共闘、南十字星
オーレリア残党軍がレサスから奪い取ったプナ平原の補給基地は、レサスが本気でこの地を重要拠点に仕上げようとしていたことが分かるほど本格的なものであった。残党軍の主力がパターソンに移ってしまった今となっては、僅かな防衛隊と整備隊、それに基地維持のための後方部隊のみが残存しているだけ。仮にレサスがグレイプニルでも持ってきた日には1時間と経たず壊滅するのは間違いない。それでも、残っている者たちの目には光があった。――こういう連中は本当に強い。兵器や信念とか、そういったものに頼らずとも、自分たちの心の強さを知っている者たちだけが出来る、自然な強さを持った兵士の目だ。まさか、こんな辺境でこんないいモンを見られるとはねぇ。グランディスは僅かな休憩時間を得て、オーレリア唯一の実戦航空部隊となったグリフィス隊と共に降り立ったカイト隊の機体に補給を施す整備兵たちの姿を見ながら笑った。気のいい奴らと共に戦えるのは、何よりの幸運なのだから。
「オーレリアもなかなか捨てたモンじゃありませんな、隊長」
ファレーエフが汗一つかかない姿で、差し入れのイオン飲料を差し出していた。
「サンキュ、気が利くね」
「なに、癖ですな、私の」
苦笑を浮かべるファレーエフだが、柔と剛を適切に使い分けられる数少ない男を隊の一員と出来たことについて、グランディスは心の底から感謝したものである。それ以外に感謝したことといえば、ADF-01Sの搭乗を認められたことと、「円卓の鬼神」の娘の後見人たる立場を得たことくらいのものだったが――。黒い戦闘機の群れたちの向こうには、グリフィス隊の使い込まれたF-16C、そして唯一の異形の機体が翼を休めている。
「それにしてもグランダー……いや、ゼネラルの連中、オーレリアの資本力を格好の収入源にしていたんだねぇ。奴ら、きっとオーレリア以外の国でも色々とやらかしているのは間違いないね」
「同感です。そうでなければあの機体……確かXR-45でしたな?あれがオーレリアで運用されているなんて話はありませんからな」
「ま、その機体がレサスにとっちゃ脅威となってるんだから、因果応報、自業自得ってもんだろうよ」
そのXR-45の向こう側のベンチに、グリフィス隊の一員である若者たちの姿がある。いや、少年たちと言った方が適切か。そのうちの一人は男にしては小柄で、きっと女装させたら見分けが付かない様な顔の少年であることに、グランディスは驚いた。少年、それも正規のパイロットでない子供が空に上がり、戦闘経験豊富なレサス軍と充分に渡り合っているのだから。しかも、あの綺麗な少年こそが、レサスを脅えさせている「南十字星」の正体だと知った日には、辛酸を舐めさせられた者たちが一斉に呆然とするに違いなかった。そして、既に呆然としている者が身近にもいたことを、グランディスは思い出した。視線を転じた先に、ベンチに座って頬杖を付いているフィーナ・ラル・ノヴォトニーの姿がある。
「百年の恋も冷める……という奴かな?」
「まぁ、フィーナの気持ちも分からないでもないですが……落胆するのは彼の飛ぶ姿を見てからでも遅くは無いと私は思いますがね」
「ほぅ、ファレーエフもそう思うかい。あの坊ちゃん、なかなか出来る、と?」
ファレーエフは無言で頷き再び異形の機体――XR-45に視線を転じた。彼の言うとおり、あの線の細い若者には、空気というか雰囲気が確かにある。正規兵ですらないのに、もう一人の坊主と共に今日まで生き延びてきただけのことはある。だがそれだけでは説明しきれない「何か」があるのだ。虎の子と猫の子を見誤ること無かれ、とは良く言うが、あれは間違いなく「虎の子」の方だとグランディスは確信している。さて……こういうときは、少しショック療法といくかねぇ。
「……あのぉ、少しよろしいですか?」
「あん?ああ、早いね、もう終わったのかい?」
「いえそれが……」
