星降るクリスマス
通りという通り、ビルというビル、まるで街全体がきらびやかな光をまとっているかのような、そんな錯覚を覚える。オーレリアのクリスマス・ウィークの評判は、旅行会社のパンフレットで何度か目にしていたし、テレビなどでも報じられてはいたから一度行ってみたいものだとは思っていた。でも、聞くと見るとはやっぱり大違い!圧倒的な光の奔流に流されている気分。ジャスティンとルシエンテスの激闘の舞台になったはずのガイアス・タワーですら、今日は巨大なクリスマス・モニュメントと化している。もっとも、グランディス隊長曰く「あれはクリスマスにあぶれた独り者たちの恨みの炎なのさ」というのは本当らしく、クリスマス・ウィークを独りで過ごす公務員たちの涙の結晶を素直に喜ぶわけにはいかないみたいではあるけれど……。それにしても、これは凄い。グリスウォール市街は、繁華街から住宅街まで、無数の電飾と陽気なクリスマス・ソングに彩られていた。ここぞとばかりに街角に出てきたバンドやら演奏家たちの奏でる楽曲はジャンルもスタイルもバラバラ。それでも、それらが全てこの壮大なクリスマス・イルミネーションを盛り上げている……私はそんな気分で、このきらびやかな街並みを眺めながら歩いている。独りでのんびり歩いているだけでも勿論楽しいに違いないけれども、今日の私の足取りは、自分でも分かるくらいに軽い。理由は簡単。この街並を、独りで歩いているわけじゃないからだ。照れくさそうな表情を浮かべながら、私の手を取って隣を歩くジャスティンが、今日はいる。それだけで、私の視界に広がる世界は何だか全く別物に生まれ変わるような気分。見事に私、ハイテンション。
「うわぁ……とても綺麗」
そんな台詞を、私は何度口にしたか分からない。南国のクリスマスは夏場のクリスマス。ウスティオのクリスマスとは気候が全く異なるこの国のクリスマスは、祝い方まで全く異なる。こういうところは南国に相応しく、皆でワイワイと賑やかに過ごすのがこちらの流儀らしい。隣を歩くジャスティンも、久しぶりに心から楽しんでいるような表情を浮かべている。うっすらと浮かんでいる傷跡がそれほど大した怪我ではなかったことに内心胸を撫で下ろす。ジャスティンの服装は今日も控えめではあったけれども、やはり目立つらしい。同年代と思しき少女たちが、時折振り返って何やら笑いながら話し合っていた。少し無理して若めの格好をしてきたつもりだけれども、どう見えるのだろう?グランディス隊長は何故か「それならバッチリ!フィーナにしては上出来だ」と喜んでいたものの、その理由が私には良く分からない。
「この公園も名物の一つなんですよ。……って、通るのは初めてですけど」
私たちは大通りに面した公園の中へと進んでいく。並木に施されたイルミネーションを見上げていると、何だか私たち、星の中を散歩しているような気分になってくる。ここを一人で歩くのは、かなり勇気が必要になるに違いない。
「本当に?そうだったら光栄だけれど、ジャスティンもてそうだからなぁ」
「スコットの奴と一緒にしないで下さいよ!」
「フフフ、冗談よ。ほら、行きましょ」
少し強めにジャスティンの手を引きながら、私は歩いていく。追い付いたジャスティンの温もりを本当に近くから感じながら、視線を周囲にめぐらせる。並木の一つに、子供向けのテレビ番組のキャラクター達が登ろうとしている。公園のそぱの家にも人だかりが出来ている。二階のベランダから庭まで、個人の家とは思えないほどにびっしりとクリスマスの飾り付けが施されたその家も、スポットの一つになっているらしい。カメラを構えたカップルたちが楽しそうにその光景を眺めている。童心に返ったような気分で、私は「うわぁ」と「きれい」を連発していたに違いない。そんな私を見ているジャスティンの破壊力抜群の微笑が、正直照れくさかったのも事実ではあるけれども。
