終幕へのプロローグ
航空基地内に何箇所か設置されているブリーフィングルームの一つを目指して、フェルナンデス・メンドーサは廊下をのんびりと歩いていた。途中、すれ違った下士官たちの敬礼と、女性兵士たちの歓喜の声に応えながら、実は心中あまり穏やかではない悩みを抱えつつ、部下たちが待つ部屋へと彼は向かっていたのである。もともと彼らの本来の所属はこの基地ではない。基本的には祖国の首都防衛を司る軍団の一角を担うのが、第1航空師団第1戦闘飛行隊――通称「アレクト隊」としての本来の任務のはずなのだ。だが、軍人である以上、命令は絶対。それも正規のルートを通じて発せられたものであれば従うしか無いのも軍人としての礼儀である。渋々、実際には文句たらたらで首都から離れた沿岸防衛軍団の基地までやって来て、メンドーサは彼らに課せられる新たな任務を知らされたのだ。それも、こんな辺境の地で、レサス軍最高司令官から直々に、である。それが栄誉ある任務であるならば、彼の足取りはもう少し軽かっただろう。だが、事この期に及んで何故そのような任務が下されるのか、彼には全く理解が出来なかった。祖国のため?オーレリア侵攻の大義名分が実は捏造されたものであることを、今となっては多くの士官たちが知っている。正規のルートではないにしろ、国外の通信社が発する報道記事を目にすることは容易なのだから。中でもオーシア・タイムズを中心に寄稿されているアルベール・ジュネットの記事は核心を付いている。色々な面で有名なベテラン記者だ。この後にも隠し玉が色々あるのだろう、とメンドーサは内心楽しみにしていた。その矢先に、この任務だ。いっそジュネット氏にネタを漏洩してやろうかという気分にすらなって来る。
盛り上がらない気分は顔色にも出ていたらしく、カードで一人負けを続けてぼやきを連発していたらしいマルティン・アハツェン少尉に、メンドーサの悩みはすぐさま看破されてしまった。
「アハツェンに見破られるようじゃ、俺もこの先長くないな」
「大丈夫ですよ、アハツェンの場合はまぐれ当たりでしょうから」
「何だとぉ!?」
「何?私に30連敗の記録を樹立したのはどこのどなただったかしら?」
「それくらいにしておいてやれ、アンナ。仏頂面をしていた俺も悪い」
大柄な部下たちの中で、一際小柄なアンナ・ウェンリーナ少尉がアハツェンに向かって舌を出してようやく口を閉ざす。彼女にしてみれば、アハツェンは格好のからかい相手なのだ。本来の彼女が気配り上手で礼儀正しく、そして女性としての魅力にも溢れていることをメンドーサは知っている。さて、嫌な任務を伝えなければな。カードや本を置いて集まってきた部下たちと一緒に、彼は椅子の一つに腰を下ろした。
「――皆に作戦を伝達する。我々は明朝セントリー諸島に出立、到着後はオーレリア軍の進撃に備えて防衛任務に当たることになった。ようやく諸君が待ち望んだ前線展開と言うわけだな」
「前線って……もうオーレリアとのドンパチは我が軍の全面敗退で勝負は決まっているじゃないですか!?」
そうだそうだ、という声がすぐに上がる。他の部隊ではどうだか知らないが、メンドーサ自身が選りすぐった部下たちは必ずしも軍命に忠実ではない。実力的には恐らくレサス空軍の中でもトップランクにあるであろう彼の部隊が最前線での戦闘に投入されずにいたのは、戦力温存というよりは、アレクト隊による戦果独占を阻止したかったという軍上層部の思惑があったに違いない。オーレリアから追い出されるに至って、ようやく出番が回ってきたというわけだ。真打登場という割には、何とも分の悪い戦場への招待状だ。だが、今回の任務は非常にタチが悪い。軍命は絶対。だがそれを確実に遵守させるための手段――権道を相手は用意したうえでメンドーサたちをここへ呼んだのだ。
「命令は絶対。そう何度も何度も教えてきたつもりだったがな。だが今回ばかりは従ってもらわないと、俺も困る。アハツェン、お前、田舎にお袋さんと妹がいるんだったよな?」
「はぁ、そうですが」
「まだ俺たちの国の治安は決して良い方じゃない。それでも昔に比べればはるかにましだがな。……数日前から、お前の実家は泥棒・暴漢の類から完璧に守られるようになっている。どこかの命令不服従のパイロットが任務に忠実である限り……な」
「隊長、それって……まさか」
アンナがもともと大きい目をさらに見開いて、口元を手で覆う。
「――そうだ。アハツェンだけじゃない。俺は天涯孤独の身だからまだいいが、ラッツェン、エルド、レッド、お前たちのところも同様だ。さらに言ってしまえば、俺たちがわざわざこんな辺境の基地まで呼び出されたのも、いざというときには極秘裏に事を運びやすいからだ。うちの大将、どうやら俺たちを意地でもセントリーくんだりまで行かせて、戦争ごっこを続けたいらしい」