申し訳なさそうな、そして当惑したような表情を浮かべた整備兵たちの群れが視界に入る。なんだい、そういうことかい。既に翼の下から燃料補給用のパイプが伸びている4機とは異なり、ADF-01Sだけは相変わらずそのままだ。まったく、これだから田舎の基地は……。先程までの言葉はどこへやら、足早に歩き始めたグランディスは、腹の底に力を入れて大声を張り上げた。
「もたもたしてんじゃないよ!!指示出してやるから、言うとおりに動け!!いいね!?」

そんなことって……。
視線の先に、私の期待していた「人物」はいる。でも、まさか、そんな――。というより、そこまで追い詰められていたとは予想外だった。オーレリアのトップエースの一人と名高いブルース・マクレーンはともかくとして、その部下のパイロットが「南十字星」だと思っていたのに、実際は……子供だなんて。相方の少年と一緒にベンチに腰掛けている姿は、まるで飛行訓練を控えた航空学校生のものだ。"一目でこれだと決めて後は攻めの一手"……ごめんなさい、お母さん、その手が使える相手じゃありませんでした……。ぱっと見たら女と間違えそうな顔だち。男としては小柄な背格好。彼に葬られてきたレサスの兵士たちが実態を知った日には、きっと私同様に呆然として、そしてわが身を呪うに違いない。"俺たちはこんな奴にしてやられたのか"、と。
「……私、馬鹿みたい……」
誰にも聞こえないように下を向いて、そっと呟く。別に父と母のようなドラマティックな出会いを期待していたわけではないけれども、いくらなんでもこれはないよ――。世の中、何でも思い通りにならないとは言うけれども……。
「おい……大丈夫か?」
「はひっ!」
背後からかけられた声に飛び上がるようにして立ち上がると、苦笑を浮かべた整備兵の顔がそこにあった。
「脅かして悪かった……いやな、アンタらには礼を言わなきゃと思ってたんだ。隊長さんは、あの怖い姉御でいいのかな?」
「あ、ええ、そうです。でも今は……」
「ああ見りゃ分かる。今行ったら戻ってこれなさそうな気がするからな」
グランディス隊長の大声がここまで聞こえてくる。まるでシルメリィの艦内と同じように、オーレリアの整備兵たちがこき使われて走り回っていた。見慣れた光景に、思わず苦笑が浮かんでくる。どこに行ってもまず変わらない隊長の姿は、確かに隊員たちを落ち着かせる効果はあるに違いない。そして同時に、カイト隊の鬼隊長の存在を否応無くアピールすることになり、その話には背びれ尾ひれがついて、カイト隊の派遣された先々に伝説を残すことになる。
「一つ、お聞きしてもいいですか?」
「ん?機体の事なら安心してくれ。お嬢さんたちの機体は俺たちでも何とかなっているから――」
「いえ、グリフィス隊の……いえ、あの異形の機体に乗っているのって……」
「ああ、ジャス坊のことだよな。ふふ、見かけは華奢なんだがなぁ、今の俺たちがあるのはアイツのおかげなんだぜ、お嬢さん」
まるで子供のことを語るのかのように、その整備兵は南十字星の――ジャスティン・ロッソ・ガイオという名の少年のことを嬉しそうに教えてくれた。絶体絶命の危機に追い込まれたオーブリー基地でただ一人、あの化け物の機体で空に上がり、その小さい身体に仲間たちの大きな期待とプレッシャーを背負いながら飛び続けている、一人の若者の姿を。その話を聞きながら、私は自分の心の中のわだかまりが少しずつ解きほぐされていくことに気が付いていた。勝手に広まっていく噂、それに翻弄されて本来の自身の姿とのギャップと周りのプレッシャーに悩み続ける人間の姿、それは身近で見ていた人のものと同じだったから。
「あいつは、俺たちの希望なのさ。あいつがやる気なら、俺たち大人も応えてやらなきゃ、情けないしな」
