共に在るべき者のために・前編
戦闘機たちのジェットエンジンが奏でるハーモニーが、人間の耳で聞こえる範囲を越え、辺りは船体に打ち寄せる波の音ばかりが目立つようになってきた。出撃を終えた甲板上では、甲板要員たちもラッシュアワー級の忙しさから解放され、出撃後の後始末を始めている。航空母艦シルメリィとて状況は同じで、後は被弾機が帰還するか、作戦が終了してパイロットたちが戻ってくるまでの間、無事と勝利を祈って待ち続けなければならないのである。各種需要施設が詰まっているアイランドの下では、稼動機の全整備と出撃準備を完遂し、彼らを送り出すことを終えた男たちがミネラルウォーターのボトルを手にしながら座り込んでいた。
「こんなに忙しい夜も久しぶりですよ、ホントに。あー、超過勤務手当てが楽しみだぁ」
「まだマシなほうじゃないか、オズワルド?ヴァレーの全力出撃の前はこんなもんじゃなかったぞ」
「いずれにせよ、一晩の作業量としては我が軍の新記録になるのは間違いないじゃろうよ。ホーランド班長」
サバティーニ以外の二人が、環太平洋事変やベルカ戦争を経験している重鎮であることをフォルドは充分に理解しているつもりであったが、改めてこういう場に臨んだときの臨機応変さというか、捌き上手というか、サバティーニ流とはまた異なるやり方には舌を巻いたものである。平和の上に胡坐をかいていたオーレリア軍では到底望めるようなレベルではなく、レサスとの戦争を経て随分マシになったとはいえ、まだまだ彼らに及ぶものではなかったからだ。
「さて、どうなりますかな?」
「ま、なるようにしかならんじゃろうよ。今のジャス坊たちを凌ぐような連中はそうはいないじゃろうが、何が起こるか分からないのが戦場じゃからの」
「ナバロにとっても後が無く、オーレリアにとってもこの好機を逃す手は無く……ときにホーランド班長。さすがにレイヴンとしちゃあ……」
「そう、我々としても潮時というわけだ。ガウディ議長を首班とした政府には無論その意志はないだろうが、これ以上の戦争継続にまで我々が手助けすることは出来ない。ま、全員の需要と供給が一致したと言っても良いだろうな」
「ワシらとしてはいくらでもいて欲しいところじゃがのぅ。ホーランド班長、シルメリィ艦隊の皆には本当に世話になってしもうた。解放軍を預かる者の一人として、礼を言わせてもらいますぞ」
「何の。こちらも、いいものを見させてもらった。絶望的な戦況からでも、情勢をひっくり返すに足る不屈の精神を、そして、過去の戦いに名を残した英雄の再来を退役前に見ることが出来たのだから」
「ワシらは果報者であることは間違いなさそうじゃの」
「全く同感ですな。司令もきっと、同じ気持ちだと思いますよ」
今日はシルメリィの上で指揮を執るアルウォールの姿を思い浮かべながら、男たちは戦闘機たちの向かった方角へと視線を動かした。飛び立ったパイロットたちの全員が必ず帰ってくるとは限らないのが戦場。それでも、全員が無事に帰って来て欲しいものだ、と彼らは願う。掴み取った勝利を、共に分かち合うためにも――。

「敵ミサイル、いずれも目標ロスト。海面に着弾」
「良し、このままのポジションを維持するよ」
海面を這うような超低空飛行。グリフィス隊の7機は編隊を組んだまま海上を突き進む。長射程からのミサイル攻撃が行われたということは、敵側にもAWACSがいるか、要塞本体にその機能が備わっているのか、どちらかだろう。難なく攻撃を回避した私たちは、中高度と高高度を解放軍の他部隊へと託し、敵のレーダー網を欺くために超低空へと舞い降りたのである。追い詰められたレサス軍航空戦力には他の選択肢も無い。レーダーレンジを広域に切り替えると、進撃する私たちの真正面に敵の大部隊の姿が映し出される。この数、間違いなく本国からの増援も加わっているに違いないが、これまで温存してきた部隊までも動員せざるを得なくなったと見ることも出来る。ジャスティンたちの奮闘は、ついにそこまでナバロを追い詰めたのだ。
