ターミナスの氷海を越えて
南半球の暖かい景色は姿を消し、周囲には南極から流れてきたのかもしれない氷山の欠片が音もなく佇んでいる。今頃航海士やソナー士たちは大忙しだろう。甲板上の兵士たちも厚手の服を着込んだ完全武装で歩き回っているのが見える。30℃越えの街から氷点下の海へ。全く、身体に優しいことなど全く無い状況下、シルメリィ艦隊とオーレリア第1艦隊の混成部隊はターミナス島に向けて航海を続けている。本来なら、この凍てついた海の上で葬るはずだった最大の攻略目標グレイプニルは、オーレリア第2・第3艦隊の勇み足で失敗に終わった。だが、その犠牲が二つの朗報をもたらした。一つは、グレイプニルの隠されていたもう一つの秘密兵器。SWBMと同等の破壊力を持つ近距離砲の存在が明るみに出たことで、サンタエルバ攻略作戦計画は大幅な修正を強いられる。だが陸上戦力を無駄に消耗させないで済むと考えれば幸運であろう。そしてもう一つは、オーレリア艦隊のターミナス島海域侵入によって、グレイプニルをはじめとしたレサス軍の主力がサンタエルバへと引き上げたこと、その結果、艦隊戦力は残っているとはいえ防御が手薄となり、同島に捕えられているオーレリアの研究者たちを救出する目途がたったことだ。彼らはグレイプニルの整備や改良に強制的に参加させられていたということで、サンタエルバ攻略のためには避けられないグレイプニルとの決戦に関して、何か良い情報を持っているかもしれない。基地守備隊の手で始末される前に、救い出す価値が充分にあったのである。
「それにしても、申し訳ないことをしたもんだ。この期に及んで欲の皮が膨れた結果とはいえ、何とも情けない限りだわい」
「ハイレディン提督、貴方の責任ではありませんよ」
……アンダーセン提督が、まさに叩き上げの艦隊司令官という容貌だったとすれば、アルウォールの隣にいる男は叩き上げの船乗りと呼ぶに相応しい。大柄な筋肉質の身体、丸太のように太い腕、下手に残っているよりは剃っちまったほうが楽ということでスキンヘッド。そしてグリフィス隊の「南十字星」が操るXR-45Sの主任整備士に劣らぬ虎髭が口の周りを覆っている。オーレリア第1艦隊司令官、セルバンテス・ハイレディン中将その人である。余り歴史に詳しくないアルウォールも、「ハイレディン」の姓を持つ一族のことは知っている。そう、かつて南オーシアから現在のオーレッド湾にかけての広い海域で、名を馳せた海賊艦隊があった。その中に、「泣く子も黙る」鬼の一団としてハイレディン一族の名が記されている。未だに船乗り一族と自ら語った何十代目かの頭首は、海賊船から正規軍の軍用艦艇に乗艦を替えて、今尚洋上に在り続けている。
「平和な時代が長すぎたのかもしれない……。戦いの何たるかも知らないような連中ばかり居座るようになって、確かに息苦しい毎日だったからな。まぁいいさ、こうして「カノンシード」の名艦長殿と轡を並べて戦うことが出来る。退役前に、軍人らしい仕事がようやく出来るというものさ」
がっはっは、と腕を組みながら笑うハイレディンの姿には、全く嫌味とかそんなものが無い。だが、見かけの豪快さの裏側に、冷静な思考と長年の経験に基づいた理性がしっかりと根を下ろしていることをアルウォールは看破した。実戦において、こういう相棒を得られることほど心強いことは無い。ベルカ事変の時にはアネカワやガイヤたちがいたように、今回の戦いではカイト隊をはじめとした空の猛者たち、それにオーレリア艦隊の精鋭がいるのだから。恐れる物は、何も無い。
「それでは、久しぶりの艦隊戦といきましょうか。この海はオーレリアのものであることを、レサス軍に教えてやるために」