これで士気が上がるはずもない。メンドーサ自身があまりにも馬鹿馬鹿しい任務だと確信しているのだから、部下たちとて同様だろう。今レサスにとって必要なのは長年の内戦からようやく解放されようとしている国内を安定させることであって、ナバロ将軍とその取り巻きたちの利益と権力を守ることではないのだ。あの見た目だけは良い笑いに、これまで一体どれほどの人間が騙されてきたのだろう。わざわざこんなところまで出張ってきて、にこやかにアレクトの戦果を褒め称える男の姿を見ても、メンドーサは何の感銘も受けなければ、尊敬の念すら湧いて来なかった。苦境を苦境で無いように取り繕おうとする虚栄とエゴ。奴が信じているのは祖国の勝利でも復興でもなく、奴自身の栄華と権力だ。彼の手によって葬り去られていった、かつての軍閥のトップたちがそうであったように、だ。それをそうと気が付かせないことが、ナバロ将軍の特技とも言えるだろう。全く以って、褒められるようなことではない。そんな連中の命令に従わざるを得ない立場が、何とも腹立たしい。ただ、そんな状況下でも、数少ない「楽しみ」が待っている。
「不平不満があるのは良く分かる。だが、俺たちは行かざるを得ない。――そんな顔するな、俺だって困っているんだから。ただ、その代わりというわけではないだろうが、俺たちは俺たちの待ち焦がれた好敵手たちに確実に出会える。セントリーにわざわざ部隊を展開するのは、オーレリアに対する嫌がらせだ。そして、今度こそレサスを敗北へと追いやった災いの元を根絶したくて仕方が無い、というわけだ。そう、俺たちの相手は、「南十字星」だ」
「――!」
「なるほどな、オーレリア不正規軍がセントリー諸島を攻略するには海上戦力と航空戦力に頼らざるを得ない。だとすれば、オーレリアにとっての希望の星たる「南十字星」は必ず前線に現れる。そこで、我々が彼を撃墜するシーンをオンエアでもして世論の支持を得る――将軍の魂胆はそんなところというわけですか」
「エルドの読みは外れていないだろうな。ナバロ将軍、あれはあれで内心結構焦っているのは間違いないな。完璧だったはずのオーレリア侵攻計画を覆してくれた相手に対して寛大にいられるようなタイプでは無いだろうしな」
任務自体に気乗りは全くしなかったが、「南十字星」との対決にはメンドーサも心躍っていた。異形の白い戦闘機を操って、レサスの兵士たちに多大な出血を強いてきたオーレリアのエースパイロット。オーレリア軍再起の起爆剤となった、まだ少年の面影を残した若者の姿を知った時、戦闘機乗りとしての血が騒いだものである。彼の戦果と技量、才能と度胸は見事の一言に限る。かつてのオーレリアのトップエース「バトルアクス」の指導も良かったのだろうが、それだけでは説明出来ない何かが、「南十字星」にはある。それを確かめるには、直接やり合ってみるのが一番。あのサンサルバドル隊を壊滅せしめ、部隊長ペドロ・ゲラ・ルシエンテスをも退けた彼の実力は、レサスの他のどの航空部隊を率いる者たちを凌駕しているに違いない。「彼」がセントリーまでやって来るのならば、かの「バトルアクス」も来るだろう。「南十字星」と行動を共にしてきた「マムシ」の異名を持つもう一人のエースもやってくるに違いない。そして、レイヴンのエース部隊に、歴戦の傭兵部隊。グリスウォールの空で、「南十字星」の背中を守り続けていたという、レイヴンのエース機もいる。部下たちの目の色が変わって来た。自らの技量の全てを賭けてやり合ってみたいという、救いようの無い衝動だ。空に上がってからのことは恨みっこなし。そして、戦う相手としては申し分なし。
「――こうなったら従いますよ。俺としても、噂のネメシスがどれ程のものか確かめたかったところだ。アレクト隊と渡り合えるようなモンじゃなかったら、その時は叩き落してやればいい」
「ま、そういうことだな。出立までは特に与えられた任務も無い。充分な時間を取ってやれなくて済まないが、せめて今日一日くらいは羽を伸ばしておいてくれ。出発は明朝0800。以上だ、解散!」
本国の規律だけは真面目に守る部隊ならここで全員が直立不動で敬礼するものだが、ここにいる連中はそういう規格にはまった奴らではない。ラフな敬礼を互いにかわしながら、椅子を直しつつ部屋から出て行く。最後に残ったのはアンナだった。途中から押し黙ってしまった彼女は、不安な表情を浮かべてメンドーサを見上げていた。彼女のもとへ近寄っていったメンドーサは、栗色の髪で覆われたアンナの頭に手を置いた。
