灼熱の窯
シルメリィを飛び立つXRX-45の純白の翼を少し名残惜しく見送った後、対地・対艦攻撃用の兵装を満載した私たちの部隊は飛び立った。ステルス機のみで編成された、まさに「隠密部隊」。シルメリィの部隊だけでは足らないため、オーレリア軍第1艦隊の「アレクサンデル」や空軍からも部隊を借りて編成された攻撃部隊は、レサス軍施設が確認されたコバルトコープへ向けて飛行を続ける。ADF-01Sを筆頭に、YF-23SにF-35B、F-117といったステルス機オンリーの編成はなかなか豪華でもある。久しぶりにグランディス隊長の後姿を目前に見ながら、編隊飛行を維持して飛ぶ。足下と頭上には、空と海の蒼が広がり、こんな時でなければいつまでも眺めたいような景色が広がっていた。私たちが向かっているコバルトコープの敵施設は、大規模な迎撃部隊が展開されているような本格的な基地ではなかった。だが、何の意図も無く島の上層部にパラボナアンテナを並べ、船舶が入港出来る大規模なブンカーを設置するような国は無い。オーレリアによる侵攻作戦が発動される前後から動きが活発になっていることも、「何か」を敵が企図している証拠となるだろう。徹底的に潰して後で調べりゃいい、というグランディス隊長の言葉は、案外真実を突いているのかも知れない。
「さあ、もうすぐ到着だ。ビビって海面にダイブ決めるんじゃないよ」
「それだけは勘弁だぜ。マッカラン・リーダー、了解」
「ダイブ決めるのは、オズワルドの旦那だけで充分だ。ヨイツ隊、付いて来いよ!」
「露払いは、あたいの仕事だ」
ADF-01Sのノーズがガクン、と下がり、格納されていた砲身がせり出してくる。戦術レーザーよりもお気に入りだというレールガン・ユニットから撃ち出される弾頭は、近距離なら射撃とほぼ同時に目標へと着弾するほどの速度を持つ。弾頭自体の破壊力と、超高速による衝突エネルギーとが敵を粉砕するのだ。私がレイヴン艦隊へと配属される以前の紛争介入時、奇襲を仕掛けてきた敵軍の艦艇を完膚なきまでに叩きのめした話は、古参のパイロットたちの語り草ともなっていた。ジャスティンに指揮を任せて攻撃に専念する――と言ったのは、本音なのかもしれない。
「ジェネレーター出力正常、目標固定、補正なし……さあ、幕開けだよ」
むしろ静かに宣言するように隊長が呟くと同時に、隊長機の機首下が輝いた。残像を残して発射された弾頭は、ほとんど間を置かずに獲物へと命中した。私たちの針路前方で口を開けているブンカーの中に、隊長の攻撃は突き刺さったのだった。島影の一角で光が爆ぜる。その次の瞬間、炎と光とが膨れ上がり、大気と海原とを揺るがせる。一体何が備蓄されていたのは知らないが、レールガンの命中だけであんな爆発が起こるはずも無い。どうやら近付いてのんびりと狙っている余裕は余り無いということだ。立ち昇る黒煙の中に突っ込んでいく隊長機から離れ、目標への攻撃ルートに乗るべく右旋回。島を迂回するように飛び、今度は左旋回。手前にある岩礁が邪魔ではあるが、別のブンカーの真正面へと回り込む。島の上層部に設置された対空砲台が火を吹き、空に火線を刻む。私たちとは別行動を取っているF-117部隊から放たれた誘導爆弾が、立て続けに着弾して火柱を吹き上げる。木っ端微塵に砕かれたパラボナアンテナが炎に包まれ、崩れ落ちていく。私は慎重に狙いを定め、翼にぶら下げてきた対地ミサイルを放った。獲物はブンカー本体と、ブンカーの中から丁度良く顔を出した輸送船。海面スレスレの高度で加速を開始したミサイルが愛機を追い抜き、疾走する。私はスロットルを押し込みつつ操縦桿を軽く引き、高度を上げた。島の真上を飛び越える針路に乗せた直後、ミサイルが目標へと着弾した。横っ腹から直撃を被った輸送船の横っ腹に派手な水柱が吹き上がり、ブンカー内へと飛び込んだミサイルが中で炸裂する一コマを視界に捉えながら、その真上を通過する。数秒後、派手に大気を震わせながら再び島が爆発の振動で震えた。すぐさま、新たに巨大な火球が膨れ上がる。
