって、僕らはその最前線に立つことになるだろう。もしかしたら、また翼を並べて飛ぶこともあるかもしれない。ノヴォトニー少尉に向けた視線に気が付いたのか、フォルド二曹が太い腕を僕の首に巻き付け、小脇に抱えて締め上げる。
「ちょ、ちょっと、何やってるんですか!?」
「そりゃあ、こっちの台詞だ、ジャス坊!……やれやれ、朴念仁の坊やにもようやく遅咲きの春って奴かね。ま、女っ気がないのも不安だがなぁ。ほれ、そっちの気があるとお前さん勘違いされやすいから」
「そんなんじゃないですよ!ノヴォトニー少尉は……まぁ、羨ましいというか、何というか。あのヴァレー空軍基地からレイヴン艦隊配属なんて、夢みたいじゃないですか。あんな風に、僕も飛べるようになれたらいいなぁ、と」
首を締める力がさらに強まる。きっと足元では他の整備兵たちも笑い転げている頃だろう。
「素直じゃないな、この坊主め。まああれだ、年上女房だと男は楽だぞ」
だからそんなんじゃないってば――顔が赤くなっているのがはっきりと分かる。こういうとき、もっとスマートに切り返すことが出来たらいいのだろうけど、今の僕にそんな甲斐性も経験もなかった。しかし年上女房だと何が楽なんだ?そんなことを考えながら視線を僕らの部隊へと戻すと、コクピットの仲で中腰になっているマクレーン中尉が、じろり、とこちらを見た。今日は何故だか随分と不機嫌だ。ぼーっとしている黙っているのは常だが、口をへの字にして沈黙している姿は余り見たことが無い。戦いを前にして緊張しているのだろうか。だが、これまでの戦闘を思い出してみて、そんなはずは無いという結論に落ち着く。何だかんだと言いながら、苦しい状況でも僕らを率いて案外冷静に戦況を眺めていたのは、他ならぬマクレーン中尉だ。サンタエルバでの戦いが決して楽なものではないとしても、それで緊張するほど神経が細いとは思えない。何をいらついているのだろう、と思っていたら、予想通り不景気な声がヘッドホン越しに聞こえてくる。
「……余裕だな、ジャス。グレイプニルにキスするんじゃねぇぞ。それにフォルドまでどうした。スコットが感染したか?」
「何やそれ、俺、じゃない自分は病原菌ですか!?」
「海水で消毒されたのはどこのどいつだ?」
「……」
最後は冗談で済ませていたが、やはりいつもと違う。フォルド二曹も同じ感想らしく、苦笑を浮かべながら手を振り、タラップを駆け下りていった。そうこうしている間に、僕たちグリフィス隊の順番が回ってきていたのだ。僕は改めてシートに座り直し、ハーネスの締め具合を若干調整した。"改良済"のステッカーが貼られた射出座席に気が付いて一瞬ぞっとするが、のんびりしている暇は無い。素早くディスプレイ周りに視線を動かして、チェックを終わらせる。ぐい、と親指を立てながら腕を伸ばし、キャノピークローズ。後方へと跳ね上がっていたキャノピーがゆっくりと僕の周りを包み込み、フシュッ、というエアロックのような音を立てて固定される。車輪止めを外した整備兵が足元から去るのを待つ。ゆっくりと動き出した隊長機に続いて、少しだけスロットルを押し込んでエンジン回転を上げる。車輪が大地を踏みしめる振動を感じながら、誘導路へと進入する。見送りの整備兵たちに腕を振って応えつつ、集中を高めていく。何しろ、敵はあのグレイプニルだ。油断は禁物。だけど、SWBMの一撃でグリフィス隊が殲滅された時とは、状況は全く違う。僕らは、あの怪鳥と戦う術を身に付けている。やってみなけりゃ分からないさ、とおどけて言い切ったスコットは、きっと僕は励ますつもりだったのだろう。自分自身も不安なはずなのに。
