守りたい、その背中・後編
夜空に巨大な火の玉が膨れ上がる。横薙ぎに払った赤い条光が巡航ミサイルを寸断し、破壊した結果だ。直撃に比べれば遥かにマシだが、それでも航空機が搭載する対地ミサイルとはそもそもの威力が違う。巡航ミサイルの爆発点直下の建造物にはそれなりの被害が出てしまっているに違いない。本当に忌々しいやり口だねぇ……と、懲りずに波状攻撃を仕掛けてくる敵ミサイル部隊の連中に向かって吐き捨てた。だが幸いにも、直撃したものは今のところ一発も無い。ADf-01SとスコットのXFA-24Sから発信される敵ミサイル位置情報を、不正規軍のパイロットたちが最大限に活用している結果と言えるだろう。敢えて散開せず、何機かのチームを組んで旋回を繰り返しているのは、攻撃時の火力集中のためだ。
「新手、方位090、方位270、数はそれぞれ6つや!!」
「ニノックス隊、了解だ!」
「ファルコ3、了解!」
スコットの指示に合わせて、いくつかの編隊が攻撃態勢を取る。状況はまさに我慢比べの様相を呈していた。敵のミサイルが尽きるのが先か、陸上部隊がミサイル部隊を制圧するのが先か、それとも補給を受けている対地攻撃隊の攻撃が先か――いずれにしても、今は耐えるしかない状況だ。さらに新たな目標確認。レーダー上のポイントから、ある程度敵の所在は判明しているが、空の上からではなかなか確認が出来ない。
「カイトリーダーより、各隊。新手、今度は方位010と175だ。北はあたいが止める。南は任せたよ」
「合点だ、姐さん!」
既にジェネレーターの充填は完了している。モニターに表示される敵ミサイル群の位置と距離とを確認しつつ、戦術レーザーの攻撃モードを立ち上げる。表示される照準レティクルが目標を捉える様、慎重に機体を安定させて狙いを定める。再び赤い条光が夜空を貫き、獲物を捉えた。連続した爆発が膨れ上がり、グリスウォールの市街を昼間のように照らし出す。レーザー攻撃をかいくぐって2本がさらに突入して来る。ガンモードに切替。ヘッドトゥヘッドで1本を仕留めると共に、強引にインメルマルターン。その間に距離が開いた1本を追って加速する。敵の攻撃がSRBM(短距離弾道弾)ではなく、巡航ミサイルであったことにグランディスは感謝した。ミサイルシーカーが正確に目標の後姿を捉えたことを告げる。翼から解き放たれたミサイルが、グリスウォールへの招かれざる訪問者目掛けて加速開始。亜音速で街へと迫る巡航ミサイルへと襲い掛かった。大気を震わせるような爆発が膨れ上がり、目標の姿が消滅する。さて、これで何発仕留めたのかね?周囲を確認すべく首をめぐらせたグランディスは、ガイアスタワー周辺空域に煌くアフターバーナーに気が付いた。最後の最後まで姿を現さなかったこの戦争の黒幕部隊と、不正規軍のトップエースたちとの戦いが、あそこでは繰り広げられている。
「ナイスキル、カイトリーダー!」
「あんたに褒められてもうれしかないよ、スコット。けどまぁ、あっちも奮闘しているようだ。あたいらがここで失敗するわけにゃいかないからね」
「ジャスとの約束や。絶対に1発たりとも、逃がさへんで」
「アンタも言うようになったもんだねぇ。アイリーンの奴が喜ぶだろうさ」
ピピッ、という電子音と共に、またも敵ミサイルの姿が出現する。今度は4方向同時。数も多い。敵さんも焦れてきたということだろう。スコットの熱がうつったわけではないけれども、そうそう思い通りにさせてなるものかよ。マスクの下に精悍な笑みを浮かべつつ、グランディスは愛機を駆り立てる。

ジャスティンとルシエンテス、両軍のトップエース二人の激突は、熾烈な攻撃と口撃がかわされている。そして、もともと高い機動性を持つS-32を自在に操るという点で、ルシエンテスの部下たちもエースと呼ばれるに相応しい腕前を持っていた。だけど、それでも彼らをエースとは呼びたくないと私は思う。こんな戦いを、こんなどうしようもないやり口で仕掛けてくる連中に対して、私が好意的である必要性など微塵も無かった。
