在るべき場所へ
シルメリィに乗艦してオーシアを発してから実際にはそれほど時間が経っていないにもかかわらず、レイヴン艦隊本部の置かれたこの軍港は何だか久しぶりのような気がする。全部隊が出動するような大規模緊急事態が発生しているわけでもなく、オーレリアとは別世界、平和な国家の基地がそこにある。私が違和感を感じるのは、ここしばらく、常に戦闘状態のオーレリア不正規軍の基地にあったからだろう。止むことの無いケロシンの香りと戦闘機のエンジンの奏でる咆哮。作戦から帰投した戦闘機に補給を速やかに行うべく待機する整備員たち。慌しく交わされる無線――グリスウォールの潜入作戦から早くも二週間が経過した今、サチャナ基地の喧騒が懐かしい。オーレリアから離れたここオーシアでも、グリスウォール上空を覆っていたネベラ・ジャマーが停止したこと、そしてその作戦を成功させた部隊の中に「南十字星」がいたことが、驚きと共に報じられていた。レサス軍が撮影したらしい写真の中に、見慣れない異形の、純白の戦闘機があった。私はそのショットを撮ったレサスの兵士に感謝したくなった。あの蒼空に戻ったジャスティンの無事な姿を、ここオーシアで存分に確認出来たのだから。酒保で買い込んだ新聞から切り抜いたその1ショットは、パイロットスーツにお守り代わりとして入れてある。もうすぐ、私は自分のいたい場所へと戻ることが出来る。端から見てもそわそわしているらしく、出発に向けた準備をしているグランディス隊長は呆れ顔で笑っていた。"そんな焦らなくたって、向こうはちゃんと待っているさ。首を長ーくしてな"とはその時の隊長の台詞だが、心の中で跳ね馬が飛び跳ねてしまっているのだから仕方ない。だから、次の作戦から使用する新たな愛機「F-35B」の点検と言いながら、実は意識が他に行ってしまっていた私は、格納庫の中に入ってきた上官の姿にも気が付かなかった。
「フィーナ、おい、フィーナったら!!」
「へっ……」
鈍い衝撃と鈍い音。慌てて立ち上がろうとして翼下パイロンにしたたかに頭を打ち付けてしまい、私はうずくまった。何やってんだい、という隊長の声と、からからと笑う若い声とが聞こえてきた。
「やれやれ、グランディスの言う通り、もう意識がオーレリアに飛んでいるみたいだね、少尉は」
「指導不足で申し訳ありません、少佐」
「そんなことないさ、現地での活躍は聞いているよ。それに、若いうちはその方がいい」
ようやく立ち上がった私は、痛む頭を撫でつつ、敬礼を施した。もう30は越えているはずなのだが、相変わらず若々しい顔の上官は、人好きのする笑いを浮かべて敬礼を返す。
「すみません、気が付きませんで……」
「うん、気にしない気にしない。まぁノヴォトニー少尉なら大丈夫さ。グランディスもいるし、南十字星の少年もいるし。それくらいの方が人生きっと楽しいよ」
「ちゃんと報告しといたよ。未来の優良株だ、ってね」
「隊長!!」
がっはっは、と大笑いするグランディス隊長。私は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
「そうは言うけど、Mr.Gの報告をするときのグランディスもなかなか見物だったよ。開口一番、"Mr.Gはご健在でした!"ときたもんだ。さすがにあれには、僕も笑ってしまったよ」
「しょ、少佐。それは言わない約束ってやつでしょうが」
「ん?まあ良いじゃないか、憧れのジャーナリストと行動を共に出来たんだろう?」
苦笑いしてそっぽを向いたグランディス隊長も、この童顔の上官には逆らえないらしい。まんまと図星を刺された隊長を楽しそうに眺めているこの人が、レイヴン艦隊のパイロットたちの中でも屈指のエースパイロットであるとは今でも信じられないように思う。が、実際に飛んでみれば誰もが舌を巻く。新型機への適応訓練を自ら買って出てくれたことはありがたい反面、余りの実力差と経験差を思い知らされる羽目になるので、がっくりとくるものだ。実際、私は一度も相手を完全に捕捉できることは出来ず、むしろそこから巻き返されて10回ほど撃墜されてしまった。後ろに目が付いているんじゃないかと思ってしまうような機動、適確な攻撃、どれもが私の及ぶ領域ではないと痛感させられる。ふと、ジャスティンだったらどうだろう、と思い浮かべてみる。ベテランの巧みな機動を彼はどうやって追撃するのだろう。そのとき、私はどう飛ぶべきなのだろう?
