決戦、グリスウォール・前編
全機出撃――ブリーフィングルームに集った作戦要員たちに告げられたこの一言に、誰もが武者震いをして奮い立ったに違いない。もともとレサス軍に比べれば相当数の兵力が加わった今でも劣る僕ら不正規軍だ。遊ばせておくような余剰戦力は無いし、さらに言うなればこの一戦でレサス軍に致命的な損害を与えて撤退に追い込まない限り、僕らに勝機も無いのだ。だから司令部の決断は至極当然のものでもあったけれど、陸上戦力においても劣勢を強いられる状況では、上空からの効果的かつ効率的な支援によって突破口を開き、難攻不落のガイアスタワーを制圧しなければならないのだ。彼我戦力差を少しでも埋めるためには、それでも足らないのかもしれない。でも、そんな不安を微塵も感じさせず、やってやるさ、と笑い飛ばせるのが、今の不正規軍部隊だ。一作戦要員でしかない僕にだって、部隊の士気が高まっているのが分かる。これに対してレサス軍はどうだろう?敗戦に次ぐ敗戦、さらに最近のメディアによるレサス軍の大義名分自体に疑問を呈する報道、少々皮肉な気分にもなってしまうけれど、彼らにとっての「凶星」が戻ってきたという報告――緒戦の圧倒的な侵攻が嘘のように、グリスウォールまで押し戻された彼らの士気が高いはずはあるまい。だから、彼らをどうやって自然に瓦解させるかが、この決戦の最も重要なポイントになっていた。その最適な目標として定められたのが、ガイアスタワー周囲に設置された中間子ビーム砲台群だった。それは僕ら空の戦力に対して圧倒的な攻撃力を誇る厄介な代物ではあったが、逆に「役に立たない」と兵士たちに思わせることが出来れば――やれやれ、結局僕たちは楽出来ないというわけだけど。
サチャナ基地の滑走路上は、異様なほどの熱気と盛り上がりに覆われていた。既に陽は落ち、空は青から群青へと塗り代わり始めていたが、一斉に点灯された照明群によって地上は昼間同様に明るく照らし出されていたのである。その光を機体に反射させながら、出撃準備を終えた鋼鉄の翼たちが飛び立っていく。ケロシンの鼻を突くような匂いと、離陸する戦闘機たちの放つ轟音、整備兵同士の怒声、見送りの兵士たちの歓声――コクピットから見下ろす基地の雰囲気を一言で言うならば、「騒然」とでも言うべきだろうか?既に出撃準備を終えた僕らグリフィス隊の各機は、フル装備状態で順番を待っている。閉めると何となく息苦しいので開きっぱなしのコフィンの中で振り返ると、僕と同様にまだキャノピーを開けたままの2番機、3番機が目に入る。スコットのXFA-24Sの翼には対地ミサイルが何本もぶら下げられ、その分対空戦闘装備は軽めの編成。そして、垂直尾翼に真新しいグリフィスと南十字星の描かれたカイト3改めグリフィス2、フィーナさんのF-35Bも同様。ただし対地ミサイルの数は少なめで、その分中射程のAAMがぶら下がっている。こちらの姿に気が付いた2番機のコクピットで、フィーナさんが軽く手を振る。バイザーを既に下ろしている彼女の表情を伺うことは出来なかったけれど、今日から心強い味方が僕らの背中を守ってくれる。そう思うと、不思議と緊張と焦りとが姿を消し、心が落ち着いてくる。操作盤の一角でライトが点滅し、無線のコール音が鳴る。僕らの真正面を、戦斧のエンブレムが通り過ぎていく。
「バトルアクスリーダーより、グリフィスリーダー。一足先に行ってるぞ。浮かれて離陸をドジったりするんじゃないぞ、果報者?」
