アルマダ海戦・前編
海戦といっても、古来の戦いのように双方が名乗りを上げて戦いを始めるわけではない。レーダーを含む科学技術の発展により、互いの姿は基本的に把握しながらの戦いとなる。オーレリア・シルメリィ連合艦隊とアルマダ艦隊の駆け引きは、戦火を実際に交える前から始まっていたのだ。徐々に高まっていく緊張感を、僕たちは否応無く味わう羽目となる。全艦艇数40隻規模で僕らの前にたちはだかる敵艦隊に対し、こちらはその半分程度。しかも、敵は艦隊決戦と対航空戦力戦に備え、多数のイージス艦に航空母艦を投入してきていた。まさに、隙の無い布陣。僕らを本気で叩き潰そうという敵の意志が嘘ではないことが改めて証明されたようなものだ。決戦の地は、予想とおりにダナーン海峡。全艦艇を3つの部隊に分け鶴翼陣のように展開する敵に対し、僕らの艦隊は正面決戦を避けるように大きく回りこむように洋上を航行していた。いつ出撃命令が下るのか?パイロットたちの間ではそんな期待と不安とが広がりつつある。待機命令が出ているとはいえ、どこか宙ぶらりんの時間は何となく落ち着かない。気分転換に、と艦内のドリンクコーナーへと足を運んだ僕は、コーヒーの入ったカップを前に肘を付いて何事か考え込んでいるフィーナさんを見出した。どうやら艦内の人間が気を利かせて空席になっているらしい対面の席に座り、僕もコーヒーを飲もうとした途端、お待ちかねの、と言うべきか、来るべきものが来た、というべきか、パイロット全員に対して集合命令が下された。騒がしいサイレン音と共に繰り返されるアナウンスをBGMに、「折角なのに残念ね」と笑いながら走り出したフィーナさんと一緒に僕は走り出した。各自の部屋やトレーニングルームからも、慌しく飛び出したパイロットたちが駆け出していく。
搭乗作戦要員が呼び出されたのは、艦内でも最も大きいブリーフィングルーム。部隊ごとに席がある程度は決められてはいたものの、全員集合ともなるとさすがに立見のパイロットも出る。やや遅れ気味に到着した僕らだったが、ミッドガルツ少尉とスコットがさりげなく確保していた並び席に、回りに冷やかされながら腰を下ろす。「何揃て到着してんのや?」とささやくスコットに、「羨ましいだろ?」と素っ気無く返してやる。何やらブツブツと言っていたけれど、「ジャスティンが可愛のうなってもうた……」と呟いていたように聞こえる。
「さあて、全員揃ったかい?ユジーン!画面を出しとくれ」
「了解です」
ブリーフィングルーム前方の大スクリーンに、ダナーン海峡周辺地図が表示される。続けて、敵艦隊とこちらの位置を示すアイコンが表示され、双方の予定針路情報が付け加えられていく。
「状況説明をしておこう。既にあたいらの艦隊は、作戦行動を開始した。皆も予想していると思うが、ダナーン海峡でアルマダ艦隊を迎撃、奴らを撃破して墓場へと送り込む。無論、真正面から立ち向かったところで勝てる相手じゃあない。そこで、あたいらは艦隊に先行して出撃、本体から張り出していやがる2部隊に対し、先制攻撃を加える。対艦ミサイル搭載機は全隊、敵A・B部隊への攻撃に向かってもらう。あたいらが敵部隊を抑えている間に、艦隊主力は敵本体への攻撃を仕掛ける……基本線は今言ったシナリオのとおりだ。画面を見ろ」
僕らの艦隊から航空戦力アイコンが引かれ、鶴翼陣の前方2艦隊に対し矢印が伸びていく。一方、艦隊自体は鶴翼の中央から侵入するルートは取らず、左側に位置する敵A部隊の脇をすり抜けるようにして敵本体へと乗り込む針路が描き出された。ブリーフィングルーム内にどよめきが起こる。僕も正直なところ意外な気分になった。戦力では圧倒的な差があるというのに、艦隊首脳部は積極攻勢を仕掛けようというのだ。損害を最小限に抑えるつもりなら、航空戦力による反復攻撃によって敵戦力を減らしていく方法もある。腕利きが揃っているオーレリア解放軍の航空戦力を最大限に活用するために、恐らくはその選択をしてくるだろうと僕は読んでいただけに、ハイレディン提督やアルウォール提督の真意を僕は測りかねていた。それが顔に出ていたのだろうか、グランディス隊長と並んで前席に座っているマクレーン隊長が苦笑を浮かべる。
