生兵法は怪我の元
見上げる空は抜けるような蒼空。だが今日は、それ以外にも空がクリアである理由があった。今作戦のフェイズTとして実行された、グリフィス隊によるネベラ・ジャマー破壊作戦が成功し、オーレリアの北半分を覆っていた広範囲のジャミングが一掃されたのである。しばらくの間、ジャミングに紛れていたレサス軍の動きを隠せるものはもう存在しない。これからは何事もやりやすくなるに違いない。はっきりとクリアになったレーダーには、いくつかの編隊を組んでモンテブリーズへと向かう友軍機たちの姿が映し出されている。少し遅れた地上では、ディビス師団・バーグマン師団を中核とする地上軍主力部隊が前進を始めているはずだ。モンテブリーズの制圧は、グリスウォール侵攻作戦の橋頭堡を確保するために、避けて通れない。レサス軍がもしこの地に大規模防衛部隊を派遣していたとしたら、損害が出ることも止む無し――オーレリア不正規軍はそう覚悟を決めていた。マクレーン自身もそう覚悟していたのだが、今のところモンテブリーズ市内にそのような影は見えない、とAWACSからは報告が届いていた。そう易々と、この重要拠点をレサスは明け渡すつもりなのだろうか?何だか嫌な予感がする。コクピットから見える光景を眺めながら、マクレーンは首を傾げた。
「バトルアクスリーダーより、カイト4。何だか腑に落ちない。そっちのレーダーには何か別のものが映っていたりしないか?」
「映っていたら面白いんだがな。恐らくそっちと同じものしか見えてないよ。……けれど、何だかおかしい。せめて足止め……時間稼ぎのための部隊が留まっているかと思ったんだが、その影すら見えないとは妙な話だ」
飛行隊はそろそろモンテブリーズの市街地へと到達しようとしている。ここを抜けると、グリスウォールに運び込まれたという光学兵器らを生産していた大規模工業地帯に到着する。だが、対空砲火の一筋すら見えない。レサスは本当に、この街から撤退したとでも言うのだろうか?靄がかかったような感覚に首を傾げるマクレーンの目に、敵性勢力を告げる光点が複数、モンテブリーズ北方から接近。ネベラ・ジャマーが無くなった恩恵を受けるのは、自分たちだけじゃないってか?次々と出現する敵機の姿を確認した友軍機たちが次々と交戦を宣言して加速していく。その姿を見送りながら、まだマクレーンは敵の意図を図りあぐねていた。
「隊長、我々はどうします?」
「行きたきゃ行ってもいいぞ」
「そりゃ命令違反でしょ。隊長の命令を待たずに戦闘を開始した、ってね」
「分かってるんなら聞くなよ。……うちにもファルコやアクイラがいる。生半可な腕の部隊じゃ相手にもならんさ」
サチャナ基地に加わったのは何も傭兵ばかりではない。開戦直後に基地を破壊され、飛び立つことも出来ずにいた正規兵のパイロットたちがようやく不正規軍へと加わってきていたのだ。オーブリーに引きこもってからは直接接することが無かったが、噂に違わぬ技量を彼らは発揮し、不正規軍航空部隊の中でもすぐさま一目置かれる存在となっていた。そんな彼らですら、ジャスティンとスコットには脱帽というのはマクレーンにしてみれば嬉しい限りではあったものの、少しばかり悔しいような気もした。そのファルコ隊とアクイラ隊が、先頭に立って敵部隊と交戦開始。ラファールやミラージュ2000といった非ステルス機を主体とした敵航空部隊の数は多かったが、戦闘のペースは明らかにこちらに優位のまま進んでいる。Su-37で新編成されたアクイラ隊が敵の布陣をかき回す一方で、ファルコ隊のF-16Cが着実に敵を葬ってスコアを稼いでいく。他の部隊もそれに負けじと奮戦する。数的優勢を活かしきれず、乱戦状態に持ち込まれたレサス軍航空部隊は、戦域内での局地戦を強いられる羽目になっていた。こうなってしまえば、戦闘経験豊富な傭兵たちの実力が物を言う。劣勢ならば戦闘に加わろうとマクレーンは思っていたが、どうやらその必要は無さそうだった。そして、同じ判断を下したのか、カイト隊のトライアングルも彼らに並んだままだった。