そう言いながら笑う整備兵。この基地の兵士たちはとても残党軍とは思えないほど楽観的だ。もしパターソンが陥落すれば、今度こそレサスの勝利は確実なものになるというのに、彼らはどうやら希望を捨てていないし、むしろ勝利を確信しているかのように笑っているのだ。彼らをそうさせるだけの「何か」が、もしかしたら彼にはあるのかもしれない。「南十字星」と呼ばれる所以は、異形の機体を操っていることからついたものではあるまい。"フクロウの目を持つ男"、"ハゲ鷹"、"片羽"、それに"円卓の鬼神"――そういった、歴史に名を残したエースたちがそうであったように、あの少年にも尋常ではない本性があるのだろう。相方とじゃれ合っている姿は、やはり年相応か。でもそんな少年が、身体を張って飛び続け、そして大人たちの信頼を得ているのは紛れも無い事実。見てみたい。彼の飛ぶ姿を、すぐ側で。あれこれ考えるのは、彼の背中を預かってからでもいいじゃないか――そんな気分になって来た。
「――大丈夫ですよ。今回は私たちもいますから」
「それを俺たちも願っているよ。ジャス坊たちを、よろしく頼む」
にやり、と笑いながら脱帽して敬礼した整備兵に、こちらも笑いながら敬礼を返す。そう、そのために私たちは来たのだから。
プナ・ベースの補給時間はまさにつかの間の休息というもので、グリフィス隊と合流する前の戦闘で消費した弾薬と燃料を補充してとんぼ返りするようなものだった。だけど、彼らに比べれば私たちの疲れなど軽いものに違いない。グリフィス隊の面々は、スタンドキャニオンの渓谷内を戦闘機で飛ぶという難事を終えたうえで再び空に上がっているのだ。通常なら絶対にやらない危険な状態に違いない。でも、残党軍の航空戦力は、彼らしかいないのだ。
「クラックスより、グリフィス隊、カイト隊へ。パターソン市内の戦闘は未だ続いています。ただ、レサス軍の狙いはコンビナート地区にあったようです。彼らは、言わばライフラインたる石油タンクの類を人質にとって、増援部隊到着までの時間を稼ごうとしているようです。市街地中心部及びパターソン航空基地周辺部は、バーグマン隊の奮戦もあって持ち堪えています。……早く、助け出してあげないと!」
先行するグリフィス隊の後ろを、私たちの編隊が追う。ダイヤモンドの最後尾に付いたXR-45の尾翼には、トレードマークの南十字星が気安い笑いを浮かべている。もともとは既に壊滅した本来のグリフィス隊のものだったらしいが、今では「彼」のトレードマークだ。私たちはプナからパターソンへの道のりを急行している。少し前、パターソンを残党軍が襲撃したときのルートを飛行しながら。レサス軍による迎撃が隊長と向こうのマクレーン中尉の懸念事項だったようだが、幸い私たちの行く手を阻む部隊との遭遇は無く、思ったよりも早く私たちはパターソンの街並みを視界に捉えることが出来た。南方の街特有の色とりどりの屋根の先には、工業コンビナートとオフィスビルの群れが広がり、何本もの黒煙が街から空へとなびいている。時折街角に見える赤い光は、砲撃の応酬が今尚続いている証拠だ。広域レーダーで確認する限り、市街地側の中心部にレサス軍は未だ到達出来ずにいる。しかし、残党軍の戦力がほとんど展開していなかった工業コンビナート地帯、中でも原油タンクの並ぶエリアは完全にレサスの勢力下に置かれていた。しかも多くの戦闘車両が、原油タンクの合間に展開している。戦車部隊とセットで対空戦闘車が並んでいるのは、私たちの襲撃を予期してのことだ。
「……気に入らないねぇ。コソコソとタンクの陰に隠れた変質者たちめ」
「カイト2より、カイト・リーダー。側面及び斜め上方からの攻撃はタンクへの命中の危険性アリ。真上ないしは低空からの正面突破が有効と判断します」
「お望み通りにしてやろうじゃないか。あたいはあの手の連中が一番嫌いなんだ。ノリエガ、ミッドガルツ、ファレーエフは私に続け。徹底的に焼き尽くしてやるよ」
「あ、あの、私は?」
きっとマスクの下で豪快な笑みをグランディス隊長は浮かべているに違いない。いや、隊長だけでなく、ファレーエフ中尉たちもだろうか。
「ま、そういうこった。フィーナ、アンタはあの坊やのお守りだ。オーレリアの連中の秘蔵っ子をこんなところで死なせたくはないからね。さあ、時間が無い、とっとと行くよ!!」
「カイト5了解。フィーナ、仲良くね」
「さあ、卑怯者に制裁の時間だ」
