海峡は赤く燃ゆる・中編
補給、再出撃、補給、再出撃。大規模戦闘に参加するパイロットであれば、必ず経験する慌しさの中に私たちもある。今のところの戦況は我が軍にやや優勢、というところだろう。ほとんど損害を被ることも無く敵分遣艦隊の一つをハイレディン艦隊が撃破したことは私の大いなる誤算だったけれど、これでようやく五分なのだ。何しろ敵艦隊の本隊が、未だ居座っているのだから。補給の合間の時間を使って簡単に調べた範囲ではあったが、その圧倒的な陣容だけは情報を得ることが出来た。先行して攻撃に向かった部隊が充分な戦果を得ていないのも仕方が無い。無敵艦隊の名に相応しく、装備だけはならかの艦隊はオーシアやユークトバニアの正規艦隊の複数艦隊に匹敵するだけの艦艇を擁しているのだから。
「――クラックスよりグリフィス1、応答願います」
「こちらグリフィス1、感度良好。戦況は?」
「データリンクで見ている君の方が詳しいような気もするけど……ま、いいか。敵A分遣隊は、既にハイレディン提督たちの艦隊戦力による総攻撃で壊滅。敵B分遣隊についても、航空戦力による反復攻撃で主力艦の大半が戦闘不能、海上に投げ出されている乗組員たちの救助活動も加わって実質的に壊滅と言って良い状態だね」
どうやらジャスティンは情報を確認している暇が無かったらしい。ユジーンの返答は簡潔ながらも要点をしっかりと押さえていた。私が出撃前に確認した戦況のまま、と言えるかもしれない。
「敵本隊は?」
「既に先発した攻撃隊が仕掛けているけれども、分遣隊とは相手がさすがに違う。厄介なのが通常なら1、2隻でも事足りるイージス巡洋艦を5隻も配備していて、おまけに航空母艦まで引き連れているという陣容だからね。残念ながらほとんど戦果は上がっていないよ」
「了解、何とかやってみる」
「無茶はしないでくれよ、グリフィス1」
無茶ばかりしているように見えるのだけれど、と心の中で呟く。もっとも、無敵艦隊にこれだけの戦力で挑んでいる私たち全体が無茶をしているのも間違いが無い。今更「無茶」の定義を推し量ること自体が無駄な作業のようにも思えてくる。
「グリフィス4より、パッソア隊。結構やられたね?」
「パッソア1より、洒落になってなかったぜ、姉御。近付こうにも護衛機の歓迎、さらにはイージス艦の対空ミサイル付きと来ている。レクソンとカイルが墜ちた。脱出はしていたようだがな」
「塩水飲んで目ぇ覚ましてる頃さ。先に行ってるから、ミサイルたっぷりぶら下げてきな」
「分かった。グリフィス隊、グッドラック!」
隊長たちの会話につられてコクピットの外を見ると、攻撃を終えて帰投中の友軍機編隊の姿が目に入った。ところどころに開いた穴は失われた僚機の存在を物語る。隊長の言うとおり、海水をたっぷり飲むだけで済めば良いのだけれど、現実はそう甘くは無い。それを知ったうえで、隊長たちはとぼけているのだ。悲しんだり後悔したり、は後で幾らでも出来ることだから。生き残れば、だけれど。私の前を行くXRX-45は、最初の出撃時と装備が変更されている。対艦ミサイルを4発、胴体下にぶら下げて、純白の機体が空を駆ける。私は引き続き対空戦闘装備。いざとなれば空対空ミサイルを敵艦に撃ち込んでやればいい。対艦ミサイルのようにはいかないが、それでも艦体に損害を与えるだけの威力は持っているのだから。それに、今のグリフィス隊には通常でない機体が2機も配備されている。レールガン・ユニットに戦術レーザー砲。迎撃不可能な最新鋭兵器による攻撃は、レサス軍艦艇にとっては未知の脅威となるだろう。私は、私が守るべき隊長機に付いていくだけのこと。無敵艦隊本隊に対する攻撃を成功させるためにも、ジャスティンたちに損害を負わせるわけにはいかないのだ。だが、敵もそう簡単には私たちを通してくれないらしい。私たちの真正面上方、敵の光点が集まりつつある。
