牙を剥く狼・中編
テレビのモニターには、ディエゴ・ギャスパー・ナバロお得意のメディア作戦によるライブ映像が映し出されている。レサス本国では同じ映像を背にして、ナバロ本人が国民と国際社会に向けた一大演説を行っている時間だろう。もう充分に聞き飽きた彼の演説を聞く気にもなれず、ジュネットはOBCの衛星放送にチャンネルを合わせていた。ご丁寧に作戦従事中の戦闘機にまでカメラを搭載させて、その機体が撃墜されバラバラになり、画像がブツリと切れる瞬間まで映し出す徹底ぶりは相変わらず。とはいえ、このライブを見た人々がナバロの思惑通りに「事実」を認識するかどうか。その一助となる「爆弾」は、ネタの到着が遅れていることに痺れを切らしていたハマーに既に投下済みだ。そろそろ各地で、効果が出始めている頃だろう。オストラアスールの面々たちが中心になって集めてくれた情報量に比べればささやかな文量の記事でしかないが、いずれ表向きに出来る部分はオーシア・タイムズの特集記事としてゆっくりと明らかにしていけば良いし、表向きに出来ない部分を含めた事象については、報告すべき筋に渡すことになる。この国に来た当時はやる気も湧かずさっさと帰国することばかりを考えていたけれども、思わぬ収穫をジュネットは得ることとなった。その背景には、絶体絶命の危機に追い込まれながら、とうとうレサス軍を退ける原動力となった「南十字星」の存在が何よりも大きい。この国での取材の総仕上げとして、いずれ単独取材は申し込むとして……視線をテレビに戻すと、「南十字星」の乗る異形の戦闘機の後姿が映し出されていた。これは彼と戦っているレサス側のパイロットのものだろうか?だが、その白い姿が映っている時間は短い。機体をバンクさせたかと思うと、コマ送りしたような勢いで姿が消える。戦闘機乗りで無い身でも、その飛ばし方が尋常のものではないことが分かる。
"トンプソン局長、このライブ映像に、ディエゴ・ギャスパー・ナバロ将軍は何を託そうとしているのでしょうか?"
"今レサスでは将軍の演説も始まっているようですが、彼のメディア戦略には明確なメッセージが必ず込められています。ただちょっとこのライブはどうですかね……?お気づきの方もいると思いますが、少し前から戦域全体を見渡すようなロングスパンの映像が明らかに減っています。映っているのも、どちらかといえばオーレリア解放軍側の機体を追撃しているシーンが目立ってきているんですね。しかも、撃墜シーンが無いんですよ"
"ということは、実際の戦況はレサス軍不利、ということでしょうか?"
"あくまで推測に過ぎませんが。ただ、この戦闘にはレサスの科学技術の結晶とも言うべき、最新鋭の戦闘機が投入されているそうです。その戦闘機について、ナバロ将軍は高い評価をしているそうですから、オーレリア解放軍を退ける切り札がまだ何かあるのかもしれません。後ほど、オーレリア解放軍艦隊に同行しているカメラを呼んでみたいと思います……"
テレビ画面右下に小さく開かれたウィンドウに見知った顔を見出したジュネットは、一人思わず笑みを浮かべてしまった。どうやら、役者が揃い始めたらしい。まさに最終決戦に相応しいと言うべきだろうか?オーシアで「特ダネ」の到着を今か今かと待ち侘びていたハマーに送り付けた、短いといっても予定を大幅にオーバーしていた記事は、ナバロの正当性を根底から崩すものであると同時に、奴を背後で支えていた連中に関してまで、証明可能な範囲で触れたものだ。今頃オーシア国内も大騒ぎになっているに違いない。その辺の取扱は大統領の判断に一任するとして、後はナバロ――。あの倣岸不遜な男が、こちらの記事一つで失脚するとは到底思えないが……。
