守りたい、その背中・前編
グリスウォールの市街は、いつにない緊張感に覆われていた。オーレリア不正規軍、グリスウォールへの進撃を開始――最早隠す必要もなく堂々と伝えられたその報告に、レサス軍の兵士たちは目に見えて浮き足立ち、そして本拠を守るべく陣地の構築を始めた。いつかは来ることくらい分かっていたはずなのに、いざその時が来てからの動揺ぶりが、いかに不正規軍の動きが迅速かつ意外なものであったが良く分かる。逆に言えば、それくらいレサスの占領方針は磐石の体制であると誰もが信じていたからこそ、兵士たちには信じられなかったのだろう。今や、追い詰められているのはオーレリアという国家ではなく、オーレリアに攻め入った自分たちであるということが。ようやくその事実を理解したのなら、今度はせいぜい後悔させてやらないとな――。既に夜の帳が下りたグリスウォールの街。灯火管制命令に反し、大多数の民家が明かりを全開にしてレサスへの抵抗を無言で語る。その混乱を静める時間的余裕を与えずに、オーレリア不正規軍の地上部隊が戦端を開いた。遠雷のように木霊するのは砲声。人気のない夜の通りを我が物顔に動き回っているのはレサス軍の兵士と装甲車たちだが、彼らがこの町のすべてを掌握しているわけではなかった。レサス軍は住民たちの命を人質に取るように敢えて外出禁止令を発令していたが、不正規軍や或いは義勇兵部隊、そしてレサスの敗北を願う者たちの手によって、市民たちの間では不正規軍の作戦開始日時が知れ渡っていた。だから、自分たちは不正規軍の兵士たちが動きやすいように、レサスの連中の足を引っ張ってやるだけさ。よじ登った建物の上で、フェラーリンは不敵な笑みを浮かべながら市街の夜景を見下ろした。既に彼の部下たちは市街地の各所に潜伏している。彼らにとっての戦いを始めるために。
「A班よりリーダー、展開終了」
「こちらB班、いつでもいけます」
全身黒ずくめの戦闘服を纏った筋骨隆々の男たちが、夜の街を滑るように動き出す。この日が来ることを、実はフェラーリンは切望していた。旧来の政府がどうなろうと彼の知ったことではなかったが、この街に生きる人々は違う。最前線の兵士たちのような装備を持たない彼らではあったが、前線でドンパチするだけが戦争ではない。後方撹乱や侵攻の障害物を事前排除しておくことも、戦闘の側面の一つなのだ。そのための準備を、フェラーリンたちは徹底的にこの1週間行ってきていた。仕込みは充分、後はアクションのみ。レサスの対空攻撃兵器に損害を与え、かつオーレリア不正規軍が既に市内へと潜入していると錯覚させるだけで良い。要は、レサスの連中を目前の戦闘に熱中させず、疑心暗鬼にさせることが肝要。いずれ撹乱であることが分かるとしても、混乱の時間を稼ぐことが何よりも目的だった。そのための準備は万端。加えて、ちゃんと彼ら「オストラアスール」隊の証跡も残す準備も万端だ。ちょっと真面目な兵士たちには刺激が強すぎてトラウマになるかもしれないが。戦闘が本格化してきたのか、市街に響き渡る砲声と爆発音が大きくなる。不正規軍の地上部隊を指揮するのは、フィリッポ・バーグマンとバグナード・ディビスと聞いている。もともと優秀な連中が、苦境を乗り越えたことで本物になって帰って来たのだ。多少の火砲の差は、簡単に埋められてしまうに違いない。それに、彼らには心強い空の連中が付いている。
「隊長、全隊の準備、整いました」
「先日の戦闘の負傷すら関係なし、か」
「この部隊、奮い立たない役立たずはおりませんよ。――隊長、命令をお願いします」
「グランディスの姉御に感化されたのか、ビルよ?軍人風が似合ってきたぜ」