「――相手はあのネメシスなんですよ?いくらアレクトといっても、彼らを相手に無傷で済むとは思えません。それでも行くんですね?」
どう答えたとしても、彼女の不安を完全に解消することは出来ないだろう。メンドーサ自身、「南十字星」たちを相手にした時に、新型戦闘機に乗り込むから安心などとは夢にも思っていない。
「なあアンナ。俺たちの任務は、「防衛任務に付け」であって、「南十字星たちを必ず殲滅せしめろ」じゃないんだ。だから、そんなに緊張しなくてもいい。いつも通りさ。皆で必ず帰還することだけ、考えていればいい」
ようやく少しは安心したらしいアンナの笑顔に応えるように、メンドーサは栗色の髪の毛をそっと撫ぜる。そして、まだ見ぬ好敵手の姿を思い浮かべて、彼は精悍な笑みをその端正な顔に浮かべるのだった。
輸送機の飛行速度など、戦闘機に比べれば亀みたいなものだ。より空戦に特化した機体から比べれば機動性・飛行速度で劣るF-117であったとしても、楽勝で付いていける。グリスウォールからまんまと逃亡したディエゴ・ギャスパー・ナバロが陸路脱出を図ると見せかけて、レサス領から侵入していた輸送機にて空路を利用することが判明したのがつい先日のこと。敗軍の将ほど惨めなものは無い。その情報をもたらしたのは、他ならぬレサスの兵士たちだったのだから。追撃を続けていた陸上部隊は輸送機の離陸を阻止できなかったものの、ビーコンの発信機の取り付けには辛くも成功していた。今日までオーレリアのために戦い続けてきた「南十字星」たちのためにも、ナバロの行先は必ず掴まねばならない。操縦桿を握る腕が、武者震いしそうなほど、コクピットの中でハンケル・キンテロ少尉は興奮していた。既に公海上に出てからそれなりの時間が経過している。もしレサス本土へと針路を変えるのであればそろそろターンしないと燃料的にも厳しいはずなのに、時折方角を微修正しながらも輸送機は海上を北東へと進んでいる。国内の体制は磐石だという情報も実は見せかけで、ナバロにはいよいよ行く所が無くなっているのかもしれない。ならば、今度こそナバロの息の根を止めておくことが、オーレリアの未来のためになるに違いない。そのためにも、奴がどこへ逃げようとしているのか、確実に突き止める必要がある。その成功させねばならない重要な役目が、キンテロを駆り立てていたのだった。
「しかし奴さん、どこまで逃げ続けるつもりだ?まさかこのままサピン辺りに亡命でもするんじゃないだろうな?」
「そうなったらそうなったでオーレリアにはいい話じゃないか。ナバロはオーレリアにとってガン細胞以外の何者でもないんだからな!」
「嫌われたもんだねぇ。ま、確かにキンテロの言うとおり……」
「おい、どうした?何かあったのか?」
「いや、一瞬だが6時方向に何か映ったように見えたんだが……どうやら俺の思い過ごしらしい」
キャノピーが機体上部に張り出している戦闘機とは異なり、F-117のコクピットから後方を確認することはなかなか難しい。レーダーを睨み付けて後方を確認するが、機影らしきものは何も見えない。恐らくは何かノイズを拾ってしまったんだろう、と結論付けてキンテロは再び前方へと意識を集中させた。足元に広がっているのは、どこまでも果てしなく続いていそうな青い海原だ。全ての戦いが終わったら、久しぶりにどこかのビーチで羽を伸ばすのも悪くない。暖かな日差しの降り注ぐ海岸でバカンスを過ごしたいものだとキンテロは思った。そして南国ならではの、水着姿に赤い帽子姿のサンタクロースからプレゼントを受け取るのだ。そのときには隣に誰かナイスを連れていたいものだ――逃避しかけた意識を引き戻した彼らの向かう先に、うっすらとだが島の姿が現れる。コンソールを操作して当該空域のマップを取り出して、その影がセントリー諸島を構成する島のひとつのものであることを確認する。レサスからも、そしてオーレリアからも丁度良い位置にあるが故に、領海線を巡っての戦いが古来から絶えなかった諸島は、現在はレサスに帰属している。島の周辺地域の中でも、特にダナーン海峡は海戦史に名を残す激戦が幾度も繰り広げられたことで有名であり、過去の戦いで沈没した艦船が海底にいくつも転がっており、時折学術調査の船団がずらりと並ぶスポットでもあった。輸送機はセントリー諸島西端の島に到着すると針路を真東へと変更、なおも飛行を続ける。ここまでレサス領の奥まで侵入したことは、キンテロにとっても初めての経験だった。やばそうになったら姿をくらまして逃げるだけさ、と呟きながら彼らもセントリーの島々の上空を通過していく。輸送機が、先程よりも高度を下げ始めていた。どこまでいくつもりだ、と心の中で毒づこうとした時、薄い霧に覆われた新たな島が姿を現し始めた。妙に幾何学的な形をしているな――キンテロの第一印象は、やがて驚きへと変わっていった。
