限界高度、1000フィート
僕らに訪れたつかの間の休暇は終わりを告げた。グレイプニルとの戦いでダメージを負った作戦機の修理が、完了したのである。文字通り不眠不休の作業を強いられた整備班の皆は、完璧に疲労困憊。珍しく、フォルド二曹もデル・モナコ女史も寝不足で真っ赤な目を擦りながら「整備完了!」と僕に言ったものだが、どうやら他の整備兵の話ではとっくに修理自体は終わっていて、その後の改修に時間がかかっていたらしい……とのことだった。とはいえ、僕らもそうのんびり出来たわけではない。それこそ俄かにやって来たグランディス隊長が、事後承諾の形で僕らを「訓練」へと連れ出したものだから、僕らはみっちりと2日間、たっぷりと汗を流す機会に恵まれることとなった。理由は分からないが、地上でのそれも歩兵訓練みたいなものに丸一日。そして、シミュレーターでの空戦訓練に丸一日。ノヴォトニー少尉と一緒だったことは不幸中の幸いだったが、うっかり余所見をしたおかげで有り難い水面ダイブを経験する羽目となった。まぁ、口を滑らせて何度も拳骨とダイブをお見舞いされていたスコットよりは遥かにましだったが。

サンタエルバ周辺の戦況は膠着状態と言って良かった。依然としてカラナ平原には街から追われたレサス軍の地上部隊が待機中。戦力は依然健在であり、いずれ地上軍との連携による戦闘は必至の情勢。でも、グレイプニル失陥の影響は大きく、レサス軍はついに本国に対して増派を要請した。逆に言えば、増派が到着していない今が好機。不正規軍の指揮官たちはそう判断した。僕らがつかの間の休息を過ごしている一方で、マクレーン中尉やアルウォール司令たちは次のミッション計画を突貫作業で作り上げていたのである。次の攻撃目標は、サンタエルバと並ぶ重要拠点――ここからやや北方にあるサチャナ空軍基地に定められた。この基地は、もともとオーレリア最大の空軍基地であったが、開戦直後のグレイプニルによる奇襲によって呆気なく制圧されて今日に至る。ここを落とせば、僕らはグリスウォールの喉元にナイフを突き付けることが出来る、というわけだ。一つ懸念材料があるとすれば、レサス軍の誇る「対空戦闘のプロ」スキュラ隊が防衛部隊の一角として配備されていることだが、マクレーン中尉とグランディス隊長は声を揃えて言ったものである。"ついでに潰しちまえば効率的だろ?"と。作戦決行前日まで伏せられていた作戦計画が明かされると、パイロットたちの間に緊張と興奮が広がっていった。制圧作戦は二段階に分けられていた。強行突入による奇襲攻撃と、ヘリボーンを中心とした制圧部隊による基地重要拠点の完全制圧、である。僕らに割り当てられたのは、前者の任務。奇襲をより確実なものにするために採用されたプランには、思わぬ難事が存在していたのである。

「あー、真っ暗や。お星様も今日は遠うて切ないわ」
「切ないついでに入水自殺なんかするなよ。機体は高いんだからな」
「隊長、機体のが大事なんかいな?」
「当たり前だ」
スコットの言うとおり、確かに今日は空が遠い。そして、夜の闇に塗り潰された地面が近い。真っ暗なのも当然だ。HUDに表示される高度計を頼りにして、僕らは飛行を続けている。サチャナ空軍基地へと至るルートはいくつかあったが、僕らに割り当てられたのは最も距離が短く、そして最も危険の高いルートだった。敵の侵入に備えて張り巡らされたレーダー網に引っかかってしまえば、僕らはたちまちサチャナに配備されているレサスの戦闘機たちの餌食となる。一見万全に見える迎撃体制。そこに付け込む隙があった。それは、基地の南側を流れる川沿いのコース。川の上までは彼らもレーダーを設置していなかったのだ。ただし、探知されないためには条件がある。それが"思わぬ難事"。探知されないためには、常に高度1000フィート以下を飛行しなければならないのだ!それものんびりと低速で飛んでいては奇襲にならないから、高速で障害物を排除、突破しなければならないと聞かされたときには、課せられたタスクの重さに思わずマクレーン中尉の顔を睨み付けてしまったものである。