「――で、VTOLにも出来る機体は初めてだろうが、どうだい?乗りこなせそうかい?」
「思ったよりも扱い易いと。これからの作戦では対空戦闘以外のミッションも増えるでしょうから、何とか決戦前には乗りこなすようにします」
「僕をあれだけ追い詰められたんだ。もう充分に乗りこなしていると思うんだけどね」
「いえ、まだまだです。これじゃあ、向こうで"彼"をサポート出来ません。彼の速さに追いつかないと……」
ふーん、と笑いながらね少佐殿は私の頭を軽く何度か叩いた。
「何だか昔を思い出したよ。僕の憧れていた女性もそうだった。2番機として、隊長機を守り抜くんだ、と言ってね。ところがその隊長機が一戦終えるごとにどんどん先に行ってしまうのさ。後に付いていく僕らも大変だったけど、その背中を守り続けたあの人が誰よりも大変だっただろうね。そして、その背中を見守り続けて、逝ってしまった同僚も――」
海風が吹き抜けていく青空を見上げて、少佐殿は私たちに背を向けた。
「――でも、ね。その隊長が「悪魔」と敵に呼ばれるほどの戦果を挙げられたのは、心強い2番機が常にその背中を守り続けていたからでもあるのさ。きっと、南十字星も君を待っていると思うよ。安心して背中を任せられるパートナーをね。……守ってやるんだ、今日まで戦い続けている将来のトップエースを。それも、僕らに課せられた役割の一つなんだと、僕は思うよ」
「悪魔」と呼ばれたエースはもう空には存在しない。彼と共に飛んだ者たちは一人を除くと空から離れてしまっていた。その一人も彼のように現役では無い。当時を知るエースは、彼一人になっていたのだった。彼自身が新人、それもレイヴンに配属される若手たちを中心にして教官役を率先して担当しているのは、彼の良く知る男たちの姿と戦いを、若い世代へと伝えていくためなのかもしれない。
「――勿論です。私に出来る限り、私は彼の背中を守ってあげたい。この馬鹿げた戦争を無事に戦い終えて、未来を掴ませてあげたい。それが、敵の屍の上に成り立つものなのだとしても、余りにも早く戦争という現実に叩き込まれてしまった彼らを、ここで失わせるわけにはいかないと思うんです。だから、私は戻ります」
「うんうん、良い心がけだね」
「少佐ぁ、あんまり甘やかさないでくださいよ」
「おや、折角だからウチの将来有望株として手を付けさせちまいましょう、と提案したのはグランディスじゃなかったっけ?」
「た、隊長!!何をそんな先走ったこと……!」
「んー、だって端から見ているとさ、顔から火が出るほど恥ずかしいんだよ、アンタらは。どうせなら手を付けて、逃げらんないようにしちまうのも、女の甲斐性だよ」
「隊長ーっ!!」
そりゃあ、私の方が年上だし、ジャスティンはあの通りの朴念仁だし、リードするなら私から……?……というのは分かるけれども、何をどうしていくのかしら……?火が出るほど恥ずかしい気分で、顔が熱い。ああ、やっぱり聞いてくるんだった。どうやって「撃墜」する決心を固めたのかどうかを母親に。イッヒッヒッヒ、とまるでドミニク・ズボフのように笑う隊長の姿に呆れて振り返ると、少佐殿は苦笑しながら、私の肩を叩いて言った。
「ま、たまには玉砕してくるのもいい経験だよ。そのときには、ハートブレイク3のコールサインをノヴォトニー少尉にプレゼントするよ」
「結構です!!」
「じゃ、やっぱり頑張ってつれて来てもらわないと」
……とはいえ、ジャスティンの気持ちも気になる。そうなったらどうなるのだろう?やっぱり男の子だから……いやいや待て待て、悪友のスコットの例もある。目覚めてあんな色ボケになられたら、私の立場が全然ないじゃない!やっぱり私が押し倒すの?えー、それは恥ずかしいよぅ。……いやいや待て待て、あんまり積極的になって、嫌われてしまったらやっぱり私の立場がないじゃない!じゃ、やっぱり積極的にリードして……やだなぁ、もう。ぐるぐるぐるぐる思考が回ってしまう。上官たちそっちのけで私は自分の妄想の深みにはまっていく。

顔面を真っ赤っ赤にしながらうつろな瞳を蒼空に向ける部下の姿を見て、少佐と呼ばれた男は苦笑を浮かべながら頭を掻いた。
「やれやれ、どうしてこうも個性的な連中が集まっちゃうかな、うちの部隊」
