激突、賭するは未来・中編
もともとXRX-45の機動性は、ルシエンテスに言われるまでもなく本来の力を出し切っていなかった。理由は簡単だ。中に乗っている人間が耐えられない機動をも可能にする性能が、初めから与えられていたからだ。まだまだ実用にはほど遠いとは言われているけれども、この機体を設計した人間は、将来無人で運用されることも念頭に置いていたのかもしれない。改良前、さらに僕が乗る以前のXR-45Sはもっとマイルドなセッティングになっていたのも分かる。だから、その制御を取っ払ってしまったらどうなるのか、正直僕にも分からない。けれども、僕が相対している敵は、残念ながら人であることを捨ててしまっていた。生身では到底耐えられないような急制動でも笑っていられるような化け物を相手にするには、こっちもまともなやり方じゃ勝てない。覚悟はいいよな?自分自身に言い聞かせるように確認して、解除しなくても十二分な機動性を与えていてくれたGリミッタを僕は解除する。見かけが何か変わるわけではないけれども、愛機の獰猛な本性が姿を現したような、そんな気分。操縦桿を強めに引いてスロットルON、ぐいと腹の辺りを押し込まれるような強烈な感触と共に機首が勢い良く向きを変えていく。これは強烈だ。二度と戻らない覚悟なら、もっと鋭いターンを決めることも可能だろう。もっとも、そんな僕を嘲笑うように急制動、急旋回で方向を変えた敵機が、白い雲の上を高速で遠ざかろうとしている。スロットルを押し込み、愛機を駆り立ててその後姿を追う。こちらの追撃を予測していたように、スパッと90°ロール、左方向へと加速旋回。負けじと食い下がる僕に対し、呆れるような速さで反対方向へと敵機がマイナス旋回。あんなの、生身でやったらレッドアウトしているに違いない。それでも180°ロール、出来る限りの速さで切り返し。身体と機体がGで軋みをあげている。高空に白いヴェイパートレイルを刻みつけながら、2機がポジションを奪い合いながら舞う。時折速度を落としたり、旋回半径を変化させたり、ローGヨーヨーにハイGヨーヨーが織り交ぜられ、互いに互いをオーバーシュートさせるべく、戦闘機動を続ける。圧し掛かるGで言葉が出てこない。呼吸も荒い。
「どこまで耐えられるかな、南十字星?俺には分かるぞ。身体も内臓も軋んで潰れそうだろ?そうだ、それが生身の証だ。全ての性能を低下させる諸悪の根源だ。激しい機動とGにさらされた人間の身体は本来の反応速度を発揮できず、空中での相次ぐ姿勢転換に耐えられない三半規管は姿勢認識能力を奪い取る。そして、思考回路――脳は血液と酸素が欠乏していって、正常な判断能力と思考を奪い去る。それは、人が飛行機を戦場に使い始めた頃から「問題」とされてきた肉体の正常な反応だ」
「おかげで生きていることを実感しているよ、僕は。だからどうした!?」
「まあ聞け。死ぬにしても、生きるにしても。戦争で発展してきたのは、何も科学技術だけじゃない。医療技術も、戦争と戦場が発展させてきた。――いかに戦場において人間の性能を引き出すか、という観点においてな。パイロットに関しては、戦闘機の性能が格段に向上するきっかけになった世界大戦の頃から、より激しい戦闘機動に耐え得る人材の育成が問題になってきた。大昔のロケットに乗ったパイロットともなれば、16Gにすら耐えたという。だが、そんな逸材を一人育てるだけでも莫大なコストがかかる。もっと手っ取り早く、優秀な兵士を、優秀なパイロットを手にする方法は無いのか?その研究は表面に出ることは無く、続けられてきたんだよ。マクレーンからリン・フローリンス・ルシオーラの話は聞いたか?彼女がXRXのテストパイロットに選ばれたのは、何も眼が見えなかったからじゃない。勿論、視覚を失った人間でも優秀なパイロットとして空を舞うことが出来るということを実証する目的もあっただろう。だが、それだけじゃない。あのプロジェクトは、同時に人間の肉体の限界をも細かくデータ化し、それに耐え得る改善方法を検討することも一つの目的だった。――あの娘は、飛行適性試験時の対Gテストで、12Gにも耐えたんだよ。ほとんど訓練もしていないのにな。一緒にテストを受けた候補生の数人は、その場で壊れたそうだよ。――リンがあんな馬鹿げた事件で命を失うことまでは予期していなかった。だが、彼女の残してくれた記録とデータは、最高の試料となったんだよ。今のこの俺が証明するようになぁ!」
