共に在るべき者のために・後編
ようやくその姿を現した「フェンリア」の姿を追って、こちらも再度ループ上昇。猛烈なGに苛まれる身体が悲鳴をあげている。戦いが終わって無事に基地へと戻れたなら、ゆっくりとシャワーを浴びて休みたいところ。厳しいのは向こうも同じらしい。SF映画にでも出てきそうな重力制御システムとか、そんなものでも搭載されていたら別だろうけど、圧し掛かっているGは同じレベルということ。ループの頂点に達した機体は、重力に引かれて加速度を上げる。ビリビリ、と振動がコクピットの中まで伝わってくる。それでもスロットルは緩めない。全力で逃げられたら、私の機体では追いつくのが大変なのだから。高空から低空へ。まだ引き起こさない。向こうもいい加減、根性座ってるわね。いいわ、とことん付き合うって決めたんだから。この速度を維持したままでは、ループの最低ポイントは海の中になる。水中へもぐってまた上昇なんてことは有り得ないのだから、必ずどこかで引き起こす。先に引き起こした方が、負け。そうしている間に、高度計の数字はどんどん残り少なくなっていく。2機の刻んだヴェイパートレイルが、綺麗に白い筋を虚空に刻んでいた。大丈夫、このくらいでバラバラになるようなヤワな機体じゃない。整備班の皆が、大事にメンテナンスしてくれたこの機体を、私は信じる。太陽の光を反射させる海面が、いよいよ視界に飛び込んでくる。さあ、どこまで我慢するのかしら?このまま心中なんてラストだけは真っ平ご免だけれど。もう限界。あと3カウントだけ。3……2……1……上がって!!重い操縦桿を精一杯の力で引く。スロットルを絞る。身体が浮遊するような感覚と共に、視界が海面から空へと一瞬にして跳ぶ。機首が跳ね上がったことを勘で確認しながらスロットルを再びMAXへと叩き込む。灰色になりかけた私の視界に、私同様にギリギリのタイミングで引き起こした敵機が、水飛沫をあげながら飛び上がる姿が入ってきた。仕掛けるのはここ!無理を承知で、エア・ブレーキON、スロットルをMINへと戻す。ハーネスが両肩に思い切り食い込んで、私は短い悲鳴をあげてしまう。ホバリング状態へと切り替わった愛機からは、厳しい機動の連続で動きが鈍った「フェンリア」を容易く捉えることが出来た。次の回避策を考えていたのかもしれない。敵の動きは予想以上に鈍っていた。ミサイルシーカーが点滅し、心地よい電子音がコクピットに鳴り響く。ほとんど同時に、私はミサイルレリーズを素早く押し込んでいた。
「チェックメイト!!」
実質的な戦闘は私たちの戦いで終わり――いざという時にはアレクサンデルかシルメリィに戻ればいい。若干時間差を付けて、私は2発を敵機に対して放っていた。「フェンリア」のノズルが開き、次いで光が見えた。危機を悟った敵機は出力を全開にしてミサイルから逃れようと加速を開始する。その背中に追いつかんと、白い排気煙を吐き出しながらミサイルが加速していく。右方向へと旋回した目標を追って、ミサイルも針路を修正。タイミングを待っていたように、くるりとローリングさせて左方向へと急旋回。素早い機動に目標を見失ったミサイルは、そのまま低空を真っ直ぐ飛んでいく。だが、それで回避出来たのは1発目だけだった。左への旋回にあわせて機動を変化させた2発目が、速度をさらに上げながら獲物の背中へと肉薄する。さらに反対方向へと捻って攻撃を回避しようとした「フェンリア」だったが、相次ぐ旋回により速度が落ちていた。その間に一気に接近した空対空ミサイルが、近接信管を作動させ、炸裂した。爆発と共に無数の弾体がばら撒かれ、白い機体へと襲い掛かった。無粋な傷が容赦なく優美な身体に刻まれ、黒い煙が吹き出していく。がくんと速度を落とした敵機は片肺飛行で姿勢を水平へと戻したが、もうその戦闘能力は相当に削がれていることは間違いなかった。私はその後方を占位――再び攻撃可能なポジションを確保して……引き金を引くことをためらい、待機していた。炸裂するミサイル。その攻撃によって損害を被った敵機。その映像がオンエアされているのだとしたら、もう充分なだけの効果は得ている。もう、決着は付いている。
