アルマダ海戦・中編
航空学校の生徒だった頃からの愛用の腕時計に目をやり、再び視線を前方に戻す。徐々に青みがかっていく空がコクピットの外には広がっている。敵艦隊から飛来した戦闘機部隊を中心に攻撃したグリフィス隊は一旦シルメリィに帰投、燃料と弾薬の補充を受けて再び空へと戻ったのだった。前線は徐々に航空母艦が待機している海域から遠ざかりつつある。補給中に戦況を確認しようとはしたけれども、結局飲み物をすすりつつ、機体のコンディションや兵装選択をフォルド二曹長たちと話している間に時間は過ぎ去り、その暇を与えてもらえなかった。仕方なく、戦闘哨戒を行いながらコンソールを叩き、ディスプレイに表示される各部隊の情報を確認し始める。
「――クラックスよりグリフィス1、応答願います」
「こちらグリフィス1、感度良好。戦況は?」
「データリンクで見ている君の方が詳しいような気もするけど……ま、いいか。敵A分遣隊は、既にハイレディン提督たちの艦隊戦力による総攻撃で壊滅。敵B分遣隊についても、航空戦力による反復攻撃で主力艦の大半が戦闘不能、海上に投げ出されている乗組員たちの救助活動も加わって実質的に壊滅と言って良い状態だね」
コンソールを操作し、ダナーン海峡を北上し続けるオーレリア・シルメリィ艦隊にカーソルを合わせる。その前方、針路を変更することなく南下を続ける敵のアイコンが表示される。無敵艦隊の本隊が、友軍の損害を無視できなくなった、ということなのだろう。
「敵本隊は?」
「既に先発した攻撃隊が仕掛けているけれども、分遣隊とは相手がさすがに違う。厄介なのが通常なら1、2隻でも事足りるイージス巡洋艦を5隻も配備していて、おまけに航空母艦まで引き連れているという陣容だからね。残念ながらほとんど戦果は上がっていないよ」
「了解、何とかやってみる」
「無茶はしないでくれよ、グリフィス1」
グリフィス隊の面々の真下を、どうやら敵本隊に攻撃を仕掛けた後らしい友軍部隊が通過していく。編隊のところどころに穴が開き、戦闘によって僚機が失われたことは明らかだった。薄煙を引きながら飛んでいる機体もある。
「グリフィス4より、パッソア隊。結構やられたね?」
「パッソア1より、洒落になってなかったぜ、姉御。近付こうにも護衛機の歓迎、さらにはイージス艦の対空ミサイル付きと来ている。レクソンとカイルが墜ちた。脱出はしていたようだがな」
「塩水飲んで目ぇ覚ましてる頃さ。先に行ってるから、ミサイルたっぷりぶら下げてきな」
「分かった。グリフィス隊、グッドラック!」
対艦ミサイルをぶら下げている愛機の挙動は、僅かながらに鈍いというところだろうか?指示されている進撃ルートに沿い、右方向へ緩旋回。操縦桿を慎重に手繰りながら、再び水平へと戻していく。さて、どうやって攻めようか?下手に遠くから仕掛けても、敵イージス艦による迎撃で対艦ミサイルがフイになる可能性が高い。かといって至近距離まで近寄るにも、今度は敵艦の対空兵装が厄介な相手となる。だが、僕らの部隊は幸か不幸か「標準」の機体ではなかった。なるべく使わないようにしてきたつもりだが、今回はそうも言っていられない。エネルギーは充分に装填されている戦術レーザー砲は、この局面を打破する一助になるに違いなかった。さらに、ADF-01Sが装備しているレールガン。超高速で飛来する弾頭の迎撃は事実上不可。誘導は効かないものの、発射から弾着までの時間がほとんど無いあの装備なら、敵艦に甚大な損害を与えることが出来るに違いない。仲間たちの損害をこれ以上出さず、かつ攻撃部隊の戦果を最大化する――無茶なオーダーであることは承知の上だけど、僕らなら出来ることが確かにあった。対空戦闘装備を再び満載したファレーエフ中尉たちになら、安心して上は任せておける。レーダーを見れば、僕らの後方に補給を終えて再出撃した攻撃隊の編隊の姿が見える。道を何とかして切り開かなくちゃならない。だが、敵もそうやすやすとは僕らを通す気がないらしい。レーダー上、僕らの前方に新たな光点を確認。IFF反応は敵。新手の迎撃部隊らしき機影が複数、僕らの正面に回りこみつつある。