そう言いながらもラフに敬礼を施しながら、フェラーリンは回線を開く。最終的には、この間潜り込んだこの街、この国の象徴に今度は表門から堂々と。全く、この国に嫌気が差しっ放しだったのはいつのことだったろう?奮い立つ心をおさえる術もなく、またその必要も今はない。
「各隊、作戦開始!ガイアスタワーで再会しよう。健闘を祈る!!」
左手に持ったスイッチレバーの一つを押し込む。少し離れた区画から火柱が吹き上がり、悲鳴と銃声とが続いて聞こえてきた。ほぼ同時に、市街の数箇所で火の手が上がる。オストラアスール隊暗躍の第二幕が、今まさに始まろうとしていた。
暗い夜の空に、瞬く翼端灯の群れ。オーレリア不正規軍の大編隊が目指すのは、オーレリアの首都、オーレリアの平和の象徴と呼ばれたグリスウォールとその中心部にそびえ立つガイアスタワーだ。今や、レサス軍占領部隊の総司令部が置かれたかの尖塔を取り戻すことは、対外的にもレサスによるオーレリアの不法占拠の終結を知らしめる最も理想的な手段であった。後のなくなったレサス軍は、グリスウォールを最後の防衛線として、周辺に展開していた部隊を集結、不正規軍の進撃してくるルート上に集中的に展開する作戦を選択していた。陸上部隊が市内へと乗り込むためには、強固な防衛部隊の攻撃を退けなければならない。――同じくらいに士気の高い状態ならば、だが。侵攻してきた直後のレサス軍ならともかく、今の兵士たちにそれを望むべくもない。さらに、市街地を丸ごと巻き込んでの焦土作戦を避け、比較的民家の少ないエリアに迎撃部隊を展開したことは、オーレリア不正規軍にとっても幸いだった。航空部隊の支援攻撃によって、レサスの地上部隊に損害と出血を強いることが容易だからである。レサス軍にしてみれば、数的には相変わらず劣勢にある不正規軍の地上部隊相手ならコレで充分、ということなのだろうが、その判断がいかに誤ったものであるかを、彼らは嫌というほど思い知ることになるだろう。
「クラックスより各隊へ。対地攻撃隊はバーグマン・ディビス両師団を支援、敵地上戦力を殲滅してください。残りの各隊はグリスウォール市街上空の制圧に向かってください」
対地攻撃任務を帯びた各隊が次々と旋回しながら高度を下げていく。既に砲火の応酬が行われている交戦区域では、真っ赤な炎が周囲を照らし出し、戦車砲の発射光が次々と瞬き、新たな炎を生み出す。その上空へ向かって、攻撃機たちの群れが襲い掛かっていく。一方の私たちも高度をぐんと下げて、オーレリア市街地への侵入を開始する。右前方に位置するXRX-45から離れないように、自らのポジションをしっかりと守りながら、その背中を追う。無意識なのかもしれないが、本気ならば私やスコットを振り切るなど容易いはずのジャスティンは、速度をある程度抑えた状態で飛び続けている。隊長らしくなってきたわね――マスクの下で私は微笑んだ。進行方向前方に、空へと突き立ったガイアスタワーの明かりがはっきりと見て取れるようになる。驚いたことに、市街地の明かりは点灯されたまま。時折私たちに対空砲火を浴びせてくる地上部隊の姿が、空から肉眼でもはっきりと捉えることが出来た。市民たちの無言の抵抗なのか、単に余裕を見せ付けているのか――その明かりに照らされるように、ガイアスタワーを守る城壁「アトモスリング」がその威容を現した。
「畜生、俺たちの国、俺たちの首都を勝手に占拠して目茶目茶にしやがって・・・・・・!」
「ニノックス2、先行し過ぎだ。旋回して距離を取るんだ!」
「これから取り戻す俺たちの首都に何の遠慮が――」
