激突、賭するは未来・前編
翼を撃ち抜かれたF-35B/Sは、ホバリング状態に在ったことが幸いしたのか、微妙に傾きながらも未だ空にあった。だが、右主翼は跡形も無く、後方の水平尾翼も吹き飛んでいる。高温・高エネルギーの塊に晒された胴体右側は表面が抉られたように溶けていた。だが、コクピットには被害は無い。無いのだが、何度呼びかけても返答が無い。
「グリフィス2、グリフィス2、応答してください!!大丈夫ですか、グリフィス2!!」
機体が無事とはいえ、コクピットの中のフィーナさんが受けた衝撃は並大抵のものではなかっただろう。気を失っているだけなら良いが、そうでなかったとしたら……。出来るものなら機体を隣に並べて助け出したいけれど、僕の愛機にVTOL機能は無い。かといって、あのままではいずれF-35B/Sは水没してしまうだろう。そうなったら助け出せたものも助けられなくなる。だから今は、とにかく呼びかけるしかないのが僕の役目だった。
「グリフィス2、フィーナさん、応答してください!」
「こらフィーナ、黙ってないで何とか言ったらどうだい!?」
「くそっ、アレクト隊め、やることが汚いちゃうんか?ここまで引っ張っといてだまし討ちかいな!!」
「それこそ言いがかりだぜ。うちの隊には4機しか割り当てがなかったんだ。それ以外に稼動出来る機体がいたなんて、こっちだって知ったばかりだぜ。それも何だよありゃ。ビーム兵器が搭載出来る機体だとレクチャー受けてないぜ!!」
スコットとアレクトの3番機との間で始まった口論は放っておいて、僕は再び呼びかけようと回線を開こうとした。それよりも早く、コール音。飛び付くように回線を僕は開く。
「こちらグリフィス2、隊長……ジャスティン、ごめんね。背中は私が守るって約束したのに、果たせないよ。だから、お願い。今度こそ、あの敵を……ペドロ・ゲラ・ルシエンテスを打ち破って。ジャスティンだったら、絶対に出来るから……」
「約束なんて……僕の方こそ……」
ようやく聞こえてきたフィーナさんの声に、僕はどれだけ安堵させられたことだろう。決して力強い声ではなかったけれど、どうやら無事らしいことが分かっただけでも良い。謝らなくちゃならないのは僕の方なのに。背中をずっと守り続けてきてくれたフィーナさんなのに、恩返しをするどころか、却って危険に晒してしまった。敵の攻撃が直撃しなかったのは本当に偶然であって、あと少し射線が近かったら、既にこの世の人では無くなっていたかもしれないのだ。こんな時は、自分の責任を詰られた方が楽なのだろう。でも、フィーナさんはそうしなかった。約束を守れなかったのは、僕の方なのに。どくん。何かが心の中で脈打った。腹の底から、胸の奥から、何か例えようのない熱が湧き上がって来る。
「それともう一つ。レイヴンのパイロットたちに伝わる名言よ。"パイロットが生還すれば大勝利"――ってね。……シルメリィで待っててね」
こんな時まで、僕を気遣ってくれなくてもいいのに。緩やかに回転しているF-35B/Sの姿勢は次第に不安定さを増していく。もう時間は余り、残されていない。早く脱出を!周りをゆっくりと旋回しながら、僕の心は焦燥にまみれていく。でも、こんな僕の姿を、フィーナさんが目の当たりにしたらきっと悲しむに違いない。僕には、為さねばならないことが残っていた。僕とXRX-45は未だ健在。空を舞うための翼と力が、まだ残されている。この戦いを終わらせると、飛び立つ前に僕は決断したのだ。ならば、せめてその約束だけは果たそう。ましてや、フィーナさんを落としたのはあのルシエンテスだ。最後の最後まで、僕の前に立ちはだかるのなら、今度こそ決着を付けるまでのことだ。――やってやる。湧き上がって来る熱と相まって、体中が紅潮してくるような感覚を覚える。
「グリフィス2より、各隊へ。隊長機の支援をお願いします!」