ハイレディンがにやりと笑う。
「その通り。二度と我々に楯突かないように躾てやらんと」
嬉しそうに髭を震わせるハイレディンの姿には、やはりどう見ても海賊服が似合うと、アルウォールは苦笑しながら思った。彼らの視線の先に、ターミナス島の白い姿が広がる。その手前には、彼らを阻止せんと、レサス軍の艦隊兵力が待ち受けているはずだった。
キャノピーの外に広がる光景は、雪の白と海面の灰色、そればかり。そして、シルメリィ艦隊・オーレリア第1艦隊の艦船。シルメリィから飛び立った私たちは上空で合流して編隊を組み、ターミナス島を目指している。さらに、この作戦の「本隊」たるオーレリア海軍の潜水艦「ナイアッド」がターミナス島の上陸ポイントに向けて隠密航行中のはずだ。ターミナス島海域には結構な数のレサス軍艦艇が集結している。彼らの目をこちらに充分に引き付けるために、アルウォール司令たちは敢えて正面からの艦隊決戦を挑むつもりだった。オズワルド特務准尉の言葉を借りるなら、「ついでに叩き潰しておこうということさ」――作戦開始を告げるナイアッドからの通信を待って、私たちは艦隊上空をゆっくりと旋回するように飛行を続ける。
「カイト5よりカイト3、残念ね、今日は"彼"がいなくて」
やっぱりこの部隊の人たちは人が悪い。ジャスティンとの話を終えて、少しばかり小走りに基地の格納庫へと戻ってきた私は、埠頭のコンテナの陰に隠れてこちらを伺っているミッドガルツにファレーエフ中尉、そしてグランディス隊長の姿を見つけてしまった。隊長の肩にはまだ意識を回復していないジャスティンの相方が担がれたままで、さすがにバツの悪そうな苦笑を浮かべて隊長たちが私を出迎えてくれた。当然と言えば当然の結果だが、特に隊長などは「円卓の鬼神からの預り物に近づく虫の判断が必要」と根掘り葉掘り聞きたがるし、ミッドガルツはお前も同類とばかりに嬉しそうに笑う。ファレーエフ中尉やノリエガ少尉に至っては、「フィーナにも遅咲きの春がやってきた……」と言って微笑する始末。そんな状況なので、今日目の前に彼の姿が無いことにちょっとほっとすると同時に、何だか寂しいような気もする。今頃、彼はレサス軍の航空部隊とやり合っているに違いない。相手方に相当な腕前のエースが出てくるならともかく、彼ならば、ジャスティンならば難なく作戦をやり遂げるだろう。それは間違いないのだが、やっぱり心配ではある。
「ノリエガ、あんまりいじめてやりなさんなよ。まぁ、見た目は華奢だが、なかなか骨があって良さそうな坊やさ」
「グランディス隊長、例の担いできた方の坊やはどうなんです?」
「あれはまだまだ使えんさ。まぁ、こっちのシゴキに最後まで付き合ってた神経の図太さは大したもんだが。ありゃ、見た目以上にしつこい性格と見たよ」
「つまり、それなりに気に入ったということだな、隊長?」
「こらファレーエフ。……ま、否定はしないさね」
もっとも、そのお気に入り認定されたスコットがその後どう遇されたかを私は知っている。最後までシミュレーターに付き合わされた挙句疲労と緊張で気絶した彼は、「目覚まし」代わりにそのまま海へなげこまれたのである。それ以降、必死になって隊長から逃れようとしているのが良く分かり、気の毒ですらあった。今日までジャスティンと共に生き残った来たことは、彼もまた尋常の腕前ではないことを照明してはいるのだが。
「――こちら「ナイアッド」。攻撃部隊、聞こえるか?待たせたな、作戦海域に到着した。一つ派手な花火を頼む」
「こちら巡洋艦タラッサ、任されたぜ!」
