アルマダ海戦・後編
国籍が違ったとしても、軍艦の造りなんてのは大体どこでも似ているもんだ。サンタマリアに比べれば遥かに長い通路をひた走る。目指すは艦橋構造部の下。それを制圧してしまえば、名実共に無敵艦隊旗艦の役割は終わる。いや、既に終わりつつあると言うべきだろうか?狭い艦内では取り回しのしにくい重火器はあまり使い勝手が良くない。それに、あまり派手に壊しすぎると後々面倒なことになってしまう。その巨体に比べると明らかに小さく見えるMC51を構えつつ、背中には愛用のM3ショーティを背負いながら、ハイレディンは部下たちと共に艦内を全力疾走していた。その進む先、廊下に火花がいくつか煌く。フルオートモードで前方に突き出したMC51のトリガーを引き絞る。後方からは部下の放つ援護射撃が敵兵に向けて浴びせられていく。銃弾の衝撃波に激しく踊らされた兵士が二人、床に広がる血だまりの中に突っ伏して動かなくなる。敵方の火線が止んだのを確認してさらに前進。その進む方向から悲鳴と慌てて遠ざかる敵兵の足音とが聞こえてくる。必要の無い殺生が避けられるなら、それに越したことは無い。
「バイキング・リーダーより各隊、状況を知らせろ!」
「バイキング2、第2艦橋制圧間近!」
「バイキング3、後部弾薬庫確保!敵乗組員の抵抗なし!!」
「バイキング4、こっちは苦戦中!ま、何とかしますぜ」
万事順調といかないのは承知の上だ。何しろ、まともな人数比較なら「ダイダロス」艦内には突入部隊の5倍強の敵兵が乗り込んでいるのである。もし全員がフル武装していようものなら、全滅の憂き目を見るのはこちらの方だ。だが、昔と異なって艦の乗組員同士が殺しあう肉弾戦の舞台は、海の上からほぼ消え去った。レーダーの発達、攻撃兵器の精度向上、ミサイル1発で勝敗が決する時代において、船を接舷させて敵艦を攻撃するなんて手段は、「現代的」ではなくなったのだ。その結果、艦内には乗組員に行き渡るほどの火器が満足に揃っていない。拳銃ならともかく、狭い艦内でも扱いやすいサブマシンガンの類は積み込まれていたとしてもごく僅かに違いないのだ。さらに、乗組員たちも直接銃を構えての戦闘には全く慣れていない。それに対して今乗り込んでいるのは、戦闘訓練も充分に積ませて来た部下どもに、陸戦隊と海兵隊から借り受けた猛者どもだった。コンピュータの扱いはからきしだめでも、肉体の戦闘技術にはずば抜けたマッチョたち。CICの中から眺める海戦も良いが、ご先祖さんの時代同然に自ら身体を張って敵地に飛び込んでいることに、ハイレディンは例えようのない充実感を覚えていた。
「お頭!そろそろ敵さん本丸周辺ですぜ。どはっ!」
血煙が部下の腕から飛び、もんどり打って倒れる。その襟首を引っ掴んで角の先へと放り投げる。"いたぞ、進ませるな"という声が通路の先から聞こえてくる。続けて火線が廊下の向こうから飛んできた。シュガッ、という音が聞こえたと共に、銃弾が頬を掠めて切り裂き、ハイレディンの左腕に1発が命中して血煙をほとばしらせた。
「提督!!」
飛び出そうとした部下を目で制し、ハイレディンは肩に背負っていたM3ショーティを左腕に掴んで進み始めた。右手にはMC51を、そして左腕にはM3ショーテイをしっかりと構える。面白いことしてくれるじゃねぇか……ハイレディンの口元に浮かんだ凄惨な笑みを見て、海兵隊から参加している兵士の一人は肝を冷やしたものである。オーシアに伝わる伝説の「鬼隊長」も、もしかしたらこんな雰囲気を持っていたのではなかろうか、と。
「レサスのヘナチョコ弾ごときで……このハイレディン様を打ち倒せると思ってんのか!?ああっ!?」
通路の先めがけて銃身を突き出し、トリガーを引き絞りながらハイレディンは全力疾走を始めた。撃ち尽くして弾装が空になったMC51を前方へと放り出し、雄叫びを上げながらM3ショーティをぶっ放す。混乱に陥ったのは敵兵たちだった。傷を負わせたはずの敵が真っ向正面から突っ込んでくるなど、理性でどう対処すべきか分かっても、身体が反応しないのだ。ショットガンの攻撃を浴びた敵兵が吹き飛ばされて通路の奥へと転がっていく。応射の火線が通路を走るが、ハイレディンの巨体にすら命中しない。そして、彼の背後からはオーレリアの猛者たちが突撃を開始していた。レサスの兵士の放つ火線は、倍以上の密度を持った反撃によって報われた。動揺する敵兵たちの真っ只中に踊りこんだハイレディンは、手近の一人の腕を強引に掴み上げ、背負い投げを喰らわせる。投げ飛ばされた敵兵が立ち上がるよりも早く、腰に括り付けて来たカトラスを引き抜く。手入れを怠ったことの無い、家に伝わる業物だ。向けられようとした小銃の真上から振り下ろし、その銃身を両断。柄の後ろ側で敵兵の頬骨を砕く。
