終わりの見えた戦争
何なんだ、この暑さ。
大体もう10月だろう。もうそろそろコートの準備をして、冬に備える時期じゃないか。なのになんでこんなに――夢の中でそう呟きながら、アルベール・ジュネットはシーツを蹴飛ばしつつ起き上がった。エアコンのタイマーは既に切れていて、部屋の中はまるで蒸し風呂が如くの暑さとなっていた。二日酔いのほてりも手伝って、半ばふら付きながら立ち上がった彼は、まるで鬱憤晴らしをするかのように勢い良く、ホテルの窓を開け放った。エアコンの効いた空気ほどではないが、涼しく清涼感に溢れる風が部屋の中の澱みを取り払うかのように吹き込み、そして南回りの太陽の光がジュネットの寝ぼけ眼に降り注いだ。ようやくこの地が北半球に位置するのではなく、南半球の、そして戦争の真っ只中にある土地であることを思い出し、ジュネットは何事か悪態を付いた。戦争の真っ只中だって?――占領した敵国の首都にそびえるガイアスタワーの宴での彼のドラ声が頭の中に蘇り、二日酔いの痛みがこめかみの辺りで増す。どうやらウィスキーを浴び過ぎたらしい。折角の上等な酒を台無しにするような光景を見せられた後では、それも仕方ないさ、と思った記者連中は決して少なくないはずだが。そう、レサス軍総司令官ディエゴ・ギャスパー・ナバロは、彼らの誇る究極兵器「グレイプニル」の攻撃によって砕け散るオーレリア空軍機を背景に、如何にレサスの兵器と兵士たちが優秀であるかを何度も繰り返して説明したものだ。おかげでそのドラ声が頭に焼き付いて、街に何ヶ所も設置された大モニターを見ると、レサス軍の優秀さがテロップ付で流れてくる始末だ。
「なあジュネット、そろそろ積年のツケをまとめて支払う気にはならないか?」
久しぶりに訪れたオーシア・タイムズ本社。改築されていくらか新しい装いになったビルの屋上で、今ではオーシア・タイムズの代表者となったアレックス・ハマーがそう言ったとき、ジュネットには何のことかさっぱり分からなかった。
「……何だって?」
「だから、積年のツケがそろそろ支払いたくなってきたんじゃないか、と言ってるんだ」
「飲み屋のツケならお前さんのほうがひどいだろうが」
「……言い換えよう。10年前のツケを今すぐまとめて払え」
そりゃお互い様だろう、と言いかけた私を見て、ハマーは嬉しそうにまだ発行していない夕刊の原稿を私に手渡した。大きく一面を塗りつぶしているニュース。それは、ここオーシアから南へと下った楽園の地と旅行パンフレットだったら記載されているオーレリアに対して、レサス軍が突如宣戦布告して侵攻を開始した、というものだった。念のために言っておくと、オーシア政府はまだこの事実を公表していない。レサスの不穏な動きは以前から聞こえていたし、未確認ながらレサス軍の動向も入ってきてはいた。だがオーシア・タイムズはどうやらその噂をだいぶ前もって確認して、わざわざ特派員まで送り込んでいたらしい。用意周到なことだとジュネットは呟いた。
「この間な、大統領府に用事があってお邪魔したときに面白い話を耳にしてな。あの10年前の戦いでオーシアとユークトバニア両軍が持ち出した新兵器のノウハウを流出させている悪い奴らを、どこかのジャーナリスト崩れが追っているんだそうだ。で、親切な俺としてはだな……」
もうその先を聞かなくても分かる。そう、確かにジュネットは、そしてオーシア政府は、地域紛争において度々出現するある勢力について秘密裡に調査を行っていた。かつて、ノース・オーシア・グランダー・インダストリーと呼ばれていた旧ベルカ系機関の血筋を引く企業連合は、ベルカ事変終結によって大規模な解体と再生を経験する羽目となった。だがそれから数年を経て、経済の場に復活を遂げた彼らは、今では「ゼネラル・リソース」と呼ばれる多国籍企業連合体の中核を為すほどの影響力を再び手にしていた。彼らの活動が活発になるにつれて、周辺諸国で勃発する小規模紛争において妙な噂が流れ始めていた。オーシアでもユークトバニアでもなく、軍需物資や武器弾薬、兵器技術を提供する集団が戦場を牛耳っている……と。そこに飛び込んできたのが、レサス軍、オーレリアに侵攻、の一報だったのだ。
