木陰に潜むは刺客の牙
私たちのつかの間の陸上の日々に得られた利益は非常に大きかった。引き続き調査班の一部はサンタエルバに駐留して調査を続けることになるが、私たちも目にしたSWBMの残骸やグレイプニル本体の調査から、第三国ルートなどを経由してレサスへと大規模な軍事的支援が行われていることはほぼ確実となったのである。だが、「支援者」とレサスの関係を示す証拠は、残念ながら今の私たちの手元にはない。ところが、思わぬところから、私たちの、レイヴン艦隊の欲する貴重な資料の存在が判明した。吉報をもたらしたのは、首都グリスウォールに潜入している「Mr.G」――アルベール・ジュネットおじ様だった。何をどうしたのか、詳しいことは分からない。しかし、グリスウォールでの協力者を得たことにより、彼はレサスの手にした膨大な軍事費の資金の流れを解明し、証明に足るだけの資料を入手したことを機密回線を通じて伝えてきたのである。ただし、彼にも不足しているものがあった。それは、レサスと「支援者」の繋がりを示す物的証拠。即ち、私たちが得たグレイプニルに関する調査報告が、それに該当した。双方の需要と供給とが、ここに完全一致する。俄然やる気になったのは、他ならぬグランディス隊長だ。どうやらこのままいくと、私は隊長と一緒にグリスウォールへの潜入メンバーに加えられそうな様子である。アルウォール司令の苦虫を噛み潰したような表情が思い浮かび、思わず「ご苦労様」と言ってあげたくなる。もっとも、潜入作戦が実施されるのは、グリスウォールへと至るルートが確保されてからの事になるだろうが――。

極秘(?)ミッションの検討とは別に、オーレリア不正規軍としての次のミッションの準備は着々と進められ、ついに作戦の発動が私たちに伝えられた。次なる攻撃目標は、かつてのオーレリア最大の空軍基地、サチャナ基地。サンタエルバの北方に位置するこの拠点を奪還すれば、オーレリア不正規軍はこれまで転々としてきた臨時基地とは全く異なる大規模な航空基地を手に入れることが出来る。これまではシルメリィの所属機を除けば、グリフィス隊が唯一の戦力だったため、設備面の不足が問題になることは無かったのだが、これからの戦いは作戦機を失って散り散りになったパイロットたちを結集し、航空戦力の強化を図る必要があった。グリスウォールを奪還するためには、レサスのオーレリア侵攻軍の本隊を退けなければならないのだから。その相手をグリフィス隊に――ジャスティンたちだけに背負わせるようなことは出来なかった。そうでなくても、彼らはいつも限界ギリギリ。無茶な作戦を必死にこなし続けてきたのだ。彼らの奮闘を無駄にしないためにも、そしてジャスティンたちの未来のためにも、彼らだけが戦うのではなく、オーレリアはオーレリアの人間で取り返す風土作りが、今後のオーレリア不正規軍には求められていくのだろう。その点でも、サチャナ基地奪還作戦は重要な意味を持っていたのである。2段階に分けられた制圧作戦のうち、奇襲攻撃作戦はグリフィス隊の受け持ちとなり、奇襲後の制圧作戦実動部隊となるヘリボーン隊の護衛任務が、私たちカイト隊に割り当てられた。

「遅い。遅いねぇ。もうちっと速く飛べないのかい。マッハ1くらいで」
「無茶言うな、カイトリーダー。これでも全力で飛んでるんだ。中の連中を全部投下しちまうんなら別だがね」
「いっそ投下しちまうかい」
「誰が基地を制圧するんだ、誰が!!」
あと1時間もすれば空は明るくなってくるに違いないが、まだまだ足下の大地は薄暗い闇に塗り潰されている。空には瞬く星たちの姿。そして物騒なグランディス隊長のブラックジョークに、ヘリボーン部隊の兵士たちが何か言い返している。シルメリィ所属部隊と共に飛ぶのは、オーレリア陸軍ノシナーラ基地にもともとは配備されていたヘリボーン部隊だ。多くの輸送ヘリが編隊を組んで飛行する光景はなかなか壮観ではあるが、それ故に最短ルートを使うことが出来なかった。南側からの最短ルートはレーダー網が張り巡らされているため、少数による奇襲ルートとしては使えても、大部隊での侵攻ルートには不向きだったのだ。そこで、ヘリボーン隊はレーダー哨戒圏を迂回して、基地南西部からの侵入ルートを取った。だが、このルートも決して安全とは言えなかった。足下に広がる密林地帯には、ゲリラ作戦を得意とする対空戦闘部隊が展開していたのである。ましてや、貧弱な武装しか持たない輸送ヘリに彼らの相手は荷が重い。数少ない戦闘ヘリと私たちで、何とかするしかなかった。
「……そろそろ敵の展開地域に入るぞ。援護をよろしく頼む」
ヘリパイロットたちの声にも緊張感が満ちている。それでも、彼らはまっすぐ飛ぶしかない。私たちが脅威を排除することに頼る以外の選択肢が彼らには無いのだから。編隊を解いた私たちは旋回を繰り返しながらヘリ部隊の周囲を固めて飛行を続ける。ジャスティンたちは、そろそろ突入作戦を開始する頃だろうか?