「予想よりも敵部隊の数が多い。艦隊の護衛も必要になりそうだねぇ」
「バトルアクス・リーダーより、グリフィス4。うちの隊は臨時的にグリフィス隊の指揮下に入る。旧カイト隊は思い切って艦隊戦力の要塞突撃支援、俄か混成部隊は敵の新型と相対するってのはどうだい?」
「火力の問題というわけだな、マクレーン大尉?」
「そういうことだ、ファレーエフ中尉。俺とバターブルの機体じゃミサイルまでだが、ADF-01Sなら空海陸全て行けるだろ?」
「あたいは新型とやりあいたいんだけどねぇ。バトルアクスの言い分にも一理ある。よし、グリフィス5・7はあたいに続け。ミッドガルツはスコットのお守だ。あたいらは海賊船団の突撃を支援するぞ。手を出してくる奴ぁ、片っ端から叩き落しておやり!」
「了解!」
あのグランディス隊長が、随分とすんなり従ったものだ……と思っていたら、それだけで話は終わらなかった。
「フィーナ、アンタの役目は分かってるね?ジャス、本命は譲ってやる。南十字星の実力、たっぷりと思い知らせてやるんだ。よし……行くぞ!!」
言いたいことをしっかりと言ってから、ADF-01Sが急上昇。とうとう始まった両軍の全面衝突の最中、火球と火線の間を貫くように上空へと舞い上がる。私の役目――為すべきことは、今更言葉にしなくても分かっている。さぁ、私たちもこのまま低空をはいつくばっているままではいられない。マクレーン隊長の言う「俄か混成部隊」を、隊長機が指揮すべき時だ。さすがに、ジャスティンはその辺りをもう心得ていた。
「グリフィス1より、バトルアクス・リーダー。敵C集団に対し、後方から仕掛けます」
「よし来た。バターブル、しっかりと付いてこいよ」
「そういう隊長はんもな」
「よし……上昇!!」
私たちの直上を目標部隊が通過するや否や、目前のXRX-45の白い機体が機首を跳ね上げる。もう見慣れた光景ではあるけれども、良くあれほどの急制動にジャスティンは耐えられるものである。こちらも遅れないように、操縦桿を思い切り引き寄せて上昇へと転じ、スロットルを奥へと押し込む。敵集団の機体はSu-37。機動性だけを考えれば向こうに部の有る高性能機だが、それは機体性能を充分に使いこなすだけの技量があれば、の話だ。緩やかにループを描くように上昇を終えたXRX-45が水平に戻し、すかさず攻撃を開始する。
「後方から敵部隊!」
「ちっくしょう、どこに隠れていやが……」
敵がこちらの襲撃に気がついた時にはもう遅い。放たれたパルス・レーザーの青い光が敵機の後部を突き破り、撃ち砕いていたのである。黒煙に包み込まれて高度を下げていく1機にはもう見向きもせず、隊長機が敵部隊の真っ只中へと突入した。スコットのXFA-24Sとミッドガルツ少尉のYF-23S、綺麗に翼を揃えて右方向へターン。前方から突っ込んできた3機をやり過ごし、その後方へと喰らい付いていく。バトルアクス隊の2機は私たちのさらに上方まで高度を上げ、XRX-45の突入を上空へと逃れようとした一団に対し攻撃を開始する。アーケロン要塞へと至る途上の空は、たちまち戦闘機たちの織り成す複雑な飛行機雲によって埋められていく。私たちに後方を取られた敵機は、必死の回避機動を開始する。その機動性を活かしてこちらのレーダーロックから巧みに逃げ回る腕前はさすがと言うべきか。そうしているうちに、2機は編隊を解いてそれぞれ反対方向へとブレーク。どちらに続く?ほんの一瞬後、ジャスティンが翼を右方向へと振った。じゃあ、私は左ね。彼の粋なサインに行動で応じ、左方向へと急旋回。こちらも編隊を解いて、それぞれの獲物を狙う。