「バトルアクスリーダーよりクラックスへ。地上部隊の先遣隊はモンテブリーズに入っているのか?」
「クラックスよりバトルアクスリーダー、間もなく工業地帯に入る頃ですが……何か問題でも?」
「カイト4よりクラックス、敵の防衛部隊の姿が無いのはおかしいと思わないか?待ち伏せでもしているのかと思ったのだが、そのような様子も無い。どうにも嫌な予感がするんだ。先遣隊の調査と報告を急がせてくれ」
「了解しました。バトルアクス隊、カイト隊はそのまま工業地帯上空で待機、周囲警戒に務めて下さい」
レサス軍航空部隊迎撃を他部隊に任せ、マクレーンたちは再び工業地帯の南端方面へと針路を変える。広大な工業地域の間を貫くように走っているのは、首都グリスウォールへと続く工業専用列車の線路だ。戦争前は、この地域で製造された様々な物資を首都近郊のコンテナ・ターミナルで分配していたものだが、レサス軍による占領後は軍需物資の輸送線として存分に活用されたいわくつきの路線でもある。恐らくは、首都の防衛兵器として開発されたという光学兵器のパーツもこれで運ばれていたに違いない。その線路脇の舗装道路を、友軍先遣隊のジープが数台、走っている。マクレーンたちの機影に気が付いた兵士が腕を振っている。目のいい奴がいるもんだ、と感心しながら、マクレーンは翼を振って応える。足下には、一つの建物が旅客機の格納庫サイズくらいありそうな工場がいくつも立ち並んでいる。かつて、世界最高の技術力を誇ったというベルカの大工業都市に比べれば随分とスケールは小さいのだろうが、一国の工業地帯としては過分なサイズと言っても良かった。レーダー上、特に敵らしき姿は見えない。友軍の車両の小さな光点が、道沿いに進んでいくくらいのものだ。思い過ごしだったのだろうか?
「ディビス・リーダーより、バトルアクスリーダーへ。モンテブリーズ市内の状況、上から見てどうか?」
「先遣隊のジープが良く見える。後は上空の航空部隊くらいなんだが……」
「何だって?……そいつはちょっと妙だな。砲台の一つも無いのか?」
「無いな。もぬけの殻、という奴だ」
「了解した。先遣隊の奴らに注意するよう伝えるよ。……ところで、この通信、AWACSも聞いているよな?作戦地域に向かって輸送列車が走っているようなんだが、何か別口の作戦でも遂行しているんだろうか?」
「クラックスよりディビス・リーダー、こちらも把握していません。……アンノウン確認、高速でモンテブリーズ市街を通過中」
「おいおい、そんな話は聞いてないぞ。それも、不正規軍の奪還地域からだって?どこのどいつだ、そんなふざけた真似しているのは?」
マクレーンのぼやきに呼応したわけではないだろうが、回線に割り込むようにしてノイズが走り、続けて場違いな歓声がパイロットたちの耳を打った。その場に居合わせた誰もが耳を疑い、その声の主の正気を疑ったことだろう。
「ヤーハー、すごいぞ、オーレリア不正規軍の戦闘機だ!!ヘイ、聞こえるか、俺たちゃ"オーレリア解放戦線"だぜ!!……おい、本当に聞こえているんだろうな、コレ?」
「当たり前だろ、俺を誰だと思っている!?」
「クラックスより、戦域に進行中の列車へ。モンテブリーズ地域は現在戦闘中です。大至急停止してください。繰り返します、大至急停止してください!!」
