私の居場所
照りつける太陽。時にエメラルドブルーに染まる海原。空を舞うカモメたち。甲板上をゆったりと流れていく海風。心地よい日差しと潮の香り。そして、青い空。眩しい太陽を見ていると、この同じ空をきっと飛んでいるに違いない大切な人のことを思い出す。我ながら、グリスウォールのバカンスの時の事を思い出すと顔から火が出そうになってしまう。「そこまでしろとは言ってないだろうに」とグランディス隊長にまで呆れられる羽目になったけれども、ファレーエフ中尉などは「若いことはよろしい」と言って隊長に睨まれていたっけ。私なんかでもあんな風になるのね……とそのころの事を思い出すと、やっぱり恥ずかしくなって顔が赤くなってくるのが良く分かる。ジャスティンと離れてから、早数ヶ月。その間、小さな任務が数回入った以外は、訓練中心の生活が続いている。そして、ようやく休暇の機会が巡ってきた。行き先は……考えるまでも無い。少し前までは折角の休暇の機会を無駄にしてきたけれども、今は違う。久しぶりのオーレリアへ。既に私の予定は決定済である。レイヴン入隊を目指して厳しい試練に耐えているであろう若者の姿を思い浮かべると、胸がじんわりと熱くなってくる。あの力強い翼は、きっと更に広く強くなっているに違いない。その後姿を見た者が皆奮い立つような――そんなパイロットに成長していると嬉しい。久しぶりに会ったら……えへへ。顔が自然と緩んできてしまう。
「……やれやれ、人は変わるもんだけれどもさ、今からそんな浮付いていて大丈夫なのかい?」
ぎょっとして振り返ると、グランディス隊長が呆れた顔で首を振っている。
「鼻の下伸びてるよ。どうせまた、ジャスティンのこと考えてたんだろ?」
図星。全く私は返す言葉が見当たらない。
「す、すみません。でも、訓練と任務はちゃんとこなしてますよ」
「当たり前のこと言うんじゃないよ、バカタレ!……ま、気持ちは分からんでもないけど。よくまぁ、数ヶ月会わずに我慢できるもんだよ。今からでも、オーレリアの派遣は調整できるんだけどね」
隊長の厚意はありがたかったけれど、私はゆっくりと首を振った
「それは駄目です。ジャスティンとの約束もありますし、そこまで甘えるわけにはいきません」
「あんたも意外に頑固だねぇ。まぁ、腰周りも随分と落ち着いたみたいだし、そういうことにしておくかね」
「隊長!!」
「いいじゃないかこれくらい。どうせ誰も聞いてないんだし。しかしまぁジャスティンの奴、ここに配属されたらしばらく大変だね。嫉妬の集団に毎日のように海面ダイブさせられるんじゃないかねぇ」
私とジャスティンのバカンスの件は、他ならぬグランディス隊長のおかげでしっかりと言いふらされてしまっている。おかげで、艦内の整備班を中心としたファンクラブの面々から、ジャスティンは逆恨みに似た嫉妬の視線を向けられる始末であった。
「耐えてもらいますよ、それくらいは」
「ま、確かに仕方ないさね。一種の洗礼みたいなもんだしね」
腕組みをしながら、隊長はガハハと笑った。
「時にフィーナ、機体の乗り心地はどうだい?」
ルシエンテスの一撃を喰らってしまった私は、復帰後から新たな機体に乗り換えている。試験機としてシルメリィ艦隊に配備されてきた新型機、XFA-27Sだ。図らずも、ジャスティンと同じ機体を専用機に出来たことが何よりも嬉しい。オズワルド准尉に頼んで、その尾翼には早速私のエンブレム……陽気で軽い笑みを浮かべたグリフィスの姿と、「2」の数字を書き込んでもらっている。私のコールサインも、オーレリアでの戦い以降「グリフィス2」のまま固定になっている。1番機は、今のところ不在のまま。でも、そう遠くないうちに、「番のグリフィス」と呼ばれるようになるかもしれない。うん、是非そう呼んでもらいたいと思う。
「だいぶ慣れましたけれど、時々機体頼みになっている気分は抜けないですね。安定しているようで、突然不安定域が顔を出したりもするので……」
「ADF-01Sとは開発コンセプトが大きく異なる機体だからね。どちらかというと、XR-45Sの方に近いと言えるかもしれない。まぁ、こっちから見ている限り、その不安定な部分もうまく活用して飛んでいるようにも見えるんだけど」