「――我々は倒すべき敵を見誤っていたのかもしれない。真っ先に叩いておくべきだったよ。オーブリーの航空基地を、跡形も無く、な。そうすれば貴様のような何も知らない変異体など、出現することは無かったのだ――!!」
「知ったようなことを――!レサスの事情もアンタの悩みも僕は分からないけど、だからといって世界を好きにしていいという法はどこにもないはずだ。そのせいでどれだけの命が、オーレリアとレサスで失われたと思っているんだ!?」
「ほう、ネメシスと呼ばれたお前がそれを言うか?誰よりもレサス軍人の命を奪い取ったお前が?」
「ああそうさ、僕の両手は血まみれさ。この戦争のおかげでね。そう、僕は生き残るためにレサスの兵士たちをこの手で殺してきた。お前たちの仕組んだくだらない戦争のせいでだ!!だから、せめてもの罪滅ぼしのためにも、お前をここで落とす。全ての悲しみの根源を断つために!!」
ジャスティンの機動も言葉も、決してルシエンテスに負けていない。互いのポジションを奪い合いながら、確実なアドバンテージを確保出来ずに仕切り直す二人の戦いは、人事なら手に汗握る戦いと呼ぶことが出来るに違いない。だけど、そのうち一方は私が決して失ってはいけない存在だった。火花を散らしながらガイアスタワーへと近付いていく2機を追って、私も加速する。と、コクピットに警告音が鳴り響く。後方に、サンサルバドルの鳥の1機が回りこんでくるところだった。振り切るのはちょっと厳しいか――まだ距離が幾分かあるのを確認して私は機体を反転させた。ヘッドトゥヘッドで急接近する敵機を狙って、トリガーを引き絞る。S-32、速度を維持したままバレルロール。射線上から巧みに機体を外して後方へと飛び去り、ループ上昇。上空から再び攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。私は敢えて敵の挑発に乗らず、そのまま愛機を加速させる。ここで相手を葬って支援に回るのも良いが、それこそ敵の思う壺のはず。私がジャスティンを支援しようとしているように、敵もまたおなじことを考えているに違いないのだ。相手の土俵で戦う必要など全く無い。ましてや、今この空でサンサルバドルの鳥たちと相対しているのはオーレリア不正規軍の誇るトップエースたちだ。そんな簡単に、思い通りになんかさせるもんですか!敵の姿を睨み付けながら、私は心の中でそう叫ぶ。
「いい動きだ。生身でそこまでやれるのだから大した奴だよ。マクレーンのしごきも良かったんだろうな」
ジャスティンの後方に回り込んだ敵隊長機がミサイルを放つ。XRX-45、チャフを射出して急旋回。さらにミサイルを振り切るべく、強引に反転、再び低空へとダイブ。ミサイルの軌道が重なるよりも早くその真下を潜り抜け、ミサイルの向こうにいる母機――S-32に対して反撃の矢を放つ。上方へと跳ね上がるようにして攻撃をかわした敵機の下を抜け、ジャスティンは再びアトモスリングへ向かう。ポジションが入れ替わり、再びルシエンテスのS-32が後方上空から彼を狙っている。私は2機に外側から大きく迂回するようなルートを取って、距離を狭めていく。挑発の言葉はともかく、あれほどの機動を繰り返している敵隊長機にもそれほどの余裕は無いはずだ。ジャスティンが作ってくれる隙を突く意味は、充分にある。再びコクピット内に、ジジ……ジジジ……という耳障りな音が聞こえてくる。反転を終えた敵機が、私の後方から追いかけてきている証拠だ。よし、いいだろう。そのまま敵を引き連れて、私はジャスティンのもとへと向かう。