白き山を越えて
オーレリアの国土の中で、真夏でも雪景色が楽しめる唯一の高峰、ネベラ。バイザー越しに見ても、太陽光を反射する雪の白は眩しく輝いている。それでも氷点下にある大地は、深い雪に覆われたまま。空の蒼と雪の白、美しいコントラストは、今日が久しぶりの本格的な軍事作戦であることを忘れたくなるような光景だった。だが、僕らに課せられたミッションは決して容易なものではない。オーレリア不正規軍のグリスウォール侵攻に当たって、重大な障害となっていた大出力電磁妨害装置、通称"ネベラ・ジャマー"を破壊しなければならないのだ。それも、未成年二人組のグリフィス隊だけで、だ。重要施設であることをレサス軍は勿論認識しているから、ジャマー本体の周囲には針鼠のように対空兵器たちが並んでいる。高性能対空機銃に、高性能対空ミサイル。ジャミング影響下でも対応出来るよう、画像追尾による精緻な誘導機能を持たされたそれらの迎撃兵器は、高高度から投下された爆弾をも迎撃してくれるという、僕らにしてみれば全くありがたくも無いスペックを誇っていたのだった。そこに吶喊することは自殺行為。僕らが優先して攻撃するのは、ジャマー本体の前に、それらの物騒な迎撃兵器に電力を供給している発電施設。雪に覆われた高山に拠点を設置したからには、何らかの手段で電力を供給せざるを得ない。レサス軍は、もともとこの地域に存在した発電施設を流用して、ネベラ・ジャマーに電力を回しているのだった。これを潰せば、防衛兵器の機能は著しく低下する。その隙に、妨害装置を破壊すること。破壊後はレーダーがクリアになる。速やかに離脱すること――これが、たった二人の航空隊に命じられた、重い作戦内容である。
「クラックスより、グリフィスリーダー。そろそろジャミングの影響範囲に入ります。二人とも、気を付けて」
「グリフィス3、了解や。歌でも歌うて寂しいのん紛らわすとするわ」
「グリフィスリーダーより3、ジャミングが無くなった時が怖いから止めてくれ」
「グリフィス3のコクピットにテープレコーダーでも仕込んで………………」
クラックス――ユジーンの声はまるで断ち切られるようにブツリと聞こえなくなり、代わりに耳障りなピープ音が響き渡る。放っておくとおかしくなりそうなので、無線封止。どのみち使えないのなら同じ事だ。スコットの位置はXRX-45が把握してくれるし、それは向こうのXFA-24Sにしても同様。メインアタッカーをスコットに任せて、僕は少し高度を上げて上空支援と探査役を担う。挙動が少し重めに感じるのは、どうせ誘導兵器が使用できないなら、と威力重視で吊るして来たロケットランチャーのせいだろう。電子妨害のおかげで、当然レーダーは利かない。辺り一面真っ白な雪に覆われた山岳地帯、頼りになるのは急ごしらえの施設に電力を供給している送電線と、機械の目、そして自分自身の目だ。速度を落として緩旋回し、雪山の上を飛ぶ。瞬間的にレーダーがクリアになる時もあるが、それはほんの一瞬でしかない。深く切り立った峰と峰の間を通過してすぐ、モニターに反応。僕らの後方5時方向、発電施設らしき建物が拡大されて表示される。ゆっくりと機首を引き上げてインメルマル・ターン。やや先行していたスコットがこちらに気がつき、同様に反転する。ここはスコットに任せよう、と決めて、加速しつつ攻撃態勢に入るXFA-24Sの姿を見送る。施設に対しほぼ水平に相対したスコットは、充分に目標まで近付いた上で爆弾をリリース。基本どおりの忠実な水平爆撃をこなして上空へと舞い上がる。きれいな放物線を描きながら目標へと到達した爆弾は、発電施設の壁を突き破った瞬間に信管を作動。炎と衝撃波とが、一瞬にして施設の機能を奪い去った。爆発の衝撃で近くの鉄塔が揺らぎ、根元からぽっきりと折れて倒れていく。とりあえず破壊に成功。