シザースで互いに交錯する航跡。ロットバルト、左急旋回。いや、メインのエア・ブレーキだけでなく、機体下部にも開く1対のサブ・ブレーキを開いて、ほとんどその場で急停止、続けて大出力のエンジンと3次元推力偏向ノズルを最大限に活用して車のスピンターンのように方向を変え、強引に機首をこちらに向ける。こっちは攻撃ポジションを取ることが出来ない。舌打ちしながらペダルを踏み込み、操縦桿を倒す。ぐるりと回転する天地。先程までいた空間を、パルス・レーザーの光が撃ち貫く。左方向へ4回転したところで水平に戻し、後方を振り返る。炎を煌かせて加速していく敵の姿をモニターがしっかりと捕捉している。結構互角に渡り合っていたと思うだけに、取り逃がしたのが残念でならない。あんな機動で息が切れないなんて、やっぱり反則だ。
「現代の医療技術は、パイロットの肉体の限界を超越することを可能にしたんだよ。意外と知られていないが、消化器官を全て取り除いたとしても人間はすぐには死なないものだ。中世には、そうやって奴隷を弄んでいた領主もいるくらいだからな。ま、それはどうでもいいが、飛行時の抵抗となり得る消火器官系の内臓を取り外すだけで対G性能は飛躍的に高まる。地上におりたら、また入れればいい。取ってる間は良いダイエットだな。ククククク……。そして、圧し掛かるGに内側から対抗出来る硬質の新素材を皮膚の裏側に移植する。人工内臓に取り替えられるものは取り替えておく。……効果は絶大だよ。少し前までじゃ考えられなかった動きをしても問題ない。医療技術の進歩は素晴らしいな」
「グリスウォールの上で戦った時はもう少しまともだったように思うけどな。異常な身体に相応しく、頭もおかしくなったんじゃないの?医療技術の進歩だって?戦争のために人間を捨てることの何が進歩なんだ?」
「――へらず口と憎まれ口はマクレーン譲りか?まだ余裕があるということだな」
ロットバルトというか、フェンリア系列の機体はその設計上横方向の旋回機動性には優れていない。というよりも、高速高負荷状態にあっても抜群の安定性を誇る故のことだろう。それに対して、XRX-45は縦方向だけでなく横方向についても抜群の旋回性能と機動性能を誇る。しかしそれは、機動性を重視する余り、安定性を犠牲にしていることでもある。不安定であるが故に、XRX-45は在来型の戦闘機では為しえないような機動を可能にしている反面、パイロットには相当の負荷に耐え続けることを代償として求めているのだ。それに、悔しいことに今回ばかりはXRX-45の機動性にアドバンテージはない。縦方向には鋭い機動性を有するフェンリア系の機体に、乗っているのは人間辞めましたのルシエンテス。何度も見せられた「その場回転」で運動性能の差は埋められてしまっている。さらに、アレクト隊が操っていた機体と比べても細かい部分がリファインされているのは明らか。それにどうやら、向こうはまだまだ隠し玉を持っているように見える。
少し離れたところで反転、再び機首をこちらに向けた敵機に対し、僕は真正面から相対することをせず、10時方向へと加速する。上昇限界高度まで充分余裕があることを確認しながら、ループ上昇を開始。ロットバルトとの距離はまだ十分に開いている。少なくともこの位置ならばレーダーロックの範囲外のはず。要は、相手に有利な攻撃ポジションを与えないよう飛び、仕掛けることを考えれば良いということだ!レーダー上は僕のマーカーに重なるような位置で、敵の動きが止まる。ほとんど僕の真下で、ルシエンテスも上昇に転じているらしい。ジジ……というレーダー照射を告げる警告音が聞こえてくる。ループの頂上に達する直前、エア・プレーキON、スロットルMIN、カナード角90°。急減速によって浮力を失った愛機は、右斜め方向に倒れこんで失速反転。機首がマイナス90°を向いた瞬間スロットルを押し込んでパワーダイブ。トリガーに指をかけていつでも撃てる態勢を取っていたが、敵もさるもの、上昇しながら機体をロールさせて射線上から回避済み。ループ降下から再スナップアップ、上昇へと持ち込もうというのが僕が頭の中で描いたシナリオだったが、鳴り響いた警告音がストーリーの変更を強制する。