「類は友を呼ぶと言いますからね。まさかご自身たちが例外だなんて思わないで下さいよ、ハートブレイク2?あたいらから見ても、余りに個性的な上官殿ばかりでしたからね。噂のウスティオ傭兵部隊にも負けないほどのね」
「だとしたら、僕らを集めて教育しようとした僕の上官の責任だね。ハートブレイク1に苦情を言ってごらん?」
人の悪い笑みを浮かべてみせる上官に、グランディスは降参とばかりに首を振り、肩をすくめたものである。
散々からかわれた挙句、見送りの同僚たちにまで「無事に連れて帰ってこいよ」という声を浴びせられながら滑走路を飛び立ったのも、もう数時間前。レサス領を迂回しつつ、グランディス隊長の操る新たな試作機と共に空中給油を受けながら、私たちは一路レイヴンウッズ――サチャナ基地への家路を急いでいた。夕暮れ時の空が赤く染まり始め、その色を浴びた森の木々が美しいコントラストを織り成す。私たちの乗る機体も、空の色に染まっている。そんな森の中にある平地に、誘導灯の煌きが瞬いていた。――ようやく帰ってきたんだ、私。故郷であるわけではないのに、何故か私は安堵した。
「サチャナ・コントロールよりカイトリーダー、カイト3。お帰りなさい!決戦には間に合ったみたいですね」
「カイトリーダーよりサチャナ・コントロール、その様子だとそっちもご機嫌みたいだね、アイリーン?煩悩坊やは元気ということだね」
「煩悩坊やの相棒も空に戻ってきましたよ、カイト3?」
「……ありがと。基地に着いたらちゃんと確認するわ」
グランディス隊長の操る試作機が先行する。レイヴン艦隊からオーレリア不正規軍への「支援」名目で提供されることになるあの機体は、実質的にジャスティンの予備機扱いとなる予定だった。実機を見るのは初めてだったが、次世代戦闘機のコンセプトモデルとして何機かの試作機が作られ、そのうちの何機かが実戦にも投入されたという「いわく付き」。XFA-27というコード番号で呼ばれるその機体は、ジャスティンの愛機に劣らない異形の機体だった。もっとも、あくまで「予備」機だ。ジャスティンの専用機が撃墜でもされない限りは、当分格納庫行きになるのだろうけど。それにしても、オーレリア不正規軍は次世代の戦闘機たちで賑わっている。ゼネラル・リソースに限らず、この戦争は軍需産業にとってみれば絶好のデモンストレーション会場と見ているのだろう。デモンストレーションのために起こされた戦争を、デモンストレーションのために投入される兵器で戦う。私たちの戦いは、いつもこの矛盾を抱えている。それでも、不必要な紛争が無限に引き起こされるよりも遙かにマシだ。不安定状態を敢えて作り出し、そのバランスを保つことこそ平和なんて理屈を、私は信じる気にもなれない。そのくだらない理屈のために、失われる命、失われる生活の重みを知らない者だけが、そんな台詞を吐くことが出来るのだから。

ゆっくりと高度を下げていく隊長機に続いて、私も着陸態勢を取る。スロットルを緩めつつ、ギアダウン。増加した空気抵抗によって、速度がさらに下がっていく。若干気流は進入方向に対して斜め。レイヴンウッズの木々が足下に近付いてくる。滑走路灯と基地の建物の灯りがはっきりと確認出来るようになる。進入速度、進入コース適正、針路そのまま。森の上空を飛び越えて、サチャナの滑走路へと舞い降りる。ピュッ、という音を立ててランディングギアが接地。フットペダルを踏み込み、エアブレーキON、スロットルMIN――コクピットの外を流れていく基地の風景が、次第にその早さを緩めていく。滑走路上で一旦停止した私たちは、コントロールの誘導に従って格納庫へと進んでいく。馴染みの整備士たちに出迎えられながら、カイト隊に割り当てられた格納庫の前に到達、エンジンOFF。数時間の酷使に疲れたように回転を止めたエンジンに「おつかれさま」と呟いて、私は久しぶりにキャノピーを全開にした。まだ昼の暑さを残す風と空気が、一気にコクピットの中へと流れ込んでくる。ヘルメットを脱ぐと、その風にあおられて髪が踊る。お帰りなさい、と馴染みの整備士が掛けてくれたタラップを駆け下りて、久しぶりの大地に足を接吻させる。何だかんだといって、安定した陸地は安心するものだ。サチャナにやってきた新型機を見るためか、整備士だけでなく傭兵たちも野次馬のように集まってくる。そんな集団の中、新型機にはちらりとしか視線を動かさずに、小走りに近付いてくる人影に私は気が付いた。自然と、頬が緩む。見せ物じゃないんだ、とグランディス隊長が野次馬を投げ飛ばしているのをちらりと確認して、私も機体を離れて走り出した。
