煙る雲に紛れて
キャノピーの外を通り過ぎていくのは、濃霧のように空を包み込む雲の切れ端。至近距離を飛んでいるはずの仲間たちの機影すら真っ白に包み込む濃い雲の中をかきわけるようにして、カイト隊の4機は飛行を続けている。プナ平原基地に到着してからの作戦展開はかなり慌しいものだった。海兵隊出身の戦闘部隊の面々を大工業都市モンテブリーズへと潜入させるべく、先行してオーレリアに潜り込んでいる工作員部隊と連絡を取ったり、グリスウォールへ至る潜入ルートを確認したり、果ては何箇所もサーバーを迂回させて首都に滞在しているジュネットおじさまに連絡を取り付けたり……。私はファレーエフ中尉の指導の下、にわか仕込みの護身術と射撃訓練に明け暮れる毎日。体力は戦闘機乗りとしてのトレーニングを積んでいるということで問題は無かったものの、総重量15キロ近くの背嚢と自動小銃を担いでの行軍には辟易した。実際にはさらに重い装備を抱えて歩くのが日常になっているという陸上部隊の猛者たちの底なしの体力を、心から尊敬したものである。絶対的な筋力が、私には足らないのだ。そいつは盲点だったねぇ、と15キロ程度の装備じゃ軽いともう一丁自動小銃を背負ったグランディス隊長は大笑いしたものだ。その行軍訓練のおかげで、肩紐の食い込んでいた肩が何となくまた痛む。しかも、操縦桿を握っている機体はいつもの私の愛機ではなかった。今回の潜入用に、シルメリィから別働隊が空輸してきたF/A-18FにECMP(電子妨害用ポッド)を搭載して、私とグランディス隊長が乗り込んでいるのだ。隊長の大柄の胴体に後席はたまらなくきついらしく、時折何事かを愚痴る声が聞こえてくるのだった。
「間もなく敵の哨戒圏内に入ります。……隊長?」
「分かってるよ、今切り替える。しかし、無線が全く使えないのは不便極まりないねぇ」
潜入作戦を進める私たちの下にもたらされたのは、モンテブリーズに先行潜入している工作員部隊が、偶然入手したレサス軍の動向情報だった。ネベラ・ジャマーのカーテンに隠れて、オーレリアの大工業地帯モンテブリーズで「何か」を生産したレサスが、大量の輸送機を動員してピストン輸送を開始した、というものだ。もともとモンテブリーズはオーレリア軍の兵器生産ラインを受け持っていることもあり、本国からの増援・補給以外に、この地から武器弾薬軍需物資の類を輸送していたことが、レサス軍の分厚い展開を支えていたと言っても過言ではあるまい。しかし、今回運び出されているのはそんな類のものではないらしい。大規模な生産ラインから輸送機に搭載出来るサイズに分解された、かなりの重量と大きさを持った「何か」が、グリスウォール行きの直行便に載せられている……というわけだ。そこまで分かれば積荷が何であれ、レサスの目的の想像は付く。オーレリア不正規軍によるグリスウォール全面侵攻を既定のものとして、防備を固めているということだ。そこで、私たちの出番となる。ついでに私たちも潜入部隊に合流してしまえ、ということで、私たちは先行潜入部隊が確保してくれた工業地帯の一角に密かに着陸し、そこから陸路(或いは海路)で目的地グリスウォールへ潜伏する計画が立てられ、現地の協力者のサポートも受けることが決定した。驚いたことに、グリスウォールでの協力者とは元諜報員のグループらしい。ジュネットおじさまも、なかなかどうして、よくもまぁそんな人脈を掘り当てたものだ、と私は感心してしまった。それにしても、私たちの姿を隠すには最適の天候とはいえ、空模様は最悪だ。
「こちらピューマ隊、感度良好、そっちはどうだい?」
「こちらカイト・リーダー。ようやく聞こえるようになったよ。もう少し何とかならんのかい?」
「無茶言いなさんな。赤外線通信ではこの距離が限界さ。うちとシーガル・ジャガー隊でサポートさせてもらう。よろしく頼む」
「カイト3、了解。そちらも無理はしないで下さいね」
「こちらシーガル隊。ま、スティンガーも使えないんだから、大人しく輸送機のケツを追いかけることに専念するよ。任せてくれ」