「グリフィス隊、発進どうぞ。グッドラック!」
既に先発組はサンタエルバ目指して空へと上がっている。テイクオフクリアランスを得て、僕もその後に続く。前方の隊長機のノズルが大きく開き、加速を開始する。少し間を取って、僕はスロットルをMAXへと叩き込んだ。エンジンの甲高い咆哮。シートに張り付けられるような加速を得て、僕の身体は愛機XR-45Sと共にパターソンの大地を蹴り、大空めがけて飛び上がっていく。
「サンタエルバ市内に敵機甲師団の姿無し。カラナ平原方面へと移動する敵部隊を捕捉」
「こちらバーグマン師団。サンタエルバ北西部方面に移動中の敵部隊の一部が、こちらに針路を取り始めている。各隊、迎撃体勢を取れ!」
「クラックスより各作戦機へ。市内に敵地上部隊の姿はありませんが、対空攻撃部隊の一部が残存している模様。低高度を飛行する際は気を付けて!」
飛び交う通信の密度が増し、慌しさが増してくれば、嫌でも気が引き締まってくるというもの。街の中心を貫く運河を挟んで広がるサンタエルバの街並みを空の上から眺めるのはもちろん初めてだった。それも、戦闘機のコクピットの中から見下ろすことになろうとは思わなかった。予想通りの展開と言うべきだろうか。グレイプニルの攻撃力を最大限に発揮するため、敵地上部隊は市街地から退避している。今なら地上部隊が一斉になだれ込むことによって街を解放することすら可能かもしれない。だが、その代償は、この間のオーレリア第2・第3艦隊の結末と同じ物だ。それも、今回は都市の民間人すら巻き添えにする危険性があった。もしグレイプニルが無差別攻撃を実施したならば、どれほどの被害が出るのか考えるだけでも恐ろしい。しかし、レサス軍司令官ディエゴ・ナバロはサンタエルバの戦いをお得意のメディア戦略で最大限に活用するつもりだろう。ということは、記者たちの気分を害するような無差別攻撃を初めから仕掛けてくることは無いに違いない。不思議なものだ。憎らしい敵司令官のプライドを、敵の僕らが信じて利用しているなんて。途中、空中給油機の補給を受けてサンタエルバに到達した各隊は、ゆっくりと旋回をしながら警戒行動を取る。サンタエルバ市街地に、グレイプニルの姿は見えない。ということは、僕らの迎撃のため、既にこの空のどこかを飛んでいるということだ。僕は目を凝らして周囲を伺ったが、まだ目標の姿を捉えることは出来なかった。その代わり、レーダー上には迎撃のために空に上がった、レサス軍機の姿が映し出される。
「ファルコ隊より、グリフィス・リーダー。小物は俺たちが引き受ける。大物はよろしく」
「勝手に決めるな、勝手に!」
「カイト・リーダーより、ファルコ隊、腕の鈍ってないところをあたいらに見せておくれ。役立たずだったら、誤射してあげるよ」
「洒落にならないなぁ。あいよ、期待には応えて見せるさ。行くぞ!!」
ファルコ隊のF-15Cが4機、レサス軍機の方角へと針路を取る。敵戦闘機もそれを察知して、迎撃体勢に入る。サンタエルバ解放戦は、戦闘機同士の小競り合いからどうやら開幕ということになりそうだった。――それにしても、グレイプニルは何処に?