「世の中、そう思い通りにはならないさ!」
部屋の窓を開け放ちながら、ジュネットはそう呟いた。今日もグリスウォールの空はスカイブルー。この空の向こうで戦うオーレリア解放軍と「南十字星」が、きっと今回もやってくれるはずだ。海から吹いてくる爽やかな風が、カーテンを揺らして部屋の中を踊る。遠い昔、かけがえの無い友人たちの出撃を見送った日のことを思い出しながら、ジュネットは青空を見上げてみた。

自らの姿勢が分からなくなってくるような激しい機動を繰り返しながら、僕は「フェンリア」と名付けられている敵新型戦闘機と相対し続けている。コクピットを覆うディスプレイに表示されているピッチ角等のインジケーターが無ければ、既に空間識失調症に陥っていたとしても不思議ではなかったろう。感覚的なものでしかないけれども、恐らく敵新型機の機動性は僕の操るXRX-45「フィルギアU」に匹敵するようだ。ユラユラと微かに見える機影を追いかけていたつもりが、どうやらプガチョフ・コブラによってオーバーシュートさせられ、立場が一瞬にして逆転、散々追い掛け回される羽目になったり、こちらを振り切る際の鋭い旋回を見せつけられたり……。姿が見えないことは確かに辛かったけれど、音速に達した翼が刻む雲まで消せるわけではないことに気が付いてからは、レーダーやサーマルサーチのデータを駆使して、何とか渡り合っている。相手は幽霊じゃない、手強い相手が乗ってはいるけれど、紛れも無き戦闘機だ!追い続けるのは確かに辛かったけれど、向こうも僕を完全に補足しきれてはいない。それはつまり、愛機の運動性能も「フェンリア」と互角、多分腕前も互角……なのだろうと信じたいところだ。
「噂以上だな。南十字星も、グリフィス隊の面子も……。隊長のイキが良いと、部隊全体が盛り上がって来るのはウチと同じだな」
「隊長、敵を褒めてどうするんですか!?」
「事実なんだから仕方ないだろ。現にアハツェン、ヴァイパーを未だに仕留められないだろうが。フェンリアを操っているにもかかわらず――だ」
敵の航跡がぐるりと楕円を描き始める。思ったよりも敵の後背に近付いていたらしい僕は、バレルロールで前進速度を抑えた敵機の前へと押し出されてしまう。すぐさまこちらもペダルを蹴飛ばしてローリング状態へと持ち込む。こういう時、XRX-45の機動性の良さはありがたいけれども、一つ間違えればスピンか操縦不能になるピーキーさがはっきりと姿を現す。外周方向へと身体が張り付けられそうなGが圧し掛かり、視界が逆さまになっていく。レーダーを見れば、敵のマーカーがほとんど僕と重なっている。その姿を視認することは出来ないが、恐らくほとんど等位置、若干の高度差を持って、僕と敵機は互いの頭上に互いの姿を捉えているに違いなかった。敵が仕掛けたのと同様に、僕も敵を押し出そうとスロットルを小刻みに調整しながらローリング状態を維持するが、敵もさるもの。ほとんど状況の変わらないまま、何回転もローリングを繰り返しながら突き進んでいく。でもこのままじゃ、埒が明かない……Gで思考能力が落ちてきた頭で、辛うじてそう決心した僕は、機体が水平状態に戻り始めるタイミングで急旋回、離脱すべく身構える。その動きが、ほんの僅かな時間愛機の動きを止めたのかもしれない。コクピットに鳴り響いたのは、耳障りなミサイルアラート!