レーダーには頼りないおぼろげな敵の姿しか表示されない。しかもジャミングの効果が強まった時は何も見えないというおまけ付きだ。彼ら地上班からの連絡が、場合によっては輸送機の離脱阻止の鍵を握ることになるかもしれない。
「カイト・リーダーより、カイト2、4へ。お前らは南東方向の敵さんを優先的に排除しろ。その後、北東方面へ向かってくれ。ロベルタとあたいらは北西方向から先に片していくよ」
「カイト4、了解した」
「カイト5、了解」
白い雲の中、ファレーエフ中尉とミッドガルツの機体が右方向へと旋回していく。ノリエガ少尉のYF-23Sが少し加速して私たちに先行し、左やや前方にポジションを取る。その姿を視界に収めつつ、私は時折視線を周囲に巡らせて上空監視に専念する。戦域西方向から潜入した私たちの姿を、敵はまだ捕捉していない可能性が高い。離陸阻止こそ出来なかったものの、今のタイミングなら戦域離脱阻止は間に合うはずだった。スロットルレバーを少し押し込み、今日の愛機の速度を上げていく。ついでに軽く機体を振ったりローリングさせたりして、F-22Sとの挙動の違いを身体に覚えこませていく。ジャミングが弱まる周期なのか、唐突にレーダーの映像が回復し始める。レーダー上至近距離に敵輸送機の姿がはっきりと出現するのと、肉眼で輸送機の大きな影を雲間に発見したのとはほぼ同時だった。素早く操縦桿を手繰って、真後ろへと忍び寄るコースに乗せる。確認できたのは2機。もう一方にはノリエガ少尉が雲に紛れて接近を図る。だがステルス機ではない私の機影は、一瞬であっても敵に確実に捕捉されたはずだ。悠長に構えている暇は無い。戦闘機に比べればのんびりと空に浮かぶ輸送機の姿をHUDに捉え、レーダーロックを告げる電子音が鳴り響くや否や、引き絞った弓から矢を放つ。枷から解放された空対空ミサイルのエンジンに火が灯り、一気に加速しながら目標へと肉迫する。胴体スレスレで炸裂した信管が破壊衝動を一気に解放し、輸送機の脆弱な胴体を切り裂く。引き千切られた機体後部が脱落し、貨物室に搭載していた物資を空からばら撒きながら、輸送機が炎に包まれ高度を下げていく。
「なん………敵……現れ…のか?」
「敵か、…って!?輸送……2機やられて…る!!オ……リアのハ…エナが紛れ……でいるぞ!!」
再びジャミングが強まり、途切れ途切れに聞こえていた敵の交信もノイズの中に消えていく。レーダー上からも機影が姿を消し、後席の隊長が鋭い舌打ちをするのが聞こえてきた。
「厄介だねぇ、ホントに。まあ、敵さんも同じ条件だからいいけどさ……って、フィーナ、後方警戒。敵影2、早い!仕掛けてくるよ!!」
「了解!」
フットペダルを蹴飛ばしつつ、機体を真横に倒して急旋回。数秒後、旋回前までの空間を敵戦闘機が2機、雲を引き裂くような高速で通り過ぎていく。2基のエンジンからアフターバーナーの炎をほとばしらせながら、あっという間にその姿が見えなくなる。
「連中、Mig-31使いか。あの機体での戦り方をよく知ってる連中だよ」
フォックスハウンドの機体性能を活かす戦い方は、良くも悪くもヒットアンドアウェイ。大型エンジンが生み出す大推力は、通常の戦闘機では追随不能なほどの速度を叩き出す。その代償として機動性を犠牲にしているわけだが、それがこの機の弱点になるかといえば大間違いだ。かつてのベルカのエースの一人、ドミニク・ズボフ率いる督戦隊がこの機体を愛用していたように、戦い方次第では厄介な相手になるのだ。ただ、これほどのジャミング下では、Mig-31のアドバンテージも著しく制限されている。条件は全く同じ、焦ることは無い。自分にそう言い聞かせつつ、敵の予想反転ルートからこちらのコースを外し、厚い雲の中へと飛び込んで姿を隠す。
「ジャガー隊より、カイト隊。敵輸送機隊、まだこっちには来ていないぞ」
「カイト4より隊長。敵輸送機部隊はこの期に及んで上空待機している模様。南東方面、今のところ機影は確認出来ない」
「カイト・リーダーよりカイト4、輸送機以外の護衛機も出てきているぞ。現在Mig-31部隊と交戦中」
「カイト5よりカイト・リーダー、敵影発見。そちらの左前方、速度を抑えつつ旋回中です。高度ほぼ同じ」