「ウスティオの首都デイレクタスだって、有名な観光都市じゃないですか。イルミネーションとかイベントとかやっていたんじゃないんですか?」
「ここまで賑やかじゃないのよ。何しろこの季節になったら夜は氷点下、雪だって結構積もっているからあんまり派手に電飾を飾ったり出来ないの。それに、もともとクリスマスは家族や友人たちと家でゆっくりと楽しむのがあっちの流儀だったし……。父親なんか、この時を待っていたとばかりに朝からウィスキーの瓶を持ち出して、母親に蹴り飛ばされていたっけ」
「あの……何だか「円卓の鬼神」のイメージが揺らいでくるんですけれど……」
「家の中じゃ、そんなイメージ全然無かったわよ。子供には優しい……というより甘いもんだから、しょっちゅう母親に怒鳴られていたし……うーん、言い方はあんまり良くないけれども、見事尻に敷かれていたと思うわね」
傭兵として世界を回っていたこともある父親は、どちらかと言えばクリスマスは賑やかであることを好んでいた。雪の重みで壊れない程度には電球などで家を飾り付けてはいたし、雪が少し多く積もった時などは生まれ故郷の思い出、と言いながら小さな小山の中をくりぬいて、その中にロウソクを灯したり、なんて洒落たこともしてくれた。しょっちゅう怒鳴られてはいたけれども、親二人の仲が悪かったわけじゃない。むしろ、似合いの二人と言うべきか、長年の信頼関係で結ばれた夫婦とはこういうものなのか、ということを逆に教えられたような感じがする。あの二人のようにはいかないだろうけれども、目指したい理想の姿であることは間違いない。……ジャスティンは何だか深刻な顔をして何事かを考えている。なーに、「尻に敷かれる」に反応していたのかしら、ジャスティンは?その姿が何となくおかしくて、私は笑い出してしまった。顔を少し赤くしながら、ジャスティンは頬を掻く。気が付けば、私たちを覆っていた星の姿が急に開けて、目の前には大きなクリスマス・ツリー。派手な電飾で彩られているのではなく、シンプルな色調で仕上げられたこのツリーは本当に綺麗だった。その周りには無数の屋台が立ち並び、人だかりがいくつも出来ている。それにしても、このツリーはたまらない。
「ああ、こういう落ち着いたのもいいな。青く光っているときなんか、すごく幻想的。蛍が乱舞している中にいるみたい……」
「クリスマス・ウィーク中に、こういうツリーのコンペティションをやっているんですよ。市民の投票で1位になると、飾りつけを担当した団体には来年の飾りつけのための賞金や賞品まで出るんです。まぁ……持ち出しの方が多いみたいですけど」
「きっと、賞金なんてどうでもいいんだと思うな。こうやって、たくさんの人たちに喜んでもらえることを思い浮かべて、一つ一つ飾り付けているんだと思う。私もそういうことやってみたいな」
誰かさんと一緒にね、と最後の語尾は隠して言ってみる。でも、もし二人でそんなことが出来たらきっと楽しいだろうな。そんなことを思い浮かべながら、私はツリーを見上げた。うん、本当に素敵。投票するなら、私はきっとこのツリーに一票投じることになるだろう。不意に、のどの渇きを覚える。考えてみたら、おのぼりさんよろしく声を出していたのだ。飲み物が欲しくなるのも道理だ。
「少しここで休んでいきますか?お店もいっぱい出ているみたいですし、何かつまむものを探すのには苦労しないと思いますよ」
ジャスティンの提案は、まさに我が意を得たり、だった。さすがは、私の大切な1番機!
