牙を剥く狼・後編
首を捻るようにして見上げた空。そこに、僕の愛機同様に白く塗られた、流線型の美しいフォルムの戦闘機が出現していた。僕らの機体と比べても大柄な姿は、戦闘機というよりも攻撃機と呼ぶに相応しいかもしれない。それにしては、破格の機動性ではあるけれど。優美な白い狼は、絶対有利なポジションから僕を葬らんと襲い掛かってくる。低空から今逃れるのはまずい!海面を這うような低空飛行をキープしつつ、機体を右方向へ振る。敵から放たれた機関砲弾が、海面を叩き水柱を連続して吹き上げる。最後の数発は本当にギリギリの至近距離で僕を捉え損ねて海中に没し、水飛沫が愛機を濡らす。今度は反対方向へと旋回。再び攻撃。射線から逃れ切れていないことに気が付き、更に機体を傾けて操縦桿を引く。ぐい、とGが圧し掛かり、主翼の翼端が海面に接触しそうだ。ぞくっとした悪寒が背中を這い上がってくるのを堪えて、心の中で5つ数える。緩やかに水平へと戻し、フェンリアが僕の真後ろへと入ってきたその刹那、目一杯の力で操縦桿を思い切り引き寄せる。視界が一気に流れ、勢い良く愛機が跳ね上がる。水飛沫を盛大に巻き上げながら、ロケットのように上昇開始。ほとんど垂直に空を駆け上がっていく加速力が心地良い。
「いいマニューバだ。だが、それだけで振り切れると思ってもらっちゃ、困るんだ!」
フェンリアもまた、スナップアップ、ズーム上昇。振り返らなくても、愛機の後方から迫り来るのが分かる。僕だって、これだけで振り切れるなんて考えてもいない。むしろ狙いはこの次からだ!戦闘機の機動性は、ただ早く飛び安定して曲がれば良いというものではない。時に、敢えて不安定な姿勢に入れることによって可能となるマニューバも存在し、安定と不安定とを自在に制御出来ることが機動性の証明とも成り得るのだ。もっとも、戦闘機の性能が飛躍的に向上した現代では、機体性能が人間の負荷限界の先を行っているため、純粋に戦闘機の性能を最大限に発揮させるには無人化以外の道が無い。中の人間がどこまで耐えられるのかが、戦闘機の機動性能の限界になっていると言っても過言ではない。その点、XRX-45「フィルギアU」のスペックは際立っている。殺人的と言っても良い機動性は、一つ間違えれば簡単にパイロットのコントロールから逸脱するリスクと常に背中合わせ。だから、そのピーキーさを制御し切れるのであれば、かなり無茶な機動ですら実現することも出来るはずだった。ふう、とマスクの下で軽く深呼吸した僕は、思いついた策を実行に移す。スロットルMIN、フットペダルを思い切り蹴り付けてラダーを最大角へ。操縦桿を軽く傾けつる。カナードがそれぞれ反対方向へと角度を付ける。垂直に空を駆け上がる愛機は、まるでコマのように横方向へと回転して真下を向いた。全身の血が片側に寄る感触。意識を失うわけにはいかない。呻き声をあげながらも耐え切った僕は、僕の愛機同様にコクピットを装甲で覆ったフェンリアの姿を照準レティクルの中に捉えていた。
「チェックメイトだ、アレクト1!」
「いいねぇ、ガチか。思ったよりも熱血した男だったな、南十字星!!」
ガン・モード。片手で操縦桿を支えつつ、スロットルをぐいと押し込み、トリガーを引き絞った。フェンリアもほとんど同時に攻撃開始。再び降下する愛機をローリングさせる。敵よりも一瞬早く放ったバルス・レーザーの青い光は、今度こそ敵機を捉える事に成功した。いくつもの黒い弾痕が優美な機体に刻まれる。だけど、敵の攻撃も僕を無傷では済ませてくれなかった。直撃こそ免れたものの、機関砲弾の1発がコクビットを覆うコフィンの外側を抉り取ったのだ。バシッ、という鋭い音がコクピットの中にも響き渡り、右側面モニターが光を失う。側面をカバーするカメラがやられたのだ。上昇と降下、真正面から肉迫する2機は、互いの轟音と衝撃で機体を揺さぶりながらすれ違った。こっちの攻撃効果は!?水平に戻して急旋回、敵の真後ろへと回りこんで再攻撃を取ろうとした僕は、機体から黒煙を吐き出しながら、ゆっくりと水平へと戻していく敵の姿を捉えていた。既にエンジンの一つは力を失い、撃ち抜かれた翼からは燃料が漏れ出していた。相当の直撃弾を受けながらもまだ飛んでいられることは、フェンリアの堅牢性の証明なのかもしれない。時折痙攣するように揺れる敵機には、最早戦意を感じることが出来ず、これ以上の攻撃を繰り出す気に僕はなれなかった。