「第8格納庫、火災発生!!消化不能ーーーっ!!」
「くそ、何としても輸送艦を守り抜くんだ。航空隊はまだ来ないのか!!」
「オーレリア軍め、初めからこっちを狙っていやがったのか!?」
入り乱れる敵と友軍の交信。あの島の中で逃げ惑う兵士たちの前には、紅蓮の炎に包まれた地獄の窯が口をあけて待っているに違いない。それを敵に強いている自分が言えた義理ではないが、追い詰められた挙句に焼き殺されるような死に方だけはしたくない、と呟く。コクピットの中でミンチになるのと、五十歩百歩であることに違いは無いのだが。そんなことを考えている間にも、着実に攻撃作戦は進められていく。私たちと共に低空から侵入したF-35B部隊はさすがに腕利き揃いで、攻撃射程範囲ギリギリでホバリング、攻撃、離脱という戦法を徹底して敵の格納庫を一つずつ確実に潰していく。グランディス隊長の姿が見えないが、どうやら島を既に離れて洋上を進む輸送船団攻撃に向かったようだ。レーダー上、島から少し離れた地点を進むいくつかの光点の数が、一つ、また一つと消えていく。私も負けてはいられない。ブンカーの口が岩礁の陰に隠れている難所の一つを目標に定め、一旦その真上を通過する。耳障りな警告音は、ブンカーの上部に設置された対空ミサイル砲台のものだ。完全に捕捉されるよりも早くその姿を捉え、ガンアタック。ミサイルランチャー本体に命中痕が穿たれ、次いで起こった爆発で砲台が沈黙する。左急旋回。垂直に切り立った景色を目前に眺めながら、目標への攻撃ルートを確保する。道を塞ぐ岩礁の裏側でノズル角を90°ダウン。ホバリング飛行へと移行。ここからはちょっとばかし忙しくなる。一呼吸置いて、私は愛機のロール角を40°くらいに保ちながら、斜め横方向へと飛んだ。横方向に流れていくコバルトコープ。その横っ腹に口を開けるブンカーを正面に捕捉した瞬間、私はトリガーを引き絞りミサイルを放った。すぐさまスロットルを押し込んで移動スピードを増速。横方向へと機体を機体を回しつつ、ノズル角を水平へと戻していく。ブンカー内部へと飛び込んだミサイルは、輸送船の停泊するドッグを突き抜け、さらに奥に位置する格納庫本体へと突き刺さり、炸裂した。慌てて逃げ惑う兵士たちを嘲笑うように膨れ上がった炎が、哀れな犠牲者たちを一瞬で消し炭に変える。炎と黒煙とが出口を求めて殺到し、そして外へと吹き出した。それでも収まりきらないエネルギーが、コバルトコープの上部を突き破り、火柱を空へと吹き上げる。すんでのところで巻き込まれることを回避して、私は一旦上空へと離脱を図った。
「ナイスキル、グリフィス2」
ノリエガ少尉のYF-23Sが真横に並ぶ。先程の攻撃で、対地攻撃用のミサイルの残弾はゼロ。もともと、地上攻撃の主力は同行している友軍部隊に任せる前提だった。地上に対する攻撃は、どうやら彼らに任せておいて全く問題はなさそうだ。島の格納庫は次々と紅蓮の炎の中に没し、辛うじて脱出した輸送船も戦闘機から逃れる術は無く、攻撃を被って航行不能に陥っている。となれば、私たちの残る役目は、ただ一つだった。私たちが攻め込んでいるのは、仮にもレサスの領内だ。攻略作戦の最終目標となる要塞島からも近い。そこにオーレリア軍が出現し、攻撃を仕掛けていたとしたら、十中八九敵の増援がやって来るに違いない。その予想は、残念ながら的中していた。雲のほとんど無い蒼い空に、太陽光を反射して輝く存在に私は気が付いた。レーダー上に反応は無い。飛来した方角は、先の追撃隊が全滅した、例の要塞方面。正確な数は把握出来ないけれども、敵のお出まし、というわけだ。