運動性ではSu-37には劣るだろうが、こっちにはステルス機という強みも有る。レーダーには映りにくい敵に後方から狙われるパイロットには、精神的にかなりのプレッシャーが圧し掛かることとなるのだ。右へ、左へ、巧みに切り返しながらこちらを振り切らんとする敵機に対し、私は速度を少し上昇させて距離を縮めていく。兵装は、射程距離はさほど変わらないものの追尾性能が飛躍的に高められた高機動空対空ミサイルを選択。左右から圧し掛かるGに耐え切れなくなったのか、動きが鈍くなった一瞬にレーダーロックをかけて、ミサイルをリリース。危機を悟った敵機が、改めて鋭い機動を見せて旋回状態から低空へとダイブ。並みのミサイルならそれで振り切られてしまったであろう、鮮やかなターンだったけれども、こちらのミサイルはぐぐ、と機動を修正し、低空へと逃れようとした敵機の背中に襲い掛かっていった。直撃こそ免れたものの、近接信管の作動によってエンジンを破壊された敵機は、引き起こす間もなく海面へと叩きつけられ、海の藻屑へと姿を変える。隊長機の姿を捜し求めると、白く輝く異形の機体がちょうど敵機を捉えたところだった。互いにループ上昇、その内周に飛び込んだXRX-45からパルス・レーザーの光が放たれ、敵機を撃ち抜いたのである。
「グッドキル、グリフィス1!」
再び定位置へとポジションを取り、私も次なる目標の姿を周囲にうかがう。敵の数は意外に多かったが、必ずしも数の優位を彼らは活かしきれていないようにも見える。遠距離から包囲されてミサイルを撃ち込まれていたら、私たちとて苦戦を強いられていたに違いない。しかし敵部隊は近距離格闘戦での戦果を狙いすぎて、逆に乱戦状況を得意とする解放軍の猛者たちに翻弄されているようだった。そんな戦況下、コクピットにレーダー照射を受けていることを告げる警告音が鳴り始める。キャノピー向こうに広がる空に目を凝らすと、太陽光を反射させながら乱戦の最中を正面から突入して来る敵の姿が見えた。反射的に体が反応して兵装モードを素早く切り替え、目標選定。ミサイルアラートが鳴り響いたのとミサイルを切り離したのはほとんど同時だったに違いない。可変ノズルをも利用して横方向へと逃れつつ、機体をローリング状態へと持ち込む。自然、機体はバレルロールへ。ひっくり返った天地。私たちの頭上を、敵から放たれたミサイルが目標を追い切れずに後方へと通り過ぎていく。水平状態に戻ろうとする刹那、炎に包まれつつある2機の敵の姿と、その後方で難を逃れた1機とが目前に飛び込んできた。XRX-45はまだ水平状態に戻っていない。ガンモードへと切り替えるや否や、照準レティクルの中に捉えた敵の機首を狙って、私はトリガーを引き絞った。膨れ上がる炎の塊の合間をすり抜けて、機関砲弾の光の筋が敵機に吸い込まれていく。敵にとっては不幸なことに、キャノピーを突き破った機関砲弾は、敵パイロットを一瞬のうちにミンチに変えていた。敵兵には心の中で謝りつつ、私は隊長機の無事を今一度確認した。白く輝く機体には、傷一つ無し。
「グッドキル、グリフィス2。でも、あまり無茶しないで下さいよ?」
「ありがと、グリフィス1。でもまだ本命が出てきていないわ。油断は大敵」
「……ですね」
ジャスティンの気遣いがとても嬉しかったけれども、予想通り茶々が入る。
「おいおい、二人の世界に入るのは、戦闘が終わってからにしてもらえるか?本命とやらの姿は見えないが、雑魚の数も半端じゃない」
「マクレーン隊長妬け気味だから気をつけた方がいいよ……って、うわぁぁぁぁ、勘弁してください、隊長!」
