決戦、グリスウォール・後編
「ニノックス・リーダーより各機、2番の弔い合戦だ、道連れをたっぷりと作ってやれ!!」
「クラックスより各隊へ、ガイアスタワー周辺から戦闘ヘリ部隊出現!」
「こちらファルコ隊、こっちはあいにく対空戦闘装備が少ない!ヘリの相手は俺たちが引き受ける!!」
「アクイラチーム、エンゲージ!結構機種だけはいいのが揃っているぞ、気をつけろ!!」
「稼ぎ時だ、野郎ども、かかれーっ!!」
グリスウォール上空に、戦闘機たちのアフターバーナーの炎が煌き、轟音が無数に木霊して街を揺さぶる。軍にある者ですら経験したことの無いような大規模空戦が、ガイアスタワーを中心とした空域で始まっていた。中間子ビーム砲台の大半が沈黙、破壊されたことはレサス軍防衛部隊にとっては予想外だったのだろうか?数少ない生き残りの砲台が時折攻撃を浴びせてはいたが、効果的な打撃を与えられるものは無い。さらに、城壁には先程から戦闘機の攻撃以外の攻撃が命中し始めていた。グリスウォール市街への進入に成功した地上部隊からの遠距離砲撃が始まったのである。自主的に郊外へと避難した市民も少なくないとはいうが、未だ大勢の民間人が留まっているのも事実である。いち早くこの街の象徴――ガイアスタワーを奪還し、敵の本拠地が陥落したことを知らしめることが、何よりも肝心。だから、この空の戦いに敗北するわけにはいかなかったのである。敵味方が狭い空域に入り乱れての乱戦。敵だけでなく味方の位置にまで気を使っての戦いは決して楽ではない。こうなってしまうと編隊を組んでいるのは得策ではない。僕らグリフィス隊も散開して、それぞれの獲物へと相対する。友軍機の後方へと回り込もうとしていたデルタ翼の背後へ、急旋回でへばり付く。ミラージュかと思った相手は、F-16XL。モニター上に拡大されたその姿は、まだ爆装状態。翼の下には重そうな対地ミサイルがぶら下がったままだ。動きは鋭いが、付いていけない相手ではない。デルタ翼なら、もっと遥かに速い相手を僕は知っている。こちらを振り切る暇も与えずに加速、追い抜きざま、その広い主翼へと攻撃を叩き付ける。上から下へ、いくつもの弾痕が穿たれた敵機から黒煙とオイルとが流れ出す。バランスを崩しながら逃走にかかる敵機には目もくれず、次の獲物を捜し求める。何しろ、僕らの周囲は敵だらけだ。目標を探すのに苦労は無い。――いや、むしろ敵は集まってきていると言うべきか。彼らがネメシスと呼ぶ、僕のXRX-45に――!