「だとさ、任せるよ、フィーナ」
了解、と応えながら私は操縦桿を手元に引き寄せる。この状況では、空間認識のアテが狂う。HUDに表示されるピッチスケールの数字が何より確かな命綱だ。スロットルレバーを奥まで押し込んで、F/A-18Fを垂直上昇させる。回り込んでくる敵のさらに上へとポジションを取るべく、敵との相対敵な位置を想像しながら機体を操る。ある程度高度を稼いだところで水平に戻しながら180°ロール。見上げた視線の先に、Mig-31の機影と排気煙の筋を捕捉する。敵編隊、高度を維持したまま右方向へと緩旋回。その方向には、輸送機部隊が飛び立ったモンテブリーズ国際空港がある。こちらの位置を察知されたら、逃げられるだけだ。数少ないチャンスに賭けて、高空からダイブを敢行する。ぐいと身体中に圧し掛かるG。カタカタカタ、と震える操縦桿を握り締める。身体をシートに張り付けるハーネスが肩に食い込んでくる。その痛みを堪えつつ、虚空を睨み付ける。途中で機体を引き起こし、斜め方向に滑り落ちるように旋回しながら、一気に敵との彼我距離を縮めていく。レーダー誘導式のミサイルは駄目でも、短距離用の赤外線追尾式ミサイルならば、Mig-31には有効だろう。武装選択モードを切り替えて、発射ボタンの上に軽く指を乗せておく。ここが勝負どころ。横に並んで飛ぶ一方に狙いを定め、私はミサイルを放った。後方のこちらの姿に気が付いたのか、一方が勢い良く左方向へと機体を倒し、回避機動。既にミサイルに追われる一方には目もくれず、もう一方へと私は食らい付いた。早くも敵は大推力に物を言わせて逃げにかかっている。すかさずミサイルを叩き込もうとするが、それよりも早く敵はミサイル射程圏外へと達する。敵も生半可な腕前じゃないのが良く分かる。
「ボギー1、撃墜確認。このまま追撃を継続!」
「了解!」
今日のコクピットは一人じゃない。もう一人のエースの目が、私をサポートしてくれている。それはこの戦況下、とても心強い援軍だった。機体を加速させながら追撃するが、敵との距離は少しずつ離れていく。だが、私の追撃から逃れることに専念したために、敵の機動は直線状の単調なものになっていた。分厚い雲の下から勢い良く姿を現したノリエガ少尉のYF-23Sが、下っ腹から一気に襲い掛かった。機関砲弾の雨が頑丈な装甲に覆われた敵機へと降り注ぐ。致命傷は与えられなかったものの、一方のエンジンが真っ黒な煙を吐き出し、バランスを崩した敵機が空で揺らぐ。先ほどまでの圧倒的加速を失った敵機の姿が、再び私の射程圏内へと近付いてきた。完全に破壊する必要はない。エンジンさえ潰してしまえば、もうあの敵機に出来ることは無い。照準レティクルに敵影を捕捉しつつ、片肺飛行で回避機動を続ける敵機の、かろうじて健在なエンジン目掛けて、トドメの一撃を放つ。命中初弾が機体後部の外板を剥ぎ取り、捲れあがった内部構造へと弾頭が飛び込んでいく。エンジン内部のパイプが引き裂かれ、千切れ飛んだタービンブレードが内からエンジン構造部を粉砕していく。機体後部を真っ黒な煙に包み込んだ敵機に最早出来ることは無く、高度を下げていく機体のキャノピーが吹き飛んで、白いパラシュートの花が空に咲く。再び合流したノリエガ少尉が、「やったね」と言うように翼を左右に振る。さ、仕切り直しだ。私たちが護衛機と戦っている間に、輸送機は少しずつ離れているかもしれない。改めてモンテブリーズ国際空港方面へと機種を向け、獲物の姿を私たちは捜し求める。

私たちがこんな奥地まで攻め込んでくることは予想もしていなかったのか、敵の足は鈍重だった。どうやら管制の指示を無視して逃げにかかった輸送機の一隊は、一旦戦域南東方面へと進んだファレーエフ中尉たちの真正面に飛び込んでしまい、抵抗する間もなく葬り去られていた。ようやく敵――私たちの姿に気が付いた敵が本格的に迎撃機を離陸させるよりも早く空港に到達した私とノリエガ少尉は、スクランブル待機中の護衛機に思う存分攻撃を加えていった。
「ちっ……ょう、……レリアの野郎どもが……!」
