決戦、空覆う怪鳥・後編
大地を震わせるような轟音と振動が、サンタエルバの街に伝わってくる。夕暮れ時の空が白く光るたびに、遠雷の如き轟音が響き渡るのだ。音の主は言うまでも無い。サンタエルバの街の南方向、グレイプニルの巨体がゆっくりと旋回しながら飛行を続けている。その周りに刻まれる白い飛行機雲は、仲間たちの戦闘機が健在であることを知らせるものだ。だが、戦況は芳しくない。上空からはSWBM、そして地上からはサンタエルバの街に残存している対空攻撃部隊の攻撃を浴びせられ、仲間たちは苦戦を強いられているようだった。レサス軍はあの空中要塞グレイプニルがオーレリア軍を退けることを心から信じているらしい。その証拠に、一時は迎撃体制を取って展開した一部の部隊は、輸送隊や火力の低い戦闘部隊が撤退を完了するや否や、踵を返して街の北西部に広がるカラナ平原へと撤退していった。一時的にサンタエルバを空けたとしても、グレイプニルの手によって簡単に奪還出来る――そう連中は信じているのだ。つくづく甘く見られたものだ、と戦闘指揮車のハッチを開けて砲塔の上に腰掛けながら、バグナード・ディビスは空を睨み付けた。友軍機たちは、熾烈な攻撃に耐えながら反撃の機会を伺っている。それに比べて、自分たちはグレイプニルの近距離砲による攻撃を避けるため、戦闘に参加出来ない。彼ら――南十字星たちには助けられっぱなしであるのに、借りを返す機会すら与えてもらえないとは……!当初の予定とは異なるが、取るべき行動はある。それはあのグレイプニルの餌食となる危険と背中合わせではあったが。
「隊長、バーグマン少佐から通信が入っております」
「何だって……?分かった、今行く」
狭苦しい指揮車の中に戻った彼は、無線機のレシーバーを口元へと寄せ、回線を開いた。
「ディビス大尉です、お待たせしました」
「忙しいところ済まないな、大尉。いや、お互い手持ち無沙汰という奴か。レサス地上軍め、本当にサンタエルバから主力を撤退させやがった。我々も舐められたもんだ……」
「バーグマン少佐、一つ提案があるのですが。レサス地上軍の主力が撤退した今だからこそ、出来る作戦があります」
「貴官の意図は分かっているよ。まだ街の中に残っている対空攻撃部隊を叩こうというのだろう?」
持つべきものは、優秀な戦友か。我が意を得たり、とディビスは笑った。どうやら、彼と共に部隊を指揮しているバーグマン少佐も、この如何ともしがたい状況が耐えられないらしい。それは、何も指揮官だけではないだろう。激戦を見上げている部隊の兵士たちは、もしかしたら自分たちよりも痛烈に、南十字星たちの救援に向かうことを切望しているに違いないのだから。
「……グレイプニルの近距離砲が危険なのは分かってます。しかし、南十字星たちは、それよりも遥かに危険な状況で戦い続けている。我々だけが安全地帯で手をこまねいているのは、正直堪えられません。火力の強い戦車隊を地上軍方面に展開しつつ、機動力の高い戦闘車両による強襲作戦を提案しますが、いかがでしょうか?」
市内に、既に強火力の戦車の類はほとんど残っていない。残存しているのは、対空砲や対空ミサイルといった対空戦闘車両が中心であり、多少火力の劣る機動戦闘車でも充分に制圧が可能である。そこに対戦車ミサイルを保有する歩兵部隊も加え、市内を制圧、間接的に航空部隊を支援する――多分に流動的な要素はあるものの、それがディビスの考えた作戦案だった。仮にバーグマン隊が提案を拒否したとしても、ちょうど戦力は半分ずつ。自らの隊を率いて支援にディビスは行くつもりになっていた。いや、説明しながら、自分自身がいても立ってもいられなくなったという方が正しいだろう。支援は迅速に、かつ最大限の戦力を以って、だ。
「フフ……おかしなものだな、大尉。君も私も、レサスとの戦闘で嫌というほど辛酸を舐めて、極力戦力を無駄にしないよう、危険を冒さないよう、そう決断してきたはずなのに、極めて危険な作戦を遂行しようとしている。いや、危険を冒してもジャスティンたちを助けたいと考えている。私はね、大尉、自分がこんなに熱くなれる人間だとは思わなかったんだよ」