「フン、一番前に座っているジャスティンがそうなんだから、他の連中も似たり寄ったりだろう。そう、皆も考えている通り、正直この選択肢は無謀のきらいがある。だが、今回はこうしなくちゃならない理由がある。ジャスティン、その理由は何だ?」
いきなり僕に振るの!?ブリーフィングルーム内の面子の視線が僕に向けられる。僕は必死に頭をフル回転させて、わざわざ積極攻勢に出る理由を探る。自暴自棄になったという選択肢はこの際有り得ないから省くとして、敢えてそうする理由だ。レサス軍は僕たちを徹底的に叩き潰すことが目的。僕らはどうだろう?オーレリア本土からの参加組もいるものの、海上戦力としては今出撃している戦力が最強にして唯一の艦隊戦力と言っても良い。そのなけなしの艦隊が全力出撃しているのは、ディエゴ・ギャスパー・ナバロが秘密裏に作り上げた要塞基地を制圧するため。ダナーン海峡は、僕らにしてみれば通過点に過ぎず、レサス軍にとっては終着点というわけか。そして、敵要塞基地は制圧というよりもその機能を物理的に停止させる――破壊することが最終目的となる。その実行部隊は、僕ら航空戦力。ということは……!
「ええっと……ハイレディン提督たちは、敵要塞の制圧作戦のために航空戦力を温存するつもりということですか?艦隊戦力に損害が出ることを承知の上で。消極策を取れば艦隊戦力を温存できる反面、艦隊攻撃のメインが航空戦力にシフトして、パイロットには相応の負荷がかかってしまう。それを避けるために、敢えて積極策を取った……と」
「ま、70点というところか。まあ聞け。オーレリア本土からの参加組もいるとはいえ、これから相手にする無敵艦隊も含めて、結局レサス軍の方が戦力的には優位だ。まともに仕掛ければ、後が無い俺たちの方が負けるに決まっている。だが、俺たちはレサスの……いや、ナバロたちが勝手に作り上げた物騒な要塞を叩き潰してやらなくちゃならん。それに、ナバロの事だ。この海戦ですら、映像をしっかりと確保して世界に公開するつもりだろう。だから、その戦略を逆手に取る。現代海軍の中でも名の知れた「無敵艦隊」を、数的劣勢にあるはずのオーレリア・シルメリィ艦隊が撃破する――これほどインパクトのあるメッセージは無いからな」
「せやかて、相手はあの「無敵艦隊」やで。そうそううまくいくんかいな?」
「スコット、お前、子供ん時に習わなかったか?童謡の"南の海の海賊たち"ってやつ」
「勿論知っとりますがな。ええと……サビんとこしか覚えとらんけれど……"海は宝だ 海は故郷だ 俺たち海賊 愛する海は 俺たちの里"……でしたっけ?」
スコットの歌は案外上手い。まあ、歌声もナンパの一つとして活用している男だけに当然といえば当然なのだが。サビのフレーズにマクレーン隊長は苦笑を浮かべている。
「――あの歌なぁ、もともとはハイレディン家に代々伝わる、海賊たちの歌なんだとさ」
「はぁ!?」
「つまりだね、もともとこの海は提督のご先祖様たちのものだったというわけさ。セントリーの島々は、元々は大航海時代の海賊たちの根城の一つだったらしい。その海を好き勝手にしている連中がいることに、提督は大変ご立腹だ。理性の面での判断も勿論あるが、レサスの馬鹿たちはこの海域が誰のものだったか、どうやらすっかりと忘れてしまったらしい。一番怒らせちゃいけない相手を、本気で怒らせちまったんだからねぇ。ついでに言えば、あたいらにも内緒の秘策が提督にはあるらしいけどね」
「その秘策の中身はともかくとして、提督たちの艦隊戦力が敵本隊に仕掛けるためにも、敵A・B部隊の足を僕たちが止めなければならない……そういうわけですね?」
マクレーン隊長が我が意を射たり、という様な表情で頷き、立ち上がった。