「……何でこんな所に、こんな要塞があるんだ……!」
「ナバロの野郎、ここに逃げ込んでドンパチを続けようってのか!?キンテロ、データをしっかりと送れよ?」
「もうやってるさ!」
機体に取り付けてきた偵察用ポッドを作動させ、島全体が改造されているといっても良い要塞の姿を捉える。もともとの地形から張り出した、コンクリートの構造物。巧みにカモフラージュされた対空戦闘兵器。島の頂上部はドーム上の構造物で広く覆われ、島の異形さを増している。そして……島から海へと一直線に張り出しているのは滑走路?キンテロたちの接近にまだ気が付かないのか、敵要塞からの攻撃は無い。よし、データを取ったらすぐにとんぼ返りだ。キンテロは高度を下げて、滑走路らしい構造物の上空へと舞い降りた。島の内部から海へと伸びる直線の上には、白いラインも引かれている。大きく口を開けたハッチの向こうには、戦闘機たちの眠る格納庫があるに違いない。ナバロの奴め、まだこんな切り札を残していやがったのか――!一通りのデータを取り終えたキンテロは再び上昇し、相棒の隣のポジションに戻る。
「無茶しやがるぜ。いくらステルスに乗っているったって、姿までは隠せないんだぜ。グレイプニルなら別だったけれどな」
「分かってるって。必要なデータは収集出来たはずだ。すぐに戻って分析してもらわないと」
「別に戦闘機が上がってきたわけじゃないから、少しは気楽だけどな」
戦闘機が上がって来ていない――?針路をオーレリア方面に向けながら、キンテロは疑問が鎌首をもたげてくることを感じていた。戦闘機を出撃させるつもりが無いのなら、何で要塞の滑走路のハッチが堂々と開けてあったのだ?故障でもしていない限り、用がないなら閉めておくために門やらハッチやらというのは存在するのだ。開けておかなければならない理由でもあるとしたら、話は別。開けておく理由。ぞくり、とした悪寒が背中に走り、心臓を氷のように詰めたい手が鷲掴みにしたような気分になるのと、突如コクピット内に警報が鳴り響いたのはほとんど同時だったに違いない。
「な、何だ、何で警報が鳴っていやがる。故障でもしたのか!?」
「こっちもそうだ。故障なんかじゃない……敵だ!!」
「どこに敵がいるんだ!?レーダーにも映っていないぞ。それにどこにも敵影なんか見えなかったじゃないか!!」
機体を急バンクさせて回避機動。だが敵の姿が見えているならまだしも、どこから狙われているのかさえ分からない状況で機体を操ったところで、どれだけの効果があるだろう?それでも、日々の訓練で身体が覚えている経験と記憶を搾り出して、キンテロは機体を操り続ける。コクピット内の警報が鳴り止む気配は微塵も無い。戦闘機級の機動能力を持たない機体に乗っていることが、今更ながら恨めしく思えてくる。耳障りな警報音が、更に一段階甲高い音へと変わる。狭い窓越しに空を見上げると、あろうことか、何も見えない空間から、ミサイルが白煙を吹き出しながら迫りつつあった。っくしょう、そうそう簡単に落とされるものかよ。F-117の強みは、赤外線追尾型のミサイルに排気口の熱を感知されにくいことだった。可能な限りの旋回半径を保ちながら旋回を続け、背後から迫るミサイルから逃れようともがく。同時に偵察用ポッドのスイッチをONにする。キンテロ自身の目には見えなくても、機械の目が何かしらを捉えてくれる事に期待しながら。ミサイルに追われているのは相棒も同様だった。キンテロの目前を必死に逃れていくF-117の姿。その後方、何も無いはずの空間からミサイルが突如として姿を現し、炎を吹き出しながら加速していった。その光景をキンテロもはっきりと見ていたし、愛機の偵察ポッドもしっかりと捉えていたに違いない。ミサイルが突然空間を跳躍して出現するなんてことは、エスパー小説に出てきそうなサイコな能力でもない限り不可能な話だ。現実的に考えれば、そこにミサイルを発射出来る物体がいるからこその話であるに違いない。姿の見えない敵なら、オーレリアは散々に苦しめられてきた。――グレイプニル。だがここにいるのはあのデカブツではない。あのデカブツ同様に、レーダーだけでなく視覚的にも姿を隠すことを可能にした、恐らくは戦闘機がこの空間に複数存在するのだろう。その証拠に、相棒の背後にへばりついている敵機がいるにもかかわらず、自分のコクピットの中には警報が鳴り止まない。全く、次から次へと、レサスの軍需産業は底なしの開発能力でも持っていやがるのか――!