「……厚意はありがたいが、レサスは本件とは関係ないんじゃないか?もともと内戦で兵器をため込んでいたお国だ。平和に慣れすぎたオーレリアとは違う」
「それを調べるのが、ジャーナリストの仕事だろうが。お前、しばらく現場から遠のいて、記者の根本を忘れてるんじゃないか?……と思ってな、お前の上司から了解はもらってある。ほら、現地入りの航空券、何とファーストクラスだ」
ジュネットは思わず、彼自身の上司の人の良さそうな苦笑を思い浮かべてしまった。百戦錬磨のハマーのことだ。彼が何と言おうと、ジュネットを現地入りさせたに違いない。楽しそうに笑いながら、ハマーはポケットから手帳を取り出した。
「向こうのカレンダー用の手帳を用意しておいた。それと、上司から伝言だ。本件に関しては「特1案件」とする――俺には何のこっちゃ分からんが、とにかく伝えたからな。故に健闘を祈る、だそうだ」
「分かった分かった、私には拒否権がないと言うことだろ。……人使い荒いところ、何だか似てきたと思わないか?」
「確かになぁ……」
手帳を受け取りつつ、ジュネットは久しぶりの高揚感を覚える自分がいることに気が付いた。そう、それはまるで10年以上前のあの時感じたものと酷似していた。忘れもしない、最果ての地、サンド島。そこで出会った、大切な友人たちと、大切な思い出。そして、世界を救った「The Unsung ACES」と彼らと共に飛んだエースたちの物語。今のジュネット自身を支える「目撃者」としての視点と立場。彼の上司とハマーは、それにどうやら過剰な期待をかけてくれているらしい。どちらにせよ、彼自身に拒否権は無く、受けざるを得ない。だったらせいぜい高くふっかけてやろう、とジュネットは悪戯心を刺激された。
「向こうの調査費・滞在費、その他諸々は全部ハマーに請求でいいんだろ?」
それに対する答えは、現地での私の「立場」を如実に証明していたと言っても過言ではなかった。
「ああ、いいぞ。全部大統領府持ちだから、いくらでも使ってくれや。使えるもんならな」
パソコンの上に山積みにしていた他誌の束をまとめて丸めてゴミ箱の中へと放り込み、汗だくになった寝巻き代わりのシャツをタオル代わりにして身体を拭き、ジュネットはようやく一息付く気になった。暑いところじゃこの豆がいけるんだ、とOBCの記者仲間ブレット・トンプソンから渡された珈琲を入れて、安い椅子にどっかりと腰をおろす。荒い仕打ちに椅子が抗議するかのように、軋み音を立てる。かつて特集番組を追っている間にすっかりと珈琲狂いになったというトンプソンの薦めだけあって、二日酔いにも良く効きそうな香りが鼻腔を満たしていく。もしかしたら、彼は私がこうなることをある程度見越した上でこの豆を渡したのかもしれない。幾分すっきりとしてきた思考を整理して、ジュネットは流し読みにした戦況を頭の中でまとめ始めた。結論から言えば、「終わりの見えた戦争」だ。宣戦布告と同時に行われた侵攻作戦により、初動の遅れたオーレリアは終始イニシアチブをレサスに取られたままとなった。何より、レサスにはグレイプニルがある。あの姿見えぬ巨大な空中要塞を目の当たりにしたオーレリアの兵士たちに、抵抗する気力が残るはずもない。重要拠点を次々と炎の海に変えたグレイプニルの後を追って、無傷のレサス軍部隊が進駐していく。散り散りになったオーレリア軍は虚しい抵抗を続けてはいたものの、完全に制圧されるのも時間の問題という状況まで追い込まれつつある。まさに最後の一矢を射ようとした辺境の空軍部隊は、これ以上無い最高のショーとして、報道陣に公開された。確か「グリフィス隊」と言ったろうか。バラバラになっていく機体を目の当たりにしながら、搭乗員たちは何を思ったのだろう?――同じだ。何も分からずに訪れる「死」。ジュネットはそれを知っている。何も分からずに撃墜されていった若鳥たちと、オーレリアのパイロットたちは同じだ。彼らは戦争の真実を知らぬまま散っていったのだから。