だが返事が返ってこない。どうやらお騒がせ連中の無線、発信だけの一方通行になっているらしい。素人らしい失敗と笑っていられるうちは良いが、連中の進む先は戦闘真っ最中。何とかして止まってもらわないと、作戦行動自体に重大な影響が出かねない。……そうだ、先遣隊!彼らに何とかして義勇軍気取りの連中を止めてもらえないだろうか?コンタクトを取ろうと回線を開こうとしたマクレーンの前で、巨大な火球が地上に膨れ上がった。工場の一つの屋根が木っ端微塵に吹っ飛び、辺り一帯に炎と破片とが降り注ぐ。一瞬にして炎の海と化した地上を見れば、哀れ黒焦げになったジープが逆さまに転がっている。乗っていた兵士の姿など見る影も無い。周辺に敵戦闘機らしき姿は見えず、どうやら爆発の原因は地上にあるらしい。マクレーンはようやく敵の狙いを察知し、首を振った。レサス軍は防衛部隊を展開する代わりに、この地域の主要施設に片っ端からセンサー式の高性能爆弾を仕掛けていったのだ。近付けば、たちまちドカン。知らずに進めば甚大な損害を被っただろうが、先遣隊の犠牲のおかげで、本隊は多少時間がかかっても爆弾処理をしながら進めば良い。が、困った要因がある。この地域に、戦況を全く知らずに突撃している連中がいることだ。ほとんど工場地帯に隣接するように走っている路線だ。放っておけば、間違いなく大爆発の中で一生に一度しか出来ない経験を積むことになる。そして民間人をみすみす見放したとあれば、不正規軍の大義名分は失墜する。さあ、どうする?考えている間にも、あのお調子者たちは近づいて来る。
「カイト5よりバトルアクスリーダー、適当な障害物を作って止めますか?」
「こっちからの通信が聞こえないとなると、事故に繋がる可能性もある。せめて連絡が取れれば良いんだが、奴さんたち、受信が出来ないと来た。クラックス、この地域にオーレリアの民間人はいないんだよな?」
「そのはずです。民間人は立ち入りを禁じられていましたから、現在もその状況は変わらないと思われます」
「……仕方ない。線路沿いに立っている工場施設、片っ端から吹っ飛ばしてしまおう」
やれやれ、ジャスティンたちのような無茶な発想に感染したらしい、とマクレーンは苦笑する。一同、呆気に取られて返す言葉も無し。ようやく平静を取り戻したらしいファレーエフ中尉ですら、声が少し上ずっている。誰だって自分の頭を疑うだろう。だが、マクレーンには確固たる答があった。
「本当に良いのか?オーレリア復興のために必要になるかもしれないぞ?」
「ああ、構わないさ。レサスの身を守るような物騒な兵器を作り出した工場なんぞ、解放後のオーレリアには必要ない。また新しく作り直せばいいさ。責任は……レサスに尻尾を振っている犬たちに押し付けよう」
マクレーンはそう言うなり、線路沿いに立つ手近な工場に対して機関砲の雨を降らした。砕かれた煙突が崩れ落ち、天井部のコンクリートにいくつかの穴が穿たれたと思った刹那、真っ赤な炎が建物の上部を吹き飛ばし、黒煙と爆炎とが膨れあがった。予想とおり、強力な爆弾が相当仕掛けられているのは間違いない。もちろん、この破壊行為を咎める輩は出てくることだろう。だがマクレーンは、自分たちだけ安全ならいいや、という発想の元に開発された防衛兵器など認める気にもならなかった。そもそも、ガイアスタワーだけ無事ならいいという発想が気に入らない。そこだけ生き残って何になるというのだろう?この際、軍部と政府に対するショック療法として、二度とそんな代物を生み出せないようにしてやる――次の目標に狙いを定めて、YR-99が牙を剥く。再び放たれた機関砲弾の雨に、新たな火球が膨れ上がる。
「ああああ、無茶苦茶だよ、ウチの隊長。んで従わないと後が怖いんだ、きっと!」
そう言いながらもラターブルが攻撃を開始する。モンテブリーズ工業地帯に大爆発が連鎖する。
「――吹っ切れた人間てのは、本当に面白いものだな。よし、こうなれば毒食わば皿までだ」
「ええ!?ファレーエフ中尉まで!?」
「この際、それが最上の策。カイト2、エンゲージ」
低空へと舞い降りたカイト隊が攻撃を開始。工業地帯を貫く輸送線の周囲はたちまち紅蓮の炎に包まれていく。向こうで戦っているレサス軍も友軍たちも、きっと何が起こっているのか不思議でならないだろう。とことんやってやるさ――燃え上がる炎を翼で引き裂きながら、マクレーンは次なる目標へと狙いを定め、トリガーを引いた。