「こち……ラッ……。ビン……ね、……力供……ベル低下!……調……頼むよ」
「グ……ィス3よ……ラック…、何言うて……かよ……からんわ」
ネベラ・ジャマーによる電子妨害は、敵にとっても影響を及ぼしている。これほどの重要施設でありながら、警戒態勢はお世辞にも厚くない。そして、強力な電子妨害は僕らの姿すら隠してしまう。仮に発見されたとしても、僕らの行く先を突き止めるまで時間が必要となる。焦ることは無い――自分にそう言い聞かせながら、僕は操縦桿を手繰る。対地攻撃はスコットの方に分があるし、任せておいて何の問題もなさそうだし。機体自体の周辺警戒モードを全開にしつつ、自分自身の目でも周囲を見渡す。昔ながらの送電線を使用して電力を送っている以上、嫌でもその延長線上に施設を作らざるを得ないはず。敵目標の位置が分からない以上、ゆっくりいくしかない。そして、離脱時のことも考えるとある程度速度を落として燃料を温存しておくことも今日の場合は必要だった。ふと、左に見えるネベラの山頂に視線を動かすと、微かに自然のものとは異なる構造物が目に入った。山頂付近の峰に沿うように何基か設置された円柱状の物体こそ、広範囲に電子妨害を及ぼしている高出力の発生装置だ。あれのおかげで迷惑を被っているのは、何も人間だけではない。高出力の電磁波を発生させるということは、近くにいる生身の生物に多大な影響を及ぼすことと同義だ。幸い人里離れたネベラの山とはいえ、ここに生きる生物たちだっている。あたかも電子レンジで調理されるかのごとく、死に至らしめられた動物だって少なくないはずだった。さらに言うなれば、どのような手段を以ってしても、それほどの電磁波を完璧にシャットアウトすることは出来ず、施設に詰めている兵員たちには少なからずの影響が出るはずだ――そうサバティーニ班長たちは言っていた。ピピッ、という電子音。次の目標が2ヶ所、モニターに拡大される。そして、さらにあと2つ。それも山の上ではなく、空に。相対距離が離れていくということは、敵はまだこちらには気が付いていない公算大だった。
「グリフィスリーダーより3へ、敵空中目標確認。支援を呼ばれる前に排除する」
「グリ……ス3了……施設の…………ークしとる。頼むで」
互いに途切れ途切れの交信でしかないが、伝えるべきところは伝わった。僕はスロットルを押し込み、軽く操縦桿を引いて空へと躍り出た。スコットへの注意を僕に引きつけるためにも、これが一番。高度を稼いだところで緩やかに左旋回、どうやらこの山岳地帯を哨戒しているらしい敵機の背後に付ける。画像データをデータベースと照合し、目標機がF-35Bであることを火器管制コンピュータが伝えてくる。それにしても、これまでXR-45Sに搭載されていたものとは桁外れのデータ量と処理容量だ。あれが試作機だった理由が、今ならよく分かる。そして、フレデリカさんも含めて、この機体を作り上げた人たちの意図も。こいつの運動性能は操縦者を著しく限定してしまうけれども、機体の構造をユニット式にすることによって、ある程度の汎用性を持たせることが出来る。それは即ち、今のXRX-45の状態も含めて、対空・対地・対艦いずれの任務にも特化した装備が可能ということだ。いずれ、この仕組みは他の新型機へと活かされることになるのだろう。もしかしたら、僕の戦闘データも。それはもう、僕の知ったことじゃない。重要なのは、今使えるかどうかということ!短距離ミサイルしか積んできていない今、遠距離からのアウトレンジ攻撃は出来ない。後方から奇襲、相手に反撃する暇も無く倒す。全兵装のセーフティが解除されていることを確認して戦闘開始。慎重に攻撃目標の位置を確認しつつ、加速。敵機、西寄りにコース変更。