「グリフィスリーダー了解。でも隊長だって、赤髪の妖精にばかり気を取られていると、待ってる人が拗ねちゃいますよ?」
「はっ、言ってくれるぜ。そっちの金髪の女神にもよろしくな」
バトルアクス隊のYR-99とX-02、滑走路の一番端へと到達。編隊離陸、上昇していくファルコ隊に続けて滑走路進入。テイクオフクリアランス待ち。
「コントロールよりグリフィス隊。誘導路へと進んでください」
「グリフィスリーダー了解。グリフィス2、3、聞こえているか?」
「こちらスコット、グリフィス3、了解」
「グリフィス2、了解」
レシーバー越しに聞こえてくる凛とした声がとても心地良い。
「ジャスティン、全てOKだ。無事に帰ってこいよ!!」
「勿論です。土産はグリスウォール解放の第一報で」
「ああ、待っているぞ、グットラック!」
サムアップしたフォルド二曹がノーズギアから離れたのを確認して、キャノピークローズ。一瞬暗闇に包まれたコクピットのモニターが一斉に点灯し、周囲を映し出す。バトルアクス隊が滑走路をダッシュして、夜の帳が下りようとしている空へと飛び立っていく。僕らの周囲では、整備兵たちが両腕を思い切り振りながら、口々に「頑張れよ!」と叫んでいた。そんな彼らにコクピットの中から手を振りながら、エンジン回転を少しずつあげていく。地面のコンクリートを押し付ける感触を感じながら、誘導路へと進入。いつも通りに操縦桿やペダルを軽く動かして機体に異常が無いことを確認。モニターを目視でチェック。問題なし。コンディション、オールグリーン。万全の状態で出撃させてくれた整備班の皆に感謝。兵装状況をチェック。そういえば出撃間際に何かコンテナを積み込んでいたみたいだけど――その理由は、モニターに表示された兵装一覧で判明する。本来の想定ではADF-01Sと同程度の出力を出す戦術レーザーを組み込む予定の箇所に、別物が納まっている。試しに選択してみると、モニターに通常の照準レティクルとは別にもう一つ、小さなゲージ付きのレティクルが表示される。・・・・・・何だって、バルス・レーザー・システムだ?
「グリフィスリーダーより整備班。コクピットの下に一体何積み込んだんです?」
「こちらデル・モナコ。もう気がついたの?それは対空戦闘・対地戦闘で威力を発揮する優れものよ。今回は1基だけだけど、そのうち標準搭載にするつもり。まだ出力が安定しないからリミッターは組み込ませてもらったわ。機関砲とは発射系統を別にしているので、同時発射も可能よ。ただ、リミッターの影響で連続射撃は2秒間しか持たないわ。うまく使ってね」
「そういうのは使う前に言って下さいよ!」
「使用実績無いんだから、いつ説明しても同じじゃよ。なに、お前さんなら使いこなせるじゃろうて」
おのれ、マッドエンジニア二人組。こそこそ何かしているとは思ったけれど、何も作戦直前にそんなことしなくてもいいじゃないか。諦め気分でモニターを切り替えて、チェックを終える。スコットのクスクス笑う声が微かに聞こえてくる。はぁ、彼らを全面的に信用した僕が馬鹿だったよ。気を引き締め直して、意識を集中させる。誘導路から滑走路へと到達。ゆっくりと120°ターン。エンドラインのところでブレーキをかけ、スロットルを落としてクリアランスを待つ。
「グリフィス2より、グリフィスリーダー。大丈夫、私たちならきっとうまくやれるわ。君の背中は、私が必ず守るから」
「・・・・・・俺は独りぼっちかいな?」