「グリフィス6より1へ。敵迎撃部隊確認。前方展開中」
「こちらも確認しました。またフランカー」
「あたいらは人気があるみたいだね。大方、ジャスティンの機体をマークしているんだろうさ」
「どないするんや、グリフィス1?」
ジャスティンの回答はすぐだった。だいぶ、隊長職が板に付いてきたようにも感じる。
「グリフィス5から7は敵戦闘機部隊の足止めを。グリフィス1、3、4で仕掛けます。2はアタッカーの護衛を頼みます」
「グリフィス2、了解」
復唱しつつ、何となく嬉しい気分を押さえ付ける。今は浮かれている場合じゃない。
「グリフィス5、了解した。上のことは気にしなくて良いぞ。ミッドガルツ、ロベルタ、付いて来い!」
ここ最近、随分と積極的になったように見えるファレーエフ中尉の愛機が高度を上げていく。その後ろにグリフィス6、7の機体が続く。XRX-45、機体を大きく倒してダイブへ。タイミングをあわせてこちらもダイブ。低空まで舞い降りてから水平に戻し、攻撃態勢を取る。XRX-45とADF-01Sが真横に並び、対艦ミサイルを満載しているXFA-24Sはちょい上の高度にポジションを取る。私はその後方に位置し、艦体攻撃に備える2機の異形の姿を視界に捉える。肉眼で捉えることは出来ないが、レーダー上、対艦ミサイルなら射程圏内へと入ってくる頃だろう。既に2機とも、ウェポン・ユニット部を開いている。攻撃の時は、近い。私はレーダーと多目的ディスプレイで敵情報に素早く目を通しながら空中警戒に意識を集中させる。対艦攻撃は、アタッカーの3人に任せておけばいい。
「グリフィス1、エンゲージ!」
「グリフィス4、エンゲージ!派手に行こうじゃないか!!」
ADF-01Sから青白い高速の飛翔体が放たれ、瞬く間に姿を消す。連続で放たれたレールガンの弾頭は、超高速で攻撃目標に襲い掛かっているに違いない。そしてほとんど同時に、XRX-45から赤い光条が空を貫いた。触れたものを超高温で焼き切る、高エネルギーの集束した刃。再びADF-01Sからレールガン発射。私たちの向かう先で、大きな閃光が煌いたかと思うと、続けて炎の塊が二つ膨れ上がる。レールガンの直撃を被った敵艦はたまったものではないだろう。弾頭自体の破壊力もさることながら、音速を遥かに上回る初速で撃ち出される弾頭が生み出す衝撃波は威力を何倍にも引き上げる。装甲の薄い艦艇なら、2発命中弾を受けるだけで艦体を分断され、沈められても不思議ではない。戦闘機からの攻撃は非常に難度が高いとは聞いているが、射手はグランディス隊長だ。敵艦にとっては、不幸な条件がいくつも揃っている。その事実を証明するように、燃え上がる敵艦の一方は、それほど時間が絶たないうちに海中へと没してしまった。ジャスティンのレーザーで狙われた艦は沈んではいなかったものの、甲板上を炎に包まれ、まともに戦闘を継続できる状態には無かった。
「さあ、行くぞ!」