「フェキャンプ3被弾!奴だ、奴が現れたぞ!!」
「各隊へ、敵の中にネメシスが紛れている。撃墜すれば勲章モノだぞ!!」
だがこれだけの数の機が入り乱れる戦況下、思い通りに獲物を追い求めることは難しい。逆に言えば、この状況を逆手に取れれば、それを攻撃回避の隠れ蓑にだって出来るということだ。マクレーン隊長たちのような一部の例外を除けば、大半の不正規軍のパイロットたちが操る機体は最新鋭のものではない。だが、整備班の愛情(?)のこもった各機に不備は全く無い。それに多少の性能差はパイロットの技量と戦い方によって簡単に埋めることが出来る。特に傭兵たちを中心に、その差が際立って見え始めていた。一度は後方に張り付かれるものの、他の作戦機たちの戦闘に紛れ込んで追撃を回避し、その隙に反撃する――レーダーの中で複雑な軌跡を描きながら、仲間たちが奮戦している。コクピットに警告音。右方向も同高度から敵機接近。エアブレーキON、スロットルMIN、急減速する機体を左方向へとターン。目前の空間を白い排気煙と機関砲弾の光とが引き裂き、次いで敵機が轟音と共に通り過ぎる。すかさずその後方に占位して追撃開始。乱戦の中を潜り抜けるようにして逃げる敵機の腕も悪くは無い。上空から急降下してきた敵機が2、僕の前方でターン、真正面。追撃を諦めて急ロール、低空目掛けてパワーダイブ。間一髪、敵の放ったミサイルから逃れてグリスウォール市街の頭上へと舞い降りる。夜空にループを刻みながら上昇。先程の2機をトレースしてその航跡に割り込んでいく。周辺に友軍機が存在しないことを確認してレーダーロック。モニター上を滑るようにして動くミサイルシーカーが、その後姿を完全に捕捉するや否や、攻撃開始。白い排気煙が暗い空へと吸い込まれるようにして姿を消す。モニター上に表示されているのは、敵機命中までのカウントダウン。回避機動へと転じた敵機に襲い掛かったミサイルが、程なく2発とも炸裂した。1機は夜空巨大な火球を出現させて爆発し、近接信管の作動によって機体を切り刻まれたもう1機も戦闘継続能力を失って漂流を始める。今や、この空はパイロットたちの意地と意地とがぶつかり合う場と化していた。空の戦いというものが世界に出現して以来、「空の職人」としての戦闘機パイロットたちの間に定着した一つのルールがある。「上がってからの事は恨みっこなし」――戦闘での敗北は時に死を意味するけれども、命の奪い合いをしているのはお互い様、落とされるのは自分の技量が足らないから――己の持てる力を最大限に発揮して、両軍のパイロットたちは激突しているのだった。傭兵たちともなると、この戦闘を明らかに楽しんでいるような雰囲気もある。僕はその領域には到達していないし、出来ればそうなりたくもなかったけれど、決戦と呼ぶに相応しい戦いに心が昂ぶらないはずが無かった。
新たに参戦した敵航空部隊が、隊形を維持しながら旋回、上空から舞い降りる。迎撃に向かった友軍機から放たれたミサイルと、敵の放つミサイルとが交錯する。どちらかの機体が攻撃を喰らって炎に包まれ、火球を出現させる。激戦区はアトモスリングを中心とした各方位の空だったが、次第に各機がガイアスタワー周辺部へと集まりつつあった。わざと大きく迂回した友軍機の一隊が、ロングレンジからのミサイル攻撃を開始。AWACSの支援を受けたミサイルが、それぞれ設定された攻撃目標へと襲い掛かっていく。ミサイルの接近を察知した敵がチャフ・フレアを射出して回避機動へ。察知の遅れた数機が直撃を被って炎の塊と化す。被弾して動きの鈍った敵機に、別の友軍機がトドメの一撃を与えて撃破。コントロールを失った敵機が全身を炎に包みながら、アトモスリングの城壁へと突き刺さって四散する。断末魔の絶叫がブツリ、という無慈悲な交信途絶の音を以ってかき消される。