オーレリア解放軍、出撃せよ
本来なら国家を統括する重鎮たちが顔を並べているであろう、ガイアスタワーの会議場の一つ。確かに、現在の政府を統括する立場にある男の姿はあったが、軍服姿の者たちに一見統制がないようにしか見えない。中には整備用のつなぎを着た者までいるのだからこれは仕方ない。海上戦力を統括する立場にあるハイレディン中将に、レイヴン艦隊に属する提督たちの中でもそれと知られたアルウォール司令官を除くと、残りの者たちは佐官以下なのだ。それでも、ここに集められた者たちが、オーレリアを解放に導いた「不正規軍」の実質的な指導部であるのだから面白い。さすがに修羅場を潜り抜けてきた者たちだけに、このような場に呼び出されても顔色一つ変えていないところはさすが――居並ぶ男たちの顔を眺めながら、ガウディは愉快な気分になってきた。
「……まあ、こう言ってはなんじゃがよくもまぁ、綺麗に軍の上層部たちは姿を隠したもんじゃのう。奴らが何でグリスウォールにばかりいるのか、今日良く分かったわい。「不正規軍」では退役間際のジジイまでが総動員されていたと知っていたら、レサスは驚いたじゃろうに」
「ジジイとは何ですか、ジジイとは。そっちの方が年上じゃろうて」
「政治家には定年がないからのう」
「スキャンダルで失脚させられることもありますがな」
サバティーニと言う名の老整備班長と互いに口元に笑みを浮かべつつ、ガウディは手元のいくつかの資料へと目を戻した。セントリー諸島にレサス軍が要塞を建築していたこと、ナバロを追撃していた部隊が敵の新型兵器によって殲滅させられたこと。まだ幸いにナバロの出足が鈍く、この事実がレサスに都合良く公表されてはいなかったが、いずれ時間の問題。今度ばかりは、ナバロの先を行かなければ、いつまで経ってもオーレリアはこの戦いの主導権を握ることが出来ないだろう。たまたまタイミング良く出頭を命じていた「不正規軍」首脳部ともその対応を検討したいものだ――そう考えていたガウディに、彼らは作戦計画書を携えてやってきたのだ。それも、シルメリィ艦隊のアルウォール司令官まで同意の上で、だ。
「さて、諸君の提案については中身を理解したつもりじゃ。……諸君、君らが何をやろうとしているのか、本当に分かった上でこれを持ってきているのじゃろうな?」
「その通りです、閣下。この戦争を本当の意味で終わらせるため、この作戦が必要だという結論に、我々は達したのです」
「マクレーン大尉。時に軍事と政治とは相反する結論を出すことがあることくらい、貴官なら十二分にわかっとるはずだ。それでもこの提案は必要だと言うのじゃな?」
「……今は中尉ですらありません」
「こいつは正式な決定じゃよ。間もなく辞令が届くはずじゃ。……さて、アルウォール司令官。事によってはオーレリアが再び国際的な非難を受ける立場に陥るリスクを背負っても、為すべき意義があるというのかの?」
「そのために必要な協力を全面的に行う用意がある、と非公式ではありますが複数の国家首脳が表明しております。逆に、このタイミングを逃せば、次の好機は当分無いかもしれません」
ふうむ、とガウディは唸るように口をつぐんだ。が、すぐにその口元が笑みを刻んだものに変わる。実のところ、ガウディ自身全く同じ結論に至ってはいたのだ。だがそれはオーレリア一国のことを考えた場合であり、複数の国家の様々な思惑と利害がぶつかり合う国際社会において、それが最善の手段だとは必ずしも言えないのではないか――。ガウディの迷いはしかし、不正規軍の面々にとっては大した問題ではなかったらしい。彼らの作戦案を一言で言えばこうなる。"ナバロを放っておけば今後もオーレリアをはじめとした周辺国には災厄が訪れるかもしれない。叩くのは今だ"。確かにその通りだった。国民の事を顧みなかった政府首脳たち。為すべき責務を果たさずに姿を隠し、全てが終わってからのこのこと顔を出す軍の重鎮たち。侵略者に尻尾を振って近寄っていった、一部の官庁や企業の人間たち。ナバロを放置することは、国内に残存する災いの因子をそのままのさばらせておくことに他ならない。奴に与するとどんな結末に至るかどうかを彼らに理解せしめ、復興のためには一部を追放し、残りを従わせねばならない。だから、オーレリアはナバロの性懲りも無い企みを完全に撃ち砕かねばならないのだ。ナバロの後ろで糸を引く黒幕に対しても、よみがえったこの国がそうそう簡単に思い通りにはならないことを知らしめるためにも。そう考えれば、国際社会への配慮などは二の次の話に過ぎない。祖国に生きる人々を守ることも出来ないとしたら、一体政府は何のために存在しているのか。ガウディは笑い出した。笑わざるを得なかった。かつて政治家の道を志したとき、若い自分が胸に抱いた言葉を今更ながら思い出したからだ。あれから数十年の時が経っているが、どうやら根本は何も変わらなかったらしい。あの頃の、まだ世間を良く知らなかった、ただ熱いだけの自分の姿。その残滓が未だに燻り続けていたことが、彼にはたまらなく愉快だったのだ。