「ぼやかないぼやかない。美味しいコーヒーを煎れて待ってるわよ。グリフィスリーダー、グッドラック!」
「グリフィスリーダー了解。行きます!!」
スロットルをぐいと押し込むと、XRX-45は甲高い咆哮をあげて加速を開始する。自動的に機首ウェポンユニット部が引き込まれ、胴体部に接地。機体下部の小カナードが立ち上がる。コマ送りで増加していく速度計。勢い良く流れ出したサチャナ基地の光景を目に焼き付けつつ、僕は操縦桿を少しずつ引いていく。フル装備の機体はいつもよりも少し重く感じたが、圧倒的な推力を誇るエンジンは微動だにしない。足元の接地感がふっと消え、重力の束縛から僕は解き放たれる。さあ、いよいよだ。群青色に染まった夜の空を駆け上がった僕らは、決戦の地グリスウォールへと針路を取り、夜の大空を駆け出した。
サチャナ基地に加えて、航空母艦シルメリィから飛び立った傭兵部隊も合流した大編隊がグリスウォールに到着する頃には、すっかりと空は黒一色。いくつものトライアングルの灯りが空に点り、レーダー上は友軍機を示す光点が規則正しく整列して表示されている。モニターに直接表示されているコールサインを確認しつつ、進行方向へと目を凝らす。闇を切り抜いたように明るい街並みが、徐々に近付きつつある。レサス軍は灯火管制を敷いてくるのではないかと思っていただけに、ちょっと意外な気分になる。何かの意図があってそうしているのか、或いはレサス軍の意図が裏切られたのかは分からないが、上空から敵の姿が丸見えとなるのは僕らにしてみれば幸運だ。そして、グリスウォール南側では、早くも砲火の応酬が始まっていた。モンテブリーズから進撃した地上軍が、首都防衛部隊との戦端を開いた証だ。曳光弾の光の筋が無数に煌き、膨れ上がる火球の密度が増している。僕ら航空隊の姿もとうに敵のレーダー網に察知され、今頃首都近郊の航空基地から迎撃部隊が出撃しているに違いない。じきに、この街の陸と空は戦火で飽和状態となる。
「クラックスより各隊へ。対地攻撃隊はバーグマン・ディビス両師団を支援、敵地上戦力を殲滅してください。残りの各隊はグリスウォール市街上空の制圧に向かってください」
A-10、或いは攻撃機で編成された部隊が高度を下げながら旋回して、地上部隊の針路を阻む防衛陣へと襲い掛かっていく。残りの各隊、高度をぐんと下げて首都市街地へと侵入開始。空へと突き立った尖塔を思わせるガイアスタワーの明かりが、はっきりと見て取れるようになる。地上からは複数のレーダー照射と対空砲火の煌き。この速度なら、そうは狙えまい!高度と低高度を維持したまま進撃する僕らに、ガイアスタワー周囲を取り巻くアトモスリングの壁が次第に近づいて来る。それはまるで、孤城を守る城壁のような装いだった。
「畜生、俺たちの国、俺たちの首都を勝手に占拠して目茶目茶にしやがって・・・・・・!」
「ニノックス2、先行し過ぎだ。旋回して距離を取るんだ!」
「これから取り戻す俺たちの首都に何の遠慮が――」
あるんだ、という言葉は、突如として首都上空を赤く染めた光の柱によって霧散し、ニノックス2の乗機は真っ二つに寸断され、次いで大爆発を起こして四散した。まるで獲物を待ち受けていたかのように一斉に攻撃を開始した防衛兵器群から襲い掛かるのは、よりにもよって光線兵器。急旋回、緊急回避を取る僕らの背中目掛けて、赤い独特の光が次々と浴びせられる。なるほど、初めから敵の航空部隊がスタンバイしてなかったのはこういうことか!