「バカッタレ、俺が応える前に答える奴がいるか?こちらハイレディン、水中から見えるくらい派手にやってやるぜ」
オーレリア艦隊の艦艇が速度を上げて動き出す。大きな氷山の陰から滑り出すように、整然と隊列を組んで進んでいく様は、上空から見ているとなかなか綺麗だ。
「それから、上空の航空部隊、よろしく頼む」
「こちらカイト・リーダー。安心しな、盛大にぶっ放してやるよ。そっちこそ操艦ミスって氷山にキスすんじゃないよ」
グランディス隊長が楽しそうに笑いながら憎まれ口を叩く。シルメリィ艦内で指揮を取っているアルウォール司令は、毒舌と皮肉の応酬が収まるのを待って、シルメリィ艦隊の艦艇に出動を命じる。オーレリア艦隊と連携して、レサス軍艦隊を左右から包み込むように進撃を開始する。さあいよいよだ。もう一度愛機のコンディションを確認し、残弾数をチェック。コンディション、オールグリーン。いつでもいける。私は気合を入れ直して、その時を待った。
「――こちら、シルメリィ隊司令、アルウォールだ。全軍、作戦開始!!」
戦闘艦艇の主砲が一斉に轟きを挙げる。ターミナス島海戦の、これが幕開けだった。
砲撃の応酬は苛烈を極め、直撃を被った艦艇から火柱が上がる。無数の水柱が水面を叩き、頭上から舞い降りる凍てつく海水を浴びながら反撃の砲火が放たれる。ターミナス島海域に侵入したオーレリア艦隊とシルメリィ艦隊は、円形陣を組んだレサス艦隊に対して左右からの挟撃を以って襲い掛かったのである。アルウォール司令の指揮能力については全く疑う余地すら私は感じていなかったが、驚いたのはオーレリア艦隊の方だった。艦長というより船乗りという雰囲気の良く似合うハイレディン提督は、何と旗艦自ら先陣に立って敵艦隊への攻撃を仕掛けていたのである。シルメリィ隊に先駆けて突入したオーレリア艦隊には当然レサス軍の攻撃が集中した。だがオーレリア艦隊も負けてはいない。巧みな操艦で直撃を避けつつ、猛烈な斉射を以ってレサスに報いたのである。彼らの攻撃方法は極めてシンプル。ただその効果は絶大だった。彼らは複数艦艇の砲門を一隻に向けて放っていたのである。運の悪い敵艦は、同時に数発の直撃を被って、瞬く間に炎に包まれた。予想外の猛攻に同様し始めたレサス軍艦隊に、遅れてシルメリィ艦隊が戦端を開く。オーレリア艦隊、そのタイミングを計って転進。レサス軍艦隊の前方から左側面至近距離をすれ違う針路を取って、さらに猛烈な攻撃を仕掛けていく。無傷の艦は無かったが、致命的な損害を被っている艦も無い。
「さあ、あたいらも行くよ!!」
アフターバーナーを焚きつつ、グランディス隊長のADF-01Sが急降下。私たちもそれに続いて低空へと舞い降りていく。その間に攻撃目標を定め、水平に戻すと同時に散開。今回は、隊長の愛する戦術レーザーが使えない。ただでさえメンテナンスが大変な代物を整備班が言うには「無茶に」使ったせいで、分解整備を余儀なくされてしまったのだ。もっとも、戦術レーザーが無いからといって、隊長機の凶悪さが無くなる訳ではない。ADF-01Sの大推力エンジンを以ってすれば、多くの爆弾を翼下に積んだとしても何ら問題ないのだから。敵艦艇から放たれた対空砲火を嘲笑うように潜り抜け、私たちはそれぞれの目標めがけて突入した。先頭を行くグランディス隊長の放つGPB――精密誘導爆弾が、過たず敵艦の左舷に突き刺さる。火柱が2本、空へと吹き上がり、衝撃によって艦隊が大きく傾ぐ。私も負けてはいられない。対空砲火の火線をローリングしながら回避しつつ、狙いを慎重に定めていく。対空戦闘を念頭に入れて、私は爆弾を搭載してはいない。しかし、ミサイル攻撃の威力は伊達ではない。