反射的に回避機動に転じた隊長機の後に続いて、私も右急旋回。アトモスリング上部の砲塔から発射された赤い光の束が不幸なニノックス2の機体を前後に突き破り、そのまま引き裂く光景を私ははっきりと捉えていた。出撃前のブリーフィングで知らされてはいたものの、今私たちに襲い掛かる光の雨は生半可なものではなかった。ビーム・バルカンと呼ぶべき連射性の高い砲台と、出力を極限まで高めた中間子ビーム砲台とが、精度の高い火器管制コントロール下で私たちを狙っている。一旦離脱して体勢を整え直そうとする私たちの背中に、執拗な攻撃が放たれる。戦闘機の大編隊が接近しているにもかかわらず、敵の迎撃機がスタンバイしていなかったのは、この攻撃による同士討ちを避けるためだった、というわけだ。
「オーレリアの蝿どもを、徹底的に焼き尽くしてやれ!ネメシスも一緒にな!」
「そうそう簡単に焼かれるほど俺たちは落ちぶれちゃいないぜ、モグラ野郎ども!」
悪口の応酬。さて、どう攻める?結論を出すよりも早く、ジャスティンが動き出していた。襲い掛かる赤い光のシャワーを潜り抜けて超低空まで降下、アトモスリングの壁よりも低い高度を維持したまま一気に壁へと突入していく。ギリギリまで攻撃目標を引き付けた隊長機が、急引き上げと同時に砲台に対して攻撃を開始。バルカン砲とパルス・レーザーのシャワーが砲台を激しく打ち、貫いた。私も針路上の砲台を捕捉して、対地ミサイルをリリース。スロットルレバーを押し込んで加速を得て、一気に高空へと舞い上がる。すんなりと彼らが私たちを逃がしてくれるはずもない。背中から浴びせられる攻撃をローリングを繰り返しながら回避していくが、かろうじてかわしているというところ。すぐ隣を飛んでいるスコットのXFA-24Sに対して襲い掛かった赤い光が、一瞬彼の尾翼を掠めて火花を散らした。
「ったぁっ、掠った!飛行に支障なし、火災発生なし!!」
空を飛び交う対空砲火の光に照らし出される彼の尾翼を見て、私は失笑するのを何とか堪えた。偶然とはいえ、彼の尾翼に描かれたグリフィスは、綺麗に顔のところだけ真っ黒に煤けていたのである。
「グリフィス2より3へ。ちょうどエンブレムの顔の部分が焼けているわ」
「ほぉ、スコットの焼き鳥が一丁上がりかい?あたいは食いたくないけどね!」
スコットが「ほっとけ!」と叫んでいるかもしれない。浴びせられる攻撃を巧みにかわしながら、ADF-01Sが城壁へと急降下、攻撃を開始。コクピット下から放たれた赤い光条が敵砲台に突き刺さり、中身を焼き尽くして切り裂く。そのまま超低空に舞い降りた隊長機はまんまと敵の反撃をやりすごして安全区域へと離脱していく。これで攻撃部隊の多くがADF-01Sで構成されていれば、同様の戦法を繰り返すことでアトモスリングに大打撃を与えることが出来ただろう。だが、現実にはあの1機しかいない。他の戦闘機たちは、砲台から放たれる光学兵器の猛襲に、実のところ攻めあぐねているようだった。
「くそったれ、これじゃあなかなか近付けないぞ!」
「不正規軍各機へ!高速状態を維持して仕掛ければ敵の追尾が追い付かない!」
「ディビス・リーダーより上空の支援隊へ。ここはもう大丈夫だ。他の援護に回ってくれ。航空部隊、援護に向かうぞ。ありったけの砲弾を城壁にばら撒いてやれ!!」
「師団長に続け!レサスの連中を蹴散らすんだ!!」