当のXRX-45の姿を捜し求めると、彼は超低空飛行を維持したまま、アトモスリング内部へと至るゲートに突入するところだった。その後方、こちらはアトモスリング上の高度から、ルシエンテスのS-32が追撃を続けている。何をするのかと思いきや、ジャスティンはゲートの向こう側で一見無謀に見える急引き起こしを敢行し、低空から一気にルシエンテスへと襲い掛かっていた。攻撃を回避するべく右方向へと急旋回したS-32の速度が、ガクンと落ちる。チャンス。後方の敵機との距離はまだ遠い。旋回から姿勢を戻し、XRX-45への攻撃ポジションを取り直そうとする敵機の横合いから、私は襲い掛かった。
「一度ならず二度までも邪魔するか……女!!」
「私の役目は、一番機を守り抜くこと!隙があれば狙うのは当然でしょう!?」
「小癪な真似を……!」
絶対の好機と放った機関砲弾は、ほんの一瞬の差で回避される。クロスアタックを機体を捻りながらかろうじて回避するところ、尋常の腕前の相手ではない。こちらの攻撃から逃れた敵機は、どうやら私の後方へと回りこむつもりらしい。単独戦闘中ならここは逃げの一手に如かずだが、今は心強い隊長機がいる。私が仕掛けたことでフリーになったジャスティンは、上空から敵への攻撃に転じていた。あれほど鳴り続いていた警告音がぴたりと止む。XRX-45から放たれたミサイルが、私の後方に張り付いていた1機と、敵隊長機とに迫りつつあったのだ。スロットルを押し込んで加速、回避機動を取る敵機から距離を稼ぎつつ旋回し、回避機動を取る敵に尚も狙いを付けているXRX-45へ合流を果たす。旋回を繰り返しつつ加速したルシエンテス機、ミサイルの追撃を振り切って離脱に成功する。だがもう1機、私の後ろを追いかけていた敵機はそういかなかった。回避機動に転じたまでは良かったが、舞い降りた場所は運悪く城壁のすぐそば。旋回しようとしたその眼前は、ガイアスタワーを取り巻く強固な壁。回避しようとした刹那、城壁に接触して一度跳ね上がった機体は、推力を失ってもう一度城壁に叩き付けられると大爆発を起こして炎の塊と化す。
「ナイスキル、ジャスティン」
「出来ればあっちの方を先に仕留めたかったんですけどね」
「贅沢は言えない……か」
無言で応えるかのように、今度はミサイルアラートが鳴り響く。ジャスティンの攻撃を回避したルシエンテス機が、今度は私たちに対してミサイルを放っていたのだった。容赦なくミサイルを放つ敵に対して思わず毒づく。合流したのもつかの間、再び反対方向へとブレークして回避機動。ミサイルとの距離を確認しながらアトモスリング上空へと向かい、城壁内周に入るや否やVTOLモードへ。そのまま垂直方向へと降下した私は、ぽっかりと口を開けるゲートから再び城壁外へと飛び出した。後方で光と炎が膨れ上がり、警報と敵ミサイルの光点が消える。ふう、と息を吐き出しつつ、レーダーで敵の位置を確認する。あくまでルシエンテスはジャスティンとの決着を付けるつもりらしい。ヘッドトゥヘッドで攻撃を撃ちあった敵隊長機の位置を確認した私は、その後方へと襲い掛かった。再びレーダーロック。隙あらば、ジャスティンには悪いけれども私が貴方を討つ。この間のような思いだけは、もう二度としたくない。その元凶たる男の存在を認めてやれるほど、私は寛容じゃない。旋回を繰り返しながら私を振り切ろうとする敵の機動をトレースして追撃を続ける。敵の機動は鋭く、なかなか狙いを定めさせてもらえない。ここは我慢するしかない。機体を振り回す敵を必死に追いかけるべく操縦桿を手繰る私の目前で、突如敵機は空中で「静止」した。厳密には止まったわけではないが、高Gをかけてほとんどその場で反転したかのように急旋回したのだ。その機動に付いて行く事は、F-35Bでは難しかった。私は敵の前方へと必然的に押し出されてしまう。回避機動!それよりも早く、攻撃に転じようとした敵機にXRX-45が襲い掛かっていった。その姿はまるで、獲物に襲い掛かる猛禽のよう。致命的な一撃にはならなかったものの、敵機の胴体部で火花が爆ぜる。その攻撃をローリングしながら超低空へと降下した敵に対して、追撃を開始。口先だけは余裕綽々のようにも感じられるが、入れ替わり立ち代りの攻撃に、相手もそれほどの余裕は決してないはずだ、と私は確信していた。けれど、それは私を油断させる要因にもなったのかもしれない。