盛大な火柱が線路沿いに幾本も空に延び、天を焦がす。例の猪突猛進好きの連中は相変わらず停止する素振りもなく、この街を抜けるべく驀進中だ。元気だけは認めてやってもいいだろうが、他の連中にまで迷惑かけまくり、という点は気に食わん――粗方線路に隣接した建物は炎に包まれ、陸軍部隊の足を止めるためのトラップは多くが炎の中に没している。街中にはまだ残っている可能性が高いが、後は工兵隊たちに任せてもいいだろう――地上攻撃のせいで特に機関砲弾の残りは少なくなっていることを確認し、マクレーンは愛機と共に雲の上へと舞い上がった。モンテブリーズ上空の空中戦は完全にこちら側のワンサイドゲームと化し、レサス軍部隊は散り散りになって追い回される戦況となっている。混戦して飛び込んでくる敵の悲鳴は、「そんなバカなことがあってたまるか」の連呼だ。だが、平和ボケしていたオーレリアとはいえ、中にいた連中まで皆南洋の太陽に脳をとろけさせていたわけじゃあない。今日まで生き延びてきた奴がどれだけ手強い連中か、レサスの連中が理解していなかっただけのことだ。後は彼らと陸軍に任せて――そんなことを考え始めていたマクレーンのコクピットに、耳障りな電子音が響く。YR-99のモニター面に四角いカーソルが複数表示され、自動的にズームアップした映像が映し出される。レーダーに反応なし。だがそこにいるのは、友軍ではない戦闘機たちの姿だ。こちらにステルスあれば、レサスにも当然存在する。どうやら、業を煮やした本命が出現したということのようだ。FB-22の編隊が複数、マクレーンたちのやや上空を通過して陸軍部隊へと向かっていた。
「――!上方に機影確認、敵、複数編隊!!」
「目がいいな、カイト2。敵編隊はFB-22!こいつが本命だ!」
後方からアフターバーナーを点して加速したF-22Sがマクレーンたちを追い抜いて急上昇していく。続けてYF-23S。カイト5の乗る機体だ。
「おいおい、早いじゃないのさ、カイト隊!」
「悪いな、バトルアクス3。たまには、私も熱くなってみたいんだよ」
鮮やかなエッジを刻むようにファレーエフを先頭にしたカイト隊が、敵編隊の横合いから一気に飛び込んでいく。少し遅れて上昇に転じたマクレーンたちは、手近な一団に狙いを定めると、その後方から襲いかかった。散開して回避機動に転ずる敵機の一つに喰らいつき、その尻を追い掛け回す。爆装しているとはいえ、さすがは元々の性能が高いFB-22だ。簡単にはやらせてくれない。素早く機体を垂直に立て、右方向へと急旋回していく敵機を追い、マクレーンも旋回。少しRを遠めにとりつつ、速度を上げて外側から回り込むようにして敵を追う。圧し掛かるGは決して軽いものではなかったが、新たな愛機はそんなものを屁とも思わぬ加速を見せる。こちらの姿を一瞬背後に見失った敵機が、反対方向へと切り返すためにローリング。速度が一瞬落ちるそのタイミングを待って、マクレーンは翼の下にぶら下げてきたミサイルを放つ。真っ白な排気煙が獲物目掛けて一直線に伸びる。敵機も危機を察知してアフターバーナーON。高Gをかけながら離脱を図る。敵機とミサイルの後を追って、マクレーンも速度を上げる。だが振り切るには距離が無さ過ぎた。ミサイルはFB-22の広い主翼の直上で信管を作動させて爆発、無数の破片が機体を切り刻む。黒煙に包まれコントロールを失った敵機がふらふらと高度を下げていく。まずは1機。陸上部隊には、絶対に到達させるものか――敵を睨み付けるマクレーンのコクピットに、警報音。背後に回り込んできた敵機からのレーダー照射だ。
「隊長、チェックシックス!」
「見えてるよ。――かわすさ」