激しい対空砲火の群れが、私たちを手荒く出迎える。頭上を、横を、無数の曳光弾の光が通り過ぎていく。雨と評するのが相応しい攻撃を潜り抜けて、私たちはついに敵艦隊本隊の真っ只中へと切り込んだ。スコットのXFA-24Sが対空砲火を巧みに回避しつつ、対艦ミサイルを切り離す。白い排気煙を吐き出しながら加速したミサイルは、私たちに横腹を晒して応戦していた敵イージス艦に突き刺さった。破片を海面と周囲に撒き散らしながら黒煙と炎とが膨れ上がり、敵艦を覆い隠した。ヒット・アンド・アウェイによる反復攻撃を徹底すべく、私たちは一旦敵艦隊の群れから抜け出した。追いすがるように放たれる対空砲火の攻撃をかわしながら編隊をブレーク。左方向へと旋回するジャスティンにぴたりと付いて反転、対艦攻撃態勢を取ろうとする私たちが水平に戻そうとするや否や、前方に展開した敵艦のVLS発射管から対空ミサイルが姿を現して襲い掛かろうとした。すかさず低空へと逃れるジャスティンに続いて私も加速しつつ低空へ。私たちの姿を捉えているミサイルが軌道を修正して来るが、間一髪間に合わない。私たちの後方へと流れたミサイルはそのまま海面へと突っ込み、水柱を立ち昇らせた。反撃のミサイルがXRX-45から放たれる。敵艦のCIWSによる近接攻撃によって一方のミサイルは撃墜されてしまったが、その爆発を盾にするように潜り抜けたもう一方が、敵航空母艦の横腹を直撃し、引き裂いた。空母の巨体が揺らぎ、爆発の炎は甲板上にも燃え広がった。その頭上を飛び越えた私たちは再び敵艦隊の陣形から飛び出し、次の攻撃への機会を伺う。そんな私たちの眼下で、炎がいくつも連続して煌いた。オーレリア・シルメリィ艦隊の艦砲射撃だった。重大な損害を被った艦の姿は全く無く、整然と突撃陣形を組んで突っ込んでくる艦隊の姿は美しくもあった。複数艦から集中攻撃を浴びせられた敵艦は持ち堪えることが出来ず、紅蓮の炎の中に没した。
「こちら第1艦隊、ハイレディンだ。南十字星、無事で何よりだ!白い機体が良く見えるぜ!!」
鼓膜が破れるかと思うような大声は、オーレリア艦隊のセルバンテス・ハイレディン提督のものだった。海軍の白い軍服姿は確かに似合っているのだが、筋骨隆々の体型は陸軍の猛者といっても通用するんじゃないかしら、と初見の時は思ったものである。だがその風貌に似合わず、指揮能力と思慮の深さは大したものだよ、とはアルウォール司令の評価である。もっとも、今日の戦いっぷりは知将というよりも猛将そのものであったけれども。
「こちらグリフィス1。提督、まだ敵艦艇の戦力は強大です!総攻撃は待ってください!!」
「はっ、心配は有り難いんだがなぁ、海の連中なめてんじゃねーぞ、小僧。この本隊のせいで航空戦力にも結構損害が出ているんだ。強大?結構だ。どうせやるなら、やりがいがある方ってやつだ。それにこっちにゃ切り札がある。グリフィス隊全機、それに今攻撃に向かってる航空部隊全隊、敵艦隊西側に布陣している奴らを片っ端から潰してくれ。ただし、旗艦は落とすな。そこまでやってくれりゃあ、後は俺たちが引き受ける」
「しかし……」
「こちら巡洋艦ピルグリム。ぐだぐだ言ってると、SAMをぶち込むぜ。お前さんに払わなきゃならないツケがたまってるんだ、こちとらぁ」
「ま、そういうことだ。オーレリア海軍の船乗りの意地、見せてやるぜ。こういう戦い方もあるんだってな。――復唱はどうした!?」
「――了解しました。敵艦隊西側の艦艇に攻撃を集中、その後はサンタマリアの護衛に就きます!」
最後はちゃっかりと自分の意志を付け加えたジャスティンの言葉にクスリと笑いながら、再び敵艦隊に相対するXRX-45の後を追う。ハイレディン提督の指示通り、西側の敵艦艇に針路を取ったジャステインのルート上に意識を集中させる。もっとも、東側には既にグランディス隊長とスコットが襲い掛かっていて、その足を止められてしまっていた。私が狙うのは、こちらの隙をうかがっているに違いない迎撃機!レーダーだけじゃ足りない。XRX-45やADF-01Sからデータリンクで送られてくる敵部隊情報にも目を通しつつ、周囲警戒を続ける。レーダー上に……影?