「さあっどうした!?ハイレディンの首を獲ろうっていうイキのいい奴はいねぇのか!?」
仁王立ちになったハイレディンに立ち向かえる者はいなかった。そこにオーレリアの兵士たちが殺到し、逃げ場を失ったレサスの兵士たちは嫌も応も無く両手を挙げた。手早く部下たちに数珠繋ぎに繋がれた彼らは、廊下のパイプに横並びに括り付けられてしまった。
「お頭、肝が冷えましたぜ、本当に」
「まだまだ死ぬほど悪いこたぁしてねぇぜ。さてこいつら、どうしてくれよう?」
「見せしめに殺っちまいますか?」
ひいい、という悲鳴が敵兵たちの口から挙がる。
「提督!ダイダロスCICルーム発見しました!!」
「……だそうだ。俺としては、こいつらに紫のビキニパンツを履かせて記念写真を撮ってやりたかったんだが、後回しみたいだな。おいっ!礼のモノは持ってきているな!?」
「アイアイサー!」
ノックしたところで素直に開けてくれるはずもない。部下の一人が背負ってきたのは、こんなときにはお役立ちのバーナーカッターの一式。脅えた表情を一様に浮かべている兵士たちに一瞥を与え、ハイレディンはCICルーム前の通路へと足を踏み入れる。頑丈な造りの扉は、兵士たちがいくら体当たりをかましたところで開く代物では無かった。かといって、爆薬をしこたま使って吹き飛ばしてしまっては、後々使う身が困ることになってしまう。
「リディス、この扉の一角だけくり貫くことは出来るか?」
「お安い御用ですぜ。扉全体たたっ切るよりは余程楽ですぜ」
「増援がかかると面倒なことになる。3分で終わらせろ」
「アイ・サー!」
「それとこれだ」
ハイレディンは自らの腰ポケットから、円筒状の缶を数個取り出し、バーナーを構えた部下に手渡した。その物体の正体を確認したリディスが、呆れたような笑いを浮かべた。
「お頭も人が悪いですなぁ」
「安上がりでいいだろう?」
「……じゃ、3分守りきってくださいよ」
言うなり、扉に向かったリディスが全開でバーナーのスイッチを入れる。金属が焼ける匂いが通路に満ち始め、ハイレディンは唇を軽く舐めつつ、レサスの兵士から接収した小銃を身構えた。敵がCIC側に陣取ったことは、中からの連絡で知れ渡っているだろう。息を潜めて待つ彼らに向かって、金属を叩く足音が近付いてきた。閃光手榴弾のピンを引き抜いた部下が、数個、足音の方向へと向かってそれを放り投げる。バシン、という音と共にはじけた手榴弾の光が通路を真っ白に漂白し、その光をまともに浴びた兵士がのけ反っている姿が影の様に映し出される。再び火線が敵兵へと殺到し、直撃を浴びた者が死へと直結する痙攣するようなダンスを踊る。ここに敵が集中することによって、部下たちの向かっている方面は手薄になるだろう。何としてもここを凌ぎ切り、獲物を捕らえねばならなかった。サンタマリアで指揮を執るアルウォール提督のためにも。そして、空で奮戦するパイロットたちの戦いに報いるためにも。
「おらぁぁぁぁ、俺はここだぞ!!しっかりと狙ってみんかぁぁぁぁっ!!」
仁王立ちのまま両手に構えた小銃を、ハイレディンは文字通りぶっ放した。命中精度は著しく落ちるだろうが、様は時間が稼げればそれでいい。慌てふためいて奥へと下がっていく敵兵たちの悲鳴に向かって、彼は豪快な笑い声を送ってやった。今頃敵兵の間ではどんな通信が交わされているのだろうか?蛮族が居座ったとでも叫んでいるのだろうか?ま、こんなナリじゃあ、海賊同然で軍人には見えないことは間違いあるまい。もっとも、ハイレディンの覚悟は実は若干無駄に終わっていた。この時、彼の部下たちは各自の目標点の確保に成功。「その場で待機」が命令であったにもかかわらず、各個に攻撃隊を再編成してCICを目指しつつあったのだ。このため、ダイダロスCICから発せられた緊急報にもかかわらず、大半の兵士たちがそれよりも前に足止めされてしまっていたのだった。だが、そのことをまだハイレディンは知らない。彼は永年の相棒である古びたダイバーウォッチに目をやり、ついで背後を振り向いた。ガコン、という音が彼を出迎える。リディスの足元に、一辺10センチ程度の四角い金属片が転がっている。