必勝の好機と見たのか、敵機は加速しながら襲い掛かってくる。耳障りな警報音はなりっ放しだが、他の友軍機と連携せずに単機で突入してくる敵の姿にマクレーンはほくそ笑んだ。スロットルを少しずつ落としながら旋回。敵のHUD上では、徐々にYR-99の後姿が照準レティクルへと近付き、敵パイロットは逸る心を抑えられずにいるだろう。せいぜい浸っているがいいさ――スロットルMIN、エアブレーキON、操縦桿ちょい引き。強烈なブレーキ感に前進の血液が一瞬身体の前側へ集中する。宙空に止まるように急減速したYR-99。後方から必殺の一撃を叩き込もうと加速していた敵機にはたまったものではなかった。好機どころか空中衝突の危険に突然晒されたのだ。悲鳴交じりの罵り声が、マクレーンの後ろを通り抜けていく。敵機の真上、そのままクルビットで一回転した愛機の機首が、低空へとかろうじて逃れた敵機の後姿を捕捉する。痺れたような感覚がする腕を前へと押し込み、すぐさまスロットルON。ほどなくモニター上を滑るように動くミサイルシーカーが敵を追い詰めていく。――ロックオン。心地良い電子音を確認するや否や、マクレーンは発射レリーズを押し込む。猛烈な加速で迫り来るミサイルを、急降下で距離を稼いで逃れようとした敵の意図は決して間違いではない。だがそれは、高Gに晒される環境下で適確な操縦が出来る人間なら、という条件が付く。低空まで舞い降りて水平に戻そうとした敵機は、目前の障害物の存在に気が付くのが遅過ぎた。工場から突き出した煙突に衝突した主翼がひしゃげ、衝撃で煙突のコンクリートが弾け飛ぶ。上部を切り倒されたように崩れ落ちる煙突。衝突の反動でコマのように横に回る敵機は、操縦不能に陥った後、地面に何度かバウンドして炎に包まれる。さらに悪いことに、崩れ落ちたコンクリートの衝撃で、工場に仕掛けられた爆弾が一斉に起爆した。ズシン、とコクピットの中まで響くように轟音と共に、巨大な火球が新たに膨れ上がる。
「ナイスキル、バトルアクスリーダー」
「あれじゃ自爆さ。俺のスコアには数えられない」
「こうして轡を並べて飛べることを嬉しく思うよ。さあ、獲物はまだ残っている。狩り尽くそうじゃないか?」
「フン、ユークトバニアの静かなる獅子も健在というわけだな。……じゃあ、いくか」
周囲は既に混戦状況に陥っていた。味方の損害を無視し得なくなって反転攻撃に転じたところまでは良かったのだろうが、今度は味方の多さがレサス軍部隊を苦しめている。反面、マクレーンたちは手近な敵を選んで攻撃し、危険を感じたら逃げ回るだけで良かった。さらに言うなれば、市街地北部エリアで行われていた空戦が一段落した今、援軍を要請することも出来るのである。局地的に見れば、数的優勢は既にオーレリア不正規軍へと傾きつつあった。ファレーエフのF-22Sと並んで、マクレーンのYR-99が垂直上昇。重力を振り切って一気に高空まで到達した2機は、敵の頭を抑えた絶好のポジションから攻撃を再開した。それぞれの機体から放たれたミサイルの直撃を被った敵機が火の玉と化し、攻撃を逃れた数機が散開して逃げ惑う。一旦突破して距離を稼いで反転、再び攻撃に向かう彼らの真正面から敵機が向かってくる。ヘッド・トゥ・ヘッド。互いに針路を変えないまま、彼我距離が縮まっていく。ミサイルは使用出来ない。ならば、残り弾を撃ち尽くしてやるまでだ。ガンモードへと素早く切替え、表示される照準レティクルを睨み付ける。敵の射線から僅かに機体をそらせつつ、自身の照準をしっかりと合わせていく。すれ違いざまのほんの一瞬、敵の姿を確実に捉え、マクレーンはトリガーを引いた。コンマ数秒後、互いの機体を轟音と衝撃に揺らしながら4機がすれ違った。自機にダメージ無し。隣を飛ぶファレーエフ機も無傷。後方を振り返ると、黒煙を吐き出したFB-22のキャノピーが跳ね上がり、白いパラシュートが虚空へと打ち上げられていた。ラターブルも善戦している。機動性だけを取れば極めて高い潜在能力を持つ機体を自在に操っているところはさすがだ。ウスティオの傭兵たちの間で揉まれてきたことは、奴にとって幸運だったに違いない。
