守りたい、その背中・中編
「ニノックス・リーダーより各機、2番の弔い合戦だ、道連れをたっぷりと作ってやれ!!」
「クラックスより各隊へ、ガイアスタワー周辺から戦闘ヘリ部隊出現!」
「こちらファルコ隊、こっちはあいにく対空戦闘装備が少ない!ヘリの相手は俺たちが引き受ける!!」
「アクイラチーム、エンゲージ!結構機種だけはいいのが揃っているぞ、気をつけろ!!」
「稼ぎ時だ、野郎ども、かかれーっ!!」
交信を満たすのは喧騒。私が所属するレイヴンの航空隊を創設した当時のパイロットたちが、かつてスーデントール市で経験したのもこんな空だったのだろうか?これほどの規模の空戦に参加するのは私も初めてだった。レーダー上も、ディスプレイに表示される情報も飽和状態。供給過多の情報の中から、必要最低限の情報だけを読み取っていくしかない。それぞれの獲物に狙いを定めて襲い掛かる友軍機たち。ジャスティンのXRX-45も、市街中心部へと針路を取る一隊へと狙いを定めて加速する。敵部隊はF-16XL。大方侵攻中の地上部隊攻撃任務を帯びた相手かもしれない。編隊を解いた敵部隊が、乱戦の真っ只中へと飛び込んでいく。XRX-45、敵機の後方に回り込もうとしていた1機の背後へとへばり付く。私も旋回中の1機を目標に定め、そのルート上に自らも乗る。F-22Sには及ばないとはいえ、F-35Bも高い運動性能を持っていることは言うまでも無い。扱い方次第では、他の戦闘機には出来ないような機動も出来る。後方の敵に気が付いた敵機、加速して旋回、私を振り切ろうと回避機動。だけど、その動きは鈍い。どうやら爆装したまま戦闘に巻き込まれたらしい。彼我距離を保ったまま、相手を追い回す。確実に敵を葬るために。何度目かの切り返し。速度が落ちて動きが一瞬止まったその瞬間を狙い、ミサイルを放つ。右方向へと緩旋回しながら上昇。敵機、180°ロール、急降下で攻撃をやり過ごそうとダイブ開始。だがそれよりも早くミサイルが到達し、信管作動。爆発と共に撒き散らされた無数の破片が容赦なく敵に降り注ぎ、そのうちのいくつかが翼の下にぶら下げられたミサイルを直撃した。誘爆したミサイルの衝撃で裏返った機体が、次の瞬間には炎に包まれる。まずは1機。グリスウォールの空は戦闘機たちによって飽和状態となりつつある。そして、敵部隊はどうやら彼らにとっての「凶星」を最優先目標としているように見える。ジャスティンの純白の機体を包囲するかのように群がってくる敵機たち。絶対にやらせはしないわよ――ジャスティンの位置を確認しつつもそこに群がる敵の一隊に狙いを定めて襲い掛かる。
「フェキャンプ3被弾!奴だ、奴が現れたぞ!!」
「各隊へ、敵の中にネメシスが紛れている。撃墜すれば勲章モノだぞ!!」
乱戦になったら状況を最大限有効活用するもんだ――グランディス隊長の格言が今日は役立ちそうな気がする。もともとステルスのこの機体は、レーダー上敵に発見されにくいはず。私は周辺で繰り広げられるほかの部隊の戦闘を利用しながら、獲物の後背へと一気に近付いていった。ジャスティンの機動は一見危うく見えるが、もう迷いがない。まるで空を切り裂くようにするどく旋回して敵を翻弄し、追い詰めていく。そんな彼を追撃するのは楽ではないだろう。敵の意識が前方へ集中すればするほど、その後背に隙が出来る。もしかしたら、ジャスティンは敢えて彼の身を晒しているのかもしれない。なら、私たちがしっかりとサポートしなくちゃ。どうやら遠距離からの攻撃を仕掛けようとしているらしい一隊の後方にポジションを取って、中射程ミサイルへと兵装を変更。前方を行く3機それぞれを囲むミサイルシーカーが程なく赤い色で点滅し、敵を捕捉した事を告げる。発射……発射!!ロケットモーターに点火して轟然と加速していくミサイルが、それぞれの獲物めがけてコースを修正していく。
「後方からミサイル!?」
「いつの間に回りこまれたんだ!?くそ、回避だ、回避!!」
「駄目だ、間に合わない――!!」