「そんな馬鹿な……あれにはアレクトが乗っていたんだぞ!?」
「フェンリアがやられちまったら、後は誰が南十字星を止めてくれるって言うんだ!?」
空にはもう一つ、黒い煙を吐き出している機影があった。ジャスティンとアレクトの隊長機の戦いも終わったらしい。
「……トドメを刺しなさいよ。私は負けたんだから……」
「……もう充分よ。これ以上戦っても仕方ないでしょ。それにね……似た者同士、何だかやりにくくて」
「甘いのね。それもオーレリア流?」
「私はオーレリアの兵士じゃないわ。でも、守りたい人のことを想うのに、国の違いなんてないでしょう?」
「はぁ……そんなことをさらりと言われてしまうと返す言葉がないわよ。私の完敗ね」
煙を吐きながら飛ぶ「フェンリア」の隣に私は機体を並べてみた。周囲を見回すと、相変わらず戦闘を続けているのはスコットだけになっている。そのスコットにしても、「フェンリア」を敵に回して良く戦っているものだと思う。XFA-24Sは決して性能の低い機体ではないけれども、突出した性能を持たないオールマイティ機故にジャスティンたちの操る機体ほどのずば抜けたスペックを発揮することはないのだ。何だかんだと言いながら、彼もまたオーレリアの誇るトップエースの一人として確実に成長している証なのだろう。そして、もう一方のオーレリアの若きエースは……。
「俺を落としてくれ、南十字星。この機体はもうもたないが、俺が……フェンリアが南十字星に撃墜されることは、レサスの戦いに終止符を打つためのメッセージになる。その機体なら、うまいとこ狙えるだろ?」
「そんなことする前に、脱出してください!」
「駄目だ。ベイルアウトはその後でも出来る。やるんだ、南十字星!!俺たちのためだと思って、引き金を引け!!」
黒い煙を吐き出した敵隊長機が、ジャスティンの針路上に割り込むように旋回していく。「フェンリアが撃墜された」というメッセージを、自ら示す為に。そこまでやらなければならない戦い。ナバロだけじゃない。彼の背後で暗躍する者たちが生み出そうとしているのは、そういう世界だ。だからこそ、そんな連鎖は断ち切らなければならない。ジャスティンも心を鬼にして結論を出したのだろう。攻撃軸線上に機体を乗せていく。程なくして、パルス・レーザーの青い光が空を切り裂いた。機体後方に集中的に打ち込まれたエネルギー弾は、今度こそ「フェンリア」のエンジンを完全に破壊した。吐き出した黒煙に白い機体が包まれていく。あれなら、パイロットにダメージはほとんど無いだろう。お見事、と心の中で喝采する。
「……支援に感謝!縁があったらまた会おうぜ」
機体を水平に戻した敵隊長機のキャノピーが弾け飛び、次いで射出座席が空に打ち出される。搭乗者を失った機体が、こころもち機首を下に傾けて高度を下げていく。終わったわ――心の中でそう呟いた私は、煙をひきながら加速していく敵2番機の姿を捉えていた。何が起こったのか分からない私を尻目に、空に開いたパラシュートを目指して「フェンリア」が加速していく。
「隊長っ!!」
まだ十分に飛べたであろう機体を捨てて、隊長機同様にキャノピーを弾き飛ばしてパイロットの姿が空に打ち出される。その気持ちが痛いほど私にも伝わってきた。そして、ちょっとう羨ましくもあった。私も、あれくらい積極的になれればいいんだろうけど。XRX-45の無事な姿を確認した私は、いつもの場所に戻るべくゆっくりと降下していった。そして、純白の機体の横、私のポジションに到着する。隊長機は、健在。ほっと安堵の息を吐き出しながら、私は胸を撫で下ろした。