「うお、上空見ろよ、空中戦だぞ空中戦。うひょぉ、かっこいいぜ!」
「ヘイ、上空の戦闘機さんよ。俺たちも乗っけてくれよ!?」
「クラックスより戦域に進行中の列車へ。そこはもう戦闘空域です、危険だから速やかに停止して安全な場所へと退避しなさい!!……って、まだ聞こえないのか、彼らは!!」
「ああああっ、工場が爆破されているぞ!!畜生、これじゃあ俺たちの武器を確保出来ないじゃないか!!」
……まだやっている。工場地帯へと差し掛かったらしい彼らの目の前に広がるのは、火の海と化した工場地帯だ。電車を降りて武器を探しに行かせないためにも、炎のカーテンは具合が良かったのである。それにしても連中、ここに来れば武器を入手出来ると踏んできたわけか。案外それなりの組織力を持っているのかもしれない。
「バーグマン・リーダーよりバトルアクス隊へ。先ほど輸送列車の架線を切断した。市街にある変電所も確保したところだ。連中の足をようやく止めてやれるぞ」
「こちらバトルアクス・リーダー、陸上部隊の機転に感謝!ついでに、連中にきついお灸を据えてやってくれ」
「了解。まあ、活きの良さそうな連中だから、しばらく荷物もちでこき使ってやってもいいかな。我々も間もなくそちらへと到達する。工兵隊を優先して投入するよ」
「バトルアクス・リーダー、了解。結構派手に仕掛けられているようだ。気を付けてくれよ」
「分かってる、そっちも気を付けてな。では、次の再会はグリスウォールで!」
それはとても魅力的な台詞だった。グリスウォールで……か。まさか本当に、そんな空想めいた反攻作戦がここまで成功するとは、マクレーン自身が未だに信じられずにいる。大勢が決しようとしている今、レサスの敗走は時間の問題だろう。だがそれだけでは全てが終わったとはいえない。あのナバロのことだ。まだ切り札を持っていてもおかしくはないし、国際社会に対しては「オーレリアをあるべき姿に矯正したから、名誉の撤退を行ったのだ」――などとアピールするかもしれない。それじゃあ、何の意味もない。この戦いは、ナバロとその背後にいる連中の私利私欲から始まった、まるで中世の頃のような欲望まみれの戦なのだ――そう、知らしめなければ、勝利とはいえないのだから。
「――バトルアクスリーダー、敵戦力がまだ残っている。殲滅の要アリ。指示を」
「一人で韜晦してないで下さいや、隊長。一発コシの効いた奴、頼んますよ」
「……良し、何だよ、受信のコードが外れたままじゃないか。感度良好、良く聞こえてきたぜ」
何だよ最後のは。思わずマクレーンはマスクの下で苦笑を浮かべた。
「やれやれ……生兵法は怪我の元とはよく言ったものですよ。停止した輸送列車の諸君、当区域はレサス軍の仕掛けたトラップが至るところに隠されている。絶対に動かないで下さいよ。勝手に動いて吹っ飛んでも、今度は助けませんからね!」
レーダーを見れば、生き残りの敵部隊がようやく逃げにかかろうとしていた。だが、この後に控えた決戦に向けて、敵戦力を可能な限り殺いでおくことは自分らにとって有効だ。残弾状況を確認し、戦闘継続可能であることをチェック。敵には恐らく残忍に見えるであろう笑みを浮かべて、マクレーンはわざと敵にも聞こえるよう、オープン回線を開いた。
「――バトルアクスリーダーより各機へ、敵を1機たりともこの街から逃すな。各員の奮闘に期待する。オーバー」
歓声と共に襲い掛かっていく戦闘機の群れ。四面楚歌に追い込まれて逃げ惑う敵。もうそこに、大義名分を掲げて攻め込んできたレサスの面影は無かった。
この日、オーレリア不正規軍はオーレリアの重要な工業都市モンテブリーズを解放し、地上軍主力部隊が展開したことを世界に向けて発信した。ネベラ・ジャマー無き今、真実を伝える声を遮るものは何もない。首都への道は、ついに開かれたのだ。
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