そこにいるのは、被弾して黒煙を吐き出しているフリゲート艦。さらにその向こうにもう一隻。見間違いかしら?いや……違う!XRX-45、再び戦術レーザー発射。赤い光が瞬時に空間を貫き通し、フリゲート艦の一つを直撃する。艦体を引き裂かれた敵艦から炎と黒煙とが膨れ上がった瞬間、その閃光を反射させた「何か」が私の目に飛び込んできた。海面ではない。海面よりも、少し上!黒煙を隠れ蓑にしてホバリングしているのは、敵のF-35Bだった。レーザー発射中のXRX-45は、どうしても単調な飛行を強いられる。その数少ない隙を、敵は突こうとしていた。やらせないわよ。中射程空対空ミサイル、レディ。ターゲット、レーダーロック。データリンクによる補正によってHUD上にしっかりと捕捉された敵機を睨み付ける。ミサイルシーカーの色が反転し、ロックオンを告げる電子音が鳴り響く。――墜ちなさい。母機から切り離されたミサイルに火が灯り、轟然とした加速を得て獲物へと襲い掛かる。ミサイルの白い排気煙はフリゲート艦の黒煙を吹き飛ばし、そして炎が膨れ上がった。ホバリング状態から離脱できなかった敵機は、真正面からミサイルを受け止めることとなり、2機とも爆散して姿を消していた。
「グリフィス2、グットキル!」
「敵も相当にしぶといけれど、背中は任せておいて」
もちろん、最後までジャスティンの背中は守り続ける。だけど、グリフィス隊とジャスティンたちを支援したいと考えているのは、何も私だけではなかったらしい。
「……くぁぁ、聞いているとこっちが恥ずかしくなるぜ。なあバターブル?」
「いえ、昔の隊長とリン嬢と同じレベル……って……マジでロックオンしないで下さいよ、隊長ォォォ!」
「バトルアクス・リーダーよりグリフィス1、加勢に来てやったぜ!艦隊の突破口をこじ開けるんだろ?手伝うぜ」
「こちらマッカラン隊、ミサイルをケチるんじゃないぞ。攻撃開始!!」
レーダーを見れば、続々と友軍航空部隊が集結しつつあった。そして、戦域に到着した友軍機から次々と対艦ミサイルが発射される。艦隊戦力も負けてはいない。斉射攻撃で狙われた敵艦の装甲と構造物が弾け飛び、次いで紅蓮の炎が膨れ上がる。急降下爆撃で投下された爆弾の雨が敵艦の甲板上で次々と炸裂する。応射で放たれたミサイルがそのうちの一機を捉えるが、勢いの付いた機体は炎に包まれたまま敵艦に突入し、翼の下にぶら下げたままの爆弾ごと大爆発を起こした。仲間の名を呼ぶ絶叫。衝撃音と共に途絶した、援護と救助を必死で求める敵兵の叫び。何一つとして、目や耳に優しいものなど有りはしない。後方から対空砲火の火線が私たちに向けられる。機体をローリングさせつつ回避。さらに追いすがるミサイルを敵艦隊と敵艦隊の間に飛び込んで回避した私たちの目前に、敵航空母艦の巨大な姿が立ちはだかった。カタパルト上に既に2機の戦闘機がスタンバイしているのを視認すると同時に兵装モードをガンへ。離陸待ちの戦闘機と、さらにその背後で待機中の敵機に狙いを定め、トリガーを引く。XRX-45からも、パルス・レーザーの青い光が甲板上に降り注いだ。レーザーと機関砲弾とが敵機の胴体に穴を穿ち、引き裂き、殺戮の刃を奮う。燃料を満載していた敵機から、黒煙と炎とが膨れ上がる。航空母艦のアイランド前を高速で通過した私たちは、一旦安全空域へと離脱し、更なる攻撃への態勢を整える。オーレリア・シルメリィ艦隊は一見無謀とも見えるような積極攻勢を維持したまま、ついに敵陣の中へと踊りこんでいく。窮鼠猫を噛むとは言うが、レサス艦隊に既に優位は無くなっている。