「ナイスキル、グリフィス1」
「大丈夫ですか?損害……とか?」
「私は大丈夫。ジャスティンは……ちょっとやられたみたいね。隊長こそ、大丈夫?」
「え?ええ、勿論です」
「あんまり心配はさせないでね……」
純白の機体には、軽いものではあるけれど傷が刻まれていた。パイロットに被害が及ぶようなものではないことは分かっていたけれども、やっぱり気になるものは気になる。そういうものなのだから仕方ない。今頃恐らく、グランディス隊長辺りがじれったくなっているに違いない。すっかり「終わった」と思っていた私は、すっかりまだ戦っている仲間のことをこの時意識の外にしてしまっていた。もっとも、それはジャスティンも同様のようで、それが余計にスコットの気分を害したらしい。
「ゴラァ、アホ隊長!!こっちはまだやってるんや!支援とか応援とか、少しはフォローせんかい!!」
「気の毒な奴だなぁ、少しだけ同情するぜ」
「ほっとけ!敵に同情されても嬉しないわ!!」
「もうやめようぜ。さすがに俺も隊長たちの支援なしに、南十字星やその2番機、バトルアクスとまとめて相手にする自信は無い。煮るなり焼くなり、好きにしろ。もう戦争ごっこは、終わりだ」
周囲の戦闘はほとんど終結しようとしていた。海上に砲火の煌きは消えている。旗艦「リネア・シエル」は悠然として海上に在り、ハイレディン提督に率いられる歴戦の兵達も健在だった。残るは、要塞本体に突入した制圧部隊の戦闘だろうが、空と海とに主力を置いた要塞本体には、どうやらまともな戦闘部隊が配備されていないらしい。ほとんど損害も出さないまま、陸戦の猛者たちは制圧作戦を着実に進めつつあったのである。ゆっくりと旋回を続ける隊長機の側で、私も機体を傾けながらアーケロン要塞上空を舞う。最早出撃する戦闘機も無く、アーケロン要塞の滑走路は沈黙を保っている。その入り口もまた、防護ハッチなどで閉ざされることも無く開放されていた。もうそれどころではなくなっているのかもしれない、とは思いつつも、何か引っかかるものを感じて、私は首を傾げた。何だろう。何だか、嫌な感じがする。
全く、大した堅牢性というか、良く出来た設計というべきか。フェンリアの4番機を撃破したものの、予想よりも手間がかかったことにマクレーンは苦笑を浮かべていた。だが、新型とはよくもまぁ言ったものだ。量産化と実戦配備は確かに初めてだろうが、別にそいつは新型ではないだろうに。「フェンリア」と名付けられた敵戦闘機の姿は、マクレーンが良く知っているものだった。苦い記憶と共にマクレーンの心に刻まれたその機体は、かつてマクレーンとルシエンテスがテストパイロットを務めた「XFMX」そのままだったのである。敵にとっては、これほど不幸なことは無かっただろう。機体の特性、クセ、機動性能。その大半を把握している人間が敵方にいるとは、夢にも思わなかったに違いない。もちろん、あの当時の機体と比べれば完成度はより高くなってはいたが、もともとの設計が同一である以上、方向性が変わるというものではない。
「随分あっさりと仕留めたもんじゃないか。馴染みの機体なら、戦い方も分かってるって?」
「やれやれ、そんなとこまで調べられるとはね。レイヴンは探偵事務所も開けるんじゃないか?」
「忘れてもらっちゃ困るんだけどね。あたいは一応諜報部門出身だよ」
「随分とドンパチ好きな諜報部員をサピンは雇ってたもんだな」
「だからこっちにいるのさ。こそこそするのは性に合わないんでねぇ」