「グリフィス7、方位080、こちらよりやや上空、敵影を発見しました!」
「相変わらず眼がいいね。レーダーに反応無し……向こうもステルス機というわけね」
「やれやれ、ADF-01Sのモニターよりも反応が早いのかい。あたいも確認した。フィーナが視認した方が4機、ほぼ同高度にもう一隊いるね。食い止めるよ!」
「了解!」
若干かぶられ気味というところか。操縦桿を引いて機首を跳ね上げつつ、スロットルを押し込んで急上昇をかける。20,000フィートまで駆け上がって水平に戻した時には、敵部隊は至近の距離まで接近しつつあった。敵部隊に針路変更の気配なし。当たり前だ。敵には退くべき理由が無い。それは私たちも同様だが。ノリエガ少尉と編隊を組んだまま、ヘッド・トゥ・ヘッドで敵編隊と相対する。ガンモードに兵装を切り替え、照準レティクル内を睨み付ける。蒼い空に黒い点が4つ見えた、と思った刹那、その点は見る見る間に大きさを増し、戦闘機の姿となって私の頭上と横を、轟音と衝撃と共に通り過ぎた。ほんの一瞬だが、私の目は敵機の特徴ある形状を捉えていた。2枚の垂直尾翼。前方へと張り出した翼。何より、戦闘機としては大柄なフォルム。各国の空軍で正式採用され、かつその条件に合致する機体は2つしかない。Su-47ベルクート、或いはその前身機であるS-32だ。扱ううえでクセの強いS-32はごく一部の部隊でしか運用されていないから、この敵はSu-47と思って良いに違いない。私たちの後方へと抜けた敵編隊は、散開しつつそれぞれの方向から反転に入っていた。どうやら、まずは私たちから葬り去る魂胆らしい。
「どうする、こっちもブレークするかい?」
「いえ、数は向こうの方が多いですから、このまま仕掛けましょう」
「じゃ、アレだね」
編隊を組んだままこちらも急旋回で反転、再び敵編隊に相対する。そのうち右方向から接近する敵を最初の目標に捉える。コクピット内に、聞き慣れた警告音が鳴り始める。足の長いセミアクティブ空対空ミサイルで狙われているのかもしれない。長引かせれば、こちらが不利になる。戦闘能力が同等もしくは上の敵に相対する事態を想定して、グランディス隊長はいくつかのフォーメーションパターンを私たちに叩き込んでいた。私とノリエガ少尉が仕掛けようとしているのも、そのうちの一つ。ノリエガ少尉のYF-23Sがやや先行気味にせり出し、その後ろを私は追う。敵も腕には自信を持っているのだろう。ヘッド・トゥ・ヘッドで突っ込んでくる私たちに対し、全く引く素振りがない。彼我距離はどんどんと縮まっていく。と、YF-23Sが右方向へと急旋回。少し遅れて、私は左方向へと急旋回。すぐにスティックを反対方向へと倒す。圧し掛かるGに耐えながら、スロットルレバーと操縦桿をしっかりと握り、空を睨む。先に攻撃を仕掛けたYF-23Sが、私の前方を通り過ぎていく。そのさらに向こう、仕掛けられた攻撃を回避すべく機体をローリングさせてやや下方向へと逃れた敵の姿が、私の視界に飛び込んできた。その姿を狙って、今度は私が攻撃を仕掛ける。トリガーを引き絞り、機関砲弾の雨を敵に叩き付ける。命中確認などしている余裕はなかったが、敵機の胴体周りに火花が爆ぜるのを確認して離脱。リアタックを仕掛けるべく反転しようとして、コクピットの中に鳴り響く警告音に歯噛みしながら追撃を諦め、回避機動へと転じる。攻撃を仕掛けている間に私の背後にへばり付いた敵機が、攻撃態勢に入ろうとしていたのだった。旋回態勢からさらに機体を回し、真っ逆さまに降下。ループを描きながらスプリットSで反転。敵の射程圏内から逃れることには成功するが、敵機も同様の機動で私の背中を狙っている。水平に戻すことなく機体を傾けて再び旋回へ。さあどうやって振り切るか。敵の動きは鋭いが、この間戦ったサンサルバドルのS-32ほどではない。
