ダナーン海峡前哨戦
セントリー諸島の島影が、コクピットの中からもうっすらと遠方に確認できる。機能を取り戻したオーレリアの軍事衛星が、本拠地を出港するレサス軍最強の海上戦力「無敵艦隊」の姿を捕捉したとの一報は、「ついに来たか」というむしろ冷静な受け止め方をされていた。彼らの狙いは、セントリー諸島へと至る海上ルートの遮断。そして、オーレリア戦力の殲滅。何より、「常勝」を掲げる彼らが退くべき理由は無い。そうと決まれば、こちらの覚悟も固まると言うもの。僕らグリフィス隊はセントリー諸島侵攻作戦においては航空母艦シルメリィに所属することとなり、空軍の主力部隊に先駆けてダナーン海峡方面へと出撃したのだった。そこで、僕とスコットは久々に教官殿――自分を取り戻して前よりも遥かに凶悪になった教官殿の指導の下、徹底的に発艦と着艦とを繰り返し叩き込まれた。そして船に戻れば今度は船酔いとの戦い。だいぶ慣れては来たものの、あれを味わうくらいなら空の上にいたほうが遥かにまし、という状況は存在する。戦闘機動に比べれば、船の揺れなど穏やかなものなのに、不思議なものである。
「グリフィス6よりグリフィス1、周辺空域に敵影確認出来ず」
「こちらグリフィス5、レーダー上と状況は同じようだ。まだこの近辺まで敵さん出張って来て無いようだな」
「グリフィス1了解。北側の区域へと移動する」
「お、隊長らしくなってきたじゃないか」
左方向へと機体を傾けて緩旋回。本作戦実施に当たって「B03」と区分された戦闘空域への針路を取る。舞台の再編が行われる中、僕らグリフィス隊にもメンバーが追加されることになった。しかしその面子は、何とカイト隊の面々だったのだ。そんなわけで、今日は別任務に付いているグランディス隊長たちを除いた、ファレーエフ中尉とミッドガルツ少尉が、僕らの僚機として翼を並べている。本来なら隊長を張れるほどのエースたちに何だか担がれているような気分だ。戦闘になったらこのうえもなく心強い味方がそばにいるのは助かるのだけれども。後ろに続く漆黒の機体を少しの間鑑賞した僕は、再び視線と意識を前方へと戻した。空は決してクリアな状況ではなく、ところどころ白い雲に覆われて、海の青が見えない。コフィン・システムで覆われたコクピットにはこれまでの機体のように日の光が直に差し込むことは無いけれども、まばゆいばかりの南海の太陽が、今日も空で輝いている。レーダーとビジュアルモードでの策敵を継続し、自分自身の目でも周囲を伺う。何しろ、この間殲滅された友軍部隊は、居所の全く分からない敵によって葬られたのだ。オーレリアとの決戦に臨むレサス軍が、この空域に新型兵器を持ち込まない保証などどこにも無い。もしそんな敵と出会ったら、どのように戦えば良いだろうか?めくら鉄砲で攻撃を仕掛けたところで無駄玉を使ってしまうだけのこと。だが幽霊ではない以上、その所在と存在を確かめる術が無いわけではない。夜間などに使用する赤外線探知モードなら敵の熱源を頼りに居所を掴むことが出来るかもしれないし、放たれるミサイルまでが姿を隠しているわけでもない。対処法を自分なりに考えておくことは決して無駄にならないと僕は確信している。コンソールを操作して、僕はディスプレイ上に海域地図を表示させた。担当空域の「C02」から「C03」を経由して、間もなく僕らは「B03」へと入ろうとしている。
「――クラックスより、グリフィス1。現在地を報告してください」
「こちらグリフィス1、間もなく「B03」へと到着予定。何かあったのかい?」
「規模は大きくありませんが、敵艦隊と航空戦力とが「B03」北方に確認されています。無敵艦隊本隊はまだ遠くなので、先遣艦隊の類だろうとは想定されます」
「グリフィス3よりクラックス。沈めてもてええんやろ?」
「出撃前のブリーフィングの通りです。敵対戦力と接触した場合には、実力で排除すべし……だね」
「グリフィス1、了解。敵戦力の確認後攻撃に移る」
「クラックス了解。周辺空域の別部隊を支援に回します」