「間もなく作戦開始時刻。ジャスティン、スコット、気を付けて。基地上空で会いましょ」
「隊長がいんようになってたら最高や」
「それはこっちの台詞だぜ、スコット。まあいいか、やばくなったら逃げろよ。交信終わり」
無線を傍受される危険性を考慮して、一時的に無線を封止。コクピットの中に聞こえるのは、愛機の奏でるエンジン音と自分の鼓動の音だけとなる。マクレーン中尉とファクト少尉の編隊から別れ、レーダー哨戒圏の南端を掠めるように飛行を続ける。さあ、行くか。右後方に占位したスコット機の姿を振り返って確認し、そして僕は正面に意識を集中させつつ、操縦桿をゆっくりと押し込んでいく。地上の闇がさらに目前へと迫り、視界が黒一色に染められていく。頼りになるのは高度計とクラックスからデータリンクで送られてくる地形図、そして愛機のみ。少しずつスロットルを押し込んで速度を上げていく。レーダーと地図とに交互に視線を飛ばしつつ右旋回。サチャナへと続く突破口へと機首を向けていく。
「……しかし、いいところだよなぁ。休暇が取れたら川岸で釣糸をたらしたいものだね」
「オーレリアの連中を殲滅すればいくらでも出来るさ。おい、あれは何だ!?」
もう見つかっちゃったの!?レシーバーから聞こえてくるレサス軍の兵士の叫びに、こちらがぎょっとする。
「ああ、済まない。こっちの探照灯が水面に反射しちまったらしい」
「何だよ、驚かすなよ。ま、こんだけの船が出てるんだ。こんな中、飛び込んでくる奴がいるはずもないか」
……ここにいるんだけどね。胸を撫で下ろしつつ、僕はため息を吐き出した。高度は1000フィートよりもさらに低く、600フィートをキープ。幸い気流の状況が良いらしく、低空にもかかわらず機動を乱されることは無い。傾いていた大地と空の境界線を水平に戻し、僕はさらに高度を下げていく。黒塗りの大地を分かつように水面が細い溝を刻んでいる。レーダーサイトという物騒極まりない岸壁を僕らは潜り抜けようとしているのだった。ここからなら、ほぼルートは一直線。ただし、途中右左にレーダー網が張り出しているので、緩旋回を強いられることは間違いない。やや後方に占位していたスコットが真横に並ぶ。先行する機が攻撃をしくったときに備えて、僕らは交互に目標を叩くことを取り決めていた。相手は哨戒艇。対艦ミサイルのような大層なものは必要なく、機銃でも充分に戦える相手だ。基地南方から、レーダー網内へと侵入開始。スロットルを押し込んで増速。速度計の数値が跳ね上がり、キャノピーの外を流れていく風景が勢いを増す。川の中へと突入しないよう、HUDを睨み付けながら慎重に操縦桿を手繰る。レーダーには敵のレーダー圏と哨戒艇の光点とが表示されている。第一目標が迫る。サチャナでの地上戦闘に備えて、今日は僕の機体もRCL――ロケットランチャーを搭載している。が、この闇の中にロケット弾の放つ明かりは目立ちすぎる。ここでは使えない。スコットがやや先行。攻撃を任せ、そのバックアップに付く。
「空軍の連中もマメだな。よく見えないが、こんな夜空を哨戒飛行してみたいだぜ。音が聞こえる」
「ほらあれだよ。南十字のエンブレムが怖いのさ」