「隙ありだ、南十字星!!」
こちらよりも早くバレルロールから水平に戻した敵機は、僕のやや前方の空間で「ほとんどその場で」反転し、機首を僕の方向に向けていたのだった。唐突に姿を現すミサイル。でも、そこに敵がいるということの証明でもある。2本のミサイルの合間に狙いを定めてトリガーをコンマ数秒間引き絞り、反動を付けて「フェンリア」の予測位置の下方へとダイブ。ミサイル接近を告げる不吉な警報音が甲高い悲鳴をあげて、コクピット内に反響する。うるさいな、分かってるよ、と独り言を呟きながら操縦桿を手繰る。幸いにもミサイルの軌道修正ルートよりも内側に飛び込むことに成功。だけど、こちらの攻撃も残念ながらかわされたらしい。ミサイルを放つと同時にローリングでポジジョンを変えていたのかもしれない。僕らがヘッド・トゥ・ヘッドで同じような機動をするように、か。後方へと去った敵機が、改めて急旋回して後背に迫ってくる気配は無い。レーダー上に映し出されているおぼろげなマーカーは僕の位置から距離を取るべく、どんどん離れていく。低空へと舞い降りた僕は、再び高度を上げて次の攻撃の機会を伺う。「フェンリア」、接近する気配無し。互いに同心円の縁を正反対の方向にポジションを取りながら周回を続ける。今まで戦ってきたエースパイロットとは全く異なると言うべきか。困ったことに、どうやら敵部隊の隊長は僕との戦いを純粋に楽しんでいるらしい。そこまで買い被られてしまうと、何だか申し訳のないような気分になってくる。サンサルバドル隊との戦いのような、陰湿さとは全く無縁の好敵手。最新鋭戦闘機を操るエースパイロットだから、恐るべき刺客、とも言えるわけだが、そんなマイナスイメージを抱くことが僕には出来なかった。どちらかと言えば、グランディス隊長やマクレーン隊長に通ずるというのだろうか……。
「なぁ、南十字星。一つお前さんに聞いてみたいことがあったんだ。聞こえているなら応えてくれよ?――この蒼い空を、愛機と共に飛ぶことは、今でも楽しいか?戦場で無数の屍を乗り越え、両の手を値に染めてなお、空を舞うことを楽しい、と感じられるか?」
「こんな時に何を……」
「こんな時だからだよ。俺の国は、将軍たちが勝手気ままに政争を繰り返した結果、本格的な内戦に突入して、ナバロの旦那が出てくるまで日々戦い。友ですら信じられないような地獄のどん底だった。今日まで生き残ってきた俺たちだって、相当に汚いことにも手を染めてきた。まさに、血塗られた道というやつだ。南十字星、お前もそうだ。レサスの兵士たちの屍の上に立つ、血塗られたエースパイロット。……少なくとも、レサスの連中たちにはそう見えるはずだよ」
平和な日々を享受してきた僕らとは違って、内戦時代のレサスを生き延びてきた人々は、死と隣り合わせの毎日を長く送って来たに違いない。レサスに攻め込まれてからのオーレリア軍がそうであったように。戦争が無ければ、僕はきっと、戦場の辛さも苦しさも知らず、ただ空への憧憬だけでパイロットの道を歩み続けていたに違いない。それはそれで幸福だったろう。だが現実は違う。XR-45Sだった頃の愛機のコクピットに乗り込んで初めて敵を葬り去って以来、無数のレサスの兵士たちを血だまりの中に打ち倒してきたから、今僕はここにいる。そんな僕が、人並みに恋愛をして、人並みの生活を手に入れることは、死んでいった人々たちから見れば許し難いことに違いない。だから、僕は戦場にいる。矛盾するかもしれないけれど、無駄な戦いと命の奪い合いを、これきりで終わらせるために。蒼い空を、自由に舞える日を取り戻すために。平和になった空を、愛機と――出来れば2番機と一緒に、ゆっくりと舞うことが出来たら、最高に違いない。
「――戦場にいることを楽しいと思ったことなんか無いですよ。今だって、出来るものなら逃げ出したい。次の瞬間には火だるまになって断末魔の絶叫をあげているかもしれない――そんなことを考えたら、背筋が凍りつきます。でも、どうしてでしょうね。心奮い立つ相手と全力を尽くして戦うこと――今の貴機のような相手と戦っていると、愛機と一体化しているような、そんな感覚になります。それを楽しいと言えるのかどうか、分かりませんけど」