「よっしゃ、貫通!!」
「でかした!!中の悪い虫を燻し出すぞ。放り込め!!」
既にスタンバイさせておいた缶を、部下たちが次々と放り込んでいく。CICの広さを考えれば十二分なほどの個数が放り込まれると、扉に開いた口にビニールで目張りをして完了。後は耐え切れなくなって出てきた連中をふんじばってしまえば良い。撃ち尽くした小銃を放り投げたハイレディンは、愛用のカトラスのみ構えてその時を待つ。今頃、この扉の向こうはある意味地獄絵図に近い状況になっているだろう。さて、どれだけ耐えられるだろう?レサス軍人の意地とやらを見せてもらえるだろう、と期待していたら、思ったよりも早く反応が来た。ドンドンドン、と叩く音が聞こえたと思ったら、がっちりと閉ざされていたドアが中から勢い良く開かれたのだ。扉の前にいたリディスが、危うく扉と壁のサンドウィッチになるところだった。激しくむせ返りながらレサスの軍服が折り重なるようにして倒れ込んでくる。軍服の群れの前でカトラスを突き出すと、最早抵抗の意志を完全に失った男たちが一斉に悲鳴を挙げた。その中から最も上位の階級章をぶら下げた男を見出し、ハイレディンは太い腕を彼の首に巻き付けて、カトラスを首筋に当てた。
「ゲホッ……がほっ……、き、貴様は……?」
「この紋章に見覚えくらいあるだろ?海の掟を忘れたあんた等に、きついお仕置きをしに来てやったぜ」
無敵艦隊司令レパルト・バクシーの顔に、はっきりと敗北の二文字が刻み込まれる。
「まさか、こんな原始的な戦いで制圧されるとは、無敵艦隊の名前が恥ずかしい……」
「レサスを私物化している男の命令に従った罰さ。迷いの無い状態で戦っていたら、殲滅されたのは俺たちの方だ」
「トドメがこんなものとはな。徹底的に負けると、逆にすがすがしくもある。少なくとも、今は通路の空気が美味であることは間違いない」
脱出する時に拾ってきたのだろうか?バクシーの手には、部下たちに放り込ませた円筒状の缶――少量の水で効果を発生させる殺虫剤が握られていた。手錠などをかけてやる必要も無い。カトラスを首筋から放すと、よろめきながらも敵将は立ち上がった。私にやれることをやれというのだろう?と語った彼は、オーレリアの兵士たちに完全に包囲される中、まずはダイダロス艦内に戦闘停止命令を、そして、無敵艦隊とシルメリィ・オーレリア艦隊に向けて「降伏勧告」を受諾した旨を、バクシーは咳き込みながらも伝えきったものである。
「さ、やるべきことはやった。将校らしい扱いをしてもらおうか?」
それに対し、ニンマリとハイレディンが笑みを浮かべた。
「いや、もう一つやってもらうことがある。ちょっと手荒いが、安全なところで高みの見物をしているオッサンへの当て付けがまだなんでな」
「当て付け?……好きにしろ。どうせ私は敗将だ」
応答を聞き終えるよりも早く、ハイレディンはバクシーの身体を担ぎ上げた。この戦いをオンエアしている敵総大将に、これ以上無い屈辱的な思いをさせてやろう。自信満々の顔に浮かぶであろう表情を想像しながら歩き出した「海賊頭」の高笑いが、陥落した「ダイダロス」の通路に木霊した。
既に戦闘が終結しているとはいえ、あれだけの激闘が繰り広げられたのだ。ダナーン海峡にはオイルと炎と黒煙とが未だに燻っていた。無敵艦隊本隊と全面衝突したシルメリィ・オーレリア艦隊も無傷というわけにはいかず、後方で待機していた航空母艦や補給艦と合流した後は、突貫工事での修復作業が進められていた。航行不能になったレサス軍の艦艇が洋上を漂っているが、既に乗組員の姿は無い。生存者たちは残存艦艇に乗り移り、既にこの海域を離れていたからである。唯一、敵方の生存艦である「ダイダロス」だけが、オーレリア海軍に"接収"されたものとして、艦隊と合流して修理を受けている。間近に見ると、やはり戦艦クラスは大きい。あの主砲弾の直撃を食らったら、フリゲート艦クラスなど簡単に沈められてしまうに違いない。よくもまぁ、うちの艦隊はそんな砲弾の雨の中を無事に潜り抜けたものである。