数的劣勢に立たされたはずの敵艦隊がこれほどまでの積極策を敢えて取ってくることを読めなかったこと、そしてこれまでの戦いで数的劣勢の局面を幾度も乗り切ってきた解放軍艦隊の実力を甘く見たこと――その二つの読み違えが、世界の海軍でも名の知れた「無敵艦隊」を窮地に追い詰めつつあった。この戦いをもしディエゴ・ギャスパー・ナバロが目にしていたとしたら、今頃どんな表情を浮かべていることだろう?グリスウォール潜入時、間近に見た敵将の姿を、私は思い浮かべてみた。底の知れない、そして結局は他人を信用することが無いであろう、厳しい光を放つ目をもった男。……隣にありたいと思う人とは、全くの正反対な敵。そう、直接刃を交えることは無いかもしれないが、この戦いは間違いなくナバロを倒すための戦いだ。私のすぐそばで、純白のXRX-45が空を舞う。ナバロにとって最大の敵となった少年の背中を託されていることに、私は例えようのない充実感を胸に覚えていた。

「"ヘレナ"にミサイル着弾!第3砲塔損傷も、航行に支障なし!」
「敵3番艦沈黙、4番艦炎上中!!」
実際に指揮してみて、改めて練度と士気の高さを実感する。相手は「無敵艦隊」であることなど歯牙にもかけないかのように、乗組員たちはそれぞれの持ち場で最善の仕事を果たしていた。これほどの仕事が出来る艦隊は、レイヴン艦隊を構成する各国の本国でもそうはないに違いない。「カノンシード」での戦いから随分と時間が経ってしまったが、これほどまで心震える戦いはあの日以来かもしれない――旗艦「サンタマリア」CICのモニターに表示されている戦況図を睨みながら、アルウォールは過去の戦いのことを思った。
「敵旗艦「ダイダロス」への射線、開きます!敵護衛艦、防御態勢」
「全艦の攻撃を集中させろ!斉射用意、一撃でしとめるんだ!!」
「はっ、斉射用ー意!」
「攻撃命中後、サン・バーンを発射する。弾頭は指示したとおりだ」
「了解でさぁ!!」
航空母艦の艦長になる以前の癖で、アルウォールは右腕を左肩の前までゆっくりと持ち上げていく。その仕種を見たオペレーターの一人は、思わず口笛を鳴らした。アルウォールが目だけでその方向を見ると、慌ててディスプレイへと視線を戻す光景が目に入る。
「良く似てらっしゃるんですよ、うちの大将に。私も見間違えましたぜ」
「似ている?」
「昔ながらの軍艦乗り……というところが、でしょうかね」
「フ……褒め言葉として受け取っておくよ」
各艦から攻撃準備良し、と応答が戻る。目標は、敵旗艦の前に立ちはだかる護衛艦ただ一隻。
「撃て!!」
右腕を前へ突き出すと同時に、攻撃命令を放つ。各艦から一斉に放たれた砲弾は唸りをあげながら目標へと殺到する。それは――単艦で対抗するには、余りにも圧倒的な「雨」だった。危地を悟った艦長が退避命令を下すよりも早く、衝撃と轟音と炎とが艦全体を覆い尽くしたのだ。砲塔が、甲板が、艦橋が、容赦の無い破壊の力によって引き裂かれ、砕け散る。艦内を吹き荒れる炎と爆風とが乗組員たちの肉体を瞬時に炎に包みこみ、断末魔の絶叫すら蒸発させていく。そして、弾薬庫に殺到した炎と衝撃波は、そこに格納されていた弾薬を一斉に炸裂させた。閃光が海面で膨れ上がり、フリゲート艦「テレサ」は内から自らの艦体を引き裂いていった。閃光が姿を消した時、既に「テレサ」の姿は海中に没し、黒煙と炎が海面から噴き出しているだけであった。道を阻むものはいなくなった。航空部隊の予想以上の奮迅によって、敵艦隊の動きは鈍い。敵に旗艦へ至る道筋を開くなど無様としか評しようが無い。そして、この好機こそアルウォールとハイレディンとが狙っていたものであった。爆炎が敵フリゲート艦を包み込むのと同時に、本来の主の代わりにアルウォールが指揮する「サンタマリア」はサン・バーン艦対艦ミサイルを放っていた。それは、この戦いを終結させるための幕を開く、狼煙でもあった。