新たな火の玉が3つ、ほぼ同時に膨れ上がった。レーダー上から敵の光点が消える。炎と黒煙に包まれながら1機が墜落していく。かろうじて生き残ったらしいパイロットの白いパラシュートが空に開く。巻き込まないように旋回して離脱。レーダー照射警報が断続的に鳴る。加速と旋回を織り交ぜて敵の追撃を回避し、一時市街の中心部から距離を取って仕切り直し。戦域に新たに参戦した敵航空部隊、上空から隊形を維持しつつ降下。ガイアスタワー周辺部へと移りつつある激戦区の中へ突入して来る。迎撃に向かった友軍機から放たれるミサイルと、敵の放つミサイルとが交錯する。膨れ上がった火の玉は、友軍機のものか、敵機のものか――。その確認をする暇もないほどに、乱戦は熾烈さを増していく。一旦激戦区を離脱した私と同様に、わざと大きく迂回した友軍機の一隊が、ロングレンジからのミサイル攻撃を開始。AWACSの支援を受けたミサイルが、それぞれ設定された攻撃目標へと襲い掛かっていく。ミサイルの接近を察知した敵がチャフ・フレアを射出して回避機動へ。察知の遅れた数機が直撃を被って炎の塊と化す。被弾して動きの鈍った敵機に、別の友軍機がトドメの一撃を与えて撃破。コントロールを失った敵機が全身を炎に包みながら、アトモスリングの城壁へと突き刺さって四散する。新たに膨れ上がる火の玉が市街地を眩く照らし出した瞬間、私は市街地の頭上スレスレをアトモスリングへと接近する一団を目視した。言い方は悪いが、下あごがコクピット下まで突き出した独特の形状。どちらかと言えば小型に分類される大きさ。そして何より、通常の戦闘機には実現不能な飛行方法――VTOL機ならではの垂直上昇を含めた特殊機動。AV-8Bや共産圏の国で使用された機体を除けば、あんな機動を可能とするのは私が乗るF-35Bともう一機種くらいしかない。オーシアやウスティオではコンペティションに敗北して採用されなかったが、そのシンプルさを良しとして採用した国がいくつかあった。レサスも、その一つ。F-32Bとでも呼ぶべき機体の一団は、どうやら激戦の空を避け、ここまで進んできたらしい。
「グリフィス3より、2へ。遠距離からミサイル攻撃仕掛けてきよった別働隊による被害発生。今、うちの隊長とマクレーン隊長が迎撃に向こてる。まぁ、あの二人やから放っといても心配ないやろけど……」
「スコット、丁度良かった!私の位置のすぐ前方、モニタートレースをすぐに実施して。敵の新手を確認!」
「何やて!?……OK、トレース開始……って、かぁ、X-32かいな!!」
ガイアスタワーから大きく迂回するようにして合流したXFA-24Sから送られてきたデータにリンクする。
「私から攻撃を仕掛けます。誘導支援、任せたわ」
「はいな、いつでもどうぞ!」
スロットルを抑えつつ、ノズル角を90°へシフト。ホバリング状態で機体を安定させながら敵を狙う。スコットが敵機の姿を逃さないように大きく旋回する。程なくロックオンを告げる電子音が鳴り響き、私はすかさずトリガーを引いた。XFA-24Sの誘導支援を受けて、ミサイルが追尾を開始。低空を一気に加速したミサイルが、敵編隊の側面へと飛び込んでいく。
「隊長、ミサイル急速接近!!」
「見つかったか!仕方ない、やるぞ!!」
低空を這うように進んできた一団が、一斉に上昇を開始する。私が狙いを定めた2機のうち1機は加速を開始、ミサイルから逃れるべく回避機動へと転ずる。もう1機は、驚いたことにホバリング状態で降下を開始した。そのまま高度を下げた敵機は、アトモスリングから少し離れたところを流れる川の土手を越え、そこにかかる橋の下へと潜り込んでいった。目標を見失ったミサイルが、そのままのコースを疾走して川面へと突き刺さり、水柱を吹き上げながら爆発する。難を逃れた敵機は橋の下から踊り出し、反撃体制を取る。さすがにあの機体を操っている相手、そうそう簡単にはやらせてくれないか――!ホバリング姿勢を保ったまま機体を傾けて水平移動。市街地の真上を避けて移動し、敵機に相対する。同様に距離を確保しながら水平移動していた敵機、前進に切替。一気に私との距離を詰めて一撃離脱を狙ってくる。90°ロール、ほとんど真横に吹き飛ぶように跳ねて攻撃をかわす。