「グリフィス6より1へ。敵迎撃部隊確認。前方展開中」
「こちらも確認しました。またフランカー」
「あたいらは人気があるみたいだね。大方、ジャスティンの機体をマークしているんだろうさ」
「どないするんや、グリフィス1?」
わざわざ敵を迂回している時間的余裕など無い。少しでも早く、航空戦力にとっての脅威を無くすことが先決だ。
「グリフィス5から7は敵戦闘機部隊の足止めを。グリフィス1、3、4で仕掛けます。2はアタッカーの護衛を頼みます」
「グリフィス2、了解」
「グリフィス5、了解した。上のことは気にしなくて良いぞ。ミッドガルツ、ロベルタ、付いて来い!」
高度を上げていく3機とは逆に、僕らは低空へとダイブ。オーレリア艦隊に仕掛けてきたF-35部隊と同じように超低空侵入に備える。僕らの向かう先の空が、何度か明るく瞬いた。もしかしたら、無敵艦隊本隊とオーレリア艦隊との直接的な交戦が始まったのかもしれない。まだ肉眼では確認できない敵艦をレーダーから探索し、ディスプレイに表示されている戦術レーザー照準にリンクさせる。スロットルを押し込む手を緩めず、速度と高度を維持。グランディス隊長のADF-01Sが僕の横へと並ぶ。既にレールガン・ユニットがコクピットの下から顔を覗かせている。スコットのXFA-24Sは、対艦ミサイルの発射高度を確保するために少しばかり僕の上に位置を取っている。そして、後方には、フィーナさんの乗るF-22S。
「低空侵入時の攻撃は迫力あるよ?ビビって海面にキスすんじゃないよ、ジャス、スコット?」
「分かってますよ。グランディス隊長も気をつけて」
戦術レーザーユニット、オープン。コクピット下に格納されていたレーザー砲がせり出し、砲身が姿を現す。ディスプレイには、レーダーとリンクして目標の姿を捕捉した照準レティクルが表示され、射程距離までの残り距離を弾き出していた。その距離が僅かになって来た事を確認しつつ、トリガーに指をかけて呼吸を整える。敵艦隊本隊の前方艦船はオーレリア艦隊への攻撃を徹底するためか、僕らの進行方向左へと針路を変えつつある。そのうちの1艦、イージス巡洋艦の一つに僕は狙いを定めていた。ADF-01Sとの奇襲攻撃と同時にXFA-24Sから対艦ミサイルを連続射出。戦闘艦を足止めしつつ敵艦隊の懐へと飛び込んでオーレリア艦隊の支援に就く。簡単に言うなれば、そんなシナリオになるだろうか。空に瞬く光は、次第に数を増しつつあるように見える。僕らもこれまで散々無茶をしてきたように思うけれど、ハイレディン提督たちも相当に無茶なことしてくれるもんだ。彼らの好意には、応えなきゃ。照準レティクルの外枠が点滅を始める。間もなく射程圏内に入ることを示すサインだ。じっと前方と照準を睨み付ける。心地良い電子音と共に、照準が赤い外枠で囲まれる。レーダーリンク、ロック完了。レーザー砲装填完了。
「グリフィス1、エンゲージ!」
「グリフィス4、エンゲージ!派手に行こうじゃないか!!」
ADF-01Sから連続して青い光が放たれ、あっという間に姿を消す。赤く輝く光条が敵艦から外れないように姿勢を維持しながら、トリガーを引き続ける。照準の隣でカウントダウンが始まる。次発装填のためのエネルギーカットまでの残り時間だ。まだ破壊出来ないのか、と心の中と呟いていると、一際明るい炎が、今度ははっきりと肉眼でも確認できた。大きな炎の塊が二つ、海上で膨れ上がっていた。続けてXFA-24Sから放たれた対艦ミサイルが、僕らの横を追い抜いて敵艦隊へと加速していく。次初装填完了と共に再攻撃。同一目標に再びレーザー攻撃を浴びせる。