「長生きはしてみるもんじゃのう。どうやらワシも、「南十字星」の坊やにやられたクチかもしれん。この場に集まった皆と同様にの。……セントリーは言わば、オーレリアの喉に引っかかった骨だ。放置しておけば、常にレサスの軍事力を突き付けられたままになるじゃろう。終戦交渉の準備すら行われていないのだから、我々とレサスは依然戦争状態にある。セントリーを攻撃する口実などいくらでもあるし、もっともらしい「理由」を後からしっかりと公表すりゃ良い。……主力部隊は残存艦隊とシルメリィ艦隊、それに動員可能な航空戦力ということで良いのじゃな?」
「航空母艦を使用出来ない各隊は、サンタエルバから空中給油機を飛ばして補給を行います。そのための防衛隊を割かざるを得ませんが、それ以外は可能な限り差し向けたい、と」
「我々第1艦隊はグリスウォール奪還作戦でもサポートしか出来なかったからな。今度ばかりは、南十字星への借りを返させてもらおう。レサス艦隊が出張ってくるなら、その相手は我々が引き受けよう」
「……今回は我々の出番があまり無いが、空挺部隊の腕っこきたちを同行させてもらおう。敵要塞制圧には役立ってくれるはずだ」
「作戦中の防衛はお願いします、バーグマン少佐」
「君らこそ、必ず帰ってきてくれよ、マクレーン大尉。南十字星の坊やたちも一緒に、盛大な打ち上げを我々も開催しなくちゃならんのでな」
「やれやれ、結局行き着くところは「南十字星」、ということじゃの。……フフ、この歳になってから、これほどまでに心が奮い立つ機会に出会えるとはの。いいじゃろう、セントリー攻略作戦、只今を以って発動する。オーレリア「不正規軍」あらため「解放軍」は直ちに出撃準備を開始するように」
それは決して大きな声ではなかったが、その場にいる男たちを立ち上がらせるに足る強い意志を持った声だった。何かと「ラフ」なことが定着していた不正規軍改め解放軍の男たちも、この時ばかりは一斉に敬礼を施したものである。彼らに劣らぬ敬礼を返したガウディは、満足げに笑みを浮かべた。
「では、早速ワシも一仕事させてもらおうか。フェラーリン!済まないが例の準備を始めてくれるかの?」
グリスウォールを解放した「オーレリア不正規軍」は、まだ地方に残存する一部のレサス軍残存部隊に対処するために一部の戦力をサンタエルバやパターソンへと展開させ、主力部隊をグリスウォール郊外の各基地へと配属させていた。僕ら航空戦力も例外ではなく、数日間のグリスウォールでの滞在が終わると、首都グリスウォールの国際空港からカスティーリャ航空基地へ移動する事となった。カイト隊の配置については上の方で色々と議論があったようだけれども、結局「シルメリィに戻ってもやる事がない」というグランディス隊長のもっともらしい意見が通り、僕らに同行することとなった。僕が胸を撫で下ろしていたのは言うまでもあるまい。戦争は終わったけれども、その後の僕らの処遇に付いても決まらないまま、XRX-45とXFA-24Sの専属パイロットを外すわけにもいかない――という理由もあるのか、僕らは引き続き「特務少尉」待遇のまま居座り続けている。そのカスティーリャ基地は、久々に味わう慌しさに包まれていた。セントリー諸島にレサス軍の要塞を発見との報告を最後に、未確認の敵部隊によって追撃部隊が壊滅し、救援に向かった航空部隊も殲滅されたという一報は、「まだこの戦争にはケリが付いていなかった」という認識を否応無く僕らの胸に刻み込んだのだった。首都では今日までどこかに潜んでいたらしい軍の将軍クラスが次々と姿を現していると聞くが、レサス軍全面撤退の報告を聞くや否や国際会議の場から戻り、臨時政府を統括するようになった大使たちの手腕が良く発揮されているのか、僕らの元に「平和ボケ」したままの役立たずたちの害が及ぶことは無い。出来れば、今後も害が及ばないようにしてもらいたいもんだと思う。僕らのような年代の人間が、否応無く戦場に狩り出されることが無いように――。