その交信を最後に、F-35B/Sのキャノピーが跳ね飛んだ。続けて、ロケットモーターを作動させた射出座席が上空へと舞い上がる。その反動で機首を傾けた2番機は、ついに力尽きる。浮力を失った機体は、ゆっくりと横転しながら高度を下げていき、そして海面に叩き付けられた。その水柱の上、風に流されていくフィーナさんの姿を旋回しながら確認する。ここから見ている限り、出血の有無などは確認できない。すると、僕が見ていることに気が付いたのか、フィーナさんは右手を持ち上げて何度か振っていた。うまくすれば、要塞近くの岩礁などに辿り着けるかもしれない。流されていく方向を確認する僕の耳に、再び聞きたくもない声が聞こえてきた。
「やれやれ、安っぽい恋愛ドラマもそれくらいにしておいてもらおうか。聞いているだけで反吐が出てくる。2番機を犠牲にして生き残っている気分はどうだ?それとも、まだ足りないか?足らないなら、協力してやろう。パルス・レーザーで二目と見れないように粉々にするのが良いか?それとも、もう一度粒子ビーム砲で真っ黒に焼き払ってやるのが良いか?それとも、エンジンに吸い込んでバラバラにしてやろうか?」
楽しそうな、そして狂気じみた笑い声が響き渡る。これが、あのルシエンテスだって?グリスウォールの空で戦った奴とは、根本的に何かが違う。――だけど、今更そんなことはどうでもいい。奴が変わろうと変わるまいと、決して許すことの出来ない敵であることは、変えようの無い事実。ここで止めなければ、狂気に満ちた思想で新たな犠牲者を生み出していくのは明らかだ。それに……多分、こっちが本音だろう。フィーナさんを、僕の大切な人を傷付けたことが許せない。これ以上、彼女を傷付けることなど許しはしない。付け加えるなら、僕自身も許せない。こんな奴に、油断を見せてしまった、自分自身の不甲斐なさが許せない。そういった複雑に混ざった感情と思いが、僕の心の中に渦巻いていた。でも、だからといって落ち着いていないわけじゃない。むしろ、こんなに集中しているのは我ながら珍しいと思う。本当に、翼の端まで神経が行き渡っているような気分。風を切る感触を、直に体験しているような錯覚すら覚える。そして、僕の眼はアーケロン要塞の滑走路から轟然と加速して離陸する敵の姿を捉えた。重力を振り切って舞い上がったその機体は、すぐに機首を跳ね上げるとロケットの如く猛然と空を駆け上っていく。その背中に、何やら大型の追加ポッドのようなものがへばり付いていることを逃さなかった。あれこそ、僕の敵。もう一度フィーナさんのパラシュートに視線を映し、その姿を目に焼き付けて、再び前方注視。スロットルを思い切り押し込む。機首を跳ね上げ、高空を目指す「奴」を追って、僕も空を駆け上がっていく。レーダー上に、未確認IFF反応、多数発生。どうやら要塞内部にはまだ敵の新型が眠っていたらしい。
「クラックスより各機、要塞内部から出撃する敵新型の反応を多数確認!残念ながら、データには存在しないアンノウンです!映像で見る限りでは「フェンリア」のようにも見えますが、全くの別物と考えてください。とにかく、敵の戦闘能力が分かりません。注意してください!!」
「グリフィス4より、グリフィス隊、バトルアクス隊へ。こいつらはあたいらでまとめて引き受けるよ。フィーナの分も、しっかりとオトシマエ付けさせてもらおうじゃないか!!」
「バトルアクス・リーダーより、グリフィス1へ。こっちは俺たちに任せろ。ルシエンテスを葬る役目は、お前に託す。お前なら、出来る。さあ行け、「南十字星」の意地を存分に見せる時だ!!」
僕の前方、射程範囲外の位置をまだ上昇していく敵の姿を捉える。幸い、僕の周りに他の敵の姿は無い。熱を帯びた身体。反対に、冷えた水のように落ち着いた心。アンバランスを僕は整理し切れては無かったけれど、これは避けることの出来ない戦いだ。僕は、すう、と軽く息を吸い込み、始まりを告げた。
「グリフィス1、エンゲージ!」