「オーレリアの蝿どもを、徹底的に焼き尽くしてやれ!ネメシスも一緒にな!」
「そうそう簡単に焼かれるほど俺たちは落ちぶれちゃいないぜ、モグラ野郎ども!」
浴びせられる光線のシャワーをかいくぐって超低空まで降下、アトモスリングの城壁の上限くらいの高度まで舞い降りた僕は、至近の砲台の一つに狙いを定めて攻撃を開始する。兵装モードを機関砲及びパルス・レーザーへとセット。後方、グリフィス2と3も急降下、僕に続いて突入開始。連続した光が僕の頭上スレスレを通過していく。どうやら砲台の可動範囲の問題だろうが、この城壁の下までは届かないらしい。その間に一気に距離を詰めた僕は、獲物の姿を確実に捕捉してトリガーを引く。機関砲弾の光の筋とは別の青い光がコクピットの下から飛び出して、砲台を覆う装甲を撃ち抜く。城壁スレスレの高さで急上昇、そのまま強引にインメルマルターンに持ち込んで一時離脱。機体を水平に戻して振り返ると、僕の攻撃した隣の砲台が炎に包まれていた。どうやらスコットとフィーナさんが同じ戦法で葬り去ったらしい。だがそれに対する反撃も熾烈だった。砲台のうち、僕同様のパルス・レーザーを放つものとは違って、太い光条を放つ厄介なビーム砲台から真っ赤な光が空を切り裂いた。急旋回、加速して光の奔流を回避してアトモスリングから距離を稼ぐ。そこへ再び対空砲火。徹底して僕らを葬り去ろうという攻撃が戦闘機たちの群れへと浴びせられる。
「ったぁっ、掠った!飛行に支障なし、火災発生なし!!」
「グリフィス2より3へ。ちょうどエンブレムの顔の部分が焼けているわ」
「ほぉ、スコットの焼き鳥が一丁上がりかい?あたいは食いたくないけどね!」
浴びせられる光線を巧みに回避しながら、グランディス隊長のADF-01Sが襲いかかる。空を切り裂く光条がほとばしり、砲台の一つを貫いて切り裂いた。アトモスリングの一角で火球が膨れ上がり、吹き飛ばされた残骸が四散して崩れ落ちていく。
「くそったれ、これじゃあなかなか近付けないぞ!」
「不正規軍各機へ!高速状態を維持して仕掛ければ敵の追尾が追い付かない!」
「ディビス・リーダーより上空の支援隊へ。ここはもう大丈夫だ。他の援護に回ってくれ。航空部隊、援護に向かうぞ。ありったけの砲弾を城壁にばら撒いてやれ!!」
「師団長に続け!レサスの連中を蹴散らすんだ!!」
苦戦を強いられていることに代わりはなかったが、ここに集まっているのは残念ながら諦めの悪い兵士ばかりだった。もちろん、僕だってそうだ。旋回しながらアトモスリング周囲の状況を探索、突破口がないかどうかをスキャニングしていく。友軍部隊が次々と一撃離脱戦法で城壁に襲いかかる。城壁の周囲にいくつもの火球が膨れ上がり、アフターバーナーの煌きが浴びせられる光のシャワーを潜り抜けていく。直撃を被った砲台が炎を吹き上げるが、すぐさまカバーに入った砲台から放たれた攻撃が友軍機に突き刺さり、何機かが脱落して炎に包まれる。これでは損害が多過ぎる。砲台を全て破壊する前に、こっち側が致命的な損害を被ってしまう。どこか・・・・・・どこかに突破口はないだろうか?互いに連携して死角をカバーする砲台群。少なくとも城壁の下を飛べば攻撃は回避できるけれど・・・・・・待てよ。連携して死角をカバーするといっても、守るべき本丸を自ら壊してしまっては仕方がない。あれだけの超高層建造物に被弾しないようにするために、アトモスリングの内側低空には安全地帯が当然あるんじゃないだろうか?アトモスリング外周を大きく旋回しながら、僕は敵砲台群の動きをトレースしていた。A砲台のカバー範囲では、攻撃目標の動きに合わせて砲口を動かしていくが、それが危険範囲――ガイアスタワー方向に向くと、別のB砲台が追尾を引き継いで攻撃を開始――そんな要領じゃないだろうか?なら、相手の懐に飛び込んでしまえばいい。こちらの陸上部隊がまだ中心部に到達していないのをいいことに、アトモスリングに数箇所口を開いているゲートは開けっ放しだった。
「グリフィスリーダーより、2、3へ。低空から一気にアトモスリング内周へ吶喊します。援護をよろしく!」