「フォルドはん、追加機関砲ポッドの装填数、もうちっとどうにかならへんの!?」
「敵の機銃掃射浴びた時に誘爆しても良ければ、翼の上に付けてもいいんだけどな」
「ジャスとかと違うてステルスやないから、翼の下になら多少は何とかできへんかいな?」
「今日明日は無理だ。とりあえずはそれで我慢してくれ」
XRX-45の後ろで出撃に備えた点検に追われるスコットとフォルドさんの大声が、響き渡っている。格納庫の中は色々な音に占領されていて、実に騒がしいにもかかわらず、だ。相棒のいつも通りの姿に苦笑しつつ、僕は僕で意識をコクピットの中へと集中させる。単機での戦闘力と破壊力を向上させる目的で、XRX-45はグリスウォール決戦時からさらに改良が施されていた。テスト運用で充分な実用性と攻撃力が実証されたパルス・レーザー・システムが20ミリ機関砲の代わりに標準装備となり、コクピット下部のメインウェポン格納部にはADF-01Sのものと同型の戦術レーザーユニットが正式採用され、搭載されることになったのだ。さらにパルス・レーザーについては火器管制コンピュータの機能向上により、自動照準機能の精度をさらに向上させ……と挙げていけば、マイナーチェンジとは呼べないほどの項目が出てきてキリが無い。おかげで、その度に僕の覚えることも大変になる。きっとそれだけの改修を一気に施そうとするフレデリカ・デル・モナコ女史の本質は、「ドS」(スコット談)に近いのかもしれない。現に、戦術レーザー制御に関する設定や操作手順で頭を抱える僕を、フレデリカさんは嬉しそうに眺めているのだから。兵装変更はこれまで通り。ただし発射までにエネルギーの充填が必要となり、さらにジェネレーターの暴走を防ぐために連続発射に対するリミッタが存在。出力は使用状況に応じて変更可能。ただし、100%での破壊力は強大な反面、機体にも反動が来る危険性有り。要するに、ただでさえ殺人的な機動能力を持つ愛機に、さらに僕の命のためには優しくない装備が増えたということだ!
「扱いとしては誘導機能を持たないロケットランチャーにも似ているかもしれないわね。狙点を維持しようとするとどうしても直線飛行せざるを得ないから、取り囲まれている時なんかには危なくて使ってらんない――グランディス隊長はそうも言っていたわ」
「XRX-45の機動性を考えると、なかなか厳しい注文のような気がするんですけれど」
「そんなことないわよ。グリスウォール決戦の時の飛行データに基づいて機体制御系のプログラミングを改良しているから、操作性と安定性は向上しているはずよ。戦闘中は無茶な機動もさらに出来るようになっているけれど」
「これ以上ピーキーになられたら、まともに飛ばせませんて」
すると、デル・モナコ女史は悲しそうな顔になって首を振った。
「あのね、ジャスティン。もう既にね、XRX-45は普通に扱える機体じゃ無くなっているのよ。この子は、もうジャスティンの専用機みたいなもの。並みの腕前のパイロットじゃ、危なくて乗せることも出来なくなっているわ。空中戦での機動性能を追及し過ぎた反動みたいなものね。根本的な設計を見直さないと、ベースとなっているXR-45自体、量産には向かないということが良く分かったわ。研究者としては複雑な気分ね。正式採用されるにはハードルが高すぎる。でも、この機体の発展可能性をトコトン突き詰めることは出来る」
「僕は普通に乗っているつもりなんですけれど……。何だかピンと来ないなぁ」
「XR-45は会社の中でも失敗作の烙印を押されかけていた試作機だからね。こういう結果になって、本社は案外大騒ぎかもしれないわね」
本社――ゼネラル・リソース。複雑な気分になってしまうが、僕らに全面的に協力して軍需物資を生産、提供するようになったオーレリアのいくつかの企業の中にも、ゼネラル傘下の会社が入っている。ナバロの後ろにもゼネラルが付いているのは間違いないらしい。国家間に共食いをさせて、利益を得ようと言うのだろうか?ただ、多少の打算はあるにしても、オーレリアの企業は不正規軍を支えるという目的のために僕らを支援し続けている。「結果として」ゼネラルが一人勝ちする構図が出来上がっていることが、何とも気に食わない。それはデル・モナコ女史自身にしても同じような気分らしく、綺麗な顔をしかめている。"政治が何をしてくれる?