ぐるりと豪快に機体をローリングさせて降下する隊長機に続いて高度を下げていく仲間たちから一人離れ、私は「南十字星」のXR-45の後方に付いた。彼もまた仲間たちから一人離れ、コンビナート地区上空をホバリングしている戦闘ヘリ群へと向かう。アフターバーナーに火が灯り、赤い炎を吹き出しながら轟然と加速するグリフィス4。私たちの前方に展開する戦闘ヘリは早くも私たちの接近を察知して機首の向きを変えつつある。しかも彼らの機首の機関砲は、パイロットの視線に連動している厄介な代物だ。案の定、こちらを捕捉した機関砲が火を吹き、機関砲弾の雨が私たちへと襲い掛かった。無謀な突進に見えたXR-45の機体がローリングしつつ横へと跳ぶ。私も攻撃を回避しつつ、素早くホバリング中の1機にレーダーロック。空中で静止しているAH-64を捉えるのに然程の時間は必要なく、コクピット内に鳴り響く電子音を確認して、この戦場での最初の攻撃を放つ。機体右側のウェポン・ベイ・ハッチが開き、ミサイルが獲物へ向かって疾走を開始する。瞬く間に私とグリフィス4を追い抜いたミサイルは、白い排気煙を引いてAH-64の細長い胴体へと突き刺さった。炸裂するエネルギーによって引き裂かれた敵機は、文字通り木っ端微塵になって砕け散る。空の脅威を排除したグリフィス4、180°ロール。こちらも続いて機体を回し、そしてスプリットS。身体にぐぐっ、とGが圧し掛かる。それもかなりの勢いで。あの機体を操るジャスティンという名の少年も同じような状態のはずなのに、まるでそんなことを感じさせない滑らかな動きでXR-45が低空へと舞い降りる。その向かう先にいるのは、タンクの狭間に陣取った敵戦闘車両の一群だ。レサス軍の主力戦車に混じって、こちらに照準を定めつつあるのは――罠だ!敵は私たちが降下してくるのを神経を研ぎ澄まして待ち受けていたのだ。
「前方車輌群にSAM戦闘車!かわして!!」
叫ぶのと、敵がミサイルを放つのはほぼ同時だったろう。空へと撃ち出されたミサイルは2本。白い排気煙を吐き出してこちらへと向かってくる刺客に対し、グリフィス4は右方向へと水平に"跳んだ"。目標を見失ったミサイルが、つい先ほどまで獲物のいた空間を貫き、後方へと飛び去っていく。攻撃の報復は、それほどの時間を置かずに敵へと襲い掛かった。XR-45から放たれた機関砲弾は土煙を上げながら敵戦闘車輌へと吸い込まれていき、そして炸裂した。直撃を被った対空ミサイル戦闘車が血の代わりにオイルと煙を吹き出して動かなくなり、大きな命中痕を穿たれた戦車が炎を噴き出す。タンクの間の狭間は、確かにこちらの攻撃を封じる壁にはもってこいだ。けれど、一度突入されてしまえば、そこは逃げ場の無い空間でしかない。私もその狭間に飛び込み、照準レティクルの中に入った敵目掛けてガンアタック。そのまま一気に抜けた私たちは、さらにその前方にいた敵車輌群へと襲い掛かった。対空砲が放たれるが、正確な照準も付けられていない攻撃が当たるはずも無い。交錯する火線。吹き上がる炎と黒煙。先程の集中攻撃が正確に再現され、逃げ場の無い敵部隊が次々と炎に包まれていく。慌てて逃げ惑う兵士たちから見れば、きっと私たちは翼を持った死神のように見えるのだろう。特に、漆黒に塗装された私たちの機体は。
「馬鹿な……!?奴らには盾が通用しないぞ!!」
「あんなのはやせ我慢の偶然だ。鼻先に弾丸のシャワーを浴びせてやれ!!」
強気の言葉は同様の裏返し。必殺の戦法を覆されたレサス軍部隊がコンビナート施設を巻き添えにした焦土戦法に切り替えてきたらこちらも苦戦を強いられたのだろうが、彼らは最初の戦法に固執した。そして、攻略方法を見抜いた私たちの手によって次々と葬られていった。
「――踏ん張った甲斐があったというものだな。バーグマン・リーダーよりグリフィス隊、それにカイト隊。支援に感謝する!ついでに情報だ。ミラー隊の主力がそちらに向けて移動を開始している。やれるか!?」
