隠密部隊の決断
オーシア・タイムズに掲載された記事が、オーシア国内だけでなく世界各国に衝撃を与えている。国際会議の場においては、圧倒的な「証拠」と周到な根回しによって支持国を増やしつつあったレサスに対し、オーレリアはその不当な搾取の責任を問われて守勢一方だったのである。だがその記事は、オーレリア軍の残存部隊が孤軍奮闘して祖国解放のために戦い続けていることを明らかにすると共に、レサスの戦闘継続姿勢にも疑問を突き付ける内容となっていたのだ。これがスキャンダルを心から愛するゴシップ誌のものであったとしたら、「取るに足らない」ものとして扱われていたのだろうが、記事を載せたのはオーシア・タイムズ。しかも特派員は言うまでも無くアルベール・ジュネットおじ様だ。私はその記事が嘘でないことを確信していたし、オーシア・ユークトバニアの大使を中心に、これまで中立を保っていた諸国の姿勢が、次第にオーレリア支持・レサスの侵略批判という様相を呈してきたのである。その記事は、オーレリアの残党軍にしても、そして私たちにしても心強い援護射撃だったと言えるだろう。特に私たちシルメリィ艦隊のことだけを言えば、レイヴン艦隊加盟諸国の同意を得られたことによって格段に行動の自由が確保された。現地司令官――即ち、アルウォール司令の判断によって、これまでは禁じられていた支持勢力に対する軍事支援が可能となったのだ。これに伴って、軍事作戦の増加に対応するため、シルメリィ艦隊の作戦機全てにオーレリア軍のIFF信号が書き加えられることとなった。パターソン近郊の海底に長期間潜航し続けていたオーレリア海軍の潜水艦「ナイアッド」を通じて、レサス軍の追撃を振り切って公海上に逃げていたオーレリア海軍第1艦隊の残存艦艇群とのコンタクトを取ることにも成功し、最終的にはパターソンに集結すること等の方針が決定されたのである。
「それにしても大したもんだねぇ。ナバロの野郎を目の前にしながら、あんな硬派な記事を書くんだから。それに比べて他紙の連中は何だい?付いているモンが付いてないんじゃないかね?」
「……隊長、フィーナが困ってるぞ」
「初々しくていいねぇ。南国の太陽の下で働けるだけでも嬉しいってのに、新鮮な気分に浸れて、俺は最高に幸せだぜ」
思わず下を向いてしまった私にとって、ファレーエフ中尉のフォローは有り難かった。放っておけばそのまま限りなくエスカレートしていきそうな隊長の「下品な」文句は、聞いているだけでも恥ずかしいというのに、ここは食堂。周りの兵士たちが聞き耳を立てて笑いを噛み殺している雰囲気が伝わってきて、余計に何だか恥ずかしいのだ。隊を二つに分けてのローテーションで哨戒任務に就いていることによって、今日の食事の面子は隊長にファレーエフ中尉、それに南国勤務になったことを心の底から喜んでいるニッカード少尉が加わって、食後のティータイムを満喫しているというわけだ。隊長が何杯かのお代わりをするおかげで、うちの部隊の食事時間は結構長い。どちらかと言えば食べる速度の遅い私にとっては、むしろ幸いというべきだろう。何しろレイヴン艦隊配属当初は、船酔いのおかげでまともに食事が取れないこともあったのだ。それに比べれば随分と進歩してはいるのだが――。食堂の紅茶はこだわりがあるのか、女性にだけはティー・ポットで出してもらえるのが嬉しい。ゆっくりと紅茶の香りを楽しみながら茶をすする。
「あのジュネットが、今じゃ筋金入りのベテラン記者だもんなぁ。……ま、ケストレルでの出来事がいい経験になっているんだろうけど、大した出世だよなぁ。俺なんかようやく念願かなって南国勤務だからな」
「退役前に希望がかなって良かったじゃないか。これで殉職しても悔いは無いね」
「それだけは勘弁だ!」
「でも、ま、パターソンを確保したことで、オーレリア残党軍もようやく拠点を確保したことになる。当面の侵攻目標は、サンタエルバ市ということになるだろう。戦力が不足している彼らにとって、我々の支援は必要なはずだ。南十字星にばかり苦労を押し付けているわけにはいかないからな。――そうだろう、フィーナ?」
「え!?う……それはまぁ、必死に戦い続けている残党軍を放置しておくのは耐え難いと思いますけれども……。別に私、南十字星がどうとかそういうことは……」