「クィーン・ビーより、カイト隊へ。敵レーダー波を探知、前方、至近!」
「カイト4了解。皆、どんどん来るぞ。警戒を強化しろ!」
ファレーエフ中尉のF-22Sが急降下。レーダーに表示された攻撃目標の上空から垂直効果。私たちの肉眼では、敵部隊の姿は捕捉出来ない。管制コンピュータと電子戦支援機からもたらされる情報だけが頼りだった。ファレーエフ中尉機、発砲。ガンアタックの光が大地へと吸い込まれていく。少しして、火柱が空へと吹き上がり、レーダーから敵目標の光点が消滅する。この密林の中に、ミサイル砲台を設置していたのだろうか?敵もなかなか抜け目が無い。今日の私たちの支援は、クラックスのおかげでなかなか出番が無いとぼやいていた傭兵隊の1部隊、キラー・ビー隊だった。彼らの支援により、私たちのレーダーには次々と新たな敵影が映し出されていく。素早く攻撃目標と飛行ルートを定めつつ、私は攻撃態勢に入った。HUDに示された敵との彼我距離は見る見る間に縮まっていく。けれども敵の姿は見えない。ミサイルシーカー、敵を完全捕捉。ロックオン。発射レリーズを押しつつ、次目標に照準変更。ミサイルの吐き出す赤い炎が、地上目掛けて駆け下りていく。ヘリ部隊の下を潜り抜けるようにして通過、密林の合間を縫うように続く河原沿いの木陰から空を狙う敵をロックオン。再びミサイル発射。敵の頭上を通過しつつ、ズーム上昇。攻撃目標がレーダーから消滅しているのを確認しつつ、再攻撃のために体勢を立て直す。それにしても敵の数が多い!私たちだけでなく、3機の戦闘ヘリも低空からの攻撃を加えているが、そんな私たちの奮闘を嘲笑うかのごとく、敵は包囲網を敷きつつあった。
「カイト5より、ヘリ部隊へ。仕損じた!攻撃がいく、かわして!!」
「おいおいマジかよ、冗談きついぞ……って、来たぁぁぁぁっ!!」
地上から放たれた対空ミサイルが勢い良く上昇を開始する。編隊の先頭にいたヘリが機体を傾けつつ急旋回。あれでは中に乗っている兵士たちは荷物ごとひっくり返っているに違いない。相対速度が速かったことが良かったのか、ミサイルの誘導が不十分だったのが幸いしたのか、ヘリのわき腹を掠めるように飛んだミサイルがそのまま高度を上げていき、明後日のところで爆発した。暗い密林地帯が爆発光によって一瞬明るく照らし出される。ミサイル攻撃はヘリたちだけではなく、私たちにも照準を合わせ始めていた。
「なかなか手強い連中が護衛についているようだ。奴らを先に狙え!そうすれば輸送ヘリなど、動きのとろいドン亀に過ぎん!」
その指示が兵士たちに伝わったのだろう。耳障りな音と共に、レーダー照射警報がコクピットに鳴り響く。どうやらこの密林地帯、グリフィス隊の向かったルートほどではないにしても、レーダー警戒網が敷かれていたらしい。本来ステルスで捕捉しにくいはずの私たちを、敵部隊は捕捉して追尾しているのだった。やがて警報音は甲高い警告音へと変わった。振り返ると、後方から速度と高度を上げて発射されたミサイルの赤い光が、私の後背から迫りつつあった。手近の目標攻撃を行いつつ、低空へとパワーダイブ。密林スレスレの高度まで降下して水平に戻し、急旋回。敵ミサイル、やや迂回気味に旋回しつつも離れない。スロットルレバーを戻さずに再び反対方向へと急旋回。圧し掛かるGに身体中が締め付けられるような感触。意識を失えば一巻の終わり。