「ほう、俺との戦いには、奮い立ってくれるか?」
「このまま引いてくれるとありがたいんですけど」
「俺もそうしてやりたいんだが、部下たちはそうも出来なくてな。撃墜されるか、お前さんたちを葬るか、その二択以外の選択肢が無いんだ。独裁国家ならではの事情ってやつでな」
「何ですって?」
「さ、お喋りはこの辺にしておくか。あんまり長引かせると、ナルバエスの野郎に嗅ぎ付けられそうだからな……!」
「フェンリア」の動きが変わる。相変わらず同心円の縁にいるようだが、実際には速度を確実に上げながら、僕の後方へと回り込もうとしていた。これに対抗するには、同じように飛ぶしかない。迂闊に違う機動を取れば、まんまと後背を取られるのがオチだ。圧し掛かるGが次第に増していく。状況は向こうも同じだろう。徐々に旋回半径を狭めながら、2機は少しずつ高度を上げていく。そういえば、他の皆は無事なのだろうか。Gの影響であまり動かなくなってきた思考回路の隅にそんなことを思い浮かべながら、僕はディスプレイの先へと意識を集中させた。ギリギリ、と押し付けられた身体と骨が悲鳴をあげる。容赦の無いGに愛機も晒されているだろう。それでも操縦桿を、スロットルを僕は離さなかった。我慢比べなら、とことん付き合ってやる。パイロットの上を行く愛機の運動性能なら、堪えられないはずは無い。僕の身体が大丈夫かどうか、という問題はあるけれども。機体と、自分の身体と、双方の限界線が近付いてくる。――もう、ここまでだ!マスクの下で荒くなる息を無理矢理整えて、3カウント数える。右急旋回……ジャストナウ!心の中で叫んで、操縦桿を倒して旋回状態へ。どうやらタイミングはほぼ同じだったようだ。敵機のマーカーが、僕とは反対方向へと抜けていく。ユラユラと赤い光に包まれた敵の姿が、一瞬ではあったけれどはっきりと僕の視界に捉えられる。錯覚ではない。さっきまで、ほとんど肉眼では確認出来なかった敵の姿が、ほんの僅かではあるけれども見える。この好機を逃すものか!身体に鞭打って、愛機を駆り立てる。甲高い咆哮を挙げるエンジン。大気を切り裂いて翼端が白い雲を作り出す。互いのベストポジションを奪うべく、「フィルギアU」と「フェンリア」は互いの航跡を目まぐるしく入れ替えながら旋回を小刻みに繰り返す。右へ、左へ。その度に切り立つ大地と大空。身体中の血がその度に振り回される。身体に良いはずも無い。
大空にシザースの複雑な紋様を空に刻みつけながら、2機はもつれ合うように、熾烈なポジション争いを続ける。両軍の戦闘機同士の激突は未だ続いている。だけど、一対一のガチンコに介入して来ようとする敵も味方もいない。もし僕が冷静にレーダーやモニターを見る余裕があれば気が付いただろうが、僕らグリフィス隊とアレクト隊の熾烈な戦いに他のパイロットたちの中には戦意を削がれ、戦域をただ大きく旋回するだけの者たちまで出ていたのだった。両軍のトップエース部隊同士の激突の帰趨が、この戦争の勝者を決してしまうことを最前線の兵士たちは肌で感じ、理解していたのである。オーレリア解放軍にしてみれば、僕の意志はともかくとして、戦意の源泉ともなっているグリフィス隊の敗北は全軍の士気にも関ってくる。逆にレサス軍にしてみれば、虎の子の「フェンリア」を凌ぐ新型兵器は恐らく存在しないし、アレクト隊を凌ぐエース部隊が最早存在しない今、その敗北は事実上僕らを止めるキーパーソンの消失を意味する。かといって、そこに乱入することは自らの死をも意味することを感覚的に理解しているからこそ、僕らの戦いは誰にも邪魔されないまま続いているのだった。互いに機体を切り返しながら、時折バレルロールを交えてタイミングを外すことを試みつつ、僕とアレクト隊長機は敵要塞へと近付いていく。上陸ポイントの一つである入り江に布陣したレサス軍と、突入を敢行するオーレリア解放軍艦隊との砲火の応酬が煌く。接近するにつれて、人工的な構造物に覆われた島の姿が明らかになっていく。島の上部は半円ドームを逆さまにしたような設備によって覆われ、自然の岩肌からコンクリートの柱がいくつも突き出し、さらには崖をコンクリートの厚い壁が覆う。中身は爆撃も想定して作られた頑丈な構造であるに違いない。その禍々しい姿に、ナバロは国を失っても最後はここに拠点を移して彼の戦いを続ける気だったのではないだろうか、と疑いたくなってきた。国の為政者ではなく、恐らくは兵器とその開発ノウハウを商品とする死の商人として――。