――待てよ?ナバロの奴、何で勝利宣言をしなかったんだ?グリフィス隊は、事実上最後の正規空軍部隊だったはずである。それを撃破した今、レサス軍の制圧下に無いオーレリアの領土はないはずなのに、奴は勝利宣言を出していない。これは何を意味するのだろう?ジュネットは、ようやくクリアになり始めた頭をフル回転させ始めた。全く、ハマーの言ったとおりだ。まだ真実は何の姿も見せていない。だから、ブンヤが調べることに意義と価値がある。今日も昨日と同じことを聞かされるに決まっているパーティ会場も、記者連中の意見交換場にはなる。そこで得られるものもあるし、自分の足で稼ぐことも出来るだろう。取材日程は大幅に見直しだ。そしてもう一つ、「特1案件」に関るものとしての仕事も残っている。彼らもまた、「現地」のレポートを待っているに違いない。だが、彼らが動くためには、オーレリアに反攻の芽が残っていることが前提だ。このまま「終わりの見えた」展開で進むなら、彼らの出番は無い。むしろジュネットのペンの出番の方が多くなるだろう。今のところ取材に対する圧力も検閲も無い。ま、あれだけ戦果を華々しく報告している御仁だ。「勝手に調べたいことを調べろ」ということなのだろう。その態度はジャーナリストの端くれの心をくすぐる。これからすべきことを頭の中でもう一度整理しつつ、ジュネットはノートパソコンの電源を立ち上げた。そして今頃は、南洋の鮮やかなコントラストの中にあるであろう、"仲間たち"の姿を思い浮かべて、彼は苦笑を浮かべた。彼も良く知っている隊員の一人から呼ばれたときのことを思い出したのだ。
「やっぱり、「おじ様」はないよなぁ……」
照りつける太陽。時にエメラルドブルーに染まる海面。空を舞うカモメたち。そして蒸し暑さの中に清涼感を含んだ、南国特有の風。どれを取っても故郷とは全く異なる広い海原で、珊瑚礁を傷付けない場所を慎重に選んで停泊した航空母艦や護衛艦の姿は、やっぱりこの風景には相応しくない。けれど、この平和な光景とは相容れない争い――戦争が、この海の向こうでは起こっている。数年前から時折勃発している地域紛争は、本来ならば戦争が発生するはずも無い理由から引き起こされる傾向が強まっている。その背後に蠢く、国家や国境という枠組みを越えた勢力を追い続けた結果が、この海だった。母親譲りの長い金髪を風になびかせつつ、ゆっくりと空気を吸い込んでいくと、肺の中まで清涼感が染み渡るようで、私は何度も甲板の舳先で深呼吸をしていた。出発するときはそれでも寒くて上に父親譲りのちょっと大きいスコードロンジャンパーを羽織ったりもしていたのに、ここではそんなものは全く必要も無い。むしろ暑過ぎて、作業衣の上半分を腰の辺りでその袖を使って巻き付けて、Tシャツ一枚で丁度良いくらいだ。何しろ、こっちはこれからが夏本番なのだ。私の母艦たる空母「シルメリィ」は、ベルカ事変の戦いを終わらせた「ラーズグリーズ」にあやかって、戦乙女の一人の名が与えられた、レイヴン艦隊所属の新型艦である。甲板要員たちが、気さくに声をかけてくるのに応じながら、私は飽きずに目の前に広がる大海原を眺めていた。もっともこれは非常に珍しい光景であって、私の後見人を自任している隊長殿が発見しようものなら、漏れなく海面への高飛び込み訓練が開始されるに違いない。どうやら悪い虫を排除することが目的のようなのだが、あれでは近づく男を軒並み排除しているようなものだ。さすがにそこまでしなくても……と言った時の隊長殿の顔は忘れられない。「変な虫がついたら父君に申し訳ない」と泣きそうな顔で迫られては無下に断ることも出来ず、結果として月に何人かが甲板上からの高飛び込みダイビングを余儀なくされる日々が続いている。だから、今日のように部隊長――フェリス・グランディス不在の時間は男たちにとっては数少ないシンデレラ・タイムなのだとも言えよう。でも、私の春はどんどん遠ざかっていくような気がするけれど……。