マスクの下で奥歯を噛み締めてHUDを睨み付けながら高G旋回を敢行する。回避成功。獲物を見失ったミサイルが地上へと突き刺さり、爆発。膨れ上がった火球が木々に燃え移り、赤い煌きが薄暗い大地を照らし出す。その煙を翼で引き裂きながら、私たちは攻撃を続ける。ミサイルを振り切った私は、報復の牙を獲物へと突き立てた。森に燃え移った火のおかげで、仄かに照らし出された地上にその姿を捉えたのだ。一旦河原へと出て再び木陰に潜ろうとしていた対空戦闘車を照準内に捉え、トリガーを引く。放たれた機関砲弾は、水柱と土煙を吹き上げながら目標へと降り注いだ。敵車輌の表面に火花が爆ぜ、ついで内から膨れ上がった炎が車体を引き裂いた。一つの目標を沈黙させる一方で、新たな敵が姿を現す。ヘリ部隊もリスク分散のため、編隊をいくつかの小編隊に分けて飛行を続けている。それはなかなかうまい手だったろう。それでも、ミサイルが直撃してしまえば、装甲の貧弱なヘリに為す術は無いのだが。
「くそっ……ちょろちょろと目障りな」
「ああ、目障りだねぇ。こういう小癪なのが一番頭に来るんだよねぇ……!」
前方の空に、赤い光が膨れ上がっていくのが見えた。とうとうグランディス隊長が堪忍袋の緒を切ってしまったらしい。高エネルギーを発するADF-01Sは、地上の敵部隊からすれば格好の攻撃目標。次々と放たれるミサイルを高機動で回避する隊長機。攻撃の一団を回避した隊長機が、ついに反撃を放つ。ズバン、という音が聞こえるかのように闇夜と大地とを切り裂いたレーザー攻撃は、その射線上に居合わせた敵攻撃部隊をなぎ倒し、焼き払う。そして同時に、高温のレーザーで焼かれた森が一斉に燃え始める。山肌を赤く染め上げながら俄かに発生した山火事は、思わぬ効果をもたらした。オーレリアの大自然を破壊する立派な環境破壊であるのは言うまでも無いが、燃え広がる炎は敵部隊の針路と退路を阻む効果をもたらしたのである。そして、燃え上がる炎は闇夜を照らし出す照明としての効果も持つ。炎から逃れるために密林から姿を現した戦闘車両や兵士たちの姿が、赤い光に照らし出されて影を為す。
「ひゃっはっはっは!いいねぇ、豪快なキャンプファイアーだ!!」
「カイト2よりカイト・リーダー。……環境破壊です」
「……常に冷静沈着でいいことだね、ミッドガルツ」
再び隊長機から赤い光が放たれ、一撃目と交差するようにレーザーが森を引き裂く。焼き切られた木々から吹き上がった炎が、さらに明るく森の空を照らし出す。
「奴ら正気か!?まさか森を焼き払うつもりじゃないだろうな!?」
「ナパームもないのに出来るわけ無いだろ!焦るんじゃない!!」
効果はてきめんだったと言うべきだろう。地上の兵士たちには明らかに動揺が広がっていく。そして迂闊にも姿を現した敵車輌には、容赦なく攻撃が降り注ぐ。吹き飛んだ戦闘車両が新たな炎を膨れ上がらせる。赤く燃え上がる森を道標として、ヘリ部隊が進撃を続ける。サチャナまでの道のりは、もう半分を切っているであろう。隊長の無茶な攻撃のおかげで沈黙した敵部隊の頭上を通過する輸送ヘリたち。私はその殿で旋回を繰り返しながら、背中にナイフを突き立てんとする敵を牽制していた。レーダーにはまだ新たな敵影が姿を現し、私たちの行く手を遮ろうとしている。ここまで来たら引き返せないのはこちらも同じ。必ず越えてみせる――そう自分に言い聞かせながら、私は捕捉した攻撃目標目掛けてトリガーを引いた。