「素直じゃないねぇ、この娘は。好きなら好きとちゃんとお言いよ」
「おいおい隊長、それくらいにしておいてあげてくれ。ほら、フィーナが真っ赤になっているじゃないか」
――とはいえ、隊長たちにからかわれるくらいに、私の興味が南十字星に向いていることは周知の事実になっているのだろう。勿論、気になっていないわけが無い。連戦を強いられている彼らは、今日も半島東部のスタンドキャニオンに閉じ込められた友軍地上部隊の救援に向かっているという。その空域は、レサスの究極兵器グレイプニルのSWBMの射程内であるにもかかわらず飛び込む、ということは、彼らは戦闘機で渓谷の中を飛ぶつもりなのだ。およそ正気とは思えない困難なミッションに違いない。それでも戦地に臨む強い意志がどこから来るのか、私は知りたかった。彼らが敗北すれば、まだ現時点では烏合の衆といわれても仕方の無い戦力しか持っていないのだ。そんな彼らが、守りの姿勢にならずにむしろ積極的に作戦を展開している。実は極めて楽観的な思考回路の面々の集団なのかもしれない。それでも、私だったからなかなか下せない決断ばかりだ。今日の困難な作戦をやり遂げて無事に生還した南十字星たちと実際に会う日を、私は実のところ心待ちにしていたのである。南十字星がどんなパイロットなのか、どんな人間なのか――それを考えなかった日は、少なくともこの数日間では全く無かった。だから、隊長たちのからかいのネタにされても仕方が無いのかもしれない。隊長たちの冗談の飛ばしあいはまだ続いている。私は黙って下を向いて、空になったティーカップにポットから紅茶を注いだ。このまま哨戒任務に就いて、パターン終了後は再び待機となり、明日の夕方にはいよいよパターソン入港――そんなスケジュールを頭に浮かべながらカップを傾けていた矢先、館内の部屋なら例外なく設置されているスピーカーから、戦闘態勢を知らせる警報音が鳴り響いた。一斉に何事かと立ち上がった食堂の面々に、オペレーターの緊張した声が緊急事態を告げる。
「パターソン市内に、レサス軍地上部隊が最侵攻を開始しました。搭乗員各員は出撃準備の上ブリーフィングルームに集合してください。各員、戦闘配置。繰り返します、各員、戦闘配置!」
「……タイミングが良すぎる……」
「ファレーエフもそう思うかい。あたいもだ。まるで南十字星たちが出て行くのを待っていたみたいじゃないか。……ま、いいさ。さ、急ぐよ、フィーナ!」
「はい!!」
勢い良く応じた私を見て、グランディスがにやりと笑う。もしかしたらいらぬ誤解をまたされたのかもしれないが、今はそんなことを言っている場合じゃない。パターソンの陥落は、オーレリア軍航空部隊の帰るべき場所の喪失を意味するのだ。それは戦闘機乗りにとって最も恐れる事態の一つに他ならない。どうやら、共に轡を並べて戦うときが来たらしい。どうか、間に合って――!私はまだ見ぬオーレリアのエースにそう呼びかけながら、隊長たちの背を追ったのだった。
慌しいブリーフィングタイムが終わり、私たちシルメリィ艦隊の各隊はそれぞれの受け持ちの方面に向けて出撃していった。海上戦力の接近に備えて、ペリカン隊を始めとする傭兵隊が出撃。そして私たちカイト隊には、最も重要な役割が任せられていた。現在、パターソンの市街地ではレサス軍地上部隊による侵攻作戦が進められているが、オーレリア側の司令官は無闇な正面衝突を避け、市街地を巧みに活用しながらその足を止めることに成功していた。敗北を重ねていたはずのオーレリア軍にまだこれほどの司令官が残されていたことに驚いたものだが、兵力差に大きな差がある以上、その善戦がいつまでももつとは考えられない。防衛戦の瓦解は、パターソンがレサスの手に落ちるだけでなく、残党軍にとって唯一と言って良い重要拠点の陥落に繋がる。しかし一方で、彼らの切り札たる航空部隊はスタンドキャニオンにおける作戦に従事していて、パターソンの救援には向かえない。仮に戦闘を終わらせたとしても、弾薬が尽きた状態でパターソンへと戻るのは自殺行為だ。……そこで私たちの出番がやってくる。少なくとも現状においては、彼らの拠点の一つであるプナ・ベースは無傷である。そこで、残党軍航空部隊をプナ・ベースへ突破させるために周辺空域の制空権を私たちが確保し、その後彼らと共にパターソン再奪還作戦を遂行する――大雑把ではあるものの、それが私たちに与えられた任務だった。アルウォール司令はさらに付け加えている。もしレサス軍の戦闘機部隊を発見した場合には、速やかにこれを排除、残党軍航空部隊たちの安全を確保せよ、現場指揮官に攻撃判断を一任する、と。グランディス隊長が喜んだのは言うまでも無い。そして、私も――。