「そんな馬鹿な……あれにはアレクトが乗っていたんだぞ!?」
「フェンリアがやられちまったら、後は誰が南十字星を止めてくれるって言うんだ!?」
動揺がレサスのパイロットたちの間に広がっていく。切り札が、それも切り札を操る隊長機が戦闘不能になったことは、オーレリア解放軍の攻撃を必死に食い止めていた兵士たちの戦意をも奪い取っていた。その気持ちは、分からないでもない。僕の意志はともかくとして、僕と僕の愛機の損耗は、オーレリア解放軍の士気に甚大な影響を与えてしまう。それと同じことなのだ。
「……おい、何やってる南十字星。トドメを刺す絶好の機会だろうが」
「……そんな気分になれません。それに……何だか、自分の教官相手にしているみたいで」
「詰めが甘いと、足元をすくわれちまうぞ?」
「確証は無いですけど、多分あなたはそんなことはしないんじゃないかな、と」
「信頼してもらって光栄だ。で、次いでに一つお願いも聞いてもらおうか」
フェンリア、少し左方向に翼を傾け、緩旋回。僕の針路上へとゆっくり入っていく。無防備な背中が、僕の視界に飛び込んでくる。
「俺を落としてくれ、南十字星。この機体はもうもたないが、俺が……フェンリアが南十字星に撃墜されることは、レサスの戦いに終止符を打つためのメッセージになる。その機体なら、うまいとこ狙えるだろ?」
「そんなことする前に、脱出してください!」
「駄目だ。ベイルアウトはその後でも出来る。やるんだ、南十字星!!俺たちのためだと思って、引き金を引け!!」
やるしかないのか?その声に弾かれるように、僕は改めて照準レティクルを覗き込む。狙うのは、機体後方エンジン部分!見た目派手な黒煙を吐き出させることが出来れば、「撃墜」の演出には最適である。慎重に、慎重に照準を合わせた僕は、再び手負いの狼に惜別の一撃を加えた。新たに弾痕を穿たれた敵機が、白い機体に黒煙をまとい、空を漂流する。
「……支援に感謝!縁があったらまた会おうぜ」
火花を散らしてコフィンのキャノピー部が吹き飛び、次いで射出座席が空に打ち出される。反動でやや下方向へと機首を下げたフェンリアは、主を失った今、コントロールを受けることも無く海面へとゆっくり降下していく。
「隊長っ!!」
悲鳴のような甲高い声がヘッドホンに飛び込んでくる。見れば、風に流されてアーケロンの島へと漂っていくアレクト隊の隊長のすぐ近くで、もう1機のフェンリアからパイロットがベイルアウトしていた。隊長機に比べれば然程損害を負っているようには見えなかったのだが――そうだ、フィーナさんは?何度か首をめぐらした僕は、少し上空からゆっくりと舞い降りてくるF-35B/Sの姿をはっきりと捉えた。安堵が胸の奥に広がっていって、マスクの下で僕は口元に笑みを浮かべた。いつものポジションに収まった2番機が、軽く翼を振った。
「ナイスキル、グリフィス1」
「大丈夫ですか?損害……とか?」
「私は大丈夫。ジャスティンは……ちょっとやられたみたいね。隊長こそ、大丈夫?」
「え?ええ、勿論です」
「あんまり心配はさせないでね……」
グリフィス2――フィーナさんの本音がぽろっと出てきたのが、僕には嬉しい。でもそれよりも、彼女が無事であったことの方が、何よりも嬉しかった。なので、もう一人の僚機のことを僕はこの時失念していた。