「我々も含めて、不正規部隊の大人たちが揃いも揃って、限りなくゼロに近い可能性に賭けるようになってしまった……でも、そんな戦い方、生き方があることをあの少年たちは教えてくれました。彼らが踏ん張っているんです。いいじゃないですか、我々大人だって、たまには熱くなっても」
「どうせレサスの連中は戻ってはくるまい。支援は最大の戦力を以って、迅速に――だな。では大尉、似た者同士、一つ派手に行こうか?」
ディビスは、精悍な笑みを湛えているであろうバーグマンの姿を思い浮かべた。全く、こんな事態にならないと本当に信じられる戦友が得られないとは、神様って奴も意地悪をしてくれる。だが、おかげで得難い戦友たちを自分は得た。待っていろよ、必ず突破口を切り開いてやる。方針は決まった。後は行動あるのみ。一旦交信を切り、彼の率いる軍団に向けて、ディビスは大声を張り上げた。
「全軍反転!サンタエルバ市内のレサス軍残存部隊を殲滅する。グレイプニルが怖い奴だけ、ここに残れ。俺たちの戦いを始めるぞ!!」
炸裂するSWBMの衝撃で全身を激しくシェイクされ、地上からの攻撃を回避するために旋回を繰り返す。僕らは、まさにギリギリの戦いを強いられている。無謀な作戦であることは、初めから分かっていたことだ。救いがたいことに、こんな状況に置かれながらもパイロットたちの士気は昂ぶっていた。強敵を目の当たりにして、闘争心に火がついたのだと言って良いかもしれない。攻撃部隊はそれぞれ手近の機体と編隊を組みながら、反復攻撃を続けている。対地攻撃兵装を搭載した機体たちは、僅かな隙を突きながらグレイプニルのエンジン部へと攻撃対象を変えていた。当然のように硬い殻に覆われたエンジン部分をまともに攻撃するのは難しい。だが、規模が桁違いに大きいだけで、グレイプニルとてエンジン構造が異なるわけではない。つまり、潰せるということだ!そして、彼らの攻撃を有効にするためにも、あのSWBMを潰さなくてはならない。右翼にはスコット、左翼には――嬉しいことに、いつの間にかカイト3のF-22Sを従えて、僕は攻撃の機会を伺い続けていた。
「カイト3よりグリフィス4、SWBM発射口は左右それぞれ4門ずつ。外殻はともかく、内部構造はそれほど強度を有さないと推測されます。――私たちでも、多分出来る」
「そやけどフィーナはん、じゃない、ノヴォトニー少尉。あのSWBMの雨あられをなんとかせえへんと、あきまへんがな」
策が無いわけではない。攻撃を踏み止まって待機しているのには訳があった。僕は発射から着弾までの時間を数え続けていたのだ。機体表面を損傷させつつも攻撃を行っているということは、グレイプニルの翼の上に安全圏は無い。発射から着弾、炸裂までの時間は30秒強。衛星軌道に乗るよりも低い高度で、SWBMは再突入を行っているに違いない。一方、再装填された次弾が打ち上げられるのに15秒程度。およそ1分程度のサイクルで、グレイプニルは攻撃を回している。ということは、攻撃の影響が静まってから再突入までの30秒弱が狙い目。前方ないしは後方から発射口だけを狙って一撃離脱、これを繰り返せば何とかなる。というより、これしかない。素早くスコット、そしてノヴォトニー少尉に作戦を告げると、二人とも快く無謀な試みに同意してくれた。心強いこと、この上なし。彼らは僕を信じてくれている。なら、僕は成功に向けて最大限努力するだけだ。何回目かのSWBMが空へと打ち上げられるのと同時に、僕は攻撃開始のカウントダウンを始める。再びズシン、という響きと共に空が揺らぎ、SWBMがその圧倒的なエネルギーを解放する。空中要塞の真正面に回りこんでいた僕らは、SWBMの放つ衝撃波が止むと同時に一気に加速して空へと踊り出た。ここからは秒単位の勝負!素早く目標の姿を捉えて姿勢を保つ。