人に突っ込みを入れられるくらい、バトルアクス隊の二人は余裕たっぷり、というところだろうか。それに対し、敵部隊にはいよいよ焦りが明らかに目立ち始めていた。この戦場にはグリフイス隊以外の部隊もそれなりの数が展開しているにもかかわらず、敵部隊は上手く連携もせず五月雨式に私たちに対して攻撃を仕掛けてくるようになっていたのである。レーダーに映し出されるミサイルの姿には正直辟易したが、徹底的に逃げ回れば何とかなるというもの。近距離からの攻撃組と遠距離からの攻撃組とに連携された場合はかなり危険な状態に陥るに違いないのだが、近距離格闘戦での決着を敵は望んでいるとでも言うのだろうか?むしろ数では劣るはずのオーレリア解放軍の方が、積極的に連携攻撃を選択した。一旦乱戦空域から離脱した友軍機が、AWACSの支援を受けて長射程空対空ミサイルを放ち、加速して再び突入していく。充分な加速を得て突入して来るミサイルを振り切ることは難しい。ある機は直撃を被って一瞬で火の玉と化し、ある機は翼をもぎ取られてくるくると回転しながら海面へと落ちていく。そして乱戦空域の中に飛び込んだ友軍機は、照準レティクルの中に捕捉した敵機に機関砲弾の雨を降らして再び反対方向へと抜けていく。動揺した敵部隊に対して、の背後を取った仲間たちが近距離格闘戦を強いる。追い掛け回されて、遠距離から狙いを付けられて、文字通り敵部隊は空に火球を量産していった。Su-37を始めとした機動性をウリにしているはずの高性能機を、彼らは充分に使いこなしていないようだ。そんな敵を、歴戦のエース二人が弄んでいる。
「やれやれ、そんな尻振りダンスじゃロクな男の気は引けないぜ」
「バターブルに言われる敵さんが可哀想だな。そのロクでもないのがへばり付いてるんだから」
「そういう隊長の後ろにも、タチの悪い追っかけが二人!」
「あいよ、退散してもらうとするか!?」
バトルアクス1の操るYR-99は、私たちの乗る機体とは開発コンセプトが大いに異なる新世代機。「呼吸する翼」と称される、飛行状態によって翼形状を自動的に最適化する機能によって、あらゆる速度域で高い機動性と安定性を発揮することが出来る高性能機だ。最初は「扱いにくい」とマクレーン大尉もこぼしていたそうだが、傍目に見ているとそんな愚痴をこぼすほど扱い辛いようには全く見えない。巧みにローリングと旋回を織り交ぜながら、追尾する敵を翻弄する。なかなか捕捉し切れないことに焦れた敵パイロットを嘲笑うように、ひらりひらりと旋回しながら、彼は攻撃の機会をしたたかに伺っていた。一瞬、下降するかのように機首を下げたYR-99につられて、敵機も降下態勢を取ろうとした刹那、ジャスティンに劣らぬ鋭さでスナップアップ。そのままほとんど位置を変えずに機体をくるりと回転させる。追撃している敵が操るSu-37が得意とする"クルビット"で、流線型のフォルムを持った機体が鮮やかに敵後背へと舞い降りる。敵が回避軌道に転じるよりも早く、ミサイルが2発、母機から切り離されて襲いかかる。ようやく本来の機動性能を思い出したかのように3次元可動式のノズルを動かして急機動をかける敵機。だが、ミサイルが到達する方が早い。2機ともその背中に直撃を被り、優美なフォルムの機体は炎によって切り裂かれ、一瞬後には膨れ上がる火の玉へと姿を変えていた。容赦の無い鮮やかな撃墜シーンに、味方からは歓声が、敵からはうめくような声が聞こえてくる。戦況は、いよいよこちらのワンサイドゲームになりそうな状態になってきていた。ならばこそ、疑問が心の中で膨れていく。ディエゴ・ギャスパー・ナバロに切り札があるのならば、何故未だに姿を現さないのか――?友軍機が次々と火の玉に化していく光景を、ただ眺めているだけ、というのが却って恐ろしい。以前戦ったサンサルバドル隊の場合は、それが彼らの戦略だから、という理由で納得もいくのだが、今や彼らは存在しない。では、敵が静観を続ける意図は何か?……こちらを動揺させて、起死回生の一手を敵が狙っていたのだとしたら……!