――随分とやるようになったもんだねぇ。
低空を高速で飛びながら攻撃を続けるF-22Sの姿を見下ろしつつ、グランディスは口元に笑みを浮かべていた。先程の回避機動といい、瞬時の判断力の正確さといい、あの娘は――フィーナは着実に腕を挙げて来ている。あの南十字星の坊やもそうだが、若者たちの短期間での技量向上には目を見張るものがあった。あのおしゃべり小僧にしてもそうだ。まだまだ半人前だが、基本に忠実な飛ばし方は決して悪くない。それも、尋常ではない飛び方をする親友を目の前にしながら自分のスタイルを忘れずにいられるのは、奴の鈍感さの為せる業か、それとも才能と言うべきか。むしろ誰よりも南十字星に感化されたのはフィーナだろう。言い換えれば、南十字星――ジャスティンの存在が、あの娘の本来の実力を引き出したということか。あたいも負けていられないねぇ――低空を通り過ぎた仲間の後背を狙おうとしている車輌群を捕捉し、機首を攻撃軸線上に乗せていく。ロックオン。敵の姿を完全に捕捉した事を確認してトリガーを引く。翼から解放されたミサイルが猛烈な勢いで空を駆け下り、獲物の頭上へと殺到した。上から下へと貫き通された対空砲が木っ端微塵に吹き飛び、直撃を被った一方の対空ミサイル戦闘車は、車内のミサイルに誘爆して一際大きな火球を地上に出現させる。ちょいとやり過ぎたかねぇ。燃え上がる炎は敵を森林から燻り出し、暗闇を照らし出すのに充分な光を放っていたが、確かにミッドガルツの言うとおり、オーレリアの美しい風景にとっては傷をつけてしまったことになる。ま、全部終わったら部隊総出て植林でもするさ。立て続けに敵車輌を何台か葬り去り、グランディスは愛機を上空へと持ち上げた。心地良い加速と共に高空へと飛翔する鷹。進撃を続けるヘリ部隊の姿があっという間に後方へと過ぎ去っていく。充分な高度を稼いだところで水平に戻し、周囲警戒体勢へ。ミッドガルツとロベルタがペアを組みながらの掃討戦を繰り広げている。低空を自在に駆け回りながら、フィーナが攻撃を続けている。そしてファレーエフはヘリ部隊に付かず離れずのポジションを取りながら、取りこぼしの敵部隊を狙っている。いちいち指示を出さずとも、最適の役割分担で動いている部下たちの姿に、グランディスは満足し、会心の笑みを浮かべた。どうやら敵の数も減ってきたらしい。放たれるレーダー波の数は激減しつつある。そして、サチャナ基地の明かりが遠くにうっすらと見え始める。グリフィス隊の連中はうまくやっているだろうか――?グランディスは何気なくレーダーと情報ディスプレイに視線を動かしかけて、メインディスプレイに表示された敵新手の情報に気が付いた。進撃ルート途上、サチャナへと至る道程の途中に、敵部隊が展開している。さらに電子線機の哨戒網は、ヘリ部隊を葬るべく出現した敵戦闘機の姿を捕捉していたのである。ステルス機能を有する戦闘機はともかく、ヘリ部隊はこれだけの数、それもレーダーに姿を晒しながら飛んでいる。むしろここまで敵戦闘機の到着が遅れたこと自体が幸運だった。
「隊長機より、各機。敵さん、意地でもあたいたちを通したくないらしい。踏ん張りどころだ、気を引き締めて行っとくれ!」
「了解!!」
――あんたたちと飛べて嬉しいよ、あたいは。マスクの下に精悍な笑みを浮かべつつ、グランディスは操縦桿を手繰り、次の目標へと狙いを定めた。

また新手!