スロットルを少し押し込んで、愛機を加速させる。グリスウォール決戦からそれほど日が経ったわけではなかったけれども、実戦を前に気が引き締まっていく。速度を上げて北上する僕らのレーダーに、友軍ではないマーカーが出現する。IFF反応は敵機。AWACSとのデータリンクにより、さらにその先に展開している敵艦隊の位置がレーダーにプロットされていく。その艦隊戦力を護衛するように、何機かの敵機が上空を囲んでいた。そのうち南側の敵機の動きが明らかに変わった。唯一のステルス機ではないXFA-24Sが、敵艦のレーダーにでも捉えられたに違いない。
「グリフィス3、見つかったみたいだぞ」
「みたいやな。ま、関係ないわ。こっちはこっちの仕事をするだけや。戦闘機はお前に任すで」
「俺も付いていこう。BDSPを積んで来たのが役立ちそうだ」
XFA-24Sとミッドガルツ少尉のYF-23Sが更に速度を上げつつ低空へと舞い降りていく。全兵装のセーフティ解除、こっちは上空から接近中の敵戦闘機隊を目標に捉える。敵部隊は降下して艦隊戦力へと進路をとるスコットたちを狙っているらしく、方位240方向へと機首を向けている。敵影は3。
「さっさと片付けて、スコットたちに合流しよう。行くぞ、ジャスティン!」
「了解です!」
敵部隊はまだこちらの姿に気が付いていなかったらしい。どうやらスコットたちをやり過ごし、その背後から攻撃を仕掛けようとしていた敵部隊は、まさに僕らに対して脇腹をさらしていたようなものだった。中距離ミサイルを選択した僕は、ディスプレイに表示されるミサイルシーカーを睨み付ける。程なく、敵を完全に捕捉した事を告げる電子音がコクピットに鳴り響いた。すかさずミサイルレリーズを押し込む。機体から切り離されたミサイルのブースター点火。XRX-45を追い越して白い排気煙が空を貫く。突如襲い掛かった緊急事態に、敵部隊が慌しく回避機動を開始。だが遅い。敵の群れの中に高速で飛び込んだミサイルは、それぞれの獲物に狙いを定めて襲い掛かる。複数のミサイルの炸裂に翻弄されたレサス軍のSu-47の大柄な機体は、爆圧とミサイルの弾体片によって容赦なく切り刻まれ、引き裂かれて炎に包まれた。2機がほとんど同時に火の玉と化しレーダー上からも消滅する。生き残った1機を追って、左急旋回。大推力に物を言わせて振り切ろうとする敵機に続く。速度と推力なら、この機体だって負けてはいない。上昇へと転じた敵に続いて、こちらもズーム上昇。アフターバーナーを吹き出しながら高空へと昇り続ける敵の後姿をぴたりと捉える。フットペダルを微妙に踏み込みながら機首の方向を修正し、狙いを定める。色々と改修が施され続けているこの機体だが、XR-45Sの頃に比べると格段に扱いやすくなっているように感じることが増えてきた。機体の安定性もそうだ。高い負荷がかかっているときでも、この機体は乗り手の要求に応えて飛ぼうとする。この間のサンサルバドル隊の隊長機との戦いで、僕はそれを実感した。目前の敵の機動は決して鈍くはないが、あの強敵ほどのものではない。単調な機動へと陥った敵機の後背に肉迫した僕は、ガンモードへと切り替えて照準レティクルを覗き込んだ。照準内に敵の姿を完全に捕捉するや否や、トリガーを引く。機関砲を廃して搭載されたパルス・レーザーが火を吹き、敵機を撃ち貫いた。エンジン付近から炎を吹き出して敵機が後ろ倒しになるのを確認して離脱する。