「しっかし、敵の旗艦奪い取るなんて、うちの大将たちもホントに無茶が好きやなぁ」
「提督自ら先陣切って乗り込んだって聞いて、さすがに僕らも焦ったよ。でもまぁ、正直この程度の損害で済んだのは、旗艦を陥落させてくれたおかげだと思う」
「まぁ、ユジーンの言うとおりだと思う。実際、ギリギリのタイミングだったんじゃないか?」
旗艦に敵兵が乗り込んだと知れた後のレサス艦隊の反撃は、事実熾烈なものだったのだ。弾薬が欠乏していく中、航空部隊も、艦隊戦力も必死の反撃を続ける中、敵将の「降伏勧告受託」報が飛び込んできたのだ。結果的に無敵艦隊を全滅せしめることは可能だったろうが、その時は相応の損害を覚悟しなければならなかったに違いない。僕のXRX-45も、戦術レーザーはエネルギー切れ、パルス・レーザーもオーバーヒート。ミサイルもスッカラカンという状態だったのだが、敵航空部隊が逃がしてくれなかったのだ。幸いにして損害を被ることはなかったのだが、戦いが長引けば防戦一方にならざるを得なかった。こうやってシルメリィの甲板の上に立っていることが、何だか不思議な気分ですらある。航空部隊の損耗も少なくは無く、全隊合わせて大破又は撃墜された機体が23機。うちパイロットの戦死は8人。行方不明が2人。小破程度の機体は応急措置で使いまわすとしても、アレクサンデルとシルメリィの予備機をフル活用しなければならない状況である。無敵艦隊を相手にしたと考えれば、これでも少ない損害ではあるのだが。戦死者の中には顔を知っている傭兵たちも含まれていて、その事があまり勝利を祝う気になれない原因の一つであろう。
「そういえば、ナバロはこの戦いをどう演出したのだろう?」
「オーレリアによる蛮行、一色だね。敵の司令長官をブリッジ上に晒した映像が何度も繰り返し報じられていて、ニュースの度にそれを引き合いに出して国際社会へアピール中だとか。一方でガウディ議長の「鼻薬」も効いているのか、各国の反応は沈黙ばかりさ。レサスと友好関係にある一部の国くらいかな、反応しているのは」
「ライブでオンエアしてちゃあ、隠しようないさかいなぁ。あの傲慢顔、さぞや歪めてはったんやろなぁ」
「そっちをライブで拝見したいところだよね」
「お、ユジーンも壷が分かってきたやないか」
「もっとも、CIC制圧の裏話はさすがに報じられてないみたいだけどね」
「裏話ぃ?」
「最後にバルサン焚いたんだってさ。煙幕代わりに」
「はぁぁぁ!?」
思わずスコットと顔を見合わせ、次いで僕らは笑い出してしまった。狭い部屋の中で燻り出された敵の将官たちが気の毒だが、そんな物をわざわざ敵艦突入に持っていく辺り、ハイレディン提督もジョークが過ぎるというものだ。メーカーにしてみれば、これ以上無いセールスのネタに出来るような気もするけれど。きっとオーレリアじゃあ、提督の海賊姿が大ヒットするに違いない。何しろ、奪い取った敵艦を自らの臨時旗艦に仕立て上げてしまうのだから。これほどの痛快劇、早々見られるもんではないし……。一方で、突入部隊を無事に送り届けた「ガレーナ」は、既に艦隊の中に無い。「ダイダロス」から引き剥がされた「ガレーナ」は、まるで全ての役目を終えたとでも言うように、将兵たちの見送る前でゆっくりと海中に没して行ったのである。
「でもこれで……敵本拠への道が開いた、というわけだ」
「――ようやく、ね。無敵艦隊の戦力を失ったことは痛手だろうけど、要塞自体の戦力も侮れないみたいだよ。補給艦の中身を食い潰すしかない僕たちに対して、向こうはたんまりと物資を溜め込んでいるだろうし、向こうにはまだ切り札がある」
「姿の見えない新型、やな?」
「実は戦闘空域の外に、レサス軍の微弱なIFF反応があったんだ。結局戦域には入らずに消えちゃったんだけど、僕の勘じゃあ、噂の新型部隊に違いないね」
「ユジーンの話が本当なら、その敵は相当手強いかもしれない」
「なして?」
「何て言うのかな……以前戦ったサンサルバドルとは違う意味で、支援に行くべきかどうかを高い次元で判断したのだと思う。新型の性能なら、ダナーン海峡を混乱に陥れることも出来たはずなのに、それをしなかった。僕らに正体を気付かれないため、という側面もあるんだろうけど」