「足止め、じゃ生ぬるいな。今頃アレクサンデルのブリーフィングルームでも同じ事が伝達されているはずだが、徹底的に叩き潰す。二度とこの海でオーレリアに逆らうことが湧かなくなるくらい、コテンパンにな。散々人の家を荒らした挙句、居直り強盗しようとしている連中に手痛いスパンクを食らわして、その尻を思い切り蹴飛ばしてやれ!空母に積んで来た対艦ミサイルを撃ちつくすくらいのつもりで戦闘に臨め、とアルウォール司令からの伝言だ。弾薬が欠乏したらすぐに帰艦して補給を受けるように。無敵艦隊だ?たまたま連中が弱い相手を求めてきただけの事だ。ハリボテの無敵野郎と、歴戦の強者ども、勝つのはどっちだ?」
「お財布の中身次第だぜ」
「無敵なんて言ってる奴ほど気が弱いってな」
ブリーフィングルームの雰囲気が変わってきたことが、僕にも分かる。無敵艦隊との決戦を控え、百戦錬磨の傭兵たちでも微妙に緊張しているような気配を僕は感じていた。だが今は違う。かつては昼行灯とまで陰口を叩かれたマクレーン隊長は、たとえるなら燃え盛るキャンプファイアー。それに当てられたパイロットたちが、闘志をむき出しにして不敵な笑みを浮かべ始めていた。やれやれ、どうやら僕は隊長にうまく利用されたらしい。端末を操作しているユジーンが――サチャナ基地からカスティーリャ基地へ移転し、さらにシルメリィの中にまで移転してきた酒保のおかげで随分とすっきりしたユジーンが、「ご苦労さん」とでも言うように笑っている。腕組みをしていたマクレーン隊長は、その右手をぐっと握り締め、モニター脇に思い切り打ち付けた。
「ハリボテの艦艇なぞに遅れを取るなよ?作戦開始は1800時!……何をしていやがる。出撃準備を始めろ!!」
"お前こそ落ちるんじゃねーぞ"という減らず口を傭兵たちから浴びせられながら、マクレーン隊長が笑う。我先にと飛び出していく他の面々を見送りながら、僕とスコットはただ呆然とかつての教官の変貌した姿を眺めていた。あのオッサン、あんなに弁が立ったっけ?スコットを見ると同意見らしく、苦笑しながら肩をすくめて首を振る。すっかりと火が付いてしまったパイロットたちの頭からは、仮にもレサス軍の最強艦隊を相手にするなんて事態は綺麗に消えてしまっているかもしれない。
「こら、いつまで座っているの、二人とも?」
後ろからフィーナさんが僕の顔を覗き込む。ちょっぴり刺激的な眺めに僕は思わず顔を赤くし、スコットからは肘撃ちを喰らう。"事故"にならないよう立ち上がった僕を見て、スコットだけでなくファレーエフ中尉たちも笑い出す。当のフィーナさんはその理由に全く気が付いていない。そんな初心なとこがまたええんやこれが、とは悪友の名言だが、多分そうなんだろうと僕も思う。赤くなった顔をごまかせずに頬を掻く僕に、太い腕ががっちりと巻き付いた。
「余裕だねぇ、全く。ま、アンタもスコットもそれでいい。いつも通りだ。やることやって、敵をぶっ潰して、ここに帰って来る。それだけ考えて飛べばいいさ。あたいらも仕事の準備を始めるとしよう。ほら隊長さん、ぼさっとしてないで行くよ!」
……そうだった。全くこの艦隊の大人たちの気が知れないけれど、僕はグリフィス隊の隊長としての役目を果たさなくてはならなかった。難しく考えることは無い。グランディス隊長の言うとおりだ。やるべきことを果たして、ここに帰って来る。皆と一緒に。……フィーナさんと一緒に。心の中で二つほどフレーズを勝手に付け足した僕は、約一名を除いて遥かに経験豊富な仲間たちと共に、愛機「フィルギアU」の待つ格納庫へと走り出したのだった。
