牙を剥く狼・前編
航空母艦シルメリィ・アレクサンデルから飛び立つオーレリア解放軍の戦闘機たちを、ユジーンはレーダー上の光点として眺めている。これまでも、そして今後もこの仕事を続ける限り、変わらない光景。今の彼の役目はその年齢から考えれば非常に重いものであったが、今や彼も実戦経験豊富なベテランオペレーターの一人として機上に在った。レーダー上には、出撃した各航空隊の名称とコールサインとが表示されている。その先頭には、見慣れた「グリフィス」の名と、彼の親友たちのコールサインとが表示されていた。結局、この戦争の最初から最後まで、最前線にあって戦い続けてきた、大切な友人たち。それに比べて、自分はどうだっただろう?オペレーターという立場上、彼の戦場は常に安全空域となる。まさかにAWACSが敵陣の真っ只中に突っ込んでいくわけにもいかないから当然なのだが、最前線で戦う兵士たちの生き死にを傍観しているだけという意識はそう簡単には拭い切れない。まして、そこに在るのが大切な親友たちなのだから――。今日もただ、レーダーを凝視して指示を飛ばしているだけの自分でいることが、何だかとても辛くなってきて、ユジーンは回線を開くスイッチを入れた。作戦行動中、本当は許されることではなかったけれども。
「決戦に向かう皆さん、こちらクラックス――ユジーン・ソラーノです。……いよいよ、我々はここまでやって来ました。ディエゴ・ギャスパー・ナバロの野望を挫くために、そしてオーレリアの未来を掴み取るために。……僕は、皆さんの後ろでモニターとレーダーを眺めているだけの人間です。最前線で戦う皆さんに、場合によっては「死ね」と指示しなければならない、ただのオペレーターです。それでも、どうか言わせて下さい」
AWACSの中は静まり返っている。命令違反を覚悟して目を上げると、上官は笑いながら、片目でウインクをしてくれた。続けろ、ということらしい。少し深呼吸をして、ユジーンは言葉を紡ぎ出す。
「この戦いは、他の誰かに任せてしまっても本当は良かったのかもしれません。オーレリアの国土は解放され、復興に向けて国民たちも動き始めました。けれど、隣国ではまだ虎視眈々と隙を伺う独裁者が未だに存在し、オーレリアの平和を脅かしています。このまま放置しておけば、いずれまたオーレリアや他の国々を混乱に陥れることになるでしょう。だから――だから、この一戦で全てのケリを付けましょう。そして……生きてオーレリアに戻りましょう。どうか皆さんに幸運の女神と、気紛れな小悪魔の微笑があらんことを――。グッドラック!!」
戦いの火ぶたが切って落とされる。普段の彼からは想像も出来ないような鋭い視線を、ユジーンはレーダーモニターへと向ける。ナバロの野望を打ち砕く剣たる、大切な友人たちを最大限バックアップするために。
雲が流れる。海面の水飛沫が煙のように辺りを覆う。翼が大気を切り裂く。愛機のエンジンが咆哮をあげる。アーケロン要塞を目指すオーレリア解放軍は、まさに最大戦速で海原を突き進んでいる。敵もなかなかどうして動きが早い。アーケロン要塞には滑走路も敷かれていて、基地内にそれなりの航空戦力が配備されているはずだという事前情報は確認していたが、どうやら本国からの増援も加わっているらしい。僕らの向かう先、レサス軍のIFF反応を示す機体が団体さんで待ち受けている。先行する一団に対し、露払いとばかり長射程ミサイルを撃ち込んだ後、僕らは海面スレスレの超低空飛行を続けている。中高度、高高度には解放軍とシルメリィ艦隊所属の傭兵部隊がポジションを取り、ヘッド・トゥ・ヘッドで敵戦力に相対する。敵航空部隊も追い詰められているだけに必死なのだろう。針路を変更することなく、真正面から突っ込んでくる。