「管制……示は待機!繰り…す、…制…指……待機!」
「馬鹿野郎、空の上で……ってい……るか!!敵は並の相手……ないんだぞ!?」
混乱する敵部隊は、私たちにとって格好の的だった。既に滑走路上に被害が出ているにもかかわらず、管制塔は退避命令の発令を渋っているらしい。軍用回線を通じてグリスウォールにお伺いでも立てているのだろうか?もう管制の指示は待っていられない、とようやく重い腰を上げた敵部隊がそれぞれの方角を目指して散開するが、それは余りにも遅きに失した退避行動だった。レーダーの目を奪われているとはいえ、輸送機の機影は戦闘機に比べれば格段に大きいし、遠方から捕捉することも可能である。加えて、足も遅い。空港上空に固まるようにして浮かんでいた輸送機たちの群れは、結局まともに逃げることも出来ずに、次から次へとミサイルと機関砲弾の雨を浴びて、火の玉と化していった。オーレリア軍の侵攻を足止めしているはずのネベラ・ジャマーが、皮肉にも護衛機たちの攻撃手段をも著しく制限してくれる。護衛機たちに出来ることは、私たちの手で友軍機が葬り去られていくのをただ呆然と見守ることだけだった。何とか逃れようと旋回する輸送機の主翼に狙いを定めて機関砲を叩き込み、翼をへし折られた輸送機が操縦不能となって高度を下げていくその真上を追い抜いて旋回。次の攻撃目標を捜し求めて周囲警戒へ移行。敵戦闘機部隊は戦意喪失してしまったのか、こちらに対して積極的に攻撃を仕掛けようとはしなかった。護衛機に見放された輸送機ほど惨めなものはない。私たちが輸送機の一団を殲滅するのに、それほどの時間は必要なかったのである。
「……空港上空、制圧完了。輸送機の機影は確認出来ず」
「やれやれ、やっと終わったか。これでこの狭いコクピットともおさらば出来るね」
グランディス隊長はバイザーを上げてため息を付いている。どうやら本当に狭くてたまらないらしい。私はモンテブリーズの地図を引っ張り出して、地上部隊とのランデブーポイントを再確認した。街の南西部に位置する、中・小型機用の滑走路。平常時なら、短距離を結ぶプロペラ機の定期路線や、セスナ機、ビジネスジェットなどが主に使用している小さな空港が、工業都市の南西部に存在するのだ。工場地帯からも離れ、滑走路も短いこの空港に利用価値を見出さなかったのか、レサス軍はごく少数の警備部隊のみ配置して実質的には放置していた。今では、その警備兵たちもいない。私たちの到着に先立って、先行潜入部隊と市民の協力者たちの手によって制圧されるていたからだ。このまま何事も無ければ、私とグランディス隊長はそこへと向かい、しばらくは空の上もお預けとなる。それにしても、私たちは本当に輸送機を殲滅したのだろうか?それにあの輸送機たちは一体何を積み込んでいたのだろう?相変わらず分厚い雲に覆われた空を旋回していると、友軍からのコール音が鳴り響いた。
「こちらピューマ隊。どうやら君たちの追撃を逃れてきたらしい敵がこっちに近付いているぞ。確認出来る限りで、輸送機が3機、接近中だ」
「まだいやがったか。雲の中に紛れて、こちらの追撃を振り切ったというわけだ」
「まあいいさ。ちょうどあたいらのランデブーポイントの方面だ。ミッドガルツとファレーエフはこのまま空港上空で待機、あたいらとロベルタで残りを仕留めるよ」
「カイト2、了解」
「カイト4、了解した。隊長もフィーナも気を付けてな」
北西方面へと針路を変更して、私はスロットルレバーを奥まで押し込んだ。ノリエガ少尉のYF-23Aも真横にポジションを取って加速する。まだまだ充分に間に合う距離だ。焦ることなど何も無い。素早く兵装残弾数を確認し、機体状況をチェックする。
「来た来た来た。輸送機の機影が3つ、雲を避けてやや低空を飛行中。針路は海岸線沿い。大回りで海上を抜けて本国にでも向かうのかな?」
こちらも海岸線沿いに針路を向けて、少しずつ高度を下げていく。真っ白な雲の塊が次第に薄くなり、ようやく視界がクリアになる。雲の高度は4,000フィートというところか?足元の風景を確認しながら、目標を追って北上する。相変わらずジャミングは強い。通常の環境なら、AWACSの支援を受けた長距離ミサイルを放ち、戦闘終了、と出来ているに違いない。まるでレーダーやミサイルが実用化される以前の空に戻ったような気分だった。