「ふーん、なるへそ。或いは、興味があらへんかったとか」
「興味?」
「別の理由で、その新型部隊の目標がジャスとそのお供一同、ってのはどうや?いかに新型が優れていたって、オーレリアの全軍を相手に出来るわけじゃあらへん。勝敗の決した戦いん中に参戦する価値を見出せなかったんちゃうかな」
それは買い被りにというものだろう、と僕はこれまで思ってきた。だけど、「戦術データを得るための存在」として僕らの部隊が極めて有意義だったことは、サンサルバドルの件で痛いほど思い知っている。見方を変えて、相変わらずナバロが彼の商売のために色々画策しているとしたらどうだろう?スコットのXFA-24Sもマイナーチェンジが施されて別物になっているし、マクレーン隊長たちの新型機もある。そして、グリフィス隊の各機に僕のXRX-45。それらと新型を戦わせれば、例え新型機を失ったとしても「生きた」戦闘データを彼は手に入れることが出来る。それらを活用して、更なる発展型を生産する事だってやりかねない。さらに、カイト隊やマクレーン隊長たちを見続けてきた今の僕には、何となくエースと呼ばれるパイロットの何たるかが分かり始めている。無駄な戦いを避けて次の機会を伺うようなしたたか者。それも、ナバロの虎の子と言うべき新型を任されるのだから、相当な腕前があってもおかしくないだろう。オーレリアとの戦闘で出番の無かったエースパイロットでも繰り出してきたのだろうか?もし本当にそうだとしたら、敵要塞攻略時の僕らの敵は、間違いなくその新型部隊ということになるだろう。……なるほど、結局はナバロのシナリオ通りになるわけだ。
「余裕かましているのも良いが、自分の機体のチェック、出来る範囲で良いからやっとけよ、若造ども」
いつの間に着替えたのか、既に作業用ツナギを着たマクレーン隊長が苦笑を浮かべて立っていた。
「初戦だってのに、かなり無理がたまっているはずだからな。大半のところはメカニックがやってくれるはずだが、自分の目でも見ておくんだ。それとスコット。整備が一段落したら俺に付き合え。ラターブルと二人で、少しもんでやる」
「なら、こっちもジャスと二人で――」
「駄目だ。ウェーブにちょっかい出している余裕があるみたいだから、きっちり訓練させてやる。文句があるんなら、腕で語れ、腕で」
「そんなぁぁぁぁ」
がっくりとうなだれるスコットに、他人事のように「ご苦労さん」と言ってやる。恨めしそうに見上げたスコットの視線が、非常に怖い。たまらずに、ユジーンが吹き出した。
「何で……何で俺ばっかり。ジャスは乳繰り合っていても怒られへんのにぃぃぃ!!」
「ちょっとスコット!人聞きの悪いこと言わないでちょうだい!!」
スコットの背後で、フィーナさんが腰に両手を当てて頬を膨らませている。その仕種が僕にとっては何とも可愛らしくて仕方が無かったのだが、その脇の人物は洒落になっていなかった。グランディス隊長が嬉しそうに指を鳴らしながら、悠然と迫りつつあったのだ。
「どうやら、オーレリアの歩く種馬には訓練の前にきつーいお仕置きが必要みたいだねぇ」
「えっ、いや、そのっ、こ、こらジャス、少しは助ける素振りくらいみせんかい!」
「問答無用!!」
いやぁぁぁ、という悲鳴が甲板の向こうに飛び、そして下方向へと消えていった。しばらく遅れて、ザブーンという音が聞こえてくる。やれやれ、停泊中だからいいようなものの、航行中だったら十中八九水死しているに違いない。しかしスコットの奴、何回ダイブさせられれば済むのだろう?
「――ああ、ジャス。点検が終わったらフィーナと一緒にあたいに付き合いな。ファレーエフと二人で、決戦前に少しもんでやるからよ」
「え?」
「そうかい、そんなに嬉しいかい。あたいもやりがいが出来て嬉しいよ。早く来るんだよ」
人を呪わば穴二つ、と言うが、まさに僕の今の状況がその諺ぴったりに違いない。笑いを噛み殺しながら「ご苦労さん」と肩を叩くユジーンを睨み付けて、再び視線を戻すと、その先には嬉しそうな、困ったような複雑な表情を浮かべたフィーナさんの顔があった。
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