激突、賭するは未来・後編
モニター越しに展開される戦いを眺めるのはいつもと同じ。そこで戦っているのが、たとえ親友であっても、だ。出来るものなら駆け付けたいという衝動を最大限の努力で押さえ付けながら、ソラーノはコンソールを叩きながら、例の敵機が見せた防御システムの解析を進めていく。AWACSに搭載されている各種装置群の性能はどれも一級品ではあるのだが、如何せん、質問を投げれば答えがポンと返ってくる代物ではないのだ。観測・収集されたデータを集めてきてフィルタリング、分析するのは人間の役目なのである。ソラーノの心には焦りがある。彼の目の前には、命をすり減らすような熾烈な戦いを繰り広げる友人の姿が映し出されているのだから。
「しかし、本当に良かったんですか?ガウディ議長の許可があるとはいえ……」
「さすがに私も驚いたがね。だが、この戦いの真の敵を葬るのには、確かにこの方法が最適だと思う。今頃、OBCのデスク上も大変な騒ぎになってるだろう。――ゼネラル・リソースの本社連中も、な」
「当事者の肉声付き独占生中継……いやはや、そんな方法思い付きもしませんでしたよ。まさかジャスティンも自分の声がオンエアされているなんて思いもしないだろうし」
「彼には申し訳ないけれども、ナバロとその後ろで蠢いている害虫どもを葬り去るには「英雄」が必要なんだ。実際に害虫どもの尖兵と最前線で戦っているエースの姿がね。……でも、俺の予想を超えてあの坊やはいい。そこらの大統領演説なんかよりも、よっぽど痺れてくるわぁぁぁ」
今日のAWACS機内には、イレギュラーの乗客が一人加わっている。作戦発動前に急遽搭乗が決定した御仁は、オーレリア解放軍参謀本部諜報部付という「何をやっているのか分からない」肩書を持って乗り込んできたのだ。さらにこの御仁、敵未確認機との戦闘が始まるなり、議長からの極秘命令を告げたのだ。その内容とは、"ジャスティン・ロッソ・ガイオ特務少尉の戦闘交信をOBCのカメラにオープンにせよ"である。ジャスティンが知る由も無かったが、海兵隊が乗っ取ったレサス軍の撮影艦の一つに同乗しているOBCの取材班を通じて、ジャスティンとルシエンテスの応酬は全世界へとオンエアされていたのだった。時々言葉の端々がおかしい情報士官殿の言うとおり、戦争を操って利益を得ようとする者どもにはこれ以上無いスパンクだとソラーノも思う。事実、ルシエンテスはゼネラル・リソースの考える恐ろしい開発計画の一端を喋ってしまっていた。人体改造、デバイスとしての人体――脳の活用。そんな人道に反するような代物が現実のものとして取り扱われていることに、ソラーノは戦慄を覚えていた。そんな改造を施す方にも、受け入れる方にも……。仮に通常の人間の能力をそれで超えたとして、何が得られるというのか。その答は、ロットバルトを操るペドロ・ゲラ・ルシエンテスしか知らないのかもしれない。が、今ソラーノにとって重要なのは、禅問答の回答より、その男が操る化物戦闘機の解析だ。光学兵器を弾くようなことは簡単に出来るものではない。だが、理屈としては可能ではある。皮肉なことに、ルシエンテス自身が見せたデモが一つの鍵になる。XRX-45とのデータリンクで送られてきた、「バリア」展開時の映像を拡大し、スローにし、或いは別のフィルタを通していく。ソラーノの想像が正しければ、あの防衛機構は漫画に出てくるバリアほど使い勝手の良いものでは無い。それでも、擬似的にそんな機構を発明した技術者たちの発想は対したものだと思えなくは無いけれども。そして、十何度目かのリプレイを経て、ユジーンの想像は確信へと辿り着いた。
「これなら……」