「わ、いいの?じゃ私は飲み物を探してくるわ。ジャスティンは何か軽くつまめるものを探してきてくれる?飲み物は何がいいのかしら。今日はアルコール入り?」
「ラムネでいいですよ。……じゃあ、あの噴水の近くで5分後でどうでしょう?」
「分かったわ。……待っててくれると嬉しいな」
本当は一緒に動きたかったけれども、今日はまだまだ時間がある、大丈夫、と自分に言い聞かせながら屋台の群れへと足を運ぶ。ジャンク・フードのチェーン店から土産物屋まで。様々な店が全く不規則に並んでいるものだから、ドリンクの買える店を探すのにも一苦労。アルコール入りもいいけれど、いきなりジャスティンに倒れられたらあまりにも悲しい。かといって、紅茶という気分では無いし、缶ジュースというのも芸が無い。これだけ店があると、正直なかなか決まらない。どうせなら、私が飲みたいものにしてしまおうか、という気になり始めた矢先、私の頭を軽く誰かが雑誌で叩いた。
「そんな格好で一人でウロウロしてたら、ナンパされちまうよ、フィーナ」
「グランディス隊長!?」
隊長のプライベート姿を見たことがないわけじゃ無かったけれど、今日は正直びっくりした。辺りの男性諸氏を軽く上回る上背と筋肉質な身体は仕方ないとしても、今日の隊長は何と女性らしいコーディネートだった。今日はトレードマークのサングラスもかかっていない。途方に暮れていたら、軽くもう一発。
「あたいだって、たまにはこういう格好もするし、綺麗な物が見たくもなるさ。言っとくけれど、れっきとしたオ・ン・ナなんだからね、あたいも」
「すみません!でも……びっくりしましたけれど、お似合いですよ」
「アンタもね。ジャスティンが鼻の下をびろーんと伸ばしていたんじゃないのかい?」
「隊長!!」 からからと笑いながら、隊長は嬉しそうにクリスマス・ツリーを見上げている。その視線が、いつになく優しい。
「見てみなよ、この広場をさ。ほんの少し前まで、ナバロとレサスに占領されて抑圧され続けてきた人々が、こうしてクリスマスを祝っている。激しい戦闘があったことなど、もう嘘みたいじゃないか。もちろん、復興はまだまだ始まったばかりだし、家族や知り合いを失って悲しみ続けている人たちも大勢いるだろうさ。……それでも、グリスウォールの街には平和なクリスマスが訪れているんだ。そう、これが、あたいたちにとっての最大の報酬なのさ。くだらない政治と金の争いから解放された人たちが、当たり前のものとして平和を享受出来る……あたいたちの戦いは、きっとそのためにあるんだろうね」
私たちの戦い。そして戦う理由。何の為に平和を取り戻そうとするのか。その答えは、隊長の言うとおりこの広場にあった。子供たちの笑顔。その姿を眺めて微笑む親や大人たちの笑顔。銃火と軍服に脅えることなく、出かけることの出来る街。恋人と一緒に見上げる、クリスマス・ツリー。
「時にフィーナ、本当に良かったのかい?司令まで、もう少し考える時間が必要じゃないか、と言ってるみたいだよ。あたいもこの件に関しては同意見なんだけどね」
「この間の回答の通りで大丈夫ですよ、隊長。色々とご心配をかけてしまって、ごめんなさい。でも、私たちは大丈夫ですよ。そんなことで切れるような絆じゃないですもの」
「こら、こんな時にのろけるんじゃないよ。ああはいはい、ごちそうさま。やれやれ、若いってのは新鮮でいいもんだねぇ。少し羨ましいよ、あたしゃ」
そう言うと、グランディス隊長はその太い腕で私の頭を抱え込んだ。その勢いにぎょっとした人々が、すざっと離れていく。
「わっ!?」
「人生の先輩からアドバイスだよ、フィーナ。いいかい、今あたいらは休暇中だ。出撃待機も無ければ、よほどのことが無い限りは呼び出されることも無い。言わば、シンデレラタイム、ってやつかな。アンタの目は正しいとあたいも思うよ。……しばらく門限は無しだ。あの男前が浮気したりしないように、しっかりと絆を深めてくることだね」
私の顔は息苦しさ以外の理由で真っ赤になっているに違いない。隊長の言わんとすることは勿論分かるけれども……私と……ジャスティンと……門限無し?勿論期待していないと言えば大きな嘘になるし、そうなったらそうなったできっと嬉しいに違いないし、むしろそうしたいのが本音。でもこっちから切り出すのは何だか気恥ずかしいし、出来るものならジャスティンから切り出してくれたら……OK、なんだけど。ええー、恥ずかしいよう、もう。
「……どうでもいいんだけどな、そうやってると人さらいがやってきたようにしか見えないぞ、フェリス」
「なんだい、もう来ちまったのかい。今丁度面白くなってきたとこなのに」
「あー、お嬢のその幸せそうな顔見れば、何を説いていたのか大体想像付くさ。何だったら、グリスウォールのお奨めの宿泊先を教えるが」
ようやくグランディス隊長の腕から解放された私は、背後からの声の主と隊長との間を忙しく視線を動かす羽目になる。以前の潜入作戦の時に、私のこの人に結構お世話になっている。グリスウォールの知る人ぞ知る、ゲイバー「オストラアスール」の主にして、レサス占領下での地下活動を散々あおり続け、現在では政府諜報機関の元の職業に部下ともども舞い戻った……。
「フェラーリンさん!?」 「元気そうじゃないか。どうかな、南十字星の坊やとのデートは?」
「今日のこれからの過ごし方を少しレクチャーしてたのさ」
「やっぱりな。先ほど、面白いいわくつきの店で何か買い物していたみたいだな。サプライズがあるかもしれない……って、お嬢、どうした?」
今日のMR.フェラーリンは、店にいるときとは打って変わって、ダンディなスタイルで身を固めている。グランディス隊長とは別の意味で、別人のように見える。一方は普段見られないようなお洒落で、一方はこれまたビシリと決めて……え、どういうこと?そういうことなの!?声が出ずに口をパクパクさせている私の前で、グランディス隊長はごく自然にフェラーリンさんの腕に自らの腕を絡める。上背のある者同士、これはこれで何だかとても似合っている。一体いつの間にこの二人はそういう関係になっていたのだろう?