「どうだ、ルシエンテス。うちの若いエースの腕前は?」
「マクレーンか。――悪くない。いや、今からでも遅くは無い。ここで落として、我々の元へと連れ帰らせてもらう」
「どこまでも頑固なやつめ。だが、番いのグリフィスに追いまくられてそんな余裕があるようには思えないけれどもな」
「――確かにその通りだ。だが、最後に笑うのはこの俺だ!!」
マクレーン隊長とルシエンテスとの交信に気を取られていたわけではない。だけど、低空を直線的な機動で飛行する敵が、何も策を持っていないはずが無かった。先程よりもさらに鋭い引き起こしから反転した敵機は、いきなりヘッドトゥヘッドの体制からミサイルを放ってきたのだった。まずい!考えるよりも先に身体が反応し、私はフットペダルを蹴飛ばしつつ緊急回避機動へと転じた。強烈なGに身体をシートに押し付けられながらも、ミサイルの軌道から機体を引き剥がす。辛うじて、という距離でミサイル回避に成功するが、それは敵にとって想定内のことだったらしい。
「フィーナさん、駄目だ、避けて!!」
「残念だな南十字星、ウイングマンを守れないお前の腕の無さをたっぷりと後悔するがいい!!」
ジャスティンの必死の叫びと、嘲弄するようなルシエンテスの声。私は唐突に自分が絶体絶命の罠に誘い込まれていたことを察知した。思わず見上げたキャノピーの向こう、夜空を背中に至近距離から攻撃態勢を取るS-32の姿があった。敵は初めからこのタイミングを狙っていたのかもしれない。私は敵の機関砲弾の射線上にまんまと誘い込まれていたのだった。駄目、回避できない!!ぞくり、という悪寒が背中を走り、胃の辺りをぎゅっと掴まれるような恐怖を、一瞬の間に私は感じていた。同時に、諦めるな、という声が聞こえてくる。私はルシエンテス機の姿を睨み付けて操縦桿を思い切り引いた。例えやられるとしても、ただじゃやらせない。せめて一矢を報いて、ジャスティンの血路を開かなきゃ。実際にはほんの一瞬のことだったろうが、肉迫してくるルシエンテス機の姿が、まるでスローモーションのように見えた。――だが、「その時」は一向に訪れることが無かった。敵の胴体で光が爆ぜ、曳光弾の筋が迫ってくる気配も無かった。至近距離を掠めるようにして上昇したルシエンテス機は、再び私に対し攻撃を行うことは無かった。どうやら、先程のジャスティンの命中弾が、敵の機関砲を潰してくれていたおかげらしい。確実に葬ろうと機関砲攻撃を敵が選択したおかげで、私は命拾いをしたというわけだ。本来なら、あそこでキルされていたのは私だ。それも、恐らくはコクピットに命中弾を喰らい、私は跡形も無くミンチになってしまっていたに違いない。その事実に思い当たった瞬間、言いようのない恐怖と震えが、私の身体を襲った。駄目、追わなきゃ。ジャスティンを守らなきゃ。マスクの下でガチガチと歯が鳴り、視界がぼやける。その間にも、壮絶なポジションの奪い合いを繰り返しながら、ジャスティンとルシエンテスの戦いは続いている。そう。戦いは続いている。私以外に誰がこの戦いを見届けるというの?本気で惚れた相手なら、最後まで追い続けるのが私の役目でしょ?自分自身をそう励ましながら、私はスロットルを押し込む。二人の戦いの場は、アトモスリング上空へと移動していた。まだ間に合う距離!