「何チンタラ遊んでいるんだい。フィーナ、右急旋回、ナウ!」
突然飛び込んできたグランディス隊長の怒声に身体が先に反応し、操縦桿を倒していた。高Gをかけて右方向へと急旋回。圧し掛かる重力に、機体と身体が軋む。私が急旋回したことにより、一瞬、敵機の前の空間はクリアな状態となった。私の真正面に回りこんでいたグランディス隊長のADF-01Sの攻撃が火を吹いたのは、その直後だった。敵パイロットは自分の身に何が起こったか考える時間すら与えてもらえなかっただろう。大気を切り裂き、超高速で放たれたレールガンの弾頭は、戦闘機の胴体を紙を引き裂くようにいとも簡単に粉砕した。機首部分は跡形もなく破壊され、かろうじて原型を留めた主翼が不規則に揺れながら海面目指して降下していく。
「ありがとうございます、隊長」
「戦闘機相手に使ったことはあんまりないんだけどね。まあ、狙ってないと役に立たんから、当たっただけよしとするか」
貸し1だ、と宣言してADF-01S、敵編隊の群れへと吶喊していく。新手の接近に対し、敵編隊の3機が迎撃態勢を取る。ノリエガ少尉は別の1機と激しいポジションの取り合いを繰り広げている。そして、ノーマークの2機は、コバルトコープに対して攻撃を続ける友軍部隊を排除すべく加速を開始していた。隊長なら大丈夫だろう、と判断し、私たちから離れ始めた敵機を追う。アフターバーナーを吹き出しながら、勢い良く加速していく愛機の翼から、白いヴェイパートレイルの筋が伸びていく。真横に並んでいる敵機の後姿を、ようやく私は視界に捉えた。スロットル全開で追撃する私に対し、敵も最大戦速で引き離しにかかる。距離はなかなか縮まらない。そうこうしている間に、敵の射程圏内に捉えられてしまった友軍機がいたのだろう。敵機の翼から白い煙がほとばしり、ミサイルが炎を吹き出しながら加速していく。
「!マッカラン4よりリーダー、ミサイル警報!」
「レーダー見てりゃ分かる!地形を利用してそれぞれ回避しろ。グリフィスの女房たちに面倒をかけさせるんじゃないぞ!!」
「ミサイル接近、ミサイル接近!」
レーダーに投影されるミサイルの位置情報を確認した友軍機が動き出す。F-35B部隊は、彼らにしか出来ない芸当で、ミサイルに対して最も効果的な回避方法を選択した。敵の貯蔵庫ブンカーを隠す格好の自然の障害物になっていた岩礁の背後に回りこんで、ホバリングしたのだ。当初の狙い通りに進むミサイルに自然の地形を回避する能力は無く、そのまま岩礁に突き刺さり盛大な火球を膨れ上がらせた。それだけでなく、攻撃を回避した友軍機たちは何と上昇し、敵機に対して襲い掛かっていったのだ。実際にはガンアタックを仕掛けるくらいしか出来ないのだが、思わぬ奇襲を受けた2機のSu-47が慌ててブレークする。おかげで敵に追いついた私は、そのうちの一方の背中に喰らいついた。
「くそ、ネメシスの2番機がいるなんて聞いてないぞ。誰か、援護につけないか!?」
「それどころじゃない!こっちにゃ黒い怪鳥が来ていやがるんだ。自分で何とかしろ。相手はネメシスじゃないんだろうが!」
「振り切れないんだよ!!」
グランディス隊長もなかなかひどい言われようだ。でもまぁ、ジャスティン以上に時折派手なことをしでかしてきたグランディス隊長には、なかなかしっくりくる通り名でもある。ん……ちょっと待って。
「マッカラン・リーダー、"グリフィスの女房"って何ですか!!」