「ゴラァ、アホ隊長!!こっちはまだやってるんや!支援とか応援とか、少しはフォローせんかい!!」
「気の毒な奴だなぁ、少しだけ同情するぜ」
「ほっとけ!敵に同情されても嬉しないわ!!」
「もうやめようぜ。さすがに俺も隊長たちの支援なしに、南十字星やその2番機、バトルアクスとまとめて相手にする自信は無い。煮るなり焼くなり、好きにしろ。もう戦争ごっこは、終わりだ」
アレクトの3番機の言うとおり、もうこの戦場の帰趨は決したも同然だった。ようやく戦況を確認する余裕を得た僕は、コンソールを操作して友軍の情報を調べる。多少の損害を出してはいたが、海上戦力はレサス軍艦隊の撃破に成功していた。旗艦「ダイダロス」改め「リネア・シエル」はもちろん健在。旧式ながら威力は充分にある主砲が、ハイレディン提督の琴線にどうやら触れたようである。そして航空戦力。グリフィス隊はもちろん全員健在。バトルアクス隊も、カイト隊も、どうやら皆無事に住んだようである。本当に、これで終わったんだな――後は、要塞の制圧に向かった陸上部隊の報告を待つのみ、というところだろうか?砲火の煌きも見えなくなった空と海の上で、ゆっくりと僕は旋回する。アーケロン要塞の一角に突き出した滑走路らしい構造物が、沈黙を守って佇んでいる。最早出撃する戦闘機も無く、ハッチも開け放たれたままの滑走路を横目に、僕たちは戦闘終結の一報を待って旋回を続ける。
どうやら上も終わったらしい――CICのモニターに、黒煙を吐き出しながら落ちていくのと、その後を追うようにパイロットを空に打ち出したのとが映し出されている。それよりも少し前に、バトルアクスの手によって葬られた1機がいる。パイロットを射出した後、空中で爆発したその機体は、既に残骸となって海中に没していた。地上戦闘もどうやら片が付きそうな様子。もともと、陸上戦力をほとんど配していなかった要塞周辺では、砲台が陥落してからというもの抵抗らしい抵抗が無いまま制圧作戦が続いているのだった。本国に戦闘終了とレサス軍の全面降伏を一報するのも間近だな――一仕事終えた気分で、ハイレディンは額の汗を拭った。
「提督、フェンリアのパイロットたちはいかがしますか?」
モニターの一つには、ゆらゆらとパラシュートで空を漂うフェンリアのパイロットの姿がある。オーレリアのパイロットたちの幾人かを葬り去った相手ではあるが、戦闘が実質的に終了しようとしている今、些細な理由で殺しを継続する必要性は全く無くなっていた。
「念のため救援機の用意をしておけ。要塞から救援なぞ出してはくれんだろうからな」
「はっ、了解です!」
早速ヘリを搭載している巡洋艦に連絡を取り始めたオペレーターを苦笑しながら眺めつつ、終わったんだな、という気分にハイレディンは浸ることにした。ひたすら苦しい道程ではあったが、結果として最短距離を歩いていたことに今更ながら気が付かされる。それもこれも、大人の常識などクソ食らえとばかりに戦い続け、レサス軍を圧倒していった「南十字星」たちのおかげである。彼らがオーブリーの基地ごと葬られていたならば、今頃運がよくて収容所で臭い飯を食っているか、鬼籍入りして地獄の亡者どもと争っているか、せいぜいそのどちらかであったろう。ゼネラル・リソースの後ろ盾を得たナバロの奴が、ゼネラル・リソース資本が生み出した試作機に翻弄されるのもなかなか痛快であった。切り札を失い、最後の牙城すら失おうとしている男は今頃どうしているのだろう?不満を爆発させた市民たちの手で八つ裂きになってくれているとありがたいんだがな――そんな物騒なことを思い浮かべながら、地上部隊の戦況確認を行うべくマイクを取り上げたハイレディンは、怪訝そうな表情を浮かべるレーダー士の姿に気が付いた。
「ゴラ、報告事項は遠慮なく伝えろ、と命令しているだろうが!!」
「はっ!!……いえ、見間違えなら良いのですが、艦隊至近に一瞬所属不明のIFF反応が……」