「――お帰りなさい、フィーナ……さん」
「ただいま、ジャスティン。ほら、私ちゃんと帰ってきたわよ?」
「きっとグランディス隊長が無茶しているんだろうな……と誰もが期待してたんで……やっぱりとても心配でした。へへ……、顔見たら何だか安心しました」
照れ臭そうに笑うジャスティンが、何だかここを離れる時よりも少しだけ大人っぽく見えた。この短期間に何があったのかは分からなかったけれど、前の頼りなさが消えて、なんと言うか……こう胸の辺りをズキューンと撃ち抜くような格好良さが垣間見えた。そして、そんなジャスティンの姿に、私の堂々巡りの思考が杞憂であったと確信する。グリスウォールに潜入する時に約束した通り、ジャスティンは本当に私を心配してくれていたのだろう。
「オーシアのニュースで見たわよ。オーレリアの凶星再び、なんてひどいタイトルだったけれど。XR-45も復活したんだ?」
「はい、XR-45改め、XRX-45"フィルギアU"です」
「フィルギア……へぇ、ジャスティン、案外物知りだし、ロマンチストだったんだ。良くそんな旧い伝承に出てくる妖精の名前を知ってたわね」
「いや、僕が付けたんじゃないですよ。あの機体のオリジナルにそう名付けたエースにあやかって、です。でも、案外ぴったりかもしれない……って思います」
私も似たようなものだろうが、夕焼けの赤い色だけではなく、ジャスティンの顔も赤かった。照れ臭そうに頬を掻く彼の姿が、何だか今日はとてもいとおしい。特に会話を交わさなくても、こうしているだけで今はとても幸せな気分だった。とはいえ、沈黙したままでいるわけにもいかない。何か話題はなかったかな、と思考を巡らせて、口を開く。
「そういえば、ジャスティンは隊長さんになったんだよね?あ、じゃあグリフィスリーダー、って呼ばないと駄目かしら?」
「いや……そのぉ、空の上ではいいんですけど……それ以外は、今まで通りの方が……嬉しいかなぁ、なんて思うんですけど。それに、僕もグリフィス2とは呼びにくいですし、フィーナさんと呼べるほうがやっぱり嬉しいかなぁ……なんちゃって」
予想とおりの反応が楽しく嬉しい。……あれ、ちょっと待って?グリフィス2って何?ジャスティンが何気なく言った一言を思い出して、私はガツン、と頭を殴られたような気分になった。
「ちょっと待ってジャスティン。ひょっとして、私がグリフィス隊の2番機なの?」
今度はジャスティンがきょとんとした顔になる番だった。
「……もしかして、聞いてなかったんですか、フィーナさん?」
「うん、全然。今初めて聞いたわ」
「グランディス隊長らしいですねぇ……。あ、でも……駄目、ですかね?僕はとても、その、嬉しいんですけど。やっぱり心強いですし、安心して背中任せられますし!」
出発前の少佐殿の言葉を私は思い出した。照れ隠しに笑うジャスティンの本音に、胸が熱くなる。そうか、私は一緒に飛べるんだ、ジャスティンと。――グランディス隊長のことだ。知っていて黙っていたに違いない。でも、これで今まで以上に私は直接ジャスティンをサポートすることが出来る。それもグリフィス隊の2番機として。ジャスティンのウイングマンとして。――まだ空白のままの尾翼に、今ならあの気安く笑いかけるグリフィスと南十字星を飾りたい。私は少し姿勢を直して、ラフに敬礼した。
「グリフィス2、了解です。グリフィスリーダーを全面的にサポートします。……ねぇジャスティン、私が2番機になって嬉しいのって、安心して戦えるから――だけ?」
「え?」
在るべき場所へ 鼓動がいつもよりも早くビートを打っている。ちょっとだけ冒険。いや、かなり冒険かな?問われたジャスティンも目をパチパチさせながら黙っている。……切り出したものの、もし笑い飛ばされたりしたらどうしよう、という不安が鎌首をもたげてきて、思考がぐるぐると回りだす。ちょっとフライングしてしまったかなぁ、と少し上目遣いでジャスティンを見る。