どっちにしても怖いがね、と心の中で呟きながら、横にポジションを取ったADF-01Sの姿をマクレーンは何気なく眺めていた。自分が操るYR-99といい、ラターブルのX-02といい、身の回りにこれだけプロトタイプがいると普段はあまり気にならないが、平時なら有り得ないトンデモ部隊が今のグリフィス隊であり、バトルアクス隊であり、オーレリア解放軍航空部隊の実状なのかもしれない。戦局が有利に傾いているならば、スポンサーは更なる投資を快く行うものだ。その中には、次なる「市場」で活用させるための新たな試みも当然盛り込まれる。自分たちが関わったプロジェクトから既に相応の時間が過ぎ去った今、新たに開発される機体コンセプトは全く別物の新しい概念に基づいているのだろう。だが、人が戦闘機を操り続ける限り、根本的な部分が変わることは無い。無人機の戦場投入は今だ限定的に限られている。その理由は、人間だからこそ為し得る複雑な状況判断を今だコンピュータが自律制御することが出来ないことに起因している。至極単純な情報判断と決断ならば、コンピュータに圧倒的アドバンテージがある。だが、複雑な計器情報と視覚情報を統合的に判断し活用する点で、人間の脳を超える管制装置というものは未だに存在しないのであった。それを踏み越えようとする悪魔のプロジェクト。それが、リンの戦死後、多国籍企業によって行われようとしていることを風の噂でマクレーンは聞いていた。もっとも、失意の底に在った当時の彼には、もはやどうでもいいレベルの話でしかなかったのだが。あの話、どうなったんだろうな――もはや戦闘らしき戦闘が見えなくなった要塞上空で、マクレーンは記憶を手繰り寄せながら一人考え込んでいた。もっとも効率的に、もっとも機体性能を最大限に引き出せる戦闘機の開発。その目指すところが、パイロットの存在を否定する方向で進められるのは道理だ。高負荷に晒される環境では、人間の肉体が戦闘性能の限界となる。人体の限界を超えた機動性能は、パイロットの扱える限界を超える、としいうことなのだから。コンピュータの限界を知り尽くしているはずの企業達が、敢えて進めていたという研究。少なくとも、「フェンリア」はその概念に則ったものではなかった。ナバロの奴は、そこまでは出資者達から知らされてはいなかったのかもしれない。黒い異形の機体と翼を眺めながら、戦闘終結の一報を待ってマクレーンは機体を傾けた。何気なく動かした視線の先で、空気が歪んでいるような光景が、一瞬ではあったがマクレーンの視界に飛び込んできた。何だ?
「バトルアクス1より、カイト・リーダー。フェンリアの反応は4機で間違いなかったよな?」
「おいおい、今はグリフィス4だろうが。……クラックスからのソースだと4機で間違いなしだ」
「ほんの一瞬だが、揺らぎが見えた。そっちのコクピットに何か捉えてないか?」
「あんだって?……まだやる気なのかい、連中は?」
気のせいなら良いが、これまでの経験上、一瞬であったとしても目が捉えたものに間違いは無い、というのがマクレーンの持論でもあった。まさかアレクトほどの部隊が自らを犠牲にして囮となるとは到底思えなかったが、この戦場を支配しているのはどちらかといえば「狂気」と呼ぶべきものだ。ナバロのものか、もっと違う敵のものか、それは分からない。そして、「狂気」は「脅威」として姿を現した。レーダー上に唐突に出現した光点は、幻でも電波障害でもなく、明確な破壊の意志を先端に込めた悪意だった。ミサイルの姿をした――悪意。
「艦隊前方、これは……ミサイルです!対艦ミサイルよりも大きい……形式は分かりませんが、は、早い!」