空母シルメリィを飛び立った私たちは、北上するルートに機体を乗せて南オーシアの空を疾走している。空から見下ろす南オーシアの海はエメラルドグリーンに染まり、空の青と美しいコントラストを生み出している。だがこの風景とは裏腹に、凄惨で熾烈な争いが西でも東でも繰り広げられている。その後の情報で、パターソンへ侵攻を開始したのがレサス軍のミラー第3自走兵団だと伝えられると、嫌でも緊張感は増した。彼らはレサス軍の地上部隊の中でも猛者として知られていたのだ。だがそれと同時に、そんな部隊に襲い掛かられながら善戦を続けている残党軍だって、大したものだ。出来る限り、彼らを助けたい――私の頭の中はそんなことばかりで埋まっている。
「……やっぱり本物だね、オーレリアのパイロットたちは。グレイプニルに頭を押さえられているというのに、渓谷の中を飛んで全員無事だよ。南十字星だけでなく、他の3機も充分にエースを張れるね。こいつは驚いた」
私たちの機体とは異なり、より大型で高機能の火器管制・情報制御コンピュータを搭載している隊長機には、情報収集艦アンドロメダなどからのデータリンクによる情報が次々とアップデートされる。グランディス隊長は、どうやらスタンドキャニオンの戦闘情報を検索しているようだ。
「それほどの腕利き、よくも残っていたものだ。確かにオーブリー基地のパイロットの中に、ブルース・マクレーン中尉の名前はあったが、かの基地のエース部隊は既に全滅したわけだからな……」
「そうとも限らんさ、ファレーエフ。ベルカ事変の時だって、サンド島の四騎は初めからエースとして知られていたわけじゃないだろ?それが最後はラーズグリーズになっているんだ。オーレリアの連中が、そんな風に化けることだってあるだろうさ」
「隊長はほんとラーズグリーズ好きですねぇ、相変わらず」
「アンタだってそうだろうが、ロベルタ」
「――レサス軍機のIFF反応確認。2時方向、敵影6」
ミッドガルツの冷静な声が、一同の頭にまるで冷や水をかけたかのように緊張感を呼び戻す。確かに彼の指摘のとおり、レサス軍のIFF反応を堂々と示しながら、敵影が横切るように進んでいる。方向から考えて、残党軍の航空部隊の退路遮断というよりは、パターソンへの増援なのだろう。程なくして、データリンクによって敵の情報がモニターへと出力される。敵はMig-29Aによる編成。パターソンに対する対地攻撃と制空戦闘を考慮に入れた機体選び、というわけだろう。航空部隊無きオーレリア軍にとっては、厄介な存在になる。
「――各機の判断において行動だ。全部落とすよ、いいね?」
「カイト2、了解」
「カイト5、ロベルタ、了解!!」
「カイト3了解。吶喊します!」
翼から白い雲を引きながら、カイト隊の5機が散開する。隊長機と5番機が機首を上に向けて上昇し、ファレーエフ中尉とミッドガルツは右旋回、敵の後方に回り込むつもりらしい。私は――そのままの高度を維持しつつ、スロットルを押し込む。先行して敵部隊の中に突入して撹乱、隊長機たちの到着を待って一気に制圧、そんなシナリオを頭に浮かべながら、全兵装のセーフティを解除。素早く機体に異常が無いことを確認して、意識を集中させる。レーダー上の敵機、針路変更なし。依然こちらの姿には気が付いていない。もっとも、気が付いてもらわないと困るのだが。敵と私との彼我距離は見る見る間に縮まり、レーダー上も敵影が目前へと迫る。――突入!しっかりと操縦桿を握り締めながら、心の中で叫び、そして前方を凝視した。敵機の黒い点がぽつり、と見えたかと思ううちに、その点は飛躍的に巨大な戦闘機の姿へと変わり、そして後方へと流れていった。
「のわっ、何だ!?」
「バカな、敵だ!!野郎、命知らずもいいところだ。敵は1機、血祭りに上げてやれ!!」