「本当に良い動きをする。だが、ロットバルトの性能を舐めてもらっては困る。単機で複数の機体の火器管制をもコントロール出来る統合管制システムは、お前の愛機のものとは比較にならんのだよ。そして、敵追尾能力を存分に活かす攻撃兵器が加わったら……さて、どうなると思う?」
ぞくり、とした悪寒がした。速度を殺すのは危険だと判断し、そのまま空を駆け下りていく。爆発的に増していく速度。後方に遠ざかるロットバルトの映像を拡大表示させる。スリットのように開かれた背面には、まるでイージス巡洋艦に積まれているような垂直発射VLSのようなものが姿を現していた。そのシャッタが一斉に開放され、連続した光が爆ぜる。何だ、これ?続けてコクピット内には、ミサイルアラートが鳴り響く。後方を見ている余裕はない。ある程度の高度まで下りたところで、水平に戻し、振り返って警告音の元凶を確認する。まるで僕を包囲するかのように迫りくるのは、どうやらミサイルらしい。戦い始めた直後、1発のミサイルの中から姿を現した小型ミサイルと同種のものらしい。小さいからといって、その威力は侮れない。戦闘機の装甲など簡単に破れるだけの破壊力は持っていると見て良いだろう。おまけに、機動性と加速性能は高いらしい。やれやれ、また回避か。先頭のミサイルとの距離を確認しつつインメルマル・ターン。最も接近していた2発が目標を見失ってそのまま低空へと降下していく。さあ、次が問題だ。反転後、背面のままミサイル群を正面に捉える。その群れ目掛けて、僕はミサイルを1発射出した。白い排気煙を吐き出しながら加速していくミサイルとの距離を確保するべくスロットルを緩める。半ば賭けだったけれど、探知したミサイルの群れの金属反応を「敵」と捉えてくれたらしい。近接信管を作動させたミサイルが火の玉と化し、虚空に紅蓮の炎を出現させる。その巻き添えを食ってミサイル群は炎の中に没していく。膨れ上がった盛大な花火が後方に去ると同時に警報は鳴り止み、僕はほっと安堵のため息を吐き出しかけた。その瞬間、再びミサイルアラート。モニターに表示された敵位置は……頭上!?
「ミサイルに気を取られすぎたな、南十字星!」
見上げた頭上に、機体上部と下部から一斉にミサイルが撃ち出される姿が飛び込んでくる。おまけに必殺の上方ポジション。素早く背面飛行に持ち込み、今度こそ必死に低空へと飛び込んでいく。ロットバルトからパルス・レーザーが放たれ、青い光が僕を追い抜いていく。バシンッ、という鋭い音がコクピットの中まで飛び込んでくる。機体のどこかをレーザーが掠めたらしい。幸いにも、直撃ではない。だが、安心する材料でもない。まだミサイルとロットバルト本体が、僕を執拗に狙っているのだから。推力に降下速度を上乗せして一気に低空まで舞い降りて、引き起こし、水平飛行。アーケロン要塞上部の大きなレドーム上空を通過する。ご丁寧に、先程同様にミサイルご一行様接近中。その後ろにはロットバルト。余裕綽々といったところか?癪に障る。だけど、低空まで下りてくれば手が無いわけじゃない。おまけにあのミサイル、数と威力は脅威だけれども、その大きさから考えてそれほど長い間飛び続けられるとは思えない。岩礁や地面にぶつけて逃げ切ってやる――そう覚悟を決めて操縦桿を動かそうとした刹那、衝撃が機体を揺さぶった。後方から加速したロットバルトが、少し高度を上げながら僕を追い抜いていったのだ。何を考えている?こちらの速度が読めずにオーバーシュートしたわけでもない。ましてや、あの男がそんな単純なミスをしでかすはずもない。だけど、この好機を逃す手は無い。レーダーロックを仕掛けようとした僕の先、白いロットバルトの背中がこちらを向いた。スプリットS。こんな高度で!?だが、海面スレスレの高度で反転して見せた敵機は、ガンアタックの射程圏内で僕を捕捉してみせたのだった。やばい!バレルロールすれば確実に海面へダイブだ。