「射程距離まであと200……100……、インサイト、ロックオン!!」
声に出して数値を読み上げつつ、行動を重ねていく。3機の攻撃を、一点に集中。僕とカイト3がミサイルを放ち、機関砲の射程に入るなりガンアタックを浴びせる。スコットのF-2Aはロケット弾を容赦なく放つ。火球と火花がグレイプニルの表面に爆ぜる。巨体の表面を舐めるように接近した僕らは、黒い煙を引き裂くように巨体すれすれの高度で後方へと抜けた。25秒経過!機体を逆さまにして、一気に低空へと舞い降りる。攻撃成果を確認している暇があるはずも無い。ドシン、という衝撃を真後ろに受ける。グレイプニルの後方で姿勢を入れ替えた僕たちは、さらに同じ戦法でSWBM発射口だけを狙って攻撃を叩き込んだ。狙いは有効だった。スコットの放つ攻撃が内部構造にも施されていた装甲に亀裂を生じさせ、そこに突き刺さったミサイルが炸裂した。装填されたばかりのSWBMにも余波は及び、弾頭自体は無事だったものの、ロケットブースターの燃料部が炎にやられて引火した。大爆発はグレイプニル艦内にまで及び、引き裂かれた隔壁から一気に噴き出した熱風と炎によって、左舷発射管制室内の兵士たちは一瞬にして火達磨となった。艦内の酸素を食い潰すように広がった炎は、艦内右舷側前方ブロックの中に瞬く間に飛び火したのである。体内を焼いた炎が、何箇所からか外へと吹き出し、外目からはっきりと分かるようにグレイプニルが揺らぐ。SWBMの発射が中断されたのを好機とばかり、戦闘機たちが次々と襲いかかる。無数の火花が巨体に爆ぜ、時折膨れ上がる火球は確実にグレイプニルの戦闘能力を殺ぎ落としていく。左側へと傾いだままの巨体は水平に戻らず、僅かながら高度を下げ加減に巨体が旋回を続けている。炎を吹き出した左舷発射管をそのままに、もう一方の無事な発射口から、SWBMが打ち上げられる。上空へ達するよりも早く次弾が姿を現し、轟然と炎を吐きながら上昇していく。持ち弾を全て使い尽くすつもりなのかもしれない。攻撃を中断した戦闘機たちが高度を下げていく。着弾!これまでよりも炸裂ポイントを低く取ったのだろう。一際大きな衝撃が僕らの機体を激しく揺さぶり、中の僕らの身体は激しくシェイクされた。グレイプニルを覆う黒雲が衝撃で吹き飛ばされていく。続けて第二撃。すさまじい衝撃は、僕らだけでなくグレイプニル本体までも激しく揺さぶる。
「あんまり調子に乗って、おイタするもんじゃないぜ!!」
「同感だよ、グリフィス・リーダー。加勢する、一つ派手に行こうかい!!」
次の攻撃が放たれるよりも早く巨体の下から姿を現したマクレーン中尉とファクト少尉、それにカイト・リーダーの率いる編隊が、グレイプニルの後方から猛烈な攻撃を浴びせ掛けた。その狙いは、仲間たちが繰り返し攻撃を行って傷付いたエンジンの一つ。連続して放たれたミサイルが、高温の排気で表面を溶かされながらも突入して炸裂。傷口を引き裂いてさらに拡大させる。SWBM次弾発射、ブースターに火が入り、轟然と上昇開始。カイト・リーダーのADF-01Sの戦術レーザー砲に赤い光が充填され、膨れ上がる。一瞬空が光り、グレイプニルに突き刺さった赤い光は、巨体の装甲を溶かし、吹き飛ばし、そして大出力を発生させているエンジン内部をかき回していく。千切られたタービンブレードが高速でエンジンルーム内を跳ね回り、寸断されたパイプからオイルや燃料が吹き出していく。異常を察知したエンジン管理要員たちが慌てて逃げ出す。負荷限界を超え、内からも外からも傷付けられたエンジンに、トドメとなったのは、千切れたパイプから霧状に吹き出した燃料だった。一瞬の火花に引火したエンジンルーム内が溶鉱炉と化すのに然程時間は必要なかったのである。
「クラックスよりカイト・リーダー、間もなく着弾、回避して下さい!!」
レーザー攻撃を中断したカイト・リーダーが文字通り飛び込むようにしてパワーダイブ。直後、SWBMが炸裂して大空を激しく揺さぶり、そして閃光に満たされた空に、真っ赤な炎が膨れ上がった。上下に吹き上がった火柱と黒煙が、爆発の大きさを物語っていた。