ミサイルシーカーが敵艦の姿をはっきりと捉えるのを確認して、ミサイル発射。放たれたミサイルに対してCIWSの放つ機関砲弾が殺到するが、捉えられない。敵艦左舷を直撃したミサイルが炸裂し、装甲と構造物を引き裂いて、炎と黒煙が膨れ上がった。その直上を通過して、一時離脱。敵対空ミサイルの射程内から距離を稼いでいく。基本的なヒット・アンド・アウェイではあるが、これに徹底して反復攻撃を仕掛けられることほど洋上艦艇が恐れる戦術は無い。だが今回、私たちの出番はあまり無さそうだった。シルメリィ艦隊、そして私たちカイト隊、加えて傭兵隊のペリカン隊といった個別戦力に振り回されたレサス軍艦隊は、これまでの鬱憤を晴らすかのように猛攻を続けるオーレリア艦隊の勢いを止められなかったのである。
「野郎ども、正念場だぞ!持ち堪えろ!!」
波飛沫を艦首でかきわけながら、オーレリア艦隊旗艦サンタマリアが轟然と突き進む。指揮下の艦艇も負けていない。放たれた対艦ミサイルを叩き落し、主砲の集中砲火を敵艦に浴びせ、反撃の砲撃を回避して――。業を煮やしたレサス軍艦艇が方向を転じようとするその背後から今度はシルメリィ艦隊の猛攻が襲いかかり、機関部に被弾した巡洋艦が大爆発を起こして燃え上がる。レサス軍艦艇は完全にこちらの戦力に引き付けられ、ターミナス島本体はがら空きとなっていた。かつての戦争で活躍した旧オーシア海兵隊所属シーゴブリン隊の流れを汲む猛者たちを乗せたナイアッドは、そろそろ浮上して接岸している頃だろう。彼らが無事に研究者たちを救助するまでの間、何としても私たちは敵の足をここで止めなければならない!コクピット内にミサイル警報。敵イージス艦から放たれた対空ミサイルが私の姿目指して急接近中だった。機体を逆さまにしてダイブ。降下体勢に入ったところでくるりと機体を回す。上に上がりかけたミサイルが鎌首をもたげるように進路変更。だがこちらが振り切るほうが早い。まんまとミサイルの下を通過することに成功する。その直後、後方でミサイルが炸裂して虚空に空しく破片をばら撒く。あのミサイルは厄介だ。高度を少しずつ調整しつつ、敵艦に対する攻撃ルートに機体を乗せていく。狙うは主砲の後方にある対空ミサイル砲台。主砲がゆっくりと動き出し、こちらに砲門を向けていく。速度、姿勢そのまま。大丈夫、いける!ロックオンを告げる電子音を確認してトリガーを引く。ミサイルを放つと共に90°ロール、加速。敵艦の左舷側を舐めるように通り過ぎていく。私の放ったミサイルは対空ミサイル砲台を根元からもぎ取り、さらに砲台に突き刺さったミサイルは装甲に亀裂を生じさせ、主砲の機能を奪い取ることに成功していた。そこにミッドガルツの放った爆弾が上空から降り注ぎ、イージス艦の甲板を突き破った。ズシン、と腹に響くような轟音と衝撃。甲板をぶち破った爆弾はそこで炸裂せずに、艦首側甲板下に位置するミサイル弾薬庫をまともに捉え、粉砕し、そして炸裂した。ミサイルの弾頭部分の連鎖爆発のエネルギーはイージス艦内部の隔壁や壁を容赦なく引き裂き、艦内を真横、そして上方へと吹き荒れた。艦内では、何も分からないまま全身を炎に抱かれた兵士が絶叫をあげながら火葬され、消し炭となって転がっていく。上空へと退避した私の後方で、ひときわ大きな爆発が再び膨れ上がった。先程のイージス艦が艦橋付近から真っ二つにへし折れて海中に没していくところだった。
「全艦、突入!!」