友軍機たちが次々と突入を開始する。一撃離脱戦法はこの際間違いではなかったのだが、恐らく機動性や操縦技術という点では上位にあるはずの私たちでさえかろうじて、というところだ。現実にスコットは攻撃を当てられている。破壊力抜群のグランディス隊長やジャスティンは別格としても、たった2機でどうにかなる相手ではない。根本的にあの防衛システムを覆す手を考えないと……!そして恐れていたことが現実となり始める。友軍機たちの攻撃はアトモスリング上の砲台に確実にダメージを与えることには成功していたのだが、同時に攻撃を被って戦闘不能となる機体も確実に増え始めたのである。これが部隊に充分な余裕を持つ正規軍であれば力技で乗り切ることも可能だろうが、不正規軍にそこまでの回復力と余力は残されていなかった。この一戦で首都奪還が成らなければ、次の戦いまでに相当の時間を要することになるだろう。そのときには、もうレサス軍に対抗することも難しくなってしまうかもしれない。砲台への攻撃を中断して城壁の周囲を旋回する隊長機に続き、難攻不落の城壁を睨み付ける。城壁に近付く敵を滅する強固な防衛網――待って、城壁の中はどうなんだろう?これだけ激しい戦闘が繰り広げられているにもかかわらず、ガイアスタワー本体は無傷のまま。火器管制コントロールのシステムに、セーフティと言うべきか、ガイアスタワーに直撃となるコースに対する攻撃は強制停止されるような仕組を持たせない限り、そんなことは出来っこない。もしガイアスタワーを背にして戦うことが出来れば――私のF-35Bなら、そんな戦い方には適任のはずだ。回線を繋がなきゃ……そう思うより早く、隊長機からのコール。
「グリフィスリーダーより、2、3へ。低空から一気にアトモスリング内周へ吶喊します。援護をよろしく!」
「低空から侵入って・・・・・・はぁぁ、マジかいな、ジャス!?」
ジャスティンと同じ結論に達していたことが、何だか嬉しい。同時に、いつの間にそんな判断力と決断力が加わっていたのだろう、と驚かされる。
「こんな時に隊長が冗談を言うわけないでしょ。続くわよ!」
「ひぃぃぃぃ、二人とも正気やないでぇぇぇっ!!」
この暗い夜の町、一歩間違えれば地面にキスしかねない空を、ジャスティンが躊躇いもなく舞い降りていく。街を覆う戦火の光に照らし出される純白の機体を追って、私も疾走する。ガイアスタワーを中心として市外へと伸びていく幹線道路の一本が突入ルート。その行く先には戦闘機が潜り抜けるには充分な高さと幅を持つゲートが口を開けている。もっとも、それは地上を運搬する場合などは容易という意味であって、そこに戦闘速度で突入するのは正気の沙汰とは言えないだろう。だけど私たちは正気だし、本気だった。高度計をしっかりと確認しつつ、突入に備え隊長機の後ろへと移動していく。全ての砲台を潰すことは出来ないが、集中的に砲台群の一角を潰すことが出来れば友軍機たちの突破口が出来る。コクピットの中には耳障りな警告音が鳴り響いたまま。心の中でカウントダウンをして、突入に備える。コース問題なし、高度問題なし、ぽかりと口を開けたようなゲート入口が見えたと思った刹那、私たちは城壁内周へと潜り込んだ。3番機からは呪詛の言葉なのか、悪態なのかよく分からない声と悲鳴が聞こえてくる。
「各機散開、攻撃開始!!ガイアスタワーを背にしていれば、敵は攻撃出来ないはず!」
「焼き鳥にされた恨み、しっかりと晴らしたる!!」
超低空、それも砲台群の真っ只中という状況を無視したかのように、ジャスティンが高速を維持したまま突撃を開始する。私も負けてはいられない。ほんの少し前、ジュネットおじ様と共に訪れたガイアスタワーの直前まで前進しつつ、スロットルを緩める。排気ノズル位置を90°に設定してホバリング開始。そのまま上昇しつつ、城壁の上に居座る攻撃目標へと狙いを定める。読み通り、砲台は私たちの姿を捕捉はするものの発砲しては来ない。もちろん敵だって馬鹿じゃないから、いざというときのセーフティ外しをやってくるかもしれない。