勢いは留まるところを知らず、未確認機が高空へと駆け上がっていく。その後ろをXRX-45が追うが、上昇速度では一歩及ばない。アーケロン要塞は遥か低空へと消え去り、いくつかの雲の層を抜けた先は、真っ青な空がどこまでも続いていくだだっ広い世界。全ての国の上に等しく広がる蒼空。その高みまで駆け上がった未確認機、スロットルOFF。機首下方にまるで宇宙船のように開かれたミニ・バーニアをコンマ数秒噴射。テールスライドに反動を上乗せして、素早く機首を下界に向ける。その先には、上昇中のXRX-45の姿がある。未確認機、ガンアタック。一瞬早く横へと右ロールしながら跳んだXRX-45は、敵機と至近距離ですれ違う。パワーダイブ、低空へと今度は駆け下りていく未確認機を追って、XRX-45も反転降下。2機によって引き裂かれた大気が悲鳴をあげる。空に刻まれるヴェイパートレイルの白い傷跡。端から見れば美しい光景も、凄絶な命のやり取りの場。海面が迫ることなど忘れたかのように一気に超低空へと舞い降りていく2機は、正気とは思えない速度で大気を貫く。未確認機の後方につけたXRX-45、一足早く引き起こし。それでも加速の付いた機体はすぐには水平に戻らず、どんどん海面へと近付いていく。水飛沫を激しく巻き上げながら水平へと戻した時、未確認機はさらに鋭い機動で引き起こし。その姿を現したアーケロン要塞の滑走路方向へと加速を開始。その先には、ゆらゆらと揺れながらゆっくりと空を漂う白いパラシュートの姿があった。
「遅い、遅いぞ。どうやら本当に見殺しにするつもりらしいな、最愛の2番機を」
返答の代わりに、青い光が大気を切り裂く。パルス・レーザーの光が殺到するが、難なくバレルロールで射線を外した未確認機は、パラシュートの右方向の空間を駆け抜けていく。パラシュートからさらに距離を取りつつ、XRX-45も加速。開かれたノズルには炎が宿り、アフターバーナーの力を借りて轟然と加速していく。速度をほとんど殺さずに要塞の頭上スレスレを飛び越した2機は、そのまま低空でシザース、激しいポジション争いを始める。互いに鋭く機体を旋回させながら、一歩も譲らず、何回目かの旋回の後、互いに弾かれたように反対方向へと離脱。一定距離を置いたところで緩旋回を始め、互いの次の出方を伺う。
「大したものだ。生身でそれほどの機動をこなすとは、やはり面白い男だよ、貴様は。だが、もう身体が悲鳴をあげているんじゃないか?卵の殻みたいに脆い人間の身体の存在こそ、戦闘機の性能を低下させる最大のリスクになる。それは貴様も同じなんだよ。だが、俺は違う。この機体――"ロットバルト"と今の俺の前では、不安定さを機動性に読み替えただけの出来損ないなど敵ではない。今からそれをレクチャーしてやる。これが最後の機会だと思え、南十字星。俺に従え。そうすれば、お前とお前の2番機の命は保証してやる。その代わり、我々の理想の成就のため、一生を捧げてもらうがな。ククククク……」
緩旋回から機体を大きく傾けて、未確認機――「ロットバルト」が再び攻撃態勢。すぐさま反応したXRX-45も同方向に急バンク。互いが描いていた円周の中央目掛けて突進する。XRX-45の方が若干高度は上。ヘッド・トゥ・ヘッド。2機の間を、別のロットバルトとXFA-24Sが上下に通過していく。少しだけ針路を修正した2機はまだ攻撃を仕掛けない。ミサイルの有効圏内を通り過ぎ、ガンアタックの圏内にまで飛び込むや否や、双方からパルス・レーザーの光が放たれ、交錯した。それまでいた空間から鮮やかにローリングして回避機動を取る2機。獲物を捉え損なった光が空しく中を貫き、互いの轟音で機体を揺さぶりながらすれ違う。後方に抜けつつ上昇、インメルマル・ターンで反転を試みるXRX-45。有人飛行機同士なら、その反転速度は十二分に早いものだったろう。