「カイト・リーダーより、作戦機全機へ。メインディッシュの到着だよ」
「クラックスより各機!方位180、グレイプニルのものと思われるエンジン音を探知、現在照合中……来た!グレイプニルのエンジン音を確認、市街地南側から接近中!!ご武運を!!」
クラックスからのデータリンクにより、レーダーが補正されていく。サンタエルバの港からゆっくりと旋回して、「それ」は近付きつつあった。その方角にはまだ何も見えない。いや、なにかおかしい。空の青、海の青、市街地。それらの光景が、不意に蜃気楼のように揺らいだように僕には見えた。何かがいる。航空部隊の各機が、「それ」に相対している。そして、僕らの前方に異変が起こった。電源を入れたばかりのテレビのように揺らいだ景色にノイズが走り、空が鋼鉄の色に塗り込められ、溶けていく。数百メートルに及ぶ翼と、巨大な胴体とが姿を現したとき、僕らは衝撃的な光景に思わず息を飲んだ。それほどの迫力と圧迫感を持っていたのである。グレイプニルという名の、空覆う怪鳥は。何となく、子供の頃に読んだ童話を僕は思い出した。ドン・キホーテ。風車に突撃するきちがいの騎士。もしかしたら、今の僕らの姿は、童話の主人公に等しいものかもしれない。だが、やるしかない。ここを越えることなくして、オーレリアを解放出来るはずもないのだから。
「さて……骨が折れそうだが、やって見るか。グリフィス隊各機、攻撃目標は各自の判断に任せる。生き残って祝杯を挙げるとしようや。ジャス、スコット、怪鳥にキスするなよ?」
「そういうアンタがキスすんじゃないよ、昼行灯!さあ、あたいらも行こうか!!」
既に全兵装のセーフティは解除してある。グレイプニルはその巨体を揺らすことも無く、ゆっくりと進んでくる。その表面が何箇所も隆起し、そして砲台群が姿を現した。来る!!一斉に戦闘機たちが旋回、降下。グレイプニルの下方へと逃れていく。数秒後、グレイプニルから放たれた無数の対空砲火が空を縦横に引き裂く。SWBM無しでも、とんでもない火力だ!スロットルを押し込んで機体を加速させ、僕は真正面から巨鳥の後方へと抜けた。巨体の奏でる轟音が、コクピットの中まで揺らす。なんてものをレサスは作り出したのだろう?直後、けたたましい警告音。グレイプニルの後部ミサイル砲台が僕の姿を捕捉し、ミサイルを放っていたのだった。ぐい、と機種を持ち上げて急上昇。ループを描きつつ反転し、グレイプニルの上方へと舞い上がる。すかさず水平に戻し、レーダーロック。対空砲火を潜り抜けながら、急接近し、トリガーを引いて離脱!!命中確認をしている余裕などあるはずも無い。サンタエルバの空は、たちまち硝煙と炎で飽和していく。戦闘機たちの放つミサイルが砲台を直撃して炎と煙を膨れ上がらせる。応射のミサイルが放たれる。追尾を振り切るために、戦闘機がグレイプニルの翼の下へと急降下。別の隊が攻撃開始。新たな爆炎が鉄の巨体に爆ぜる。だが、有効打撃になっているようには見えない。実際にはダメージが蓄積しているのだろうが、そうと感じさせない迫力が、グレイプニルのもう一つの強みなのかもしれなかった。 「スルナンデス少将より、各員へ。今こそレサスの優秀さをオーレリアに思い知らせるときだ。各員、奮闘せよ!!」