「え?おいおい、お前さん以外に誰がいるんだ、グリフィス2。相思相愛なんだからいいじゃないか」
それはその通りなんだけど。私の目前を必死に逃げ惑う敵の姿を追いかけながら、私はマスクの下で苦笑した。ジャスティンの言っていた通り、スコット辺りが吹聴して回っているのかもしれない。が、今はとりあえず目前の敵を片すことが先決だ。いつでも攻撃を放てるようにトリガーには指をかけたまま、操縦桿を手繰る。旋回を繰り返してこちらをオーバーシュートさせたくて仕方の無いらしい敵機に対し、私は速度を落としてその意図を挫く。敵機が焦って今の戦法を切り替えてきたときがチャンスだ。HUDの上をミサイルシーカーが忙しく動き回る。が、捕捉しきれない。こっちが焦っては仕方が無い。敵機との距離を一定に保ちつつ、機会を伺ってこちらも辛抱に付き合う。すると、埒が明かないことにイラついたのか、敵機がループ上昇を開始。大推力を活かして上昇する敵機同様に、こちらもループ上昇。Gに晒されることを覚悟の上で、敵よりもループ径を大きく取り、その分速度を付ける。結果的に私よりも内側を回る敵機の姿が、ようやくこちらの狙い通り、攻撃有効範囲に入ってきた。ループの終着点、水平に戻る直前、心地良い電子音と共にミサイルシーカーが敵の姿を完全に捕捉した。ロックオン……発射!コクピット内に鳴り響いているであろう警報音に反応したのか、敵機が強引に急旋回に入ろうと機体をローリングさせる。だが敵が旋回状態に入るよりも早く到達したミサイルの弾頭が炸裂する。撒き散らされた弾体片は爆発の衝撃によって撒き散らされ、敵機の機体後部を切り裂いていった。黒煙を吐き出し推力を失った敵機は、何とか水平に戻したところでキャノピーを弾き飛ばし、パイロットを空へと打ち上げた。次!取り漏らした敵の姿を捜し求める。攻撃対象だったはずのマッカラン隊による奇襲から逃れた敵は、大きくコバルトケープを迂回するように離脱を図り、仕切り直しとばかり襲い掛かってきた。けたたましく鳴り響くミサイルアラートは、敵が既に攻撃を放ったことを告げる。敵機が搭載しているセミアクティブミサイルは、こっちよりも射程が大幅に長い。HUDに表示されているであろうターゲット・サークルの中に捉えられていたらおしまいだ。私は海面に向かって機体を急降下させ、コバルトケープとその周囲の岩礁とが作る谷の中へと飛び込んだ。目標に連動して下方向へと進路を変更したミサイルは、岩礁によって視界を遮られ、迷走を始める。だが、ミサイル同様に降下した敵機は、私を狙ってガンアタックを仕掛けてきた。機体を加速させつつ、胴体を捻るようにローリングさせて回避。命中せずに水面に着弾した機関砲弾が、小さな水柱をいくつも穿つ。敵機が後方へと抜けるや否や操縦桿を強く引いて上空へと飛び上がる。頭上を見上げると、やはり低空から上昇する敵の姿が視界に入った。
「潰させてもらうぞ、ネメシスの2番機め!!」
「やれるものなら、やってみなさい!!」
反射的に言葉が出た。余計な小細工は一切無し、ガチンコ勝負。ループ上昇から水平に戻す最高点で、互いに敵の姿を捕捉する。時間にしてみればほんの僅かなものだったろうが、充分に引きつけてからトリガーを引き絞る。こちらよりも先に放たれた敵の機関砲弾の曳光弾が、コクピットスレスレの空間を貫く。互いの火線と火線とが交錯する。バシン、という鋭い音が響き、キャノピーの後部が蜘蛛の巣のようにひび割れる。だが、手応えは充分にあった。至近距離をすれ違い、轟音と衝撃で互いの機体を揺さぶってそれぞれ反対方向へと抜ける。後ろを振り返ると、ひび割れたキャノピーの向こうで火球が膨れ上がるところだった。私の攻撃は、敵機のエアインテークからエンジン本体へと飛び込んだに違いない。エンジン自体の爆発によって、敵機は真っ二つにへし折れてきりもみ状態に陥りながら海面へと叩き付けられた。これで3機。