僕とファレーエフ中尉が敵機を引き受けている間に、XFA-24SとYF-23Sは低空まで舞い降り、そして攻撃を開始していた。射程距離内に目標を捉えたXFA-24Sの翼から、対艦ミサイルが切り離されて超低空を疾走する。敵艦からの対空攻撃を敬遠して一度上昇、距離を充分に稼いだ上で再び低空へと降下して再攻撃。新たに放たれたミサイルは別目標へと針路を変更していく。今度は上昇に転ずることなく、低空飛行を維持したままスコットたちは敵艦隊へと突入していく。それよりも先行して敵艦隊に到達した対艦ミサイルは、浴びせられるCIWSからの火線を潜り抜け、艦隊を構成する艦の横っ腹へと突き刺さっていった。これがイージス艦であったなら話は異なっていたのだろうが、直撃を被ったのは装甲と武装では劣る情報収集艦だった。着弾の衝撃で間横方向へと弾かれた艦体は、続けて内部で炸裂するエネルギーによって激しく振動した。衝撃波と爆炎とが、命中点である艦体やや前方から一気に膨れ上がったのだ。火柱が甲板を引き裂いて吹き上がり、同様に艦底を引き裂いて海中にも激しく吹き出した。穿たれた裂け目から海水が一気に流れ込み、炎と黒煙とを吹き上げる艦を傾けていく。航行不能となり、生き残りの乗組員たちが次々とオイルにまみれた海面へと逃げ出していくが、周りの船にも彼らを救出する余裕が全く無かった。続けて突入した対艦ミサイルが、艦隊の最も外側で迎撃体制を取っていた駆逐艦を吹き飛ばしたのだ。弾薬庫を直撃された駆逐艦は、真っ二つにへし折れて炎と煙の中に没していった。乗組員たちの脱出する暇も無かった。レーダー上で敵艦への命中確認を行ったスコットたちは、そんな混乱する敵艦隊の頭上へと躊躇いも無く踊りこんでいった。
「敵機確認、敵機確認、逃すなよ!撃て撃て撃てーっ!!」
「くっそ、喰らった!!右舷側CIWS壊滅!」
「相手はたったの2機だ。落ち着いて狙えばいい。オーレリアのトンボ野郎たちに、ここはレサスの海だと教えてやれ!!」
艦隊中央に位置する艦の周囲をほぼ同心円状に航跡を残しながら、敵艦隊の各艦が迎撃を開始する。第一撃を与えた後、敵の懐に入り込んで攻撃を加えていたスコットたちが方位010方向へと抜ける。追いすがるように放たれた対空ミサイルを、チャフを放って緊急回避。敵艦の放つ弾幕が空を黒く染め、時折水柱が海面に吹き上がる。だが、敵艦隊はまだ僕らの所在を完全には掴んでいなかったらしい。南側を担当していた護衛機の消失は確認したはずだが、レーダーでは僕らの姿を完全には捉えられなかったのだろう。その僅かな隙が、僕らにとってはまたとない好機だった。超低空まで降下した僕は、対空ミサイルが疾走するが如く敵艦隊へと殺到したのだ。敵護衛機を翻弄してくる、とファレーエフ中尉は高空に上がっていった。僕の狙いは、艦隊中央で守られている敵戦闘艦。全ての船がイージス艦だったら洒落にならなかったが、データリンクにより取得した敵艦の中で、イージス・システムを搭載しているのは艦隊中央のイージス巡洋艦のみ。レサス海軍の中で「スコルピオ」の名を冠している艦の一つだ。XRX-45に、スコットのような対艦ミサイルは搭載していない。だが、使いようによっては対艦ミサイル以上の威力を発揮する新兵器が今は搭載されている。デル・モナコさんの指導で使用方法は習得したが、実戦での射撃を試す機会があったわけではない。だが、このままあの艦を放置しておけば、危地に陥るのは僕たちだ。新たに追加された戦術レーザー射撃モードを選択すると、コクピットの下でゴクン、という音が響いた。ウェポン・ユニット部が開いたことにより空気抵抗が上昇し、スピードが若干緩む。次いで、ユニット内奥に格納されていた砲身がせり出してくる仕組だ。横から見ると、XRX-45のコクピット下に短めの砲身が覗いているイメージになるだろう。既にエネルギーは充分に溜まっている。照準レティクルをビジュアル追尾モードに連動させて、肉眼ではまだ捕捉出来ない敵イージス艦に合わせる。機体の高度と姿勢、速度を保ちつつ、目標を狙う。言葉にすれば簡単だが、同時にいくつもの動作を行うことの何と難しいことだ!一見大雑把そうなグランディス隊長がよくもこんな複雑な操作をいとも簡単にこなしていたものだ、と思わず感心させられてしまう。モニター上、拡大された敵艦の映像を睨み付け、対空ミサイルを打ち出すVLS発射口が位置する艦隊後部を狙う。高速で移動する戦闘機から、海上をやはり移動している艦船を狙うのだ。引き金を引きたくなるのを堪えに堪え、僕はそのときを待った。射程内に完全に敵艦を捕捉。うっすらとその姿を肉眼で確認すると同時に、僕はトリガーを引き絞った。ジェネレーターの駆動する低い音が聞こえたと思ったら、真っ赤に輝く光条が空間を切り裂いた。拡大された敵イージス艦「スコルピオ」級画像の中で、艦隊後部左舷側にその先端が突き刺さって火花を散らしていた。