なら、その時間を全く与えなければいいこと!ミサイルシーカーが目標を完全に捕捉したことを告げる。発射ボタンを押し込み、対地ミサイル発射!ミサイルが解き放たれる軽い振動が伝わり、空対空ミサイルのものとは異なる白い排気煙が夜の空に吸い込まれていく。発射したミサイルの一本が放たれるビームの光に切り裂かれ、真っ赤な火球を出現させる。その間に生き残りのミサイルが砲台へと突入。城壁上に巨大な炎と黒煙の塊が膨れ上がり、炸裂した。機首を次の目標へと定めて再びレーダーロック。レーダーを確認すると、アトモスリング上から敵性反応を示す光点が次々と消えていく。さあ、徹底的に行くわよ。再びミサイルをリリース。比較的近い場所にあった砲台が直撃を被って誘爆、城壁自体にもダメージを与えながら転げ落ちていく。私たちが切り開いた突破口を、友軍機たちがさらに開いていく。地上部隊支援に向かっていた攻撃機隊が、残りの爆弾や対地ミサイルを城壁に向けて放つ。火力が次第に減殺され、ガイアスタワーは次第に丸裸になっていく。精度の高い対地攻撃によって中間子ビーム砲台は狙い撃ちにされ、一つ、また一つと残骸に姿を変えていく。気流の影響を受けて流される機体を抑えつつ、私は対地装備を使い切るつもりでミサイルをばら撒いていく。例えアトモスリングを沈黙させてとしても、まだレサス軍には豊富な迎撃機部隊が残っている。対空戦闘に備えて、重量のある対地装備は極力使い切っておきたかった。こういうときは、対地対空双方に使えるグランディス隊長たちの特殊兵装が羨ましい。
「若者部隊の奮迅に感謝!」
カイト隊の回線周波数から届けられたその声は、ファレーエフ中尉のもの。低空から高速で侵入してくるステルス機の群れから放たれるミサイルの群れが次々に炸裂して砲台の機能を奪っていく。私たちの切り開いた突破口の効果は絶大だった。火力を大幅に奪われた砲台軍からの反撃は未だ続いてはいたが、もうその攻撃が私たちを捉えることはない。形勢は完全に逆転した。ガイアスタワー上空を埋めるのは、友軍機の示す光点ばかり。後は陸軍の到着まで、この街の制空権を確保しておけばよい。敵の反撃がこれ以上無いならば、だけど。そろそろレサス軍は痺れを切らしている頃だろう。絶対の自信を持って配備したはずのビーム砲台群がそれほどの戦火も挙げられず炎の中に没していく光景を見て冷静でいられるような指揮官はそうはいない。数だけならば私たちを尚も凌ぐレサス軍が次に取り得る手段はただ一つしかない。圧倒的な戦力による制空権確保――周辺基地に配備しているであろう航空部隊を、必ず差し向けてくる。ジャスティンが砲台の一つを破壊して急上昇、ガイアスタワーを掠めるようにして高空へと舞い上がっていく。さすが、隊長殿。彼の背中に私はそっと呟く。
「――クラックスより、攻撃部隊各機へ。グリスウォール周辺の航空基地から、レサス軍の迎撃機が接近中!アトモスリングを突破されて、彼らも後がないのでしょう。もうひと踏ん張りです!!」 とうとう来たか!レーダーに視線を飛ばすと、今まではクリアだったはずの空に、敵性反応を示す光点が多数出現、すごい数。まだこれだけの戦力を残していることに呆れる。敵部隊は、まるでグリスウォールを包囲するかのように近付きつつあった。
「そうそう簡単には返してもらえんか」
「物が美人なら尚更って奴でしょう。グリスウォールは確かに返すにゃ勿体無い」
「ほぉ、バターブル、そんな理屈を知っていたとは初耳だぜ。さて、ジャスたちばかりにいい顔させとくのも癪に障るからな。しっかりと付いて来いよ」
「へいへい」
