戦争の裏に潜むもの
オーレリア軍、パターソン港奪還

オーレリアにおける紛争が、未だ続いている。レサス軍による電撃的侵攻を受けたオーレリア軍は各地で分断され、効果的な反撃を行うことなく撤退と降伏を重ねていた。だが、最後のオーレリア軍拠点となったオーブリー岬に対する侵攻作戦以後、レサス軍の侵攻は停滞している。いや、むしろオーレリア軍によって押し戻されていると言った方が正しい。正確な戦力規模について、レサス軍スポークスマンは「取るに足らない程度の烏合の衆」とし、総司令官ディエゴ・ギャスパー・ナバロ将軍も「追い詰められた僅かな戦力が、消える瞬間に明るく輝いているだけ」と語り、既に国土の大半を占領下に置いているレサス軍に影響を及ぼすものではない、としている。事実、レサス軍の侵攻作戦によって、オーレリア軍は各地で分断されているのが実態であるが、反面、重要拠点の占拠と確保が最優先とされたために、個々の戦力としては健在のようなのだ。国土の大半を占領下に置きながら、レサス本国からの増援が立て続けにオーレリア入りしているのは、レサスによる完全なる占領が現在進行形であることを如実に物語っている。そんな状況下、レサス軍も重要拠点と認識していたパターソン港が、オーレリア軍残党部隊によって、スポークスマンのコメントを借りれば「虚しい抵抗の成果」によって、奪取された。パターソンはもともと大規模コンビナートを有する戦略拠点でもあり、オーレリア海軍の軍港としても使用されていた港湾都市だ。レサス軍による占領後、もっとも早くオーレリア残党軍によって解放されたのが、この街というわけだ。

プナ平原に建設途中であった補給拠点をオーレリア残党部隊に占領されたレサス軍は、海上輸送ルートによる戦力の増強と補給物資の輸送により、一挙にオーレリア軍の最後の部隊を殲滅するべく作戦を進めていた。ところが、揚陸艦を主体とした海上戦力は、パターソンを目前にしてオーレリア残党軍の航空部隊の手によって壊滅的損害を出し、さらに熾烈な地上戦の末、パターソン防衛部隊はサンタエルバへと撤退を強いられることになったのである。「烏合の衆が虚しい抵抗を続けている」とナバロ将軍は強気を崩さないが、それはグレイプニルの威力を背景にした発言でもある。ところが、そのグレイプニルは近頃空に上がることも無く、ターミナス島から動かない。グレイプニルの射程を考えれば、重要拠点サンタエルバ上空の制空権確保を目的としていると言えなくも無いが、唯一の実動している航空部隊がパターソンにしかいない現状ではその配置にも疑問が残る。何らかの理由――例えばグレイプニルを動かしたくとも動かせない事情が、レサス軍の足を止めているのかもしれない。いずれにせよ、グレイプニルの沈黙がオーレリア残党軍に味方したことは間違いなさそうである。ガイアスタワーにおける会見で、ナバロ将軍は近日中に残党勢力の一掃に向けた大規模侵攻作戦の発動を明らかにしているが、それ自体、オーレリア残党軍を単なる烏合の衆とは見ていないことを無言のうちに語っている。残党軍を放置することは、オーレリア市民による叛乱を招く元凶ともなるだけでなく、各地に散らばる残存部隊の集結という事態をも招く。レサスとしてはそれよりも早く残党部隊による抵抗を封じ込め、オーレリアの制圧を完全なものにする必要があるのだ。