普段余り聞くことのないアルウォール司令の鋭い命令が伝わる。主力艦の轟沈を目の当たりにして動揺するレサス軍艦隊に対し、ついにシルメリィ艦隊も紡錘陣を編成して突入する。連続砲撃、そして艦対艦ミサイルが打ち込まれ、激しい水柱と共に炎と黒煙が膨れ上がる。円形陣外縁部の艦艇をことごとく葬り去ったオーレリア艦隊は、敵前回頭の愚を犯すことなく一旦その後方へと抜け、そこで再び進路を変えて今度はシルメリィ艦隊と連携して敵艦隊後方から襲い掛かる。双方の司令は最早陽動ではなく、ここでレサス軍の艦隊戦力を可能な限り削ぎ落としておくつもりだ。こうなってしまうと、私たちの出番は余りない。突入部隊は大丈夫だろうか?ミッドガルツと合流した私は一旦海戦の中心戦域から離れ、ターミナス島に接岸しているナイアッドの方向へと向かう。今頃基地の内部では銃撃戦が繰り広げられているのだろうか?勝手な望みかもしれないが、見知った男たちもその中には含まれている。彼らの無事を祈らずにはいられない。低空を少し速度を落としながらナイアッド上空へと差し掛かる。その甲板上、私は幾人かの兵士たちが腕を振っているのに気が付いた。完全武装の兵士たちに混じって、白衣を身に着けた人影もある。どうやらうまくいったらしい。それを証明するように、ナイアッド艦長の嬉しそうな声が聞こえてきた。
「こちら潜水艦ナイアッド。民間人たちの救助に成功した!これから本艦は潜航して離脱する。支援に感謝!!」
作戦成功を知った兵士たちが一斉に歓声を挙げ、通信網はまるで地鳴りのような轟きに満たされる。こうまでうまくいくとは思わなかった。グレイプニルがここからいなくなったことが大きいが、レサス軍艦隊は壊滅的損害を被り、組織的な抵抗を続けることも出来なくなっていたのである。後はナイアッドが離脱してしまえば、もうここには用は無い。思ったよりもあっさりと終わったな――少し緊張を解いてほっと息を吐き出した矢先、突如海面から白い水柱が突き立った。
「――機雷か!?」
ちょうどそこは、潜航したナイアッドがいる辺りだ。それほど水深のないターミナス島周辺部の海底に敷設されていた機雷を、どうやら引っ掛けてしまったらしい。
「こちらカイト3、ナイアッド、損傷状況を知らせて下さい!!」
「クソっ、機雷の爆発でバラストタンクと舵をやられてしまった!操艦不能、浮上してしまう!!」
やがて海面から黒い潜水艦の艦隊が姿を現した。機雷の爆発によって損傷した艦体から煙が吹き出している。若干傾きながら漂流するナイアッド。勝利の予感が一転、そしてこういうときほど悪いニュースはやって来る。
「シルメリィ・コントロールよりカイト隊へ。敵航空部隊、当海域に急速接近中!!敵の中に対艦攻撃機も混じっている模様、攻撃を阻止してください!!」
やらせるものか!恐らくはサンタエルバを飛び立ってきたのであろう敵航空部隊へ向けて、私たちは急旋回。真正面から敵部隊に相対する。守りきってみせる。そう心の中で誓いながら、私はレーダーに視線を飛ばし、こちらへと接近する敵の姿を視界に収める。
レサス軍の航空部隊は用意周到と言うべきか、充分な情報を得てきたと言うべきか。対艦戦闘装備の攻撃機を中心の編成になっていた。遠距離から放たれた対艦ミサイルをかろうじて叩き落しつつ、オーレリア不正規軍の艦艇たちが対空攻撃へとシフトする。戦域北側から侵入してくる敵を食い止めるため、私たちは友軍艦艇の真上を通過していく。戦闘不能となったレサス軍艦艇からは黒煙が空まで立ち昇り、戦場の生々しさを伝えてくる。
「ちっ、悪いことは重なるもんだ。ノリエガ、あんたは私に付いてきな。ファレーエフ、フィーナ、ミッドガルツ、三人は敵部隊の迎撃!」
「心得た……が、何があったのか説明して欲しい」
「ナイアッドの針路だよ。あのまま行けば、映画の名作の再来になるな。司令、すまねぇが何隻かこっちに回してくれ。あたいらだけじゃ、どうにもならん」