「……ままじ…やられ……けだ。積荷を使用…るぞ。ハッチを開け!」
何だろう?この距離、この戦況下で、有効な攻撃オプションはあるはずもない――肉眼でようやく捕捉した輸送機の群れの中で、1機が貨物室のハッチをゆっくりと開いている最中だった。嫌な予感がする。真後ろに付くことを敬遠してやや上方へと退避した刹那、輸送機の開かれたハッチから赤い蛍光色の光の柱が音も無く吹き出した。レーザー兵器!?輸送機から虚空を貫いた光の柱は、薄い雲を引き裂くようにして空を漂っている。迂闊な接近は危険。見れば、残りの輸送機たちも貨物室を開こうとしている。
「ありゃビーム砲だね。あたいのADF-01Sのレーザー砲よりも大出力のやつだ」
「レサスがここで作っていた兵器って、まさかアレのことなんでしょうか?」
「……だろうね。それも、グリスウォールに持ち帰って、足下に強力なジェネレーターでも取り付けられたら、洒落にならない威力になるだろう。見たところ、ただ撃つだけしか出来ないようだ。遠慮はいらないよ」
「――了解」
敵の切り札に気が付かずに接近していたらひとたまりも無かっただろうが、手の内が分かってしまえばそれほど厳しい相手ではない。相手の射線上には入らなければいいだけのこと。それにあれだけ大出力の光学兵器、うまくジェネレーターを破壊出来れば簡単に敵機を破壊できるはず。散開した私とノリエガ少尉は、敵輸送機の上方から襲い掛かった。照準レティクルを目を細めながら睨み付ける。敵機から再び真っ赤な光が放たれる。こちらに攻撃を食らわせようと、敵機は降下しながら少しずつ機首を下げていく。機体を安定させつつ、攻撃目標に対してガンアタック開始。残弾カウンタが勢い良く減少。曳光弾の筋が輸送機の巨体に吸い込まれ、そして火花を散らす。垂直尾翼の付け根付近を貫いた弾頭は、敵機の貨物室の中へと飛び込み、そして炸裂した。連続して機内へと殺到した機関砲弾は、貨物室の中に搭載されていたビーム兵器の構造部に突入する。臨界に達していたジェネレーターは負荷に耐えることが出来ず、引き裂かれた構造部から高温の炎が吹き出した。瞬時にして膨れ上がった火の玉は、輸送機の脆弱な機体を内から引き裂いた。巨大な火の玉が虚空に膨れ上がり、残骸を周囲に弾き飛ばしながら燃え上がる。続けて第2目標。中の乗組員たちがどうなったかを想像すると胃液が逆流してきそうな気分になるが、このまま見逃せばその憂き目に遭うのは自分たちだ。見逃すわけにはいかない。必死に機体を振ってビームの柱をこちらへと叩きつけようとする敵輸送機。充分に敵を引き寄せつつ、私は再び機関砲弾の雨を降らす。右斜め後ろから連続して穴が穿たれ、火花が飛ぶ。痙攣するように震えた敵機の格納庫のハッチが弾け飛び、中から真っ赤な炎が吹き出した。コントロールを失った輸送機が、引き裂かれた機体の隙間から炎を吹き出しながら高度を下げていく。小爆発がいくつも花開いた次の瞬間、新たな火の玉が膨れあがって、輸送機の姿を引き千切った。再び静まり返った空に、敵の姿は無い。今度こそ、作戦終了かな?任務とはいえ、反撃手段もろくにもたない相手を攻撃することには今でも抵抗がある。いまさらこの手は白いなんて考えはしないけれども、必要のない殺戮はしたくない。……例え、それが甘いと言われようとも、だ。
「他に敵はいないみたいだね。よしフィーナ、この隙に地上へ降りちまおう。ロベルタはファレーエフたちと合流後、プナ平原基地へ戻っとくれ。後は任せたよ」
「了解です。やり過ぎないように気を付けて下さいよ。フィーナもいるんですからね?」
「どいつもこいつも、何であたいが危ないことをすると思っているんだ、全く!?」