「予想よりも敵部隊の数が多い。艦隊の護衛も必要になりそうだねぇ」
「バトルアクス・リーダーより、グリフィス4。うちの隊は臨時的にグリフィス隊の指揮下に入る。旧カイト隊は思い切って艦隊戦力の要塞突撃支援、俄か混成部隊は敵の新型と相対するってのはどうだい?」
「火力の問題というわけだな、マクレーン大尉?」
「そういうことだ、ファレーエフ中尉。俺とバターブルの機体じゃミサイルまでだが、ADF-01Sなら空海陸全て行けるだろ?」
「あたいは新型とやりあいたいんだけどねぇ。バトルアクスの言い分にも一理ある。よし、グリフィス5・7はあたいに続け。ミッドガルツはスコットのお守だ。あたいらは海賊船団の突撃を支援するぞ。手を出してくる奴ぁ、片っ端から叩き落しておやり!」
「了解!」
「フィーナ、アンタの役目は分かってるね?ジャス、本命は譲ってやる。南十字星の実力、たっぷりと思い知らせてやるんだ。よし……行くぞ!!」
頭上ではとうとう激突が始まった。ミサイルの排気煙が何度も何度も続けて空を駆け、火球がいくつも空に膨れ上がる。その真っ只中を、グランディス隊長のADF-01Sを先頭にした一隊が貫くようにズーム上昇。戦闘機の群れが飛び交う戦場の中へと飛び込んでいく。僕らもこのまま海面をいつまでも張っているわけにはいかない。
「グリフィス1より、バトルアクス・リーダー。敵C集団に対し、後方から仕掛けます」
「よし来た。バターブル、しっかりと付いてこいよ」
「そういう隊長はんもな」
「よし……上昇!!」
思い切り操縦桿を引き寄せてスナップアップ、愛機が轟然と空を駆け上がっていく。僕らの頭上を通り過ぎていった一隊が、第一目標。敵の機種はSu-37。機動性がウリの、手強い機体だ。でも、これにてこずっているようじゃ、噂の新型を倒すことなど出来はしまい。出撃前にマイナーチェンジが施された愛機のテストもしなければならない。目標の高度に到達するや否や、機体を水平に戻して攻撃目標を狙う。
「後方から敵部隊!」
「ちっくしょう、どこに隠れていやが……」
パイロットの言葉が途中から悲鳴に変わる。旋回に転ずるより前に、パルス・レーザーがSu-37の優美な胴体に無粋な穴を穿っていたのだ。エンジン部に直撃を被った敵機が、オイルと黒煙を吹き出しながら高度を下げていくのを横目に、敵集団の中へと踊りこむ。ちらりと後方に視線を動かし、今日はF-35Bを使用している2番機の姿を確認する。スコットのXFA-24Sとミッドガルツ少尉のYF-23S、綺麗に翼を揃えて右方向へターン。前方から突っ込んできた3機をやり過ごし、その後方へと喰らい付いていく。アーケロン要塞の姿は、雲と霧とに紛れてうっすらとしか確認出来ない。そして、要塞へと至る空は戦闘機たちの織り成す飛行機雲で過密状態に変わる。後方にポジションを取った僕らを振り切るべく、敵機が必死の回避機動を続ける。負けじとその背中を追う。ピーキーな機動性故に乗り手を選ぶと言われた機体を巧みに操り、こちらの照準を合わさせない。2機が編隊を解き、それぞれ反対方向へブレーク。素早く翼を右方向へと振る。こちらの意図を読んでくれたグリフィス2が、左方向へと急旋回。一方の敵機を追撃する。言葉をかわさずとも意志が伝わっていることを喜びつつ、操縦桿を手繰る。いつまでも鬼ごっこを続けるわけにはいかない。それは敵も同じことを考えている。どこかで仕掛けてくる。