「さて、あたいはそろそろ行くけれど、しっかりやるんだよ。後で戦果報告はゆっくり聞かせておくれ」
「俺にも報告が欲しいところだな。何しろ、オーレリアの至宝の将来がかかってそうだからな」
二人は似たようにニヤリとした笑いを向けると、何だか楽しそうに歩き出す。ところが、少し歩いたところでグランディス隊長が足を止めて振り返った。
「一つ言い忘れていたよ。フィーナ!」
「は、はいっ!?」
「ちゃんと避妊するんだよ」
隊長の大声では周りにまでしっかりと聞こえてしまう。耳の先まで真っ赤になってしまった私の姿につられて、周囲の野次馬まで笑いを堪えられないといった様子。ガハハハハ、といういつもの笑い声が遠ざかって行った後も、私は頭を抱えたまましばらく呆け続ける羽目となった。

隊長たちのおかげですっかりと時間を取られてしまい、「歩き始めて3軒目の屋台!」と自ら決めたところが、「13 ICE CREAM」の看板の前。アイスだけでは仕方ないので、子供時代の好物たるクリーム・ソーダを二つオーダーして約束の場所へと向かう。大きめのコップにたっぷりのソーダとソフトクリーム。走ると汗が滲んでくるグリスウォールの夜には、多分ちょうどいいに違いない。ジャスティンのつまみのチョイスが少し気になる。これでジャスティンがアイスクリームを選んでいようものならまともにカブってしまうし、お茶が合いそうなエスニカンフードだと飲み物が浮いてしまう。出来ればフィッシュ&チップスとかチーズとか、ハンバーガーなんかもいいかもしれない。スパムサンドだけはさすがに食べ飽きたので避けたいところではあるけれども……。そんなことを考えながら噴水に向かって歩くと、どこか所在無げに周囲を見回しているジャスティンの姿に気が付いた。少し小走りで、約束通りに待ってくれていた相方の元へと近寄っていく。こちらの手の物に気が付いたのか、彼の顔に笑顔が浮かぶ。
「お待たせ!えへへ、ちゃんと待っててくれたね?」
「危ないところだったんですけど、ギリギリセーフでしたよ。クリームソーダですか?」
「子供の頃好きだったのよ、これ。何だか懐かしくなって買ってきちゃったけれど、良かったかしら?」
「つまみと丁度合ってますよ。いい組み合わせだと思います」
「ジャスティンもね。クレープが美味しそう!」
少し小腹が空いてきたのは事実だったし、実際ジャスティンのチョイスはベストだった。店のおまけなのか、チップスどっさりのフィッシュ&チップス、そしてクレープ。そして私が持ってきたクリーム・ソーダ。ジャンクフードが多いけれども、組み合わせとしては丁度良いに違いない。
「あの辺行きましょうか?」
どうやら行き先を目星を付けていたらしく、公園縁の柵の一角を彼は指差す。ベンチが空いていれば良かったけれども、さすがにそこは先着順で埋まっているのに加えてなかなか空きそうにない。どうも馴染めないのだけれども、南国だけあって堂々と濃厚なキスを交わしているカップルの姿が目に止まってしまう。ウスティオでは正直あまりお目にかかれない情景と言っても良いだろう。ジャスティンにつれられて柵の上にトレイを置いて、そこに広がるイルミネーションの星空に私は目を奪われる。今は良く見えないけれども、グリスウォールの街の至る所に戦火の名残は残されているはず。その傷跡すら包み込むように、街の明かりが優しく明滅している。敵の姿を追い求めて飛び交った戦いの空は、もう既にこの街の上空には無い。ディエゴ・ギャスパー・ナバロとゼネラル・リソースの手による偽りの空の呪縛から、オーレリアだけでなくレサスも解放されたのだから。少し離れたところから聞こえてくるクリスマス・ソングをBGMに、私たちはしばらく無言で軽い食事を頬張った。クレープにピリリと効いた黒胡椒が小気味良い。