一瞬遅れて先ほどまで私のいた空間を機関砲弾が貫き、次いで敵機が通り過ぎていく。こちらもノズル位置を後方へとシフト、スロットルレバーを叩き込んで加速を得る。ループ上昇を図る敵機と反対のコースを取ってこちらも上昇、互いに最高点に達したところで水平に切り返し、再び機関砲弾を浴びせあう。命中せず。すれ違いざま、高GをかけてスプリットS、反転。ようやく敵機の背後を取ることに成功する。後方から見るとのっぺりとした形状にも見える敵機の背中を追いかけて、グリスウォールの空を駆ける。こんな時でなければ、この綺麗な夜景を堪能出来るのに。今はそんな余裕があるはずもなく、敵のバーナーの炎と翼端灯を睨み付けて操縦桿を手繰る。
「グリフィス3より2へ、チェックシックス、ボギー1。任しといてくださいな!」
「頼んだわ、グリフィス2!!」
私の前方で旋回から水平飛行へと戻したXFA-24Sが、轟然と加速する。私の頭上少し上を通過した3番機、後方に回り込んでいた敵機に対して攻撃開始。放たれたミサイルをホップアップで逃れた敵機だったが、その機動はスコットに見抜かれていた。すかさずスナップアップ、その退避コースへと狙いを定めたXFA-24Sから機関砲弾の雨が降り注ぐ。吸気口付近に直撃弾を被った敵機、コントロールを失って急降下、そのまま市街地から離れた道路へと墜落して火の玉と化す。先を越されちゃったわね――こちらの追跡から何とか逃れようとする敵機に慎重に狙いを定め、ロックオン。赤外線追尾の短射程ミサイルをリリース。急な機動で攻撃から逃れようとした敵機だったが、回避するには速度が足りない。エンジン部に後方から突き刺さったミサイルが炸裂し、敵の機体は瞬く間に引き裂かれて炎に包まれていった。
「ナイスキルや、フィーナはん!!」
「そっちもね。敵さん、私たちを意地でも仕留めたいみたいね」
「返り討ちにしたりましょか」
2機を失った敵部隊、ゆっくりと旋回しながら私たちとの距離を縮めてくる。低空と上空と二隊に分かれた敵編隊が、旋回から突進へと転ずる。
「上の敵は任せますわ」
くるり、と機体をロールさせながらスコットが加速、高度を下げながら敵機にヘッドオン。私も緩上昇しながら敵機の針路上に割り込む。耳障りな警報音が、敵機のレーダー照射を浴びていることを告げる。程なく、甲高い警告音へと音が変わり、敵機の翼の下から白煙が揺らめくのが見えた。照準レティクルを睨みつつ、私は心の中でタイミングを待ってカウントダウン。まだだ、ぎりぎりまで引き付けろ――放たれたミサイルが加速して急速に近付いてくる。その向こうには敵機の姿。スロットルレバーを瞬間的にMINへ。加速を失う愛機のノズル角を最大角まで変更して再びレバーを押し上げる。強烈な制動に身体が前のめりになり、ハーネスがぐいと肩へと食い込む。遅れて真上やや後方へと跳ねた愛機の腹の下を、獲物を見失ったミサイルが通過していく。照準レティクルに敵の1機をしっかりと捕捉して、トリガーを引く。闇を貫く機関砲弾の光が、吸い込まれるようにして敵機に無数の穴を穿つ。振動と衝撃を残して後方へと飛び去った敵機を振り返ると、痙攣するように震える敵機の姿が目に入った。キャノピーが吹き飛び、パラシュートの花が夜空に咲く。炎に包まれてコントロールを失った敵機は、しばらく漂流した後、炎と黒煙に包まれて爆散、新たな火球を空に出現させて街を一瞬明るく照らし出す。スコットも善戦している。ホバリングによる小回りが効くVTOL機相手に旋回合戦を仕掛けることもなく、ヒット・アンド・アウェイに徹して付け込む隙を全く与えない。焦れた1機がホバリングによる水平機動から通常機動へと転じるが、それこそスコットの思う壺。彼の背中を取ったのもつかの間、急制動によって前方へと飛び出させられた敵機に、容赦の無いミサイル攻撃が突き刺さる。回避することも出来ず、ミサイルの爆発を至近距離で受けた敵機はズタズタに引き裂かれてしまう。
「冗談だろ・・・・・・南十字星以外は烏合の衆のはずじゃなかったのか!?」
「俺たちのVTOL機動でも相手にならないってのか。そんな凄腕がいるなんて聞いてないぞ!!」