夜空で展開される激戦は、もしかしたら地上から見上げたら幻想的な情景に見えてしまうかもしれない。だが、そこに飛び交うのは、人間が生身で触れれば跡形も無く消し飛ぶような20ミリの弾頭に、もっと物騒なミサイルたち。そして、本来的には敵を倒すために作り出された鋼鉄の翼――戦闘機たちの群れ。どれをとってもファンタジーなものなどありはしない。燃料を浪費し、浴びせられる攻撃を回避して反撃の一撃を叩き込む。少しでも判断を誤れば、街を照らし出す火球となって一巻の終わり。そんな物騒な空間と戦いの中を、僕は舞う。この戦闘が、オーレリアとレサスの間で繰り広げられた無意味な戦争をより早く終結させ、憎しみの連鎖を断ち切る唯一の手段なのだと信じながら。気が付けば、僕はXRX-45を手足のように扱っていた。敵の攻撃コースを先読みして水平方向にスライド、至近距離で攻撃を回避しつつ、予想通過点を割り出して旋回。すれ違いざまの攻撃を浴びせてながら、その背後へと位置取り。着弾確認、再攻撃。その後姿にパルス・レーザーを叩き込んで離脱。高エネルギー体の直撃を被った敵機のエンジンが小爆発を起こして燃え上がる。そろそろ何機落としたかあやふやになってくる。敵集団から少し距離を取って再攻撃に転じようと思った矢先、コクピットの中に警告音が鳴り響く。レーダーを見れば、急接近する小さな光点が二つ。舌打ちしながらスロットルを押し込んで加速。こちらの動きに合わせて追尾してくるミサイルを振り切りにかかる。操縦桿を倒して低空へと急降下。高度計の数字をしっかりと目で追いながら、引き上げのタイミングを待つ。ジャスト……ナウ!ぐい、と操縦桿を引いてやると、XRX-45はまるで飛び上がるかのようにスナップアップ。重力を感じさせないような加速で急上昇。僕の視界はもちろんブラックアウト。この辺だろう、という勘に頼りながら旋回してミサイルから離れる。警告音は止まっていた。しかし今の攻撃はどこから来たんだ!?
「グリフィス・リーダーより、クラックス。敵のポジションが確認出来ないが、ミサイル攻撃を受けた。そっちのレーダーで何か捉えていないか?」
「敵影確認できず。ただ、今の攻撃で2機がやられた。ステルス隊による攻撃と思われる。敵の予想位置を送ります」
「了解、引き続き支援よろしく!」
こういういやらしい攻撃を仕掛けてくるのは、案外あの時の連中かもしれない。クラックスから送られてきた敵予想位置の情報を確認し、針路を向ける。冷静に戦況を見定められて、アウトレンジから攻撃されるのは厄介だ。幸いにも、僕に対するマークが外れていた。かぶられることを警戒して上昇、15,000フィートまで到達してから水平に戻すと、いつの間にか右後方に見覚えのあるエンブレム。
「気が合うな、グリフィス・リーダー。バターブルの馬鹿は乱戦真っ只中で、丁度良い僚機が不在でな」
「戦域の大掃除ってわけですか?」
「それもあるが、もしあの連中だったら困るし、個人的にも決着が必要なのさ」
「奇遇ですね、僕もそのつもりでした」
「フン、ただまぁ、ルシエンテスならもっと辛辣なやり口で来るようにも思うけどな」
マクレーン隊長のYR-99とペアを組み、先程の第一撃が放たれた空域を探索する。相変わらずレーダー上の反応は確認できない、というよりも情報過多となって瞬時に判別が付かない。わざわざアウトレンジから攻撃を仕掛ける連中が、乱戦真っ只中へと突入するとは考えられない。また外側で様子を伺っているに違いない――そう自分に言い聞かせながら周辺警戒。モニターも活用しながら敵の姿を捜し求める。
「昼間ならもう少しマシなんだがな……」
夜間戦闘用の塗装にでもされていると、探知はさらに難しくなる。レーダーにも時折視線を動かしながら獲物を探す。ネガティブ。くそっ、上手く隠れやがって……。