そのタイミングを、焦れてくる心を抑え付けながら待つ。予想よりも早く、その機会は訪れた。敵機、旋回状態から強引に急上昇。こちらをループ旋回で振り切らんと高空へと舞い上がる。大気を切り裂くような鋭い機動だったが、僕の「フィルギアU」が追い付けない速さではない。敵機よりもさらに内側で、同様に上昇。一瞬強烈なGが圧し掛かるのを歯を食いしばって耐えつつ、照準レティクルを睨み付ける。無防備な背中が照準内に入った刹那、僕は素早くトリガーを引いた。機関砲弾とは異なる青い光が敵機に殺到し、上下に貫かれた敵機が、その振動でぐらりと姿勢を崩して半回転。操縦不能に陥ったことを確認して離脱する。
「グッドキル、グリフィス1!」
自らも敵機を早速葬ったグリフィス2が、再び定位置にポジションを取る。思ったよりも敵の数が多い。こちらの戦力が少ないわけではないが、ダナーン海峡でのアルマダ艦隊との一大決戦で損害を被って出撃出来ない機体が多いのも事実。足らない分はどうするかって?あまり好きな言葉じゃないが、努力と根性とで乗り越えるしかないとは他ならぬグランディス隊長の名言だった。コクピット内にレーダー照射警報が鳴り始める。飛び交う戦闘機たちの群れを潜り抜けるようにして、敵機……数は3、真正面から突っ込んでくる。警報はより甲高い電子音へと切り替わる。白い排気煙を後方に吹き出しながら、ミサイルが敵の翼から切り離される。素早く目標を選定し、こちらもミサイルをリリース。ほぼ同時にグリフィス2からもミサイルが射出される。ペダルを蹴飛ばして先ほどまでいた空間から横へと飛ぶ。反動を利用しつつバレルロール。反対方向へと跳んだグリフィス2と螺旋を描きながらミサイルの追尾を振り切って、後方へと突破を図る。再び水平へと戻ろうとしたその一瞬、僕らに対して攻撃を放った敵部隊の姿が飛び込んできた。ミサイルの直撃を正面から受けて紅蓮の炎に包まれる2機。その後方にあって、ミサイルの餌食になることを回避した敵も、仲間たちの後をすぐに追う羽目となった。僕よりも若干早めに水平に戻したグリフィス2から放たれた機関砲弾が、キャノピーを突き破ってパイロットを血煙の中に撃ち倒していたのだ。気合が入っている……という表現では言い表せない、いつもとは違う気迫を、今日はフィーナさんから感じる。
「グッドキル、グリフィス2。でも、あまり無茶しないで下さいよ?」
「ありがと、グリフィス1。でもまだ本命が出てきていないわ。油断は大敵」
「……ですね」
「おいおい、二人の世界に入るのは、戦闘が終わってからにしてもらえるか?本命とやらの姿は見えないが、雑魚の数も半端じゃない」
「マクレーン隊長妬け気味だから気をつけた方がいいよ……って、うわぁぁぁぁ、勘弁してください、隊長!」
どうやら機関砲弾でも浴びせられたらしいバトルアクス3の悲鳴がヘッドホン越しに響き渡る。何だかんだ言いながら、かの2機の場合、余裕風を吹かしている様にしか見えない。スコットたちはスコットたちで、縦横無尽に戦場を駆け抜けては敵部隊の進撃を翻弄し、友軍部隊を巧みに支援し続けている。激突直後は膠着状態になるかに見えた戦域は、パイロットたちの士気の高さが幸いしたのか、次第にオーレリア解放軍に有利な展開へとシフトしつつあるようだ。だが、立て続けに敵を葬った僕らの存在は、嫌でも目立ってしまう。まして、純白の異形の機体と言えば、レサス軍の兵士たちにとって災いの元凶とされる「凶星」に他ならないのだ。近距離から、遠距離から、車がかりのように攻撃が浴びせられ始める。