出現したミサイルは対艦ミサイルよりもさらに大きい形状だったが、巡航ミサイルよりも更に速い。どうやらナバロ謹製かゼネラル・リソース謹製の新兵器の類かもしれない。その針路上にはオーレリア艦隊が展開し、さらにその向こうにはアーケロン要塞本体が構えている。追い詰められた指揮官なら、味方もろとも玉砕してみせるように愚劣な手段を選択することはあるだろう。だが、それならば既存の兵器で充分だし、わざわざ空中から発射してみせる必要が無い。基地ごとドカンといけば一巻の終わり。それをしないのは、もっと何か別の魂胆が必ずあるに違いない。1発でも、わざわざご丁寧に発射する意味と価値とが。ミサイル発射を捕捉した艦隊戦力が一斉に動き出す。中でも早かったのが、艦隊旗艦「リネア・シエル」だった。最もミサイルに近い旗艦は、自らの艦隊を晒すようにして弾幕の雨を降らし始める。その密度の濃さといったら、間違って飛び込もうものなら即座に撃墜されそうなレベル。捕捉出来ないことを想定して、マクレーンもまた愛機を加速させる。心地良い咆哮と共に愛機が速度を上げていくが、追いつくには少し距離が空いていた。
「通過点まで、あと15秒!!」
「絶対に止めて見せるんだ!!ここまで来て、ナバロの思い通りにさせてなるものかよ!!やらせはせんぞぉぉぉぉぉっ!!」
なおも加速するミサイル本体に、ついにリネア・シエルの攻撃が命中する。火花がいくつか弾け、ついで細いミサイル本体が避けるように割れ、ひしゃげた。モニター越しにへし折れて行くミサイルの姿を確認したマクレーンは、良し、と拳を固めたものだが、その直後、辺り一帯を漂白するような閃光が膨れ上がり、ドシン、という衝撃が機体を揺さぶった。その攻撃は、まさに戦争序盤、オーレリア軍を苦しめたグレイプニルのSWBMそのものだった。だが、既にかの怪鳥はサンタエルバにその残骸を墓標として晒し、空にはない。別の何かが、再び悪夢の兵器を放ったのだ。この決戦の前、ジャスティンと話したことをマクレーンは思い出していた。亡骸の発見されなかった、かつての戦友。そして、この戦争のもう一人の立役者のことを。どうやら、まだ戦いを終わらせてくれないらしいな、おめーは。心の中で呟いたマクレーンは、衝撃波の光が消え、その代わりに見え始めたオーレリア艦艇の炎に詰まれた姿を睨み付けた。
轟音と共に弾けた閃光は、戦場の様相をたった一発で変貌せしめることに成功していた。圧倒的優勢にあったオーレリア軍は、海上戦力を中心に少なからぬ損害を受け、さらに航空戦力にまで損害を出していたのである。原因となったミサイルを射出した恐らくは航空機の姿は確認できず、第二撃が来ないことから、件の爆発によって自らも四散した可能性が高かった。だがそれ以上に兵士たちに衝撃を与えたのは、この期に及んで戦いを続けようとする「狂気」の存在であったかもしれない。それは、アレクト隊の面々のような単純明快な戦意ではなく、人を陥れることに何の躊躇いも持たないような、そんな陰湿な陰だった。それにしても、一体敵はどこから出現したというの?アレクトと戦っている最中には確認できなかったけれど、戦いが一段落した後は、クラックスも含めて敵の所在を確認していなかったはず。かといって、レサス本国から空中給油を行って部隊を送り込んでくるとも思えない。ならば、敵は初めからこの戦域に潜んでいたと考えるのが妥当だろう。でも、どこから――?そこまで考えて、私は唐突に扉を開いたままの滑走路の光景を思い出した。
「グリフィス2よりグリフィス1、敵要塞滑走路のハッチが開放されていたのに気が付きましたか?」
「気が付きました。あの時は何とも思わなかったのですが……」
「アレクト隊以外に、フェンリアを扱える部隊がいたと仮定したら、あの時わざわざ滑走路が開放されていたことも納得がいくわ。少なくともAWACSのデータリンクは新たな敵影を捉えていない……ということは、全く別の敵が潜んでいるのかも。私がまずは確認します。とどめの一撃は、隊長、ジャスティンに任せる」
「戦術レーザーを使え、ということですか?しかし……」
「今使わなきゃ、いつ使うの?さ、急ぎましょ!」