「クラックスよりグリフィス・リーダー、バトルアクス・リーダー、チェックシックス、真後ろです!!」
再び耳障りな警告音。それぞれ反対方向へと編隊を解いてブレーク。加速して逃れる僕の頭上を、流線型のフォルムが高速で通り過ぎていく。
「アンフィオン・リーダーより各機へ、獲物は上物だ。ネメシスとバトルアクスを仕留めて、我々がトップだと思い知らせてやれ!」
「コソコソコソコソかくれんぼしか能のない連中に言われたくないぜ。なぁ、ジャス?」
少なくとも僕らの周りに4機はいる。一度捉えてしまえば、僕らにもアドバンテージがある。敵位置の自動トレースを開始しながら、背後に付いた敵機を振り切りにかかる。敵の機種はYF-23A。僕とマクレーン隊長機、それぞれに2機がついている。1機は至近距離から、もう1機はロングレンジから。万全の捕捉体制というやつだ。左右に急旋回を繰り返しながら、徐々に速度をあげていく。体に圧し掛かるGも次第に大きくなっていくが、構っている暇が無い。敵機、僕をロックオン。そう何度もやらせるものかよ。何度目かの旋回状態から強引に急ロール、高G機動。景色が勢い良く僕の視界を通り過ぎる。敵ミサイル、機動に対応できず外側へとはらんで目標を消失。至近についていた敵機もたまらずブレーク。仕切り直しとばかりに旋回。その間にもう1機がバックアップからアタッカーへとチェンジ。急旋回から敵真正面へとポジションを取って加速。照準レティクルに敵の姿を捉えつつ、速度を維持したまま突っ込んでいく。超高速射撃モード。ほとんど同高度のまま彼我距離がみるみる間に縮まっていく。モニターに「ATTACK」の文字が表示されるや否やトリガーを引きつつ急ロール。ぐるりと回るグリスウォールの夜景。僕の腹の下を敵の放った機関砲弾の光が通り過ぎ、次いで敵機のアフターバーナーの煌きが通り過ぎる。轟音と衝撃に揺さぶられる愛機を抑えつけながら後方を振り返ると、敵機の主翼から真っ赤な炎が吹き出している姿が目に入る。まずは1機!友軍の撃墜に激昂したように、バックアップに回った1機が突入して来る。その攻撃を回避しながらループ上昇。弧を描くように高空へと舞い上がり、仕切り直し。そうだ、マクレーン隊長は?
「かくれんぼだけかと思ったが、案外やるじゃねぇか。だが、俺とジャスの敵じゃねぇ」
「何だと!?」
後方にへばり付いていた敵機を、マクレーン隊長はスホーイ系の機体が得意とする機動――クルビットでやり過ごしオーバーシュートさせた。前方へと飛び出してしまった敵機が急旋回、逆転したポジションを入れ替えようとするが、追手は長期間の停滞はあったものの、かつてオーレリアのトップエースと呼ばれたブルース・マクレーンだ。バックアップの1機の牽制を気にもかけずに、獲物へと肉迫していく。起死回生をかけたバレルロールからの捻り込みを看破したマクレーン隊長が、ロールの機動を途中で変えて襲い掛かる。斜めに滑り降りるように敵機の背中へと飛びかかり、アフターバーナーの炎を点して一気に抜き去る頃には、小爆発に包まれた敵機が痙攣したように震えていた。ゆっくりと高度を上げてきた隊長機が、「どうだい、見たか?」とばかりに翼を振る。コクピットの中でサムアップしてそれに応えながら、神経を前方へと集中させる。戦況は相変わらず混乱したまま、でも、着実に敵の数は減りつつある。敵を全滅させる必要は無い。"もう戦っても意味が無い"と思わせることが出来れば、後は自然に瓦解してくれる。もう少し、もう少しでこの街の解放が達成される――!僕らの前方、ほぼ同高度、YF-23Aの群れが群がってくるのを睨み付けながら、スロットルを少しずつ押し込んでいった。