「方位180にアンノウン確認!」
「馬鹿な!レーダーには何も映っていないぞ!?」
「後部ミサイル発射管損傷ーっ!!弾薬庫で火災発生、退避、退避ーっ!!」
「後部L2ブロック、消火急げーっ!!」
レーザーを放った状態のまま、僕は敵艦隊の迎撃陣の懐へと突入した。前方で、一際大きな赤い光が膨れ上がる。モニター上では、レーザーの直撃を被ったイージス艦の艦体後部から炎と黒煙が吹き出していた。さらに損害を与えるべく、ミサイルへと兵装を変更、レーダーロック。周囲を囲む僚艦から火線が吐き出されるのを機体を回転させてかわし、スロットルを押し込む。レーダーロックを確認すると同時に、ミサイル発射。右方向へとフットペダルを蹴飛ばして機体をスライドさせ、一気に離脱を図る。対空砲の火線が機体スレスレの空間を掠める中、艦隊北方向へと僕も突破する。僕の放ったミサイルは1発がCIWSにより撃墜されたものの、その爆発によって敵艦のレーダーが遮られたことにより、もう1発が直撃していた。艦体後部を斜め上部からレーザーによって引き裂かれた「スコルピオ」級は、弾薬庫で火災を発生させてミサイル攻撃機能を奪われ、消火活動に着手した途端にミサイルの直撃を被ったのだった。対艦ミサイルのような威力は無かったが、フェーズド・アレイ・レーダーが収められた艦橋部に損害を与えるには充分な威力だった。レーダー部を直撃したミサイルは激突と同時に弾頭を炸裂させ、レーダーを覆う装甲を引き裂いた。そしてその下のレーダー本体にまで、衝撃波と爆風と破片とを送り込んだ。破壊力に満ちたシャワーを浴びせられたレーダーが著しい機能低下に陥るまでに、然程の時間は必要なかったのである。さらに艦体後部の火災は鎮火する様子を見せず、さらに拡大していく。空へと立ち昇る黒煙は、敵艦隊から距離を稼いで上昇した僕らの位置からもはっきりと確認出来るほどになっていた。
「洒落にならん威力やなぁ、それ」
敵艦隊から離脱した後、合流したスコットは、恐らく苦笑しているに違いないだろう。
「そうは言うけど、これ使うの結構大変だよ。僕向きじゃない」
「敵さんにとっても災難やな。あのグランディス隊長がガンガン使わんかった理由、何となく分かったわ」
「……確かに。使い方を間違えれば、一方的な虐殺かもしれないね」
「そういうこっちゃ。ま、お前なら大丈夫やろ、ジャス」
「敵艦隊に混乱が広がっている。片をつけるぞ、グリフィス3」
「了解や、ミッド……やない、グリフィス5!」
「間違えてるぞ、あっちは6だ。グリフィス1、ちょっと数が多い、支援に回ってもらえるか?」
翼を何度か振った後、スコットのXFA-24Sはくるりと機体を返してダイブ。先行して降下したYF-23Sを追って低空へと舞い降りていく。一方のファレーエフ中尉は、敵艦隊のさらに北側で、護衛部隊を引き付けて翻弄していた。スコットたちを狙おうにも、その針路を何度も阻まれ仕切り直しを強いられていた敵機たちは、ようやく邪魔者の排除を優先させる気になったらしい。7機の敵機が、グリフィス5の光点を取り囲むようにして舞っている。一旦高空へと急上昇し、そこから水平に戻した僕は空の戦いが繰り広げられているコンバットフィールドの真上へと達した。重囲の中、全く動揺も見せずに鋭い切り返しでグリフィス5が敵を嘲笑うように空を駆ける。ために、敵機の背中はがら空きだった。マイナス90°に機首を返し、アフターバーナーON、パワーダイブ。機関砲弾の火線が飛び交う空へと飛び込む。敵の機体は、運動性には定評の有るSu-37。だがその軽快な運動性能も、使いこなしていなければ意味が無い。目の前に晒された背中を狙って、僕はパルスレーザーの雨を叩き込み、そのまま低空へと突き抜ける。