隊長の言うとおり、レーダーには敵の新手の姿が映し出される。それも、先程までの敵とは異なり、堂々と姿を見せている辺り、対空戦闘に自信があるのかもしれない。そして最も恐れていた敵戦闘部隊の出現。空対空ミサイルを放たれてしまえば、鈍足のヘリに逃げる道など無い。こちらから仕掛けて、彼らの射程圏内にヘリが入る前に片を付ける必要があった。幸いなことに密林の敵部隊は逃走を開始したようで、ほんの少し前まで浴びせられていた対空攻撃がすっかりと鳴りを潜めていた。ここまでくれば、あと少し。厳しい機動の連続で疲労は溜まっていたけれども、スロットルを押し込み、機体を上昇させる。地上の目標に対する攻撃は隊長やミッドガルツたちに任せておいても大丈夫だろう。そう考えた私は、敵戦闘機部隊を引き受けるべく加速を開始した。アフターバーナーを焚き、更なる加速を得る。敵のレーダーにこちらの姿が捕捉されたかもしれないが、それも計算のうちだ。右後方、やや遅れてファレーエフ中尉のF-22Sが続く。敵戦闘機の数は決して多くない。私たちの足元、ヘリ部隊の前に先行してミッドガルツとノリエガ少尉のYF-23Aが低空侵入。グランディス隊長はヘリ部隊の側に付く。私たちに任せた、ということらしい。
「レイヴンウッズに侵入しようとは、オーレリアの連中も酔狂な真似をしやがる」
「ここで葬って、そう思い通りに行かないことを叩き込んでやれ!」
――どちらが思い知る番かしらね。こちらの姿を捕捉したのだろう、真正面から突入してくる敵機に狙いを定めつつ、針路を若干修正。ヘッドトゥヘッドで空を直進する。先程までの地上を這うような戦いの鬱憤を晴らすように、夜明け前の空を疾走する。もう少しすれば、この森の向こうから昇る太陽を拝むことが出来るだろう。その頃までにケリが付いていれば尚良し。地上に展開した対空戦闘部隊が攻撃の火蓋を切る。対空砲火を回避しながら高度を下げていくミッドガルツたち。そして私たちは、ヘリ部隊をカモにしに来たのであろう敵戦闘機部隊と激突する。衝撃に互いの機体を揺らしながら至近距離ですれ違った敵機に対し、その後背に喰らい付いていくべく反転する。ファレーエフ中尉は右急旋回。敵1番機、再び攻撃態勢、私の前方へと反転して距離を縮めてくる。今度はこちらも攻撃ポジション。コクピット内に鳴り響く警告音がやかましい。敵に針路変更なし。ど真ん中、真正面。ここだ、という勘を頼りにしてトリガーを引き、すぐさまバレルロール。双方の放った機関砲弾の光が交錯し、空間を切り裂く。敵機の姿が瞬く間に拡大し、頭上を通り過ぎて後方へと通過する。急いで後方を振り返る。外したか――。少しして、後方に一際大きな火球が出現し、レーダーから敵の姿が消滅する。その直後、新たな火球がさらに出現し、ファレーエフ中尉に追われていた敵機が爆散する。立て続けに味方を失った敵機が動揺するのは当然だ。正面から仕掛けるか、回り込んでの長距離攻撃に切り替えるべきか――そんな逡巡の間を逃す手は無い。中尉と合流を果たした私は、有利な攻撃ポジションを取れず回避機動へと転ずる敵戦闘機部隊へと襲いかかる。
「――馬鹿な。こんなはずはない。レサスの力がオーレリアに劣るはずが無いのに――!」
「クィーン・ビーより、カイト隊。サチャナ基地での戦闘が開始されました!グリフィス隊、突入に成功、現在基地防衛部隊と戦闘中です!」
敵の悲痛な叫びは、しかし長く続くことは無かった。既にジャスティンたちは基地への突入を果たしている。私たちが遅れるわけにはいかなかった。

ヘリ部隊を護衛してサチャナ上空へと辿り着く頃には、レサス軍の抵抗はほとんど止んでいた。ジャスティンたちグリフィス隊は、敵戦闘機部隊が上空へ離陸する時間も暇も与えなかったのである。ヘリ部隊にとっての最後の脅威は基地の対空砲台と覚悟していた私たちも、そしてヘリボーン部隊の兵士たちも、その点は拍子抜けだったらしい。
「なんだいなんだい、ようやく到着してみれば、すっかりとグリフィス隊に片付けられているじゃないか!これはあたいらのルートの方がきつかったってことかねぇ?」
「カイト5より隊長、その分敵戦闘部隊をレーザーでなぎ払っていたんですからいいじゃないですか」
「言っとくが、山火事はあたいの責任じゃないよ。あんなところにこそこそ隠れている連中が悪いのさ」