僕の目で確認する事は勿論出来なかったけれど、2回目のレーザー攻撃は敵イージス艦の艦橋構造部に命中し、イージス艦の命とも言うべきフェーズド・アレイ・レーダーをズタズタに引き裂いていった。先の攻撃で火災が発生した艦隊後方弾薬庫に続いて、艦橋部からも火の手が上がる。と、魚雷でも命中したかのような火柱が吹き上がった。弾薬庫の火災が拡大し、砲弾類が炸裂したのである。炎が見る見る間に艦全体へと拡大し、黒煙がもうもうと膨れ上がる。その後方では、レールガン弾頭の直撃を被った巡洋艦が大きく左側へと傾いで炎に包まれていた。艦側方から飛び込んだ弾頭は、巡洋艦の艦体に大きな穴を穿ち、そして爆発した。猛烈な衝撃と爆発によって広がった裂け目から、大量の海水が艦内へと流れ込んだ結果だった。
「さあ、行くぞ!」
損害を出したとはいえ、まだまだ多数の艦艇を擁する無敵艦隊本隊の真っ只中へと、僕らはついに飛び込んだ。これまでとは比べ物にならないように激しい対空砲火の弾幕を潜り抜け、速度を殺さないようにしながら一旦後方へと抜け、編隊を解いてブレーク。グリフィス2のF-22Sが後方にポジションを取っていることを確認しながら左急旋回。再攻撃すべくトリガーに指をかけた僕の目に、敵艦から打ち上げられた対空ミサイルの姿が飛び込んできた。そんなに撃たなくてもいいだろうに、とぼやきながら海面上を這うような高度に舞い降りて加速する。僕の姿を捉え切れずに海面へとヒットしたミサイルが立て続けに炸裂して水柱を吹き上げる。間一髪。レーザーで狙う余裕も無くなり、ミサイル攻撃へと切り替えて獲物を探す。敵艦隊の陣形内側に位置する航空母艦の一つを目標に定め、対艦ミサイルを発射。XRX-45から切り離されたミサイルが2つ、航空母艦のどてっ腹目掛けて白い排気煙を吐き出しつつ加速する。敵航空母艦のCIWSが火を吹き、海面を激しく叩く。ミサイルの1本はついに捉えられ火球と化したが、その爆発で一瞬レーダーに乱れが生じた隙に、もう1本が航空母艦へと飛び込んだ。炎と黒煙の塊が膨れ上がり、空母の巨体を揺るがした。衝撃が余程大きかったのか、甲板上に並んでいた敵の機体が二つ、滑り落ちて海面へと落下。黒煙に包まれながらもこちらに対空砲火を浴びせてくる航空母艦の直上を高速で通過する。敵巡洋艦から、激しい対空砲火が浴びせかけられる。機体を数度ローリングさせながら攻撃を回避した僕は、三度ヒット・アンド・アウェイを徹底すべく一旦敵艦隊の外へと飛び出していく。海面に次々と煌く炎は、オーレリア・シルメリィ混成艦体の艦砲射撃。艦隊のレベルの高さを証明するかのように、数的には完全に上回っているはずの無敵艦隊からの攻撃にもかかわらず、致命的な損害を被っている艦は全く無かった。徹底した集中砲火を実践するハイレディン艦隊の破壊力は圧倒的だ。数十発の砲弾を一気に喰らって耐えられる艦艇など、まず存在はしないのだから。猛攻を喰らった艦艇が炎の塊と化す。レサス軍艦艇からの反撃がオーレリア艦艇の頭上に降り注ぐ。
「こちら第1艦隊、ハイレディンだ。南十字星、無事で何よりだ!白い機体が良く見えるぜ!!」
鼓膜にビリビリ来るような大声は、第1艦隊ハイレディン提督のものだった。解放軍の将官の中で最も高位にあるはずなのに、普段の言動にはそんな素振りがない……というより、どちらかと言えば船乗りそのものと言うべきだろうか?今は敵本隊に吶喊中のイージス巡洋艦「サンタマリア」で指揮を執っているはず。
「こちらグリフィス1。提督、まだ敵艦艇の戦力は強大です!総攻撃は待ってください!!」
「はっ、心配は有り難いんだがなぁ、海の連中なめてんじゃねーぞ、小僧。この本隊のせいで航空戦力にも結構損害が出ているんだ。強大?結構だ。どうせやるなら、やりがいがある方ってやつだ。それにこっちにゃ切り札がある。グリフィス隊全機、それに今攻撃に向かってる航空部隊全隊、敵艦隊西側に布陣している奴らを片っ端から潰してくれ。ただし、旗艦は落とすな。そこまでやってくれりゃあ、後は俺たちが引き受ける」