ところで、主にレサス軍の兵士たちの間に、興味深い噂が広がっている。それは、オーレリア残党軍の主戦力と言って良い航空部隊にかかわる話だ。残党軍に相応しく、最新鋭のものなど保有していない彼らではあるが、1機だけ異形の姿の機体がいるという。そして、その機体の尾翼には、気安い笑いを浮かべた鷲と共に南半球のシンボル――南十字星が描かれているらしい。プナ平原での戦い、そしてパターソンの戦いにおいて、かの機体はレサス軍に多大な出血を強いたのだ。――戦争においては、時にそんな存在が現れることがある。かつてのベルカ事変において、ユークトバニアの兵士たちから「ラーズグリーズの悪魔」と呼ばれたエースパイロット部隊があるが、その隊長機を務めたエースパイロットは信じがたいことに戦局を覆すきっかけとなった。レサスにしてみれば、たかが戦闘機1機、取るに足らない話かもしれない。だが事実、敗戦間際のオーレリアはしぶとく抵抗を続け、重要拠点とも言うべきパターソンの港を取り戻しているのだ。早期に収拾へ向かうと見られたオーレリア=レサス紛争、その行く末はまだ見えない。
――いささかバランスを欠くだろうか?もう少し第三者的視点で戦況を分析したほうが読む側には伝わるんじゃなかろうか?首を傾げながら10秒ほど逡巡したうえ、ジュネットはそのまま送信ボタンを押下した。さて、ベテラン記者たちをも恐れさせるハマーはどんな赤ペンを入れるだろう。明日の紙面に載った自分の記事がどう変わっているかは、明日のお楽しみ。もっとも、ハマーはジュネットの原稿にほとんどペンを入れたことが無く、入れるとするとジュネットが意図しているよりもさらに過激にする傾向があったが……。2021年に連載したベルカ事変の特集記事のときも彼はほとんどペンいれすることは無く、逆に取材の機会と原稿の執筆枚数を増大させてくれた。おかげで思った以上に色々なことをかけた反面、苦労もそれなりに抱え込んだというわけだ。手早くノートパソコンをたたんで鞄の中に放り込み、長年の戦友と言うべきカメラのバッテリーをチェックする。さすがにディエゴ・ギャスパー・ナバロの顔は見飽きたし写真もいい加減取り飽きていたが、最近新たな趣向が加わり、そこだけはジュネットも若干ではあるが興味を引かれるときがあるのだ。実際には苦戦を強いられているであろう戦場の映像を公開することを良しとせず、その代わりにナバロはレサス軍侵攻部隊の戦功ある指揮官たちをパーティで紹介するようになった。彼の取り巻きというか飼い犬たちは拍手喝采で賓客を迎え、迎えられた客の方はそれぞれの表情を浮かべながらそれに応じていた。ある者はスター俳優のような人好きのする笑みを浮かべながら、ある者は軍人らしく口元をへの字に結んだまま――。そんな客の一人として、グレイプニルの艦長を務めるハビエス・スルナンデ少将が登場したときには、ジュネットも内心驚かされたものだ。もっとも他の記者たちとその理由は異なっていた。切り札の指揮官が指揮すべき兵器を離れて顔を出せるほど、戦局は安定しているのか、と。グレイプニルの足をシルメリィの面々が見事止めて見せたわけだが、それすらも「余裕」として連中は利用するらしい。なかなか、一筋縄ではいかない連中をレサスは取り揃えているようだ。

今日もガイアスタワーでは最高の料理と最高の酒、そして最低の演説とが並べられている。もう耳タコになり、いい加減見飽きたナバロの顔と取り巻きたちの姿に興味をそそられることもなく、窓辺で料理に舌鼓を打っていると、ジュネットは不意に背後から声をかけられた。振り返った場所に毛嫌いするナバロの顔を見出したジュネットは、危うく口の中の物を彼の礼服に吹き出しそうになって口元を押さえた。本能の部分は気に入らない奴にぶちまけてやれ、と命じていたが、そこまで蛮行をふるえるほど理性は飛んでないし、何より大人気ない。どうにか口の中のものを飲み込んで、ジュネットは深く頭を下げた。
「――気が付かずに失礼しました。いや、料理に夢中になっていましてね、面目ない」
「いやいや、こちらこそ突然に声をかけたからね。酒も料理も充分に用意してある。ゆっくりと楽しんでもらえると私も嬉しい。――ときに、ラーズグリーズの目撃者として、我々レサス軍の姿はどう映るだろうか?君のベテランの視点から、忌憚の無い意見を是非聞かせて欲しくてね」