肉眼でも敵の姿が空に見える距離まで近付く。一方の敵に対してレーダーロック。もう一方の敵にはガンアタックを仕掛けるべく、照準レティクルを睨み付ける。ほどなくロックオン、すかさずトリガーを引き、ミサイル発射。赤外線探知型のミサイルが、敵の熱源を探知して追走開始。異変にようやく気が付いて回避機動に転じるよりも早く、その背中に喰らいつく。2枚の垂直尾翼に挟まれた可動式のエンジン部周辺に機関砲弾の穿つ穴が広がり、小爆発の煙が膨れ上がる。2機を追い抜いて急上昇。ミサイルに追われた敵機が急加速で振り切ろうともがくが、振り切れない。至近距離で爆発した弾頭は、敵機の主翼を容赦なく引き裂き、胴体にも損傷を与えることに成功する。2機に戦闘継続の意志がないことを確認した僕は、そのまま敵機を放置して先行するスコットへと合流した。お見事、というように翼を振るXFA-24S。向こうは向こうで2つの施設の破壊に成功し、さらに自分自身で発見した施設の破壊に成功したようだ。白い山には似つかわしくない黒煙が、空へとたなびいている。良し、この調子だ。ネベラ・ジャマー北東部に達し、周辺に施設の存在が無いことを確認した僕らは、西へと転進する。このまま電子妨害に紛れて、敵の機能を奪い去るべく、新たな目標の探知に僕は集中した。
前線で操縦桿を握るパイロットたちに比べれば、AWACSに乗り込んでいる人間の仕事は地味そのものかもしれない。だが敵味方の飛び交う大規模戦闘ともなれば話は別だ。味方だけではなく敵の動きにも注意を払い、適切な攻撃目標を指示しながら次の目標位置を追跡し、別の部隊へと指示を飛ばす。友軍の要請に応じてミサイルの誘導を受け持つ――エトセトラ。空中から指揮する者にとって、最高の兵士と聞かれれば、誰もがこう応えるだろう。"こちらが指示を飛ばすよりも早く適切に目標を認知し、指示通りに敵戦力を殲滅出来る兵士"と。命令にただ忠実にさせるなら、無人機を用いる手段もある。だが、現実問題として、有人機を凌ぐ無人機というものは存在しない。訓練された人間の脳が行う認知能力と判断能力は、機械の処理速度を時として遥かに上回るのだ。だから、戦場には未だ人間が溢れている。ユジーンはいつも思う。空に一つ火球が膨れ上がるたびに命が失われるようなことが無くなればいいのに、と。今日の戦いはユジーンにとっては楽なものだったが、飛んでいる友人が一つ間違えれば二度と帰って来ないかもしれない、という不安を抱えている点では何も変わらない。まして、強力な電子妨害によって、ジャスティンたちの位置をトレースすることは非常に難しくなっていた。ユジーンに出来ることは、時折クリアになるレーダーでジャスティンたちの安否を確認すること、そしてもう一つ。オーレリアが衛星軌道上に配置した数少ない軍事衛星からのほほリアルタイムの映像を解析し、施設の稼働状況と破壊状況とをチェックすることくらいだった。
「しかしあの二人、良くやってるよなぁ。レーダーも駄目、誘導も駄目、パイロットにしちゃ最悪のコンディションだというのになぁ」
「最初聞いたときはどうなるかと思ったけれど、あの二人もれっきとしたエースだもんな。班長たちの判断は誤りじゃなかったわけだ」
共に乗り込んでいる馴染みのオペレーターたちも、今ではすっかりベテランの風を吹かしている。だがユジーンも含めて、彼らは本当に数少ないAWACSによる空中支援を実行出来る要員であったことは、ジャスティンたちと同様の状況だった。そのリスクを背負って、サバティーニ班長たちはユジーンたちをAWACSへと乗せ続けた。泣き言を言っている暇など、勿論無かった。自分たちの判断の遅れが、部隊だけでなく全軍を危険に晒す。まして、不正規軍の戦いは常に劣勢であった。何度もキリキリと効く胃の痛みに苦しめられながら、彼は指揮を執り続けた。初めは言うことをなかなか聞かなかった傭兵や正規軍の生き残りたちも、今では自分たちを信頼して指示に従ってくれる。それは、裏方たる自分たちを、彼ら前線に立つ兵士たちも認めてくれているということの何よりの証明だった。