「何だ、何が起こった!?」
「6番エンジン、爆発!!火災発生、手が付けられません!!う、うわぁぁぁぁっ!!」
姿勢を崩したグレイプニルの攻撃が中断される。好機!!静かになった空に再び舞い上がった僕らは、グレイプニルの巨大な尾翼の間を抜けて、開放されたままのSWBM発射口を狙い撃ちにした。
「全弾発射や、これで沈黙せぇ、グレイプニル!!」
「全滅させられた仲間たちの恨み、今ここで!」
F-2Aの両翼から放たれた火の雨が、ブースター・エンジンの炎に舐められ続けた発射口をさらに焼く。レーダーロック、発射、すぐにまたレーダーロック、ロックオン。一連の動作を繰り返し、彼我距離が近付けばガンモードへと切り替えて機関砲弾の雨を降らせる。攻撃に加わったファクト少尉の機体から投じられた爆弾が炸裂する。僕らの放つミサイルが何発も命中し、炸裂する。ドスン、という大音響が辺りを揺るがし、新たな爆発がグレイプニルの胴体後部を包み込む。破壊されたエンジンの爆発は、先ほどの発射管内での爆発以上のダメージを怪鳥の体内に与えていた。落ちろ、落ちろ、落ちろぉぉぉっ!!心の中で何度もそう叫びながら、僕はトリガーを引き続けた。何度そうしていただろう。SWBMの発射口から、ミサイルの代わりに火柱が上空へと吹き上がったのだ。仲間たちの歓声が通信を占領する。先に潰れた左側同様に炎と煙を吐き出した発射管から、SWBMが姿を現すことはもう無い。真っ黒い煙を何本も引きながら、グレイプニルが緩やかに高度を落としていく。僕らはその様子を、巨体の上空から見下ろしていた。僕らとて無傷というわけではない。グレイプニルの攻撃は回避したものの、地上からの攻撃によって損害を被った機体がある。地上からの攻撃?そういえば、あれほど僕らを狙っていた対空ミサイルの攻撃がどうして止んだのだろう?その答えは、僕らの足元にあった。サンタエルバの市街地を突っ切って進撃した陸上部隊が、対空戦闘車両の群れを相手に奮戦していたのだった。
「おいおい、まだショックカノンは潰していないんだぞ」
「まあそう言うな、グリフィス・リーダー。我々も手伝いたいんだよ。この街の解放戦をな」
攻撃の術を失い、満身創痍となった怪鳥が空を漂流している。このまま撤退してくれれば――そう考えてくれたらどんなに僕らの気は楽だろう。だが軍人とは命令に忠実な生き物。一度下された命令にはとことん従ってみせる生き物。優秀であれば優秀であるほど、頑迷なほどに任務を実行する。僕らの殲滅に失敗した彼らに取ることが出来る選択肢は極めて少ない。沈黙したまま空を漂っていたグレイプニルが不意に動きを変えた。数個のエンジンに損傷をきたし、まともに飛ぶことさえ難しくなってきた巨体が、夕焼けに染まる太陽をバックにして再び正面を向く。サンタエルバの港町をその眼下に収めながら。
「……何てことだ。たったこれだけの航空戦力に、グレイプニルがしてやられるとは、な。聞こえているか、南十字星……いや凶星。我々はここで終わるが、これで全てが終わったわけではないぞ。レサス軍人の執念、ここで見せてくれる。総員、意地を見せろ!ショックカノン、発射準備!!」
まだ終わらないのか!?驚きながら見守る僕らの目の前で、グレイプニルはゆっくりと機首を持ち上げていった。上空へと逃れるため?違う。既にエンジンにそれほどの出力は出ていない。確実に高度を下げながら、グレイプニルはショックカノンをサンタエルバの街に放ち、自らも巨体を大地に打ち付けて紅蓮の炎に包み込むつもりだ。何の意味がある。そこまでして守らねばならない命令なんかあるはずもない。僕は怒っていた。彼らにそんな非情な選択を強いる命令を下したレサス軍という組織に。そんな悲劇を強いる戦争という行為自体に。サンタエルバの民間人に何の罪がある!?彼らに、命令とやらに付き合って犬死する必要などあるわけが無い。冗談じゃない、やってられるか!