ナイアッドが漂流している方向、その前方には――運動場一つ分は軽くあるサイズの氷山が居座っていたのだ。それでも、隊長たちはやる気だ。なら、私たちはナイアッドと隊長たちの背中を守るべく、ここで踏ん張るのみ。友軍艦艇たちも必死の防戦を繰り広げている。直撃を被った敵機があるものは爆発し、あるものは黒煙を吐き出しながら海面へと没する。だが、この戦域に乗り込んできたのは、レーダーの捉えたものだけではなかった。良く見れば微かに見える、微弱な反応。恐らく、本命はこちらだろう。レサスはステルス戦闘機群をこの戦場に送り込んでいたのだ!微かに見える反応を頼りに進んだ私たちの前方の点が膨れ上がり、まるでエイを思わせるような形状の黒い翼が、私たちの足元を通り過ぎていく。B-2!傷だらけの潜水艦相手には、あまりに危険すぎる相手だ。迷っている暇はない。高Gをかけてインメルマルターン。圧し掛かる重力が全身に激痛をもたらす。歯をかみ締めながら反転し、その薄っぺらい機体に狙いを定めて加速する。ファレーエフ中尉はそのまま直進。爆撃隊の後方にいるらしい、ステルスの別働隊へと襲い掛かる。私とミッドガルツは、速度を上げて獲物――ナイアッドへと進んでいくB-2を追撃する。レーダーロックをかけようとするが、微妙に照準がぶれて定まらない。軽く舌打ちしつつ、私はその黒い機体へと肉迫した。ガンモード選択。レーダー波吸収素材でコーディングされた独特の胴体を睨み付け、トリガーを引く。敵もさるもの、翼を振ってこちらの照準を少しでも外そうとする。狙いの外れた機関砲弾が空しく宙へと吸い込まれる。仕切り直し、少し上に高度をとって、そのだだっ広い胴体部を改めて狙う。そうしている間にも、ナイアッドとの距離は縮まっていく。今のナイアッドでは、対艦ミサイル1発で轟沈してしまうに違いない。――墜ちなさい!心の中で叫びながら、私は再びトリガーを引いた。斜め上方から撃ち下ろされた弾丸の直撃を被った敵の胴体に、いくつもの穴が穿たれていく。何度か火花が爆ぜたと思った刹那、光と炎とが膨れ上がってB-2の姿が弾け飛んだ。機内に収められていた爆弾にでも命中したのかもしれない。もう一方のB-2も、ミッドガルツが仕留めることに成功する。
「こちらナイアッド。あわわわわわ、氷山が目前に来ている、何とかしてくれ!」
「分かってるよ、今やってるから黙って見てな!!」
隊長たちはありったけの爆弾の雨を降らし、友軍艦艇が猛烈な勢いで砲撃を浴びせている。だいぶ崩落しつつあるとはいえ、あれだけの大きさの氷山だ。なかなかに向こうも難敵のようだ。
「カイト4よりカイト2・3へ!敵ステルスは数が多い。何機か突破した、食い止めてくれ!」
「――了解。フィーナ」
「分かってる!」
改めて急旋回。私たちの真後ろから接近する新手に備える。ファレーエフ中尉からのデータリンクを確認。敵はF-117A。異形の機体の形状を思い浮かべつつ、私たちは敵の真正面へと姿を晒した。こちらとてステルス戦闘機。補足しにくいのはお互い様という奴だ。レーダーを確認しつつ、ヘッドトゥヘッドで敵を出迎える。レーダーに感。HUD上のミサイルシーカーが敵の姿を捕捉し、ロックオンを告げる。すぐさまトリガーを引いてミサイルを放つ。解放された右ウェポンベイから投下されたミサイルの固形燃料に火が灯り、轟然と加速を開始する。母機を瞬く間に追い抜いた槍は、猛烈な勢いで目標へと接近し、そしてその鼻先で炸裂した。爆圧によって針路を捻じ曲げられた目標が、まるで壁にぶち当たったかのように上方へと跳ね上がる。