とりあえず攻撃を諦めて、回避機動に専念する。レーダーに映し出されるミサイルの光点を確認しながら、その追尾ルートを外すように機体を振り回す。その間、身体はきついが一定の速度を保ちつつ飛ぶ。速度を落とせば、ミサイルの餌食になることは明白。まさに努力と根性だ、と心の中で呟きながら戦域を駆け回る。攻撃が僕らに集中するということは、その分友軍機たちが自由に飛びまわれる機会が増えることにもなる。乱戦空域から少し距離を取るべく離脱したいくつかの隊が、アウトレンジからの長距離攻撃を仕掛けた後、再び戦域内へと突入を開始する。思わぬ方向からの攻撃を浴びせられた敵部隊が、次々と攻撃を喰らって空に火球を量産していく。逃げがいがある、とでも言うのが良いだろうか?目標を見失って空を迷走していくミサイルの姿にほっとしながらも、僕は愛機を駆り続ける。友軍機の損害が予想以上に多くなったことが、敵パイロットたちの焦りを誘ったのだろうか?この戦域にいるのはグリフィス隊だけではないのに、彼らの攻撃は僕らへの集中を強めるばかりだった。乱戦状態では必ずしも数が多いほうが有利とは限らない――地の利と数の利を活かせないレサス軍の戦闘機たちは、本来の空戦性能をフルに発揮することも出来ずに困惑しているように見える。
「グリフィス3、10時方向、ちょい上から来るぞ」
「了解や!」
「くそ、ちょろちょろと逃げ回りやがって!」
「レパント8、突っ込むんじゃない!そいつは罠だ!!」
「この好機を逃すものか。レパント6、8を支援する!」
グリフィス3――スコットのXFA-24Sは、速度を落とし気味にして右方向へと旋回している。その後ろ、攻撃のチャンスとばかりに敵機が接近していく。一見、スコットが危機に陥っているようにも見えなくない。だが、あの悪友がそんなお人好しであるはずも無く、焦りと手柄を急いで視野が狭くなった敵パイロットは、ステルス機であるグリフィス6が獲物を待ち受けていることと、スコットに引っ掛けられたことに全く気が付いていない。スコットの「追われている」演技も堂にいったもので、本当に追い回されているように何回か左右へと旋回を繰り返す。どうやらレーダーロックを出来ないようで、敵機からミサイルが放たれることはなかった。そんな敵を嘲笑うかのように、そして、それまでの機動が嘘のように鋭く、XFA-24S、スナップアップ、急上昇。
「ミッドガルツはん、頼んまっせ!」
「――グリフィス6だ、グリフィス3」
敵パイロットの視界には、唐突に姿を消した獲物の代わりに、ミサイルの頭が出現したように捉えられたかもしれない。緩く旋回しながら進むスコットに対し、大回りでその飛行ルート真正面に回りこんだYF-23Aが、ヘッド・トゥ・ヘッドで空対空ミサイルを放ったのである。スコットはスコットで、ミッドガルツ少尉が攻撃し易いポイントまでわざわざ敵機を引っ張っていったのだ。タチの悪い罠にかかった獲物に、逃げる術は無い。一機は近接信管の作動で炸裂したミサイルの弾体辺のシャワーで機首からズタズタに引き裂かれ、黒煙に包まれる。あれではコクピットの中のパイロットなど、原型を留めてすらいないだろう。もう一機は急旋回を図ろうとして、胴体部へミサイル本体の直撃を受けてしまった。膨れ上がる炎の塊は瞬く間に機体全体を包み込み、瞬時に炎に包まれたであろうパイロットの断末魔の絶叫は、虚しくブツリ、という音と共にかき消される。一際大きな火球が膨れ上がり、哀れな敵パイロットと敵機の火葬が完結する。「手の平の上で遊ばれている」という意識が、敵部隊に静かに伝播していく。