そんな簡単にやらせるもんですか。横槍を突き入れたことで混乱する敵機はようやく編隊を解き、後方から、そして左右から回り込んで包囲網を作ろうとしている。コクピットの中に、レーダー照射警報が耳障りな音を立てて危険を知らせている。恐怖が無いわけではないが、今は耐えるしかない。ぐい、と操縦桿を引き寄せてインメルマルターン。後方から追尾してきた敵機にヘッドオン。ミサイル攻撃を早々に諦めてガンモードを選択し、照準レティクルを睨み付ける。敵機の小さな点がその中に捉えられるのを確認してトリガーを引く。それよりも早く機体をバレルロールさせて照準を外した敵機から逆に狙われる。こちらもフットペダルを蹴飛ばして強引に機体を回転させ、放たれた曳光弾の筋をぎりぎり回避し、そして互いの機体が発する轟音と衝撃に揺さぶられながら通り過ぎる。敵機はまんまと飛び込んできた獲物の後背を取ろうと複雑なループを空に刻み、四方から私を狙う。囮としては、存分に逃げ回る必要があったが、レサス軍部隊はそれなりの腕前とチームワークを持った連中のようだった。だから、演技などする余裕も無く、私は本当に死に物狂いで逃げ回る羽目となっていたのである。身体に圧し掛かってくるGを歯を食いしばって耐え、機体を振り回す。胃袋は裏返りそうになり、視界がものすごい勢いでぐるぐると回る。メーカーの設計者たちは、およそ人間離れした体力と身体の持ち主を前提にして戦闘機を開発しているのだろうか?激しい機動に全身が軋み、悲鳴を挙げている。それでも操縦桿を操ることを止めるわけにはいかない。
「随分とイキのいい敵が残っていたもんだな。嬉しい限りだぜ」
「遊んでいる場合じゃないぞ。そろそろケリを付けよう」
「――どっちのケリだかね」
左急旋回、すぐさま機体を捻って急上昇。放たれたミサイルがほんの一瞬前まで私のいた空間を貫き、明後日の方向へと消えていく。首をめぐらせて周囲の状況を確認した私の視線の先で、敵機――Mig-29Aの姿が2機、真っ赤な炎に包まれ、そして破片をばら撒きながら四散した。誰がやったのか確認する間でも無い。遠目にも異形のフォルムの分かるADF-01Sと、ノリエガ少尉のYF-23Sが高空から急降下して戦域に突入する。衝突を回避しようと旋回した敵機が、無防備な背中を晒す。その後背にへばり付き、今度こそ復讐の牙を突き立てる。HUD上を滑るように動いたミサイルシーカーがMig-29Aの後姿を完全に捕捉したことを告げる。ロックオン、ファイア!軽い振動と共に翼から離れたミサイルが真っ白な排気煙を吹き出しながら敵機に襲いかかる。危地を知った敵機が慌てて加速しつつ旋回するが、間に合わない。それよりも早く獲物に到達したミサイルが炸裂し、晒された無防備な背中を引き裂いた。パイロットの断末魔が中途半端に千切られるように途絶し、ミサイルの破片を満身に浴びた敵機が黒煙を吹き出して痙攣する。新手の侵入、そして立て続けに3機を撃墜された光景を目の当たりにして、敵機に動揺が走る。
「おい、冗談じゃねぇぞ、オーレリアにこんな最新型がいるなんて話はないんだ!南十字星以外にもこんな奴らがいるってのか!?」
「慌てるな!これで戦力は五分と五分だ。最新型が何だ、俺たちがやればいいんだ!!」
交錯する攻撃の炎。ミサイルの残した排気煙を切り裂きながら戦闘機と戦闘機が噛み合い、攻撃を放つ。命中しないミサイルや期間砲弾は宙を貫き、複雑な飛行機雲のループが空を彩っていく。もともとドッグファイトに適した機体を操るレサス軍のパイロットたちは、彼らの持てる操縦技量を尽くして私たちに戦いを挑んでいた。だが仮に腕前が同じであれば、機体の性能差は勝利に重大な影響を及ぼすこととなる。ノリエガ少尉のYF-23Sがぐるりと速度を落としながらバレルロール。その機動に付いていけず直進した敵機が後背を晒す。その好機を逃すわけも無く、ぴたりと喰らい付いて敵機が今度は追いまわされる立場になる。グランディス隊長は――心配するまでも無く、鼻歌を口ずさみながら敵を追い回している。役者が余りに違い過ぎるのだ。私にはそこまでの余裕は無い。でも父もかつてはそうだったと言っていた。円卓の鬼神と呼ばれていたはずの人間にしてはあまりにも落差があるけれども、空での命のやり取りを純粋に楽しむことは出来なかった、と。それでも、好敵手との戦いには喩えようのない緊張と喜びを覚えたものだ、とも言っていた。私はどうだろう?