「アルウォール司令、「ガレーナ」から通信が入っています。回します!」
艦隊旗艦の傍らで、この作戦に参加している旧式のヘリ搭載型フリゲート艦「ガレーナ」の姿を、ディスプレイ越しにアルウォールは確認した。兵装についてはいずれも旧式の「ガレーナ」ではあったが、今作戦においてはこの艦こそ、切り札中の切り札。旧式艦ながらレサスとの戦いを生き延びてきたこの艦の悪運の強さも、選択の理由のひとつであったに違いない。それを証明するかのように、これだけの激戦の最中、まだ一発も命中弾を浴びていない。
「こちらハイレディン。アルウォール司令、いい戦いっぷりだ。道を切り開いてくれたことに感謝する!」
「礼なら、提督に鍛え上げられてきた部下たちに言ってあげて下さいよ。彼らは、本物だ」
「無事に陸に戻ったら、街中の酒をかき集めて宴会を開くとするよ。いよいよ大詰めだ。艦隊を頼む、アルウォール提督」
「――ご武運を、ハイレディン提督!」
「ミサイル、目標点に到達、自爆します!」
「ECM最大出力!!敵の目を眩ませてやれ!」
閃光が2つ、敵旗艦の目前で膨れ上がった。これが通常弾頭であったら、爆風と衝撃波によって少なからずの損害が旗艦「ダイダロス」は被っていただろう。その爆発は、本来の爆発に比べれば小さいものである。その代わり、「目眩まし」としては極めて有効であった。白い雲のようなものが、無敵艦隊旗艦を中心に周囲を覆い隠していく。ミサイルの弾頭に満載されていたチャフ片が弾頭の炸裂によって広範囲に飛び散った証であった。さあここからが大事だ。ECMの展開により通信は極めて困難となっている。昔ながらの発光信号を「サンタマリア」は放ち、艦隊の先頭に立って敵陣の中へと踊りこむ。――「ゼ・ン・カ・ン・ト・ツ・ニ・ユ・ウ・セ・ヨ」。至近距離での戦闘によって傷ついている艦もあったが、オーレリア・シルメリィ混成艦隊は怒涛の勢いで突入する。もし高空からこの戦いを見下ろしたとすれば、円形陣を組もうとして果たせず、陣形左側を突き崩されたレサス艦隊の中央に向けて、オーレリア・シルメリィ混成艦隊の紡錘陣が突き刺さっている光景を見ることが出来るに違いない。敵旗艦「ダイダロス」の姿を目前に確認しつつ、サンタマリアが加速する。傍らに在った「ガレーナ」は「サンタマリア」の下を離れ、大回りの航路を取っていく。その行先には、今海戦の最終攻撃目標がいる。ハイレディン提督たち決死隊の武運を祈りつつ、アルウォールは自らの果たすべき役割を必ず完遂することを心の中で誓った。
「「ガレーナ」、間もなく「ダイダロス」に接舷します!!」
モニター上、二艦のアイコンがほとんど並行に重なろうとしていた。手塩にかけて育て上げてきた艦隊を託してくれた古強者の信頼に応えること。彼の部下たちを可能な限り生還させること。そして、彼らの突入を最大限に支援することーー!やることが多い?上等だ!!
「「ガレーナ」、接舷!!」
「よぉぉぉし!!いいか、旗艦の制圧が完了するまで、一艦たりとも近付けるな!!近付く敵艦は片っ端から排除するぞ。あと少しだ、根性を見せろぉぉっ!!」
旗艦自らが先陣を切っての突入に、オーレリア艦隊の兵士たちも、シルメリィ艦隊の兵士たちも奮い立っていた。まるで海賊王の末裔が乗り移ったかのアルウォールの姿は、古参の兵士たちの積極的な協力によって報われる。ダナーン海峡の戦いは、ついに終幕を迎えようとしていた――。
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