かといって、減速すればミサイルの餌食。考えるよりも前に身体が反応し、主翼を立てる。そのまま思い切って操縦桿を引いて急旋回。ロットバルトから放たれたパルス・レーザーが水柱を立てながら至近距離を撃ち貫く。旋回した獲物を追って、ミサイルも旋回。耐えてくれよ、僕の身体。滅多にやったことは無いが、操縦桿を力いっぱい前方へと押し込む。普段余り味わえない、頭の上に引っ張られていくような感覚。それも、ものすごい勢いで。身体の中の血液が全部抜き取られていってしまいそうだ。視界が赤くぼやけてくる。レッド・アウトしたらもう助からない。耐えろ。耐えろ!その状態のまま5つ数えて90°ロール、すかさずスナップアップ。ミサイルはすぐ近くまで接近している。何発かは上昇に転じることが出来ずに海面へと突っ込み、いくつかの火の玉を膨れ上がらせた。でも、全部じゃない。身軽なミサイルの方が上昇速度が速いのは言うまでもない。さあ、どうしてやろうか。鳴り止まないミサイルアラートに混じり、敵機接近を告げる短いアラームもなり始める。ルシエンテスか、と思ったがそうではないらしい。僕の前方、即ち上空から、脳味噌だけが乗っているミニ・ロットバルトが急接近中。妙案を思い付いて、そのまま上昇を続ける。敵機の翼からミサイルが切り離される。機関砲よりも射程の長いバルス・レーザーの威力を信じてトリガーを引き絞り、ロール上昇。
ほんの偶然だったのかもしれないが、初弾のレーザーがミサイルのうち1発の弾頭部をまともに捉えていた。ズガン、という轟音と共にミサイルの姿が火の玉へと姿を変えた。広がっていく炎と煙の塊、そして散らばる弾体片から完全に逃れきれることが出来ず、カンカンカン、という甲高い衝撃音が何箇所からか聞こえるけれど、構っちゃいられない。敵は!?その炎の塊から、二つの影が飛び出す。既に炎に包まれたそれは、一方の主翼がもぎ取られた敵機の姿だった。そのまま前方に回転しながら火達磨になって落ちていく敵機の目前に、マイクロミサイルの群れがいた。膨れ上がった爆発で獲物の姿を見失っていたミサイルの群れは、目の前に出現した格好の獲物に突入していった。容赦の無い紅蓮の炎が膨れ上がり、可哀想な敵兵士の脳と機体ごと、盛大な火葬が行われる。雲の層を貫き、ようやく水平に戻したところで僕はコンソールを叩いて機体状態をチェック。既に調べるまでも無いが、キャノピー部にも弾体片が命中していたらしく、モニターの一部がグレー・アウトしている。貫通しなかったのはさすがということか。もっとも、XRX-45のコフィン・システムは、モニター・カメラが全部やられた場合の緊急回避策を持っていた。万が一そうなった場合は、キャノピー部の装甲をパージしてしまうのだ。装甲部内側のキャノピーだけが残り、有視界戦闘用のHUDが立ち上がって戦闘継続自体は可能になる。でも今は、その時ではない。それ以外にも何箇所か命中弾を受けていたが、燃料タンクや機体構造に影響を及ぼすような損害には至っていない。機体腹部のサブ・エア・プレーキが片側脱落してしまったのは、急制動をかける時に影響が出るかもしれない。この程度で済んでラッキー、と考えるべきだろう。そうだ、ルシエンテスは!?
「まさか逃げ切るとはな。その逃げ足は超一流と認めてやるよ!!」
奴はほとんど同高度、右斜め後方を旋回中だった。その動きは思ったほど鋭くない。こちらが油断しているとでも勘違いしているのか。XRX-45ならではの機動を見せてやる。スロットルを押し込んで加速、振り切ることを選択したように見せかける。旋回を終えて水平に戻したロットバルトが、同様に加速して追いかけてくる。今度は僕の番だ。既に攻撃の準備は整っている。後は、タイミングを間違えないようにやるだけ。彼我距離を確認しつつ、レーダー上の敵影を睨み付ける。ミサイルの射程圏内まであと少しの距離まで近付いたところで、僕はペダルを思い切り踏み込み、スロットルを絞り込んだ。タン、と右主翼を軸に水平回転する愛機。左方向に引っ張られ、見えなくなりそうな視界。それでも耐え抜いて、照準レティクルを睨み付ける。心地良い電子音が鳴り響く。レーダーロック、ロックオン!!