敵哨戒艇、ミサイルの射程圏内へ。安全装置は既にリリース。ミサイルシーカーも既に敵をロックオン。距離600まで近付いたところでスコットのF-2Aから機関砲弾が放たれる。水面を叩いた弾丸が水柱を数本立て、そして哨戒艇の貧弱な装甲を貫いた。被害状況を確認している余裕はない。ぱっ、と膨れ上がる炎があっという間に後方へと去っていく。続けて第2目標。前方右側に張り出したレーダー網を避けるためにペダルを踏みつつ左方向へとヨーイング。ミサイルシーカー作動、前方で横腹を晒している敵艦に狙いを定める。機関を止めて停止している哨戒艇は、まさに訓練の固定目標のようなものだった。ロックオン確認、発射!翼から離れたミサイルのエンジンに火が灯り、僕らの姿を追い抜いて獲物目掛けて突進する。川面を這うように直進したミサイルは、そのままの勢いで敵艦の横腹を突き破った。炸裂するエネルギーが小さな艦体を容赦なく引き裂き、衝撃で真っ二つにへし折れた敵艦は呆気なく水面下へと没していった。乗組員が危機を知らせる余裕も無く。レーダー網の張り出しを回避して、今度は右方向へと緩旋回。隊長たちも別ルートをうまく進んでいる頃だろうか。幸いにして「敵機発見!」という恐ろしい台詞が聞こえてこないということは、今のところうまく行っているということだ。再びスコットがガンアタック。最初と同じ光景が再現され、横倒しになった哨戒艇からは乗組員たちが必死の脱出を試みる。あともう少し。それにしても、グランディス隊長の特訓の成果だろうか。考えても見れば僕とスコットだけで編隊を組むのは初めてだったが、スコットの奴、いつの間にこんなに飛ぶようになったのだろう?ジョークばかりを叩いているわけでもないことに、僕もちょっとだけ嬉しくなる。今なら、安心して背中を預けることが出来そうだった。
僕らのレーダーに、右方向から接近してきた光点が映し出される。2機編隊、レーダー圏内を巧みにかわしながら、僕らの前方で90°ターン。方位000を確保するや否や水平へと戻した先行機がミサイル発射。川面に立ちはだかっていた哨戒艇が爆炎に包まれていく姿を眼下に見下ろしながら、その頭上を通過していく。
「――おい、何かおかしくないか?レーダーに機影は見えないんだが」
「馬鹿、ステルスが映っていたら何の意味もないだろう」
OK、そのまま気が付かないでくれよ。隊長たちと合流を果たした僕らは、左右からレーダー哨戒圏が張り出した最後の難所に突入すべく、単縦陣に編隊を組み直す。隊長とファクト少尉がスローダウン。ゆっくりと僕らの横を抜けて後方へと下がっていく。先に行け、ということらしい。もう僕らの針路を阻む船もいない。高度を下げ、レーダーに引っかからないように機首の向きを調整しながら、目に見えない障壁の出口へと突入する。同時にスロットルMAX。アフターバーナーON。心地良いGを感じながら、サチャナへと続く平原に踊り出る。
「クラックスよりグリフィス隊へ。全機の哨戒圏突破を確認、サチャナは目前です!」
「ぶはっ!あー、黙ってるんはほんまに性に合わんわ。さっきの分まで喋りたおしたる!!」
「どうせ独り言を言い続けていたんだろうが。まあいい。基地の重要施設には手を出すなよ。目標はあくまで敵作戦機と地上部隊だ。カイト隊の到着までに片を付けよう。目標は各自に任せる。グッドラック!」
たまには隊長も隊長らしい言葉を言うもんだ――そんな素直でない感想を抱きつつ、了解と応え、ぐい、と操縦桿を引く。サチャナ基地は、前方の背の低い山のすぐ向こうだ。編隊を解いた僕らは、かつての友軍基地、オーレリア最大の設備と航空部隊を擁した航空基地へと舞い降りる。闇に塗り潰された大地の先に、誘導灯と照明の明かりに照らし出された白い滑走路の姿が広がっていた。
サチャナの空に飛び出した僕らは、最大戦速を維持しつつそれぞれの定めた目標へと襲い掛かった。兵装モードをRCLにセット。HUDに表示された照準内に、出撃待機中なのだろうか、ずらりとその姿を晒している偵察機や爆撃機の群れ目掛けて、炎の雨を降らせる。もう姿を隠している必要もない。両翼から降り注ぐ炎の雨は、闇夜に赤い残光を残して獲物の頭上に突き刺さっていく。連続した爆発が駐機場に爆ぜ、炎の中に没した敵機が新たな炎と黒煙を膨れ上がらせた。同様の爆発が別の箇所でも膨れ上がり、基地の全景を一際明るく照らし出す。制圧後すぐに僕らが使用する基地だ。滑走路や燃料タンクといった重要設備への攻撃はご法度。低空で水平に戻して一度離脱し、安全圏に抜けたところでインメルマルターン。こちらの姿を捉えてレーダー波を放つ対空ミサイル砲台を次の目標に定める。遅れてサチャナに到達する制圧部隊のためにも、対空砲台の類は壊滅させておく必要があったのだ。