「止める、止めてやる!絶対にやらせるものかぁぁぁっ!!」
「お、おい、ジャス!?」
「追うわよ、スコット!!」
グレイプニルの腹に装備されているショックカノン。あれの発射までには幾ばくかの時間が必ず必要なはずだ。だから、まだ僕らにはやれることがある。理屈ではなく、行動で以って示すべき時だ!!スロットルを押し込みつつグレイプニルを追い抜いた僕は、充分な距離を取ってインメルマルターン。真正面にグレイプニルの姿を捉えた。巨大な円盤状の発射装置に、次第に青い光が膨れあがっていく。レーダーロック。グレイプニルの巨大な姿は、距離感を狂わせる。HUDに表示される彼我距離を何度も確認しつつ、操縦桿を手繰る。ロックオン、ファイア!!翼から解放されたミサイルが一直線に空を貫き、そして突き刺さる。数個の爆発が爆ぜる。手応えなし。すれ違いざまに機関砲弾を叩き込むが、余程硬質の装甲に覆われているのか、微動だにしない。それでも、諦めるものか。左ロール、急旋回。ショックカノンに接触しそうなほどの至近距離で回避して、再び反転、再攻撃を行うために距離を稼ぐ。
「クラックスより、各機へ!情報モニタにショックカノン発射までの時間を表示します。あの悪魔を食い止めてください!」
「グリフィス・リーダーより、地上部隊へ。可能な限り、市民たちに退避するよう伝えるんだ。多少は犠牲も少なく出来るかもしれん!」
「バーグマン・リーダーよりグリフィス隊。もうやってる」
「ディビス・リーダーより全車両に告ぐ。攻撃目標、グレイプニルのデベソだ。全弾ぶち込んで、狂った目を覚まさせてやれ。何としてもこの街を守り抜くんだ。オープンファイア!!」
運河沿いに陣取った地上部隊からの集中攻撃がグレイプニルに浴びせられる。無数の爆発光がグレイプニルの周囲に爆ぜ、巨体が激しく痙攣する。戦闘機たちが、残り少なくなった武器の全てを以って、巨鳥に襲いかかる。攻撃、反転、攻撃、反転。命中した砲弾に装甲を突き破られ、新たな火柱を吹き出し、煙とオイルを撒き散らしながらも、グレイプニルは足を止めない。何しろあれだけの大質量だ。止めるには相応の衝撃でもぶち当ててやらない限り不可能。うまく運河の中に落ちてくれれば幸いだが、それでも瞬間的に溢れる運河の水によって少なからぬ被害が出るだろう。それでも、ショックカノンを放たれるよりはましだ。2度目の反復攻撃も大した効果が無く、3度目の攻撃でスコットがミサイルを含めて全弾を撃ち尽くす。まさか機体をぶち当てるわけにもいかず、歯を食いしばりながらスコットが離脱していく。これまでの激戦で、ほとんどの機体が手持ちの弾薬を使い切っていた。僕とて、もう残りは僅かだ。あと一回、全力攻撃する分しか残っていない。
「……相変わらず、無茶するわね」
「それでも、やるしかない。こんなところで、僕は諦めたくない!」
「もちろん。私だって、諦めるものですか」
ゆっくりと機体を水平に戻して攻撃態勢を取る僕らに先行して、カイト・リーダーのADF-01Sとグリフィス・リーダーという珍しい組み合わせが攻撃態勢に入る。再び赤い光が空を染めて、レーザーの奔流がショックカノンに突き刺さった。その真上を飛び越えるようにして、マクレーン中尉が攻撃を集中的に叩き込む。青い光は溢れんばかりに膨れ上がり、零れ落ちそうだ。新たな爆発が膨れ上がったとき、青い光が不意に揺らいだ。ショックカノン発射機構の根元から炎が吹き出し、連続する爆発はグレイプニルの腹全体へと広がりつつあったのである。これが最後!!直視すれば失明しそうな光を湛えたショックカノンに、僕は吶喊した。その横には、ノヴォトニー少尉のF-22S。地上からの攻撃に巻き込まれないよう高度を保ちつつ、光の中央部、ただその一点だけを狙って、僕は最後の攻撃を放った。
「沈めぇぇぇっ!!」