「――どうやら、戦いのやり方というやつを忘れちまったらしいな、我が軍は。ナバロの大将の言うところの超兵器に頼り過ぎた報い、というわけか」
オーレリア解放軍に追い詰められつつある部隊の人間のものではない、陽気な声。しかし、自信と闘志に満ち溢れる精悍な太い声が聞こえてきたのは、コクピットにミサイルアラートが鳴り響いた直後だった。
「何だ?ミサイル?馬鹿なッ!?」
「ちっくしょう、どこから撃たれ……」
敵の姿が見えない!!だが、ミサイルは突如私たちの眼前に出現し、それぞれの獲物目掛けて追尾を開始していた。XRX-45、素早い切り返しから、低空へとダイブ。放たれたミサイルのうち、一部は隊長機を目標として定められていたらしい。遅れ馳せながらその後を追おうとしたが、コクピット内にレーダー照射警報が鳴り始めるのを感知し、断腸の思いで追走を諦める。ジャスティンなら、絶対に大丈夫。そう言い聞かせながら、レーダーに視線を移し、次いでキャノピー越しに周囲を伺う。しかし、私の目は敵の姿を全く捉えることが出来なかった。レーダーに映し出されている光点は、既に戦闘開始からこの空域に留まっている敵部隊のもの。私の後方には、光点は存在しない。それどころか、私の操るF-35Sの周囲には敵影が無いのだ。ではコクピットの中に鳴り響く警報音は故障か?そんなわけが無い。愛機は正常に稼動している。ということは、敵がいる。今はまだ、捕捉出来ない敵が。混乱状態に放り込まれたのは、今度は私たちの方、というわけね。絶妙のタイミングで戦闘を開始した敵の新型部隊は、なかなかどうして食えない面々のようだ。
「何だ何だ、噂の南十字星ってのは逃げ回っているだけか?噂の実力が本物かどうか、俺が試してやるぜ!!」
「残念だなアハツェン、お前の相手は"ヴァイパー"の方だ。俺の好敵手を勝手に取られちゃ困るな」
姿が見えないだけに、対策をなかなか見出せない。夜間戦闘時と状況はそれほど変わらないはずなのに、真昼間に全く姿が見えないだけでこんなに厳しい戦いを強いられるなんて――!
「アレクト隊より、全部隊へ。これより我が部隊はグリフィス隊に対する攻撃を開始します。巻き込まれたくない隊は速やかにこの空域から離脱してください」
レサス空軍第1航空師団第1戦闘飛行隊――!空戦技術はサンサルバドル隊と同等もしくはそれ以上、と評されるエース部隊。その通称が、「アレクト」だ。そんな凄腕部隊が、新型機を操っている。レサス軍に関するデータベースを閲覧した時の記憶から、隊長を務めるフェルナンデス・メンドーサという男の名前を引っ張り出す。あの陽気な声の主が、恐らくは当人だろう。そして凄腕を束ねるエースは、ジャスティンとの決戦をどうやら望んでいるらしい。
「――最悪だな。レサスの最高のエースに、良く出来た新型と来た。おまけに、本当に見えねぇ。さあ、どうする、隊長?」
「見えないですからねぇ、折角だからお願いしてみますか?綺麗な姿を見せてください、って?」
「そいつはいいアイデアだ。ついでに戦わずに道を開いてくれないかどうかも頼んでみるか」
マクレーン大尉の薫陶厚い、と言うべきか、スコットのノリがうつったのか、ジャスティンも肝が太い。いや、人が悪い。あんまり悪くなられると、ちょっと私は嫌なんだけど。マクレーン大尉とジャスティンの会話を聞いたアレクト隊の隊長が、芯から嬉しそうに笑い声をあげる。
「噂の南十字星も、バトルアクスもなかなか話せる奴らのようだな。気に入ったぜ。こっちもお前さん方には全く恨みも何も無いんだが、ちょいとワケありでな。すんなりと行かせるわけにいかない。お付き合い頂くぜ。それにな……」
「それに?」
「俺が戦ってみたいんだよ。オーレリアのトップエース。お前とな、南十字星!!」
XRX-45の目前に、唐突にミサイルが出現する。距離が無い!