「その渾名は勘弁してくださいよ。私はあの戦いでは何もしていないんですから」
愛想笑いをこちらも返しながら、レサス軍の総司令官を務める男を改めて眺める。こうして表面だけ見ていれば、穏やかで思慮深い男に見えなくも無い。だが長く続いた内戦下で、着実に足元を固めてのし上がった男が、それだけであるはずがない。この一見人好きしそうな笑みの裏側で、何を考えているのか分かったものではないのだ。その気になれば、ジュネットの存在を「消失」させることも厭わないであろう。だが現実にそうされかけた2010年とは異なり、ジュネットという人間の消失は深刻な問題へと発展しかねない。それだけの地歩をジュネットは築いていたし、時と場合によっては権道を用いることを今の彼は充分に心得ていた。とりあえずナバロの奴は軽いジャブを繰り出すために声をかけただけのことだろう――そう納得して、ジュネットは皿をテーブルに戻し、口元を拭った。
「――オーレリアによる不正行為への対抗、という大義名分は国際社会にも受け入れられつつあります。当のオーレリア代表が頑なに抗議を続けていますが、既に政府自体が機能していない状況下では有効とは言えないでしょう。戦争という手段には批判もありますが、民間人への被害を最低限に抑え、速やかに軍事作戦を終息させられるならば、さらにレサスに対する支持は強まるのではないでしょうか?」
「私はね、ジュネット君。我が祖国をラーズグリーズのようにしたいのだよ。本当の意味で南オーシアを解放した存在として、ね。そのためには一時的な軍事作戦は止むを得ないと、断腸の思いで臨んでいる。どうか、理解して欲しい」
「オーレリアの残党軍討伐には随分と苦労されていらっしゃるようですね?」
「これは手厳しい。確かに、彼らは善戦しています。でもどうせなら、その力と能力を戦後の新たなオーレリアに使って欲しい。我々レサスの民が望むのは、オーレリアという国家をレサスのものにするのではなく、これまで道を誤り続けたこの国を正しい方向へと導くことなのだよ。わが国を搾取し続けて築き上げられた富と繁栄など、所詮はまやかしでしかないのだから。……近々、残党軍に対する大規模攻勢を我々はかけることになるだろう。出来れば、無益な抵抗を止めて、降伏して欲しい。オーレリアにとっても、レサスにとっても、兵士たちの犠牲は避けられないのだからね」
「その思いが、世界に伝わることを祈ります。――ご武運を」
満足そうな笑いを浮かべたナバロは、軽く手を振ると彼の取り巻きたちの輪に戻っていった。尻尾が付いていたなら間違いなく振っているであろう男たちの何人かが、ジュネットに奇異の視線を送っている。……やれやれ、勝手なことをするなよ、と釘を刺しに来たわけか、あのお偉いさんは。話している間に少し冷めてしまったローストビーフに少し落胆しつつ、ジュネットはワイングラスに少し多めの赤い液体を注ぎ込み、ぐっと呷った。まったく、心にもないことを言うもんじゃない。瘴気を解毒するために流し込んだ赤ワインは、常にもまして渋い味を伝えてきて、ジュネットはすこし咳き込んだ。

ようやく咳が収まり、ため息を吐きつつジュネットは窓の外に視線を転じた。夜の帳が下りたグリスウォールの街の空には、明るい月の光がそそがれている。美しい夜景と月の光のコントラストが見事で、ジュネットは足元に置いたカメラバックから長年の相棒を取り出し、そしてシャッターを何度か切った。全く、折角の美しい景色が台無しだ。窓の外にはこれだけ綺麗な景色があるというのに、このパーティ会場の中はエアコンでも消し去れない瘴気が漂ってくるかのよう。足元の鞄に再びカメラを仕舞い込んだ彼は、ウェイターが運んできた新たなワイングラスを手に取った。テーブルの上に置かれた瓶を何気なく見て、通り過ぎた視点が勢い良く戻る。何だって、1981年製だ――?