「お、いいぞ。敵のジャミング出力が急に落ちてきている。ネベラ周辺はともかく、そろそろグリスウォール辺りならレーダーはクリアになってきていると思うぞ」
「敵防衛システムの状況は?」
「東側はほぼ機能停止。施設の兵士が群がっている様子が分かるよ。ほい、これ」
ユジーンのディスプレイ上に、ネベラ直上から撮影された施設の映像が転送される。空を向いた対空砲の周辺に、本来ならいるはずもない兵士たちの慌てた姿が確かに確認出来る。ジャスティンたちは既にネベラ・ジャマーの西側に到達し、一つずつ着実に発電施設を破壊しつつある。だが、敵さんが驚くのはこれからだ。敢えてジャスティンたちをここの破壊作戦に出動させたのにはもう一つ重要な意味がある。それは、レサスにとっての凶星「南十字星」が健在であることを否応無くアピールする絶好の機会であるということだ。レーダーに視線を移したユジーンは、そこに今までに無かった異変を見出した。あれほどまでなしのつぶてだったレーダーに、敵戦力を示す光点がうっすらと途切れ途切れではあるものの見えるようになっていたのである。
「軍事衛星からの画像は?」
「待ってくれ、今取っている……よし。……すげぇ、グリフィス隊、周辺の発電施設全ての破壊を完了!」
同僚の声に応えるように、無線のコール音が鳴り響く。
「グリフィス3よりクラックス。他に目標は?」
「こちらクラックス。今君たちが仕留めたのが最後だ。こっちの声もだいぶ聞こえるだろう?ここがチャンスだ。ネベラ・ジャマーを潰してくれ!」
「グリフィスリーダー、了解。支援よろしく!」
頼りないと思っていた声が、今はしっかりと響く。その声を心強いと感じるようになったのはいつからだろう?雪山から蒼空へと舞い上がり、攻撃目標へと向かっているであろう親友たちの姿を思い浮かべながら、ユジーンは満面の笑みを浮かべてチョコバーに噛り付いた。
雪山を這うように飛行を続けていた僕らは、青い空へと一気に躍り出た。もうここから小細工は必要ない。時間をかければ援軍などを呼ばれて不利になる一方だ。兵装モードをロケットランチャーに変更し、照準を睨み付ける。遠距離で適当にばら撒くよりも、ギリギリまで引き付けて叩きつけろ――出撃間際のマクレーン隊長のアドバイスを思い出しながら、攻撃態勢を取る。ネベラの頂上部に設置された高出力の妨害装置は、美しく白い山には余りに似合わない代物だった。まるで南洋の孤島に並ぶ人面像の如く佇むそれらを狙うのは容易い。スコット機、少し機体を傾けて山頂右側の施設群へとコース変更、加速。ほとんど並走するようにポジションを取った僕らは、それぞれの目標に狙いを定め、襲い掛かった。妨害装置の一つを睨み付け、充分にひきつけた上で攻撃開始。軽い振動と共に、バルカン砲よりもさらに大きい炎の塊が勢い良く飛び出し、鈍い光を放つ妨害装置の表面に炸裂した。接触スレスレの高度で通過。後方を振り返ると、痙攣するように小爆発を起こした獲物は、やがて黒煙をもくもくと吐き出した。あれなら確実に機能を奪い取ることが出来たに違いない。操縦桿をぐいと引き寄せて機首を持ち上げ、蒼空にループを描きながら上昇。次の目標へと狙いを定めて降下。先程と同じ要領でロケット弾を集中的に叩きつけて離脱。膨れ上がる爆炎を引き裂くようにして次の攻撃に備えるべく距離を稼いでいく。途端、後方から警報音。山頂付近から垂直に高度を上げていく機体の姿が複数。ヘリではない。こちらへと鎌首をもたげるように機首を向けた敵機、エンジン部を通常位置へと戻して加速を開始。先程撃墜したのと同じF-35Bが後方から迫り来る。いいだろう、付いて来られるなら付いてこい!スロットルを押し込み、兵装モードを空対空ミサイルへチェンジ。真っ白な山の稜線に沿って降下しながら、深い谷へと飛び込んでいく。