精彩を欠く飛び方を続ける敵戦闘機部隊は、次々と解放軍の攻撃を浴びて四散し、戦力の減少が更なる困惑を拡大するという悪循環に陥った。どうやら、航空戦力同士の戦闘は予想よりもはるかに簡単に終結し、要塞本体への攻撃に取り掛かれそうだ、という楽観的な気分が鎌首をもたげてくるけれども、逆に不安も募り始める。ディエゴ・ギャスパー・ナバロの自信を未だに支える原動力ともなっているらしい敵の新型は一体どこにいるのか?もし出撃しているならば、友軍の苦境を目の当たりにしているはずなのに、どうやら戦闘には未だ参加していない。嫌な予感がする。困ったことに、こういう時の予感が外れた試しは、ほとんど無かった。
「――どうやら、戦いのやり方というやつを忘れちまったらしいな、我が軍は。ナバロの大将の言うところの超兵器に頼り過ぎた報い、というわけか」
この戦場に在って、場違いなほどに静かに、落ち着いた、それでいてどこか湧き上がる闘志を抑えているような陽気な声が聞こえてきたのは、そんなタイミングだった。続けて鳴り響いたのは、ファンファーレならぬミサイルアラート。
「何だ?ミサイル?馬鹿なッ!?」
「ちっくしょう、どこから撃たれ……」
そこに敵は「いない」はずの空間に突如出現したミサイルが、戦闘空域に勢い良く広がっていく。ご丁寧に僕も目標の一つとして設定されていたようだ。情報から2本、加速しながらミサイルが接近する。スロットルを押し込んで機体を加速させつつ、操縦桿を前方へと倒す。海面に向かって急降下していく愛機。その背後に確実に迫るミサイル。高度計の数値を口の中で読み上げながらタイミングを図り、引き起こし、すかさず急旋回、再加速。猛烈なGがあらゆる方向から僕の身体を翻弄し、視界が一瞬ブラックアウト。逃げることを止めれば即ジ・エンドと分かっているから、それでも機体を操ることだけは止めない。混乱の戦況に放り込まれたのは、今度は僕らの方だった。かろうじてミサイルの追尾を振り切ることには成功したものの、肝心の敵の姿を捕捉出来ない。レーダーサーチ、ディスプレイサーチ、いずれも反応……無し?そんな馬鹿な。急機動で思考回路が停止していたとしか言い様が無い。「見えない」敵――敵の新型が参戦したのだと理解する頃には、回避の暇も無く数機が攻撃を喰らってしまっていた。グレイプニルの時はまだやりようもあったけれど、いざ機動性にも優れた「見えない」戦闘機を相手にすることが、これほどしんどいものだとは!
「何だ何だ、噂の南十字星ってのは逃げ回っているだけか?噂の実力が本物かどうか、俺が試してやるぜ!!」
「残念だなアハツェン、お前の相手は"ヴァイパー"の方だ。俺の好敵手を勝手に取られちゃ困るな」
余裕綽々、ってわけだ。でも、サンサルバドルの時とは違う。どこか陽気な雰囲気は、まるでグリフイス隊のようだ。攻撃が止んだところを見ると、とりあえずは戦闘空域を離れて迂回でもしているのだろうか?次の攻撃を仕掛けてくるために――。
「アレクト隊より、全部隊へ。これより我が部隊はグリフィス隊に対する攻撃を開始します。巻き込まれたくない隊は速やかにこの空域から離脱してください」
アレクト――?学生時代の授業で聞いたことのあるその名前を、記憶の中から掘り出していく。それほど時間をかけず、「レサス空軍所属の航空部隊の中でも、選り抜きのエースによって構成されるトップエース部隊」という解説を僕は引き出した。何てこったい、そんな連中が、あの新型を操っているのか。ナバロめ、どれだけ彼のポケットには資産と人材とが詰まっているのだろう?