「ショックカノン充填率、最大レベル!クラックスよりジャスティン、逃げろぉっ!!」
横に広がっていた光が、縦に集まり始める。その中央部に突入した僕らは、ありったけのミサイルと弾薬を叩き込み、そして光の奔流の中から飛び出した。手応えがあったかどうかは分からない。光がどんどん集束されていく。間に合え、間に合ってくれ!!そう叫びながら、僕はスロットルレバーを押し込み続けた。
青白い光が不意に姿を消したのは、僕らがグレイプニルの翼を掠めて上空へと舞い上がった直後の事である。そして、奇跡が起こった。街中に響き渡る大音響を轟かせて、グレイプニルの胴体を上下に閃光が突き破った。次いで発生した、穿たれた致命傷の大爆発が、巨体を上空へと持ち上げたのである。大きく機首を持ち上げて高度を下げていたグレイプニルは、不本意ながら水平姿勢を取り戻すこととなった。最早操縦不能。破片を運河へとばら撒きながら緩やかに右方向へと滑り落ちるように旋回していく空中要塞。
「……最後の一矢すら、浴びせられずに終わるとは……まあいい。かくなる上は、艦長としての最後の責務を果たすのみだ。我々を討ち果たしたんだ、簡単には死んでくれるなよ、オーレリアの南十字星。我々の最後の戦いが、貴官らとの戦いであったことに感謝する!」
まだ何かするつもりなのか!?緊張が誰しもの胃袋を鷲掴みにしたに違いない。南市街地側へと傾いていたグレイプニルが、ぐい、と姿勢を立て直し、水平に戻したのはその時だ。翼の端がビルに触れそうな高度まで降下しながら、ボロボロの機体が水平姿勢を取り戻す。
「もう少し、もう少し行けば居住地区域ではなくなる!持ってくれ!!」
「……空中管制機の案内付きで死出の旅とは、なかなか粋じゃないか……」
それが、グレイプニルから聞こえてきた最後の声だった。恐らくは故意にであろう、機体を左方向へと傾けた怪鳥は、ついに推力を失い、力尽きた。着水した左翼が運河の水面を引き裂き、そのまま河口にかかる橋を真ん中から粉砕する。次いで胴体部が着水し、水柱が艦体を包み込んだ。河口の港湾地帯を抉り取るように、慣性の法則に従って尚も進んでいくグレイプニルは、完全にサンタエルバの街から外れてようやく停止したのである。そして、断末魔の轟音を発して、グレイプニルの全身が紅蓮の炎に包まれた。大爆発の衝撃が、空を、街を揺るがす。それは、サンタエルバの街が解放されたことを祝す号砲のようでもあった。歓喜を抑えられない、といった様子のクラックスが、何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。
「グレイプニルの完全撃破を確認、サンタエルバは……サンタエルバは解放されました!!」
地鳴りの如き歓声が、交信を飽和させていく。僕自身も拳をぐっと握り締め、一度だけ叫んでみた。本当に、本当に僕らはやったのだ。あの空の化け物、グレイプニルをこの手で仕留めたんだ。隣を飛ぶF-22Sへと視線を転じた僕は、親指を立てて腕を振ってみた。キャノピーの向こう側で、ノヴォトニー少尉も手を振ってくれる。久しぶりの高揚感と言っても良いだろう。或いはコンバット・ハイというやつかもしれない。それでも、今日だけは、僕ら自身の手で掴み取ったこの勝利を素直に喜びたかった。
かくして、交通の要衝サンタエルバは解放される。パターソンに続いて戦略上の重要拠点を失ったことは、対外的にもレサス軍の苦戦をアピールすることになるだろうが、何より空中要塞グレイプニル陥落の一報が、オーレリアの人々に希望と喜びを、レサスの人々には落胆と衝撃を与えていた。その「屈辱」が、サンタエルバの街に衝撃的な事件を引き起こすことになることを、僕らはまだ知らない。
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