「……何だ、今の音は。事故でもあったのか?」
「レーダーに敵影?そんな馬鹿な。さっきまで何も映っていなかったぞ!?」
「お、おい!あの機体を見ろ。南十字星のエンブレム……凶星め……!!」
混乱の中、それでもハンガーから姿を現した対空戦闘車が反撃の火蓋を切る。サチャナの空は対空砲火の刻む曳光弾の光やミサイルの炎、そして地上で燃え上がる機体や設備の炎と黒煙によって、毒々しく彩られていく。
「スキュラ隊は何をやっている!早く出撃させろ!!」
「……待ってくれ、本当に敵襲なのか?」
「この光景を見てまだそんな悠長なことを言っているのか!?」
シャッターの開かれた格納庫から、対空砲や対空ミサイルを空へと向けた戦闘車両が姿を見せる。どうやらいくつかのハンガーは地上部隊用に割り当てられているらしい。大きさから考えて、あの中にはまだ後続の車輌がいるのだろう。
「スコット、右の格納庫、頼む!」
「了解や!戦闘機がおらんのなら遠慮はいらへんな」
「こ、こら、勝手に判断するな!」
「グリフィス3より、2へ。問題なし、やりなさい!」
こちらに照準を合わされるよりも早く、僕は縦に並んだ敵車輌の姿を捕捉、RCL発射トリガーを引き絞る。軽い振動と共に炎の雨が敵部隊へと降り注ぐ。頭上から装甲を突き破られた敵車輌が、内から紅蓮の炎に焼かれて爆発する。対空砲が捩れ千切られ四散する。誘爆した対空ミサイルが火球を膨れ上がらせ、爆風と衝撃で辺りの物を容赦なく吹き飛ばす。慌てふためき逃げ惑う兵士たちの頭上をフライパス。真横からクロスするようにスコット機が接近。僕の後方をすれ違い、大きく口を開けている格納庫の真正面からRCL発射。高速で飛び込んだロケット弾は格納庫内の戦闘車両を容赦なく焼き、そして爆発させるに充分な威力を持っていた。膨れ上がった爆炎が窓ガラスをことごとく内側から粉砕し、屋根を突き破った炎が空へと吹き上がる。急加速しつつ上空へと離脱するスコットのF-2Aの翼が黒煙を切り裂きつつ、高空へと舞い上がる。消化をする術もなく、生き残りの兵士たちが燃え上がるハンガーから離れていく。グレイプニル失陥の衝撃が、兵士たちの戦意を挫いていたのか。それとも、万全のはずのレーダーサイトに最強の対空戦闘部隊の組み合わせが、慢心と油断を招いていたのか。滑走路に展開される前に対空戦闘車両群を数多く潰せたのは僥倖だった。それでも、別の格納庫から姿を現した対空ミサイルから攻撃が放たれる。誘導路を見れば、混乱の合間を縫ってスクランブル発進しようとする敵戦闘機。さらに、夜間偵察任務にでも出ていたのだろうか、レーダーには基地を目指して急速接近する戦闘機たちの姿が映し出されている。広域モードに切り替えると、南西方向からカイト隊とヘリボーン部隊の姿が映し出される。彼らを守るためにも、僕らはここで派手に戦う必要があった。
「隊長、北西方向から敵戦闘機部隊接近。迎撃に向かいます!」
「待て、俺も行く。グリフィス2と3は対地攻撃を継続しろ。相手の数は少ないとはいえ、スキュラ隊だ。油断するなよ」
「了解や!」
「グリフィス3、了解。ジャスティン、隊長のお守りをお願い」