「そろそろしんどいな。決着を付けたいところだが――」
とてもしんどいようには見えなかったが、いつまでもこの鬼ごっこを続けているわけにもいかないのも事実だった。何か良い反撃の機会は無いものかと考えようにも、激しいGに晒された頭はまともに動かず、なかなか良いアイデアが思い付かない。そうこうしている間に、とうとうアーケロン要塞の上空にまで僕は到達した。そして、コクピットの中にミサイルアラートがけたたましく鳴り響いた。僕と同じように激しい機動を繰り返している敵機のものではない。どこから!?ディスプレイには下方向に警告が出されていた。傾いた機体のディスプレイ越しに低空へと視線を動かした僕は、地上に設置されたミサイルランチャーが僕の姿を捕捉して狙いを定めつつあることに気が付いた。機械制御の迎撃システムの任務は、敵の排除、それに尽きる。その任務を忠実に果たすべく、ランチャーが火を吹いた。数基から放たれた地対空ミサイルもナバロ印の商品なのだろうか?機敏な動きで空に上がった狩人たちが、僕の愛機を狙って加速を開始する。ちっくしょう、これは予想していなかった!アレクト隊長機をフリーにするのは危険な判断だったが、迫り来るミサイルの群れは更なる脅威であった。山肌ギリギリの高度まで舞い降りて、機体を加速させる。同様のルートを取って、追撃者たちが降下する。こうなったら、島の構造物を徹底的に利用させてもらうしかない。山肌の切れた先、崖に大きく張り出したコンクリートの壁と岩肌の合間に、戦闘機なら充分に潜り抜けられる隙間を見出した僕は、躊躇することなく狭き門へと愛機を滑り込ませた。緊張と恐怖に心臓を鷲掴みにされそうな感覚に襲われるけれど、構っちゃいられない。ギリギリの高度を維持しつつ、トンネルの中へと僕は飛び込んだ。僕のすぐ後方で、ミサイルのマーカーが次々と消失していく。やったか――!?後方を振り返った僕は、ミサイルの群れの引き起こした爆発によって一時的に探索能力が落ちたレーダーがまだ捉えていない「敵」の吐き出す白い煙の筋を視界に捕捉した。運良くあの隙間に飛び込んできたミサイルがあったのだ。止む無く回避機動を継続。この好機を、アレクトの隊長機が逃すはずが無い。少しでも早く仕切り直したかったのだが、こうなっては仕方が無い。ミサイルとの距離を測りつつ、要塞から離れて海上へとルートを変える。右方向、急旋回。一瞬こちらを見失いかけたミサイルが、やや大回りで軌道を修正して再び僕の後方へと回りこんできた。何か、機体の代わりにぶち当ててしまうものがあれば言いのだけれど……。周囲を何度か見渡した僕は、海中から突き出している数個の岩礁を見出した。いけるかもしれない。
「クラックスよりグリフィス1、敵ミサイル、距離至近!!ブレーク、ブレーク!!」
「分かってる!忠告に感謝!!」
海面スレスレまで高度を下げた僕は、真正面に岩礁を捉え、タイミングを図ってミサイルを放った。白い煙を吹き出しながら、僕を追い抜いていくミサイル。海上に屹立する岩礁群の最も手前にあり、最も大きな柱の根元にミサイルが突き刺さり、炸裂した。爆発点ギリギリの空間に突進した僕は、爆発の衝撃で砕け散る岩柱を横目に見つつ、岩礁地帯を突き抜けた。数秒後、支えを失って横倒しになって崩れ落ちる岩の塊に、僕の姿を追い続けていた地対空ミサイルの生き残りが突き刺さった。コクピットの中には聞こえてこないが、轟音と衝撃、そして爆炎が膨れ上がり、粉々に粉砕された岩石とミサイルの残骸とが海面へと降り注いでいく。間一髪、自動制御の迎撃システムだとしても、充分に厄介な代物をナバロは用意してくれたものである。そうだ、アレクト1は!?レーダー上に仄かに光る点が一つ……やや後方、上空!!