ダナーン海峡の空が、赤く染まっている。空の色を写す海原も同じ色に染まり、夜の訪れが近いことを告げている。その美しい空に無粋な白いエッジを刻みながら、鋼鉄の翼の群れが飛び立っていく。無敵艦隊の前方を迂回するような航路を取っていたオーレリア・シルメリィ艦隊は、作戦発動時刻1800時より転針、前方に展開する敵艦隊A分遣隊の側面をすり抜けるような針路に乗る。速力を大幅に上げた艦隊の挙動の変化を敵が見逃すはずが無い。レーダー上で見るならば、オーレリア艦隊の前方を塞ぐべく動き出すA隊、側面ないしは背後に回りこもうとするB隊、悠然と進む敵本隊の姿を一望することが出来るだろう。一つ間違えれば三方から包囲され、撃ち減らされる構図だ。だが、もちろんそんなことはさせない。オーレリアの航空母艦「アレクサンデル」、そしてレイヴンの「シルメリィ」から出撃した航空隊のうち、ステルス機部隊は先行して出撃し、既にそれぞれの目標部隊目掛けて急行している真っ最中だった。艦隊戦力攻撃隊出撃後に空へと上がった僕らの役目は、同じようにこちらの艦隊を狙ってくるかもしれない敵戦闘機部隊を殲滅すること。さらに、各攻撃隊が敵分遣艦隊に対する攻撃を開始した後は、敵本隊に対する戦端を開くこと、全戦力の脅威となり得る敵航空母艦には損害を与えておくこと――言葉にすればそれほど多くはないが、一つ一つが非常に厄介な任務を背負わされたと言っても良かった。
「ヘイ南十字星!うちの息子がファンなんだよ。アンタと飛べて嬉しいぜ。……ま、俺自身もファンだけどよ」
「これほどの規模の艦隊戦は二度と無いだろうな。武者震いがしてきた」
「グリフィス1より、ファルコ2。無事に戻って、息子さんを安心させて下さいね」
「あたぼうだ!ここまで来たんだ、そうそう簡単にくたばってたまるかい!」
オーレリア本土からの参加組も加わり、ダナーン海峡の上空は戦闘機たちの群れに埋まりつつあった。これほどの規模の航空戦力が一戦域に集中するのも珍しい事態と言えるのかもしれない。僕らの頭上をF-16C編隊を引き連れたYR-99とX-02が追い抜いていく。先頭に立つYR-99が、何度か翼を振った。
「バトルアクス・リーダーよりファルコ隊。レーダーにはっきり映ってる奴らは静かにしてな。対空ミサイルのシャワーを浴びせられても知らないぜ」
「そいつは勘弁だ」
パイロットたちの罵詈雑言の応酬を聞き流しながら、周囲警戒に意識を集中させる。グリスウォールの戦いの時ですら、敵部隊にはステルス機が多数配備されていた。無敵艦隊に所属する海軍航空隊には、F-35あたりを中核にしたステルス部隊が配備されていると考えて間違いは無い。レーダーによる探知を避けるべく、超低空侵入で来るか、或いは航空からの急降下爆撃で来るか――日も落ちていよいよ薄暗くなってきた空に、肉眼で敵を見つけ出すことは難しい。XRX-45の「眼」を信じて首を巡らせていると、電子音と共にモニターの一角が拡大表示された。位置は低空。敵機種はF-35、対艦ミサイルをしっかりと抱えてオーレリア・シルメリィ艦隊に向かっている。
「グリフィス1より各機、敵機発見!」
「おいでなすったか!!」
「バトルアクス・リーダーより、グリフィス1。こっちは攻撃隊のお守りで手一杯だ。……任せたぜ」
「グリフィス1了解。よし……行くぞ!!」
機体を急バンクさせ、一気に空を駆け下りる。その間に兵装選択を切り替え、パルス・レーザーへ。針路変更も無く低空を行く敵機の数は多い。4機ずつ、3つのトライアングルが海面を這うように進んでいる。もたもたしている余裕は無い。高度計の数値を読み上げながら海面を睨み付ける。高空から一気にダイブした僕は敵編隊の後方上空から水平に戻しつつ、敵の姿を照準レティクルに捉え、トリガーを引いた。トライアングル最後尾にいた敵機の垂直尾翼が弾け飛び、胴体は反動でバランスを崩して海面へと突き刺さる。そのまま海面を何回転もして叩きつけられた残骸は、水柱をあげて海中へと沈んでいく。それでも敵の勢いは止まらない。ある程度の損害は折込済み、ということなのだろう。次の獲物を叩くべく、機体を横へとスライドさせる。右後方、今日の戦いは久しぶりにF-22Sを使用しているフィーナさんが放ったミサイルが、僕の横を追い越して敵機へと襲いかかる。敵編隊の中に突入したミサイルが光と衝撃波を放ちながら炸裂、弾体片を目標へと浴びせる。そのうちの1機はまともにミサイルの直撃を受け、炎の塊となって海面に叩きつけられ、四散した。