私自身もそう思っているのだから仕方ない。思わずクスクス笑ってしまうと、どん、とシートが蹴飛ばされる。グランディス隊長が不機嫌そうな顔で私を睨み付けていた。ゆっくりと旋回しながら、私は高度を下げていく。再び戻る頃には、レサスとの決戦が始まっているのだろうか?次に上がるときには、一緒に上がりたいものね――。多分、今頃は少しは心配をしてくれているであろう少年の姿を思い出して、私はひとり、マスクの下でクスリと笑った。
どんなに強力なジャミングでも、星の瞬きまで隠せるわけじゃない。都心と呼んで差し支えの無いグリスウォールでここまではっきりと星空が見えるのは、街の光が暗くなったからだ。臆病風に吹かれたわけではなかろうが、レサス軍は夜間の幹線道路や高速道路、高層ビルの照明に関して一方的に制限をかけたのである。基本的に市民生活には支障を及ぼさないとしていたレサス軍の戦略が、大きく変わろうとしている。レサスの大将はともかくとして、兵士たちの間に動揺が広がっている何よりの証左だ。四半世紀前に実質的に滅んだかつての雇い主もそうだったな、と思い出して、ズボフは自嘲気味に笑い、缶ビールをぐいを呷った。
「爺が星空に願い事かい?似合わないねぇ」
「ヘン、俺はこう見えて、ロ・マ・ン・チ・ス・ト、なんだよ」
「今言ってて恥ずかしかっただろう、かなり?」
「ほっとけ。ケッ、ビールが不味くなるぜ。やはり黒はノルト・ベルカ産に限るな」
黙り込んだズボフに苦笑を返しながら、フェラーリンは隣に並ぶ。胸元のポケットから取り出したジッポに炎を灯し、口元の煙草に火をつける。紫煙がゆらり、と星空に溶け込んでいく。
「――ついさっき、連絡が入った。ジュネットの協力者たちが無事にモンテブリーズに到着した、と」
「ほぉぉ。じゃ、ドンパチやらかす日も近付いたってことだな。ヘヘッ。ヘヘヘヘヘ、面白くなってきやがった」
「全くなぁ、こんな日がこんにな早くやってくるとは思わなかったんだがなぁ。ま、荒事は俺たちの十八番さ。潜入先が昔の仕事場ともなれば、やりがいもあるというものさ」
南十字星たちの活躍は、色々なルートを通じて市民たちの間にも少しずつ伝わっている。その影響か、以前よりも協力してくれる者たちが確実に増えている。合流するオーレリア不正規軍の猛者たちの分の装備調達についても、そんな協力者たちのおかげでメドがついたというものだった。準備は着実に進んでいる。自動小銃から防弾チョッキ、サブマシンガンにグレネード、及びその弾薬類。各地に散っていた元部下たちを呼び戻し、密かにグリスウォールに潜伏させる手筈。作戦当日の移動手段等の確保。ズボフから見ると気が遠くなりそうな地道な仕事を、フェラーリンはテキパキと順序良く片していくのである。こんな人材を野に下している時点で、オーレリア政府の連中というのは人を見る目が本当に無い。ま、レサスのおかげでそんな連中が一掃されちまったから、今後については多少良くなるかもしれないが、とズボフはフェラーリンたちに同情した。
「ま、何やるにしても急ぐこたないさ。このジャミングを何とかしないと、不正規軍の奴らも来られないんだからよ。ところで、向こうからはどんな奴が来るんだ?えらく潜入するのに手の込んだ仕掛けをしているみたいだが……」
「詳しいことは聞いてないが、ジュネットの話じゃ、一人は若くてイキのいいナイスらしい」
「ほ、ナイスか!?ヘッ、レサスのおかげでお預けの目の保養が、ここで一気に充電できそうだな」
「そのナイスに、ゴリラみたいなお守りも一緒だとさ」
「あ、それは勘弁だぜ。おい、そのゴリラだけどっかで放っちまいな」
出来るわけ無いだろう、とフェラーリンが肩をすくめる。どうやらその「お守り」は、なかなかやり手の怖い奴らしい。
「なに、お前らの手痛い歓迎にかかれば、イ・チ・コ・ロなんだろ?」
「フフ、それもいいなぁ。じゃ、悪戯の用意もしておくか」
「乗ったぜその話。面白そうだ」
不良中年と不良老人の楽しそうな笑い声が、灯火管制の敷かれたグリスウォールの街に木霊する。もっとも、数日後に手痛い歓迎どころか手痛い訪問を受ける羽目になることを、彼らはまだ知る由もなかったのだが――。
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