「クラックスより各隊へ、地上部隊は無論損害を受けてはいますが健在です。それよりも、敵の増援部隊がコンビナート区域に向けて進軍中。彼らを進ませるわけにはいきません。食い止めてください!!」
「こちらグリフィス1。今日はあっちこっち、本当に忙しい日だぜ、本当によ!」
別方向から進撃する敵部隊に対してグリフィス隊と隊長たちが転進する。そして、敵増援の到着と共に航空戦力も戦域に接近しつつあることを確認する。それはデータリンクを通じて、「南十字星」の知るところとなる。控えめの声が聞こえてきたのは、どうやら少しの間逡巡した後のようだった。
「グリフィス4より、ええと……」
それはやはり、戦場を自在に駆けるエースのものではなく、等身大の若者の声だった。
「カイト3です。何か?」
「いえ、敵迎撃機部隊の排除に向かいます。支援をよろしくお願いします」
何となく背中の辺りがこそばゆい。頼まれなくても、私は勿論その気なのだから。
「了解です。こちらこそ、お願いします」
先行するXR-45。彼の飛び方はまだまだ荒削りかもしれないけれども、瞬時の判断力と瞬発力、何より機体を操る能力、それに耐G耐性の強さはずば抜けていた。正直、その機動に付いていく方は大変だ。ちょっとは気遣ってよ、と愚痴の一つもたれたくなる。私の乗る機体も最新鋭と呼ぶべき代物であったが、彼の機体はさらにその上を行く。パイロットに係る負担も相当であるはずなのに、彼は平然とそれを受け入れて一見無茶に見える機動を難なくこなしていくのだった。それこそ、レサスの兵士をして「南十字星」と謂わしめた所以に違いない。正規の訓練や教育に縛られない、言わば野生の飛び方だ。敵迎撃機部隊はこちらの針路に合わせて旋回する。対地攻撃に向かう仲間たちを守るべく、私たちは敵機の真正面に占位した。ヘッドトゥヘッド。HUD上を、レーダーに連動したミサイルシーカーが慌しく動き回る。敵はF-14Dの群れ。針路変更の意志はないらしい。それはそうだ。数の上では私たちを圧倒しているのだから。だがそこに油断は生じる。見る見る間に縮まる彼我距離。射程内に敵を捉えた瞬間トリガーを引き、機体をローリングさせて素早く移動する。やがて轟音と衝撃で互いの機体を激しく揺さぶりながら、双方の機体がすれ違った。空に膨れ上がった真っ赤な火の玉が、敵機撃墜の何よりの証。速度を維持したまま、グリフィス4は対地攻撃部隊に狙いを定めている敵の一隊に襲いかかろうとしていた。グリフィス4、牽制攻撃。だがその意図は敵に見抜かれているのだろう。散開した敵部隊ではあったが、一方は執拗に追撃を継続し、一旦は回避機動に移った一隊も私たちの後背を取らんと様子を伺っているようだった。迷っている暇は無い。先行する追撃隊を葬らないことには、こちらに損害が出る。スロットルをさらに押し込もうとした矢先だった。
「グリフィス4より、カイト3。僕……いえ自分は前方の敵を狙います。あなたはもう一隊を!」
そんなことが出来るわけ無いじゃない!それでは私たちも戦力分散の愚を犯してしまう。
「ネガティブ。それでは前方の味方機に損害が出る。私の任務は、あなたの背中を守ること」
「もっと広い目で戦場を見ることだ、坊や。カイト3の戦況を見極める目は誰よりも正確なんだ。今日戦場にいるのは、君らの部隊だけじゃない。お前さんはまだまだ未熟!」
「南十字星」の少年に痛烈な言葉を投げて、対地攻撃に向けて降下中だったファレーエフ中尉が急上昇に転じた。まさに、空を切り裂くような機動で一気に高空へと舞い上がっていく。ゆっくりとループを描いていた敵機は、突然目前に出現した狩人に対抗する術を持たなかった。呆気ないほど簡単に、ファレーエフ中尉のF-22Sの牙に引き裂かれていく。1機がミサイルの洗礼を浴びて爆発四散し、もう1機は後背に喰らい付かれて逃げ惑う。その間に対地攻撃隊は、敵の増援部隊に対して攻撃を開始する。その後方、現在では旧式になったとはいえ高性能を誇るF-14Dが追いすがる。ようやくその尻尾に喰らい付いた私たちは、すかさず攻撃態勢に入った。