「……一緒に、飛べるから……フィーナさんと、一緒に飛ぶことが出来るから嬉しい、って理由じゃ駄目ですか?」
「え?」
「ここからの戦いが、今までで一番厳しい戦いになるって、僕にも分かります。逃げ出せればいいのかもしれないけれど、僕にはもうそんなことは出来ない。戦って戦い抜くしかない。……だから、フィーナさんに背中を守ってもらえたらいいな、って思うんです……」
最後の方の声は聞き取れないくらいだったけれど、私にはジャスティンの声がはっきりと聞こえた。――ありがとう、ジャスティン。私には最高の答えだよ、今の君の言葉。声に出したかった想いは声にはならず、ええいままよ、と身体を動かそうと思った刹那――。
「だぁぁぁぁぁっ、まどろっこしいんだよ、アンタたち!!」
背後からがっちりと首を掴まれて、私とジャスティンはぐるぐるとその場を引き回された。いつの間にかXFA-27ではなく私たちを観察していたらしい野次馬たちから「やってらんないよなぁ」という声が聞こえてくる。
「折角あたいが野次馬の興味を引き付けてやってたのに、何をトロトロやってんだい!!ジャスティン、アンタも男なら、こういうときは熱い抱擁に熱い接吻の一つもしてやるってもんなんだよ!!」
「そ、そうなんですか!?」
「そんなスコットみたいなことしなくてもいいんです、ジャスティンは!」
「いやぁ、今日はグランディス隊長に賛成や。二人揃ってなんちゅーか……」
「お前が偉そうに言うんじゃない!!」
強烈な蹴りを顎に浴びて、スコットが背中から滑走路に転がる。観衆たちからどっと笑い声があがる。
「隊長もひどいですよ。何でグリフィス隊2番機の件、教えてくれなかったんです?」
「アンタねぇ、そういうのは想い人から聞いた方が嬉しいだろう?折角黙っててあげたのにさ」
「そりゃそうなんですけど……」
「フィーナもねぇ、この坊やの朴念仁さが分かっているんだったら、迷わずがばっと抱き寄せてみたらどうだい!?アンタなら効果テキメンだったのに……」
ジャスティンの顔が真っ赤に染まる。だから今そうしようとしていたのに、隊長に邪魔されたんです、私は。ようやくヘッドロックから私たちを解放すると、見てらんないよ、と言った様子でグランディス隊長は首を振った。向こうでは蹴り飛ばされたスコットがまだ置きあがれずに転がっている。
「ほら、野次馬の時間は終わりだよ、暇人ども!で、ジャスティン!」
「はいっ!」
ジャスティンを手招きした隊長は、大柄の身体を折り曲げるようにして何事かを耳打ちした。ニヤ、と笑う隊長。赤い顔をさらに赤くするジャスティン。一体隊長は何を伝えたんだろう?勿論、素直に教えてくれるはずも無い隊長は、野次馬たちを蹴飛ばすようにして追い払いながら言った。
「若いのはしばらくデート・タイムだ。レイヴンウッズの夕焼けでも眺めながら散歩してくるんだね、朴念仁カップル」
サムアップして笑った隊長は、最後まで残ろうとしていたスコットの襟首を掴みあげるとそのまま引きずって歩き出す。ひぇぇぇぇ、という悲鳴が次第に遠ざかっていく。後には、相変わらず照れ臭そうにしているジャスティンと、私。
「……じゃ、散歩――します?」
多分精一杯努力して浮かせたんだろうな、という彼の左手を私は握って、隣に立った。ヘヘ、と嬉しそうに笑うジャスティンを見て、私は私のいるべき居場所に戻ってきたことを確信し、普段は祈りもしない神様に、ジャスティンとの再会を心から感謝したのだった。

その晩、エンブレム描き二人組の力作が、私の空白の尾翼に初めて描かれることになった。オズワルド准尉は本懐がかなったと大喜び。少しずつ形を為していくグリフィスの姿を見上げる。楽しかった時間は、今日までだろう。心の中で跳ね馬が相変わらず跳ね回っている。でも、そろそろ気を引き締めないと。ジャスティンを必ず守り抜く――自分に誓った思いを裏切らないためにも。私の大切な、空駆ける南十字星と、これからも共に舞い続けるためにも――。
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