無駄な国境を引き、国民に戦争と苦しみを与えるだけか?"――グリスウォールで戦ったルシエンテスの言葉が、僕の頭の中で妙に引っかかっていた。ゼネラル・リソースは、まさか本当に「国境」という線引きをこの世界から消そうとしているのだろうか。軍事力ではなく、あるいは軍事力よりもはるかに強力な経済力を武器にして。もともとゼネラル・リソースを構成する多国籍企業群の中核には、ノース・オーシア・グランダー・インダストリーの企業グループが入っていた。そのグランダーは、かつてのベルカ公国の南ベルカ国営兵器産業廠が名前を変えたものだという。ベルカ公国と言えば、かつてはその強大な軍事力と新型核兵器の力を以って、世界に覇を示すべく戦争を仕掛けた強国だ。もう四半世紀前の出来事だけれども、彼らの血脈はしたたかに生き残り、彼らの残党が2010年の環太平洋事変の裏でも糸を引いていた。グランダーは、ベルカの残党軍に対して軍事支援を行っていた最大の組織だったのだ。ラーズグリーズの英雄たちによって、オーシアとユークトバニアを崩壊させようとした彼らの目論見は完全に撃ち砕かれ、ベルカ残党軍への積極的な支援を行っていたグランダーにはかなりメスが入れられたという。もうベルカの血は絶たれているのだろうが、ならば今のゼネラル・リソースの積極的な「戦争」への関与は何が目的なのだろう?レサスではなく、実際にはゼネラル・リソースとの結びつきが深かったらしいルシエンテスの言葉が、或いは真実の一端なのだろうか。国境を消す――言い方を変えれば、それは世界を一つにするということだろう。その頂点に、まさかゼネラル・リソースは本気で立とうというのか。それは、僕には全く理解出来ない妄想でしかないようにも思えてくる。
「ゼネラル・リソースの本音は確かに気になるけれど、今はとりあえずナバロの方が先ね。例の敵の新型だけれども、追撃部隊が残してくれたデータが役立ちそうなの。本格的な作戦開始までには、皆に報告が出来ると思うわ。あれは、幽霊でも何でもない。十中八九、その正体は戦闘機だと私は思う。手品だけじゃ南十字星の翼は折れない、って、しっかりと教えてあげないとね」
「――そうでした。今は、オーレリアの戦争を本当に終わらせること、でしたね。まずは出来ることから片していかないと」
「その通り。あ、ジャスティン、また戦術レーザーの設定、間違えているわよ」
「えええっ!?」
楽しげに笑っているデル・モナコ女史を見て、僕はがっくりとうなだれてしまった。本当に、ちゃんと使えるのかな、僕?改めて設定をやり直そうとコンソールを触ろうとした時、格納庫の中に設置されたスピーカーが、少々耳には優しくない音量で音を立てる。
「カスティーリャ・コントロールより、航空部隊の全要員へ伝達事項があります。各員、作業を継続しつつ、この放送を聞いて下さい」
後ろを振り返ると、スコットが嬉しそうに笑っている。コントロールのオペレーターの一人として、サチャナからこの基地へ移って来たアイリーンさんの声だったからだ。そんな彼女の声が、珍しく緊張しているように僕には感じられた。
「"オーレリア不正規軍"は本日を以って"オーレリア解放軍"へと呼称を変更し、現行のオーレリアにおける正当な軍事組織であることが決定されました。そして、オーレリア暫定政府のエラン・デップ・ガウディ議長から、我々「解放軍」への重要な伝達事項があります。では、放送を切り替えます」
どうやら、映像も発信されているらしく、格納庫の一角に置かれているモニターの周りにも人だかりが出来ている。出来るだろうか、とコンソールを操作した僕は、上手い具合にデータリンクの1チャンネルでその放送を拾うことが出来た。一人の老政治家が、モニターの中に立っている。その顔を、僕は新聞やニュースの中で何度も見ていたが、このように直接その声を聞くのは初めてだった。国際会議の場からオーレリアを復興させるために戻ってきた、エラン・デップ・ガウディ大使――現在の、暫定政府議長。いい歳のはずだが、老いを感じさせない雰囲気は、何となくサバティーニ班長に通じるところがあった。
『オーレリア解放軍の諸君。不甲斐ない政府と軍部のせいで国土の大半をレサスによって掌握されるという絶望的な状況から、良く今日までオーレリアを見捨てずに戦い続けてくれた。これで全てが終わっていたのなら良かったのじゃが、どうやらディエゴ・ギャスパー・ナバロはこの国に対する戦いを諦め切れないらしい。セントリー諸島において撃墜された追撃部隊は、撃墜される寸前まで貴重なデータを撮り続けてくれた。ディエゴ・ギャスパー・ナバロは島のひとつを軍事要塞として作り替え、未だにオーレリアへと刃を向けようとしているのじゃ』