これだけの加速が付いている以上、なかなか急激な機動を取ることは難しい。程なくロックオン、発射!右側面ウェポン・ベイのドア解放、投下されたミサイルのエンジンに数秒後火が入って轟然と加速していく。危機を察知した敵機が急減速、急旋回で逃れようとするが既に遅い。胴体の真ん中に突き刺さったミサイルは、その破壊的衝動を一気に解放した。膨れ上がった爆炎はF-14Dの身体をばらばらに引き裂き、炎の塊へと姿を変えていったのである。上空の支援を満足に受けられないまま、敵増援部隊も対地攻撃隊の手によって次々と葬られていく。必勝のはずの戦略は全面的潰走の一歩手前になっていた。そして、レサス軍にとっては更なる不幸が襲いかかる。
「司令部より緊急入電!我が隊の後方から、敵地上戦力多数接近!!このままでは退路が断たれます!!」
「まさか、冗談だろ!?敵にそんな別働隊を編成する戦力があったとでも言うのか!!」
どうやら、グリフィス隊が救出した地上部隊のファインプレーのようだ。恐らく、彼らはわざわざその姿を晒してサンタエルバへと続くルートを遮断するふりをしたのだ。パターソン奪還がならない場合のレサス軍の撤退先は、そこしかないのだから、帰り道を失うことは何より彼らが恐れることだ。地上部隊の支援は、この際一個師団に勝る増援と言っても良かっただろう。そして、甚大な損害を出したレサス軍に、ついに撤退命令が出される。コンビナート地区へと侵入しようとしていた増援隊が踵を返して、パターソンから去っていく。友軍の通信士たちが何度も何度も繰り返して、その事実を叫びながら伝える。仲間たちの歓声が交信を満たした。レサス軍は、全方面において、パターソン市街からの撤退を開始したのである。
「イヤッホー!!やった、やったで!!」
「ギリギリの勝利って奴か。ま、素直に喜んどくか」
「嫌味叩いてないで、素直に大喜びしたらどうですか、隊長?」
グリフィス隊の面々が、奇跡と言っても良い勝利に素直じゃない感想を漏らしている。最初の一声を除いて。だがこの勝利は非常に大きなものになるに違いない。これまでとは異なり、レサス軍は本腰を入れてパターソンの奪還を企図したのだ。ほぼ正面からの激突、戦力的に劣勢にある残党軍がこれを追い返したとなれば、順調だったレサスによるオーレリア占領政策に初めて公式に土が付くことになるのだから――。戦闘終了を確認して、私は少しだけ緊張をほどいた。傍らには、健在のXR-45の姿がある。
「――今日はありがとうございました。おかげで、今日も生き延びることが出来ました。それと……すみませんでした」
神妙な声が、その姿から聞こえてきた。さっきの一件を気にしているのだろうか?戦闘中故に、少し冷たく切り返してしまったかもしれない。でも……すぐ傍で飛んでみて、私は納得した。彼の潜在的な能力は、まだまだ発展途上にあることを。今の状態でこれほどなのだ。もし、この戦争を生き延び続けとしたら、恐るべき戦闘能力を持ったエースパイロットに育っていくに違いない。私は相手が子供であったことに落胆した自分が恥ずかしくなった。彼は――ジャスティン・ロッソ・ガイオは、彼が背負うにはあまりにも重過ぎる重圧を背負って、なおも強く羽ばたこうとしている。それに比べたら、私の悩みなどほんの些細なものでしかない。幸い、私たちはこれからも彼らと共にあり続ける。その後姿を守っていきたい――そんなことを考えながら、私は返信のスイッチを押した。
「大丈夫、あなたはもっと強く飛べるようになるわ。だから、自信を持って」
返事は戻ってこなかった。でも、微かに聞こえてきた嗚咽の声が、私には最高の返事だった。

かくして、レサス軍パターソン侵攻部隊は作戦の全面中止を宣言して撤退する。
オーレリア残党軍に合流して、初めての大勝利。それは、グリフィス隊との初めての共闘。そして私にとっては――南十字星との初めての邂逅となった。

南十字星の記憶&偽りの空 トップページへ戻る

トップページへ戻る