「低空から侵入って・・・・・・はぁぁ、マジかいな、ジャス!?」
「こんな時に隊長が冗談を言うわけないでしょ。続くわよ!」
「ひぃぃぃぃ、二人とも正気やないでぇぇぇっ!!」
突入口を改めて確認した僕は、ゆっくりと低空へと舞い降り、突入体制を整える。アトモスリングから伸びる数本の幹線道路。その内周へと至るゲートは、戦闘機が潜り抜けるに充分な高さと幅を持っていた。侵入するゲートが未だに開かれたままであることを確認し、操縦桿をしっかりに握り締める。悠長に飛んでいる暇はない。スロットルを押し込んだ僕は、強烈な加速を背に疾走開始。市街地を貫くように伸びる幹線道路の上空を駆け、突入口の中央にポジションを取れるよう、少しずつ高度をさらに低空へと下げていく。一呼吸操作を誤れば、地面にバウンドしてしまう。大きさとしては充分なはずのゲートが、恐ろしく小さく見える。恐れるな、前をしっかりと見据えろ。自分自身に言い聞かせながら、慎重に操縦桿を手繰る。ゲートの向こう側の建物の明かりが見えたと思った刹那、僕は城壁を通過して内周へと突入した。続けて、フィーナさんとスコット。レシーバー越しに聞こえてくるのは、スコットの叫び声だ。
「各機散開、攻撃開始!!ガイアスタワーを背にしていれば、敵は攻撃出来ないはず!」
「焼き鳥にされた恨み、しっかりと晴らしたる!!」
ガイアスタワーを背にするようにして、僕は手近の砲台に狙いを定め、ミサイル発射。ビーム砲台は一度は僕を正面に捉えたものの、予想通りセーフティの影響で発砲が出来ない。撃てば僕だけでなく、ガイアスタワー自体を貫いてしまう。いざというときのマニュアルコントロールは残されているはずだが、その決断を下す余裕を与えるつもりは毛頭無かった。城壁の上で火球が膨れ上がり、砲台の一つが消し飛ぶ。急旋回。内周部を常にガイアスタワーを背にするように旋回しながら、僕らは砲台群への攻撃を集中させていく。図体が大きい分、装甲も厚めに作られた砲台は、そうそう簡単に破壊されてはくれない。ここの本命は僕ではなく、二人――スコットとフィーナさんの対地ミサイルに任せて、僕は敵の牽制役に徹する。旋回しながら対地ミサイルを報復のようにばら撒いていくスコット。友軍機たちの突入口を開くべく集中的に叩き込まれた城壁の一角が、炎と黒煙とに覆われていく。破壊された砲台が機能を失い、上空への火線が減殺される。生き残った砲台が、襲いかかる猛禽の群れを狙って再び攻撃を開始するが、前ほどの密度を保つことは出来ず、巧みに攻撃をかわした戦闘機たちが次々と城壁外周から攻撃を浴びせていく。一方のフィーナさんの姿を捜し求めると、レーダー上ほとんど動かずに静止している淡い光点に気がつく。VTOL機ならではの機動――空中にホバリングしながら目標を定めて、F-35Bが対地ミサイルを発射する。対空ミサイルのものより大きな飛翔体が夜の空を切り裂き、目標点めがけて疾走する。1発が火線を浴びて爆発、四散する最中をもう1発のミサイルが着弾、砲台の装甲部に突き刺さった弾頭が炸裂し、破壊衝動を解放する。紙切れのように引き裂かれた装甲内部を爆風と衝撃とがかき回し、充填されていたエネルギータンクごと紅蓮の炎で包み込む。火球が一気に膨れ上がり、内からと外からの力によってひしゃげた残骸が粉砕されて飛び散り、城壁上の基底部からもぎ取られるようにして砲台が姿を消す。――お見事。2番機の姿に励まされるような気分になる。
僕らの突入効果は絶大だった。破壊され、ぽっかりと開いた安全地帯から次々と友軍機が突入していく。対地戦闘装備の機体から浴びせられる精度の高い攻撃は、狙われたが最後逃げ場のない固定砲台たちを炎の中へと葬り去っていく。フィーナさんやスコットにばかり任せていたら申し訳ない――安全地帯から躍り出るや否や、僕の姿を捉えた砲台から一斉に赤い光が襲い掛かる。砲台群の中でも難物のビーム砲台がこちらに砲口を向ける。来る!反射的に操縦桿を手繰り、ペダルを蹴飛ばして跳ぶ。一瞬遅れて出現した赤い光の柱が先程まで僕のいた空間を貫き、焼き尽くしていく。これで安心は出来ない。