ソラーノは呟いただけのつもりだったが、本人の予想よりもその声は大きかったらしい。視線が集まるような感覚を覚えて振り返ると、機内にいる者たちが、皆期待の視線を自分自身に向けていた。中でも、イレギュラーの搭乗客であるレオナルド・フェラーリンという名の情報士官殿は人の悪い、そして嬉しそうな笑みを満面に浮かべていた。
「吉報ならみんなで喜びを共有したいもんだな、坊や。で、南十字星はあのイカレ野郎をぶちのめせそうなのかい?」
「……正直なところ、これをジャスティンに進言するのは気が進みませんが……。イチかバチか、試してみるだけの価値はあると思います」
「必勝、絶対勝利、とはいかないわけだな」
「まともに考えたらこんな無謀なことは提案出来ません。でも今回は、恐らくこいつが最も確率の高い賭けに出来ると僕は信じます。後は、ジャスティンを信じるだけです。」
「フン、南十字星もフィーナ嬢ちゃんもグランディス隊長殿も、それにお前さんも羨ましいくらいにいい目をしてやがる。親友を危険に晒すことが分かってて、尚も言い切れるなんて大したもんだぜ?」
フェラーリンの言うとおり、まともな提案だとはソラーノも思っていない。だが、敵の防衛障壁は絶対完璧というには程遠いことが分かった。ならどうすればいい?それをぶち破れるだけの負荷を与えてやることだ!それを可能にする方策が、一つだけあった。
「敵に聞かれないよう、データリンクを通じてジャスティンには伝えます。無茶は承知ですが、いいですね?」
念押しするようにフェラーリンに視線を向けると、言うまでも無いだろ、という表情を浮かべて彼は頷いた。
「俺に指揮権などないさ。坊やの判断に任せる。……痺れて気絶しそうなダンスがみられそうだな?」
「ええ、二度とお目にかかれないような痺れるヤツがね。――伝達、開始します」
再びモニターを睨み付けたソラーノは、情報と作戦を伝えるべく端末を叩き始める。出来るものなら、彼の後席にありたいものだ、と今度こそ彼は誰にも聞かれないように、心の中で呟いた。
ロットバルトの集団小型ミサイルの威力と脅威を存分に味わってしまった今、あれの射程圏内での戦闘は極力避けたいところ。かといって、あの陰険なルシエンテスが、距離を取った僕を簡単に見逃してくれるとは思えない。むしろ、他の仲間たちに矛先を必ず向けてくるだろう。僕がその状況を看過出来ないことを見抜いた上で、だ。いつでも僕を撃ち落すことが出来るんだぞ、と言わんばかりに、僕の後ろに付いてレーダー照射を浴びせてくる。どうやら、奴は僕の神経をとことんすり減らさせる魂胆のようだ。まさか弾切れなんてことは無いだろう。一方の僕と言えば、正直そろそろ厳しい。アレクト隊をはじめとした敵部隊との交戦のおかげで、ミサイルも、バルス・レーザーのエネルギーパックも、底をつき始めていた。温存してきた戦術レーザーと突貫工事で取り付けたガンポッドが、僕に残された切り札ということになる。両方とも、誘導能力が無い点が、何とも心細い。目視で背後から捉えられるほど簡単な相手ではないのだ。うまく後背を取ることに成功したとしても、攻撃を命中させることは極めて難しいに違いない。かといって、手をこまねいていればジリ貧だ。いや、既にジリ貧になっているのかもしれない。
「そろそろ覚悟は出来たか?もう一度だけチャンスをやろう。我らに従え、南十字星。従わないなら、エースに相応しい最期を与えてやろう。この空で散る、という選択肢をな」
「しつこいな。誰がアンタに従うものか。分かってないようだから、僕ももう一度言ってやる。答は、ノーだ!!」
「了解した。ならば……死ね」