「俺はお前さんの眼を結構信頼している。この期に及んでまだ馬鹿げた戦闘を続けようとしている奴がいるかもしれんということだな?……よし、各艦に警戒態勢を維持するよう伝達しろ。まだナバロの野郎、諦めていないらしい。大体こういうときはろくな手は使ってこないと相場が決まってるからな!」
「アイ・サー!!」
念には念を、と港湾施設に横付けせずに艦隊行動を継続していたのが幸いしたと言えるかもしれない。敵の姿が見えないというのはやり難さもあったが、歴戦の艦艇と乗組員たちの反応はハイレディンを満足させるに充分だった。だが、彼の心中は決して穏やかではなかった。完全に勝敗が決した戦場で行われる起死回生の一手というものは、大抵の場合ろくなものではない。最も最悪の手段は戦術核兵器が投入されることだ。敵も味方も、皆まとめて消滅して終わり。追い詰められたナバロがその手段を使用しないとは言い切れまい。もっとも、そうなったらなったでナバロは国際的にも大悪人として断罪されるには違いないが、敵大将の心中作戦に付き合う気はさらさら無い。それにしても、敵の狙いが見えない。メディア戦略を最大限に利用するナバロが、自らを絶体絶命の危地に陥れるような手をわざわざ選択するとは思えないのだ。何かもっとタチの悪い策略が張り巡らされているような――すっきりしない気分のまま何気なく視線を上げたハイレディンは、レーダーに出現した「所属不明」の光点の姿を捉えた。
「艦隊前方、これは……ミサイルです!対艦ミサイルよりも大きい……形式は分かりませんが、は、早い!」
ミサイルはちょうどリネア・シエルの右舷側から唐突に出現し、加速を開始していた。画面に表示されている海図と各部隊の展開情報とを行き来させたハイレディンは、ミサイルの針路をそのまま地図へと落とし込んでみた。このミサイルが艦隊に対して放たれたものであるならまだ良い。だが、他の狙いがもしあったとしたら――ミサイルがそのまま直進コースを進んだ場合、その先にあるのはアーケロンの要塞本体。そして、今そこではオーレリア解放軍の虎の子の制圧部隊が要塞の完全制圧を達成すべく、作戦行動を展開している――そこまで考えて、海賊提督は思い切り頭を殴られたような衝撃を受けた。これすらもデモンストレーションとして使う気ならば、最も効率良い選択を敵はしてくるに違いない。この要塞すらも、商品の一つに過ぎないのだとしたら、切り捨ててくることだって選択肢の一つとなる。狙われているのは、要塞に取り付いた上陸部隊だ!!
「敵ミサイル、増速しながらなおも接近中!!リネア・シエル付近通過まで、あと30秒!!」
「全対空砲、撃ち方始め!!ありったけの弾幕をばら撒いてやれ!!後続艦には本艦のバックアップに付くよう伝達!!行くぞぉ、野郎ども!!」
今展開している艦艇の中で、最も分厚い装甲を誇るのがリネア・シエルだった。いざという場合に、最も「盾」として相応しいのは、残念ながらこの艦しかいない。右舷側の全機銃、全CIWSから、猛烈な勢いで弾幕の雨が降り注ぐ。副砲代わりの速射砲からも立て続けに砲弾が撃ち出される、飛来するミサイルを捉えそこなった砲弾が、海面に水柱を吹き上げる。思ったよりもさらに早いそのスピードが捉えきれない。こんな時だけ、弾幕が薄いのではないか、と訝りたくもなる。横腹をミサイルの前に晒したリネア・シエルは、猛烈な弾幕を維持したまま海上を疾走する。
「通過点まで、あと15秒!!」
「絶対に止めて見せるんだ!!ここまで来て、ナバロの思い通りにさせてなるものかよ!!やらせはせんぞぉぉぉぉぉっ!!」