「……そうさ、僕は結局お前の言うとおりまだまだ未熟者さ。守りたい人たちを守りきることも出来ない。けれども、僕らはここまで戻ってきた。それが何故だか分かるか、ルシエンテス?」
「小僧の戯言に付き合う気など毛頭無い。弱いもの同士仲良くくっついたところで、何が出来る?」
「僕がここまで戻ってこられたのは、今日まで生き残ってきたのは、共に戦う仲間たちがいてくれたからだ。色々あったけれども、マクレーン隊長が僕らを鍛え抜いてくれたからだ。サバティーニ班長やフォルドさん、整備班の皆が、僕らの愛機を最高の状態にいつもしていてくれたからだ。それだけじゃない。不正規軍に集まった皆が、力を合わせてきたからだ。僕は負けるわけにはいかないんだ。戦争を食い物にして、人の不幸を笑うようなお前にだけは、絶対に――!!」
「その戦争を食い物にしているのがレサスや我々だけだと思うのなら大間違いだ。南十字星。ずっと昔から、人間は……いや、政治という奴はそれを繰り返してきたんだ。新世紀になってからもずっとな。政治が何をしてくれる?無駄な国境を引き、国民に戦争と苦しみを与えるだけか?オーレリアという国を生き残らせることが、本当に世界のためになるとお前は信じられるのか?」
「難しい政治の話なんか、僕に分かるわけが無い。だけど!お前を放っておくことが世界のためになるなんて、僕には信じられないんだよ!!」
XRX-45とS-32は、ガイアスタワー目掛けて突進していく。ガイアスタワーの上部構造部には、戦闘機程度ならばすり抜けられる空間が何箇所かぽかりと口を開けている。どうやらルシエンテス機はそこに突入してジャスティンの攻撃をやり過ごすつもりらしい。かつては平和の象徴と呼ばれ、今では征服の象徴へと姿を変えた尖塔は、もしかしたら二人の決着には相応しい場所だったのかもしれない。常人ならぎりぎりまで速度を下げないと難しいところ、ほとんど戦闘速度を維持したままルシエンテスが飛び込んでいく。それに対し、ジャスティンは見ているこちらが驚くような急激なスナップアップで上空へと舞い上がった。いや、跳ね上がったといっても良いだろう。ジャスティン、君の身体は大丈夫なの!?尖塔の最上部を越えてくるりと180°ロールしたXRX-45の姿が向こう側へと消える。そして、そのわずか数秒後、ガイアスタワーを包み込むようにして光が膨れ上がった。何が起こったのかもわからない。そして、ガイアスタワーの向こう側から二つの炎が姿を現した。一つは、アフターバーナーを焚いて離脱する機体。もう一つは、胴体から黒煙と炎を吹き出した機体。どっち!?ここからでは確認が出来ない。ましてXRX-45とS-32は互いにレーダーに映りにくい機体。やがて、炎を吹き出した敵機に一際大きな光が膨れ上がり、次いで炎が膨れ上がった。一瞬垣間見えたその機影は――。
「くく……ククククク……まさか、これほどとは、な。ますます欲しくなったぞ、南十字星……!」
「もう、こんな殺し合いはごめんだ。ここでお前の野望は終わるんだ、ルシエンテス」
「……本当に終わると思うか?めでたい小僧だ……ククククク……」
もはや姿勢を制御することもままならないのだろう。炎をまとったS-32の姿が、市街地から外れた河川敷沿いにどんどん高度を下げていく。そして、敵の交信が途絶えると共に、地上に火の玉が膨れ上がった。1番機、XRX-45は健在だ!!じわり、と滲みかかった視界を、私はバイザーを跳ね上げて慌てて拭った。気が付けば、グリスウォール上空の戦いは終結していた。もう、サンサルバドルの鳥たちの姿はどこにもない。ファレーエフ中尉も、ミッドガルツ少尉も、そしてバトルアクス隊の2機も勿論現在だった。ミッドガルツ機が私の横に並び、「お疲れさん」とでも言うように翼を振る。私は彼の後を追って、集結しつつあるマクレーン機たちと合流した。
「……妄執じゃ結局何も変わらないんだぜ、ルシエンテス。この勝負、何をとってもジャスティンの勝ちさ。あの世でリンにたっぷりと説教してもらうんだな……」
ルシエンテスと因縁深いマクレーン中尉が、呟くように手向けの言葉を送っている。彼の言うとおりだと私も思う。妄執と憎しみが力を与えるのだとしたら、この世は凄惨で救いようのない代物になってしまうに違いない。紛争地で続く報復の連鎖など、その最たるものだ。その現場を知らない人間の言葉は、現地の人間たちにとっては戯言に聞こえるかもしれない。だけど、そこで殺しあっている者たちそれぞれに守るべき家族と守るべき生活がある。戦争や紛争が無ければ、失われるはずの無かった大事なものが、そこにはあったはずなのだ。戦争を終わらせるために戦い続けて、敵の命を奪い続けてきたジャスティンも、レサスの兵士にしてみれば憎しみの象徴なのかもしれない。それでもジャスティンは、最後まで自分を失うことなく戦い抜いた。自らの力を以って、ルシエンテスをねじ伏せたのだから。戻ったら、ちゃんとそれを伝えてあげたいと思う。君は勝ったんだよ、と。ようやく安堵に胸を撫で下ろした私の耳に、聞き覚えのある声が突然飛び込んできた。