「正気か…の敵…?こ……俺た…の山だぞ?」
「し……何だあの機体。…ータには存在しないぞ?」
狭い谷間を右へ左へとダイブしながら抜けていく。あれほど乗りこなすことに苦しんでいた機体が、今はすっかりと馴染んでいる。翼端にまで神経が通っているかのような感触。敵もさすがにこの地域の防衛部隊だけあって、岩壁に衝突するような愚は犯さないものの、XRX-45のスピードにはついて来られない。焦れたように谷から上昇していく姿を確認した刹那、強引に機首を跳ね上げてインメルマル・ターン。純白のXRX-45が、蒼い空を切り裂くように急上昇、反転。少し灰色になりかかった視界にしっかりと敵の姿を捉える。ミサイルは使用出来ない。ガンモード切替。照準レティクルが明滅して敵を完全に捕捉した事を告げる。分かってる、攻撃!トリガーを引き絞り、機関砲弾の雨を叩き付ける。こちらの姿を確認して、VSTOLならではの機動で回避しようと速度を殺していたことが敵には災いした。エアインテークから飛び込んだ機関砲弾は容赦なく敵機のエンジンを引き裂き、機体にいくつもの穴を穿った。エンジン内で気化していた燃料にその炎が引火した刹那、F-35Bの胴体は巨大な火球へと姿を変えた。膨れ上がる炎と黒煙を後方に見やりながら、撃ち漏らしたもう一方の敵の姿を探す。かろうじて友軍機の爆発から逃れた敵機は谷間へと飛び込んでこちらの攻撃を回避する魂胆らしい。その後を追って、僕も再び山の織り成す谷へと突入していく。今度はこちらが追う番。狭い谷の中を、それでも右へ左へと機体を振りながら逃げる敵の動きは決して悪くはない。だが、僕のXRX-45の敵ではない。まして、折角のステルス機能を利用せず、アフターバーナーまで点してしまっては、折角のアドバンテージをみすみす捨てているようなものだった。レーダーロック。この左右を著しく制限された空間では、レーダーロックを回避出来るようなスペースがあるはずもない。ロックオンを告げる電子音を確認して、僕は赤外線誘導ミサイルをリリースした。真っ白な排気煙を吐き出したミサイルが猛烈な加速で獲物へと駆けていく。上昇しようと機首を持ち上げた瞬間、至近距離での爆発をもろに喰らった敵機が上方へと跳ね上がった。その真下を通り抜けた僕は、スロットルをさらに押し込んで再び攻撃目標へと襲い掛かる。後方で敵機の爆発する火球が膨れ上がる。
「迎撃システム……うな……いる!?何……能しない?」
「駄目だ、電……やられてる!作動不能!!」
「信じ…れん。た……2機なのに、こっちの迎撃機が歯……たん。くそ、このままでは……!!」
スコットもうまくやっているらしい。山頂部の妨害装置は炎を吹き出し、中には横倒しになっているものもあった。あと一押し。上空から垂直降下で爆弾をリリースしたXFA-24Sが綺麗にループを描きながら上空へと離脱していく。逆に、正確に放たれた爆弾は吸い込まれるように妨害装置に激突し、そして炸裂した。膨れ上がった爆発に包まれた装置は、その威力によって一瞬にして粉砕され、崩壊した土台から滑り落ちるようにして雪の上へと転がる。随分とこの山頂も見通しが良くなってきた。心なしか、レーダーの画像もはっきりとしてきたように思える。もっとも、良いことばかりではなく、ステルスではないスコットのXFA-24Sの姿も捉えられてしまうことと同義だった。何機か落としたとはいえ、VTOL用の滑走路の下にはまだ何機ものF-35BやAV-8Bなどの戦闘機が潜んでいるに違いない。