「――なら、生き残れたら覚えておくがいい。今日まで生き残ってきたオーレリアのパイロットたちが、生半な腕のはずがない、とな」
声の主はファレーエフ中尉。上空から一気に舞い降りてきたF-22Sが、残っていたF-32Bの胴体を上から下へと撃ち貫いた。
「ひゅう、さすがはファレーエフ中尉や」
「迫力と年季が違うわね」
「聞こえているぞ、二人とも。――さあ、まだ敵さんは大勢いる。さっさと仕留めて、今夜は祝勝会といきたいもんだな」
「同感や。馬鹿騒ぎは大好きやし」
グリスウォール上空の激戦区は次第にアトモスリング周辺へと移りつつある。未だ、数の上ならレサス軍優位。けれど、私たちオーレリア不正規軍は、いつだってそんな不利な状況を覆してきた。ここが踏ん張りどころ。ファレーエフ中尉を加えて3機で編隊を組んだ私たちは、乱戦続く尖塔の高みへと再び突入していった。

戦闘機の奏でる轟音がグリスウォールの街並みを揺さぶっている。時折膨れ上がる火球は敵方のものか、味方のものか――だが、戦況が芳しくないのは兵士たちの顔を見ていれば分かる。完全復活を果たし、真にレサスにとっての凶星となったあの若者の駆る機体を見ただけで、兵士たちが動揺している。今となっては、だが、彼を有能なパイロットとして引き込めなかった時点で、レサスの「敗北」は決まっていたのかもしれない。轟き止まぬ空を見上げながら、ナバロは自嘲気味に口の端に笑みを浮かべた。
「閣下、陸上部隊の防衛線が崩壊、オーレリア不正規軍どもの陸上戦力が市街地へと突入を開始したそうです。時間がありません」
薄明かりに照らされるナルバエスの顔は、いつにもまして青白くなっている。彼にしてみれば、いつ頭上に砲弾が落ちてくるか、いつ銃剣の切っ先を喉に突きつけられるのか、例えようの無い恐怖に駆られているに違いない。永年に渡って続いて来た内戦を経た祖国の生まれのはずだが、血で血を洗う最前線を知らぬ者なら仕方なかろう。家に戻れば良き父親かもしれない敵の顔を小銃の弾丸で撃ち抜き、パイナップルを投げ込んで身元判別不明の死体を量産し、妻の名を呼ぶその喉をナイフで掻き切り、むせ返るような血の泥濘に伏せてさらなる獲物を待つ――今となっては遠い日の出来事となった過去を、ナバロは脳裏に思い返していた。この戦争でも、数多くの同胞たちがその憂き目を見たことだろう。だがそれを悲劇と思う感情は、既に無い。むしろ、この戦争は更なる勝利を自身の身にもたらしてくれるに違いない。そう、何も焦ることなどないのだ。
「お、おい、あれを見ろ!!」
バタバタバタバタ……と新たに騒々しい音が近付いてくる。グリスウォールの市街の真上、スレスレの高度でヘリの群れが近付いてくる。どうやら、城の本丸制圧部隊のご到着らしい。
「閣下、さあ、敵が迫る前に!」
「まあそう焦るな、ナルバエス。連中は私がここにいることなど知らん。敵の陸上部隊とて、今すぐ我々の目の前に現れるわけではない。……それに、まだ戦いは終わったわけではない」
「はぁ……」
「我々が撤退するくらいの時間は、サンサルバドルの鳥たちが稼いでくれる。我々を追い出した不正規軍へのささやかなプレゼントもあることだしな。……では、行こうか」
不正規軍の連中に、プラスを与えてやるつもりはナバロにも無い。1を失い、1を得る。プライマイナスゼロ。それこそ、連中には相応しい。レサスの人民たちにとっても、説得力のある終わりとなるだろう。「レサス」の戦争がオーレリアに対する報復を成し遂げたことの証明にも相応しい。仮に失敗したとしても、ナバロにとって損失ではない。そこで得られる貴重な戦闘データは、彼にとっての「商品」の価値をさらに高めることになるのだから。それにしても……完璧なはずのシナリオは、恐れを知らない若者の手によって随分と変更を強いられたものだ。憎らしくないと言えば嘘になるが、その反面、純粋な興味として直に南十字星と接してみたいものだ――決してかなうことはないであろうことを、ナバロは思い描く。さて、あの若者はこちらの用意した舞台でどのように踊るのだろう?兵士たちが取り囲むようにして護衛している装甲車に乗り込みながら、ナバロはもう一度空を見上げた。戦闘機のアフターバーナーの煌きが二筋、通り過ぎていった。