「グリフィス2より1へ!真正面、回避を!!」
「隊長の心配をする暇があるなら、自分の心配をしなさい。あなたの相手は、この私よ」
支援を、と思った私の心は急停止を強制させられてしまった。コクピットの中にけたたましいミサイルアラートが鳴り響き、慌てて振り返った私の後方からいつの間にかミサイルが迫りつつあったのだ。遠方から撃たれたものではない。何も無かった空間に、出現したのだ。その証拠に、ミサイルはスピードが乗り切っていなかった。今なら間に合う!VTOL戦闘機が実用化された当時の戦いで、パイロットたちが繰り広げた伝統的な戦法を私は忠実にその場で再現した。VTOLモードON、ノズル角を目一杯傾けてスロットルをぐっと押し込む。跳ねるように愛機が上空へと飛び上がり、上方向から圧し掛かるGに思わず呻き声をあげてしまう。目標の機動を追跡してミサイルも上方へ軌道を修正したが、追い切れずに私の足下を明後日の方向へと通り過ぎていく。ノズル角を水平に戻して通常飛行へと移行するが、敵の位置情報がやはり掴みきれない。でも、ミサイルが出現した空間には、その時見えないだけで恐らくは敵機がいたに違いない。SF小説に出てくるようなUFOばりの機動は非現実的なのだから、敵の新型といえども基本的には「人間が耐えられる」レベルの機動性能の下、この戦場を飛んでいることは間違いない。その証拠に、今はレーダー照射を逃れている。恐らく敵は私の足下を通り過ぎたミサイルの後、そのまま前進していったのだろう。だとすれば、今度は正面か、或いは横方向から仕掛けてくる――そう勝手に結論付けて、見えない相手に対して私は回避機動を開始する。でもこのままじゃ、埒が明かない! どうやら私の相手は、アレクトの女性パイロットらしい。もしかしたら、私と同じように隊長機を守り抜くことを第一に考えているようなエースなのかもしれない。さあ、どう戦おうか、と考え始めた私の耳に、ユジーン・ソラーノの叫び声が飛び込んできた。
「――クラックスよりグリフイス隊へ!これから敵部隊の位置情報を送ります!戦闘に役立ててください!!」
「グリフィス3よりクラックス、こんなときに冗談は勘弁やで?」
「冗談でこんなこと言うもんか!ようやく復旧したオーレリアの軍事衛星からのデータリンクで、完全じゃありませんが捕捉に成功しました。レーダーへデータを転送します。それから、アーケロン要塞へ進撃中のハイレディン・シルメリィ艦隊へ。敵新型戦闘機には、要塞手前に位置する発電施設から電力の供給がどうも行われているようです。察するに、グレイプニルはステルス迷彩を維持するために、胴体内部に大出力のジェネレーターを持っていました。敵新型――"フェンリア"は、そのエネルギー供給を機体内部に持ち得ず、外部供給に依存しているのかもしれません!」
「――つまり、何とかしろ、ということだな?」
「その通りです、ハイレディン提督」
「ということだ。全艦、第一目標を変更するぞ。上の護衛部隊も聞いたな?」
「こちらグリフィス4、了解した。根こそぎ焼き払ってやれ、ということだね?」
「そういうことだ。グリフィス隊へ。こっちは何とかやってみる。それまで、何とか凌いでくれよ?」
レーダーに視線を移してみると、彼の言う通りおぼろげながら光点が映し出されていた。ジャスティンのXRX-45と絡み合うようにして動いているのが、敵の隊長機。そして、私の前方を旋回半径を大きく取ってゆっくりと針路を変えようとしている1機が、私を狙っている相手の姿らしい。
「――私の果たすべき義務は、隊長を守り抜くこと。隊長の勝利の阻害要因となる2番機に、邪魔はさせない!」
「……気が合うわね。私もあなたと同じ。果たすべき役割は、あの白い機体を操る隊長を守ること。あなたに恨みはないけれど、落とさせてもらうわ」
「やれるものなら、ね!!」
私の真正面にポジションを取った敵が、加速して襲い掛かってくる。じっと睨み付けた空に、微かに赤く揺らめく光を、私は確かに視認した。イチかバチか、タイミングを図り、敵の光点がまだ前方にあることを確認して、トリガーを引き絞った。機関砲弾の光の筋が空を貫き、愛機が轟音と衝撃とで揺さぶられる。敵光点が、私のすぐ傍を通り抜けていったのだ。辛くのところで攻撃を回避した敵は、加速して一旦私から距離を取るようだった。素早くインメルマルターン、急反転してその姿を追う。依然厳しい戦いであることは間違いないけれど、この相手に負けるわけにはいかない――そんな思いが、私と愛機を駆り立てる。弱気になれば、挫ける。きっと出来る――そう自分に言い聞かせながら、私は戦場を駆ける。
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