素早く機体をロールさせながらビームの下方向へと回り込み、反撃の機会を伺う。執拗に攻撃を浴びせている砲台の姿を確実に捉えてロックオン――発射!白い排気煙を勢い良く吐き出しながら加速していくミサイルの姿を捉えつつ、次の攻撃に備える。武装モードを再びパルス・レーザーへ。その間に一気に砲台へと距離を縮めたミサイル、砲台の至近距離で炸裂。撒き散らされた無数の破片が砲台に降り注ぐが、完全に破壊するには至らない。それは計算済み。射程距離内に目標の姿を捉えると同時に、僕はトリガーを引いた。機関砲とは異なるエネルギー弾体が砲台を覆う装甲に弾ける。リミッター作動は2秒後。構わずに僕はトリガーを引き続けた。リミッター作動ゲージが真っ赤に染まり、自動的に攻撃がシャットアウトされる。敵の射線上から外れるようにしつつ、急上昇。アトモスリングの威容を背中に眺めながら一気に高空へと舞い上がる。美しいグリスウォールの夜景が僕の目に飛び込んでくる。今、その街の周囲と上空とで瞬くのは、この街に生きる人々を脅かす戦火の火だ。もうこんなことがこの街に起きることの無いよう、僕らはここで決着を付けなければならない――。
「――クラックスより、攻撃部隊各機へ。グリスウォール周辺の航空基地から、レサス軍の迎撃機が接近中!アトモスリングを突破されて、彼らも後がないのでしょう。もうひと踏ん張りです!!」
レーダーに視線を飛ばすと、今まではクリアだったはずの空に、敵性反応を示す光点が多数出現、グリスウォールを包囲するかのように近付きつつあった。
「そうそう簡単には返してもらえんか」
「物が美人なら尚更って奴でしょう。グリスウォールは確かに返すにゃ勿体無い」
「ほぉ、バターブル、そんな理屈を知っていたとは初耳だぜ。さて、ジャスたちばかりにいい顔させとくのも癪に障るからな。しっかりと付いて来いよ」
「へいへい」
接近する敵に対抗すべく、対空戦闘装備主体の友軍機たちがアトモスリングから離れていく。
「こら、一人で頑張りすぎよ、隊長」
「そうそう、フィーナさんの言う通りや。真打ちは勿体ぶって出て行くくらいがちょうどええんや」
対地ミサイルを使い切り、身軽になった2番機と3番機が合流。トライアングルフォーメーションを組み直す。
「――敵戦闘機部隊を駆逐します。もしかしたら、あの時の敵も出てくるかもしれないけれど、今度は絶対に負けない――!」
「グリフィス3、了解。わかっとる、今日こそここからレサスを追い出したる」
「――グリフィス2、了解。隊長、今日は大丈夫。君はあの敵に負けないわ。それに、今日は私も初めからいるもの」
「フィーナさん……」
「ハイハイ、お熱いのもそこまでや。はぁ……俺独立させてもらいたいわ」
スコットのぼやきに苦笑しながらも、緩みかけた気を引き締める。敵も必死だろう。油断している余裕は無い。でも、仮に相手があのときの連中だとしても、今日は負ける気がしなかった。最初に狙うべき敵編隊を定めた僕らは、激戦の繰り広げられているグリスウォールの空を駆ける。グリスウォール解放の戦い。ほぼ全軍をこの作戦に投じた不正規軍とレサス軍の戦いの帰趨は、まだ見えない。
マンホールの蓋がズルリズルリと音を立てて横へとスライドし、ぽかりと口を開いた穴から泥だらけの人間が次々と転がりだす。アトモスリング内周の一角に姿を現した群れが、わらわらと城壁内部へと通じるハッチの前へと集結する。そのうちの一人が薄いプラスチックカードを取り出して、ハッチ側のパネルへと押し当てる。フシュン、と軽い音を立てて、ハッチは難なく開かれた。ガッツポーズを決めようとした男の後頭部を別の人間が叩き、たしなめる。鍛えられたものではなかったが、統制だけは取れた人間の群れは、手にしたお粗末な武器を一斉に身構える。集団の先頭に立った男は、少し演技がかった口調で仲間たちへと呼びかけた。
「さあ、自由のために立ち上がった同士諸君、オーレリア解放同盟の新の実力を見せ付けるときだ!!」
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