「なっ、何……!!」
「敵の新手だ!どこに消えた!?」
「下だ、下!しかし何だあの白い機体は。あんな戦闘機、見たことも無いぞ!」
上下に撃ち抜かれた敵機がコントロールを失って高度を下げていく。一旦低空へと抜けて距離を稼ぎ、再び上昇。高度を確保したところで水平に戻し、再攻撃態勢を取る。今度は敵さんも黙っていない。コクピット内に警告音が鳴り響き、正面から接近する敵戦闘機からミサイルが撃ち出されていた。急激に加速してくるミサイルの軌跡を目で追いつつ、機体をローリングさせてさらに水平方向へスライド。アフターバーナーを焚いて加速を得つつ、ミサイルの攻撃線上から逃れる。今度は僕の番だ。僕の後方へと抜けて旋回する敵の姿に狙いを定め、少し速度を緩めつつ、操縦桿をぐいと手前に引き寄せる。高Gをかけながらインメルマルターン、次いで右急旋回。旋回する敵機の内周へと潜り込んで、その後背にへばり付く。レーダーロック開始。敵機は旋回を繰り返しつつ僕を振り切る目算のようだったが、付いていくことは決して難しくなかった。むしろ圧し掛かる高い負荷から逃れるために、単調な動きに変わる瞬間を待って敵を追い続ける。それほど時間はかからず、振り切れないことに自信を無くしたのか加速へと転じた刹那、僕はミサイルを射出して敵機から離れ、左旋回。後背に回り込もうとしていた敵の追撃を振り払って敵機の群れの中へと再び飛び込んでいく。
「データに無い機体、あの戦闘能力、それに……それにあのエンブレム。間違いない、奴が"南十字星"だ!」
「冗談じゃない!何でそんな大所がこんなところに出張って来るんだよ!」
「敵に聞け、敵に!だが、ここで落とせば大金星だ。囲めーっ!!」
「……私のことを忘れてもらっては困るんだがな」
苦笑交じりの声が聞こえてきたと思ったら、ミサイルによる攻撃とガンアタックによる至近距離からの直撃を被った2機が立て続けに火の玉と化し、四散した。ファレーエフ中尉のF-22Sも、積極的攻勢に転じていたのだ。残り3機!仲間を短時間で失った生き残りの機体から、何本ものミサイルが吐き出される。だが無茶な角度で放たれたミサイルが命中するはずも無い。難なくミサイルを回避した僕の背後に、別の敵機が張り付く。耳障りな警告音がコクピット内に鳴り響く。背後を振り返って敵機との距離を確認しつつ右急旋回。敵も大きく機体をバンクさせて急旋回。さすがにこの程度で振り切れるとは僕も思っていない。少しスロットルを緩めながら操縦桿を左へ倒し、くるりと機体を回転させて反対方向へと急旋回。今度は少し膨らみ気味に敵機が同方向へと旋回する。XRX-45の両翼はヴェイパートレイルを引き、空に白いエッジを刻み込んでいく。徐々に近付いてくる敵に対し、僕はタイミングを待っていた。旋回から水平に戻すや否や、ループ上昇を開始。真っ青な高空へと舞い上がる僕に追いすがるように、敵機がなおも後を追ってくる。よし、ここで仕掛けよう。こちらの意図を悟られないように、慎重に少しずつ、僕は速度を落としていった。そうとも気が付かない敵機は、僕よりも速い速度で、僕の描くループ曲線よりも外側を高いGに耐えながら追いかけてくる。どうやらうまく引っかかってくれたらしい。
「もらったぞ、南十字――」
敵が僕を射程内に捉えたのと、僕がスロットルをMINへと戻し、エアブレーキを最大限に開放したのはほとんど同時だっただろう。急減速で前へつんのめった僕の頭上を、Su-37の流れるようなフォルムが追い越していく。すぐさまスロットルを戻してエアブレーキOFF。前方へと押し出された敵機に対してレーダーロックをかける。……ロックオン!その瞬間、敵機はふわりと上方へと舞い上がったように見えた。ミサイルレリーズを押し込んだ僕は、コブラで僕の後背を奪おうとした敵機の真下を、加速しながら通過した。頭上で、ミサイルの直撃を被った敵機が炎の中に包まれる。