「あれだけのミサイルを回避しきるとは、さすがだな。さて、この絶体絶命の危機、お前ならどう切り抜ける!?」
「待たせたね、グリフィス1!!敵施設は完全に沈黙した!!たっぷりとお返しをしておやり!!」
敵隊長とグランディス隊長の声とは、ほとんど同時、入れ替わりに飛び込んできた。さあどうする?生半可な機動じゃ、相手の攻撃を凌ぐことなど出来はしない。……やってみるか。「フィルギアU」の機体性能なら充分に出来るはず。後は僕が堪えられるかどうか――覚悟を決めて、操縦桿を握る力を少しだけ強めた僕は、起死回生の一手を撃つべく機体を加速させた。
蘇った悪魔 ……ENEMY……TARGET 1, INCREASE POWER……
TARGET 3, RIGHT TURN. P03, FOX 2……MISSED, TARGET 3, GUN SHOOT……

要塞周囲で行われている戦いが、情報という形を取って流れていく。そう、それらは全て、収集すべき貴重な情報だった。視覚的な情報など、必ずしも必要ではない。充分な情報さえ存在すれば、適応することは容易。静寂の中、蓄積されていく情報は猛禽たちに与えられる生餌のようなものであった。ここには騒々しい交信も存在しない。断片的な聴覚情報は、それを補うに充分な環境と情報さえ存在していれば全く無用の長物なのだ。

E-PLANT DESTROIED, REPEAT, E-PLANT DESTROIED.
P01, P02, P03, P04 NOT KEEP CAMOUFLAGE......

そう、それでいい。決着をつけるのはアレクトどもの仕事ではない。モニターの光に照らされた口元が、微かに微笑を刻んだ。交信の代わりに、コクピットの一角に繋がったケーブルが微かに揺れた。それまで暗闇の中に閉ざされていたコクピットのモニターが次々と点灯し、光を満たしていく。やがて搭乗席の周囲には、機体の外に光景がはっきりと映し出される。薄暗い格納庫の中、通常の戦闘機ならばキャノピーで覆われているはずの空間は胴体と同様の強度を持つ装甲に閉ざされ、代わりに周囲の視覚情報を捉えるためのカメラ群が赤い光を放っている。誰もいない格納庫の中で、その光は不気味な輝きを暗闇の中に浮かび上がらせる。自動制御されている格納庫の中で、出撃シークエンスが開始された。ランウェイへと繋がるタクシーウェイルートにエレベータが直結され、機体はゆっくりと動き始める。――凶星の輝きは、今日ここに潰える。そして新たな世界と舞台が幕開く、記念すべき一日の始まりだ。今や、微笑は歪んだ笑みへと姿を変えていた。交信は無用の空間に、ただ一人だけが聞こえる程度のささやき声が、意外に大きく響き渡った。
「終幕の始まりだ、ジャスティン・ロッソ・ガイオ……!」
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