きついにはきついのだが、何とか例のミサイル攻撃をかわせることは分かってきた。例のバリア攻撃は明らかに反則技だと思うけれども、まさか自分が攻撃するときまで展開するわけではあるまい。うっかりすれば、バリアに自らの攻撃がぶち当たって自爆するに違いない。その意味において、あの機能を展開するときは向こうからの攻撃は無いのではないか、と僕は予測している。最終的な決断はユジーンからの報告を待ってからだけど、それまでに僕は僕なりに確かめておかなきゃならないことがあった。残り少なくなっているミサイルの2発をスタンバイ状態にしておきながら、タイミングを待つ。左に大きく旋回を続け、アーケロン要塞の上空を半周位したところで右方向へと急ロール、急旋回。その間に彼我距離は充分に縮まっている。勢い良く回る視界。急制動により一時的に機体速度が減じるが、反転を終えて再び強烈な勢いで加速が始まる。コクピット内に鳴り響くのは警告音。真正面に捉えたロットバルトの姿に対し、僕はトリガーを引く。少し遅れて、けたたましいミサイルアラートがコクピット内に鳴り響く。ロットバルトの機体上下に、小型ミサイルが撃ち出されていた。ロケットモーターに火が付いて轟然と加速するミサイルを追うように、僕もまた敵機へと突進する。こうしている間も、XRX-45が捉えた敵の映像はAWACSへと逐次送信されているだけでなく、愛機の中にも情報として蓄積されていく。上下に分かれた後、鎌首をもたげるようにして前進を開始する敵ミサイルの姿を目に追いつつ、その中央に位置する敵本体にも注意を向ける。ミサイルが母機を追い抜いて加速を開始したのを待つように、赤い光の壁が姿を現した。機体前方を覆うように、ロットバルトが光をまとう。なるほどね、と読みが当たったことに少し喜びを感じながら、敵の牙から逃れるべく離脱を開始する。主翼を立てつつ、集まり始めるミサイルの群れに対してパルス・レーザーをコンマ数秒叩き込む。まっすぐ突っ込んでくる敵機に対し、左方向へと急旋回。閃光と炎とが膨れ上がるのが一瞬見えたかと思うと、すぐに後方へと流れ去る。この方法なら難なくあの激しいミサイル攻撃を回避出来るし、敵に無駄弾を使わせられる、というのが僕の魂胆だった。だが、異変はすぐにやって来る。敵の攻撃は後ろに抜けたはずなのに、ミサイルアラートが鳴り止まない。レーダー上、今回ロットバルトはその場回転で反転せず、まっすぐ抜けたらしい。なのに、ミサイルが接近している……?モニターに赤い警告メッセージが表示される。ロットバルトから外れたはずの僕が撃ったミサイルが、唐突に方向を変え、僕に対して切っ先を向けていた。それだけじゃない。僕の後ろでは、敵の小型ミサイルの群れが蜘蛛の巣を張るかのように広がって、再び攻撃態勢を取りつつあった。なんてこったい。
判断を下すのに余り時間的余裕は無かった。敵小型ミサイルだけでなく、自分のミサイルまで。何が起こったのか分からなかったが、とにかく回避するしかない。幸い、高度は充分にあった。バレルロール、敵ミサイルとの交錯コースから軌道をずらす。ミサイル側も軌道修正をかけてくる。ロールを終える寸前、再び機体を回転させて真下を向け、ダイブ。追いすがるようにさらに軌道を変更してくるミサイル。あんなに高機動型のミサイルだったっけ、アレ?速度が乗り始めた愛機に直接追い付くことは無かったが、一方のミサイルが近接信管を作動させたのか、閃光と炎とを出現させた。やばっ、距離が近い!炎の塊はすぐに後ろへと消え去ったが、高速で飛んできた光の塊が、数回愛機に衝突音を響かせる。一番分かりやすかったのは、コクピットを覆うコフィン・キャノピーを襲った一撃だ。上面と側面の一角が暗転し、そのまま戻らなくなる。まともに浴びる距離ではなかったのが幸いして胴体部や主翼の損壊は免れたが、左カナードにはきれいに大穴が開いていた。