だがロットバルトは、先程の上昇からの反転効果のときに見せたように、ほとんどその場での反転を鮮やかに決め、攻撃態勢を取っていた。翼の下にぶら下げられたミサイルが2本、切り離される。エンジン点火、猛然と加速していく。通常の空対空ミサイルよりも大柄のミサイルは、自らの先端に搭載されたレーダーで獲物の姿を捕捉しつつ針路を修正していく。無論、狙うはXRX-45の白い胴体だ。攻撃を諦めたXRX-45、回避機動を開始。ミサイルの速度がそれほど速くないことを察知し、振り切りにかかる。低空へと駆け下りていく目標に続いて、ミサイルも降下を開始。これがノーマル・ミサイルを相手とするのであれば、海面に叩きつけて回避という先方も取れるし、正しい戦法だったと言えるだろう。だが、放たれたのは最新鋭の実験機に搭載されているような代物だ。まともであるはずがなかった。先端弾頭部に亀裂が入り、六方向に開く。エア・ブレーキの効果を得てミサイルが瞬間的に減速する。そして、開かれた弾頭部の中から、小型のミサイルが12発姿を現した。それが2発分、計24発のミサイルがプラットフォームから切り離され、目標に襲い掛かっていく。上下左右、包み込むような機動で迫り来るミサイルをかわすべく、無謀ともいえる超低空降下を敢行するXRX-45。海面を割るような低空まで舞い降りた白い機体から、フレアが射出される。海水を振り払うようにスナップアップ、上昇。数発のミサイルはフレアの欺瞞に引っかかり、一斉に信管を作動させる。小型ミサイルの連続爆発が後方へと遠ざかるが、その爆発を回避した残りが相変わらず追尾を続けている。近付いた一団を鋭く旋回して回避。強引に加速を得てアーケロン要塞本体へと突き進んだXRX-45は、要塞スレスレの高度を維持しながら要塞上部を飛び越え、斜面を舐めるようにして高度を下げる。その機動をレーダーは追尾していたが、目前に迫っていた要塞の外壁まではミサイルの把握外だった。ドンドンドンドン、と木霊のような衝撃音が響き渡り、火球が要塞の表面に膨れ上がった。
「……滅茶苦茶だ。あんな攻撃、良くジャスティンは回避するよ……」
「グリフィス4よりクラックス。どうやらあたいらが相手にしているのと、あのイカレ野郎が乗っているのは別物みたいだね。後はジャス坊がどこまで持つかだけど……」
「クク……ククククク、良い、良いぞ、南十字星。あの攻撃を無傷で切り抜けるパイロットがいるとは思わなかった。だが、流石に応えているらしいな。肩で息をしているのが聞こえてくるぞ。機体性能が身体の限界の先を行く辛さはじっくりと味わえたか?内臓がシェイクされて破裂しそうになっているだろ?それが、お前の限界だ。だが、そんな辛さは超えられるのだよ。この俺のように、な。兵器の性能を極限まで求めるならば、その兵器を操る人間の性能も改善されなければならない。俺はその力を手に入れた。お前に撃墜されることによって、な。この身体は最高だぞ。お前には感謝しなくちゃならないな、南十字星」
「ルシエンテス、お前まさか……狂っていやがる。そこまでするほどに、思想に毒されているとは思わなかったぜ」
「狂っている?違うな、マクレーン。俺は正気だよ、何も変わっちゃいない。結局のところ、敵を圧倒する力が無ければ何もならない。力の何たるかも知らずに力を求める輩によって、全てが奪われていく。ならば、自分が圧倒的な力を手にすればいい。何にも、誰にも、負けることの無い力をな!それが狂気の力と呼ばれるのならばそれでも良い。負けた奴らの戯言など、所詮は遠吠え。踏み潰して越えていけばいいことだ。お前だって、その程度のことは分かっているはずだと思っていたがな、戦友!?」
マクレーンのYR-99は、ロットバルトの出現と時を同じくして姿を現した敵機を追い詰めつつあった。ルシエンテスの操る悪魔の機体が、XRX-45から離れ、YR-99の後方を取るべく加速していく。