わざわざ共通回線を使う辺り、敵司令官のやることも忌々しい。だが、焦りは禁物だ。少しずつ、確実に戦闘能力を殺ぎ落としていけばいい。戦闘に参加している機体の中には、わざわざ対地攻撃装備を持ってきた機体も混じっていた。スコットもそのうちの一人。翼の下にぶら下げたロケットランチャーを構え、対空砲火の死角を突いてミサイル砲台群へと襲い掛かっていく。その真横にファクト少尉のタイフーンが付いて、こちらもミサイルを放つ。翼の上に新たな火球が膨れ上がり、破壊された砲台が沈黙する。少しずつ、パイの皮を剥いていくかのように、攻撃を集中させて僕らはグレイプニルの砲台群を葬っていった。無論グレイプニルとて黙ってはいない。立て続けに発射されたミサイル群を回避した友軍機に、対空砲火の雨が降り注ぐ。翼に直撃弾を被った機体が黒煙を吐き出し、グレイプニルの攻撃範囲から逃れるべく高度を下げていく。それでも、全体としては僕らが押していたかもしれない。離脱機を出してはいたものの、一方的に損害を被っているのはグレイプニルの方だったからだ。
「ジャス、これならいけるかもしれへんな?」
「いや、まだ切り札を出してない。気を引き締めていこうぜ」
「そやな」
スコットと翼を並べて、僕らは巨鳥の真下から一気に上昇、巨体の真上で反転して攻撃を仕掛ける。
「いたぞ、オーレリアの南十字星だ!!狙え、撃ち落せ!!」
僕に攻撃が集中するのは計算のうち。そうすることで、スコットに対するガードは甘くなる。むしろ、一発の破壊力はスコットのF-2Aの方が上なのだ。
「おら、たっぷりと味わいや!!」
両翼から放たれたロケット弾が、火の雨のようにグレイプニルに降り注いだ。若干の時間差を付けて降り注いだ弾頭は、胴体中央やや右側を捉えて、炸裂した。何度かの攻撃によって傷付いていたグレイプニルの装甲が引き裂かれ、さらにその内部へと弾頭が降り注いだ。ズシン、という空を震わせるような轟音が響き渡り、今までで最も大きな火球が膨れ上がる。危うく炎の奔流の中に突入しそうになるのを何とか回避して、安全空域へと僕らは逃れていく。
「へぇ、特訓の成果があったみたいだねぇ、坊主」
「海面ダイブだけは堪忍!」
「ま、考えといてやるよ。こっちも負けてらんないね!」
カイト・リーダーのADF-01Sと僚機が、グレイプニル後方に付く。赤い光が収束し、そして一気に空を切り裂いた。連続した爆発がグレイプニルの背中で爆ぜ、浴びせられていた火線が減殺されていく。パイロットたちの歓声が響き渡る。鉄の巨体を横薙ぎにした戦術レーザーによって、多くの砲台が沈黙して瓦礫と姿を変えている。これで飛びやすくなった。だが、グレイプニルはまだ切り札を持っている。それまで閉ざされていた機体やや前方部分のハッチがゆっくりと開かれていく光景を僕は目撃した。何かおかしい。奴はまだ反撃を諦めていない。ぞっとした悪寒が全身を抱きすくめる。それは、グレイプニルという化け物に乗り込んだ兵士たちの殺意か怨念か。彼らが次に使ってくるとすれば、もうあれしかあるまい。SWBMという名の、悪魔しか。だが、その兵器の対処法は既に判明している。さあ、どう仕掛けてくる?
「光学迷彩ジェネレーター損傷!!出力低下、迷彩の展開、出来ません!!」
「……やはり使わざるを得ないか。よし、表面が傷付いても構わん。SWBM、発射準備!!」
「了解、甲板戦闘員は内部隔壁内へと退避!グレイプニル、SWBM戦闘準備!!」
「来るぞ……!」
「着弾前に低空へダイブしろ。対空攻撃に気を付けろよ!」
入り乱れる両軍の交信。警戒態勢を取る航空部隊。開放されたハッチから煙が吹き上がり、そしてオーレリア軍を各地で壊滅せしめた悪魔が姿を現す。高空へと打ち上げられたSWBMは、あっという間に雲の上へと姿を消す。未だ、鉄の巨鳥は健在。
「着弾まであと5秒!!4……3……2……1……着弾!!」
光と衝撃と轟音とが弾け、空は真っ白に漂白された。大気が揺さぶられ、機体が上下に激しく揺れる。そう、戦いはこれからだ――。僕は自分にそう言い聞かせながら、操縦桿を握り直し、HUDの先に広がる空を睨み付けた。
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