しかもまだ攻撃を避け切ったわけではない。スピートを殺さないよう、操縦桿を少しずつ引き寄せていく。上空から一気に低空へ。アーケロンの島が目前へと迫ってくる。ほとんど真上を這うように通過して、機体を回転させながら海面上を這う。山肌に激突していくつもの爆発の炎が膨れ上がると同時に、ミサイルアラートが鳴り止む。でもさっきはこのパターンでミサイル攻撃を仕掛けられてしまった。次の回避機動に備えるが、どういうわけか奴は少し離れたところを悠々と旋回している。これ幸いと機体の被害状況をチェック。思ったよりも喰らっていたらしく、キャノピー部やカナードだけでなく、テール部にも命中弾を受けていた。エンジンとノズルには問題なし。さらに明確なダメージではないものの、細かい破片は胴体にも突き刺さっているようだった。
「――どうだ、自分のミサイルの味は?なかなか美味だったろう?」
「……何を言っている?」
「その機体に積んで来たミサイルがあんな高い機動性と追尾性能を持っていないことなど、自分でも分かっているだろう?……そうだよ、あれは俺が操っていたんだ。そうでなければ、後方に抜けられて目標を見失ったミサイルが再攻撃に移るなどある訳がなかろう?単機で空中管制機の支援を受けているが如き戦況把握能力と着実な攻撃性能、さらには高レベルの電子戦を駆使出来ることが前提になるがな。お前のミサイルは乗っ取ったも同然だ。本当なら、その機体ごとおかしくしてやりたいところだがな、さすがは腐っても最新鋭の試作戦闘機。プロテクトも超一級ものだ。或いは、そういう使われ方をすることを開発者は知っていたか、だ。現実に、そいつのプロトタイプでリンはやって見せたからな、今と同じ事を。なかなかいい感覚だ。視覚だけでなく、脳の刺激としてお前の姿を追い回すことが出来るのだからな。痺れるような快感だ」
「お便利機能の割に、なかなか当たらないんじゃないのか?そんなに役立っているとは思わないけど!」
「そうか?なら撃ってみろ。今度こそ自分のミサイルの味を噛み締めさせてやるぞ」
その台詞に僕は反論出来ない。ミサイルが乗っ取られるなんて、想定外。撃ったそばから乗っ取られて爆発させられた日には、避ける間もなくジ・エンドだ。相手の攻撃タイミングにあわせてこちらの攻撃を叩き込んでいくつもりだったけれど、この戦法はリスクが高過ぎる。つまり、奴はその気になれば発射した全てのミサイルをマニュアル誘導することが出来るというわけか。それに加えて、敵のミサイルまでコントロール下に置いてしまうとはね。脳を酷使し過ぎて早く呆けるんじゃないのかな、とスコットばりの悪態を付きたくもなる。作戦を変更せざるを得ない。でも、残りの手段はかなり限られてくる。あの障壁を何とか出来れば違ってくるのだが……ユジーンを呼び出そうとして、この交信が聞かれている可能性に思い当たって中断する。どんなにいい作戦だって、聞かれていたら台無しだ。とはいうものの、何か解決策を早く!非常にリスクの高い作戦が一つだけあるけれども、実行に移すにはあまりにも危険ではある。ユジーンがうまく敵の障壁の正体を解明出来たとしたら、多分このプランの危険率はぐっと下がるに違いないのだが……。無線の呼び出しは沈黙したまま。その代わり、多機能モニターのカーソルがモニターの中途半端な位置で止まっていることに気が付いた。何か誤ってコンソールでも触ったっけ?視線を動かして字面を追った僕の手が、空中で一瞬止まる。ユジーンの奴、やるじゃないか。マスクの下で僕は思わず笑っていた。それにしてもひどいデータリンクがあったものだ。
『スコットの下半身に理性は無い(Y/N)』