パイロットの断末魔の絶叫がぶつり、と無慈悲な音と共に断ち切られ、青空に巨大な火球が膨れ上がった。ファレーエフ中尉がさらに1機を屠り、戦域の空に舞うのは、最早僕らだけとなる。空の脅威が無くなり、さらにイージス艦による防空網から解放されたスコットとミッドガルツ少尉にとって、残された艦船は障害にもならなかった。損害を被った艦から脱出した乗組員は攻撃対象から外し、なおも抵抗を続ける艦船のみに絞って、彼らは攻撃を続ける。だが命中精度の悪い対空砲火だけで、スコットたちが捉えられるはずも無い。火線を潜りぬけたXFA-24Sからミサイルが放たれ、駆逐艦に突き刺さる。数少ない対空攻撃手段を潰された敵艦から黒煙と炎が吹き上がり、火線がさらに減少されていく。対艦ミサイルを使わなかったのは、最早使う必要性を感じなかったからだろう。敵であれば徹底的に叩き潰せ。徹底的に殺せ――それは戦争ならば当然と正当化される言葉だ。だが、この状況で対艦ミサイルを放って敵を焼き尽くすのは、単なる虐殺でしかない。それが偽善と批判されるのだとしても、スコットの心情は痛いほど僕には分かった。
「どうやら、片はついたようだな。次はこうもうまくは行かないだろうが……」
「敵艦から発光信号!解読します。……ワ・レ・ニ・テ・イ・コ・ウ・ノ・イ・シ・ナ・シ・カ・ン・ダ・イ・ナ・ソ・チ・ヲ・モ・ト・ム……以上です」
「寛大な措置、か。いずれにせよ、連中をまとめて捕虜にするような手段を我々は持っていない」
「見逃したろ。もうこれ以上、敵さんをいたぶる趣味はないで」
「……隊長、判断は任せる」
僕が?横に並んだF-22Sのコクピットの中で、ファレーエフ中尉が何度も頷いている。うまく言葉が思いつかなかったけれども、僕は高度を下げ、敵艦隊からも目視出来る低空に舞い降りた。敵艦からの反撃は、無い。思いついたフレーズを、モールス信号に変えてノーズライトを明滅させる。"救助が完了し次第、当海域から撤退せよ。貴艦隊が救助と撤退を継続する限り、我が軍に攻撃の意思無し"――甘い、と言われればそれまでだが、僕は敢えてそう送信した。艦隊上空を通過してゆっくりと反転した僕に対し、救助活動に当たっている敵艦から改めて発光信号。"南十字星の配慮に感謝する"――敵の信号を理解した途端、僕は複雑な表情になってしまった。ここまでやらなければ、僕らは矛を収めることが出来ないのだろうか、と。そして、同胞をこうも簡単に戦地へと送り込んで平然としているナバロに対する怒りが、またふつふつと湧き上がってくる。
「こら、迷うのは終いにしたんちゃうんか?後悔すんなら、全部終わってからにしいや。ナバロも敵の新型も、全部まとめて引き受けるっちゅうたん、お前やろが」
……そうだった。このくらいでくじけていちゃ、駄目だ。自分がやっていることを決して正当化せず、目と心に今は焼き付けておこう。スコットの言うとおり、苦しむのは全部終わってからのことだ!既に戦意もなく、友軍艦の救助活動に専念している敵艦隊の頭上をもう一度フライパスし、僕は回線を開いた。
「グリフィス1よりクラックス、敵艦隊は沈黙。繰り返す、敵艦隊は沈黙」
「こちらクラックス、了解。お疲れ様でした。シルメリィへ帰還し、補給を受けて待機と命令が出ています。……いよいよ、無敵艦隊が近付いてきたそうですよ」
「了解、グリフィス隊、帰投する。オーバー」
緩やかに旋回し、シルメリィの待つ方角へと機首を向ける。僕らの上空を、交代の部隊がゆっくりと通り過ぎていく。彼らにも例の艦隊に対する攻撃命令はもう出ていないのだろう。その姿を見てほっと胸を撫で下ろしつつ、レサス最強と謳われた「無敵艦隊」との決戦が近付いたことに、嫌でも気が引き締まる。それでも、きっと何とかなるさ、と呟いてみる。そう、僕らはずっと、そうやって戦い抜いてきたのだから。
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