「クラックス、聞こえるか!?正体不明の敵に追われている!!くそっ……駄目だ。助けてく――」
相棒の声が最後まで聞こえることは無かった。F-117のボディにほとんど嫌がらせのように降り注いだ何本ものミサイルが、相棒の身体と愛機とを爆炎の中に包み込んだ。どうやら、ここまでらしい。だが最後の最後まで最善を尽くしてやる。キンテロは機体を強引に反転させた。相変わらず敵の姿を捉えることはできなかったが、クラックスへのデータリンクは生きている。自分たちの戦いの記録から、もしかしたら敵の正体へと糸口が掴めるかもしれない。それだけを信じて、キンテロは恐らくは敵の真正面へと吶喊した。コクピット内の警報音が、ミサイルの接近を告げるけたたましいものへと変わる。
「後のことは、みんなに……そして「南十字星」に任せたぜ!俺たちの戦い、無駄にしてくれんなよ?グッドラック!!」
真正面から接近していたミサイルが、一斉に近接信管を作動させ、炸裂した。膨れ上がる爆炎と衝撃波に、F-117の胴体は引き千切られ、四散した。捲れあがったキャノピーから、いつしかキンテロの身体は大空へと放り出されていた。……気持ちのいい青空だ。遠のいていく意識に映ったのは、どこまでも広がる蒼い大空。それも束の間の、一瞬のこと。バラバラになった愛機の残骸と一緒になって、キンテロの亡骸は足元に広がっている海原へと落ちていった。
「――追撃隊、全滅しました」
オペレーターの一人の声が、空中管制機の中に静かに響く。その場にいる誰もが声を失っていた。戦争は、もう終わったはずなのに。だが現実問題として、彼らの目の前でまたパイロットの命が奪われていった。空中管制機のレーダーからも、彼らを撃墜した敵の姿を捉えることは出来なかったにもかかわらず、だ。ソラーノは目を閉じて彼らの冥福を少しの間祈り、そして端末を勢い良く操作し始めた。前と違って出っ張った腹が椅子と端末との間に挟まることも無くなり、仕事の効率は格段に向上している。撃墜された追撃隊のうち、キンテロ機の方は偵察用ポッドをONのままにして飛行を続け、撃墜された。彼は、自分たちが気が付かなかった何かに気が付いたからこそ、その証跡を残すためにわざわざそんな飛び方をしたに違いない。偵察用ポッドが捉えるのは、何も画像情報だけではない。熱源情報や電波の反射率情報、その他もろもろの細かいデータを空中管制機とリンクさせ、送信するのだ。キンテロ機の収集したデータは、撃墜の一瞬手前まで正確に送られていた。機内の設備でこれら全てを分析することは不可能だったが、基地に戻ればそれらの解析を一気に進めることも出来るに違いない。
「――キンテロ機からのデータは、最後の最後まで送られています。我々じゃ、これ以上のことはどうにも出来ません。戻りましょう、グリスウォールへ。まだ戦争は終わっていなかった、と伝えるためにも」
やはりナバロを倒すまでこの戦いは続くのか――。どうやら、オーレリア=レサス紛争は、最後の最後までエースたちの出番を欲しているらしい。ジャスティン、それにスコット――!こんな話を持っていったら、絶対に出撃しようとするに違いない二人の親友たちの姿を思い浮かべて、ソラーノは彼にしては珍しく厳しい表情を浮かべて黙り込んだのだった。
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