空間を飽和させるような弾幕が、ついにミサイル本体を捉える。数発が胴体部に命中して外板を弾き飛ばし、内部構造部へと突入する。戦闘機などと比べれば遥かに脆弱な本体は、さらに殺到した弾頭の直撃を受けて折れ曲がり、切り裂かれる。真ん中からへし折れた胴体部から、弾頭部がやや上方へと飛び上がり、次なる雨が弾頭本体を叩いた。それは、信管を作動させるには充分過ぎる衝撃だった。閃光が空に膨れ上がり、猛烈な勢いで広がっていく。全てのモニターが白一色で漂白されたと思ったのもつかの間、これまでに経験したことの無いような激しい衝撃がリネア・シエルに襲い掛かった。指揮卓を掴んで身構えたハイレディンの巨体ですら、簡単に引き剥がされて宙を舞う。轟音と衝撃とが弾け、最も至近距離にあったリネア・シエルに容姿無く襲い掛かった。
何が起こったのかさっぱり分からない。愛機のモニターは、広範囲に広がる衝撃波の姿をはっきりと捉えてはいたが、だからといって物事を全て把握できるほど人間は器用に出来てなどいない。ただ、これと同じ攻撃を僕は何度も味わってきている。これは、グレイプニルのショックカノンやSWBMと全く同種のものだ。だがミサイルは一体どこから?あのミサイルの出現の仕方は、まさに先程までアレクト隊がやってみせたのと同じだ。真正面からわざわざグリフィス隊と交戦したアレクト隊が、わざわざこんな手の込んだ陽動作戦を仕掛けてくるとは到底思えない。こういうのは、もっと腹黒い連中の愛用するやり方だ。ミサイルに対してまるで艦隊を守る「盾」のように身を晒したリネア・シエルは、炎と黒煙とに覆われてその姿をはっきりと確認することが出来ない。近くにいた艦艇も無傷ではなかったが、比較的受けたダメージは軽かったらしい。大損害を受けて航行不能に陥った旗艦の救援に何隻かが付くことを確認し、僕は周囲警戒に意識を戻した。先刻の大爆発は、たまたま旗艦上空にいた数機まで巻き込んで、消滅させていた。戦勝ムードはどこへやら、言い様の無い不安感がパイロットたちを捕らえていたのは間違いあるまい。しかし、敵は一体どこから?記憶のページを手繰り寄せ始めた僕は、ほんの少し前、コクピットから眺めた光景を引き出していた。開かれた滑走路。既に出撃する戦闘機も、帰る機体も無い要塞が、何でわざわざ口を開けていたのか。あれが、出撃した機体の帰還を待っていたのではなく、新たな部隊を出撃させていたのだとしたら――!
「グリフィス2よりグリフィス1、敵要塞滑走路のハッチが開放されていたのに気が付きましたか?」
「気が付きました。あの時は何とも思わなかったのですが……」
「アレクト隊以外に、フェンリアを扱える部隊がいたと仮定したら、あの時わざわざ滑走路が開放されていたことも納得がいくわ。少なくともAWACSのデータリンクは新たな敵影を捉えていない……ということは、全く別の敵が潜んでいるのかも。私がまずは確認します。とどめの一撃は、隊長、ジャスティンに任せる」
「戦術レーザーを使え、ということですか?しかし……」
「今使わなきゃ、いつ使うの?さ、急ぎましょ!」
それもそうか。もともと対空戦闘主体の装備で飛び立った航空部隊は、要塞を中から徹底的に破壊するのに充分な威力を持つ装備を持ってきていなかった。だけど、XRX-45は違う。グランディス隊長謹製の戦術レーザーをコクピット下に抱いている。照射中の安定飛行を妨げられることが無ければ、滑走路の真正面から要塞内部に対して充分な効果をあげられるに違いない。アーケロン島の海岸線を少し迂回するように大きく旋回した2機は、海へと真っ直ぐ張り出した敵要塞滑走路の真正面から接近を開始する。F-35B/Sが少しずつ高度を下げていくのをモニター越しに見送りながら、僕は周囲警戒に意識を集中させる。2番機を中心にしながら緩旋回を続け、レーダー警戒にビジュアル・モードでの探索も行う。レーダー上、今のところ敵を示すIFF反応は確認出来ない。リネア・シエルへ攻撃を行った敵機はどうしたのだろう?まさかとは思うが、先ほどの攻撃を繰り出した後、自らもその衝撃波の巻き添えになってしまったのだろうか?何だかすっきりしない。どこかから、こっそりと隙を伺われているような……そんな気分が全然抜けないのだ。それに比べれば、アレクト隊は月とスッポン。ちょっと表現は悪いかもしれないけれど、今この戦場に漂っているのは、どちらかと言えば尋常ではない……「狂気」とでも喩えるのが相応しい殺気だ。気を抜くと、飲み込まれそうな感触。ふとやや低めの高度を見渡せば、そこに水平飛行からホバリングへと切り替え始めたF-35B/Sの姿があった。こちらも少し高度を落としつつ、針路を修正すべくペダルを軽く踏む。