「しかし……」
「こちら巡洋艦ピルグリム。ぐだぐだ言ってると、SAMをぶち込むぜ。お前さんに払わなきゃならないツケがたまってるんだ、こちとらぁ」
「ま、そういうことだ。オーレリア海軍の船乗りの意地、見せてやるぜ。こういう戦い方もあるんだってな。――復唱はどうした!?」
「――了解しました。敵艦隊西側の艦艇に攻撃を集中、その後はサンタマリアの護衛に就きます!」
右ロール、急旋回から水平に戻し、再び敵艦隊を正面に捉える。ただし、今度の目標は西側の数艦。数の暴力に任せて、敵艦隊は集中陣形を解き二手に分かれてオーレリア・シルメリィ艦隊を包み込もうと動き始めている。それに対し、オーレリア・シルメリィ艦隊は西側部隊へと針路を寄せながら驀進を続けていた。友軍艦艇の頭上を飛び越え、周囲に友軍機が存在しないことを確認し、僕は再び戦術レーザーのセーフティを解除した。敵艦艇から放たれる対空砲火の曳光弾が無数に空に煌く。絶対に当たるものか、と呟きながら、尚も速度を維持して飛び続ける。敵フリゲート艦がこちらの姿を捉え、艦隊後部のVLS発射基が白い煙に包まれる。打ち上げられたミサイルが姿をみせるのとほぼ同時に、僕はトリガーを引いた。赤い条光が空間を貫き通し、そして目標を捉えた。超高熱のレーザーは艦体装甲を蒸発させて穴を穿ち、内部へと飛び込む。ステップを軽く踏み込んで右方向へと針路修正。結果、レーザーは刃のように艦体を引き裂き、損害を拡大させた。艦橋部を覆い隠すような火球が膨れ上がり、次いで艦全体に炎が回り始める。後に続くF-22Sからもミサイルが放たれ、その後方に位置する別の巡洋艦へと向かう。弾幕と黒煙とを振り払うようにしながら姿を消すミサイル。だが、グリフィス2が狙っていたのは艦艇ではなかった。被弾して黒煙を吹き上げる艦艇を隠れ蓑のようにして隠れていた敵機だったのだ。ホバリング状態から加速することも出来ず、ノーズでミサイルを受け止めた敵機が四散する。危ないところだった。気が付かずに放置しておけば、一時的とはいえ艦艇に対する攻撃を中止しなければならなかったに違いない。
「グリフィス2、グットキル!」
「敵も相当にしぶといけれど、背中は任せておいて」
「……くぁぁ、聞いているとこっちが恥ずかしくなるぜ。なあバターブル?」
「いえ、昔の隊長とリン嬢と同じレベル……って……マジでロックオンしないで下さいよ、隊長ォォォ!」
「バトルアクス・リーダーよりグリフィス1、加勢に来てやったぜ!艦隊の突破口をこじ開けるんだろ?手伝うぜ」
「こちらマッカラン隊、ミサイルをケチるんじゃないぞ。攻撃開始!!」
到着した援軍から放たれた対艦ミサイルが、次々と敵艦に襲い掛かる。そのうちの何発かは迎撃されて空中に火球を出現させたが、攻撃を潜り抜けた数発は目標に到達し、炸裂した。その混乱に拍車をかけるように、艦隊戦力からの砲撃とミサイル攻撃とが降り注いでいく。フリゲート艦の一つが瞬時に何発もの砲弾の直撃を受けて甲板上を炎に染める。反撃で放たれた砲撃に砲塔の一つを破壊された友軍艦艇がなおも最反撃の攻撃を繰り出す。空対空ミサイルを喰らった敵迎撃機がコントロールを失い、海面へと突き刺さる。後方から追いすがるように放たれた対空砲火をローリングで回避し、さらにミサイルは敵艦艇の間を潜り抜けて追跡を振り切って回避。旋回から水平に戻し、高度を変更して仕切り直そうとする僕の真正面に、敵航空母艦。その甲板上、F-14Dがカタパルトからまさに射出されようとしていた。距離が無い!ガンモードに素早く切り替え、離艦しようとしていた敵機の鼻先へと攻撃を叩き込む。同時にF-22Sもガンアタック。機首からへし折れたF-14Dをかわし、さらに甲板上にパルス・レーザーを叩き込む。甲板上で待機していた敵機が数機、炎に包まれるのを確認し、アイランド前を高速で通過する。