結局奇襲を仕掛けようとしたF-32B部隊の目論見がかなうことは無く、全滅の憂き目を彼らは見ることになった。レーダー上にレサス軍の光点は依然として存在するけれども、全面激突が始まった時とは全く状況が変わっていた。グリスウォールの中心部に最早敵の姿はほとんど無く、周辺部の光点は自主的に撤退の道を選んだ敵部隊のものだ。ガイアスタワー周辺の制空権は完全に不正規軍のものとなり、つい先ほど、タワー制圧任務を帯びた精鋭たちの突入も始まった。戦闘の終結は時間の問題になったと言えるだろう。崩壊する時は、あっという間――かつてのベルカ戦争末期のベルカ軍がそうであったように、そして、オーシア・ユークトバニアの二大超大国を崩壊させようとしたベルカ残党たちがそうであったように――。今や、レサス軍こそがその立場になっていた。陸上部隊も含めて、統制は既に無くなっているらしい。徹底抗戦を叫ぶ上官の命令を無視して、既に市街から逃亡を始めた部隊も出始めている。この国を混乱の極みに陥れたレサスの最期には相応しいとは思うけれど、それはレサスの将兵たちの骸を量産することとも同義だった。私はまだ甘いのかもしれない。大義を信じて前線に赴いたのに今度は狩られる立場となった兵士たちに向かって、この操縦桿の引き金を躊躇いも無く引けるかどうか、やっぱり迷ってしまう。もう、終わりにして欲しい――そんなことを考えていると、長距離ミサイルでのアウトレンジを仕掛けてきた敵部隊を殲滅させたジャスティンたちが無事戻ってきた。
「ふぃー、どうやら終わったみたいやな」
「うちの隊長、返してもらいますよ、バトルアクス・リーダー」
スコットの気の抜けたような声につられて、自然と軽口が出た。ゆっくりと旋回して私とスコットの編隊に加わったXRX-45の姿に、何の傷も無いことを確認して安堵する。くっくっく、とくぐもるような笑い声が聞こえてきて、更なる軽口が戻ってきた。
「分かってるさ、金髪の女神殿。ダーリンはちゃんと無事だぜ」
「バトルアクス・リーダー!!」
「へいへい、邪魔者は退散して無骨なウイングマンと寂しさを紛らわすさ」
ふらふらと翼を振って、YR-99が編隊から離れていく。全くもう、この国に来た時とは別人のような変わりようだ。……初めからそうしていたら良かったものを。
「クラックスより不正規軍各機へ。レサス軍航空部隊にオーレリア北方への撤退命令が出された模様です。もう間もなく地上部隊の先頭隊がアトモスリングへと到達します。それまでもうしばらく、上空待機願います」
「損傷を受けている機は返したいが、支障はあるか?」
「いえ、もう事実上の戦闘は終わったと判断します。陸軍が占領した市街南方の滑走路を使用してください」
交わされる無線も、戦闘終結を前提としたものに変わり始めていた。激戦で傷付いた友軍機たちが、市街中心部から離れていく。じきに私たちにも撤退命令が出るのだろう。今日はこの街の人々も兵士たちも、解放を祝って大騒ぎになるに違いない。再び平和の象徴となるであろうガイアスタワー周辺は大変な騒ぎになるだろう――ついこの間、ジュネットおじ様と共に乗り込んだ牙城に視線を動かして、夜の空の一点を凝視した。戦闘機の……アフターバーナー?違う、あれはもっと小さい。例え戦闘機のものであったとしても、既に敵の無いこの空域を、最大戦速で駆け抜ける馬鹿はいない。じゃあ、あれは何?寒気に似た感覚が、背中を凍えさせる。長い炎を引きながらアトモスリングの上空に到達したそれは、城壁上空に巨大な閃光の塊を出現させた。爆風と衝撃波によって、付近の建物が容赦なく引き裂かれて吹き飛んでいく。至近距離で爆発の直撃を受けた城壁が崩壊する。何が起こったのか、誰もが状況を認識する間もないうちに、新たな爆発が今度は市街地の中に膨れ上がった。夜景とは明らかに異なる燃え上がる炎が、グリスウォールの街を照らし出す。……この期に及んで、レサスは何を考えているの!?