いくら見ていても飽きが来ない素敵な夜警を見下ろしながら、私は前にグリスウォールの街を二人で歩いた時のことを思い出した。オーレリアに来なければ、私の人生の進む先が変わることは無かっただろう。新たな地での出会いと戦いは、私の進むべき道に新たな選択肢を加えてくれた。それは道というよりも夢と言った方が適切かもしれない。私の1番機の背中を守って飛び続けることが、今の私にとっては何よりも大切なこと。しばらくの間の中断は、別に大したことじゃない。不思議なもので、今は落ち着いて私はそう言う事が出来るようになっていた。ちらりとジャスティンの顔を盗み見て、私は口を開くことに決める。
「――前にもこうやって、夜景を眺めたね」
弱く吹き始めた風に髪が踊り、手で軽く押さえ付ける。ジャスティンはと言えば、照れくさそうに帽子のつばを押さえて顔を隠している。そういう仕種が、たまらなく嬉しい。
「ねえジャスティン、私との約束、覚えてる?」
そう言って、私はジャスティンの目をじっと見つめた。出会ったときよりもだいぶ精悍になったわね、と再発見する。それも、私好みの方向に。
「忘れるわけ無いですよ。いつか必ずレイヴンへ。……フィーナさんの適齢期が過ぎないうちに」
「こら、最後のは余計だよ」
この間の台詞を交ぜっ返したジャスティンに向かって頬を膨らませるけれども、すぐに笑い出す。ちゃんと覚えていてくれただけで、私は満足だったから。
クリスマスの恋人たち 「実はね、このままオーレリアへの軍事顧問みたいな肩書きで在留する話を進められたんだけど、断っちゃった。そりゃあ、私だってジャスティンと一緒に毎日を過ごせるのは夢みたいな話だけど、私は私なりにもっと飛行技術もタフネスも鍛えなきゃいけないかなぁ、と思ったの。実際、ジャスティンについていくのは大変なのよ。決戦の時は最後の最後で詰めを誤っちゃったし……」
ジャスティンに近寄った私は、彼の腕に一方の手を絡めつつ、その肩に頭を預けた。
「会いたくなったら休暇でオーレリアに来てしまえばいいし、ジャスティンがレイヴンに来るのに多分そんな時間はかからないだろうから。だから、私はシルメリィで……レイヴンで君を待ってることに決めたの」
肩から伝わる温もりが、とても心地よく、そして愛おしかった。そして、更なる高みを二人で目指す決心を私は告げた。
「だから、ちゃんと迎えに来てね。私の王子様」
とうとう出会ってしまった運命の人。少し若過ぎるのは否めないけれども、ジャスティンこそ私が探していた大切な存在。ずっと心の中に留めていた言葉をようやく告げて、次の言葉をどうしよう、と考えていると、ジャスティンはウエストポーチの中に片方の手を突っ込んで、何かを探していた。目標の物を探し当てた彼は、私の前に小さな小奇麗なケースをそっと差し出した。
「え?何?」
「必ず迎えに行きますよ。約束します。……僕がいない間の、お守りです」
ケースを受け取って開いた私の胸が躍る。そこには、まるで青空の色を溶かし込んだような輝きを持つ石が収まったリングがあった。まさか、ジャスティンがそこまで考えていてくれたとは思わなかったから、じんと目頭が熱くなる。
「気が回らなくて、ちゃんとしたものが用意できなかったんですけど……」
そんなことないよ。私のために、こんな素敵なプレゼントを用意してくれるなんて。大好きだよ、ジャスティン。でも、それは言葉に出てこない。
「出来過ぎよ、もう……」
ジャスティンの顔がこちらを向くまで待っていられなくて、自分の手で彼の顔に触れる。そして、私は自分の唇を彼の唇に重ねた。前よりも濃厚で、長い時間のキス。ジャスティンの贈り物への、私のとりあえずのお礼と気持ち。名残惜しく唇を離した私の顔は、多分真っ赤に違いない。でも、恥ずかしくなんか無い。だって今日は、大切な想い人が傍にいるのだから。