レーダー上、オーレリア・シルメリィ艦隊と敵艦隊本隊の距離はさらに近付き、最も接近している艦艇同士はライフルで撃ち合ったら届くような距離にまで迫りつつあった。幾らなんでも突出しすぎじゃないのか?事実、友軍艦艇の中には炎と煙をあげたまま尚も進撃を続けている艦艇がいるのだから。だが、その動きは整然としていて、まるで敗北することなど微塵も考えていないように見える。否、ハイレディン提督がそうであるように、艦艇の乗組員たちは勝利することを微塵も疑っていないに違いない。ここまで積極策に出てくることを、無敵艦隊は予測していなかったに違いない。数では未だに僕たちを上回るはずの敵艦隊の動きは、決して鋭くは無い。むしろ鈍重と言っても過言ではないだろう。提督があそこまでの覚悟を決めているんだ。僕も、やるべきことを果たすだけだ!再び反転し、友軍艦艇への攻撃態勢を取ろうとしている敵艦を次の攻撃目標に捉え、追尾を開始する。ディスプレイ上をミサイルシーカーが滑るように動き、敵艦を捕捉する。ミサイルレリーズに指を軽く乗せながら、僕は「その時」が来るのを待って空を睨み付けた。
戦闘開始から間もなく1時間が経過しようとしていた。数的にも圧倒的優位にあったはずの戦闘は、レサス軍の首をますます絞めるばかりだった。こんなはずは無い。旗艦ダイダロスのCICに詰めた男たちだけでなく、無敵艦隊に所属する兵員たち共通の思いとなりつつあった。数的優位が慢心に繋がったことは否めまい。艦隊を分けて包囲する作戦自体は良かったのだが、敵の行動と攻撃力はレサス軍の想定を遥かに上回っていた。何より、彼らはオーレリア本土における不正規軍との戦闘を経験していなかった。開戦当初、呆気なく葬られていった旧オーレリア軍の姿は無く、劣勢の戦いを強いられ続けた強者揃いの解放軍が相手であることを肌で知らなかったことが災いした。全戦力を叩きつけられた艦隊右翼の艦艇には甚大な損害が発生していたが、オーレリア艦隊も巡洋艦2隻が戦闘続行不能となり戦場から離脱、満身創痍の悪あがきをしているに過ぎない――レパルト・バクシーはそう確信していた。
「中将、敵艦隊がさらに突出してきます!」
「止むを得ん。砲撃戦用意、1番、2番砲塔は目標を設定せよ!」
最早譴責を逃れる術は無い。ならばせめてもの報いとして、オーレリア艦隊を殲滅させねばならないのが、無敵艦隊司令としての役割だった。ナルバエスの狐のおかげで、この戦闘は各所で収録されている。おかげで損害だけでなく戦況まで捏造することが出来ない。それもこれも……!モニターが捉えた「白い凶星」の姿を、バクシーは憎々しげに睨み付けた。そのモニターの一つが、真っ白な閃光によって漂白された。白い光は、やがて艦体全体を炎に包んだ僚艦へと姿を変える。それがダイダロスの傍らに在って護衛任務に就いていたフリゲート艦テレサのものだと判明するや否や、動揺がCICの中に音も無く広がっていった。このように間近でダイダロスの乗組員たちが戦場を経験するのは初めてと言って良い。最前線に自らを置いていることを今更ながらに思い知り、神に呪詛の言葉を浴びせている者もいるだろう。バクシー自身がそうなのだから。
「敵艦隊、急速接近!!……な、あれは!?」
「報告は正確に行え!!」
「て、敵艦隊旗艦「サンタマリア」です!!」
黒煙と炎とオイルにまみれた海面を、オーレリア艦隊が迫り来る。彼らの放つ砲弾がダイダロスの周囲に着弾し、幾本もの水柱が立ち昇った。やはり狙いはこの艦か!だが、それならそれでやりようはいくらでもある。甘いぞ、ハイレディン提督!かつてはこの海を統べた海賊の末裔は、所詮猪突猛進の男でしかなかったか。勝利は無いが、オーレリア艦隊の殲滅をバクシーが確信した、その時だった。
「サンタマリアからミサイルの発射を確認!!数は2!!」
「何だと、この至近距離でか!?」
「右舷対空砲、撃ち方始め!!」