予想通り、グランディス隊長はご機嫌斜め。何しろ、あれだけストレスの溜まる飛び方と戦いを強いられた後だ。隊長でなくても、鬱憤の晴らし所が欲しくなるのも止むを得まい。ヘリボーン部隊も無傷とは行かなかったが、損害は軽微。無事に全機が基地上空へと到達し、いくつかの隊に分かれて降下を開始する。あの中では、私たち以上にストレスを溜め込んでいたに違いない猛者たちがその時を今か今かと待ち受けているに違いない。サチャナの滑走路に車輪が付くや否や、勢い良く開かれたドアからフル装備の兵士たちが飛び出していく。身に付けた装備の重量を感じさせない素早さで周囲を警戒、牽制しつつ展開する兵士たち。さすがは陸上戦闘のプロたち、と上空から眺めていて感心する。全体としては突入するこちら側よりもレサス軍の兵士たちの方が数的には優勢であるに違いない。だが、主力部隊が目の前で壊滅し、炎を吹き上げる光景を目の当たりにした兵士たちが、いつも通りでいられるはずもない。ほとんど抵抗らしい抵抗も無いまま、制圧部隊はそれぞれの目標施設へと取り付き、そして突入を開始した。もうこうなってしまえば、私たちに出来る仕事は無い。地上への牽制と、対空警戒のために旋回飛行を続ける。向こう側に見える編隊の中に見慣れた純白の機体を見出し、そしてレーダー上にもその所在を確認した私は、ジャスティンとXR-45Sの無事を確認して、ほっと安堵のため息を付いた。1000フィートという高度制限も、彼の翼の妨げにはならないということだろうか?その尾翼で笑う鷹はいつもの通りだ。まるで、"こいつがそうそうくたばるわけないだろ?"とでも言っているようだ。もともとは失われた本来のグリフィス隊のものだと聞くが、ジャスティンがこういう絵柄を好むのは少々意外だった。……もう少し格好良いエンブレムだったら良かったのに、というのは、私個人の感傷かもしれない。
サチャナのレサス軍部隊が降伏するまでに、それほどの時間はかからなかった。降伏勧告受諾の報を受け、兵士たちが一斉に挙げた歓声が通信回路に飽和する。サンタエルバに続く大勝。戦闘終了を確認して、私も少しだけ緊張を解いた。気が付けば、サチャナの空が濃紺から濃い青へと変わり始めている。夜明けの光がこの基地に差し込むのはもうすぐだ。半ば徹夜に近い強行スケジュールの疲れもどこかへと吹き飛びそうな美しい景色に、しばらく私は意識を委ねることにしたのだった。
陸の上にいると、何となく違和感を感じる身体になってしまった。サンタエルバに入港したシルメリィから、軍港のビルの一角に執務室を移したアルウォールは日が経つにつれてその認識を確固たるものにしていた。無論揺れることの無い地面は有り難いのだが、長年の艦長生活は緩やかな波に揺られ、潮風の匂いを間近にする生活を「普段」のものにしていたのだろう。今ひとつ能率の上がらないデスクワークを続けることを諦め、彼はソファに腰をおろし、ジッポで煙草に火を付ける。紫煙が一筋部屋を漂い、快い一服を吸い込んだところで、控えめにドアがノックされた。折角の時間が失われたことを残念だとは思いつつ、余り良い知らせではないかもしれない、と彼は感じた。サチャナ攻略完了の知らせなら、ノックの前にデスク上の電話でもたらされるに違いない。煙草を灰皿に押し付けようとして、ちょっとした悪戯心をくすぐられた彼は、口に煙草をくわえたままドアをゆっくりと開けた。予想外の上官の姿に一瞬虚を突かれたような表情を浮かべていたのは、オーレリア不正規軍の陸上部隊の一角を率いるフィリッポ・パーグマン少佐だった。意外そうな表情を消した少佐は、今度はにやり、と口元に笑みを浮かべながらラフに敬礼。
「おくつろぎのところ申し訳ありません」
「何、こっちこそ。ちょっと悪戯が過ぎたかな?」
そんなことは、と言いながらドアを閉めた少佐の目が、鋭い光を湛えていることをアルウォールは見逃さなかった。強いて言うなら、戦闘中の兵士の目、というべきだろうか。ソファを薦めつつ、自らも腰を下ろす。失礼します、と一礼したバーグマンの巨体が、ソファにゆっくりと下ろされる。
「どうやら、吉報ではないようだね」
「……残念ながら。凶報、それもかなりタチの悪い知らせです」
「ニコチンで消毒しながらやろうか?」
「そいつは名案ですな」
紫煙が漂い出した執務室。しかし、灰皿の上に置かれた2本の煙草は本来の役目を果たすことなく燃え尽きることとなった。ひと通りの情報を伝え終えたバーグマンも、そして話を聞き終えたアルウォールも、共に苦い表情を浮かべざるを得なかったのである。
「……また昔と同じ過ちを繰り返すというのか……」
うめくように呟いたその一言が、アルウォールがようやく搾り出した感想だった。テーブルの上に置かれた写真には、折り重なるように倒れた物言わぬ骸たちの姿が写されていた。

――サンタエルバに、危機が迫る。
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