「――最悪だな。レサスの最高のエースに、良く出来た新型と来た。おまけに、本当に見えねぇ。さあ、どうする、隊長?」
「見えないですからねぇ、折角だからお願いしてみますか?綺麗な姿を見せてください、って?」
「そいつはいいアイデアだ。ついでに戦わずに道を開いてくれないかどうかも頼んでみるか」
「噂の南十字星も、バトルアクスもなかなか話せる奴らのようだな。気に入ったぜ。こっちもお前さん方には全く恨みも何も無いんだが、ちょいとワケありでな。すんなりと行かせるわけにいかない。お付き合い頂くぜ。それにな……」
「それに?」
わざと共用回線を使っているらしい敵部隊の隊長に、こちらも共用回線で応じてみる。
「俺が戦ってみたいんだよ。オーレリアのトップエース。お前とな、南十字星!!」
来る!確証があるわけじゃないけれども、僕は敵の気配を全身で感じた。直後、再びコクピット内にミサイルアラートが響き渡った。
「グリフィス2より1へ!真正面、回避を!!」
「隊長の心配をする暇があるなら、自分の心配をしなさい。あなたの相手は、この私よ」
「来るぞ!みんな、易々と食われるんじゃないぞ?」
恐らく敵も命中させられるとは思っていないのだろうが、僕の真正面、白い排気煙を吐き出しながらミサイルが突っ込んでくる。2本のミサイルの間の空間、一瞬光が揺らめいたように見えた。何だ?錯覚かと思いきや、やはり何かユラユラと赤い光が見える。イチかバチか、スロットルを押し込みつつ微妙に軌道を修正して、僕はその「光」に狙いを定めた。当然照準レティクルは何も反応しない。もし姿の見えている戦闘機であるならば、これくらいのタイミングだろう、というところで僕はトリガーを引き絞り、パルス・レーザーを撃ち放った。そしてすぐさまバレルロール。最大速度に達したミサイルが愛機を掠めるように飛来し、後方へと勢い良く消えていく。続けて、轟音と衝撃とが愛機を揺さぶった。攻撃命中によるものじゃない。至近距離で戦闘機同士がすれ違った時に生ずるものと、全く一緒。相手が幽霊か亡霊の類ではないことに、少しだけ安堵する。
「無茶する奴だな。あのタイミングで狙ってくるなんて、まともじゃないぜ」
再びディスプレイを操作するけれども、再び景色に溶け込んだ敵の姿を捉えることは出来ない。サーマルサーチで熱源を探索すれば、微かではあるけれどもその軌跡を捉えることも出来るけれど、これだけ激しい戦闘が繰り広げられた後の空では、それですらあまり意味が無い。大体、戦闘速度でその痕跡だけを頼りに飛べるはずも無い。このままじゃ、まさにジリ貧。八方塞がり。どうするかって?僕が聞きたいくらいだ!
「――クラックスよりグリフイス隊へ!これから敵部隊の位置情報を送ります!戦闘に役立ててください!!」
「グリフィス3よりクラックス、こんなときに冗談は勘弁やで?」
「冗談でこんなこと言うもんか!ようやく復旧したオーレリアの軍事衛星からのデータリンクで、完全じゃありませんが捕捉に成功しました。レーダーへデータを転送します。それから、アーケロン要塞へ進撃中のハイレディン・シルメリィ艦隊へ。敵新型戦闘機には、要塞手前に位置する発電施設から電力の供給がどうも行われているようです。察するに、グレイプニルはステルス迷彩を維持するために、胴体内部に大出力のジェネレーターを持っていました。敵新型――"フェンリア"は、そのエネルギー供給を機体内部に持ち得ず、外部供給に依存しているのかもしれません!」
「――つまり、何とかしろ、ということだな?」
「その通りです、ハイレディン提督」
「ということだ。全艦、第一目標を変更するぞ。上の護衛部隊も聞いたな?」
「こちらグリフィス4、了解した。根こそぎ焼き払ってやれ、ということだね?」
「そういうことだ。グリフィス隊へ。こっちは何とかやってみる。それまで、何とか凌いでくれよ?」
一時は混乱しかけた解放軍の各部隊が、再び態勢を整えて動き出す。戦ってるのは僕らだけじゃない、と改めて励まされたような気分になった。今は、仲間たちを信じればいい。視線を動かした先のレーダーに、先ほどまでは捉えられなかった敵の姿が、おぼろげながら映し出されている。これだけで敵を完全捕捉することは出来ないだろう。そのためには、グランディス隊長やハイレディン提督たちに発電施設を何とかしてもらわねばならない。でも……捉えられない敵ではない、という意識は、僕らの心をだいぶ軽いものにしている。僕の前方を悠然と旋回しつつあるのが、どうやら僕を獲物と定めた敵隊長機の姿らしい。やってやるさ、と心の中で呟きつつスロットルを再びMAXへと押し込んで、僕は照準レティクルを睨み付けたのだった。
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