「もっと、他の所回ってみます?ライブで音楽聴けるところとか」
気が付けば、トレイの上は空っぽだった。それに、ここ以外にも素敵な夜景のスポットはまだまだあるに違いない。それに、私にも今日のこれからの過ごし方にはアイデアがちゃんとある。
「それもいいわね。ところで、ジャスティン?」
「はい?」
じっと彼の目を見つめながら、次いで少し小悪魔的に笑いながら口を開く。
「今日からしばらく、私は門限無いの」
「はいぃ?」
気恥ずかしさも手伝って、私は半ば強引に腕を絡めると、ジャスティンを引っ張るように歩き出した。
「ほら、行きましょ。クリスマスの夜はまだまだこれからなんでしょう?」
「うわっと!え、ちょっと待ってくださいよ、フィーナさん!!」
慌ててトレイを掴んだジャスティンの姿に微笑みながら、私は空を見上げた。そこには、満点の星の中に一際輝くサザンクロス。南半球のシンボルたる十字星は、私たちを見守ってくれるかのような温かな光で、グリスウォールを照らしている。こんなクリスマスが私にも訪れてくれたことに、神様ならぬラーズグリーズに感謝!星降るクリスマスの夜は、まだまだ始まったばかりなのだから。
連なる屋台の合間から、周囲を圧倒する上背の二人組が、公園縁の若者たちを見守っていた。
「……どうやらうまくいったらしい」
「そのようだね。ジャスティンもフィーナも上出来さ。あの朴念仁二人組があそこまで出来るようになったのだからねぇ」
「あっちの保護者も安心しているだろうさ」
そう言いながらフェラーリンは屋台群の一角に陣取った土産物屋を指差した。その店の中では、怪しげなサンタクロースが双眼鏡を覗き込んでいた。よりにもよってあの店に行かんでもいいだろうに、とグランディスは苦笑を浮かべる。こちらと向こうの見守る先には、オーレリアの戦いの恐らくは最大の功労者二人が、どこかへと移動を始めていた。どうやらこれからのプランがようやく定まったらしい。フィーナが半ば強引にジャスティンを引きずっているところが、あの二人らしいとも言えなくも無かった。
「まあオーレリアとしては、我が国の至宝のお相手が世界でもその名を知られたエース中のエースのご令嬢、というわけでめでたい限りだがね。将来の行く先の話もあるわけだしな」
「あたいとしても、ようやく奥手のご令嬢に信頼出来る相方が見つかったわけで、まあ喜ばしいんだけどね。どうせならオーレリアに残れば良かったのに、その辺はあたいと少し感覚が違うみたいだね」
「ま、若い奴らには彼らなりの流儀もあるだろうさ。さて、良識ある大人たる我々はどうしようか?」
少し芝居がかった台詞を口にして、フェラーリンは笑った。思ったよりも男前じゃないか、とグランディスは笑う。この格好では、まさかかのオストラアスールのオーナーその人だとは、誰も思わないに違いない。グランディスは絡めた腕の力を、少しだけ強めた。
「いいオトコってのは、こういう時に女に判断を委ねるのかい?あたいの条件は、黙って最高の舞台に連れて行ってくれること……だね」
「善処するさ。じゃ、こっちの方針で……我らが珠玉の街をご案内しましょ。まずは、偽りの空から解き放たれた世界に乾杯といこう」
「期待するよ」
星降るクリスマスの街角を、オーレリアとレイヴン艦隊の一物ある有名人二人が歩いていく。彼らを知る者たちがその姿を見かければきっと驚いて振り返ったかもしれない。クリスマス・ソングが明るい音色を響かせる大通りを、二人の姿が遠ざかっていく。そして、彼らの姿はクリスマスを祝う人々の群れの中に溶け込んで、見えなくなった。
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