戦争の裏に潜むもの 「それにしてもたいしたもんだ。こんなビンテージ、もう二度とお目にかかれないだろうからな」
「同感同感。しかし酒には飲める量があるからな、残念だ」
隣のテーブルで、ジュネットと同じようにグラスを傾けている記者連中の声が聞こえてくる。
「――これ1本で、俺たちの月々の給料はすっからかんになっちまうけど、知ってるか?レサス国民の平均年収、このワイン1本分も無いんだぜ。そんなこと考えてたら、何だか申し訳なくなってきてしまってなぁ……」
「なあに、この戦争が終わればレサスはきっと驚くほどの経済成長をしてみせるのさ、きっと。そうなりゃ、いろんな人々がこいつを楽しめるようになる」
「そうか、それもそうだよな。ハハハハハ」
笑いあう記者たちを横目に、ジュネットは独り沈黙していた。――何でそんな基本的なことに気が付かなかったんだろう!そう、金だ。戦争をやるためには、膨大な資金が必要となる。兵器ほど金を遠慮なく浪費していくものは無い。お祈りしていれば出てくるわけでもない資金を、レサスは、そしてディエゴ・ナバロはどうやって手に入れていたんだ?あのワイン1本にも満たない収入しか手に出来ないほど経済が困窮しているあの国に、そんな潤沢な資産がうなっていたとは思えない。ということは、当然何らかの汚い手段を用いなければならない。しかしどうやって?ここしばらく、どちらかというとアルコール漬けに近かった脳に勢い良く血液が流れ込み、あちこちで頭痛が起きる。ジュネットはそっと、グラスをテーブルに置いた。ここであれこれ言っていても始まらない。ここ数年間分の、レサスに対する資金の流れに関する資料を片っ端から当たってみる必要がある。内戦に明け暮れていた国家だけに、まともな貿易を行っていたはずが無い。かつてのベルカのように、金になる新兵器や科学技術を持っているわけでもない。そんなレサスが、内戦終結と共にオーレリアへ侵攻出来るに足る最新鋭の軍備を揃えていることは、明らかに異常だ。そしてグレイプニル。最新鋭の科学技術を惜しみなく注ぎ込んだあの巨大兵器の設計と建造にどれだけの資金が使われたことだろう。そんな常軌を逸した投資を可能にした、何かがレサスにはあるのだ。そしてその莫大な資金を入手したであろう勢力から、さらに違う場所へと資金は流れ、世界をまたぐ軍事的投資網が構築されていく。これまでの戦争は、それぞれの国がそれぞれの軍事産業やイデオロギーを抱えて、性能面はともかく全く別物の兵器で争うのが常だった。これからは戦争をやる者同士が全く同じ兵器で殺し合いを演じるようになるのかもしれない。そんな悪循環は、どこかで断ち切らねばならない――。
「調べてみる必要があるな」
半ば思い付き、半ばアルコールの勢いであったかもしれない。ワイングラスを空にしてテーブルのうえに置いたジュネットは、しかし酔いを全く感じさせない足取りでパーティ会場から姿を消した。彼が姿を消したことにパーティ会場のほとんど大半の者たちは気が付かなかっただろう。だが、ジュネットが鞄を担ぎ上げて会場を後にするとき、その後姿を軍服姿の男が刺すような視線で睨み付けていたことを、彼はまだ知らなかった。
連日の宴が終わりを告げるのはいつも日付の変わる頃。ビンテージ・ワインを存分に味わったナバロの顔も、ほんのりと赤みを帯びている。だが本当の仕事はこれからだ。眠りに付くまでの数時間、軍総司令官として、そして彼自身のなすべき仕事が待ち受けているのであった。礼服の上着をソファの上に投げ捨てたナバロは、そのまま少し前まではオーレリアの首脳が使っていたであろう豪華な机の上に書類を広げ、何事かを書き連ね始める。まるで彼が部屋に戻るのを待っていたかのようにノックの音が遠慮がちに響いたのは、ナバロが23枚目の決済を済ませた時だった。
「――夜分に申し訳ありません。ナルバエスですが、お耳に入れておきたい話がありまして参上しました」
「鍵はかかっておらん。お前も遅くまで大変だな。ご苦労」