まだまだ、自分が生き残ることしか考えられない。だから、今は目の前のことに集中する!敵機、旋回から流れるように機首を引き上げて上昇。そのノズルが出力を上げるのではなく、絞られている。罠だ。敵と機動を合わせるには加速がつき過ぎていた。操縦桿を左方向へと倒し、スロットルを押し込んで機体を加速させる。ぐい、と振られるようにGがかかり、機体が勢い良く跳ねる。少し敵から距離を稼いだところで、上昇へと転ずる。コロコルから水平に戻し、後背から先程の敵機が迫りつつあった。だが――私の後背を取ることはなかった。戦域を迂回して回りこんだファレーエフ中尉とミッドガルツが突入してきたのだ。至近距離からのガンアタックをまともに浴びて、蜂の巣になった胴体から黒煙を吐き出した敵機が追撃を諦めて離脱する。どうやら追い回すことに飽きたらしい隊長機からもミサイルが放たれ、哀れな敵機の翼がもぎ取られて空を舞う。キャノピーが飛んでパイロットが虚空へと打ち出される。大地に降りるまでの間、彼には呆然と戦いの後を見守る時間が与えられるのだろう。被弾した敵機を守るように最後の生き残りがその真横に付く。グランディス隊長が彼らを撃つことは無く、それを理解したからか、敵機が翼を何度かこちらに振って、そして離脱していった。
「――隊長も優しいときがあるようで」
「弱い者いじめはあまり好きじゃないのさ。ここんとこ、そんなのばっかだからねぇ、たまには善行も積みたくなるのさ」
戦闘終了。終わってみれば、私たちの完全勝利。でもこれは、これから始まる戦いのプロローグでしかなかった。突然聞こえたきたのは、オープン回線で放たれた絶叫だったのだから。
「大変です!!パターソンにレサス軍地上部隊が侵入し、留守部隊と戦闘中です!!レサス軍はコンビナート施設を狙って展開しているようで、友軍部隊も思うように攻撃出来ない模様!!」
そうか、彼らはまだ知らないのだ。パターソンに再びレサスが現れたということを。完全に動揺している通信士の声がそれを物語っている。だけど、彼らをここで終わらせないために私はここにいるのだ。
「……降伏するか……?」
しばらくの沈黙の末に聞こえてきたのは、呻くような、そして低い声だった。
「隊長……!」
「あー、駄目だ」
「おいおい隊長」
「いやファレーエフ、あたいだと脅迫になって逆効果だ。フィーナ、あんたに任せる。お先真っ暗の連中の目を開かせてやってくれ」
そんなこと言われたって!?……とはいえ、こんなときに何と呼びかければいいのか、皆迷っているのだ。普段から無口のミッドガルツは初めから論外だし……やっぱり自分しかいないのだ。すう、と息を吸い込んで、私はゆっくりと口を開いた。そう、私が呼びかけるのはオーレリアの南十字星。オープン回線に自分の声を乗せて、オーレリア軍残党軍とのファースト・コンタクトを始める。
「どうか、諦めないで下さい。こちらはカイト隊、グリフィス隊へ。プナ・ベースへの帰還を支援します。時間がありません、急いで!!」
編隊を組み直した私たちは、スタンドキャニオンの戦闘を終えた矢先に衝撃の一報を受けたグリフィス隊に合流すべく、空を駆ける。彼らとは異なり、私たちはまだ充分に弾薬を持っている。彼らを守り、そして共にパターソン解放のために戦う。南十字星と一緒に――。だから、こんなところで諦めないで!心の中の私の叫びが通じたのか分からない。でも、さっきの絶望的な声に比べれば、だいぶましな声が戻ってきた。
「敵か味方か……選択肢の余地は無いな。グリフィス1より、カイト隊のお嬢さん。こちらはとにかく弾が無い。申し訳ないが、支援をよろしく頼む。ファクト少尉、ジャス、スコット、プナへ向かうぞ」
「フン、上出来だよ、フィーナ。それに向こうにも骨のある男がいるみたいだ。さあ、これからが本番だ。うちもしっかりと気を引き締めていくよ!!」
そして私たちはついに合流を果たす。眼下に見下ろした雲の上を、珍しい前進翼の機体が飛んでいる。その尾翼の、南半球のシンボルが気安い笑いを浮かべて私を見つめていた。あれが、オーレリアの南十字星。そう認識した私の心が、独り踊った。

――やっと、会えたわね。

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