少しでも目測を誤れば、グリスウォール市街の住宅に接触しそうな低高度を、ヘリコプターの群れが全速力で突き進んでいく。彼らの頭の上では、戦闘機たちの繰り広げる激しい戦いが未だ続いている。時々膨れ上がる火の玉は敵のものか、味方のものか――それを確認する術は無いが、そんな命のやり取りを少しでも早く終わらせるために彼らは無謀を承知で強攻策を選んだのだった。オーレリア陸軍に少し詳しい者が見たら、きっと驚いたことだろう。ヘリコプターに描かれた特徴あるアニメ調の戦士たちの姿――それは、オーレリアのヘリボーン部隊の中でも最強とされる、ノシナーラ・ヘリボーン隊のものだった。そしてさらに、陸軍塗装の群れに紛れて、海兵隊などで使用される薄いグレーのヘリも混じっていた。部隊章も国旗も無いそれらのヘリには、「S-MARINES」とだけ記されている。通常有り得ない混成部隊は市街地を抜け、この国の中枢が集まるアトモスリングへと到達する。不正規軍の戦闘機たちの集中攻撃によって機能を奪われた砲台の残骸が炎を吹き上げ、熾烈な戦いがあったことを物語っていた。
「ビーム砲台も歯が立たないってか。さすがだぜ、連中は!!」
「全くだ。おかげで俺たちも俺たちの仕事が出来る。――さあ、仕掛けるぞ。振り落とされても助けは無いものと思えよ!?」
「うちの場合は海の上に落ちると相場が決まっているんだが、仕方ねぇ。こっちはいつでもいける」
城壁を突破したヘリコプターたちが編隊を改め、二手に分かれて縦列陣を組む。彼らの目前に迫るのは、今や敵の牙城と化したガイアスタワー。これを奪い返さないことには、この国の戦争は終わらない。
「突撃開始、ナバロの野郎にツケを返しに行くぞ!!」
ガイアスタワー目掛けて突進するヘリコプターたちは、一気に高度を上げて空を駆け上がっていく。タワーを地上から制圧するほどの戦力は彼らには無い。だから、彼らが狙うのは全拠点を抑えたに等しい目標――ディエゴ・ギャスパー・ナバロその人のみ。グリスウォールから脱出したとは伝えられていないレサス軍総司令官は、きっとまだあの中にいるはず。脱出経路を逆手にとって、ヘリボーン隊はガイアスタワー上構部のヘリポートへと強襲を仕掛けたのである。垂直上昇から横へ滑るようにヘリポートへと到達した先頭機から、フル装備の兵士たちが飛び出し、駆け出す。突如として出現した兵士たちの姿に、僅かな数のレサス軍兵士たちは抵抗らしい抵抗も出来ないまま身柄を拘束されてしまう。その間に次々と兵士たちが降り立って、尖塔への突入口を確保していく。
「A班、侵入口の確保に成功。敵の抵抗は今のところ無い」
「B班、ヘリポート周辺部を確保、問題なし!」
「さあ正念場だ。俺たちがナンバー・ワン、ゴーゴーゴーゴー!!」
ドカドカドカ、という軍靴が床を叩く音を響かせながら、猛者たちが駆ける。ペイバックの機会を与えてくれた南十字星たちの奮闘に報いるためにも、この作戦を成功させたい。そんな思いが、彼らを奮い立てる。抵抗が無いのは敵の罠か?まあいいさ、罠ごと踏み潰すまでさ――そんな軽口を叩きながら、戦士たちの突撃は続く。

3機目のYF-23Aを叩き落す頃には、僕とマクレーン隊長とが相対した敵部隊は壊滅状態。そして、グリスウォールの空を舞う戦闘機たちの数は相変わらず敵の方が多かったけれど、戦いが始まったときとは状況が完全に変わりつつあった。グリスウォール市街の周辺部には確かに敵の光点が未だあるけれども、中心部からはほとんど姿を消しつつあったのだ。ガイアスタワーを中心とした空域の制空権は、最早不正規軍の手中にある。そして、敵の総司令部が置かれた尖塔には、既に制圧部隊の突入が始まっていた。防衛部隊を突破した陸軍部隊も、徐々に近付きつつある。一部のレサス軍部隊が撤退を開始したという交信もあった。レサス軍航空部隊が市街中心部へと突入を開始する気配も無い。出撃はしたものの、大半の友軍機が撃墜された現実を前に、ただ無意味に旋回を繰り返しているだけのように僕には見えた。