「何だと!?」
「油断したのはそっちだったな。落ちろ、亡霊め!!」
ミサイルを2発射出。さらにバルス・レーザーの雨を浴びせてやる。レーザーの光はロットバルトの機体に吸い込まれるように消え、光がいくつも爆ぜる。回避不能の至近距離で発射したミサイルが、ロットバルトに逃げる間も与えずに突き刺さり、巨大な火の玉を膨れ上がらせる。やったか!?加速して爆発点から遠ざかった僕は、肉眼とレーダーとでルシエンテスの姿を求める。爆発の影響で一時的にレーダーの探知能力が落ちたらしい。僕の機体では確認できない。
「グリフィス1よりクラックス、敵の位置が確認できない。交戦していた敵の位置を確認出来るか?」
「今やってる。ちょっと待ってくれ」
あれで仕留められなかったら、どうやっても倒せないに違いない。だが、パルス・レーザーだけでなくミサイルまでも直撃させられて無事な機体を、人間が作り出せるとも思えない。落ちていてくれ、というのは決して高望みではなかったと思う。だけど、時に現実は残酷な事実を突きつける。爆発の余韻が消えていくと同時に、レーダーには再び、ロッドバルトを示すマーカーが出現していた。そんな馬鹿な。確かに命中していたというのに。ミサイルの爆発に耐えられるほどに厚い装甲を積んで、戦闘機があんな機動を出来るというのか!?冗談じゃない。戦車を相手にするにしても、もう少しましというものだ。必殺の一撃を難なくクリアされたことに呆然とした意識はすぐには戻らない。そんな僕を見透かしたように、ルシエンテスの哄笑が響き渡る。
「ハーッハッハッハ。いい攻撃だったぞ、本当にな。だがなぁ、そんな攻撃はロットバルトには効かないんだよ。もちろん、装甲で弾き返したわけでもない。戦車は空を飛べないからなぁ。面白いものを見せてやろうか。良く見ているがいい。そして絶望しろ」
水平に戻して飛行するロットバルトに対し、例の小型タイプが襲い掛かる。ガンアタックの絶好のポジションに付いて、ルシエンテスを捉える。何をするつもりだ?小型機の背中に積まれたビーム・ユニットから光が膨れ上がり、そして青い光が空を貫いた。光の奔流は容赦なくロットバルトの機体を切り裂くはず。だが、僕は目の前の光景を疑った。ビームの光が捻じ曲げられ、火花を散らしている。エネルギーの渦によって流されているとはいえ、肝心のロットバルト本体には全く届いていないのだ。おいおい、冗談じゃないぞ。こんなのってアリか。僕が戦っているのは、全ての意味で化け物ってことになるじゃないか!
「そんな馬鹿な……信じられない。クラックスよりグリフィス1。その敵――ロットバルトは、バリアを展開している!君の攻撃も、あれで阻まれたんだ。常時出しているわけではないけれど、意図的に展開できるのだとしたらミサイルの攻撃は絶対に無理だ!!」
「こら!タコ!役立たずのチョコレート太り!!ミサイルなしでジャスがどう戦えっちゅーんや!?」
「考えれば分かるだろ、スコット!!例えロングレンジで攻撃を行ったとしても、奴はバリアを展開しておくだけで攻撃を回避出来るんだ。無駄撃ちしてしまえば、今度こそ本当に打つ手がなくなってしまう。何とか解析してみる。それまでは、何とかしのいでくれ、ジャスティン!」
「……安心しろ、AWACSの坊や。お前が解析を終える頃には、南十字星は地に墜ちている。打つ手の無い絶体絶命の状態に追い込まれたまま逃げ続けることがどれだけのプレッシャーになるか、パイロットじゃないお前には分からないだろうがな。ククククク。さあ、南十字星。せいぜい足掻いてみせろ」
「この世の中に絶対は無いってのが僕の信念だ。必ず暴いてみせる。吠え面かくのはお前の方だ、ペドロ・ゲラ・ルシエンテス。過去の亡霊たちに縛られた怨霊め!」
そうだったな。ユジーンの言うとおりだ。諦めたら、ジ・エンド。「絶対無敵の防御」なんてものはこの世の中には存在しない。最終兵器なんて大層な言われ方をする核兵器だって、対処する方法があるのだ。少なくとも、ロットバルトの「バリア」とやらは攻撃を無力化、或いは消滅させるものではなく、磁場あるいは攻撃に対して反発するフィールドを展開させるようなものに見えた。デモンストレーション代わりに見せてくれたあの攻撃シーンを僕は録画しておいた。AWACSほどではないが、XRX-45にだって高性能のコンピュータは搭載されている。何か手を思いつくまでの間、逃げ切れば良いさ。それが極めて困難な道程であることなど百も承知。そういう相手に、僕は勝負を挑んだんだ。奴に負けるということは、奴の信念に負けてしまうこと。大切なものを守れないということ。僕を大切に想ってくれる人を裏切ってしまうということ。負けられるか。負けるものか。僕と「フィルギアU」の限界がこんなものじゃないことを見せてやる。素早く各兵装の残弾数を確認し、悠然と旋回するロットバルトの姿を睨み付ける。仲間たちだって踏ん張って戦ってる時に、僕だけ落ち込むわけにゃいかないさ。ルシエンテスの僚機たちと激闘を繰り広げている戦友たちのためにも、僕は踏み止まらなければならないのだから。
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