軍人、というよりは役所務めと言った方がしっくりくるような、少し神経質な顔付きの士官が姿を現す。彼の制服には大尉の階級章がぶら下がっている。実戦部隊の指揮官でもあるペドロ・ゲラ・ルシエンテスとは異なり、アレクシオス・ナルバエスは一つ下のフロアに与えられた彼の執務室で、対外広報戦略を毎日練っているのだ。戦場映像のオンエアという政策を提案したのも彼であり、ナバロ自身最初はあまり重視していなかったその手のプロパガンダについては、その多くを彼に一任するようになっていたのである。その期待に、今のところナルバエスは充分に応えていた。政策上・戦略上必要な情報を取捨選択し、不利益な情報については完璧に隠蔽して事実を葬り去る技術と情熱にかけて、彼の右に出るものはいなかったのだから……。
「今日の宴での話が何かまずかったか?」
「そんなことはありません!ただ……例の、オーシアからやってきたジャーナリストですが……」
「アルベール・ジュネットの事かね?」
「あまりフリーで動かすべきではないと思われます。これまでの彼の記事を見ていればわかりますが、彼は我が軍の戦略上の障害になっています」
ふむ、と頷きながらナバロは数時間前の出来事を反芻した。悪戯心を刺激されて声をかけてやったときの表情は傑作ではあったが、さすがラーズグリーズの目撃者と呼ばれるだけのことはある。表面上はビジネススマイルを絶やすことなく、心にも無いことを平然と動揺もせずに言って見せるのだから。ただそれはナバロ自身も同様であったが……。彼が「戦争」のことをどう書こうと実はたいした問題ではない。必要な事実のみを切り出して開示し続けること、これだけで大半の記者たちは勝手に踊り狂ってこちらの望む記事を仕上げてくれる。そうなれば、ますます事実ではなく真実は闇の中へと埋もれていく。だがあの男は、真実を見出す術を知っている。ナルバエスの言うとおり、自由にさせておくのは危険かもしれない。だが、かつての祖国でまかり通った術は、彼に対しては余程のことがない限り使えない。この国に来た肩書きは確かにオーシア・タイムズの契約記者かもしれないが、それは表向きの話であり、彼の背後にはオーシア政府と厄介な紛争調停機関――レイヴンの連中がいる。迂闊な手出しをした結果、彼に万一のことがあれば、戦争自体の大義名分を覆されるかもしれないのだ。だが、この国で何かをかぎ回ったところで、ブンヤ一人に出来ることなどたかが知れている。もし彼がこちらの制止を聞かずに前線の取材などに出るのであれば、それは彼自身の自己責任としていくらでも処断のしようはあるし、ここグリスウォールにいる限りは彼の手に入る情報は相当の部分で制限できる。インターネットであったとしても検閲のための手段は構築している。好ましくない情報の発信の兆候を掴むことは可能なのだ。
「まあ泳がせておけ。我が軍がオーレリアを完全に掌握してしまえば良いのだ。彼が何を嗅ぎ回ろうと、それに先んじて勝利を掴むことが大切だ。それよりも、次はグレイプニルの出番が必要となる。ショータイムの準備は進んでおろうな?」
「それは抜かりなく。今回は海上からの撮影というわけにもいかないため、軍の偵察部隊の協力の下、撮影飛行を実施する算段となっています。彼らの護衛には2個戦隊を付けるよう、参謀本部を通じて依頼済です」
「よろしい。ナルバエス大尉、君の働きには私も感謝している。まずは君の主任務に集中することだ。いいかね?」
「はっ!……お言葉、ありがとうございます!!」
ナルバエスが感激のきわみといった表情で敬礼を施して退室すると、ナバロは作業の手を止めて腕組みをした。事実、彼の来室のおかげで直前に考えていたことを忘れてしまったのだが、ナルバエスに言ったこととは裏腹に、ナバロはジュネットの存在を忌々しく思っていたのである。彼は――その背後にある超大国たちはどこまで知っているのだろうか?この戦争が真に目指す目的は何であるのか。レサスのほぼ全ての兵士たちは、ナバロ自身が掲げた大義名分のために戦場に立っている。それ自体は確かに素晴らしいことなのだろう。だがそれは幸運の副産物でしかない。さて、この戦いの「勝利」を手にするのは一体誰になることやら。ナバロはその口元に不適な笑みを浮かべる。戦争に勝つことが勝利と思っている低脳な連中には、いくらでもその栄光を与えてやろう。だが最後に笑うのは、このディエゴ・ギャスパー・ナバロだ。窓の外に広がる美しい夜景を見下ろしながら、今やオーレリアの大半を勢力化に置いた男は静かに呟いたのだった。

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