「フフン、随分とやるようになったじゃないか。あたいが半分は喰うつもりだったんだけどね」
「あたしたちの出番がありませんね、隊長」
「こちらヨイツ隊、待たせてしまって済まない。これで……チェックメイト!」
マッカラン隊と共に対地攻撃に当たっていたヨイツ隊の各機が、これで終わり、とでも言うように一斉に対地ミサイルを放つ。ブンカーとは別に、海側に大きく口を開いたような洞穴の中へと排気煙が何本も飲み込まれていく。数瞬後、洞穴の中から紅蓮の炎と黒煙とが一斉に吹き出し、入り口全体を覆い隠して燃え上がる。
「カイトリーダー、もとい、グリフィス4より、ヨイツ・リーダー、盛大にやり過ぎじゃないかい?」
「まあそう言うな。あの洞穴の中に、オペレーションルームらしき施設を確認したんだ。最後の仕上げにゃ丁度良いだろう?」
既に空には敵機の姿も消え、海面を見下ろせば攻撃を受け航行不能になった船舶と、未だに黒煙が立ち上る貯蔵庫だけがコバルトコープに残されていた。戦闘を終えて水平飛行するグランディス隊長の左サイドに合流し、編隊を組む。地上攻撃を終えたF-35BとYF-23Sの群れが低空から舞い上がり、私たちの後方に合流を果たす。ざっと見たところ、幸いにも損害は出ていないようだった。それに対し、レサス軍の損害は甚大と言っても良かった。一体何を貯蔵していたのかは分からないが、爆発の衝撃で島の形は一部変わってしまっている。外側がそうなのだから、中はさらにひどい状況だろう。コクピットの中で、私は軽く目を閉じて犠牲者たちの冥福を祈った。偽善と言われればそれまでのことだが、自分自身がやったことを死ぬまで忘れないための、それはささやかな儀式だった。それにしても、レサス軍は一体こんなところで何をしていたのだろう?島の上部で残骸を晒すパラボナアンテナは、天体観測などで使用されるものとは形状も異なっているように感じられる。全滅してしまった今となっては攻撃前の情景を思い出すしかないが、それらは全て同一の方向に向けられてはいなかっただろうか?記憶に残る方角と地図とを照らし合わせた私は、その先にある島の名を見出した。アーケロン島。レサス軍の要塞が構築された、本作戦の最終攻撃目標となっている、かの島か。観測目的でなく、何かもっと別の利用目的があったのだとしたら、わざわざ要塞から離れたコバルトコープに施設を設立した理由も頷ける。その利用目的はともかくとして、施設を壊滅せしめたことは、結果的にオーレリア軍による攻略作戦に貢献したことには違いない。
「よーし、撃ち漏らしはないね?じゃあ、レサスのもぐらたちが本腰入れて反撃してくる前にずらかるとしよう。シルメリィに戻るぞ!!」
くるり、と目の前でADF-01Sがローリング。続けてノズルを開いて加速していく。私も遅れじとスロットルを押し込んで、隊長機に続く。炎に焼かれたコバルトコープはあっという間に後方へと過ぎ去り、再び南海の青く静かな海が私たちの眼下を埋め尽くす。今日の戦いは損害も無く終わったけれど、次の戦いは熾烈なものとなり、この静かな海を再び戦火で赤く染めることになるだろう。私たちのしていることは、実は大きく矛盾しているのかもしれない。それでも、今はやるしかない。シルメリィへの帰還ルートに乗せて、普段ならばもう少しリラックスしているであろうコクピットの中で、私は自分の気を引き締めた。ダナーン海峡目指して近付きつつある無敵艦隊との決戦が、私たちを待っているのだから――。
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