滑走路端の対空ミサイルに機関砲弾を浴びせて沈黙させて、ズーム上昇。高度を稼いだところで水平に戻す。合流した隊長機が僕にやや先行して前に出る。その右斜め後ろに占位して後を追う。敵戦闘機部隊、針路変更なし。僕らの真正面。数は4。クラックスからのデータリンクによれば、敵機はスコットの乗る機体と同じF-2Aだ。小柄な機体ながら、その運動性能を侮ることが出来ないのは、スコットの機動を見ていれば嫌でも分かる。兵装モードを空対空ミサイルへと戻し、レーダーロック開始。肉眼では捕捉出来ない敵の姿を、HUDに表示されたミサイルシーカーがレーダーに連動して探知する。ほぼ同時に、コクピット内にレーダー波照射警報。こちらが引き金を引くよりも早く、敵機がミサイル発射。どうやら足の長いミサイルを敵は持っていたらしい。隊長の乗るタイフーン、右方向へとバレルロール。フットペダルを蹴飛ばしつつ、左方向へと跳ぶ。続けてこちらも回避機動、バレルロール。速度はキープ。レーダーに映し出される小さな光点が、あっという間に肉迫してくる。少し大きく半径を描いてロールを続ける僕の頭上を、獲物の姿を見失ったミサイルの炎が通り過ぎていく。さあ反撃だ。すれ違いざまを狙って、敵機めがけてガンアタックを仕掛ける。敵もさる者。4機編隊が素早くブレーク。僕の攻撃はコンマ数秒の差で回避され、虚しく宙を切る。舌打ちしつつも、低空へと逃れた一隊の後方に付くべく180°ロール、スプリットS。上昇する速度。目まぐるしく動くHUD上の数値たち。それらを睨み付けながら反転、水平に戻ると同時にスロットルをMAXへと押し込み、急加速。
上空へと逃れた敵機は二手に分かれて、隊長機を包み込もうとしている。だが、何だかんだと言いながらもマクレーン中尉の実戦能力は驚くほど高い。敵の意図を逆手に取り、決して有利なポジションを取らせない。まるで、後ろに目が付いているんじゃないかという飛び方だ。まだまだ、僕の及ぶところじゃない。普段の言動はともかくとしても、隊長の戦い方から学ぶことは多い。僕を振り切れないと考えたのか、前方の敵機も二手に分かれる。迷っている時間はない。右側の敵機を最初の目標に定めて、その後背に喰らいつく。身軽な機体をくるりと回しながら旋回する敵の機動は鋭い。機体を垂直にしつつ、高Gをかけて急旋回。一瞬意識が持っていかれそうになり、視界が黒ずむ。素早く操縦桿を返して照準レティクル内に敵の背中を捉える。好機!トリガーを引いて撃ち放った機関砲弾は、F-2Aの胴体から右主翼に大穴を穿ち、貫いた。黒煙を吐き出した敵機、水平に戻すと同時にベイルアウト。キャノピーが闇夜に打ち上げられ、次いでパイロットが射出される。巻き込まないように旋回。その隙に、敵機が僕の後方へと回りこむ。振り返って敵の位置を確認しつつ、加速させながらループ上昇。大推力を誇る2基のエンジンが、XR-45Sの機体を高空へと弾き飛ばす。敵の射程圏外へと逃れたことを確認して、仕切り直し。再び真正面に敵の姿を捉えた僕は、ヘッド・トゥ・ヘッドで攻撃を仕掛ける。照準レティクルを睨み付け、敵機の翼端灯の光を微かに捉えた瞬間、トリガーを引いてすぐさまローリング。至近距離で互いの機体を轟音と衝撃で揺らしながらすれ違う。かわされたか!?慌てて振り返った僕の後ろで、夜空に膨れ上がる火球が一つ。レーダーからも敵の光点が消滅する。よし、2機撃墜。
マクレーン中尉の姿を捜し求めると、機敏な動きで敵機を追い詰めるタイフーンの姿があった。闇夜に煌くアフターバーナー。敵のF-2Aも機動性に優れた機体ではあるが、タイフーンはそれをさらに凌駕する。しかも操っているのは、掛け値なしに「エース」と呼べるベテランなのだから。敵戦闘機、背面旋回、速度を稼ぐためパワーダイブ。マクレーン中尉も続けてダイブ。基地の真上、低空まで舞い降りた敵機、引き起こし。右方向へと捻って旋回。隊長機、高Gをかけて敵よりも早くスナップアップ。旋回する敵機に対してクロスアタック。コンマ数秒のうちに放たれた機関砲弾が敵機の胴体を貫き、粉砕する。戦闘能力を奪われた敵機から炎と煙が吹きだし、パイロットがベイルアウトするまでにそれほどの時間は要さなかった。更なる増援の気配なし。水平に戻し、速度を落とした隊長機に僕は合流する。