今時珍しい片眼鏡を取り出したガウディ議長が、卓上に置かれているらしい書類に素早く目を走らせ、再び口を開く。
『――そこで、現在グリスウォールに出頭してもらっている解放軍首脳部とも我々暫定政府は議論を行い、今後の道程について合意した。現在のオーレリアにおける、正当な国防部隊としてのオーレリア解放軍の諸君に伝達する。オーレリア解放軍は本日只今を以って第一級戦闘配置へと移行。そして、現在保有する航空戦力と海上戦力の主力による、レサス軍要塞基地の制圧作戦を発動する。既に、複数の国々から、この作戦発動に対する全面的な支持を非公式ながら受けている。だから、この作戦はオーレリアの私戦ではないのじゃ』
議長は、まるで僕たちの姿がそこに見えているかのように首を巡らせる。
『諸君、今日まで戦い続けてきた諸君に、無理を承知の上でお願いする。――皆の力を、オーレリアの未来のために貸して欲しい。ナバロを野放しにしておくことは、最早世界にとっての脅威を放置することと同義なのじゃ。だから、この一戦で全てを終わらせるのじゃ。二度と再び、我々の祖国が自らの利益を得んがために戦争を仕掛けるような者共に蹂躙されないために。全ての責任は、このワシが負う。ナバロに与する者たちに鉄槌を与え、そしてオーレリアへと必ず戻ってくるのじゃ。各員の健闘を祈る!!』
この後の光景を、僕は一生忘れられないだろう。多分、議長の演説を聞いた者たちは皆同じような気分だったに違いない。自然と、身体が反応した。画面の中で悠然と敬礼した議長に対し、僕はコクピットの中で自然と敬礼を施していたのだ。僕だけではない。格納庫の中にいる整備兵たちも。振り返れば、スコットがコクピットで立ち上がって敬礼をしている。……落ちるぞ、スコット。この演説が「不正規軍」改め「解放軍」のほとんどの基地に伝えられているならば、幾万もの人間が議長の呼びかけに応えたに違いない。まさか、これほどの決断を下せる政治家がオーレリアにも残っていたとは。これからどうすれば良いのか。少しの間、歩くべき道を見失いかけた僕だが、今ははっきりと進むべき道が僕の前にある。まだ戦いは終わっていない。僕の為すべきことが、この戦争にはまだ残っている。……ここで引くわけにはいかない。そのための翼が、今の僕にはあるのだから。ディエゴ・ギャスパー・ナバロ。あの将軍たちのことだ。きっと僕らとの戦いですら、彼の掲げる大義とやらのために利用してみせるつもりだろうが、そう思い通りにさせてなるものか。しばらく沈黙の天使が漂っていた格納庫の中は、先程以上の熱気と騒音とに包まれ始める。足元からは、「完璧に仕上げてナバロたちに目に物を見せてやるぞ!」という声まで聞こえてくる。議長の言葉が、火の付いた兵士たちの心にガソリンを注ぎ込んだようなものだ。僕自身も、そんな人間の一人かもしれないが。
「オーレリア解放軍の最後の決戦というわけね。いい演説だったと思うわ。これに対するナバロの出方が見物ね」
「そうですね。……僕も、忙しくなりそうですしね。XRX-45の最終調整、よろしくお願いします」
コクピットの中で頭を下げた僕に対し、デル・モナコ女史はちょっと照れたような表情を浮かべる。
「分かったわ。ジャスティンの呼吸にぴたりと合うくらい、完璧に仕上げてみせる。あれだけの大見得切られたら、ちょっと踏ん張ってみようかな、という気分になってしまうしね。フォルドと整備スケジュールを話して来るわ」
タラップを降りていく音が遠ざかる。コクピットの中でシートに背中を預け、僕は目を閉じた。実のところ、僕は心の中の熱を抑えるのに精一杯だったのだ。僕らに仕掛けさせようというのは、ナバロの計算のうちなのだろう。なら、僕らはその上を行くまでのことだ。何も変わっていない。僕らの戦いは、ずっと逆境を覆す戦いの連続だったのだから。どこかの安全な場所で色々と謀略を練っているに違いない敵の総大将の姿を思い浮かべると、腹の底から怒りが湧き上がって来る。深呼吸を何度かしてその熱を抑えて、僕はゆっくりと目を見開いた。
――目に物見せてやる。
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