「こちらクナール3、敵だ!後方から狙われ……」
「ゴクスタリーダーよりアトランテス、クナール隊はたった今全滅した!1機でも突破し、正義の鉄槌を与えるべく吶喊する。祖国に栄光あれ!!」
「さ、そいつは困るんだよ。あたいらの帰る家を沈められちゃあね!!」
「そっちには恨みが無いが、やらせてもらおう」
ミサイルを浴びせられ、機関砲弾に撃ち抜かれてもなおも突破しようとあがく敵部隊。尾翼を吹き飛ばされ、エンジンから火と煙を吐き出した敵機が、僚機の盾となって放たれたミサイルを満身に受け、爆散する。空に散った同僚の名が交信越しに聞こえたきたのもつかの間、後方ぴたりと付けたXFA-24Sの機関砲攻撃を浴びせられ、炎の塊となった敵機が海面へと突っ込んで水柱の中に没する。ファレーエフ中尉の言うとおり、彼らにはまだ何も恨みは無い。だが、ここを通せば僕も良く知る人々、お世話になった人たちが犠牲者の列に加わってしまうことになる。敵パイロットたちにも、きっと家で待つ家族や恋人たちがいるに違いない。その絆を、僕は断ち切っていく。それをエゴだと言われればそれまでのことだ。そう、僕は僕自身が生き延びるために敵の命と絆を奪い取っている。だから、眼を背けることだけは絶対にしない。攻撃を浴びて穴だらけになった敵機の姿。真っ赤に煙ったキャノピー。無残に引き裂かれ、海面を漂う機体の残骸。それを生み出したのは誰だ?……他ならぬ、僕だ。覚悟は決めたんだ。僕のすべきことを、今は果たすのだ、と。
「――!グリフィス2より、グリフィス1、エネミー・イン・サイト!5時の方向、上方です!!」
「グリフィス隊各機は攻撃を継続!グリフィス2、敵護衛機を迎撃します!!」
「了解!」
「こっちは任しとき。しっかり頼んまっせ!!」
操縦桿をぐいと引き、ノーズを勢い良く跳ね上げる。スロットルを前方へと押し込んでアフターバーナーON、水煙を撒き散らしながら愛機XRX-45は急上昇していく。敵編隊が降下状態に入ってからでは遅い。撃ち漏らした敵機が、仲間たちに襲い掛かるのは自明の理だからだ。そう簡単に撃ち落されるような面子ではないけれども、やらせないのが最上の策だ!低空を行くF-35部隊とは異なり、護衛部隊はステルスではない。それでもSu-33なんて高性能機を繰り出してくるところ、レサス軍もいちいちやることに抜かりが無い。ダナーン海峡はまさにオーレリアとレサスの兵士たちの意地と意地とがぶつかり合う場となっているのだろう。コンソールを操作し、上空にある敵編隊に対して自動追尾を開始。モニター上をミサイルシーカーが滑るように動き出し、Su-33の群れを捉える。複数表示されたミサイルシーカーの枠が赤く反転し、完全に捕捉――ロックオンしたことを程なく告げる。兵装選択は中射程空対空ミサイル。全目標に対して、攻撃開始!!撃ち尽くしたらすぐに帰艦して再出撃しろというマクレーン隊長の言葉通り、撃ち惜しみすることなく攻撃を放つ。続けてグリフィス2のF-22Sからもミサイル発射。母機から切り離された8本のミサイルが、白い煙を吐き出しつつ設定された攻撃目標に対して加速していく。ミサイルの後を追って、夕暮れに染まる雲をつきぬけ、一気に高空へと舞い上がる。間一髪、友軍機を追い回す敵部隊に襲いかかろうとしていた敵機の出鼻をくじくことには成功したが、さすがに動きがいい。躊躇うことなく編隊を散開させた敵部隊は、僕らを包み込むように攻撃態勢を取っていた。攻撃を喰らって離脱した敵は2機のみ。そうそう簡単にはいかせてくれないってことだ!コクピットの中には鳴り響くのはミサイルアラート。複数の機体から放たれたミサイルが、僕らに対して迫りつつある。ペダルを蹴り、操縦桿を倒しつつ急旋回。突っ込んでくる敵機の正面へと敢えて踊り出し、反撃の機会を伺う。耳障りなミサイルアラートは相変わらず続く。まるで唸りをあげながら襲い掛かってくるミサイル。すんでのところで攻撃を回避した僕は、すれ違いざま、ガンアタックを敵機の鼻先へと叩き込んだ。破片を撒き散らしながら穴だらけになった敵機の機首が、一瞬後には後方へと消え去る。後方を振り返れば、新たな火の玉が一つ、膨れ上がるところだった。グリフィス2の攻撃も敵機を捉えることに成功し、黒煙を吐き出した敵機からパイロットが脱出していた。