「脆いものだ。崩れるときはあっという間、というやつか」
「前のレサスのエース部隊、とうとう現れませんでしたね」
「ルシエンテスのことか?あいつがそんな諦めがいいとは到底思えないんだけどなぁ。今の奴の性格じゃ、ろくでもないことを考えて裏でこそこそやっている最中じゃないかと思うんだが……」
「一つ間違えれば戦友だった相手を良くまぁ、そこまでこきおろしますねぇ……」
「おいおいジャスティン、もうその話は止めてくれって」
組織的な抵抗が収まったのは事実らしい。わずかに残っていた敵戦闘機の光点が、中心部から離脱していく。今更追撃をする必要も無く、友軍機たちもそれぞれの部隊で集結を始めている。
「ふぃー、どうやら終わったみたいやな」
「うちの隊長、返してもらいますよ、バトルアクス・リーダー」
「分かってるさ、金髪の女神殿。ダーリンはちゃんと無事だぜ」
「バトルアクス・リーダー!!」
「へいへい、邪魔者は退散して無骨なウイングマンと寂しさを紛らわすさ」
YR-99が何度か翼を振って右旋回。トライアングルを組んだグリフィス隊から離れていく。2番機、3番機ともに損傷なし――焼き鳥になったスコットのエンブレムをのぞけば――。
「クラックスより不正規軍各機へ。レサス軍航空部隊にオーレリア北方への撤退命令が出された模様です。もう間もなく地上部隊の先頭隊がアトモスリングへと到達します。それまでもうしばらく、上空待機願います」
「損傷を受けている機は返したいが、支障はあるか?」
「いえ、もう事実上の戦闘は終わったと判断します。陸軍が占領した市街南方の滑走路を使用してください」
シートに背中を押し付けて、僕は一息つくことにした。これで、グリスウォールはレサスの手から解放されるだろう。そうすれば、オーレリア全土を巻き込んできた戦いも終わる。そして、僕らが戦闘機を操る時間も終わる。いわゆる、「戦後」が始まるのだ。僕はこれからどうするのだろう?今まで、ゆっくりそんなことを考える暇も無かったけれど、これからはじっくりと考える時間が嫌というほど与えられるに違いない。それはそれで面倒だな――知らず、苦笑を浮かべながら何気なく向けた視線の先。既に敵の姿も無くなったはずの空間に、モニターが敵性を示すアイコンを表示していた。レーダーに反応は無い。バックファイアの炎を吹き出しながら市街地上空を横切る飛翔体。あれは巡航ミサイル?友軍が今更この街にそんな攻撃を仕掛ける必要は無いはず。いや、巡航ミサイルを発射出来る数少ない艦船は、この決戦には参加していない。ぞくり、と悪寒が背中に走る。アトモスリングの上空に到達したそれは、城壁上空に巨大な閃光の塊を出現させた。爆風と衝撃波によって、付近の建物が容赦なく引き裂かれて吹き飛んでいく。至近距離で爆発の直撃を受けた城壁が崩壊する。誰もが唖然とする中、新たな爆発が今度は市街地の中に膨れ上がった。夜景とは明らかに異なる燃え上がる炎が、グリスウォールの街を照らし出す。
「クラックスより、緊急事態です!!敵の特殊部隊が、グリスウォール市街地へと向かってミサイル攻撃を……無差別攻撃を始めました!!発射地点の特定は出来ませんが、トマホークに類する巡航ミサイル多数、市街中心部へと接近中!!」
「今度は焦土作戦かよ、レサスの連中、正気か!?」
「食い止めるぞ!ここまで来て残ったのは焼けた首都だなんて、真っ平ご免――」
立て続けに何機かの友軍機が炎に包まれ、意味を為さない断末魔の叫びが交信に木霊する。レーダーには相変わらず反応が無い。その代わり、モニターに6つ、敵性反応を示すアイコンが新たに表示された。火器管制コンピュータが、捕捉した敵の姿から機種を割り出す。独特の平べったい形状。数少ない前身翼。その機体を使う敵部隊を、僕が忘れるはずも無い。