グランディス隊長の言う「父君」は、少なくとも家にいる限りは怠け者の役立たずの代名詞のようなもので、何でもテキパキとこなす母親に良いように振り回されていたように思う。まあ休暇ともなれば大勢の女性軍に包囲されてやっぱり色々と使われているけれど、家族をきっと誰よりも大切にしていたであろうあの優しい父親が、操縦桿を握ればたちまち強面の傭兵たちの頂点に立つエースパイロットに変わることが未だに信じられないのだ。ただ、自らも操縦桿を握るようになって、父親の姿を知るパイロットたちと一緒に飛ぶようになって、少しずつ分かり始めたこともある。「鬼神」と呼ばれるほどのエースパイロットは、やはり家の優しい父親だった。仲間たちを常に気にかけ、戦場では自らの戦果よりも仲間たちと共に帰還することを第一に掲げ、そして辛い戦いの中でも自らを見失わずに飛び続けようとした男の姿は、家で見せるあの優しい背中に全て凝縮されていたのだから。それだけに、私には間違いなくコンプレックスがある。「父親と比べて私の飛び方はどうなのだろう?」という迷いが。第一線を退いた「白き狂犬」の後を継いで、ヴァレー空軍基地のマッドブル隊隊長に就任したルフェーニア姉さんに言わせれば、
「飛び方は人それぞれ、気にするだけ損よ」
ということになるが、本当にそうだろうか?整備班長のジェーンおば様は、"一番鬼神と呼ばれた父親の飛び方に似ている"と言ってくれているが、それは余計にプレッシャーにもなってしまう。そして、ここでは馴染みの人々のサポートは無い。いや、もちろんここで知り合った仲間たちは大勢いるし、彼らに助けられることも多い。でも、私はここで自分の力で飛ばなければならないのだ。グランディス隊長たちのサポートにいつまでも頼っているわけにはいかない。実戦ともなれば、まずは自分の身を守ることから始めなければならないのだから――。
「……難しい顔はあんまり似合わないぞ、フィーナ」
背後から掛けられた声に現実に引き戻され、ゆっくり声のほうへ振り向くと、アーデルベルト・ミッドガルツが苦笑を浮かべながらこちらに手を振っていた。隊の中では唯一の同階級で、年齢も近い彼は数少ないグランディス隊長謹製の海面ダイブを無条件で免除されている存在である。故郷に結婚を約束した婚約者がいることがその判定理由らしいが、事実彼は毎週婚約者への手紙を欠かさない。一度コクピットの中でにんまりと笑いながら恋人の写真を見つめている彼の姿を目撃したことがあるが、言わば「私のことが眼中に無い」点が評価対象になっているのだとすると少し寂しい気もする。もともと糸目で、普段は開いているのかどうか分からないミッドガルツの表情は温和そのもの。あまり口数の多くない彼が声を掛けてきたのは、きっと"悪い虫"たちに役目を押し付けられたのだろう。
「ミッドガルツこそ、そういう役目、似合わないわよ」
「お互い様という奴だな」
「確かにね。……で、隊長はどこに?」
ミッドガルツは黙って親指で後方を指した。そこには、航空母艦「シルメリィ」の艦橋部があり、分遣艦隊司令を兼ねるレスター・アルウォール艦長の執務室があるのだった。またか、と私は頭を押さえて首を振った。レサス軍による侵攻が始まった2日後には南オーシアの公海上に展開した分遣艦隊だったが、一向にオーレリア軍の抵抗が聞こえてこない戦況に、アルウォール司令が「静観」の方針を決定し、これを良しとしないグランディス隊長が食ってかかる――という状況が続いているのだった。今こちらから支援をしない限り、オーレリアは確実にレサスの超兵器の前に屈服させられてしまう。だから、少しでも早く残存部隊と連携するべきだ、という隊長の言い分ももっともだとは思う。ただ実態として、補給と連携の術も無い弱小残存部隊を支援したところで戦況を覆せるとは思えないし、一つ間違えれば超大国の介入というさらにややこしい事態を引き起こしかねないのも事実だった。それだけに、私自身はアルウォール司令の判断を是としている。基本的には紛争の調停と平和維持が主任務であるレイヴン艦隊が唯一戦端を開くことが出来るのは、一方的に攻撃を受けた場合の自衛行動と、レイヴン艦隊を構成する諸国が「明確な国際的犯罪行為や虐殺行為」と認定するに足る暴挙の阻止行動時――この2点に限られているのだ。現時点のレサスのやっていることは、残念ながら合法だ。戦争という蛮行ではあるが、国際社会への根回しをやっていたらしいレサスを支持する国も少なくないのである。もちろん、「ばれなければ構わない」という考え方もあるが、それを強硬に主張するグランディス隊長の言い分を、老獪なアルウォール艦長が素直に了解するはずもなかった。……せめて、グリスウォールに入ったジュネットおじ様から何からの大義名分がもたらされれば話は別なのだろうが――。