「ジャスティンの受け売りみたいなもんですよ。彼のようにはなかなかいきません」
よりピーキーな機体を自在に操っていたジャスティンの飛び方を、私はすぐそばで見てきた。正直なところ、その全てを再現出来るとは思わないけれども、その中から私でも出来ることを学ぶことは出来る。だから、それが可能な機体であるならば、と敢えて試してきたのも事実ではある。時々、よくこんなのにジャスティンは耐えていたものだと驚かされることもあるけれども。同じ機体をオーレリアで運用しているジャスティンが、どういう飛び方をしているのかは非常に興味がある。一度、オーレリア空軍から送られてきた教導隊のパイロット同士の格闘戦訓練の映像を見る機会があったけれども、さすがはジャスティン。「南十字星」の異名は本物であることを改めて見せ付けてくれたことに、私は大喜びで喝采したものだ。でも、その凄腕に付いていくことが私には求められると考えると、そううかうかと喜んでいることは出来ない。私自身も、更なる高みを目指さなければならない。それは、単に彼の機動をコピーするということではなく、私が私として彼の翼に付いていくということだ。そういう意味では、まだまだ使いこなしているとは言いがたいと私は思ってしまうのだ。
「そう焦らなくても大丈夫さ。もうこの艦の中じゃ、アンタとタメ張れる奴はほとんどいなくなってるよ。あたいとファレーエフのお墨付きさ。これにジャスティンが加わるのだとしたら、他の連中にはいい刺激になる。あたいとしても、番のグリフィスが活躍してくれたら鼻が高いというやつさ。ま、心変わりしていなければの話だけどさ」
「大丈夫ですよ。離れていても、ちゃんと想いは通じてますから」
「はいはい、ごちそうさま。さて、じゃあ今日の訓練に向かうとするかね」
背後を振り返ったグランディス隊長の向こう側には、主の姿を待つかのように、ADF-01SとXFA-27Sの姿が見える。既に整備班の面々が取り付いて、出撃に向けた機体の最終チェックに取り掛かっている。ミッドガルツも加わるつもりらしく、その後ろには彼の機体も控えていた。
「今日は訓練の後軽く哨戒任務をこなしてからの帰還になる。途中で空中給油も行うから、後で給油ポイントはちゃんと確認しとくんだよ。ガス欠で落ちるのは一番情けない話だからね」
「了解です」
戻ってきた当初は、ジャスティンと離れていることが苦痛になったことも勿論ある。でも、今では違う。一日一日、彼がここにやって来る日は確実に近付いている、と思えるようになった。ただ待っているだけじゃ、彼には追い付けなくなってしまう。だから、私はここで自分の腕を磨かなければならない。自分の指にはめた、彼から贈られたお守りも、私にはある。驚いたことに、その指輪は私やジャスティンが考えているような代物ではなく、「空の守護者」と呼ばれた逸品であることが分かった。ジャスティンがどうしてそんな物を手に入れられたのか不思議だったけれども、どうやらオーレリアの暗躍好きな面々の働きがあったというのが真相らしい。でも、空の色を溶かし込んだような色調が、私はたまらなく好きだった。私は、頭上に広がる大空を見上げた。どこまでも蒼く広がるこの空の向こうで、きっとジャスティンも飛んでいるに違いない。だから、大空は私の居場所。同じ空を、私は飛んでいるのだから。
「それじゃ、先に行ってますね!」
助走を付けて、甲板の上を走り出す。風に乗って、後ろに束ねた髪が踊る。今日も、蒼い空が私を待っている。立ち止まっている暇なんか、今の私には必要ない。再び共に舞う日のためにも、私は今日を走り続ける。気安い笑いのグリフィスは、今の私の守り神。愛機の傍でチェックを進めるオズワルド准尉に手を振りながら、心地よい風の中を私は駆け抜けて行った。
ACE COMBAT X 「偽りの空」 完
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