右舷の対空砲台が一斉に火を放つ。曳光弾の輝きが空を埋め尽くしていくが、なかなか当たる物ではない。直撃を被ればダイダロスとてただでは済まない。だが、窮鼠猫を噛むの例えもある。もしハイレディンが自暴自棄になって、自らをも巻き込んで無敵艦隊を消滅させる気ならば、もっと恐ろしい選択肢もあるのだ。それだけはやってくれるなよ、と祈るような気持ちで、バクシーはモニターを注視する。飛来するミサイルは2本とも、ホップアップのタイミングを狙われて蜂の巣になっていった。火花を飛ばし、ブースターからの炎が不規則に吹き出し、次いで弾頭部に直撃した機関砲弾が、ミサイル自体を誘爆させる。ズシン、という衝撃で艦が揺らぎ、CICの中にも振動が伝わってくる。だが、やった、という安堵をバクシーが感じたのはほんの一瞬だった。何か、白く輝くものが、ダイダロスを中心に舞っていたのである。これは……チャフか!!予想通り、レーダーが漂白されたまま何も映さなくなっていた。それだけではなく、敵旗艦サンタマリアによるECMが艦隊間の交信を阻害し、レーダーや通信機能を遮断し始めていたのだった。もっとも、レーダー等の機能が失われたとしても、目視での目標設定・攻撃は可能である。だが現代戦での「目」を奪われたことは、旗艦ダイダロスとその護衛艦たちを動揺させるには充分だった。そして、その僅かな隙こそ、オーレリア艦隊司令ハイレディンとシルメリィ艦隊司令アルウォールが待ち望んでいたものであった。急転は、ダイダロスを揺るがす衝撃となってやって来た。チャフがダイダロス周辺を包み込んでいる間に肉迫したオーレリア艦隊はそこで急転針。そして、サンタマリアの傍らに在った旧式のヘリ搭載型フリゲートが大回りの針路を取ったが、それはダイダロスの航行ルートに重なっていたのである。斜め横から舷側を擦り付けるようにして、ダイダロスとフリゲート艦は側面で衝突した。衝撃でバクシーもバランスを崩し、指揮卓に必死に掴まる羽目となった。下手糞め、と毒づいた彼は、右舷側に張り付いた敵艦を睨み付ける。
「くっそ……でも損害は軽微!浸水もほぼありません!!」
「無様な敵艦よ。そのまま押し潰してやれ!!」
「りょうか……何だ、何が始まった!?」
信じ難い光景が、モニターに映し出されていた。衝突した敵艦の艦内から姿を現した敵兵が、ダイダロス目掛けて何かを放っていたのだ。続けてヘリが格納されていたであろうデッキから運び出されたのは幅を広めにしたタラップ状の物体だった。唖然としている間に、タラップは敵艦とダイダロスとの間にかけられた。そして、敵艦から一斉に姿を現したのは、完全武装の屈強な兵士たちだった。馬鹿……な。オーレリア軍は、本気でこの艦を丸ごと制圧するつもりらしい。
「な、何をしている!さっさと敵艦を引き剥がせ!!早く!!」
「駄目です!!頑丈なワイヤーか何かを撃ち込まれていて、すぐには剥がせません!!」
「こんなことが……現代戦にあるまじきことが……!」
ダイダロスに乗り込んだ兵士たちは、早くも水密扉をバーナーで焼き切って侵入を開始した。単純な乗組員の数なら、このダイダロスの乗組員数は敵を上回る。だが、敵はどうやら陸戦隊のプロをわざわざ引き連れてきたらしい。それも、一つ間違えれば作戦がフイになるような船に乗せて、だ。
「て、敵艦隊から発光信号。解読します。……ウ・ミ・ノ・オ・キ・テ・ヲ・オ・モ・イ・シ・レ」
「海の掟……だと?」
その言葉は、かつてレサスを救った海賊、キホーテ・ハイレディンのものと重なる。空調も効いているはずのCICの中で、バクシーはまるで気温が10度近くも下がったような悪寒を感じた。ダイダロスに喰らいついた敵艦のマストには、この海に在る者が決して知らぬはすの無い旗が翻っていた。ハイレディン家に伝わる海賊旗が――。
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