「デバイスだけの相手では物足りないだろう、戦友。俺が直接相手をしてやろう。南十字星と同じように、かわし切って見せろよ」
「デバイスだけ?」
「そうさ、この世の中で現存する最高のデバイスが、今お前らの相手をしている機体には搭載されている。機体の運動性能を最高に引き出しつつ、複雑かつ高速な処理能力を有する最高の器官がな。そいつらは無人機であって無人機ではないし、有人機でもないんだよ。経験を充分に持った人間の頭脳を積み込んだ新しいタイプの機体さ。俺の部下どもも、犬死でなくなって今頃喜んでいるだろうよ。新たな翼と力を得てな!」
「それを世の中、狂ってるっていうんだよ!」
マクレーンのYR-99からミサイルが切り離され、高速で加速していく。危機を察知した敵機が旋回態勢を取るが、間に合うものではない。瞬く間に接近したミサイルは、上下から目標の姿を挟み込み、炸裂した。ぶつかり合う衝撃波と弾体とがフェンリアもどきの胴体を容赦なく切り裂いていく。小爆発を起こし、縦に引き裂かれた機体が不規則に回転しながら落ちていく。その黒煙を振り払うように、YR-99が加速。その後方、ロットバルトが攻撃を仕掛けんと追撃していく。
「マクレーン、お前も生身を捨ててみろ。その新型をさらに獰猛に飛ばせるようになるぞ。バトルアクスの名に相応しい鋭さを手に入れて、な」
「生憎だが、好きな女も抱けないような身体になるのはご免だな。だいいち、そんな派手な手術を受けて傷だらけになったら、笑われちまう」
「そうか、なら、落とした後で脳だけ取り出してやろう。共に戦う最高の僚機が1機、増えるというわけだ」
轟然と加速したロットバルト、YR-99の下方から一気に上方へと飛び上がって急反転。YR-99は攻撃ポジションを取られるよりも前に急バンク、右方向へと急旋回、離脱。だが最高速度はロットバルトの方が遥かに上だった。MAXパワーで逃げるYR-99を嘲笑うように、ロットバルトが距離を縮めていく。
「ちっ、やるしかないってか」
「その気になってくれて助かる。お前の仲間たちもじきに送ってやるから、安心して落ちるがいい」
ロットバルトは既にYR-99をミサイル射程内に捉えていた。コクピットのモニターには、ミサイルシーカーに捉えられたYR-99のスマートな胴体が映し出されている。捕捉しつつあることを知らせる電子音は、しかし突如として警戒を告げる甲高い警報音へと変わった。赤い光の奔流が斜め上方から降り注ぎ、ロッドバルトの姿を捉えていたのである。瞬間的に機体をバンクさせたルシエンテスの技量はエースならではのものだったろう。直撃はしなかったものの、背中に積んでいた粒子ビーム砲が基礎部からもぎ取られ、宙を舞う。さすがにYR-99の追撃を諦めたロットバルトが、攻撃の主へと向きを変える。戦術レーザーの砲身をむき出しにしたXRX-45の姿が、そこに在った。
「力……?理想……?他人の犠牲と屍無しには得られないようなもののために、オーレリアの、レサスの人々は命を奪われていったって言うのか。そんなくだらない妄想のために……!?」
その声は決して力強くは無かったけれども、抑えがたい怒りに打ち震えていた。
「僕は絶対にお前を許さない。ルシエンテス、ここをお前の墓場にしてやる。――かかって来い、妄執に囚われた亡霊め!!」
操縦桿とスロットルを握る腕が震えている。恐怖ではなく、敵に対する怒りで。こんな奴がいるから、関係ない無数の人々が苦しむことになる。オーレリアとレサスの間で繰り広げられた戦争は、これから先も両国に深い傷跡を残し続けることになるだろう。戦いで失われた人命は決して戻ることが無いのだから。それなのに、奴は、ルシエンテスは力を欲すること、手にすることが正義とばかりに語る。力こそ全て。全て、奴の目的とやらのために存在するような言動。その全てが、気に食わなかった。