「ナイスキル、隊長」
「ジャスティン、お前さんもな。……全く、教え子に追われるのはいい気分じゃないな」
サンタエルバの戦いの辺りから、妙に沈んで見えたマクレーン中尉の姿は全く感じられない。いや、少なくともこの時は感じなかった。

スコットたちの攻撃も功を奏し、空への道を断たれた敵戦闘機が虚しく残骸を晒している。レサス軍の対空戦闘のプロと呼ばれたスキュラ隊も、主力を戦闘開始直後に潰された影響が大きかったらしい。組織的抵抗を続けているのは、基地から逃走を図っている一団の守りに付いている僅かな部隊のみ。主だった砲台群は沈黙し、誘導路や駐機場に姿を現していた作戦機はことごとく残骸と姿を変え、炎と煙に包まれている。すっかり静かになってきた空に、一際響くローター音を奏でながら到着したのは、無論レサスの援軍などではない。オーレリア陸軍にもともとは所属していたノシナーラ・ヘリボーン隊とシルメリィの海兵隊部隊の混成部隊が、ついにサチャナへと到達したのだった。何機か煙を噴いている機体もあったが、一応全機が健在だった。
「なんだいなんだい、ようやく到着してみれば、すっかりとグリフィス隊に片付けられているじゃないか!これはあたいらのルートの方がきつかったってことかねぇ?」
「カイト5より隊長、その分敵戦闘部隊をレーザーでなぎ払っていたんですからいいじゃないですか」
「言っとくが、山火事はあたいの責任じゃないよ。あんなところにこそこそ隠れている連中が悪いのさ」
ヘリ部隊の上空を追い抜いて、カイト隊の編隊が到着する。その3番機の位置に見慣れたF-22Sの姿を見出して、僕は誰にも悟られないようにこっそりと安堵のため息を吐き出した。敵兵士に対する威嚇の意味もある。僕らはサチャナの上空をゆっくりと旋回しながら飛行する。いくつかの隊に分かれたヘリ部隊が、ゆっくりと高度を下げていく。地上からの反撃は幸いにして無くなっている。僕らの見守る中、ヘリ部隊がタッチダウン。勢い良く開け放たれたドアから、フル武装の兵士たちが飛び降り、駆け出していく。手にした自動小銃で周囲を警戒しつつ残骸やコンテナを弾除けにして進んでいく様はさすがだ。上から見ていても整然としていて、素早い。基地の主要施設に取り付いた兵士たちは、慎重に突入部隊が揃うのを待って、ドアを蹴破って内部へと飛び込んでいく。建物の中で行われているかもしれない銃撃戦を僕らは確認することは出来ない。――だが、基地司令の名で降伏勧告受け入れの宣言が為されるまでに、それほどの時間を要さなかった。基地司令の要求は簡単なものだった。逃走した兵士の追撃を行わないこと、降伏した兵士の身柄の安全を確約すること。無駄な犠牲を出したくないのは、こちらとて同様。一応検討のための時間を取ったものの、要求は受諾され、サチャナ基地はレサスの手から離れることになった。僕たちの交信を、兵士たちの挙げる歓声が占領する。こんな光景を、僕はこれまで何度見てきただろう?一つ一つの積み重ねが、僕たちをここまで進めさせてきた。そしてサチャナを奪還したことによって、僕らは夢のまた夢と思われた、首都グリスウォール奪還へと駒を進めることが出来る。空から歓声を挙げる兵士たちを眺めつつ、僕もこっそりコクピットの中でガッツポーズをした。

オーレリア不正規軍にとっては、サンタエルバに続く大勝。ほとんど損害もなく重要拠点を奪還したことは、戦略的にも、また対外宣伝のうえでも大きな戦果と言って良かったろう。だが、勝利に湧き立つオーレリアの兵士たちを他所に、冷酷で憎悪に満ちた報復が用意周到に進められていることを、ほとんどの人間が知らなかった。そして、報復とは別の罠が、僕らの進む先に待ち受けていたことにも。
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