「スコット、済まないが友軍機たちと協力してミサイルの迎撃と可能なら発射の阻止に回ってくれ」
「ああ!?何言うてんのや、ジャス!!奴らやろ、こんなことやらかすのは!?俺にもやらせんかい!!」
「レーダーで確認出来ないミサイルをトレース出来る機体は限られているんだ!!……頼む」
もう一つ理由がある。対地装備重視のスコットのXF-24Sには、既にミサイルが残っていなかったのだ。ペドロ・ゲラ・ルシエンテス率いるエース部隊を、その状態でまともに相手に出来るとは思えなかった。しばらくの沈黙。だが、ほどなく悔しそうな声が戻ってくる。
「――分かったわ。その代わり、条件がある。俺の分もまとめて、連中に思い知らせたれ。ええな!?」
「ああ、約束する。グリスウォールの街は任せた」
「よっしゃ……グリフィス3より、各機、それにクラックス!!こっちのモニタリング情報を各機へ飛ばすさかい、それに基づいて攻撃するんや。もう一発たりとも命中させんなや、ええか、分かったか!!」
編隊から離れたスコットが、大声で指示を飛ばしながら防衛に回る。心の中で礼を言いつつ、気を引き締める。僕の残り装備だってそう多いわけではない。でもまだ、充分にやれる。
「カイト・リーダーより、グリフィス隊。あたいらも防衛に回った方が良さそうだね。坊やたちのカバーは、執念……もとい、因縁深い連中に任せるよ」
「言われるまでも無いさ。バトルアクス隊、グリフィス・リーダーの指揮下に入る」
再びマクレーン隊長のYR-99と、ラターブルさんのX-02とが編隊に加わる。敵部隊の針路に変更なし。真っ直ぐ、「僕ら」を狙って接近中。続けてF-22SとYF-23Sがゆっくりと旋回して僕らに接近。こちらは友軍機、カイト隊の2機だ。カイト2及びカイト4――ミッドガルツ少尉とファレーエフ中尉が、僕らの編隊に加わる。
「さて……連中とは私も因縁がある。ミサイル迎撃は隊長、任せるよ」
「カイト2、加勢する」
「やれやれ、じゃ、他の連中をたっぷりとこき使うとするか、なぁスコット?」
「あたぼうですわ。ジャスたちの穴埋め分、3倍動いてもらわんと」
何だかグランディス隊長が二人になったような感覚。スコットの奴、本気で怒っている。無論、この期に及んで焦土作戦なんか仕掛けてくるレサスとサンサルバドルの悪魔たちに。
「――我々相手に、それで足りると思っているのか、小僧?」
忘れるはずの無い、冷たい笑いを含んだ声。頭の中で、スイッチが入る。
「そっちこそ、足りると思っているのか。常に策を弄さなければならないアンタたちが」
「弔辞はいらないな。この空が貴様らの墓場。焼け落ちたグリスウォールも一緒だ、寂しくはないだろうな」
「墜ちるのはお前だけだ。今度こそ、僕たちは負けない!!」
もうこれ以上、奴のおしゃべりに付き合う必要も感じなかった。コクピットに鳴り響く警告音。やられるものか。回避機動を取るべく、6機がブレーク。敵機もこちらに合わせて散開。バレルロールから緩上昇した僕目がけて向かってくる相手こそ、恐らくサンサルバドルの1番機だろう。レイヴンウッズでの借りをここで返す。敵の姿を睨み付けてスロットルを押し込む。甲高い咆哮を挙げて、XRX-45の白い機体が夜空を引き裂くように加速する。
「グリフィス2より、隊長機。背中は私が守ります。さあ、行って!!」
心強い声を背に、僕は目標へと襲い掛かる。この街に生きる人々と、この国の未来を奴に決して渡さないために――!
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