対空戦闘装備をほとんど持ってきていない今日の状態で、それらを相手にするのは得策ではない。軽く機体を左へ振り、続けて揺るやかに右旋回。目標の位置をトレースし続けるモニターを確認しつつ、攻撃ルートへと機体を乗せてゆく。もはや装置の大半はその機能を失っている。グリスウォールの空が自由を取り戻す第一歩だ。機体を水平に保ち、照準レティクルに妨害装置の最後の1個を捕捉する。「ATTACK」の文字が点滅し、目標、射程距離内。トリガーを引き絞ると同時に、両翼から放たれた炎の雨がネベラ山の頂上へと降り注ぐ。目標手前に着弾した何発かが降り積もった雪を吹き飛ばし、頂上部が雪煙に覆われたのもつかの間、目標本体に火花と炎が弾け、そして炸裂した。一際大きい爆発を起こした目標は、基底部からへし折れて横倒しになった。攻撃成功!途端にレーダーの画像が鮮明になり、雑音交じりだった無線の音声がクリアになる。
「グリフィスリーダーよりクラックス、最後の一つの破壊に成功。首尾はどうか?」
これで雑音なく通じれば、ネベラ・ジャマーの機能は死んだも同然。程なく、嬉しそうなユジーンの声が聞こえてきた。
「感度良好!こちらでもネベラ・ジャマーの停止を確認した。オーレリアの空を覆っていた妨害の雲は消え去ったよ。お疲れ様!」
「……てことは、俺の姿は敵さんに丸見えっちゅーこと?」
「残念ながらそのようだね。こっちのレーダーでもグリフィス3の位置だけははっきりと確認出来るよ」
ひぇぇぇぇ、と悲鳴を挙げながら、グリフィス3、スコット機が急降下していく。やれやれ、緊張感が無いというか、気が抜けるというか――だが、レーダーが回復した今、僕だってのんびりと飛んでいるわけには行かない。機体をくるりとひっくり返してパワーダイブ、雪に覆われた山の稜線に沿って降下していく。後はサチャナへと一目散に逃げるだけ。散々しんどい戦いを強いられてきた僕らだ。逃げ足の速さなら決して負けない、という何だか情けない自負心を胸に、スロットルを押し込んでいく。甲高い咆哮を挙げたエンジンが、XRX-45の機体を音速へと突入させ、更なる加速を与えていく。
「もたもたしていると置いていくよ、グリフィス3」
「冗談堪忍や!これでも全速力やっちゅーねん!!」
「冗談だよ、冗談。後方は任せてくれ」
「後ろ見てる余裕無いから、よろしゅうに!」
後方、レーダー上にはいくつかの光点が出現し、僕らを追撃している様子が見て取れる。当然、レーダーに映らない機体も混じっているだろう。だが、必死の速度で谷間を抜けていくスコットと僕を追い切れる敵は、幸いにしていなかったらしい。雪煙を巻き上げながら低空を駆ける僕らが安全圏に到達するまでに、それほどの時間はかからなかった。レーダーのオールクリアを確認した今、今作戦のフェイズUが始まっているだろう。グリスウォール侵攻の足がかりとして、モンテブリーズ工業地帯を完全掌握すべく動き出した陸軍主力と、バトルアクス・カイト両航空隊を中心とした混成部隊が、今頃は作戦を開始したはずだ。首都への道は開かれた。首都へと攻め込む日も、これで間近となった。どこまでも抜けるような蒼空を見上げた僕は、空に戻った自分の姿を今一番見せたい人のことを想った。――フィーナさんも、もうすぐ戻ってくる。作戦成功よりも、首都に潜入していたノヴォトニー少尉……フィーナさんの帰還の方が、はるかに楽しみだった。
この日、空を覆う電子妨害を失ったレサス軍が混乱に陥ったのは言うまでも無い。そして、彼らを最も驚かせた報告が、オーレリアに留まる兵士たちを震撼させる。
――"南十字星が、最前線に戻ってきた"という報告が。
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