「ファレーエフ中尉から聞いた話では、レサスの手が唯一伸びていなかったオーブリー岬の所属航空隊が全滅したそうだ。連中の切り札――グレイプニルのSWBMで1機残らず」
「じゃあ私たちの出動は空振りってこと?」
ミッドガルツも残念そうに頷く。私たちだけではなく、この艦隊に所属する人々の共通の気持ちだったかもしれない。中には長年の夢だった「南半球の海」に旅が出来ることを心の底から喜んでいるような変わり者もいるけれども、一癖も二癖もあるようなパイロットもメカニックもオペレーターたちも、ここに来る以上は皆「平和」の重要性を良く知っている連中だ。そうでないとここではやっていけないし、「平和」を取り戻すためにどれだけの困難が伴うのかを知っている世代も数多い。ヴァレー空軍基地の面々がそうであったように、この艦隊で学ぶことは非常に多いのである。せめてほんの少しでもいいから、オーレリア軍の抵抗勢力が残っていれば対処のしようもあるのに――長い間平和を享受し続けて来たオーレリアと、長い間内戦に明け暮れていたレサス、より実戦慣れしているという点ではレサスのほうにアドバンテージがあるのだろうが、それにしても呆気なさ過ぎる。かつて私の祖国だって、国土の大半を北の強国に占領されたにもかかわらず抵抗を続け、解放を実現したのだ。だがそこは、北半球と南半球の国家の人々の性質の差もあるだろうし、何より「グレイプニル」の存在がオーレリアの人々の心に恐怖を植えつけることに成功したのは事実に違いない。無論、過去の大戦においても色々な国家が「究極兵器」と称して巨大な兵器を生み出してきたのだが、結局は人の手による物――困難なミッションを成し遂げた英雄たちの手で葬り去られている。姿の見えない空中要塞といっても万能ではないはずなのだが――。
どちらかといえば寡黙なミッドガルツに対し、私が考え込んで沈黙してしまったのでは、なかなか会話の続きようもない。"面白い"展開になることに期待していたらしい甲板要員たちの顔にはっきりと失望の色が浮かんでいたことにも気が付かず、私はオーレリアを巡る情勢を自分なりに分析しようとしていた。そんな私たちの姿をきっとアイランドから眺めていたのだろう。人の悪い老獪な男の声がスピーカー越しに聞こえてきたのはそんなタイミングだった。
「――艦長より達する。フィーナ・ラル・ノヴォトニー少尉とアーデルベルト・ミッドガルツ少尉は速やかにブリーフィングルームへ出頭せよ。舳先で南国の風を楽しむのは次の非番までお預けだな。それから甲板の連中!グランディス大尉のありがたい海面ダイビングを頂戴したい奴以外は、戦闘機の発進に向けて各員配置を開始。もたもたするな、本艦隊は1900時を以って作戦行動を開始する。以上!!」
ざわっ、と甲板要員たちの間にどよめきが走る。作戦行動だって――?グランディス隊長の海面投げ込みを本気で恐れる男たちの中には胃の辺りを押さえながら走り出す者もいたが、そこはさすがに歴戦のベテランたちの集まりだ。それぞれの持ち場へと躊躇することもなく走っていく。ミッドガルツが小走りにアイランドを指差しながらこちらに振り向く。私も頷いてその後を追う。頑張れよ、と声をかけてくる男たちに笑顔で応えつつ、アイランドの中へと続く水密戸の中へと私は滑り込んだ。走りながら、手早く髪を後ろで束ねてゴム紐で結わえる。もしかしたら、ジュネットおじ様の最初の「爆弾」が炸裂したのかもしれない――そんな思いを抱きながら、私はブリーフィングルームへと続く廊下を走った。無為の時間よりは、誰かのために戦うことに時間を費やしたい――だから、私は戦闘機乗りの道を選んだのだから。
慌しく動き始めた人間たちを他所に、南国の清涼感に溢れる風がゆっくりと流れていく。こうして始まった私のレイヴン艦隊としては初めての戦い。それが、オーレリアの南十字星と呼ばれるようになる一人の若きエースパイロットの戦いを身近で目撃するものになることを、私はまだ知る由もなかった。
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