「畜生……敵は南十字星とその2番機か!?」
「落とせば勲章ものだぞ。包み込んで叩き落してしまえ!!」
「……悪いけれど、僕はやられるわけに行かない。墜ちるのは、そっちだぜ!!」
「真っ先に墜ちたい人は私の前に出なさい。私は隊長ほど、優しくないわよ!」
左旋回から反転し、僕とフィーナさんは再び敵編隊に相対する。ヘッドトゥヘッドで迫る敵機。次なる攻撃に備え、僕はトリガーの上に軽く人差し指を伸ばし、照準レティクルを睨み付けた。

海の男、出撃 「マッカラン隊、ボウモア隊より報告。B分遣隊イージス艦への攻撃成功、現在炎上中!」
「敵航空母艦「フェルナンド」・「イサベルU」航行不能、火災消火のため漂流中」
「グレン隊、ロンリコ隊に損害発生!方位040に戦闘機群確認!」
慌しく飛び交う交信は、戦闘の激しさを何よりも物語っている。半世紀前の戦争とは異なり、CICにこもって戦闘指揮を執るようになった現代でも、その緊張が変わる事は無い。腕組みをしながらモニターを見上げるハイレディンの目は鋭く厳しい。ここまで航空部隊は予想以上の奮闘を繰り広げていた。兵力では圧倒的優勢にある無敵艦隊を相手にするには航空部隊による奇跡的な支援が不可欠ではあったが、バトルアクスの飛ばした檄が効いたのか、歴戦のパイロットたちの意地がレサスの兵士たちを圧倒しているのか、敵艦隊の動きは鈍かった。特に航空部隊の多くを差し向けた敵B分遣艦隊は、航空母艦から戦闘機を出撃させるよりも前に対艦ミサイルによる攻撃を浴び、甲板上の戦闘機にまで火の手が回って炎上していた。その炎が空を焦がしている光景を、遠く離れたこの艦からも眺めることが出来る。こちらがしているように、レサス艦隊からも艦隊攻撃部隊が飛び立っているはずだったが、切り札だったらしいステルス機の攻撃隊はよりにもよってグリフィス隊の餌食となって壊滅し、他の部隊も損害を出して一時撤退を余儀なくされていた。首尾は上々、だが難しいのはこれからだった。
「提督、間もなく敵A分遣艦隊が射程圏内へと入ります」
「敵の動きは?」
「転針なし、やる気満々、てところですな」
ハイレディンの口元に笑みが浮かぶ。
「……そうこないとな。パイロットたちが踏ん張っているんだ、海の男の意地を見せる最高の機会だ。派手に行くぞ。全艦に伝達!!かくれんぼは終わりだ。砲撃戦用意!!」
「砲撃戦用意!!」
最大戦速で海原を進むサンタマリアを先頭にした友軍艦艇の砲塔がゆっくりと動き出し、敵艦隊の方角へと砲身を向ける。この海を好き勝手に荒らし回る者どもに、掟を思い出させる時が来た、とハイレディンは確信していた。パイロットたちの奮闘に報いるためにも、実質的に2個艦隊を相手にするくらいの無茶はやってのけねばならない。ぐっと握り締めた拳を、ハイレディンは弓を引き絞るようにゆっくりと上げて行く。
「レサスのへたれどもに、ぶち込んで思い知らせてやれ!!オープン・ファイア!!」
拳が振り下ろされると共に、サンタマリアの主砲が火を吹いた。立て続けに艦隊全艦の砲塔が火を吹き、砲弾を敵艦隊へと一斉に放った。無敵艦隊A分遣艦隊との戦端をついに開いたオーレリア艦隊。その旗艦サンタマリアのマストに、普段とは異なる旗がはためく。それは、かつてこの海を支配した海賊艦隊ハイレディン家の海賊旗だった。
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