「部下たちが喜んでいる?落とした相手を兵器として再利用する?……冗談じゃない。お前の言ってることこそ、机上の空論、現実味の無い妄想だ。戦争なんか無ければ、レサスでも、オーレリアでも、これだけ多くの人の命が奪われることは無かった!力が全てだって?そうやって手にした力ってのは、少し化け物じみた機動を可能にしたり、手品のようにばらけるミサイルのことを言ってる?笑わせないでくれ。そんな力で、世界を統べて見せるような発想自体が狂っている!!それとも、核兵器でも腹に抱えて、従わない国と人々を焼き尽くすつもり?最低だな、最悪だな、僕が戦っていたのは、そんな子供じみた被害妄想に囚われた狂人だったとはね!!」
「――何だと……?」
戦術レーザーを格納。ウェポン・ユニット部を高速高機動モードに対応するため、格納する。安定性は低下するが、機動性はこれで格段に上がる。互いを攻撃ポジションに捉えたまま、攻撃をせずにロットバルトとすれ違う。
「それに、お前はやってはならないことをやってくれた。それだけで、僕がお前を撃墜する理由に充分に足りている。――陰に隠れてコソコソやらかすアンタに相応しい不意打ちで、僕の2番機を落としてくれたオトシマエは、きっちりとつけさせてもらう。分かってんのか、亡霊野郎。僕は怒っているんだ。猛烈に怒っているんだ。……アンタの存在自体を消してやる。それが、この戦争を終わらせるために、僕が果たすべき約束だ!!」
スロットルMAX、スナップアップ、ヴェイパートレイルを引きながらインメルマル・ターン。反転した機体を180°ロールさせて水平に戻し、後方へと去った「獲物」を追う。身体に圧し掛かる負荷は半端なものではなかったけれど、どこか理性のヒューズが飛んだらしい。その代わりに、自分でも信じられないくらいの精気が全身にみなぎっていた。
「黙って聞いていれば好き勝手なことを……!所詮は恋人を落とされた逆恨みか。下らん坊主めが!」
「大切な存在を失って道を見失った男に言われる筋合いは無い!!」
「見失った?馬鹿を言う、あの時目覚めたんだよ。進むべき、果たすべき理想にな!!」
「黙れ、それ以上舌を動かすな、皆を不幸にするクソ野郎がぁぁっ!!」
反転し、攻撃態勢を取ろうとするロットバルトに対し、僕は強引に愛機を加速させて襲い掛かった。ミサイルの残弾は少し心もとなかったけれど、ここまで温存してきた追加兵装のガンポッドがまるまる残っている。悪魔だが新型だろうが、そんなものは関係ない。叩き落す――それだけのことだ。猛烈な勢いで迫り来る敵影に向かって、僕はトリガーを引く。命中確認をする間もなく後方へと過ぎ去る敵機。操縦桿を引き、僕は空を駆け上って行った。相手のペースではなく、こちらのペースで仕掛け続けてやるために。
「……すげぇな、そっちの隊長機。痺れてきたぜ」
「――完璧に切れてもたな。……あーあ、サンサルバドルの隊長はん、アンタ、絶対怒らせたらあかん奴を怒らせよった。死ぬで、アンタ絶対に」
「――雑魚どもが囀りやがる。まとめて落としてやるよ。まずは「凶星」、お前からだ!!」
ロットバルトの白い機体が、轟然とアフターバーナーの炎を吐き出してズーム上昇。重力を無視したかのような加速で空を駆け上がってくる。機動性、速度、搭載兵装、そのどれもが、僕の愛機を上回る強敵。だけど、やることは同じ。この戦いを共に生き延びてきた愛機の翼を、僕は信じるだけだ。同高度に敵が上がりきるよりも早く、背面飛行のまま水平に戻して突進。嫌になるくらいに鋭い機動で機首をこちらに向けた敵機も、同様に加速。彼我距離は一瞬の間に縮まり、互いの攻撃が交錯する。命中せず。損害なし。接触スレスレの至近距離で互いの腹を振動に揺らしながら、2機がすれ違う。さあ、ここからが本番だ。逸り昂る心を少し押さえながら、僕は敵の姿を求めて視線を動かし、操縦桿を手繰り続ける。
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