なんてデータ通信ありかよ。笑いながら「Y」を叩くと、勢い良く文字列が表示されては通り過ぎていく。『complete』の文字が表示されるのを待って、ユジーン提案の必勝プランを開く。さっき僕が確かめたのと同じように、ロットバルトがバリアを展開する際の画像が何枚か表示されると共に、メッセージが届けられていた。
"――敵戦闘機ロットバルトの展開しているバリアは、光学兵器の技術を応用したものであって、SF小説に出てくるような完全なものではない。強いて言うならば、ビームバリアとでも言うものだろうか?機体の何箇所かに設置されている発射口を活用してバリア面を形成する仕組になっている。理論上は全体に展開することも可能であるとは想定されるが、展開時のエネルギー消費の問題から、一面ないしは複数面の展開で攻撃を防いでいるものと考えられる。弾着まで時間を要するミサイル、射線が容易に読める機関砲弾の類による攻撃は、残念ながら有効ではない。
この難敵を破る手段はただ一つ。敵に選択肢を与えない方向から、出力限界を超えた過負荷を加えて障壁を突き破り、本体に致命的な損傷を与えることである。無謀無茶な作戦だが、僕にはこれしか思い付かない。南十字星、僕の大切な親友、健闘を祈る――
追伸
ぶちかませ!!"
……本当に、ひどいデータリンクだよ、ユジーン。敵に選択肢を与えない方向から、ありったけの攻撃を叩き込め、ってことだ。図らずも、僕が立てた仮説は間違いではなかったというわけだ。ただでさえ抜群の機動性を誇るロットバルトの後方を取ることは極めて難しい。そこにバリアなんて代物が付けば、攻撃がヒットする確率は相当に小さくなってしまうに違いない。ならばどうするか。選択肢の無い方向――つまり、ヘッド・トゥ・ヘッドでバリアを展開せざるを得ない状態に敵を追い込んで、負荷限界を超えた攻撃を叩き込む。一つ間違えれば、バリア面に突っ込んでジ・エンド。イチかバチかの大勝負、ってわけだ。そういえば、グリスウォール上空の戦いだってそんな感じだった。この強敵を倒すのには、どうやら神経の磨り減りそうな攻防を繰り広げるしかないらしい。
「先程のこっちの提案を断ったことを後悔しているのか?何、安心しろ。お前との戦いはこの俺の脳と愛機に記憶されている。オリジナルが使えなくても、お前の飛行パターン、癖、傾向と嗜好はデータ化されて利用することが出来る。お前ほどの腕前のエースのデータが入れば、開発途上の無人型の性能は格段に向上するだろうさ。この世との別れを楽しみたければ、もう少し時間をやろうか?」
耳障りなルシエンテスの誘いには応えず、僕はキャノピーの外の光景に視線を動かした。スコットのXFA-24Sが、アレクト隊の生き残りのフェンリアと見事に連携して、敵機を翻弄している。この戦いの初っ端から共に翼を並べてきた心強い味方、そして悪友たるスコットも、今やエースと呼ばれるに足るパイロットの一人であるに違いない。本当は、僕と共に戦いたいのを堪えながら、周りをブンブンと飛び回る無人機たちを叩き落してくれているに違いない。別の方角に目を向ければ、巧みに連携して隙を与えない黒い戦闘機たちの一団が見える。グランディス隊長の率いるカイト隊の面々の前に、ルシエンテスの率いる脳だけ戦隊は歯も立たないらしい。隊長たちは、一見平和に見えそうな世界の裏側で暗躍する企業群たちと、これからも戦いを繰り広げていくのだろうか?この戦争が無ければ、きっと知ることも知り合うことも無かった世界。今の僕は、それを知っている。モニター越しに、翼端が太陽光を反射させて煌くのが見えた。レーダーとモニターの情報から、それがマクレーン隊長のYR-99であることを知る。再びオーレリアの守護神として復活した隊長。進むべき道に迷い続けて、結局ルシエンテスとは訣別した今の隊長は、もう昼行灯などと酷評された昔の隊長ではない。