バトルアクス隊の2機が私たちに翼を振りながら加速していく。接近する敵に対抗すべく、他の対空戦闘装備主体の友軍機たちがアトモスリングから離れていく。どうやらもうここは大丈夫そうね――すっかりと静かになったガイアスタワーを眺めながら、上空で私たちの合流をもどかしそうに待っているジャスティンの後ろにポジションを取る。程なく、スコットも合流。
「こら、一人で頑張りすぎよ、隊長」
「そうそう、フィーナさんの言う通りや。真打ちは勿体ぶって出て行くくらいがちょうどええんや」
敵は各方面から次々と出現し、接近する。この街を私たちの墓場にするつもりなのかもしれない。だけど、逆に言えばここで「予想外」の反撃に遭い、「予想外」の損害を強いられたらどうだろう?敵兵士たちの士気は決して高くない。苦しい戦いではあるけれど、ここが踏ん張りどころだ。それに、この戦いには因縁深いあの部隊もやって来るかもしれない。かつて、ジャスティンたちを連れ去ろうとした、サンサルバドルのエースたちが。残り兵装の状況を素早く確認。戦闘続行、勿論可能。
「――敵戦闘機部隊を駆逐します。もしかしたら、あの時の敵も出てくるかもしれないけれど、今度は絶対に負けない――!」
「グリフィス3、了解。わかっとる、今日こそここからレサスを追い出したる」
ジャスティンの決意が、伝わってくる。今日はあの時とは違う。ううん、あの時と同じに決してさせない。そのために、私はここにいるのだから。守りたい、守らなければならない人の背中を目前に捉えながら、私はここにいるのだから。
「――グリフィス2、了解。隊長、今日は大丈夫。君はあの敵に負けないわ。それに、今日は私も初めからいるもの」
「フィーナさん……」
「ハイハイ、お熱いのもそこまでや。はぁ……俺独立させてもらいたいわ」
そうね、こういうときはちょっとお邪魔虫かもね。スコットのぼやきに同情しつつ、気を引き締め直す。そう、来るなら来なさい。私の元から彼を連れ去ろうとしたことを、たっぷりと後悔させてやるんだから――!攻撃対象を定めて動き出したジャスティンに続き、スロットルレバーを押し込んで加速を開始。そして、心の中で誓う。私の目前の彼の背中を、必ず守り抜いてみせる、と。
慌しく離陸していく戦闘機たちの群れ。慌しく駆けずり回る基地の兵士たち。茶番に付き合わされた者たちの姿を笑い飛ばすことなど出来はしない。だが真実を知り得ない者たちには、仕方のないことなのかもしれない。これもまた、時代を、世界を変えるための犠牲と思うしかない。もはや確定的となったレサスの敗北を、今更退けることは出来ない。その現実に目と耳を塞いで出撃していくことに何の意味があるのだろう?目的があるからこそ、戦う理由も出来るというもの。次なる戦いへのデモンストレーションはもう充分。後は、こちらの用件を今一度伝え、断るならば今度こそ排除するまでのこと。友軍の交信から、南十字星たちがやって来ていることは明白だった。あくまでこちらの誘いを断るのならば、確定的となったオーレリアの勝利に悲劇を一つプレゼントしてやるだけのことだ。出撃に備えて待機するS-32のコクピットの中で、ルシエンテスは酷薄な笑みを浮かべた。彼と彼の率いるサンサルバドルの鳥たちが羽ばたく気配はまだ無い。基地の者たちでさえも、この戦況化で未だ出撃しない彼らの姿に首を傾げながら反発しているというのに。そんな反感ですら、ルシエンテスにとっては心地良い。戦を終わらせる生贄には最高の獲物。それを仕留めさえすればよいのだ。南十字星の名で呼ばれる、あの若者の首を――。
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