戦術レーザーの威力を充分に知り抜いているジャスティンはなかなか使いたがらないけれど、今こそ非常の時だ。私の機体に積んできている装備だけでは、要塞内部に大打撃を与えられるとは思えない。けれども、ADF-01Sのレールガンや、XRX-45の戦術レーザーなら、単機でも驚異的な破壊力を発揮することが可能だ。滑走路の正面に回りこむべく、私たちは要塞外縁を大回りに迂回する。ゆっくりと2機並んだまま旋回を追え、少し遠目から滑走路の真正面にポジションを取る。万が一、滑走路から敵が出てきても即応出来るように。隊長機に先行した私は、滑走路の丁度真正面に付けるよう、高度と速度を微調整しながら操縦桿を手繰った。ジャスティンはすぐ側で私のサポート位置に付いている。背中を任せる相手して、彼以上の存在は無い。だから、私は安心して愛機を操ることが出来た。ある程度の距離まで近付いたところで、ホバリング状態へと移行する。横へと流れていく景色の速度が次第に緩まり、コクピットの中に微妙な浮遊感が伝わってきた。私は手を足の下へと伸ばして、座席下にしまっておくようにしたデジタル・カメラを取り出した。機体のガン・カメラで撮影しておくことも可能ではあるが、カメラならばその場で映像を確認することも可能。グリスウォール潜入後、コクピットの中に入れておいたカメラが、初めて日の目を見る時だった。
「こんな時に役立つとは思わなかったけれど……」
電源を入れ、光が点った液晶ディスプレイを覗き込みながらズーム倍率を上げていく。薄暗い滑走路の中はどうやら格納庫に繋がっているようで、格納庫と滑走路の間を誘導するスポット・ドーリーらしき物体の姿も微かに確認することが出来た。でも、あんまり良く見えない。少し機体を前進させ、カメラを構える。ズームを最大限にした映像の中に、赤い光がいくつか光った。暗闇の中に輝くその光は、何だか不気味な雰囲気を帯びていた。倍率を上げすぎたかもしれない。調整ツマミを少し戻し、ズーム率を下げる。暗闇の中、更に暗い影が映り込んでいる。真ん中が膨らんでいるように見えるけれども、良くは確認できない。
「クラックスより、グリフィス2。要塞内部に高エネルギーの発生を検知。そこから何か確認出来ますか?」
「ズームで見ても駄目ね。もう少し近付かないと分からない」
何かしら、これ?横に長く伸びる影。その中央部はふくらみを帯びていて、赤い光がいくつもその中央で瞬いている。背景が写りこんでいるにしては、何だか立体感を持っている。そう、まるで私が乗っている愛機のような戦闘機の姿のように――。そう思い至った刹那、悪寒が背中を駆け抜けた。開け放たれたままの滑走路。その奥に待機したままの影――未確認の戦闘機。敵は初めから、このタイミングを待っていたに違いない。獲物が罠にかかる瞬間を、虎視眈々と――!
「――葬るべき順番をこれまで間違えていた。これは俺からのプレゼントだよ。受け取れ、南十字星――!!」
素早くデジタル・カメラを足元に放り込み、操縦桿とスロットルレバーを握る。それにしても、この声!私はその主を忘れたくても忘れることが出来ない。私の大切な人を奪おうと暗躍した憎き敵の声、そうそう簡単に忘れられるはずも無い。
「!クラックス2よりグリフィス2、エネルギー反応、急速に増大、危険です!!」
「駄目だ、フィーナさん、逃げて下さい!!早くっ!!」
出来る限りの反応で、私は機体を左方向へとスライドさせたつもりだった。けれど、そんな私を嘲笑うように、青白い光が視界を漂白した。滑走路の奥に見えた光は、一瞬の間に空間を貫いて愛機に襲い掛かってきたのだ。右主翼が光の奔流に飲み込まれ、機体右側が高エネルギーに抉られる。猛烈なエネルギーの塊は、一瞬にして主翼を消滅せしめ、愛機を弾き飛ばしたのだった。
「きゃあああああああっ!!」
「フィーナさぁぁぁん!」
すぐそばにいるはずの、ジャスティンの声が遠い。助けを求める手が、届かない――。
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