傭兵たちですら一目を置く凄腕のエース。鋭い機動で敵を翻弄する飛び方に、昔のような迷いが無いことを僕は見て取ることが出来た。地上を見下ろせば、先の攻撃で大破した艦艇から生存者たちを救出する他の艦艇たちの姿が見える。炎と黒煙に包まれた艦の周りに、海へ投げ出された生存者たちの姿。そんな彼らに、手を差し伸べる救援艦たちの中にレサスの船も混じっていた。ここでようやくシーマンシップが蘇ったのか、無理矢理戦わせてきたナバロたち独裁者たちに愛想も尽き果てたのか――この戦争がようやく終わりを告げようとしていることの、何よりの象徴のようにも見える。
そして――マーカーは表示されていないけれど、きっとどこかで僕の姿を見上げている人がいる。僕が、無事に帰還することを誰よりも望んでいる人が。こんな戦い方をしている僕を見上げて、不安がっているだろうか?そういえば、危ないことはしない、と約束したけれども見事にとことん危険なことをやってるように思う。だから、ちゃんと戻って安心させてあげないと。フィーナさんの膨れっ面は、ちょっと怖いけれどもとてもキュートだ。そして何より、笑顔がたまらなく好きだ。その笑顔を守るためにも、僕は生きて帰らなくちゃいけない。全てを台無しにしようとしている男を、ここで打ち破らなくちゃいけない。不思議なもので、これだけ身体も心も追い込まれているというのに、腹の底から熱いものが何かこみ上げてくる。悠然と旋回を続けるロットバルトの姿を僕はじっと睨み付け、そして一度大きく深呼吸をした。覚悟もOK。準備もOK。愛機のコンディションOK。さあ……行くぞ!!
「聞こえているか、ルシエンテス。僕は決めたよ」
「何を今更……お前のデータがあれば十分だと伝えたはずだが」
「そんなもの、これからのお前には必要ないさ。お前をここで葬り去って、未来を掴む」
「何……だと?」
こちらの真意を掴むことが出来なかったのか、間が空いて無言の時間が過ぎる。そして、無言は怒りのガソリンに火を注いだらしい。
「――黙っていれば好き勝手なことを!!貴様の存在自体が全ての計画を捻じ曲げていることに気が付かず、この俺を倒すだと!?骨の欠片も残さず、粉々に撃ち砕いてやる!!」
「やれるものならやってみろ、人間の出来損ないめ!!僕の覚悟、見せてやるさ!!」
まるでイラつくルシエンテスそのままに、ロットバルトからマイクロミサイルの群れが飛び立つ。互いに旋回状態から相手の姿を捉える。母機から放たれたミサイルの群れは獲物の姿を捕捉すると、針路を変更して加速を開始する。こちらの切り札の充填エネルギーを確認。デル・モナコ女史の説明を思い出す。ジェネレーターの冷却を無視した連続稼働は可能ではないものの、一つ間違えれば限界を越えて爆発の危険があること。さらに、オーバーブースト状態で放てば、機体の安全は約束出来ないこと。全エネルギーを使い切れば帰投して補給を受けてからでないと使い物にはならないこと。その代わり、尋常でない威力だけは証明されること。さあ、目に物見せてやるか。敵ミサイル群、接近。旋回するXRX-45の後方から塊のような影がレーダーにも映し出されている。攻撃開始。反対方向へと愛機をロールさせてスロットルを押し込む。途端に爆発的な加速を得た愛機。その背中を追って、ミサイル群もターン。少し大きく膨らんで、こっちとの距離が離れたことを確認して、急反転。真正面に、ロットバルトの姿を捉える。これで決める。こちらに応えるように正面を向いた敵の姿を睨み付け、僕はスロットルを全開にした。
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