ステルス性を重視して作られた独特の形状の機体が、衝撃で真っ二つにへし折れて破片をばら撒く。反射的に操縦桿を倒し、ローリングさせながら敵を回避。急旋回して攻撃を逃れた敵の背後へと食らい付く。レイヴンであるとか、オーレリアであるとか、そして正規兵だとか傭兵だとか、そんなつまらない垣根を乗り越えて、私たちは防衛戦を繰り広げていた。対艦攻撃を食らって損傷を被ったシルメリィ艦隊の艦艇を、オーレリアの巡洋艦が自らの艦体を盾にして熾烈な対空砲火を放つ。グランディス隊長たちが罵声を浴びせながら氷山を攻撃している。シルメリィから、爆装した待機部隊の戦闘機が次々と飛び立っていく。新たに1機を葬った私は、三度北へと針路を取って、懲りずに戦域へと突入して来る敵部隊に相対した。余計なことを考えている暇などない。でも、ちょっとだけ気になった。もし、彼が、南十字星のジャスティンがここにいたらどうするだろう、と。もちろん私は彼の事はほとんど知らない。でも、彼ならば迷うことも躊躇うこともなく、ナイアッドを守るために奮迅するに違いない。そんな理屈抜きの彼の姿勢と行動が、きっと大人たちを惹きつけ、そして癖のある大人たちをして保護者気分にさせる所以であろう。どうやら、私もそれにやられたみたいね――前はこんな気持ちで空を飛ぶことは少なかった。でも今は、随分と変わってきたように思う。
"世界中の人間を守ったり救ったりすることなんて出来やしない。だから、せめて仲間たち、自分の大切な人たちだけは守り抜いてみせる――そればかり考えて飛んでいたよ"
いつだったか、父が私を膝の上に置いてそう呟いたことがあった。今の私なら、その気持ちが何となく分かる。今まさに私たちが繰り広げている戦いが、まさにそれだったのだから。
「これで仕上げだ、くらえ、氷の塊野郎!!」
ある意味レサス軍艦艇よりも熾烈な攻撃を浴びた氷山に、グランディス隊長率いる臨時攻撃隊が垂直降下爆撃を仕掛ける。それぞれの機体から放たれた爆弾は、綺麗に並んで氷の平原へと突き刺さり、そして炎と黒煙を膨れ上がらせた。同時に弾き飛ばされた氷の欠片が、煙のように辺りを包み込んだ。やがて、氷山の直上を通過したパイロットたちが歓声を上げた。ナイアッドと氷山までの距離はごく僅か。黒煙と水柱とが収まった海面が、少しずつ静けさを取り戻していく。海面だって――?真っ二つに寸断された氷山の合間に、戦艦クラスでも充分に通過出来るような大きな「道」が穿たれていたのである。パイロットたち、そして氷山攻撃に向かっていた艦艇の兵士たちが、一斉に大声を挙げた。通信回路を歓喜の叫びが占領し、任務失敗を目の当たりにしたレサス軍航空部隊の生き残りたちが、ターミナス島空域から踵を返し、サンタエルバへと帰っていく。終わりよければ何とやら……だが、私たちは何とか予定通りに任務を達成したらしい。激しい戦闘機動で疲れ果てた身体が痛い。急激な機動をする必要も無くなったことを確認して、私はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
ターミナス島の奪還は、パターソンのコンビナート地区に備蓄されていた石油資源等に依存していたオーレリア不正規軍が、豊富な資源を有する重要拠点を手にしたことを意味していた。そして、島の施設から救助された研究者たちは、レサスの誇る究極兵器グレイプニルに関する貴重な情報をもたらしてくれた。準備は揃いつつある。私たちの進む先――サンタエルバの決戦の日は近い。
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