「あーあー、こちらは義勇兵団"オストラアスール"隊。最後まで残っていたミサイル部隊の制圧を完了!空の勇士たちとその他大勢の奮闘に感謝するぜ!!」
「……あの野郎、俺たちの活躍の場を奪いやがったな。おい、何が義勇兵団だ、フェラーリン!!」
「その声はひょっとしたバグナード・デイビスか?まあそう言うなよ、ちゃんと"証人たち"は残してあるからよ。風邪引かないうちに回収してやってくれよ」
フェラーリンさん、またやったんですか、あなたたち。グリスウォールの街を守るべく奮闘していたのはどうやら不正規軍の面々だけではなかったらしい。かの精鋭部隊に襲撃されたレサスの兵士たちが今どんな状態にあるのか思い当たり、私は一人失笑してしまった。この地の気候なら、まず風邪を引くことなどないとは思うが、彼らには忘れられない精神的なショックが残るに違いない。グリスウォールは、健在だった。結局着弾したミサイルは最初の2発だけで済んだようで、新たな火災なども発生してはいなかった。となれば、残るはあのガイアスタワーの制圧のみだが――。
「こちら突入班。ガイアスタワー最上部に到達!熾烈な銃撃戦でかなりの仲間たちがやられてしまった!!」
「こちらクラックス。突入班、今から増援を送ります。何とか踏ん張ってください!!」
緊迫した声に、安堵しかけた頭が再び戦闘態勢を取る。応じるAWACSの声も当然緊迫したものとなる。
「敵の勢力は強大、こちらの兵力じゃ耐えられん……と言いたいところだがなぁ……」
やれやれ、どうしたこうも人の悪い兵士たちが集まってしまったのだろう?でも、だからこそこの勝利を私たちはもぎ取れたのかもしれない。
「ガイアスタワーはもぬけの殻だ、畜生め!!ガイアスタワー主要部は全て制圧した!!繰り返す、ガイアスタワーの制圧は完了した!!俺たちの「平和の象徴」を取り戻したぞ!!」 グリスウォールの街に集った兵士たちと、そしてこの街の市民たちが一斉に歓声を挙げた瞬間だった。無線から聞こえてくるのも、音響が外れたような歓声ばかりだ。涙交じりの声で絶叫する者。「やった、やった」と連呼するもの。家族の名前を呼ぶ者。恋人の名前を叫んでいる者。音階のずれた国歌を歌いだす者。もう滅茶苦茶だ。正直なところ、耳が痛い。だけど、嬉しいのは私だって同じだった。レイヴンに配属されてから初めての本格的な「極秘介入」に見事成功したこと。それ以上に、守りたい存在をこの戦いで見つけたこと。そして、彼と共に勝利を勝ち得たこと――グリスウォールの夜景を背景に、ゆっくりとXRX-45の純白の姿が舞い上がり、そして私たちの編隊へと合流した。私はその横に愛機を進めて、ジャスティンの無事を確認した。ルシエンテスとの戦いで被弾はしているようだけれども、大した損傷が無い事に安心する。それでも、聞かずにはいられなかった。
「グリフィス2より、グリフィス・リーダー。大丈夫?怪我とかしてない……よね?」
「大丈夫……攻撃は喰らいましたけど、損害は軽微です。飛行に支障はありませんが、もう弾丸の残りがありません」
「良かった……もう、無茶しすぎだよ、ジャスティン」
マスクで口元を覆っているせいで、ごまかしは効かなかった。でも、今度は無理矢理グローブで拭わなくてもいいかな?頬を流れる熱い雫をそのままに、ジャスティンの無事な姿を改めて確認して私は微笑んだ。本当に伝えようと思っていた言葉は出てこなかったけれど、今はこれで充分。
「さあ、俺たちの故郷にお帰りやで、ジャス」
「ああ、戦争もこれで終わりだね。……行こう、皆が待っている」
陸上部隊が制圧を完了したグリスウォール国際空港へと針路を向ける。これで戦争が終わるのだ。え、戦争が終わる?ふと私は回避し得ない事実に気が付いて、安堵が不安になることを悟った。戦争が終われば、レイヴンの任務も完了したこととなる。それは即ち、オーレリアから離れる日も近い、ということだ。整理しようのない複雑な気分に、私は無言になる以外の術を持たなかった――。

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