「こんな時に役立つとは思わなかったけれど……」
グリスウォール潜入から戻って以来、フィーナさんがコクピット下にデジタルカメラをしまっておくようになった、とオズワルド准尉が話していたことを僕は思い出した。デジタル・ズームを効かせれば、遠くからでも結構色々と確認出来るものである。機体をホバリングさせながら、片手にカメラを構えているのかもしれない。僕もコンソールを操作して、滑走路周辺にカメラを固定させ、ディスプレイに拡大映像を出力させる。相変わらず開け放たれたままのハッチの向こうは薄暗く、肉眼でははっきりと中を確認することが出来ない。何だか昔見たSF映画に出てきそうな、近未来的な構造物は何となく見える。距離がまだ遠い。少しコースを変えようと操縦桿を少し傾けた愛機のコクピットに、聞き慣れないアラームが鳴り始める。もちろん何度か耳にしたことはあったけれど、その原因はこれまで全て味方にあった。光学兵器に代表されるような、高エネルギー反応を捉えた際に発する警報。戦術レーザーやレール・ガンをADF-01Sが撃ち放つときには必ず鳴り始めたものだが、当の張本人は今のところ僕の傍にいない。じゃあ、これはどこから?フィーナさんの後方、やや上空から、僕は速度を落として滑走路正面に機首を向けた。アラームは相変わらず鳴り止まない。ディスプレイには高エネルギー源の出力が上昇していることを告げる警告が表示されている。その位置は、僕の前方――要塞内部?
「クラックスより、グリフィス2。要塞内部に高エネルギーの発生を検知。そこから何か確認出来ますか?」
「ズームで見ても駄目ね。もう少し近付かないと分からない」
フィーナさんの位置からでも良くは確認出来ないらしい。F-35B/Sが滑走路との距離をもう少し縮めるべく、ノズル角を動かし始める。
「――葬るべき順番をこれまで間違えていた。これは俺からのプレゼントだよ。受け取れ、南十字星――!!」
唐突に聞こえてきたのは、決して強くは無いが、禍々しい殺気と冷たさに満ち満ちた声だった。そしてさらに悪いことに、その声に僕は聞き覚えがあった。まさか!!今更ながらに僕は奴の狙いを理解した。わざわざ開け放たれたハッチ。損害を被った艦隊。嫌でもそうしておけば「滑走路の中に何かあるに違いない」と気が付く人間が出てくる。だから、奴は待っていたのだ。格好の獲物が、まんまとその網にかかるのを、虎視眈々と――!
「!クラックス2よりグリフィス2、エネルギー反応、急速に増大、危険です!!」
「駄目だ、フィーナさん、逃げて下さい!!早くっ!!」
その次の瞬間、滑走路内部から青白い光の柱が空間を貫いた。愛機に搭載された戦術レーザーと同種の、圧倒的な破壊力を誇る光学兵器。眩しいばかりの光が、周囲を照らし出す。迫った危険に身体が反応したのか、F-35B/Sは横方向に跳んで攻撃を回避しようとしていた。だが、光の奔流はそんな獲物を嘲笑うように襲い掛かっていた。
「きゃあああああああっ!!」
「フィーナさぁぁぁん!」
火花が弾け、右主翼を途中からもぎ取られたF-35B/Sの姿が、僕の目前で衝撃に弾き飛ばされて回る。僕はその光景を、呆然として、信じられない思いで、眺める以外の術を持たなかった。
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