「クラックスより、緊急事態です!!敵の特殊部隊が、グリスウォール市街地へと向かってミサイル攻撃を……無差別攻撃を始めました!!発射地点の特定は出来ませんが、トマホークに類する巡航ミサイル多数、市街中心部へと接近中!!」
「今度は焦土作戦かよ、レサスの連中、正気か!?」
「食い止めるぞ!ここまで来て残ったのは焼けた首都だなんて、真っ平ご免――」
立て続けに何機かの友軍機が炎に包まれ、意味を為さない断末魔の叫びが交信に木霊する。レーダーには相変わらず反応が無い。その代わり、モニターに6つ、敵性反応を示すアイコンが新たに表示された。敵!!こんな混乱を巧みに利用する連中を、少なくとも敵方に一部隊だけ、私は知っている。確証などあるはずもなかったが、本来いるべき場所に姿を現さなかった敵が残っていた。レーダーに新たな敵影。データリンクにより、敵の機種が特定される。忘れるはずも無い、S-32の名前。最後に立ちはだかるのは、またもサンサルバドルの鳥たちらしい。
「スコット、済まないが友軍機たちと協力してミサイルの迎撃と可能なら発射の阻止に回ってくれ」
「ああ!?何言うてんのや、ジャス!!奴らやろ、こんなことやらかすのは!?俺にもやらせんかい!!」
「レーダーで確認出来ないミサイルをトレース出来る機体は限られているんだ!!……頼む」
隣を飛ぶスコットの翼の下に、ミサイルの姿が無い。私と共にF-32B部隊と戦闘を繰り広げた際に、撃ち尽くしてしまっていたのだ。彼の腕前なら決してサンサルバドル隊にも負けない。だがそれは、兵装が互角ならの話だ。機関砲だけで勝負を挑めるほど、容易い相手ではなかった。それをスコットが分からないはずが無い。ただ、悔しいのは間違いないだろう。やがて、感情を整理したような声で、返事が戻ってきた。
「――分かったわ。その代わり、条件がある。俺の分もまとめて、連中に思い知らせたれ。ええな!?」
「ああ、約束する。グリスウォールの街は任せた」
「よっしゃ……グリフィス3より、各機、それにクラックス!!こっちのモニタリング情報を各機へ飛ばすさかい、それに基づいて攻撃するんや。もう一発たりとも命中させんなや、ええか、分かったか!!」
「カイト・リーダーより、グリフィス隊。あたいらも防衛に回った方が良さそうだね。坊やたちのカバーは、執念……もとい、因縁深い連中に任せるよ」
「言われるまでも無いさ。バトルアクス隊、グリフィス・リーダーの指揮下に入る」
スコットが離れたところに、再びブルース・マクレーンのYR-99と、彼のウイングマンのX-02が加わる。続けて見慣れた黒いカラーリングが編隊に加わる。YF-23SとF-22S。ミッドガルツとファレーエフ中尉の二人だ。何とも豪華な俄か混成部隊がグリスウォールの空に出現する。
「――我々相手に、それで足りると思っているのか、小僧?」
何度聞いても慣れることの無い冷たい声。レサスのトップエースの一人、ペドロ・ゲラ・ルシエンテスのものであることは言うまでも無い。かつて、ブルース・マクレーンと翼を並べた男とは思えない変貌ぶり。もしかしたら、この戦争の最大の敵はナバロ以上にこの男なのかもしれない。彼の背後には、私たちがずっと追い続けてきた黒幕の姿が垣間見える。
「そっちこそ、足りると思っているのか。常に策を弄さなければならないアンタたちが」
ルシエンテスの挑発に負けないような言葉は、ジャスティンの発したものだ。怒りには満ちているが、冷静さを欠いたものではない。
「弔辞はいらないな。この空が貴様らの墓場。焼け落ちたグリスウォールも一緒だ、寂しくはないだろうな」
「墜ちるのはお前だけだ。今度こそ、僕たちは負けない!!」
まるでジャスティンの声に呼応するかのように、コクピットに警告音が鳴り響く。ここまで戦いを傍観してきたサンサルバドル隊の放ったミサイルが、私たちに襲い掛かってきた。編隊を解きそれぞれの獲物に狙いを定めた仲間たち。私は白い純白の機体を追って操縦桿を手繰る。本気で駆ける彼の背中を追うのは容易なことではない。だけど、それは私が果たすべき役目。決して遅れを取っちゃいけない。ここを、あの敵を葬る場とするためにも。迷い無く吶喊するXRX-45。その力強い翼に向かって、私は叫ぶ。心の中の想いを一緒に込めて。
「グリフィス2より、隊長機。背中は私が守ります。さあ、行って!!」
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